沈んだ砂糖
私が訪問した先は年代物と見受けられる洋館だった。
漆喰の壁、焦げ茶色の木材の佇まいが瀟洒だ。涼しさが感じられて来たとは言え、まだまだ日中の日差しはきつい。
逆光の中、洋館の影は体操座りした無口な巨人に似ていた。
洋館の扉をくぐる前、私の目の前を黒い揚羽蝶が泳ぐように横切った。
小さなものが命を燃やしている。
「わたくしが悪いのだということは、解っているのよ?」
花野重音嬢(本名である)は白い指でまた一つ、角砂糖をつまんで紅茶碗に落とした。
同じ言葉と同じ動作が何回繰り返されただろう。
あれでは紅茶本来の味も判るまい。
ぐるぐる、と銀の小匙で紅茶をかき混ぜて、平然とそれを飲む重音嬢を見て私は慄いていた。
あの赤い雫はほぼ丸々、砂糖だ。
見ている私の中にまで砂糖が濃厚にわだかまるようで、歯を磨きたくなる。
しかしまあ、旧家の令嬢の部屋というものは。
私は今日に至るまで、一人称を「わたくし」で話す女子大生と天蓋つきのベッドを見たことがなかった。
内装は洋風寄りの和洋折衷。
天上にはアール・ヌーヴォー調のシャンデリア。勉強机の上に置かれたランプも。
硝子のとろりとした発色の美しさが艶めかしい。
調度品は全て古美術と言って差し支えないだろう。
私たちがお茶をしているテーブルの上のポットも美々しい。
やはりアール・ヌーヴォー調の、恐らくエミール・ガレの模倣であろう花瓶には大輪のカサブランカが豪勢に飾ってある。
百合の香りは総じて強いものだが、カサブランカは華やかさに比例して群を抜いているのではあるまいか。紅茶を飲む際には不適だと思える。
この館に入って以来、私は大正時代を訪れているような気分だった。
私の家とは種類の違う時代錯誤感である。
柱時計があるのがせめてもの共通項。
私の家まで迎えに来た黒塗りの車に乗っている間、運転手の他に同乗していた男性は執事の柴本と名乗った。
納豆とオクラのようにして私に粘り勝ちした声の主だ。彼の職務熱心さが無ければ、私は昼過ぎて尚、布団の住人であったかもしれない。
これが執事なる人種かと思った。
「お嬢様は大層、奥ゆかしゅうございますので、最近の粗野な若者とは話が合わないのです。名門女子大に通っておいでですが、三年生になるというのに未だご学友が一人も出来ず、寂しい思いをされておいでです」
そうした現状に至った要因は柴本の言葉の端々から窺い知れた。柴本のような大人たちに囲まれて育った環境のせいだろう。
ご学友。
どこの地層から発掘して来た言葉だ。
表向きはにこやかに相槌を打ちながら、私は内心でそんな突っ込みを柴本に入れていた。
自分が悪いのだ、と繰り返す重音のコトノハはいじましい。
口先だけで演じて憐れみを乞うているのではなく、重音嬢は本心からそう思っていると知れる。
自分に非があるから友人が作れないのだ、と。
執事のように他に原因を求め軽んじるのではなく。
萎れた花のようで、つい手を差し伸べたくなる。
これが庇護欲というものだろうか。
「重音さん」
呼ぶと彼女は目を真ん丸にして私を見た。
私がこの部屋に来てろくに喋らなかったせいだ。
「――――はい」
素直に答える。純粋培養の美点であろう。
「貴方は悪くありません」
「え、でも」
「貴方は悪くありません」
同じコトノハを、二回、処方する。
ぐだぐだとした理屈は要らない。
シンプルな真実だけで良い。
私は重音嬢の目をふわりと覗いた。
決して射るような視線ではなく。
この令嬢に必要なのはアール・ヌーヴォー調の品でもカサブランカでもない。
人の情という砂糖だ。優しさだ。
泳ぐように横切った揚羽蝶が、優雅なようでいて懸命に生きているように。
重音嬢もまた人の世を泳ぐのに懸命だ。
それが上手く行かずに悩むのは、人の情というものだろう。
「……少し、ね。他の人とずれることってあるんです。仕方ありません。生まれ育ち、性格は様々ですから。重音さんは、重音さんのままで、友人を探されれば良いと思います。貴方の純粋さ、素直さを好ましく思う人はいますよ」
煎じる必要も処方する必要も無かった。
私の真情はそのまま、コトノハとして音に出た。
「――――――――ありがとう」
コトノハが沁み渡ったように、重音嬢は花の笑顔になった。
「あの、お紅茶のお代わりはいかが?」
「いただきます。けれど重音さんは、砂糖をもう控えられたが良いでしょう」
「そうね」
重音嬢は可笑しそうに答える。
沈んだ砂糖の自覚はあったらしい。




