驟雨
夏の天気は時に人を弄ぶように気紛れだ。
人も、獣も、鳥も虫も。地上に生きる何者をも罰するように青空から燦々と灼熱を注ぐかと思えば。
俄かに搔き曇り、遠雷の音を響かせる。
全く機嫌が計り知れない。
傘の用意の無かった俊介は慌ててコンビニに飛び込み、ビニール傘を買った。レジには同類の人々が並び、ビニール傘を持っていた。このぶんだとすぐに売り切れるだろう。
会社勤めの人間が盆休みを謳歌している頃、俊介は依頼の完遂にひたすら励んでいた。その間にも頭には、ことのお盆の過ごし方への興味があった。
訊いても答えてはもらえなかったが、大層な家柄らしい音ノ瀬家の当主である彼女は、どのようにしているだろう、と。
それからことの従兄弟である秀一郎の存在も気になった。
親族が集うのであれば当然、彼もそこにいるだろう。
婿養子を希望しているくらいだ。
恐らくはことの近くで、あの自信を持った笑みを浮かべて座っている。
そう思うと俊介は、胸がちりちりするような、胃に重い物を抱えたような気分になるのだ。思春期の少年ではないのだから、その理由くらい自分でも解る。
だからやっと世間に比べると遅い連休をもぎ取って、久し振りに音ノ瀬家を訪ねようとしたら(ストーカー行為に当たるかどうか少し悩みながら)、突然に降り出したのだ。
歩く先々には、もう大小の水溜りが出来ている。今日の雨雲はせっかちだ。
その上から真っ直ぐな白銀の線がまだ足りぬとばかりに降り、その勢いは地中まで貫きそうに強い。
鋭利で美しい光景に、俊介はことさんに似てるな、と思った。
〝面を上げよ〟
秀一郎にそう告げた時のことの表情を憶えている。
女という単語に到底縛り切れる存在ではない。
俊介を含めた世俗の有象無象からふわりと浮いた、ずっとずっと高い居所に静謐に佇む孤高の――――あれを人と呼んで良いものか。
余りに神聖の極致で。
そのあとに語られた秀一郎の話に、俊介は驚きはしたものの、納得もした。
彼女はとても尊い人なのだ。
この雨のように、鋭利で美しく。
そんなことを考えながら、ことの家に至る坂道を登っていると、丁度、ことが傘を差して俊介に先行して家に到着しようとする後ろ姿が見えた。いつも通り、背筋は凛と伸びている。
雨音に負けない声で俊介が呼びかけようとした時。
ことが家の門前よりだいぶ手前で立ち止まり、紫紺の傘を閉じた。
(え?)
彼女の頭の動きで、天を仰いでいることが判る。
ことはそのまま微動だにしない。
真っ直ぐな白銀の線が、それによく似たことの身体を貫いて見える。
何本も何本も数え切れぬ白銀に身を晒す、ことの思惑が俊介には理解出来ない。
彼女が着ている麻の白いシャツはもう水と一体化したようで、ことの身体の細い線が露わになっている。長い髪も濡れた糸束のようで射干玉じみて光る。
俊介は自分も傘を閉じた。
傘を差したままだと雨をビニールが弾く音で、ことに気付かれるのではないかと恐れたからだ。自分が今ここにいると、気付かれてはならない気がする。
今の彼女は、本当であれば誰も見てはならないのだ。
けれど俊介は見てしまった。
秀一郎の言葉が蘇る。
〝音ノ瀬の力はね、それだけの業を負っている〟
鋭利で美しいだけではない。
尊いだけではない。
ことは。
ざんざんと降る雨の中で、俊介は顔を歪めた。
胸が苦しい。
凛と伸びたままの、ことの背が苦しい。




