How do you do?
どうも私の周りには曲者な男が多い気がする。
土曜日の午後、帰国の挨拶と称してうちに参上した音ノ瀬宗吾は、ロマンスグレーの偉丈夫だ。会う時にはいつも口元に笑みを絶やさない。そんな男の思考が実は常に打算、計算で目まぐるしく動いているなど、表面からは解りにくい。例えば子供が飛ばしてしまった風船を捕まえ、優雅に笑ってその子に差し出す。うわべだけならそんな芸当が似合いそうなのだ。
「音ノ瀬宗吾、米国より帰参致しました。ご報告が遅れた旨、御当主にお詫び申し上げます」
「許す。それで、そちらが?」
宗吾の向かって右隣りには、長く波打つ栗色の髪、緑の目の女の子が座っている。
「はい。娘の音ノ瀬カレンです。カレン、ご挨拶なさい」
促され、水色で半袖パフスリーブの、天鵞絨のワンピースを着たカレンは、深々と私に向かってお辞儀する。ビスクドールのようだ。
父親にゼンマイを巻かれて動く、美しいビスクドール。
動くのは彼女の本意だろうか。
「お初にお目に掛かります。音ノ瀬カレンです。御当主におかれましては、よろしくお見知りおきください」
「……年はお幾つですか?」
「はい。十歳になります」
しっかりした物言いをする子だ。宗吾の、或いは母親の教育の程が偲ばれる。
宗吾は背広のネクタイに手を遣ると、客間を見渡すような素振りを見せた。それは本当に何かを、誰かを探しているのではなく、彼のパフォーマンスだ。
「こちらにお住まいのお嬢さんをご紹介いただけますか?」
秀一郎に似た笑顔でにっこり笑うが、秀一郎より性質が悪い。
なるべくなら宗吾に楓を会わせたくはなかったが、そう来るだろうと思い、私は楓に宗吾たちのことを話してある。前情報があるとないとでは心の準備が全く違う。
私は斜め奥に座していた聖に軽く頷いて見せる。
宗吾は客間に入った時から聖にも注意を注いでいた。副つ家の聖に対して、位は劣るとは言え、矢倉の御舘と呼ばれる自負と対抗心からだろう。今の私たちのさりげない遣り取りも注視していた。
やがて聖に連れられた楓が、緊張した面持ちで私の右隣まで来て座る。丁度、カレンの正面になる形だ。楓には仕立ての良い絹の、淡い桜色のワンピースを着せてある。着飾ってくるであろうカレンの前で、見劣りしないようにとの配慮からだ。本当はこんな考え方は好きではないし、普段着でも断然、楓は可愛いに違いないのだが、宗吾に与える印象というものがある。
「初めまして。水木楓と言います。よろしくお願いします」
楓がそう言って宗吾らに頭を下げる。上出来だ。
「……音ノ瀬姓ではないのですね」
宗吾が、彼にとっては重大事であろうことを訊いてくる。
「ええ。私はまだ聖さんと籍を入れてもおりませんし」
「聖さんとご結婚されるという話は真でしたか。――――聖さんとご結婚されたら、改めて養女として迎えられる御所存ですか」
「その積りです」
「それは次代の音ノ瀬家当主として、のなさりようですか」
やはりそこに拘ってくる。そうまで音ノ瀬当主の座は魅力的に映るのか。
重責、因縁、業、それら全てを背負わなければならないのに。自分の娘にそれを背負わせたいと望む宗吾の考えが、正直、私には理解出来ない。宗吾には私こそが理解出来ないのだろう。人の抱く価値観はそれぞれだ。簡単に良し悪しで判断出来ない。
「いいえ。私はこの子に、まっさらな未来をあげたい。カレンさんと違い、楓さんは少し前まで恵まれたとは言えない環境で育ちました。だから普通の子供に与えられるであろう温もりで楓さんを包めれば、と。私が望むのはそれだけです」
宗吾は納得しなかった。
「しかし先の竜巻の一件で、その子が音ノ瀬隼太に連れ去られた折には、跡継ぎ候補の一人と目していると公言されたとか」
私は内心で舌打ちをした。誰が口を滑らせたのか。あの時は楓を取り戻す為に、ああ言うしかなかったのだ。一回処方したコトノハは簡単には回収出来ない。
「……可能性は否定出来ない。その程度の話です」
苦し紛れの私の表情を、宗吾が探るように凝視する。
カレンは父親にどう言い含められているのか、勝気な瞳で楓を見ていた。
「権力、利得、音ノ瀬の柵と巣食う業に憑りつかれていますね」
宗吾たちが帰ったあと、出した茶器を片付ける私を手伝いながら聖が言った。楓は寝室に戻っている。少し疲れたようだ。
聖が挙げたコトノハは、いずれも黒い闇色をしている。人を惑わし、果ては呑み込む。
「昔から音ノ瀬にはよくいた人種です。コトノハにはそれだけの魔力がありますからね」
宗吾は帰る前、今度は是非、御舘まで足をお運びいただきたい、と強く希望した。自陣で私を取り込むコトノハを処方したいのだろう。
矢倉の御舘は離れを除く母屋全体が洋館で、ステンドグラスが窓硝子に多用されている。
重要文化財になってもおかしくはなさそうな趣ある建築物だ。但し先代の当主が徹底した和風主義者で、離れだけは細部に至るまで和風が貫かれているらしい。宗吾の思惑を考えると気が重いが、あの建物は再訪するだけの価値がある。以前に行った時はまだ私が音ノ瀬の家督を継ぐより前、両親が健在な頃だった。
聖が遠い目をしている。
「……僕は一時期、音ノ瀬のこうした膿を掻き出せないかと考えていました。花屋敷では、隼太君のような存在がいれば或いはそれも可能かとふと思ったり……」
私は苦笑した。
「それはまた。危険思想ですね。隼太さんは私たちの意図に易々と乗ってくれる人ではありませんよ。寧ろその逆です」
言いながら私は考えた。
隼太は恭司に楓の傍にいることを勧めたと風に聴いた。
なぜだろう。
なぜそこまで、隼太がそのことに拘泥するのだろう。その理由が情や仲間意識だとは私には思えない。
矢倉の御舘のステンドグラスを思い出す。華やかで苛烈とも言える色彩を。
もし隼太が御舘に行けば。宗吾やカレンに会えばどうするだろう。
御館までの車の中で、宗吾は娘に尋ねた。日本にいる間は日本語で話すという約束通り、日本語で。
「カレン、御本家はどうだった?」
「素敵なおうちだったわ、パパ。うちには及ばないけど。ねえ、あのおうちがいつか私の物になるの?」
車の振動と共に宗吾が笑う。
「さあ、どうなるだろうね。……水木楓の傍にはつい最近まで、犯罪者の少年がいたらしい。いずれ本家を継ぐ身としては、相応しくない話だ。けれどこちらにとっては都合が良い。早々に落伍者の烙印を押せる材料を仕入れることが出来たな」
語る宗吾の唇は愉悦に歪んでいる。そのまま音楽でも口ずさみそうだ。
段模様の滲むような茜色が空を染め上げていた。




