それでも
夕刻、千秋が古くがたついた玄関の扉を開けると、そこに俊介が立っていた。
ことから夕餉の御裾分けを持って行くよう言われたと言う。
――――良いように使われている。そんなに暇でもあるまいに。
冬瓜のそぼろあんかけが入った、まだ温かいタッパーを受け取り、こともお節介だ、と千秋は思う。
おかずの御裾分けがではなく、使いに俊介を出すあたりがである。
「ありがとう。お茶でも淹れるから上がって」
「いや、俺はこれで」
「良いから。あたし、うじうじしたの嫌いなの」
さっさと押しつけるようにスリッパを出される。
まるで江戸っ子だと思いながら俊介は家に上がり、居間の下座に腰を下ろす。
縁側の揺り椅子が厳めしく立派だが、座る主も無くどこか寂しそうだと感じる。
すると、居間の続き部屋に寝ていた恭司がむくりと起きてきた。今日は日曜日で楓のボディーガードも必要ないのだ。
基本的に人に興味を持たない恭司だが、俊介のことは面白がっている。
今もからかう為に起きたに違いない。
「あんたも忠犬ハチ公だよね~」
案の定、俊介を揶揄しながら卓の向かいに座る。上座だ。
「ちょっと、あんたのぶんのお茶は無いわよ、恭司」
台所から千秋の声が飛ぶ。
「つれないこと言うなよ。昨日、お隣から金鍔、貰ったのを出すんだろ?」
「…………」
図星だったらしく千秋が黙る。
やがて白い陶磁器の湯呑みに入った緑茶と共に、四つに切り分けられた金鍔が運ばれてきた。
「四つ?」
「大海さんが出て来るかもしれないでしょ?」
「来ない来ない」
「念の為よ」
数に疑問を呈した俊介に、千秋が答える。
それに対し恭司は必要ないと手を振ったが、千秋は相手にしなかった。
大海のぶんにも出しそうになった恭司の手を叩く。
「こと姉、元気にしてる?」
「うん」
「……本当の意味で?」
「と、言うと?」
この男の、純朴な犬のような目が嫌いで好きだと相反する感情が湧く。
千秋はわざときつい眼差しでその目を見返した。
オレンジに染めたショートヘアーを意味も無く耳に掛ける。
「御両親の件よ。聴いてるでしょ」
「ああ――――。大丈夫。俺の見た感じだけど、吹っ切れたようだから」
「――そう」
どうして自分が、姉のように慕うことの話を新参者の俊介から聴かなければいけないのか、急に千秋は腹が立った。そしてその腹立ちを俊介にぶつけた。
「こと姉には聖さんがいるのよ」
「――――知ってるよ」
「あんたも大概、諦めが悪いわよ」
「うん」
恭司は二人の遣り取りをにやにやしながら見ている。
それもまた、千秋の気に障った。
「恭司、お茶飲んだんならさっさと引っ込みなさいよ!」
「山田俊介の奴は強引にお茶に誘って俺にはその態度かあ。ほーお。へーえ。ふうん」
それでも恭司は従順に上座から腰を上げて続き部屋に向かった。
その仕草は、上司が部下たちを置いて先に退出するが如くの、鷹揚さと横柄さを兼ね備えていた。
「えと、じゃあ俺も……」
俊介も立ち上がりかける。
「こと姉は」
「え?」
「こと姉は泣くことが出来たのね……」
「うん。多分」
これは言うべきでないだろう。
けれど千秋の口は止まらなかった。
「それならこと姉は、聖さんのことを受け容れたわ、……きっとね」
「うん。そうなんだろうな」
「それでもまだ好きなの?」
「それでもまだ好きなんだ」
今、言われているこの台詞が、自分に向けてのものであれば良いのに、と千秋は思った。
大海は結局、二階にいるのか姿を見せなかった。




