来栖川夜宵は意地でも喋らない
学園一の秀才+美少女、来栖川夜宵の驚きのカミングアウトをされた翌日。
俺の朝は別段変わる事はなかった。
夜零時まで執筆活動に勤しみ、朝の七時に欠伸を噛み殺しつつ、起き上がり朝食を作る。こんな見た目をしているが、生憎と料理は得意だ。
朝のお天気ニュース………ではなく、朝早くからしているアニメの再放送を観つつ、朝食を済ませて着替え、昨晩のうちに用意していた鞄を片手に通学する。
明星学園までの距離は僅か1.5キロメートル程。徒歩で通学出来るレベルだ。だから俺は両耳にイヤホンぶっさして通学と言う名の思索に耽る時間を満喫する事なのだが…………
「成宮影虎ぁ‼︎今日こそてめえをぶっ殺してやるぜぇ!」
こと最後の事に関しては高校に入学してからというものマトモに出来た試しがない。それもこれも大体の事は中学生の頃の俺が悪いんだけどな。
「ひい、ふう、みい………二十五人か。昨日より減ってんぞ」
「へへっ!数が少ないからって嘗めんなよ。ここにいるのは各地を仕切ってる不良のヘッドばっかりだ。今日という今日こそはてめえを「あー、はいはい、わかってから」ああ?」
「遅刻する訳にゃいかねえんでな。四の五の言わずにかかってこいよ」
ただでさえ、不良扱い受けて、教師の皆さま(一名を除く)から厄介者扱いされてるってのに。遅刻する訳にはいかない。ちょっと見た目がアレなだけで不良扱いなんだから、やっぱり高校教師に碌なのはいないな。テストは現国は学年トップ。それ以外も辛うじて赤点だけは回避してるってのによ。一年の時は酷かったぞ?現国のテストで満点叩きだしたら校長室に呼ばれたんだからな。何が「とても君みたいな人間が不正行為もせずに満点を取る事などあり得ないだ」人を見かけで判断しちゃいけないってのは教員の常識だろうがスッタコ。
まあ、そんな訳で無遅刻無欠席の皆勤賞を俺は去年から続けている。こいつらをぶちのめしたってあくまで正当防衛。喧嘩じゃない。
「まあ、そう焦んなよ。成宮ぁ。すぐにでもてめえを地べたに這いずらせてやるからよぉ」
「あん?」
ドンッ!
何かが当たったかのような鈍い音と共に俺は宙を舞った。
何が起きたか理解するよりも早くに俺は地面に落ちた。倒れた俺の視線の先には白いワゴン車とそれから降りてくる数人の男が見えた。
「ヒャハハ!どんなに強い奴かと思ってみりゃ、ただの雑魚じゃねえか!」
うるせえ、人の事を車で撥ねといて何言ってやがる。
「結局、井の中の蛙だったつー事だな。大して強くもない癖にいきがるからこうなんだ」
いきがった覚えなんてこれっぽっちもねえよ。何時も勝手に絡んできて撃退したら「デカい顔してんじゃねえ」だ。頭沸いてんじゃねえか?
つーかよ。さっき撥ねられた時に携帯がバキバキって絶望的な音出したぞ。折角最近スマホに変えたってのに一月もしないうちに壊れちまったじゃねえか……!
「二度とデケェ面が出来ねえように徹底的に潰し………う、嘘だろ⁉︎な、なんで普通に立ち上がってんだよ、てめえ⁉︎」
「おい、運転してたのはどっちだ?」
「お、俺だ!文句あっか!」
「てめえには二つ選択肢をやる。二度とお天道様の下を歩けない身体になるのと携帯弁償して生きる事だ。好きな方を選べ、俺は寛大だからな」
「は、はぁ?何ボロボロの身体でいきがって………」
ガンッ!
俺は車のドアを思いっきり蹴りぬく。すると車のドアに丸い風穴が出来た。
「三つ目の選択肢はねえっつってんだろ。人の話聞けや。死ぬか、生きるか、二つに一つだ。じゃねえとてめえのどてっ腹にこれと同じ傷が出来るぜ」
「ひっ!す、すんませんしたーっ!」
謝んのはえーよ。仕掛けてくるんなら、もっと根性見せろっつーの。その方が手間なくて良いんだけどよ。
あー、クソ。足痛え。やっぱり蹴りでぶっ壊すなんて阿呆な事すんじゃなかった。勿体無いし。
「で?他の奴は………いねーし」
凄まじい脚力だな。目離したの多分五秒くらいだぞ。不良やるくらいなら陸上選手にでもなればいいのに。おまけに全員財布だけは置いて行ってる。携帯弁償さえしてくれりゃ後は別にいらねえんだけど………
「……って、やべっ!遅刻する!」
不良に絡まれて遅刻しましたとか、俺に限って洒落にならん!
ここから全力疾走+ハイパーショートカットすればまだ間に合うはずだ!
「うおおおおっ!遅刻なんぞしてたまるかぁぁぁ!」
「成宮ー、成宮影虎ー?いないのかー?似非不良にしては珍しい遅刻か。こりゃ雹が降るな。ちこ「くは……してませんよ……先生」なんだ、いたのか。じゃあとっとと席につけ」
ま、間に合ったぜ………し、死ぬ………これで俺の皆勤は守られた。
「あー、身体痛え。マジふざけやがって。服破れてんじゃねえか。携帯弁償じゃなくて服もだな。やっぱ一人くらいはシめといた方が良かったかもしれねえな」
「あのー……」
「あぁん?」
ガラの悪い返事だが別に怒ってはいない。俺はこれがデフォルトなんだ。治そうとしても治らなかった
「ごごごごごごめんなさいぃぃぃ!」
なんで謝んの?とは言わない。以前にも同じような事があった時、それを言ったら一日中遠巻きに眺められた。気になって創作に耽られない。
「すみません。怒ってます?怒ってますよね?ごめんなさい。今日は何時にも増してボロボロなのでまた何かあったのかなーって」
平謝りしてくるのは短い茶色の髪に幼い顔立ちにややサイズの合っていない眼鏡を掛けた女子。そいつの名前は篠宮瑠璃。
気弱で何時もなよなよしている何処と無く小動物っぽい女子だ。こんな奴だが、一応クラス委員長をやってる。昨今のアニメではこういうタイプも多いよな。俺的には来栖川みたいな奴の方がクラス委員長をやってるイメージが強いけど、これはこれで悪くない。
因みにこの子もこの子で結構胸デカいんだよな。高二とは思えない。
「ん?ああ。ちょっと車に撥ねられてな。ま、どうってこたぁねえよ」
「えええ⁉︎く、車に撥ねられたんですかぁ⁉︎び、病院には……」
「行かねえよ。大して怪我してねえし。遅刻とか欠席とかするのやだし」
「だ、ダメですよ!ちゃんと病院には行かないと!」
「あー、わかったわかった。後で保健室行くから、それで大目に見てくれ」
「絶対ですよ!絶対ですからね!そ、それじゃあ!」
やたら強く念を押してきた後、授業の為に篠宮は席に帰る。
何時もは気弱でなよなよしてる癖にこういう所だけはとても強引だ。俺の周囲には濃いキャラクターの人間ばかりだと常々思う。
「授業始めるぞー。篠宮ー」
「き、起立!礼!」
『お願いしまーす』
篠宮の号令と共に起立し、礼をする。
着席した後は一時間目の数学の教科書のページを適当に開き、黒板に書かれていることをノートに書きつつ、授業は聞き流す。寝る事はしない。授業態度で点数が引かれるし、考えられないという状態はそれだけで損をしている気がするからな。いっそ寝てる時も創作に耽られないかなとすら思っている。
はぁ………授業を受けている時が二番めに落ち着く時間っつーのは何とも言えねえな。教師に充てられなきゃ、考え込んでても何も言われねえし。家の次くらいに思考しやすい。
さて、早速今書いてる奴の次話の話考えねえとな。やっぱりオリジナルも二次も練りこんでこそ意味のある作品だ。そういう意味ではどちらも大差ない。
考え込もうとしたその時、不意に後ろからつつかれた。誰だ、なんて今更言わん。
「何の用だ、来栖川」
俺は小声で後ろの席の人物。来栖川夜宵に声をかけた。
来栖川は俺の声を全力で無視。しばいてやろうかと思ったが、その前にメモ用紙を渡された。
『授業中よ。話すのは良くないわ』
「いや、話しかけてきたのはてめえの方だろうが」
またメモ用紙を渡された。
『話しかけてはいないわ。授業中に話すのは良くないから、こうして文面で伝えているの。まあ、ただ私が話すのが億劫なだけの話なのだけど』
お前が面倒なだけかよ……書くほうがどう考えても面倒クセーだろ。
『昨日は驚いたかしら?』
「ああ、結構驚……痛っ⁉︎」
「うん?どうした、成宮」
「な、なんでもないっす。どうぞ、続けて下さい」
周囲の視線を苦笑いで誤魔化し、席に座りなおす。この女。躊躇なく、万年筆でぶっ刺してきやがった。つってもあんまり痛くないし、言ったのは反射的だっただけだけどな。あの柔らかいボールが当たった時のあれな。痛くないけど痛いっていうやつ。
またもや飛行機に折られたメモ用紙が俺の机の上に届いた。何気凄いな。綺麗に回って飛んできたぞ。
『喋るな。と言ったでしょう?次言葉を発したらコンパスで刺すわよ。嫌なら返事はこの紙に書きなさい』
命令形かよ………つか、文房具で攻撃とか何ヶ原さんだよ。文房具を大量武装してフルアーマー来栖川。凄え弱そう。
一応コンパスでは刺されたくないので言うことを聞くことにした。
『これでいいか?つか、何の用だよ』
そう書いて渡す。
『昨日の話、信じてもらえたかしら?私のような人間がオタクだというのは俄かに信じがたい事なのだけれど、昨日の話はまごう事なき真実よ。何なら今すぐ『のんノベ』にアクセスして私のマイページを見せてあげるわ』
すると十秒くらいで返ってきた。おまけに字が綺麗でかなり長文だった。なにこいつ、書くの早すぎだろ。
『それはいい。それよりもだ。なんで俺に話した?俺が『のんノベ』を使ってる事もお前が使ってる事も話す必要なんてなかっただろ』
『私、結構貴方の作品は気に入っているの。王道ものや邪道もの、果ては恋愛ものまで。特に恋愛ものはなかなか感心させられるわ。とても貴方が書いたものとは思えないくらい』
わざわざ皮肉入れてきやがったよ。感心してんのか、気持ち悪がってるのかどっちなんだよ。
『悪かったな。俺みたいなのがラブコメなんて書いて』
『悪くはないわ。尊敬しているくらいよ。よくもあんなに甘々で夢見がちな乙女の書くような内容が書けるわね。って』
こいつ絶対馬鹿にしてんだろ。
『仕方ねえだろ。こちとら恋愛した経験も誰かに告られた事もねえんだからよ』
『ごめんなさい』
一連の会話で一番短い文で謝られてるのに、文章からでも憐れみが伝わってきてムカつく。こいつわかっててやってるだろ。
『結局お前、何がしたいの?』
『私、あのサイトを利用し始めてまだ半年も経ってないわ。執筆したものの大半は評価されるのだけれど、はっきり言って嬉しくないわ』
はぁ?意味わからねえ。普通評価されりゃ嬉しいだろうに。少なくとも俺は感想やら評価に一喜一憂するタイプだから評価されたら静かに大喜びする。
「なんでだよ?」
流石に今ばかりは声に出さずにはいられなかった。
来栖川は声を発したジト目でひと睨みした後、メモ用紙を渡してきた。あくまでも喋る気はねえつもりか。
『私のものはどれも違和感や矛盾を指摘して、其処からの原作再構成ものばかり。原作から大して変わっているわけではないから、オリジナリティーに欠けているのよ。少しでも頭が良ければ誰にだって出来るわ。だからその分、夢見がちでもオリジナル感のあって面白いものが書ける貴方を尊敬しているわ。だからそんな貴方に折り入って頼みがあるの』
頼み?あの来栖川が俺に?
そう思っているとまた新たなメモ用紙が送られてくる。そのメモ用紙にはこう書かれていた。
『私と一緒にラノベ作家を目指してみない?』と。
放課後。
結局、あの後渡された『返事は明日でいい』というメモ用紙以降は来栖川は何もしてこなかった。ついでにいうと俺が話しかけても無視した。何処まで一方的なんだあの女。
それにしてもラノベ作家ねぇ………考えた事がないわけではない。
だが、なろうとしてなれるものでもないだろう。それならこの世にラノベ作家は溢れかえっているはずだ。ああいうものは小説家でだろうがラノベ作家でだろうが才能が必要だ。
第一、俺みたいなのはともかく来栖川なら趣味で書きながらもっと儲かる仕事が出来るはずだ。それに来栖川はそういう奴でもないだろうし。
あれか?小さい頃からの夢………はないな。うん。小さい頃からラノベ作家になりたいとか言ってるやつなんて聞いたことねえ。
「わっかんねぇなぁ」
「え、と何がですか?」
「わっ⁉︎」
一人でボヤいていると隣にはいつの間にか篠宮が立っていた。全く気がつかなったんだが、いつの間にいたんだ?
「ど、どうした?篠宮」
「結局、保健室に行ってくれませんでしたね」
「へ?あ、いや、ちょっと考え事があったんだよ。すっかり忘れちまってた」
「……来栖川さんの事ですか?」
「そうそう………って、なんで篠宮が知ってるんだ?」
しかも何か怖いぞ。俯き気味だし。それともあれか?「ふははは、馬鹿め!貴様の事などお見通しだ!」的な感じか?ありえんけど。
「仲良さそうでしたね………来栖川さんと」
「仲良さそう?俺と来栖川が?」
「はい」
「まさか。ありえねえよ。第一、来栖川と話をしたこと自体が昨日が「影虎くん」はぁ?」
「探したわよ、影虎くん。さあ、一緒に帰りましょう」
「「「「「えええええええ⁉︎」」」」」
ごく自然な流れで来栖川は会話に割り込んでくると思わぬ爆弾を投下した。
しかもさりげなく俺の下の名前呼んでるし。意味わからんぞ。
「おい、来栖川。一体どういうーーーって、おい、引っ張んじゃねえ。人の話聞けや‼︎」
来栖川は爆弾投下により、硬直したままのクラスメイトの中を俺の手を引き歩き抜ける。
自分よりもかなり非力な筈の来栖川に引っ張られていくというのはなんとも無様な絵面だが、俺もそれどころではなかった。
俺はそのまま屋上まで引っ張られていき、屋上に着いた途端離された。
「おい、どういうつもりだ。来栖川」
『何処かの誰かさんがうっかり私との関係を暴露しそうになったから止めてあげたのよ』
こいつまたメモ用紙にいちいち書いてるよ。面倒クセー。どれだけ喋りたくないんだよ。
「関係だぁ?別に俺は真実を話そうとしただけだ」
『そうね。けれど、あの状況で「来栖川と話したのは昨日が初めて」なんて言ったら、私達がメモ用紙で会話をしているのを目撃した篠宮さんとその他の人間はどう捉えるかしら?』
「そりゃまあ、仲良さそうとかじゃねえの?」
真面目にそう思ったのだが、それを来栖川は鼻で笑った。なんだその、やれやれみたいな表情。一々腹立つ奴だな。
『私、こう見えて結構モテるの』
「自慢話なら他所でしろ」
『話は最後まで聞きなさい。私は告白されるたびに「好きな人がいるから」って言って断っているの。クラスメイトの男の子の大半には告白されてはそう言ってきたわ。言ってないのは貴方と私の決まり文句に期待を抱いている数人の男子だけ。其処に急に私が貴方に話しかけてきて親しくなったなんて話が出てきたら皆どう思う?』
「来栖川は成宮の事を好きなんじゃないか、って思う?」
『そういうことよ』
「阿呆らし。んな訳あるか」
『何を言ってるの。貴方の作品にはあったじゃない』
「う、うるせぇ!あれは創作、こっちは現実なんだよ。一緒にすんな!」
『大体は一緒よ。ともかく、貴方と私は以前から面識があって親しかったという設定にしておかないといけないわ。これからは話す機会が増える以上、突然だと不自然だわ』
「それ、結局勘違いされるっていう部分は変わってなくねえか?」
『それは此方でなんとかしておくわ。ようは不自然とさえ思われなければそれでいいもの』
不自然とさえ思われなければそれでいい。という部分には同意するが…………急に一緒に帰り出すのはどう考えても不自然な気がするぞ。
「そういうわけだから、一緒に帰りましょう。成宮くん」
「………わーったよ」
何処と無く、嫌な予感はしたものの、早いところ家に帰って執筆に移りたかった俺はそれを承諾した。
それが翌日の悲劇を生むとも知らずに。