Chapter Fourteen
永遠に続くかに思われた、長い口づけが終わったあと、ローナンはゆっくりと唇を離した。
大きな両手でネルの頬を包み込んだまま、荒くなった息を抑えようともせず、ネルの額にまた口づけをする。
そして、頬に。
「否定の返事は聞きたくない」
口づけと口づけの合間に、ささやきのような、かすれたローナンの声が聞こえた。
ネルの息は苦しくなり、胸は重くなり、口づけを受けた箇所は燃えるように熱くうずいた。なにかを言わなければいけないのはわかっているのに、言葉は喉の辺りから先には出てきてくれない。
卑怯者。
弱虫。
そう、ネルは心の中で自分を責めた。
ここでネルが黙っていれば、ローナンはきっと今、誓ってくれたことを本当に実行する。ネルと結婚して、ネルを守り、ネルを幸せにしてくれる。
でも、そうしたら、ローナンの幸せはどこへ行くの?
ネルが今すべきことは、この盲目の目さえ眩むほど輝かしい男性の、将来を守ることだ。こんなプロポーズなど受けられないと、できれば、嘘の刺々しい言葉を使ってでも、彼を遠ざけるべきなのだ。
もちろん、そうしたら、どれだけお互いに傷つくかはわかっている。それを思うだけで、ネルは差し迫ってくる寒気に身震いをせずにはいられなかった。
でも、それでも。
「……っ……」
しかし、口を開こうとしても、ネルの身体は言うことを聞いてくれなかった。
まるで、ただ盲目なだけではない、口も利けない不自由な身体になってしまったかのようだった。
「君は役立たずなんかじゃないよ」
ローナンは両手でネルの顔を包み込んだまま、ささやいた。
思わず、ネルもローナンの顔を両手で触れ返して、その輪郭を指でなぞりながら、次の言葉を待っていた。
愛しい男性のそばで、今だけは、ネルにも光りが見られるような気がした。
暗闇に、冬の朝日が、地面に積もった雪を照らしながら昇るのを、まぶたの奥に見た気がした。
「君は素晴らしい女性だ。美しくて、明るくて、賢くて、強い。目が見えないというだけで、人生を諦めないでくれ」
そして一息置くと、ローナンはまた続けた。「僕と一緒に生きる人生を」
ベッドが、二人分の重みにぎしりと軋んだ音を立てた。
ネルがほんのすこし後ずさると、ローナンはさらにベッドに踏み込んできて、二人は折り重なったままシーツの上にどさりと倒れ込んだ。
ローナンの重みがネルの下半身に覆いかぶさり、布越しにも、彼の逞しい肉体を感じることができた。
ネルの息が止まる。
ローナンの激しい息づかいが聞こえてくる。
時間が、二人のためだけに動くのを止めたようだった。
「このまま、既成事実にしてもいいんだよ。そうすればクレイモア伯爵も、他のどの男も、君には手が出せなくなる」
驚きに、ネルはぽかんと口を開けた。
なにかを答えようとした……しかし、驚いたことに、ネルはこの大胆な宣言に対しても、反論することができなかった。
(わかってるわ……)
情けなくて、ネルの頬に、細い涙の筋がうっすらと流れていった。
(わかってるの。本当は、わたしも、そうなることを願っているから……)
ローナンはその涙の筋をゆっくりと舌でなめとった。ネルの全身に痺れが走り、肩が震える。
「あらがってくれれば、僕はここで止める。でも、くそ、僕は君が欲しい。初めて君を見つけた時からずっと。他の男になんかやれない。たとえどんな卑怯な手を使っても」
ちがう。
卑怯なのはわたしだ。
ローナンの一時期の情熱をいいことに、それを利用して、彼を自分から離れられないようにしようとしている。それなのに彼は、それに罪悪感さえ持っている……。
──あがらうことは、できたはずだ。
そうするべきだったのだから。
でも、ネルはまた指先でローナンの頬に触れて、そのままゆっくりと輪郭をなぞった。そして、なんどか瞳をまたたくと、小さくこくりとうなづいていた。
ローナンが鋭く息を吸い込むのが聞こえた。
「いいんだね?」
ふたたび、静かに、ネルはうなづいた。
「今、ここで、どこまで優しくできるか、自信がない。野獣みたいに君に食らいついてしまうかもしれない。でも……信じてくれ。君を永遠に幸せにするよ」
そして、その言葉のあとに続いた口づけは、もはやローナンから一方的に与えられるだけのものではなかった。ネルはみずから首を傾げて、肩を浮かせると、すがるようにローナンの唇に自分の唇を重ねた。
ローナンの巧みな手が、ネルの腰をすくい上げる。
たまらなくなって、ネルは「あ……」と細い声を漏らした。
道は、あるのだろうか。
もしかしたらネルにも、愛する男性を幸せにすることが、できるのだろうか。
優しく、力強いローナンの腕に抱かれながら、今だけはネルも、そんな希望を持たずにはいられなかった。




