漆とナナ
思いの形は恋愛だけじゃないと、僕は思う。
「ナナね、大きくなったらうーくんのお嫁さんになるのっ」
そう言ってくれた、眩い笑顔の女の子がいた。
けれど、その約束が叶うことはなかった。
「漆くん」
「ん、なに?」
「また考え事ですか?」
「ちょっとね……ごめん、もうなんでもないよ」
僕はふと我に返って隣の彼女と視線を合わせる。絹のような黒髪に整った顔立ち。大和撫子といった少女。
「帰ろうか」
「はい」
彼女と帰路を歩む。
彼女は電車通学なので、僕もまた、駅へと向かう。二人で並んで、共に歩いた。
他愛のないことを話して、
美味しそうなクレープ屋で衝動買いして、
二人で感想を言いながら、電車に乗った。
そのまま今日の出来事について語りながら、二人の共通の話題ばかりで笑いあった。
幾つ目かの駅で降りて、暗くなり始めた路地を歩く。
しばらくして、彼女の家に着いた。
彼女が門扉を開けたので、僕も後に続いた。順に玄関をくぐると、順に階段を上がった。
彼女は自分の部屋の前まで来ると、くるりと振り返って僕に言った。
「夕ご飯の時にまた呼びますから、お兄さん」
それに僕は笑顔で手を振って、自分の部屋へと入った。
彼女、文月ナナは、僕の双子の妹だ。
僕と彼女は幼い頃から共に学び、共に感じ、共に育った。
そんな僕は、彼女に依存している。
過去の約束が叶わぬことを、とても悲しんでいる。
「漆くん。お兄さん。漆兄さん。漆兄」
「いい加減どれかに統一しなよ、ナナ」
「では、漆くんで。夕ご飯ですよ」
それから僕らは夕食を食べる。
「そういえばナナ、今日は七通来ていたよ」
「奇遇ですね、漆くん。漆くんにも七通でした」
その中身は、甘い思いの詰まった恋文。こっそりと入れ替えている靴箱には、お互いの寄せられている気持ちが届くのだ。
「ナナ……モテるんだな」
「漆くんこそ」
食事が終わって、部屋に戻る。片方が入浴し、もう片方は、手紙の返事を書く。その差出人は本人ではない。
それが終われば、ゆったりした時間を居間で過ごす。
僕はふと口を開いた。
「きっと、ナナのほうが僕より先に結婚するんだろうね」
するとナナは笑った。
「きっと、漆くんの方が早く結婚しますよ」
僕もそれに笑った。
「それじゃ、ナナが結婚するまで、僕がそばに居てあげるよ」
ナナは少し胸を張った。
「それなら、私は漆くんが独身のうちはそばに居てあげます」
二人はそっと近づいた。
その距離は兄妹らしい適度な距離だったが、
生涯離れることのない、強い絆がそこにはあった。