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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
95/156

44 朗報と凶報2

 黎明れいめいの湖畔にエアリアルを筆頭に飛竜の一隊が着地した。彼等は妖魔襲来に備え、毎年のように妖魔が出没する第1種警戒区域内とここ数年の間に複数回妖魔が出没した第2種警戒区域内に住む住民の避難状況の確認をしつつ、夜を徹して領内の見回りをしていたのだ。

 わざわざ夜に行ったのには訳がある。ロイスを人質にとって逃走中のラグラスとタランテラ国内に侵入したかも知れない盗賊の行方を追う目的があったからだ。彼等が夜陰に乗じて避難する住人達に紛れ込もうとする可能性が高い。勿論、そういった避難民達には騎馬兵団が付き従って警戒を続けているが、念には念を入れて竜騎士達も警戒にあたっているのだ。

 夜通し飛び回った飛竜達を労い、竜騎士達はその背から降りると小休止とばかりに放してやる。今朝は随分と冷え込んでいて、霜柱が立っている。飛竜達はそれを潰して遊び始めた。

「それにしても何処へ雲隠れしているんでしょうか?」

 皇都を出る時に、アスターの命令でルークの下につけられた若い竜騎士、ラウルが呟く。ルークは当初、固辞しようとしたのだが、師匠ともいうべきアスターが相手では分が悪かった。結局、上級騎士になったのだからという理由で押し付けられてしまったのだ。

「分からん」

 ルークが端的に答えると、元々フォルビアの騎士団所属の竜騎士シュテファンが肩を竦める。彼はフォルビアに戻ってからヒースの命令でルークの部下となった。

 2人共風の資質を持つ飛竜がパートナーなので、エアリアルにそれ程遅れることなくついて来てくれる。だが、今まで1人で行動するのが普通だったルークにとって、四六時中張り付くように2人がついてくるのに嫌気がさしていた。その為に近頃は機嫌が悪いことの方が多い。

 ルークはフォルビアの地図を取りだすと、住民の避難が済んだ村と見回りをした地域に印をつけていく。彼等があたりをつけて捜索をした場所はことごとく外れており、その事もルークの不機嫌に拍車をかけていた。

「……悪いが、先に城へ帰ってくれないか?」

 正直、ルークも我慢の限界が近づいていた。ただ、上からの命令でついて来ているに過ぎない2人に八つ当たりするのも気の毒なので、少しだけでもいいから1人で行動したかったのだ。

「しかし、ルーク卿……」

 2人は難色を示すが、記入した地図と報告書を押し付ける様にして年長のシュテファンに手渡す。

「もう一回りして帰る。そんなに遅くはならないはずだ」

「……分かりました」

 言い出したら聞かないのも既に学習済みだった。シュテファンは説得を諦めて了承すると、ラウルと共に遊んでいた飛竜達を呼び戻す。

「早めにお戻りになって下さい」

「分かってる」

 ルークがぶっきらぼうに答えると、2人は飛竜の背に跨った。そして目礼をすると飛竜を飛び立たせた。




「……やっと、1人になれた」

 部下を見送ると、ルークはホッとして枯れた草の上に座り込んだ。温石おんじゃく代わりに熱いお茶を淹れていた水筒を取りだし、もう既に温くなっているお茶を一口飲んだ。

「絶対にあそこにいると思ったんだけどな……」

 フォルビアに戻り次第、ルークは休憩もとらずにエドワルドに進言した場所へ向かった。念のためにラウルとシュテファン、その他数名の竜騎士を伴って古い城塞を襲撃したのだが、そこはもぬけの殻だった。

 ただ、何者かがいた形跡は残っていた。その後も戻って来るのではないかと幾度か様子を見に行ったのだが成果は無く、その他の可能性のある場所もいくつかあたったのだがすべて空振りに終わっていた。

 ラグラスからも一向に要求が無く、捜索は難航を極めて最早手詰まりとなっていた。そしてそれ以上に未だに手がかりすら得られない恋人の行方が焦燥感を募らせていた。

「オリガ……」

 常に身に着けている昨年の夏至祭にもらったお守を握りしめていると涙が頬を伝う。エドワルドを助けるまではそれを最優先で動いていたので無我夢中だったが、最近はふとした拍子に彼女を思い出してしまう。休息をとるのも躊躇われ、ただ、機械的に体を動かし続けていた。


グッグッ


 エアリアルがパートナーを心配して顔を寄せてきた。ルークはその頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。

「湖の周囲をもう少し飛んで帰ろうか?」

 飛竜は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。彼等だけなので、加減せずに思いっきり飛べるのが嬉しいのだろう。

 ルークは騎乗用の手袋を外すと、気分をさっぱりさせようと顔を洗いに湖に足を向ける。岸には一面葦が生えているのだが、既に枯れて茶色くなった葉が折り重なるようにして倒れていた。それを後目に冷たい水で顔をざぶざぶ洗っていたのだが、ルークはふと違和感を覚える。一か所だけただ葦の葉が積み重なったにしてはやけに盛り上がっている箇所が有るのだ。

「何だろう」

 ルークは騎竜用の長靴が濡れるのも構わずに葦原の中へ踏み込む。そして盛り上がっている葦の葉を手で払っていく。

「これは……」

 出てきたのは小船の舳先だった。見覚えのある刻印を目にしてルークの鼓動が跳ね上がる。自然に流れ着いたにしては不自然な位置にあり、この船を何者かが隠そうとした意図が読み取れる。

「エアリアル、手伝ってくれ」

 飛竜はルークの頼みに応えて寄ってくる。一呼吸おいて気持ちを落ち着かせ、船を覆っていた葦を取り除く。小舟の中に遺体は無く、葉や雨水がたまっていただけだった。思い浮かべた最悪の事態が回避されて安堵したルークは、もっとよく中を調べる為に飛竜の力を借りてその小船を岸に押し上げた。

「エアリアル、ちょっと待っててくれ」

 ルークは飛竜に断ると、小舟の中をつぶさに調べ始めた。中にたまった水や枯葉等を手で慎重に取り除く。日が昇って気温は上がりつつあるが、さすがに水は冷たく、かじかむ手を時折擦りながらルークは作業を続けた。

「何だ?」

 溜まっていた葉は殆ど取り除き、最後に汚れた水を掻き出していると、何かがキラリと光った。ルークが拾い上げてみると、それは緑色の石がついたイヤリングだった。綺麗な水で汚れを落とすと、その緑色の石は輝きを取り戻した。

「……見つけた」

 ルークには見覚えがあった。恋人が仕える女主が好んで身に着けていたものだ。エドワルドが夏至祭で訪れた皇都のお土産として贈った物だと聞いている。

 いまだに行方不明となっているフォルビア女大公の有力な手がかりを初めて掴んだのだ。ところ構わず叫びたい衝動に駆られたが、まだこれがフロリエのものと決まった訳ではない。ルークは他にも手がかりを得ようと、船の中を隅々まで調べた。

「無いか……」

 結局、他には手がかりを見つけることが出来ず、ルークはその場に座り込んだ。フォルビアに戻ってから……いや、エドワルドを救出する前からがむしゃらに働いて来た彼はくたびれきっていた。それでも折角つかんだ糸口を無駄にしたくなく、必死に考えを巡らす。

「夏の頃……考えろ、俺ならどうした?」

 ルークは自問自答する。半ば押し付けた感があるが、ティムには自分が身に付けた野営の基本を叩き込んだ。無事に上陸できたのなら、後は彼がどうにかした筈だ。ルークは立ち上がると辺りを見渡し、岸辺を少し歩いてみる。

「……スグリだな」

 葉はすっかり落ちてしまっているが、ルークにはスグリだとすぐに分かった。湖へと続く湧水の流れもあり、飢えと渇きをある程度癒す事は出来ただろうと見当をつける。更に辺りを歩き回り、岸辺に獣の巣穴らしい跡を見つける。十分とは言えないが、夜露を凌ぐことは出来るかもしれない。おもむろに彼はその辺りの地面を掘り返す。

「……あった」

 焼けてすすが着いた石に一部が炭と化した木切れ。火災を出さない為にも土に埋めて火の後始末をする様に教えたのもルークだった。あの日、一行がこの岸辺にたどり着いたとルークは確信した。ならば、彼等はここからどこへ向かっただろうか?

「東……もしくは南か」

 ルークは近隣の地図を脳裏に浮かべる。ここから一番近い集落は北へ1日ほど歩いた場所にある。そこがラグラス達も勘違いした水葬されたマーデ村の母子を乗せた船が流れ着いた村である。だが、あの時の状況で北へわざわざ向かう事はおそらくないだろう。それが証拠にあの村ではフロリエ達の情報は聞けなかった。

 頼るとすればロベリアだろう。湖のどこへ流れ着いたとしても、東へ向かったはずである。聡い少年は星の位置で正確に方角を割り出す方法も知っていた。

「この南東に村があったな……」

 頭に叩き込んだ地図をもとに、思い浮かんだのは小さな村だった。ここから道らしい道は無い上に、入り組んだ岸辺を避けて通れば徒歩で軽く2日はかかるだろう。

 部下にはすぐに戻ると言ったが、既に日は随分と高くなっている。ルークはそこへ寄って何も手がかりが得られなければ一旦城に戻ると決め、待たせていた飛竜を呼び寄せる。

「行こう、エアリアル」

 ルークは相棒の背に跨ると、思い浮かべたペラルゴ村へ向けて飛び立たせた。




 冬の到来に備え、村では男達の手によって環濠と柵の手入れが行われていた。内乱が収束し、ラグラスによって不当に集められていた若い働き手も帰ってきたので、急ピッチで作業が進められていた。

 一際目立つのは30歳くらいの若者。村長の長男で、彼も先日村に帰って来たばかりだった。彼は父親に代わって采配を振るい、年老いた村長はその様子を家の前に用意した椅子に座って眺めていた。

「備えもこの分なら間に合いそうですねぇ」

「そうだな」

 村の女性達は保存食づくりに余念がない。その采配を振るっていた村長の奥方は、一段落した所で外の様子を見に来たのだ。

「ありがたいことだ」

「ええ……」

 彼等が思い浮かべるのは夏にこの村を訪れた4人だった。人として当然の事をしただけだというのに、恩を感じた彼女達は冬を乗り切るための支度金を過分なまでに置いて行ってくれたのだ。先の事を思えば彼女達にも必要なはずだったのに。

「どうしていらっしゃるでしょうかねぇ」

「そうじゃのう……」

 田舎故、情報が入って来ない事もあって一行のその後の消息は結局わからずじまいである。気にはなるものの、彼等も日々の生活があるし、手形を無断で発行したことが公となれば、罪に問われる可能性もあった。それが恐ろしくもあり、自ら問い合わせる勇気までは無かったのだ。

「少し休憩致しましょうかね」

「そうだな」

 男達の作業も一段落したようだった。奥方の提案に村長が相槌を打つと、彼女は母屋へと戻って行く。集まっている女性達と協力して男達への差し入れを準備するのだろう。

「ご無事でいらっしゃるのだろうか……」

 村長が感慨に耽っていると、男達の作業を手伝っていた子供達が空を指さしている。つられてその方角を見ると、一頭の飛竜が近づいてくる。妖魔の襲撃が稀とはいえ、主要な街道から離れたこのひなびた地で飛竜の姿を見るのは随分と久しぶりだった。しかも驚いた事に、飛竜はこの村の外に着地した。

 村長の息子を初め、数人の男達が村の外へと竜騎士を出迎える。

「如何なさいましたか?」

 外の騒ぎを聞きつけ、村の女性達も母屋から姿を現す。そして村の外に降り立った飛竜の姿を見て絶句する。ザワザワと村全体がざっわめく中、竜騎士に応対していた村長の息子が慌てた様子でかけてくる。その向こうからは村の男衆に案内されて簡素な服装をした竜騎士が歩いてくる。

「父さん!」

「どうしたのじゃ?」

「ら……雷光の騎士様がお見えになった」

 今、タランテラで最も高名な竜騎士に数えられる人物の来訪に、村長夫婦は思わず顔を見合わせた。




 ルークが目的の村に着いた頃には昼を過ぎていた。途中、幾度か降りて野営の跡がないか、確認しながら来たので、思ったよりも着くのが遅くなったのだ。

 避難計画からは外れているこの村は、冬に向けての準備が進められている真最中だった。おそらく環濠の手入れをしているのだろう、男達が環濠かんごうに溜まった泥やごみをかきだかきだしているのが遠目でも見える。それをいくらか年かさの子供達も手伝っているのだが、目ざとい彼等はいち早くエアリアルの姿を見つけてこちらを指さしている。

「降りるよ」

 エアリアルは夜通し飛んで疲れているにもかかわらず、ルークの要望通りに村の外へ降り立った。

すると、慌てた様子で男達が出迎えてくれる。ルークは飛竜の背から軽やかに降りると、被っていた騎竜帽をエアリアルの装具にひっかけて彼等に近寄る。その一挙手一投足に痛いくらいの視線を感じているが、今はフロリエ達の行方を追う一心でいつもほどそれを苦に感じなかった。

「私はフォルビア騎士団所属のルーク・ディ・ビレア。伺いたい事がある。村の代表の方にお会いできないだろうか?」

 名乗ったのは非常に効果があったようだ。村でも中心的役割を果たしているらしい若者が驚いた様子で前に進み出てくる。

「ら……雷光の騎士様でございますか? このような辺境の地によくおいで下さいました。村長は私の父が勤めておりまして、先に知らせて参りますので、どうぞ中へお入りください」

「……お邪魔する」

 正直、その二つ名で呼ばれるのは好きではないのだが、今はそんな事を気にする余裕もない。最初に応対した若者が村の中へ走っていくと、別の村人がルークを案内してくれる。ルークはエアリアルに待機するように言い含めると、集まった村人たちの注目を浴びながら村長の家へと足を向けた。

「このようなひなびた地へようこそお越しくださいました、雷光の騎士様」

 村長夫婦は玄関先で揃ってルークを出迎える。突然現れた竜騎士に戸惑ってはいるが、他の村人のように浮足立った様子は無い。人生経験を重ねた先達に敬意を表し、ルークは丁寧に頭を下げた。

「前触れも無く突然現れ、皆様をお騒がせして申し訳ありません」

「いえ、妖魔より力なき我らを守って下さる竜騎士方に助力致すは当然の事。何か目的があってお越しになられたご様子。狭いあばら家でございますが、どうぞ、中にお入りください」

 客間に通され、奥方がお茶と素朴なお茶請けを用意して勧めてくれる。本人は気づいていないが、夜通し働きづめだった彼は明らかにやつれていた。そんな彼をどうしても放っておけなかったのだ。

「私はとある方々の行方を捜しております。今朝ほど、その手がかりらしきものを見つけたのですが、もしかしたらこちらに立ち寄ったのではないと思い、寄らせていただきました」

 温かいお茶もお茶請けもありがたいが、ルークにはのんびりお茶を飲んでいる暇はない。彼は村長夫婦が向かいの席に腰を落ち着けると、すぐに本題に入った。

「とあるお方とは?」

「フォルビア女大公フロリエ様とご息女のコリンシア姫……そしてその側付きの姉弟です。夏の内乱の折に行方が分からなくなり、今もどこにいらっしゃるのか分かりません。その手がかりを北西の湖畔で見つけたので、こちらに立ち寄ったのではないかと推測しました」

ルークは真っ直ぐに村長夫婦を見据えて事情を説明すると、2人は顔を見合わせ頷き合う。そして奥方は「少しお待ちください」と断りを入れて席を立った。

「雷光の騎士様、どうしてその方々がこちらに寄ると推測されたのですか?」

「彼等はリラ湖の北で船に乗ったあと行方が分からなくなりました。どこの岸に着いたとしてもロベリアに向かう可能性が高いのは皆の一致した見解です。そして彼らが乗ったと思われる小舟がここから北西の岸で見つけました。憶測でしかありませんが、こちらへ向かったのは間違いないと思います」

「そうですか……」

 ルークの答えに村長はため息をついた。そこへ奥方が何かの包みを抱えて戻ってきた。そしてその包みをルークの目の前に置く。

「どうぞ、中をお確かめ下さい」

 村長に促されてルークは包みに手をかけた。中身は柔らかい何かの束が入っていた。

「これは……」

 ルークは中身を見て絶句する。それは3束の髪の毛だった。2つは癖のない見事な漆黒。そして残る1つは光り輝くようなプラチナブロンドだった。ルークは青いリボンで束ねられた柔らかな癖毛を震える手で撫で、そして見覚えのあるレースのリボンで束ねられた黒髪を手に取った。

「……オリ……ガ」

 絞り出すような声で恋人の名を呟き、彼女の髪の束を握りしめる。気付けば溢れた涙が頬を伝って流れ落ちていた。

「ルーク卿……」

 その姿に村長夫婦はかける言葉も見つからず、そのまま彼が落ち着くまで無言で見守り続けた。




 ルークがフォルビア城に戻った時には日が傾き始めていた。随分と遅い帰還に慌てた様子でシュテファンとラウルが着場に飛び出してきた。

「ルーク卿、あまりに遅いので、何かあったのではないかと……」

「すまん。ちょっと手がかりを見つけて……ヒース卿は?」

 ルークはバツが悪そうに答えると、エアリアルを係官に任せて荷物の入った背嚢を降ろした。

「執務室です。お帰りが遅いので、随分とご立腹です」

「だろうな……何かあったのか?」

 着場からヒースが執務室として使っている部屋に向かう道すがら、ルークは妙な緊張感を感じ取っていた。

「ロイス神官長が解放されたそうです」

「何だって?」

「詳しくはヒース卿から叱責と共にお聞きください。色々とあてにされておられたようですので」

 全てを聞き出す前に執務室についていた。ルークは落とされるであろう特大の雷を覚悟し、腹をくくってその扉を叩く。

「ルークです。ただ今戻りました」

「……入れ」

 その地を這うような声にヒースの機嫌の悪さを感じ、ルークはゴクリと喉を鳴らすと覚悟を決めて扉を開けた。

「遅い!」

「申し訳ありません」

 ルークは深々と頭を下げる。ちょっとだけのつもりが連絡なしで一日単独行動し、更にはその間に大事件が起きているのだ。謝罪だけでは済まされない失態だった。

「何が起きたかは聞いたか?」

「少しだけですが」

「ラグラスは交渉の相手にベルク準賢者殿を選び、秘密裏に交渉が行われた。もうじきベルク準賢者がこちらへ来られ、詳しい経緯や奴の要求をうかがえることになっている」

 連絡を寄越したのは全てが終わった後。機密扱いとはいえ、当事者であるこちらに一言の相談も無かったのだ。フォルビアのみならず、タランテラという国を完全に無視したベルクのやり方にヒースは怒りを覚えていた。

「ところで、この非常時にお前は一体何をしていた?」

 詳しい情報が入っていない事もあって、今現在入手できているロイス神官長に関する情報はこれだけだった。ヒースは1人で出歩いていた補佐役を見据える。

「こちらをご覧ください」

 ルークは背嚢から包みを取りだした。ペラルゴ村で村長が預かっていた3人の髪である。そしてそれと共に小舟で見つけたあのイヤリングも添えた。

「……これをどこで?」

 さすがのヒースも目立つプラチナブロンドを目にして顔色を変える。ルークは部下と別れた湖畔で小舟を見つけた経緯とペラルゴ村で村長から聞いた話をかいつまんで報告する。

「確かに4人はあの村に立ち寄りました。村長は4人を引き留めようとしましたが、村人達が巻き込まれるのを恐れたフロリエ様はそれを断ったそうです。そこで旅に必要な物を揃え、荷車と驢馬ろばも譲って下さったそうです」

「4人はどちらに向かったか聞かれたのか?」

「ロベリアに向かったそうです。それから……村長殿は4人に手形まで発行してくれています。それが偽装にあたると思い、4人の事が気になっても自ら問い合わすことが出来なかったと言っておられました」

 ルークは懐から村長から預かった手形の写しを取りだしてヒースに渡す。ヒースはその写しを食い入るように見つめる。

「すぐに照会させよう。殿下にもこの事は知らせなければ……。ルーク、一息休んだら皇都へ行ってくれ。但し、ラウルを同行しろ」

「は、はい」

「お前が休んでいる間にロイス神官長解放の詳しい経緯を聞き出して報告書を書く。その頃には手形の照会も終わるだろう」

「分かりました」

 ルークは頭を下げると、3人の髪の毛を再び厳重に包む。そしてもう一度ヒースに頭を下げて執務室を後にした。




「オリガ……」

 自室に戻ると、ルークは恋人の髪を取りだして口づけた。ようやく恋人の行方の手がかりを得たが、何故か心は晴れなかった。

 既にワールウェイドやラグラスの起こした内乱が終息し、エドワルドが国主代行に就任したのは国の内外に通達してあった。それなのに未だに彼女達が現れないのは、何か不測の事態が起きたとしか考えられなかった。

「無事でいてくれ……」

 ルークはオリガの髪を握りしめながら強く願った。


ペラルゴ村再び登場!

ラグラスが失脚したので村の働き手たちも帰ってきました。

土地がやせているので、妖魔が出ない利点があってもなかなか発展しない地域。

エドワルドが救出される前に、ルーク達が拠点で生活していた折にもここまではなかなか足を延ばす事が出来なかった。

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