43 朗報と凶報1
似たような報告会ばかりの内容でごめんなさい。
「ばあや、これはこのくらいあれば足りる?」
「ええ、ええ。十分でございますよ」
マルトは籠の中身を見せるコリンシアに優しく微笑んだ。
ラトリ村に滞在するようになって1月余り経っていた。すっかり元気になった姫君は、村の生活にも慣れ、マルトのお手伝いで夕食に使うハーブを収穫するのが日課となっていた。
「こっちのお花、母様に摘んで帰ってもいい?」
「ええ、どうぞ。きっとお喜びになりますよ」
「ありがとう!」
コリンシアは嬉々として遅咲きの赤い花を摘み始めた。標高の高いこの地も冬の訪れは早く、生花を楽しめるのもあと僅かだ。それを良く理解している姫君は、まだ安静を言い渡されている母親の為に毎日花を摘んで帰っていた。
「さあ、そろそろ戻りましょう」
「はぁい」
籠を抱えた2人は手を繋いで母屋へ向かって歩き始める。コリンシアは機嫌よく、フレアから習ったばかりの歌を口ずさむ。そんな姫君をマルトは昔のフレアを重ねながら見守る。
普段はこうして明るく振舞っているが、未だにあのリラ湖畔での父親との別れを夢に見るらしく、寝ていても夜中に泣いて起き出す事も珍しくない。傷ついた幼い子供の心が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「あ、飛竜だ」
コリンシアが指差す先にこちらへ向かってくる飛竜の姿があった。方角からして聖域の北で待機していた竜騎士の様だ。着場にしている母屋の裏手に飛竜が舞い降りると、危急を知らせる内容らしく、騎手は駆け足で母屋に入っていくのが見える。
「良き知らせだと良いのだけど……」
傍らにいる愛くるしい姫君の為にもマルトはそう願わずにはいられなかった。
竜舎の掃除をしていたティムは、飛竜の寝藁に座り込んで一休みしていた。
村の進んだ医療技術のおかげで周囲も驚くほど受けた傷の回復は速かった。まだ完治していないが、何かできる事をしようと竜舎の掃除をかってでたのはいいが、早々に息が上がってしまったのだ。
「無理しなくていいぞ」
余所から応援に来ているらしい若い竜騎士が肩で息をしているティムを見かねて休憩に誘ってくれた。冷やしたお茶に焼いた芋の差し入れがありがたい。感謝して受け取り、早速芋にかぶりつく。
グッグッ
横から黒い飛竜が芋を分けろとばかりに顔を寄せてくる。ティムは飛竜の頭を撫でて宥めるが、それでも諦めようとはしない。
「こら、お行儀悪いぞ」
竜騎士が窘めるが、飛竜はあっち行けとばかりに頭突きを食らわす。尻餅をついた竜騎士の手から芋が転げ落ち、飛竜は何食わぬ顔でそれを一飲みにする。
「やられた……」
竜騎士は立ち上がって服に着いたほこりを払う。その間に飛竜はティムに頭を擦り付けて強請り、根負けしたティムは2口程齧った芋を飛竜の口に放り込んでやった。
「あら、ここにいたのね」
そこへフレアの養母が姿を現す。とたんに竜騎士は直立不動の姿勢を取り、先程まで機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らしていた飛竜は少しバツが悪そうに自分の室で丸くなる。
「このいたずらっ子、ダメでしょう」
口元に笑みをたたえ、アリシアは室で丸くなっている自分のパートナーを窘める。悪戯がばれてしまった飛竜はクルクルと甘えた声を出して許してもらおうとするが、アリシアはお仕置きとばかりに飛竜の眉間を小突いた。
キュウゥゥゥ
腰に手を当てて仁王立ちするアリシアが睨むと、その図体から想像もつかない程情けない声を上げて飛竜は自分の室に逃げた。
「あの、僕に御用ですか?」
ティムはまだアリシアの身分を知らない。それでも相手が高貴な人物であることは分かっているので、恐る恐る聞いてみる。
「そうそう、先ほど北から知らせが来たの。貴方とオリガにも同席してもらう事になったから呼びに来たのよ」
「北から……何か進展したんでしょうか?」
北……つまりはタランテラからの知らせである。ティムは相手の身分も顧みずに思わず聞き返していた。
「私もまだ知らないのよ。とにかく行きましょう。後はお願いね」
「はっ」
アリシアは未だ直立不動を続ける竜騎士に後を任せると、ティムを連れて竜舎を後にした。
着替えたティムがフレアの部屋に行くと、既に皆集まっていた。この部屋に入るのは、動けるようになってすぐにフレアの見舞いに来て以来である。
「失礼します」
未だに安静が必要なフレアは窓辺に置かれたゆったりした椅子に腰かけていた。その側に置かれた椅子にペドロとアリシアが座り、近頃はペドロから薬の調合を学んでいる姉のオリガはフレアの側に控えて立っていた。そして戸口の脇の壁にルイスが寄りかかっている。
「遅くなってすみません」
1人遅くなったことを詫びると、フレアは穏やかな笑みを湛えて彼に目の前の席を勧める。姉やルイスが立っているのに座るのは申し訳ないと思うのだが、ペドロもアリシアも勧めるので、緊張でギクシャクした動きで席に着いた。
「さて、始めようかの」
「ダニーは呼ばなくていいのか?」
「後でいいって言ってたわ。酒瓶抱えながらね」
「……」
ルイスが口を挟むと、アリシアが苦笑して答える。面倒事を嫌う彼は、アレスがしていた全ての雑事をルイスに押し付け、日々飲んだくれて過ごしている。団長がこんな事でいいのかと思うのだが、ルイスが文句を言おうとしても人生経験の違いから飄々《ひょうひょう》と躱されるばかりだ。
「レイドから先ほど届いた報告じゃが、良い知らせと悪い知らせがある」
「悪い知らせ?」
悪い知らせと聞いてフレアの表情が強張る。思いつくのは最悪の事態だが、彼女のその不安をペドロは真っ先に打ち消した。
「殿下は無事救出されたそうだ。皇都にも帰還を果たし、国政の掌握も大した混乱も無く済んだようじゃ」
「大母ダナシアよ……」
フレアはエドワルドが無事と聞き、その場で大母に感謝の祈りを捧げた。オリガもティムもほっと胸を撫で下ろし、彼等もフレアに倣って短く感謝の言葉を唱えた。
「じゃが、大きな問題が起こっておる。捕えておったラグラスがロイス神官長を人質にして逃亡した様じゃ」
「何て事を……」
続くペドロの言葉に一同は思わず息を飲む。
「神官長はご無事なのですか?」
「行方が分からぬそうじゃ。ただ、ラグラスにしても大事な人質。そう簡単に命を奪う真似はしないじゃろう」
神官長の地位にあるものを人質に取ったのだ。神殿や礎の里を敵に回し、本気で逃げ切れるとラグラスは思っているのだろうか……。フレアは動揺を隠せない。そんな彼女をアリシアはそっと包み込むように肩を抱く。
「あと、レイドが気になる事を書いてよこしておる。皇都の大神殿でベルクに会ったそうじゃ。神官長を差し置き、我が物顔で居座っておるそうじゃ」
「ベルクが?」
アリシアとルイスは怪訝そうな表情を浮かべ、ベルクの事を知らないオリガとティムは首を傾げる。
「ワールウェイド公と懇意にしておるから、慶事に呼ばれたのじゃろう。エドワルド殿下がご帰還なさったものだから、随分と慌てておるかもしれんの」
ベルクに対して思うところのあるペドロの口調は珍しく意地の悪いものだった。ルイスもアリシアも彼の慌てぶりを想像し、思わず口元を綻ばせた。
「その……ベルクという方は一体……」
オリガの疑問にアリシアが苦笑して応える。
「礎の里で準賢者の地位にいるのだけど、少々難のある人物でね、アレスなどは毛嫌いしているわ」
「母上、あれは少々ではありませんよ」
ルイスが顔を顰めて口を挟み、ペドロは苦笑している。
「確かに金を集める才能は認める。神殿と言えども、中にはああいう人物も必要なのは確かだろう。だが、奴が心の底から大母ダナシアを崇拝しているかというと疑問が残るな」
「ルイス」
バッサリと切り捨てるように言い放つ息子をアリシアは窘めるが、彼はそんな事は気にせずに続ける。
「しかもだ、フレアに対して口にするのも忌々しい暴言を吐きやがって……。あの守銭奴が賢者だなんて世も末だ」
「止めなさい、ルイス」
アリシアが厳しい口調で窘めるが、彼は気にした様子も無く肩を竦め、オリガとティムは顔を見合わせるとフレアの様子を窺う。彼女は少し困った様な表情を浮かべ、不安げにクウクウ鳴いているルルーを宥める。そしてそっとお腹に手を当てている。
もうじき安定期に入るのだが、まだ目立つほどお腹は膨らんでいない。悪阻が治まらない彼女は食が進まない状態が続き、体の線は一層細くなっていた。
「とにかく話を戻しましょう」
反省の色を見せない息子にため息をつくと、アリシアはペドロに先を促す。
「そうじゃな。じゃが、レイドが寄越した情報はここまでじゃ。後はアレスと落ち合ってまた詳しい報告を寄越すとある」
「そう……。今後の事はその報告を貰ってからになるわね」
ペドロから手渡された書状に目を通し、アリシアは溜息をつく。北国は妖魔の襲来も早い。その分早く備えなければならないと言うのに、内乱の後始末がその足を引っ張っている。
政の大変さを身に染みて理解しているアリシアは表だって手助けできない今の状態に歯がゆさを感じる。せめて何かできないか色々と考えてみるが、妙案はなかなか思い浮かばない。
「アイツの事だから直接父上へ相談しに行くかもしれないな」
唐突に口を開いたのはルイスだった。
「……その可能性はありそうね」
「聖域を一気に突っ切るにはクルヴァスじゃ役不足だな。俺の相棒を貸した方が良いかもな」
アレスならばアルドヴィアンも難なく乗りこなすだろう。ペドロもアリシアも一応は頷くが、そうなるとその間はルイスが村に足止めされる事になる。他の飛竜に同乗させてもらえば済む話だが、やはりいざという時の為に彼も動けるようにしておいた方が好ましい。
「うちの子を貸そうかしら」
「パラクインスを?」
「フィルカンサスに会えないからストレス溜まっているみたいなのよ。さっきも悪戯してたし、会わせてあげれば少し落ち着くと思うの」
「大丈夫かな?」
「アレスならうまく乗りこなすでしょう」
親子で交わす何気ない会話を耳にして、ティムの動きが固まる。
「フィルカンサス?パラクインス?」
2頭とも有名な飛竜である。竜騎士を志す者なら知らない者はいないだろう。グロリアの館で飛竜の世話をしていた頃、先輩竜騎士達に見せてもらった竜騎士名鑑の冒頭に最強の番として紹介されている夫婦のパートナーの名である。つまり、目の前にいるこの女性は……。
「ティム、どうしたの?」
「気分が悪くなった?」
カタカタと手が震えだしたティムにオリガもフレアも心配そうに声をかける。
「あら、大丈夫?」
アリシアも気づいてティムの肩に手をかけ、その顔を覗き込む。すると少年は大げさなくらいにビクつき、床に膝をつくとアリシアに頭を下げる。
「し……失礼しました」
「ティム?」
少年の突然の行動にアリシアだけでなくフレアもオリガも面食らう。
「ブ……ブレシッド大公妃様とは気付かず、ご無礼致しました!」
よくある名前とはいえ、アリシアの本当の身分に気付かなかった自分をティムは恥じ入っていた。そしてその叫びに今度はオリガが固まる。
「え……」
「あらぁ、分かっちゃった?」
アリシアが茶目っ気たっぷりに頷くと、オリガは衝撃のあまりその場で失神した。
聖域の北の砦で待機していたパラクインスを借り受け、アレスは聖域を縦断してソレルに到着した。今度はスムーズに養父へ取り次いでもらえたのだが、通されたミハエルの私室でアレスは盛大な溜息をついた。
「義父上……何をなさっておられるのですか?」
テーブルの上だけでなく床にも脱いだ服や書類、書物などに交じってワインの空ボトルまでもが何本も転がり、足の踏み場もない。その中でミハエルは下履き1枚の姿で何かを探していた。
「おお、アレス。いや、着替えをな、しようと思ってだな……」
そこでミハエルは盛大なくしゃみをする。一体その格好でどのくらいそうしていたのか……。未だに現役を続けているので、とても孫がいる年齢とは思えない程引き締まった体をしている。だが、髪はぼさぼさで、無精ひげを生やした姿は、大陸で名をはせている竜騎士だとはとても思えない。
ミハエルには性別を問わず多くのファンがいて、彼にあこがれて竜騎士になる若者も多い。そんな彼らが今のミハエルの姿を見れば、百年どころか千年の恋も冷めるだろう。
「とにかく何でもいいから着て下さい。シーナ姉上はどうなさったんですか?」
「シーナが足りないと言ってディエゴが昨夜連れ帰った。いや……その前だったかな?」
結婚して8年。既に2人の子供にも恵まれているルデラック公王夫妻は新婚当初と変わらずラブラブである。特にディエゴはシーナを溺愛しており、離れて暮らすのが我慢出来なくなったのだろう。連れ帰って2日ならまだ寝室に籠っているかもしれない。
アレスの忠告に従ってその辺に脱ぎ捨ててあった服をミハエルは羽織るが、ワインでも零したのかシミが出来ている。たった1日2日でこの惨状かと内心ぼやきながら、アレスは仕方なく古参の侍女を呼んで部屋の片づけを命じた。
「別の着替えを用意させますから、ちょっと湯あみをしてきて下さい。このままでは話も出来ません」
「そうかなぁ?」
アレスに追い立てられるようにしてミハエルは渋々浴室へ足を向ける。その間に次席補佐官にも来てもらって書類の整理を頼み、シーナを解放してくれるようにルデラック公邸へ使いを送った。
ソレルのこの中央宮においては、アレスは完全に部外者となる。元々近寄らないようにしていたし、こちらに来る事があってもこんな風に勝手に指示を出す事は無かった。
だが、今回ばかりは黙っていられない。早く報告を済ませて方針を決め、またタランテラに戻らなければならない。とにかく時間が惜しかった。気付けば采配を振るって侍女や侍官を効率的に動かしていた。
「なかなかの指揮官振りではないか」
気付けば湯あみを済ませたミハエルが立っていた。アレスは勝手に采配を振るっていたことに気付き、慌ててミハエルに頭を下げる。
「申し訳ありません、勝手な事をしました」
「構わぬ」
既に部屋は片付き、何日かぶりでまともに床を歩けるようになっていた。ミハエルは片付けに関わった侍女や侍官を労うとお茶の手配を命じ、最大の功労者であるアレスに席を勧める。その動きはスマートで、先程まで下履き一枚でウロウロしていた男とはとても同一人物とは思えなかった。
「手を煩わせてしまったな。さて、わざわざここまで来たという事は、何か重大な事でも起こったと見て相違ないな?」
「はい」
2人にお茶を用意して侍女が席を外すと、ミハエルは早速本題に入る。時間が惜しいアレスも促されるままにタランテラの現状を報告しようとするが、そこへ扉を叩く音がして返事をする間も無くディエゴが入って来た。
「義父上、お邪魔します」
「ディエゴ、せめて返事をしてから入って来てくれないか?」
「それは失礼。アレスの話を聞きたくて駆けつけました」
ミハエルが苦情を訴えるが、彼はそれをさらっと流してアレスの隣に座り込む。
「俺は義姉上を呼んだはずですが?」
「今日は動けないだろうな」
アレスも冷たい視線を送るが、ディエゴは気にした様子も無く肩を竦める。この分だとルデラック家に新しい家族が増えるのも時間の問題だろう。
「アツアツなのも結構だが、程々にしてくれ」
「シーナの反応がかわいすぎてなかなか加減が難しいのですよ」
「……」
惚気るディエゴに他の2人はため息をつく。今に始まった事では無いが、ディエゴのシーナに対する愛情は周囲が胸やけを起こす程だ。尤も、ディエゴ自身は舅であるミハエルに倣っていると公言してはばからない。
「アレス、始めてくれ」
「わかりました」
ミハエルはこれ以上言うのを諦めてアレスに先を促し、アレスも盛大な溜息をつくと養父の要望に応えてタランテラの様子を報告する。
「ラグラスに囚われていたエドワルド殿下は無事に救出され、皇都への帰還を果たしました。当初の混乱を乗り切れば、スムーズに政権を掌握できたはずです」
「予定外の事が起きたのだな?」
アレスがわざわざ出向いたからにはそれだけで済まない事をミハエルもディエゴも心得ている。先程までとは打って変わって真剣な表情で先を促す。
「はい。フォルビア正神殿の神官長を人質にしてラグラスが逃亡しました」
「何?」
「それで逃げ切れると本気で思っているのか?」
「分かりません。ただ、現時点でどこにいるかは今のところ不明です。戻れば何か進展していると思いますが……」
アレスがタランテラにいる間にラグラスからの要求は一切なかった。それが少々不気味でもあり、年長の2人も考え込んでしまう。
「問題はもう一つ。父上は竜騎士の能力を高めると言われる『名もなき魔薬』をご存知ですか?」
「……もちろんだ」
ミハエルもディエゴも思わず息を飲む。その様子から2人共あの禁止薬物の存在を知っている様だ。アレスは話を続ける。
「その原料となる薬草がワールウェイド領で大量に作られていました」
「何だと?」
「本当か?」
アレスが頷くと2人共顔を顰める。
「しかもベルクが関わっている可能性があります。決定的な証拠があるわけではないのですが、可能性はかなり高いかと……」
「その根拠は何だ?」
「その薬草園に高位の神殿関係者が視察に訪れ、その後に皇都に向かったという話です。そしてレイドが皇都の大神殿で奴に会いました。ワールウェイド公に招かれたそうですが、奴がワールウェイド領に立ち寄った時期と神殿関係者が視察に訪れた時期が重なります」
「……」
「他には?」
ミハエルもディエゴも渋い表情を浮かべている。勿論これだけでは可能性があるにしても断定しきれない。
「今年収穫した分は既に搬出され、それがマルモアに運ばれたようです。かの地はゲオルグ殿下が総督を務めていましたが、実際にはワールウェイド公によって治められていました。そしてそのマルモアからタルカナに向けた船が予定を早めて出ています。」
「……何とも言えぬな」
「マルモアを出港したのなら、積荷は銀器とサントリナ領で焼かれた磁器の可能性が高いな」
10年ほど前、タランテラに傭兵として雇われていたディエゴは、地理を脳裏に思い浮かべる。当然、彼は各地の特色も全て記憶している。
「……詰め草としてカモフラージュしている可能性は有るな」
どちらも高価な物である。傷がついたり、割れたりしないように厳重に梱包されるのは当たり前。その梱包に使われる詰め草がすり替わっていても、そうと気付く者は殆どいないだろう。
「あり得るだろうが、はっきりとベルクの指示で行われたことを証明するのは難しいぞ」
「……そうですね」
今までも疑わしい事件はあったが、狡猾な彼はなかなか尻尾を掴ませない。彼を追い込むには相当な根回しが必要である。
「マルクスにはベルクの動向を、スパークには引き続きマルモアを調べさせています。戻る頃には新しい情報も入って来ると思います」
「現段階ではあからさまには動けぬ。タランテラ側はこの事に気付いているのか?」
「どこまで把握しているかまでは分かりませんが、討伐の準備もありますし、対処しきれるかどうか……」
「確かに……」
3人は一様に考え込んでしまう。
「奥の手を使うか」
しばらくして諦めたようにミハエルが口を開く。
「アリシアに手紙を書く。彼女から当代様(現在の大母の事)に事の次第をお知らせして手を貸して頂こう。本当にベルクがあの薬に手を出しているのなら、タランテラ一国では手に負えぬ。他国の友人達にも協力を求める」
長く首座を務めるミハエルには他国にも多くの知己がいる。本当に信用が出来る相手に打ち明け、協力を求めなければベルクを追い込むことは不可能である。
「では、私も伝手を使ってタランテラの支援を致しましょう」
ミハエルとはまた違った意味でディエゴも顔が広い。傭兵時代の伝手を使えば、冬を乗り切るための兵力を北へ送る事も可能だろう。ついでに逃げた盗賊達の行方も追えるかもしれない。
「フレアの事はどうしますか?」
「まだ伏せておくしかない。ベルクに知られれば、状況がさらに悪化する可能性がある」
ベルクはフレアが行方不明と聞いて確認の為にわざわざラトリに足を運ぶほど彼女に対して異常な執着を見せていた。エドワルドの妻となり、彼の子を身籠っていると知ればどんな行動に出るか予測がつかない。だが、フレアが危険に曝される事は間違いない。
「とにかく、あの子がブレシッドに移れるようになるまでは公表は避ける」
「はい」
エドワルドが無事と分かっても、手紙はおろか自分達の無事も知らせられない。フレアも小さな姫君もきっとがっかりするだろうが、身の安全には代えられない。一刻も早く問題が解決することを願うばかりだ。
「新しい情報が入ったら、ラトリ経由でいいからこちらにも知らせて欲しい。ちょっと時間差が出来るが、その都度対応を検討する」
「分かりました」
「すぐ手紙を書く。それまで少し休んでいなさい」
ミハエルは侍官を呼び出し、はるばる北国からやってきたアレスに部屋を用意するように命じた。そしてアレスとディエゴが部屋を退出すると、ミハエルは真剣な表情で机に向かったのだった。
久々に女性陣登場w
近況をと思って入れてみました。
ちなみにオリガが薬の調合を習っているのは、無茶して怪我ばかりしている恋人のルークの為。健気です。
残念な首座様も再び登場w
しかし、トップがこんなんで、更にそれを支える娘婿もあんなんだし、この国は大丈夫か?
次話、ルークが奔走します。
おまけ 首座様とゆかいな仲間たち2
2 娘婿その1 ルデラック公王
可愛い妹の為、ソレルを留守にしたアリシアの代わりに父の補佐官を引き受けたはいいが、忙しさにかまけて何日も夫と顔を合わさずにいたのがいけなかったらしい。仕事の最中に押しかけて来たディエゴにルデラックの公邸へ半ば拉致されるように連れ戻されていた。
もうどの位経っているのだろうか? シーナがだるい体を無理やり寝台から起こすと、自分でも恥ずかしくなるほど全身にちりばめられた赤い痕が目に飛び込んでくる。何か羽織る物を探すが何もなく、彼女はため息をつくと仕方なしに上掛けに包くるまって再び寝台に体を横たえた。
そこへ盆を手にしたディエゴが入って来る。
「おはよう、シーナ。今日も綺麗だよ」
「ディエゴ……」
上掛けから顔だけ出して恨めしげに見上げるが、妙に上機嫌で肌艶のいい彼は気にもとめていない様子だ。彼女から上掛けを剥ぎ取ると優しく体を起こし、魔法の様に部屋着を取り出して彼女に着せかけた。
「もう……やめてって言ったのに……」
「君があまりにも可愛くて我慢できかなかったんだよ」
悪びれる風も無く応えると、ディエゴは妻の額に口づけた。そして彼女に飲み物を飲ませたり、食事をさせたりと甲斐甲斐しく世話をする。だが、それだけでは飽き足らず、悪戯な手は彼女の肌をさりげなく撫でていく。
「ディエゴ」
咎とがめるように夫を睨みつけるが、彼は見事に受け流す。そしてさっさと盆を片付けると寝台に座った彼女の隣に座り込む。
「怒った顔も可愛いよ」
「ディエゴ」
「シーナ可愛い……」
「私、怒っているのよ」
妻の怒りなどどこ吹く風でディエゴはマイペースに彼女に触れて来る。シーナは夫の手から逃げようとするのだが、何分、まだ体が言う事をきかない。がっしりと肩を掴まれたかと思えば、そのまま押し倒されていた。
「やっぱり我慢できない」
「ちょっと、待って、ディエゴ!」
シーナは抗議するが、彼は手際よく妻の体から部屋着を剥ぎ取っていた。
「ディエゴ、私、子供達の世話をしなきゃ……。仕事も……」
「ふーん、まだそんな事言う余裕があるんだ。じゃ、遠慮なく」
自分も服を脱ぎ捨てると、ディエゴは妻の唇を塞ぎ、彼女を組み伏せていた。抵抗空しく、そのまま美味しく頂かれてしまったのだった。
結局、シーナが仕事に復帰できたのはそれから5日後。その時になってようやくタランテラの状況が変わり、アレスが報告に来ていたことを彼女は知った。
しかもその間、彼女に代わって夫が父親の補佐をしながらルデラックの膨大な仕事をこなしていたらしい。
有能だけど、どこか残念なディエゴだった。




