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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
90/156

39 不穏な気配2

 日が沈み、酒場がにぎわい始めた頃に起きたアレスは、マルクスと共に腹ごしらえをしながら情報交換を始めた。

「例の薬草園からマルモアへ荷が運ばれているらしい。ワールウェイド領を抜けて陸路で運ぶよりも、一旦フォルビアへ出て川船を使った方が楽で早い。荷を運びやすいように川岸まで街道も整備されていた。おそらく親族の誰かがワールウェイドから金を貰って便宜を図ったんだろう」

「マルモアですか。それでスパークのアニキが?」

「ああ。その薬草園へつい最近、高位の神官が見学に来たらしい。誰かまでは分からないが、気になってな」

「……」

 アレスの言葉にマルクスは少し眉をひそめる。

「どうした?」

「その神官と同一人物かどうかわからないが、今、ベルクが大神殿に滞在しているらしい」

「何?」

 毛嫌いする人物の名が上がり、アレスはとたんに不機嫌になる。

「叔父である老ベルク賢者の代理で、近々あげる予定だったあのバカ皇子の即位式と婚礼に招かれたらしい」

「……」

「帰って来たのがあのおバカ皇子じゃなくてエドワルド殿下だったわけだが、予定が狂って今頃慌ててんじゃないか?」

 マルクスもベルクには良い印象を持っていない。いや、アレスを「若」と呼ぶ聖域の住民達の多くは、老ベルクを中心とした賢者達が行った彼に対する仕打ちを知っているので、反感を抱いていた。更にはベルクがフレアに放った暴言が重なり、礎の里の中枢に対する信用は皆無に等しい。彼等にとって、真の賢者はペドロ1人だけだった。

「もしベルクが関わっているならば、俺達だけで対処しきれないかもしれない」

 まがりなりにもベルクは準賢者とも呼ばれる一位の高神官である。大賢者の引退に伴い、近々賢者の中から大賢者が選ばれるのだが、そうなると賢者の席にも空きが出来、新たに準賢者の中から賢者が選ばれる事になる。複数いる候補の中で、最もその可能性が高いのがベルクだった。

 対して賢者の孫とはいえ、竜騎士の身分をはく奪されているアレスが少々騒いだところで相手にすらされないだろう。下手すれば後見であるミハイルや祖父のペドロにも累が及んでしまう。

「どうしますか?」

「調べるだけ調べて祖父さんと父上に知らせよう」

 マルクスはうなずくが、どうにも腑に落ちない様子である。

「なあ、若。あの薬が危険なのは分かる。それで使用が禁じられているのも分かる」

「ああ」

「とっくの昔に使えないものだと分かっているソレを何で今更リスクを冒して育てているんだ?」

 マルクスは声を潜めてアレスに尋ねる。この一件に神殿が絡んでいるならば、尚更理解できない。

「判断材料が少なすぎて俺にも正直分からない。だが、聞いた話によると、昔と比べると竜騎士の質も数も落ちているそうだ」

「そうなのか?」

「ああ。今、礎の里ではその対策を練っている最中らしい」

「もしかして、その対策の1つがこれか?」

 マルクスの眉間に皺が寄る。

「言い切るには証拠が足りない。だが、神殿関係者が関わっているにしてもこれはそいつらの独断なのは間違いないだろう」

「本当か?」

「ああ。神殿は聖域だけじゃなく、いくらでも温暖な地域に薬草園を持っている。里の合意を得ているなら、寒さに弱いこの薬草をわざわざこんなところで育てる必要は無い」

「なるほど」

 アレスの説明に得心した様子でうなずく。

「付け加えるならば、基本的にこの薬は麻薬の部類に属する。一度使ってしまえば、もうやめる事は不可能だ。能力を高める有用な部分だけを取り出すのは無理だと思う。もし仮にこの薬を使えるように改良したとしても、飛竜がパートナーとして認めてくれなければ意味がない」

 飛竜に認められてこそ竜騎士である。足りない資質をいくら薬の力で増やしてところで、飛竜がパートナーとして認識しなければその力を充分に発揮できない。これだと肝心の竜騎士の数はさほど増やすことが出来ない。

「今はまだ結論を出すには早急すぎる。とにかく俺は明日またマルモアへ行く。マルクスは大神殿の客が本当にベルクか調べておいてくれ。ついでにそいつの動向もだ」

「了解」

 エドワルドの復権を見届け、当初の目的はほぼ達成した。当面は忙しくて会うことも出来ないだろうが、近いうちにエドワルドに面会を求めて姉と小さな姫君が無事だと言う事を知らせればタランテラでの任務は終わるはずだった。

 だが、ラトリを出る時には思ってもいなかった問題にアレスは深いため息をつく。無理に自分が解決しなくてもいいのだが、死んだ恋人の一件に関わるあの薬が絡んでいるのがどうにも気にかかる。

「調査結果次第だが、祖父さんと父上の所へ行ってもらうかもしれない。頼むぞ」

「任せて下さい」

 マルクスは神妙にうなずいた。




 他の酒場へ情報収集に出たマルクスを見送り、マルモアへまた戻るアレスは部屋に戻って寝台に潜り込んだ。夕方に少し寝たのでそれ程眠くは無いのだが、休める時にはしっかり休んでおくのが習慣となっていて、横になっているといつの間にか寝入っていた。


 クウ、クウ……。


 小竜の甘えるような鳴き声でアレスは目を覚ました。室内を見渡すがその姿は無く、アレスは寝台から降りると窓を開けた。白々と夜が明け始めた時刻で、外のひんやりとした空気と共に見慣れた小竜が室内に入ってきてアレスの腕に止まる。肌寒さに思わず身をすくめ、窓を閉めると明かりをつけた。

「よしよし……。遠くからよく来たね」

 腕の中にいるのはアレスがレイドに預けた小竜だった。フォルビアから来た彼を労いながら、体に付けられた小物入れから伝文を取りだす。

「……嘘だろう? 何やってんだ、フォルビアの連中は?」

 そこには、ラグラスがロイス神官長を人質にして逃げたと記されていた。思わず拳で寝台を殴りつける。

「こうしてはいられない」

 アレスは手早く身支度を整えると、マルクスを叩き起こしに部屋を出て行った。





 およそ1年ぶりにタランテラを訪れていたオットーは、上司であるベルクの命で新たなフォルビア公の就任式と婚礼に立ち会うためにフォルビア城下の小神殿に滞在していた。

 正直、この国にもう来たくはなかったのだが、彼は上司直々にこの地を任されている。ましてや今回はベルク自身が皇都で行われるゲオルグの即位式と婚礼に招かれており、同行を命じられれば拒否などできるはずもない。仕方なくベルクのお供としてこの地に足を踏みいれた。

 早々に客間に引き上げ、広い寝台で横になっても悪夢が彼をさいなみ深く眠ることが出来ない。この1年の間に乱用しすぎたせいで薬の効きも悪くなってしまい、持病と化しつつある胃の痛みに耐えてただ体を横たえていた。


ドン、ドン、ドン


 俄かに外が騒がしくなり、客間の扉が叩かれる。オットーは鉛の様に思い体を起こすと、傍らに用意してあったガウンを羽織ってから扉を開けた。

「何事か?」

「お休みのところ申し訳ありません。たった今、フォルビア城が竜騎士達により陥落致しました」

「何?」

 報告の内容が信じられず、オットーは念押しする。

「間違いないのか?」

「はい」

 報告に来たのはグスタフを通じてラグラスに貸し与えられた『死神の手』と呼ばれる傭兵団の隊長だった。元々はベルクの子飼いの傭兵で、オットーが滞在する間、小神殿の警護を任されていた。歴戦の強者なのだが、彼の表情は心なしか強張っている。

「詳しい状況はまだ把握出来ていませんが、城が竜騎士達に制圧されたのは間違い無いようです」

「……」

 オットーは急いで考えを巡らせる。上司のベルクは先に皇都に向かったのでこの場には居ない。この不測の事態は速やかに報告するのは当然として、自分達だけで何か手を打っておかなければならない。上司の指示を待っていたのでは手遅れになり、今までこの地で築いてきたものが全て無駄になってしまう恐れがあったからだ。

「今、動けるのは何名だ?」

「私を含め100名ほどになります」

「少ないな……」

 ラグラスに貸し与えた兵は300名である。それがこの国で初仕事となった襲撃でいきなり大きく数を減らす結果となった。ただの兵ではない。薬でその能力を大幅に底上げし、更には指揮官の意のままに動くようにした特別な兵達である。

 それらの兵の100名近くをエドワルドとその副官のたった2人で戦闘不能にしたと報告を受けた時にはにわかには信じられなかった。更にはラグラスが勝手にリューグナーを始末したおかげで薬の供給が滞り、一部の兵士が禁断症状で使い物にならなくなっていた。

「先ずはこの事をあの方にお伝えしろ。それから、とにかく情報を集めろ」

「かしこまりました」

 隊長は頭を下げると部屋を出ていく。オットーは落ち着きなく部屋をうろうろしながら考えをまとめるが、情報が少なすぎて対策を練りようがない。結局、まんじりとも出来ずにそのまま夜を明かしたのだった。




 翌日になって竜騎士側から通達があり、状況は思った以上に深刻だった事が判明した。とっくに処刑されていたと思っていたエドワルドだけでなく、その副官のアスターも、そして遠く南の海で死んだはずのエルフレートまで生きていたのだ。更には間近にゲオルグとの婚礼が控え、厳重な監視下に置かれていた皇女が自由の身となってこのフォルビアに来ていることもオットーを驚かせた。

 このままではグスタフの失脚は免れない。そうなるとカルネイロの威信にかけて今まで築き上げてきた計画が根本からくつがえされてしまう恐れがあった。それなのにラグラスが張った物とは比べ物にならないほど強固な非常線のおかげでフォルビアから北方への出入りが厳しく制限され、この一大事を上司へ報告する算段が付かない。

 元々グスタフに近しい間柄だったため、高神官のオットーは身柄を拘束されないまでも竜騎士達にその動向を監視されていた。更には手下の何人かが竜騎士側に捕らえられていることも後から分かった。彼等が『死神の手』の内情をしゃべらないとは限らない。一刻も早く手を打ちたいのだがそのすべが見いだせなかった。

 悩みに悩んだ挙句、事件の2日後になってオットーはロイスを小神殿に呼び出した。このまま何もしないでいてはただ全てを失うだけだ。一か八かだがロイスを脅してでも味方に引き入れ、利用しようと考えたのだ。

「急に呼び立てて申し訳ない」

「殿下のお見舞いにこちらへ来ておりましたので問題ありません」

 エドワルドは体調が良くないらしく、直接会える者はごく一部の人間に限られていると聞いていた。元々懇意にしていたのだろうが、後から部下達が集めて来た話によると、ラグラスの支配下にあったフォルビアで活動する竜騎士達に何かと便宜を図っていたらしい。今回の襲撃の陰の立役者となったロイスはその一部の人間となっているのだろう。

 正直に言うと腹立たしかった。ロイスが余計なことをしてくれたおかげでこちらは瀬戸際に立たされているのだ。それでもその苛立ちを隠して和やかに話しかける。

「殿下の御様子は如何でしたか?」

「随分消耗されておられるご様子でしたが、休養をとれば程なく回復なさると医師は見立てております」

 管轄内でこれだけの騒動があったのだから当然なのだが、答えるロイスは幾分か疲れた表情をしていた。落ち着かない様子で居住まいを正すと、徐に本題を切り出してきた。

「今回は何用でございますか?」

 心なしか言葉にけんがある。昨年から何度か無理な要求を重ねたのもあってか、警戒しているのだろう。

「単刀直入に言いましょう。竜騎士達に捕われた私の部下達の解放に協力して頂けませんか?」

「……それはヒース卿に頼むのが筋ではありませんか?」

 ロイスの返答はもっともなのだが、ラグラスに手を貸した傭兵達が無罪放免になる可能性は限りなく低い。素直にそう答えると、ロイスは怒りをたたえた眼差しでオットーを見据えていた。

「あなた方は一体この国で何を成そうとしておられるのか?」

「この大陸の未来を見据えた研究ですよ」

「きれいごとは無しにしましょう。真相を語って頂けないならば、このまま帰らせて頂きます」

 思った以上に強気の答えが返ってきてオットーは驚いた。だが、こうなったらロイスを徹底的に追い込んでやろうとオットーの闘争心に火がついた。

「きれいごとでも何でもありませんよ。昨今、竜騎士の質も数も減っているのは周知の事実です。我々はそれを補うための研究をしているのです」

「だからと言ってあれを作る理由になりません」

「あれとは何を言っておられるのですかな?」

 昨年、リューグナーに宛てた荷物の中身を彼は知っているのだ。借りた温室内で何を栽培しているか執拗しつように訊ねて来たことからしても、彼はあの中身を確認するだろうと踏んでいた。その正体を知り、生真面目な彼は悩みに悩んだに違いない。

 勿論、確認しなくても問題はなかった。彼がどう行動しようと最初から何の支障もないように計画は立てられていた。

「口に出すのもはばかれる。礎の里が禁止している薬物です」

「ほう……」

「リューグナー殿に預かった物の中身を見せて頂きました。彼はそれが禁止薬物だと明言し、そしてその中身は温室で育てていたものを収穫していた時期に嗅いだのと同じ匂いがしていました。それだけで確たる証拠となる訳ではありませんが、それでもあなた方が画策していることはとても許容できるものではありません。

 助け出されたエドワルド殿下は国主代行に任じられており、ワールウェイド公は更迭される見込みです。あなた方が彼と懇意にしていたのは周知の事実。今まで通り優遇される事はもう無いでしょう。何をしようとしていたかまではもう聞きませんから、潔くこの国から手を引いては頂けませんか?」

 確かにエドワルドが生きていたのは誤算だった。ロイスの指摘通り、今まで通りというわけにはいかないだろう。だが、まだ方策はある。何しろロイスが言った通り、証拠は残していないのだ。

「さて、困りましたな。貴公がご覧になった物が当方から預けた物だと断定できるのでしょうか?」

「それは……」

「それをリューグナー殿にことづけたのが当方からという証拠はありませんな。もしあったとしても、貴公はそれをすり替えることが出来たわけです。変な言いがかりは止めてもらいたいですな。それとも貴公は我々に冤罪をかけて貶めるおつもりですかな?」

「なっ……」

 ここまでの反論を予期していなかったのか、ロイスは言葉に詰まる。それにしてもこの程度の追及で非を認めるとでも思ったのだろうか、甘いにも程がある。オットーは手を緩めることなく、仕上げとばかりに更に畳みかけていく。

「我々はこの地に住まう領民の為に、延いては大陸の未来の為にと、正当な理由があってワールウェイド領に施設を作りました。ここの温室を借りたのも、そちらの工事が遅れてやむを得ない措置での事。言いがかりは止めて頂きましょう」

 言葉に詰まったロイスは冷めきってしまったお茶を口にする。その様子を確認し、オットーはしてやったりと内心ほくそ笑む。お茶にはあらかじめ、ソフィアにも使わせた思考を鈍らせる薬を含ませている。すぐには効果を表さないが、じっくり時間をかけて話し合っていけば自ずとこちらの要望を聞き入れる事になるだろう。勝利を確信したオットーはロイスの見えないところでニヤリと笑みを浮かべた。




 ラグラスは薄暗い牢の中で固い寝台に体を投げ出すように寝転んでいた。つい先日まで自分がエドワルドを監禁していた場所である。

 当座の処置としてここに放り込まれて3日経ったが何の音沙汰もない。特にする事も無いので、時折盛大な欠伸あくびをしながら日がな一日ゴロゴロして過ごしていた。

「まあ、俺様の処遇はもう決まってんだろう」

 まるで他人事のように呟くと、また一つ大きな欠伸をする。そうやってゴロゴロしていると、この牢へ近づいてくる足音がする。しかも1人では無い。食事の時間にしては中途半端なので、おそらく自分の希望が聞き届けられたのだろう。

「おい、貴様の要望通り神官長様が来て下さったぞ。感謝するんだな」

 刑吏の役人が扉の外から声をかけてくる。ロイスの来訪を知らされてラグラスは扉に背を向けたままニヤリとする。

「……」

 ラグラスは寝転んだまま答えない。役人は少しムッとすると、牢番を促して扉の鍵を開けさせると中に入って来る。逃走防止に床に鎖で固定された足枷もめられているのだが、更に同伴した2人の兵士が少し乱暴にラグラスを起こすと両手を縛り上げる。高位の神官と面会させてくれるのだ。念には念を入れるのは当然の措置だろう。

「犯した罪を悔い改めるんだな」

「……」

 つい先日までこの城を我が物顔で闊歩かっぽし、皆をあごでこき使っていたのだ。直接の恨みは無くても皮肉の1つも言いたくなるのだろう。役人は準備が整うと、無言のままのラグラスをその場に跪かせる。

懺悔ざんげをしたいとは随分と愁傷な心がけではないか」

 準備が整った所でロイスが現れる。両脇を兵士に固められて身動きできないラグラスは一瞥するとまた視線を下へ向ける。

「……ロイス神官長にだけ聞いていただきたい」

 ボソボソとした力ない声で要望を伝えると、役人は眉を吊り上げる。両脇を固める兵士達も黙らせようと乱暴に小突く。

「……」

「神官長にのみお聞き頂きたい」

 それでも繰り返し要望を述べると、ロイスはため息をついた。

「構わぬ。下がってくれ」

 ロイスの言葉に役人も兵士達も不承不承従い、頭を下げると牢を出て行った。重々しく扉が閉まり、室内は静寂に包まれる。

「下手な芝居はやめたらどうだ。懺悔する気など露程も無いのだろう?」

 ロイスが吐き捨てるように言うと、跪いたままのラグラスの肩が小刻みに震えている。

「クックックッ……。さすが神官長、良くお分かりで」

 ラグラスは笑いながら立ち上がると、寝台にふんぞり返って座る。その不遜な態度にロイスは顔を顰める。

「一体何の用だ?」

「そう焦りなさんなって。ところで、アイツはもう皇都に向かったのか?」

「……今朝、お発ちになられた」

 前日にエドワルドを見舞ったロイスは、オットーに呼び出されたのもあって城下の小神殿に一泊していた。ラグラスが懺悔をしたがっていると聞き、今日、皇都へ出立したエドワルドを見送った後に出向いて来たのだ。

 ラグラスの性格からすると懺悔なんて有り得ないのは分かっている。自分を指名して来た事からきっと何か用があるのだろうと足を向けたのだが、嫌な予感しかしない。それでもロイスは彼に会わなければならなかった。

「そうなると主だった竜騎士共もついていったんじゃねぇか?」

「……」

 何かを企んでいる様子のラグラスにこれ以上外の情報を教えるのはあまり得策ではない。ロイスは無表情のまま口をつぐんだ。

「まぁいい。アイツが俺様に下す刑罰は決まったようなもんだ。今はまだそんな余裕なんかねぇだろうから放っておかれているが、近いうちにこの世とおさらばするのは目に見えている」

「貴様が殿下やフロリエ様にした事を思えば当然だろう」

「ククク……当然ねぇ……。俺様は只、フォルビアの財産が不当な遺言によってどこの誰かもわからん女に奪われるのを阻止しただけだぜ。フォルビアの血を引く正当な後継者がいるっていうのによぉ」

「……その後継者が揃いも揃って能無しだからであろう?」

「何の繋がりも無い者が継ぐこと自体がおかしいのだ」

「フロリエ様の後を継がれる事になるコリンシア様はフォルビアの血を引いておられますぞ」

「だからと言って許せるものではねぇ」

 話は全くの平行線である。結局は自分が選ばれなかったものだから力づくで奪おうと考えたに過ぎない。

「まぁ、いい。こんな事を話す為に呼んだ訳じゃねぇ」

 意見が対立する2人はしばらくにらみ合いをしていたが、以外にも先に口を開いたのはラグラスだった。

「里からのお客人に話を通してもらおうか」

「どうするつもりだ?」

「俺様はこんな所でくすぶっている訳にはいかねぇ。逃げる手助けをしてもらう」

「そんな事、出来るわけ無い」

「あんたはそうでも、上の人の考えは違うかもしれないだろう?」

 まさにその通りなのでロイスは口ごもる。

「とりあえず、オットー高神官に会えるように手配してもらおうか」

 ラグラスの要求にロイスは一つため息をつくと、懐から小さな紙きれを取り出して手渡す。ラグラスは怪訝けげんそうにそれを受け取ったが、その紙切れに書かれた内容を読むとニヤリと笑う。

「良く分かってんじゃねぇか。さすがだぜ」

「……」

 ロイスは強く唇を引き結び、何かに耐える様に俯いている。彼がラグラスに名指しで呼ばれている事を知ったオットーは、彼を利用して部下達も解放させようと画策していた。その方策がその紙には書かれていた。

 一晩かけて体に染み込んでしまった薬の所為で、ロイスはオットーの命に従わないとフォルビア正神殿の神官達は見習いも含めて全員『名もなき魔薬』を作った共犯してその地位をはく奪されてしまうと思い込まされている。

 ダナシアに生涯を捧げ、独り身を貫いた彼にとってトビアスを始めとした神官達は家族だった。薬の効果も重なり、彼等を盾に迫られれば拒むことは出来なかった。

「いい仕事してくれるぜ。さすがは里の高神官様だ。了承したと伝えといてくれ」

「……」

「頼んだぜ、神官長様」

 拒否権の無いロイスは頷くしかなかった。




 ロイスはラグラスの懺悔を聞くと言う名目で毎日城に通い続けた。従順を装うラグラスの姿に牢番も立ち会う役人も気を許し、3日目からは手の拘束は無くなった。

 そして4日目……。

「下手に騒ぐなよ」

 拘束したロイスの首元に小型のナイフを当てたラグラスは戸口で狼狽する牢番に不敵な笑みを向ける。

「先ずはこの足枷を外して貰おうか」

「……」

 首元に充てられたナイフが少し動き、僅かに血がにじむ。それを見た役人は仕方なしに牢番を促して鍵を用意させる。そして恐る恐る近づくと、緊張して震える手で鍵を外した。

「よぉーし、俺様の部下も解放して連れてこい。それから馬車も用意するんだ」

「そ、それは……」

 ラグラスの要求に役人も牢番も動揺を隠せない。今は留守を任されているクレストを初め、主だった竜騎士は城を留守にしている。時間を稼ぎたいところだが、ラグラスはロイスの首筋にあてたナイフを見せびらかすように動かす。

「俺様の処遇は既に決まったようなものだ。ここで失敗したとしても結果は変わらない。だが、あんた達はどうかな?」

 ロイスを人質に取られている以上、下手に手出しは出来ず、要求に従うしかなかった。程なくして同じ塔の牢へ拘束されていたダドリーと数名の傭兵が自由の身となって現れる。

「こいつらを拘束しろ。馬車は確認したか?」

「はい」

 その場にいた牢番と役人は全て牢の中に押し込まれた。そして傭兵達に守られてロイスを人質に取ったラグラスは牢を出る。更に傭兵達はロイスの護衛の兵士を脅して拘束し、彼等から奪った装具を身に着ける。そしてロイスが乗ってきた馬車にロイスを拘束したラグラスが乗り込み、護衛に成りすました傭兵達が付き添って彼等は城を脱出した。

「……すぐに解放してくれる約束ではなかったか?」

「どうだったかな?」

「貴様……」

 掴みかかりたい衝動に駆られるが、今、ロイスは両手と両足を拘束されて床に転がされている。ラグラスはクッションのきいた座席にふんぞり返り、城を出る前にせしめたワインで喉を潤している。

「ま、そう焦るな。すぐに解放したら俺様達が逃げ切れないだろう?」

「……」

「あんたは良い金づるになりそうだ。もうしばらく付き合ってもらうぜ」

 ラグラスは高笑いすると、足でロイスを小突いた。



ラグラスの言葉に踊らされた感のあるロイスは、いいように利用されてしまいました。

ラグラスが手にしたナイフはロイスの護身用の物。解放された後、自分のものを奪われたと言うつもりだった。

すぐに解放してくれる約束だったのだが、ラグラスは彼をとことん利用するつもり。


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