38 不穏な気配1
「大したもんだ」
皇都の一角にある広場から飛竜の大編隊を見上げ、皇都に着いたばかりのアレスは呟いた。
「確かに。これだけの編隊にお目にかかれるのはなかなかありませんね」
つい先ほど落ち合ったマルクスが同意する。アレスは陸路、皇都の北にあるマルモアへ行き、街中の下見を済ませていた。スパークに詳しい情報収集を頼み、エドワルド達の皇都への帰還を見届ける為に南へ引き返してきたのだ。
100騎を超す飛竜の大編隊は、常日頃飛竜を乗り回している彼等にも壮観な眺めだった。しかもそれだけの数が集まっていても一糸乱れずに編隊を組む様は、エドワルドの統率力のみならず、個々の竜騎士の力量がどれほど優れているかを見せつけられた気がする。
広場には彼等の他に多くの住民が出てきており、エドワルド率いる竜騎士達に歓声を送っていた。既に本隊は通り過ぎて本宮に到着しているのだが、一向にその熱気は収まらず、人々は興奮気味に会話を交わしている。
「殿下が生きておられた!」
「奇跡だよ」
「噂は本当だったね!」
「ありがたや、ありがたや」
何故か拝みだすお年寄りもいる。噂を広めた張本人達は肩をすくめて苦笑した。
「振舞い酒だ。兄さん達も飲んでいきなよ」
いつの間にか近くに店を構える店主達がエールやあぶり肉を振舞っており、広場はお祭り騒ぎとなっていた。アレス達もお相伴にあずかりながら彼等の噂話に耳を傾ける。
「これであのバカ殿下を国主として敬わずに済むぞ!」
「全くだ」
「エドワルド殿下万歳!」
振舞い酒で程よく酔いが回り、中年の男達が騒いでいる。不敬罪に問われてもおかしくない内容だが、周囲は止めるどころかその通りだとばかりにうなずいている。
その様子からタランテラの内情にあまり詳しくないアレスでも、ゲオルグが一般市民から嫌われているのが丸わかりだった。
「余程嫌われているみたいだな」
「その様ですね」
この場に居合わせた外国人は彼等だけでは無かったようだ。行商人風の男が素朴な疑問を投げかけている。それに対し、中年の男達は大げさともとれるほど身振り手振りを交えてゲオルグがどれだけ粗暴で自分勝手か話して聞かせる。
「威張りくさった赤毛の若い男を見かけたら、年頃の娘を持つ親は、皆娘を家の中へ隠したもんだ」
「誰も咎めなかったのか?」
「外戚のワールウェイド公がお偉方の耳に届く前に全部握りつぶしちまうんだ」
「ところがだよ、去年の夏、たまたまお忍びでいらしていたエドワルド殿下が、偶然狼藉の場に居合わせておられて、バカ殿下だけじゃなくて威張りくさった取り巻き連中もまとめて懲らしめて下さったんだ」
「あれは胸がスッとしたね。恩を着せるでもなく、颯爽と馬に乗って帰られる様は男でも惚れちまうほど格好良かったな」
男達は自分の事のようにエドワルドを褒めちぎっている。いや、彼等だけでなく、周囲にいた住民達は口々に彼を褒め称えていた。
「ハルベルト殿下もあの方も亡くなられたと聞いてよう、信じられなんだ」
「しかもあのバカ殿下が国主になるときたもんだ。もうこの国はおしまいだと思ったよ」
「お前さん、本気で荷物まとめようとしてたもんな」
「おうよ。あのバカ殿下を国主と仰ぐんなら、いっそのこと出て行ってやろうと思ったね」
男達は相当酔いが回って来ているようだ。饒舌な彼等は泣いたり笑ったりと随分と忙しい。それでも広場は一体となってエドワルドの復帰を喜び祝っていた。
エドワルドが一般市民に随分と慕われている事が分かったところで、アレスは場所を変えようとマルクスを促してその広場を離れる。別の通りに足を運んでみると、ちょうどどこかの貴族の私兵の一団が本宮を目指していた。先程のお祭り騒ぎの様な光景とは一転して、何だか物々しい雰囲気である。
よく見ると、先程まで閉じられていた、本宮が有る中枢区画へ通じる門が開いている。まだ一般人は通れない様だが、兵士の一団は門で待機している正装姿の竜騎士と会話を交わすと門の奥へと進んでいった。
「戦闘にもならないみたいですね」
「まあ、当然だろう。いくら取り繕った所で、真実が暴かれればワールウェイド公の非は明らかだ。それに戦力が違う」
竜騎士100人を味方につけたという事は、付随する騎馬兵団を合わせるとタランテラ国内の8割近い戦力を従えている事になる。実際にはもっと多いかもしれない。
比べてグスタフについているのは元々マルモアを守っていた竜騎士達と一部の兵士、ワールウェイド領から連れて来た私兵ぐらいである。権力を笠に従わせているが、彼等の忠誠もどこまでもつだろうか。
「さすがにここから本宮を探るのは無理があるな。少し落ち着けば本宮前広場にも行けるだろうが……」
皇都が落ち着く前にマルモアへもう一度行くのが先だった。本来ならばスパークだけでも情報は集められるのだろうが、やはりあの薬草が絡んでいるのが気になっていた。
その後も2人は街中の様子を見て歩く。住民達のほとんどがエドワルドの帰還を歓迎している様子が見てとれ、この分なら当初の波乱を乗り越えれば国が安定するのも時間はかからないと結論付けた。
大事な姉を嫁がせるのだ。この辺りは養父に言われなくてもきっちり調査する。一番の問題はあのワールウェイド公がどう対応するかになりそうだ。
「そろそろ宿に行こう」
とりあえず今まで集めた情報を交換する為に早めに宿をとる事になった。アレスは表通りから一本奥に入った路地に出ると、やはり予めディエゴから紹介してもらっていた宿屋に向かう。ここも一階は酒場になっていて、巨漢の店主が仕込みの真最中だった。
「あんた、ディエゴの知り合いかい? なら構わないよ。好きな部屋を使ってくれ」
準備中の店に入って来たアレス達を胡散臭そうに見るや否や、追い出されそうになったのだが、ディエゴの名前を出したとたんにコロッと態度が変わった。かれこれ10年近く前になるが、この宿に押し入った強盗を居合わせた彼が退治し、それ以来、命の恩人として彼が皇都に来る度にもてなしてきたらしい。
「まだ準備中で何もねぇが、これで良かったら食ってくれ」
部屋の準備を女将さんに任せ、準備が整うまでと言って店主はアレス達に席を勧める。そして賄いで作っていた野菜のごった煮と薄焼きのパンを出してくれた。
「美味い」
素朴な家庭料理なのだが、煮込んだ野菜は味が良くしみこんでいる。出汁をきかせた煮汁はパンに浸しながら食べ、2人はあっという間に完食していた。
2人が食べ終わった頃、女将さんが部屋の支度が出来たと呼びに来た。彼女もディエゴのファンらしく、今はどこで何をしているのか聞いて来た。
「結婚して家業を継いでますよ」
その稼業がプルメリア王国連合でもブレシッド家と並ぶ家格のルデラック家だとはさすがに言えない。その辺りはうまくごまかしておいた。
話好きの女将さんは他にも昼に帰還したエドワルドの事や、彼を取り巻く竜騎士達の噂話を次々と披露してくれる。だが、残念な事に、彼女が知っている事よりもフォルビアやロベリアで聞いた話の方が詳しかった。
ただ、不遇を蒙ってきたワールウェイド家のマリーリア嬢は、赤子の時にゲオルグ殿下と入れ替えられたのではないかと言う話は初耳だった。髪の色を指摘されれば妙に納得も出来る。グスタフがゲオルグとアルメリアの婚礼に躍起になっていたのも、その辺りが原因ではないかと女将さんは声を潜めて教えてくれた。
他にも現在のディエゴの様子やアレス達の事を根掘り葉掘り聞き出そうとしていたが、事情をそれとなく察してくれた店主が止めてくれた。
「若いのは疲れてんだ。休ませてやりな」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね……」
女将は謝ったものの、部屋に案内する間もずっとしゃべり続けた。さすがのアレスもこれには辟易したが、皇都滞在中はお世話になるのだからと辛抱した。
「まいったな……」
ようやく女将のおしゃべり攻撃から解放され、どっと疲れの出たアレスは寝台に突っ伏し、マルクスはソファにぐったりと体を預けた。
「毎日これだと……」
「きついですね」
2人は思いっきり深いため息をついた。
「ところでスパークのアニキは?」
「マルモアで情報収集中だ。あの薬草の行き先と神殿関係者の立ち寄りそうな場所を特定しておいてくれる事になっている」
アレスは寝台に突っ伏したまま答える。フォルビアを出てから強行軍で馬を駆っていたのでさすがに疲れている。睡魔に襲われ、そのまま軽い寝息をたてはじめた。
「若?」
マルクスが声をかけるが応答がない。強行軍で疲れているのだろうと察し、彼は仕方なくその状態のまま寝入ったアレスの靴を脱がせると上から毛布を掛けてやる。そしてゆっくり寝かせてやるために静かに部屋を出て行った。
グスタフが皇都にいる間、城代として所領を治めているのはグスタフの3番目の娘の婿であるニクラスだった。
宰相となった舅のグスタフが、皇都にいて城を留守にしているのはいつもの事。だが今日は、普段はワールウェイド城で贅沢三昧な生活をしている姑や妻子、そして義理の妹達までもが義姉の忘れ形見であるゲオルグの晴れの日を祝う為に城を留守にしていた。
彼はこの日、鬼の居ぬ間に命の洗濯をしようと、半裸の美女を侍らせて実にご満悦な夜を過ごしていた。フォルビアへ向かう途中に立ち寄ったゲオルグの接待の為にという名目の下、今日のこの日の為に自分好みの美女も集めておいたのだ。普段は飲ませて貰えない高級酒を美女にお酌させ、彼は今、束の間の幸せをかみしめていた。
「ニクラス様、大変です!」
お酒と共に美女も味わおうとしたところで、何の前触れも無く部下が寝室に乱入して来る。美女達は驚いてきゃあきゃあと悲鳴を上げる。
「何事だ?」
「たった今、ルバーブ村の村長が手勢を引き連れて現れまして、こ、これを……」
部下は握りしめていた書状をニクラスに差し出す。いつになく動揺した部下の姿を訝しみながらも、せっかくのお楽しみを邪魔された苛立ちからその書状を荒々しく受け取った。
「……なっ……なにぃ!」
記された内容にニクラスは凍りついた。死んだと思われていたエドワルドが存命し、ラグラスの下に監禁されていた所を救助された事。そして、襲撃した竜騎士達によってラグラスとゲオルグまでが捕えられている事に愕然とする。更にはゲオルグは国主代行の任を解かれると同時に新たにエドワルドがその地位につき、グスタフも宰相位を剥奪する事を正式な文書で示されているというのだ。
ヒースの署名だけならロベリアの竜騎士達のでっち上げだろうと笑い飛ばすのだが、そこに記されているのはエドワルドとアスターの直筆の署名。ワールウェイド領の竜騎士を束ねる地位にあった彼は、エドワルドやアスターとも文書を交わした事があり、それが本物であることは一目瞭然だった。
「ど、ど、ど、どうしよう?」
思いっきり動揺していると、慌ただしい足音と共に武装したリカルドが兵士を引き連れて寝室に入って来た。
「な、な、何故、勝手に……」
「国主代行となられたエドワルド殿下の命により、ワールウェイド領は当面、国が管理する事となりました。私が総督に任命されましたので、速やかに引き渡し願いたい」
リカルドはエドワルドの署名入りの命令書を広げてみせる。思いもしない展開にニクラスはその場で固まる。
「は?」
「グスタフ殿は全ての権限を剥奪されています。一族の方々は処遇が決定するまで公邸にて謹慎頂くことになります」
「……」
楽しい夜が一転し、呆然自失のニクラスを控えていた兵士が両脇をがっちり固めて連れ出していく。部下も同様に連れ出され、残るは寝台で身を寄せ合うようにして震えている美女達である。
「心配いりませんよ。家族の下へ帰る手筈を整えましょう」
リカルドの言葉に彼女達は一様にホッとした表情を浮かべている。やはり好んで集まった者はいない様だ。そのままでは目のやり場に困るので、羽織るものを与えられた彼女達は兵士の誘導で寝室から連れ出された。1人1人聞き取りをしてからになるが、家族の下へ帰る手筈を整えなければならない。
「全く、厄介な役を押し付けてくれて……。恨みますよ、アスター卿」
グスタフに目をつけられないよう、今までは目立たぬように凡庸を装って過ごすのが当たり前だった。それは性に合っていて、故郷の村を潤すだけで満足していた。
だが、その才能はアスターによってあっさり看破されて、グスタフ失脚後のワールウェイド領の総督に推挙されてしまった。そしてアスターを信頼するエドワルドによってそれは認められ、その辞令が今朝届けられた。
そしてフォルビア城攻略に加わった騎馬兵団を借り受け、気が緩みきったワールウェイド城に乗り込んできたのだ。
「総督閣下、城内の制圧、完了しました」
「ご苦労様です。では、始めましょうか?」
「はっ」
先ずは必要な人材とそうで無い者に振り分ける城の大掃除である。なんだかんだ言いながらも、その仕事を楽しむ余裕がリカルドにはあった。
今頃は自分にこの仕事を押し付けた人達は、皇都の本宮で同じような仕事をこなしているに違いない。それはここよりもはるかに厄介な問題が山積みの筈で、自分では到底さばききれないだろう。
「さすがに一国となると手に負えませんが……」
自分の力量を心得ている彼は、そう呟くと自分の器に見合った仕事をしに、ニクラスの夢の痕跡が残る寝室を後にした。
合議の間の準備が整い、遅れていたブロワディとグラナトが到着したのは明け方になってからだった。
知らせを受けてエドワルドはすぐに起きるつもりでいたのだが、診察したバセットが険しい顔で首を横に振る。仮眠をして少しは体が楽になるかと思っていたのだが、逆にだるさが増している。自分でも良くない状態なのは分かっているが、今は大人しく寝ている場合ではい。
口論の末、体を無理やり寝台から引き剥がして身支度を整えると、先ずは父親の様子をうかがう。勅令を発するのに残るすべての力を使ったのか、アロンは昏睡状態に陥っていた。
グスタフによって解雇されていた専属医が再び呼び寄せられて治療に当たっていて、ヘイルや古参の女官がその補佐をしている。
エドワルドはその痩せ細った手を握りしめ、一言、二言父親に話しかける。意識のないアロンには声は届いていないかもしれないが、そうせずにはいられなかった。そして後を医者に任せ、合議の間に足を向けた。
「殿下!」
「遅参して申し訳ありませんでした」
合議の間に入ると、真っ先にブロワディとグラナトがエドワルドの前に跪く。今までの経緯の説明を受けて彼の生存を知らされていたのだが、改めてその姿を目にして感無量といった様子だった。
「2人共、良く戻って来てくれた」
エドワルドは2人を労い、それぞれと軽く抱擁をして握手を交わす。ハルベルトの腹心として仕えていた2人は、グスタフによって遠方に左遷され、半ば監禁された状態だった。その為にエドワルドの署名付きの書状によって解放されてもすぐに駆けつけることが出来なかったのだ。
それでもいつまでも感慨にふけってはいられず、グラナトはエドワルドに席を案内する。
「殿下、どうぞこちらに」
用意されていたのは玉座の左隣……そこはかつてハルベルトが座っていた席だった。エドワルドが足を向けると、一同は改めて国主代行に就いた彼に敬意を表し、起立して迎える。
上座の左側は竜騎士を中心とした武官の席になっており、ブロワディを筆頭にヒース等各竜騎士団長やアスターとエルフレート、そしてリーガスが控えている。右側は文官席で5大公家の当主とグラナト、主だった文官が居並ぶ。グスタフが死亡した事により、5大公家の空席は2つになってしまった。今はそこにセシーリアとアルメリアが付き、その背後にユリウスとマリーリアが立っている。本当はマリーリアにも席を用意されたのだが彼女はそれを固辞し、あくまで2人の護衛という立場を貫くつもりの様だ。
部屋の隅ではウォルフが書記として同席し、エドワルドの後にはバセットが当然といった様子で控えている。そして扉の外にはルークとキリアンが警護についていた。
エドワルドが席に着くと一同は揃って頭を下げ、彼が頷くと彼等も腰を下ろした。
「では、始めよう」
時間が惜しいので余計な前置きは一切省く。先ずはサントリナ公が立ち上がり、エドワルドが休んでいた間の経緯を説明し始める。
「グスタフ殿の遺骸は清めて本宮内の一室に安置しております。ご家族に知らせましたが対面は奥方とご息女に許可いたしました。今、彼女達にはソフィアが付き添っております」
突然の訃報におそらく取り乱している事だろう。そんな彼女達を宥める役をソフィアは自ら買って出た様だ。
「ゲオルグ様は北の塔に監禁しております。随分と荒れておいでですが、見張りには静観するように命じております」
「あれは処遇が決まるまではそのまま北の塔に入れておけ。後回しでいい」
「かしこまりました」
正直、ゲオルグに対して怒りが収まりきらない今は公正な裁断をする自信がない。そしてそれよりも手がけなければならない重要案件が山積みなので、後回しにせざるを得ないのだ。
続く報告では本宮内の混乱はまだ完全には収まってはおらず、その為にエドワルドが命じた人事と法令の復旧は人手が足りずにまだ終わってはいない。苦肉の策としてサントリナ領やブランドル領で働く文官に手を貸してもらっている状態らしい。
「皇都では一部の市民がワールウェイド家公邸へ押しかける事態が起こりましたが、市内を警護していた竜騎士達の説得に応じて解散しました。暴動を想定して街中の警備を強化した効果が出ている様で、混乱に乗じた犯罪の報告はまだ上がっておりません。一部の地域では殿下の帰還を祝い、お祭り騒ぎとなっている所もあります」
サントリナ公に代わって今度はブランドル公が立ち上がって報告する。皇都に於いては最悪の事態は避けられた様子でエドワルドはひとまず胸を撫で下ろした。
「国内の主だった神殿には既に、殿下の御存命と国主代行になられたことを通達いたしました。大半の神殿からは殿下の国主代行就任に歓迎を示して頂きましたが、マルモア正神殿だけは何の反応もございません」
「マルモアか……。確かあそこの神官長はグスタフの奥方の縁戚だったな」
「左様です」
ゲオルグが名前ばかりの総督を務めていたマルモアは第2のワールウェイド領と言っても過言では無かった。コネを総動員した人事がまかり通っているが、住民が不当に搾取されるような事態には陥っていないのでハルベルトも口を挟めずにいた。その辺りのグスタフの手腕はさすがとしか言いようがない。
元々礎の里にも強い繋がりを持っているので、自分に都合のいい高神官を招くこともお手の物だろう。グスタフが失脚したのを信じられないのか、彼同様にエドワルドを本物と認めたくないのか……。国内の他の神殿は既にエドワルドを認めているので、マルモアだけがどうあがこうとも神殿側の総意が覆る事はもうない。だが、何の反応もないのは少々不気味でもある。
「マルモアには既に竜騎士を派遣しておりますが、こちらの混乱が収まり次第文官も派遣する予定です」
「様子をうかがっておくか……」
「私が行って参りましょうか?」
エドワルドの意向を察し、アスターが手を上げる。
「そうだな、行ってくれるか?」
アスターが皇都を留守にしても、ブロワディやヒースがいれば問題なく竜騎士達をまとめられる。そう判断したエドワルドは彼に全権を託すことに決めた。
「私も同行したいのですが……」
遠慮がちに手を上げたのはマリーリアだった。アスターに同行するのは当然とも取れるが、何か決意を秘めた表情から察するに何やら理由があるのだろう。
「理由を聞かせてくれるか?」
「あの人の今際の言葉が気になるのです」
「グスタフの?」
マリーリアの答えにエドワルドは首をかしげる。
「マルモア離宮と仰いました。確信が有るわけでは無いのですが、何かある気がして……」
「そうか。気持ちは分かるが今はダメだ。マルモアはまだグスタフの影響が強く残っているはずだから、君には危険すぎる」
「はい……」
エドワルドの言いたい事は分かるので、マリーリアは項垂れながら素直にうなずいた。
「気落ちする事は無い。今すぐには無理だが、いずれその機会を設けよう」
「はい」
確信がない事で無理を押し通す事は出来ない。マリーリアは諦めてエドワルドの決定に素直に従った。
「早ければあとひと月ほどで初雪が降る。そうなれば妖魔の襲来も始まるだろう。十分な準備を整えるには時間が足りない。妖魔の被害を最小限に抑えるためにも各領主には境界を越えた協力を求める」
エドワルドの方針に今までグスタフの考えに同調していたリネアリス公も同意する。現在の当主は時の勢力に逆らわない事で今まで大過なく過ごしてきた。グスタフの偽りとまやかしが明るみになり、更には彼が死亡した事でリネアリス公は掌を返してエドワルドに恭順を示したのだ。
「ワールウェイド領とフォルビア領は総督を指名し、当面は国が管理する。ワールウェイド領は既に総督としてリカルド・ディ・ヴァイスを指名している。エルフレート、彼を補佐し、一隊を率いて騎士団を掌握してくれ」
「か、かしこまりました」
この場に呼ばれたからには何か任務を与えられるのだろうと予測をしていたのだが、思ってもいなかった大任を任されてエルフレートは驚く。だが、ハルベルトを守りきれなかった失態を償う決意は揺らいではいなかったので、彼は固辞しないで頭を下げた。
「フォルビア領はヒース、総督と団長を兼務で任せる。補佐としてあの一帯を知り尽くしているルークをつける。ロベリア総督は慰留。第3騎士団団長はリーガスに任せ、クレストを副団長に付ける」
新たな人事にヒースもリーガスも半ば諦めの境地で受けた。固辞した所で、誰も代わりに出来る者がいないのだ。
「ブロワディは引き続き第1騎士団をまとめ、その補佐をアスターに任せる。その他具体的な人員の移動は各団長と協議して決めてくれ」
本当はヒースを呼び戻してアスターにフォルビアを任せるのが最善なのだろうが、飛竜共々怪我から回復したばかりで調子を取り戻していないアスターには負担が大きすぎるとエドワルドは判断していた。
ブロワディは辞意を示していたのだが、人手不足を理由にエドワルドが却下した。アスターも長く皇都を離れていたのでそうすぐには大所帯の第1騎士団をまとめ上げるのは困難だろう。長年第1騎士団をまとめてきた彼の力がまだどうしても必要なのだ。
それは国政に関しても同じことで、サントリナ公やブランドル公、そしてグラナトの力をどうしても借りる必要があった。エドワルドは彼等に改めて協力を要請し、彼等も快く引き受けた。
「お取込み中、失礼いたします」
大体の方針が固まり、エドワルドの体調も考慮して会合をお開きにしようとしたところで、扉の外を守っていたルークが入室の許可を求めてきた。
「何事だ?」
何か嫌な予感しかしないのだが、エドワルドが許可すると、ルークと共に現れたのは憔悴しきった様子のゴルトだった。クレストと共にフォルビアの事後処理を任せてきた彼が現れた事で、嫌な予感が的中した事を悟る。
「殿下、申し訳ございません。ラグラスに逃げられました!」
「何?」
告げられた内容に一同は愕然とした。
気の毒なニクラスさんが爪を隠していたリカルドに捕えられたのは、エドワルドが皇都に帰還した日の夜のこと。
ちなみにワールウェイド大公家を押し付けられてはたまらないと、アスターがリカルドを推薦しました。
皇都に帰り、本宮を掌握して安泰だと思ったのも束の間、ラグラスが逃走してしまいました。怪しい薬の存在や、妖魔の襲来も間近に迫り、問題が山積み。
頑張れ、エドワルド!




