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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
88/156

37 偽りの代償

流血を伴う残酷なシーンがあります。

予めご了承ください。

あと、ゲオルグの暴言にも目をつむって頂ければ幸いです。

「さっきのを取り消せ、爺ぃ! 離せ、離しやがれ!」

「陛下、陛下、何故でございますか? どけ、竜騎士共! 邪魔をするな」

 ゲオルグもグスタフも退出するアロンに追い縋ろうとするが、竜騎士と兵士によってそれをはばまれる。国主を乗せた寝椅子は合議の間を出て行き、扉が重々しい音をたてて閉ざされた。

「ゲオルグ、グスタフ、両名とも与えられた席に大人しく着き、合議の進行を阻まなければ弁明の機会を与える。そうで無ければ即刻、牢に入ってもらう」

 足掻く2人にエドワルドは凛とした声で宣告する。するとグスタフは憎々しげな視線を彼に向ける。

「ワシはまだ本物とは認めておらぬ」

「グスタフ殿……」

 激昂するグスタフをサントリナ公がたしなめる。既に勅令でエドワルドは国主代行に任じられ、既に承認されているのだ。国主直々にその身分をはく奪されている彼が何と言おうともそれを覆す事は出来ない。

「それにこの女は反逆者の末裔だ。ワシの情けで竜騎士になったこの女が皇家に迎えられ、ゲオルグ殿下が除籍されるのはおかしいではないか!」

 アルメリアやセシーリアの警護として、彼女達の後に立っているマリーリアをグスタフは憎々しげに睨みつける。今まで見下してきた相手が皇家に迎えられ、逆に自分は除籍となったゲオルグも竜騎士達に押さえつけられてなかったら掴みかかっていただろう。

「しかも竜騎士と結託し、偽りの葬儀まで上げて世間を欺いたのだ。神殿を冒涜した罪は重い。極刑に値するのではないか?」

 グスタフと対峙するマリーリアは小刻みに震えている。それに気を良くし、グスタフは彼女の隣に立つアスターにも鋭い視線を向けるが、彼は平然と受け流す。

「偽ってなどおりませぬ!」

「ほう、ならば葬儀を上げたはずの男が何故この場にいる?」

「あれはハルベルト殿下の鎮魂の儀です」

 マリーリアは自身の勇気を総動員し、胸を張って答える。

「私はルバーブ村から出る事を禁じられ、大恩あるハルベルト殿下の葬儀への参列も認められませんでした。そんな私の為に村長が鎮魂の儀を執り行う手筈を整えてくれました。アスター卿の容体が安定するのを待ってからになったので、あの時期になったのです」

詭弁きべんだ。周囲にそう思い込ます意図があったのは明確であろう?」

 マリーリアの答えをグスタフは鼻で笑う。

「竜騎士共が仕立てた偽物にも気づかず、しかもこのような者を皇家に迎えられるとは、陛下は蒙昧もうまいされたとしか思えん」

「祖父様の言うとおりだ。俺様が除籍になる理由なんて何もない!」

 自分が悪いことをしたとは微塵にも思っていないゲオルグは竜騎士に抑えられながらもそう言い放つ。こうなって来ると、エドワルドも本気で相手にするのがばからしくなってきた。それはこの場に集まる竜騎士や貴族達も同様の様だ。正式な5大公の中で唯一グスタフに味方していたリネアリス公が顔を青ざめさせながら「不敬罪に問われますぞ」と小声で忠告している。

「私の事をどう言われようと気にはしませんが、陛下や殿下の事を悪く仰るのは止めて下さい。ここにいらっしゃるのは紛れもなくエドワルド殿下です。真実が明らかになった今、嘘に嘘を重ねられたあなた様の主張はもう誰も信じては下さいません」

「……」

 マリーリアの言葉にグスタフは虚を突かれたように押し黙る。

「無位無官の身でありますが、発言をお許しください」

 そこへ突然、発言を求めて前に進み出たのは今まで部屋の隅で成り行きを見守っていたウォルフだった。彼はエドワルドの前に進み出てその場に跪いた。

「許す」

「この方は紛れもなくエドワルド・クラウス殿下に間違いございません。フォルビア城の牢にて、ラグラスによって囚われておられたのでございます」

「貴様、何を!」

「ラグラスはゲオルグ殿下や我々を牢に案内し、囚われておられたエドワルド殿下を得意気に披露しました。恨みを晴らす好機とばかりにゲオルグ殿下は押さえつけたエドワルド殿下に暴行を加え、更には酒席の余興として首を刎ねようと企てたのです。エドワルド殿下がご無事なのは、ひとえに竜騎士方の働きによるものでございます」

 ウォルフの発言にグスタフは声を荒げるが、彼は一気にフォルビアでの出来事を告発する。その内容に場内は大きくどよめいた。

「酒席の余興に!」

「何て事を……」

 その場に集まった貴族達はザワザワと私語を交わす。

「黙れ!」

 己の所業をさらされてゲオルグはいきどおるが、側に控える竜騎士達に抑えられる。

「この、恩知らずが!」

 思わぬところから内情を曝されたグスタフは怒りで我を忘れてウォルフの顔を蹴りつける。更に蹴りつけようとしたところでルークやユリウスが彼を止める。

「……わ、私だって御恩のある貴方に刃向う真似はしたくなかった! ですが、ですが、事実を捻じ曲げ、更には陛下や皇家の方々を冒涜ぼうとくするのは、ゆ、許される事ではありません」

 蹴られた頬は腫れあがっているが、それでも己の心に恥じるところが無くなったウォルフは続ける。

「もう、足掻くのを止めて下さい。これ以上足掻いても何かを得るどころか失っていく一方です。潔く、身を引いてください」

「……そなた、何を約束されて奴らに加担しておる? 金か? 領地か? ワシよりも良い条件を提示されて寝返ったのであろう?」

「な……何を……」

 金に目がくらんだと思われ、ウォルフは悔しさで言葉が詰まる。

「言い返せないところを見ると、そうであろう? あさましい奴よの。ワシの下におれば出世させてやったものを……」

 更に侮蔑の言葉を吐こうとするグスタフにユリウスとルークは気色ばむが、それをエドワルドが制する。

「あさましいのはそなただ、グスタフ。人の心を動かすのに金は必要ない。ウォルフはユリウスやルークの心に触れて私に味方してくれたのだ。一歩間違えば命を落とす危険があったのにもかかわらずに、だ。私がここに居られるのも彼が味方してくれたおかげだ」

「お前、俺様を裏切ったのか? 許さねぇ、許さねぇぞ!」

 頭の悪いゲオルグにもようやくウォルフがエドワルドの味方をした事を理解できたらしく、聞くに堪えない暴言を吐きながら暴れようとする。どこからこんな力が出るのか、竜騎士が2人掛かりでも抑えるのがやっとの状態だった。

 このままでは話が進まない。エドワルドは一旦ゲオルグを合議の間から連れ出すように命じようとしたところで、外が騒がしくなる。

「何事だ?」

「申し訳ありません、女官がどうしても訴えたい事があるから入れろと……」

 合議の間の外で警護していたリーガスが入室してきて報告するが、全てを伝えきらないうちに、顔に痛々しい傷を負った年配の女官が合議の間に入り込んでくる。

「お前は……」

「ドロテーア?」

 グスタフはその姿に狼狽し、アルメリアは変わり果てたその姿に絶句する。いつもきっちりと髪を結いあげ、きちんと糊付けされた女官服に一部の隙無く身を包んでいたというのに、今の彼女は髪もぼさぼさで女官服は血で汚れ、皺だらけになっている。

「大殿……ひどいじゃありませんか……」

「な……何がだ」

 フラフラと歩み寄るドロテーアの目には狂気が宿っており、グスタフはそんな彼女に気圧されるように後ずさる。

「今まで、大殿の為に尽くしてきたのに……」

「ワシに仕えるのが栄誉だと言っておったではないか。手駒の分際で見返りを期待しておったのか? 生意気な奴め」

「利用するだけ利用していらなくなったら捨てるなんてあんまりじゃないですか……」

「お前が小娘を逃がしたからこんな事になったのだ。お前のような出来の悪い手駒は切り捨てられて当然。今までワシに使ってもらっただけでもありがたく思え」

 グスタフの言葉にエドワルドは言いようのない怒りが込み上げてくる。それは傍らに控えるアスターやヒース、そしてブランドル公やサントリナ公などの主だった貴族達も同様のようで、一様に顔を顰めていた。

「……馬鹿じゃないの」

 ドロテーアがポツリと漏らした言葉にグスタフは眉をひそめる。

「何?」

「何が……何が使ってもらってありがたく思えよ。あんたの出す報酬が魅力だから従っていただけじゃない。あんたにとってあのバカ皇子を国主に祀り上げるのは至上命題だったんでしょうけど、付き合わされた上にこんな目に合わされた私達は迷惑以外何物でもないわ!」

 ドロテーアはグスタフに詰め寄ると、一気にまくしたてる。彼女の剣幕に合議の間は水を打ったように静かになる。ゲオルグですら気圧されて、竜騎士達に抑えられた状態で固まった。

「あのバカに国主だなんて勤まるわけないじゃない。それが分かってないのはあんただけよ! 」

 今まで面と向かっては言えなかった事を全てぶちまけてしまうつもりなのだろうが、そろそろ止めなければならない。エドワルドがアスターとヒースに命じて止めようとしたところで、彼女の口からとんでもないことが暴露される。

「あのバカにはその資格すらないじゃない。私は知っているのよ、あのバカが皇家の血をひいてない事をね!」

「お前!」

「止めさせろ」

 止めようとしたが遅かった。暴露されたその内容に、グスタフのみならずその場にいた全員が思わず息を飲んだ。

「何……だと?」

 一番衝撃を受けたのは今まで何も知らされていなかったゲオルグ本人だろう。彼は抑えていた竜騎士達の手を振りほどき、ドロテーアに詰め寄る。エドワルドの意を汲んだアスターも動くが、一歩及ばなかった。

「でたらめ言うんじゃねぇ! 俺様は皇家の血を引くれっきとした皇子だ!」

「バカよねぇ。複数の男友達と遊び歩いていたイザベル様は婚礼前に既に身籠っていたわ。そして産まれて来たのがあんた。後からそれを知った大殿が、慌てて初夜の床でジェラルド殿下の相手を務めたマリーを自分の下へ連れ戻して妾にしたわけ」

「もうやめろ」

 アスターが間に入ってドロテーアからゲオルグを離す。

「嘘だ……。嘘だと言ってくれ、祖父様」

 力が抜けたようにゲオルグはその場に膝をつく。我に返った兵士がようやくそんな彼に近寄り、再びその身柄を押さえた。

「結局、あんたもあの男の手駒にされたのよ。可哀そうにおつむが弱い所も全部あのお嬢様に似ちゃったのよね。あははは……」

「もうよせ」

 言いたい事を言いつくしたドロテーアは狂ったように笑いだす。そんな彼女をアスターは連れ出すように兵士達に命じると、その身柄を預けた。

 一方エドワルドはヒースにゲオルグもグスタフも牢に入れるように命じる。飲んでいた痛み止めが切れたのか、先程から骨折した個所が疼くように痛み始めている。バセットの診察ではまだ寝込んでいないといけない状態なのだが、やはり無理が祟ったようだ。

「ワシが悪いわけではない。手駒がワシの意向を無視して動くのが悪い」

 開き直ったのか、足掻くのを諦めたのか、グスタフはブツブツと独り言を言い始める。そんな彼を今まで彼の命令に従っていた兵士達が取り囲んで合議の間から連れ出そうとする。

「殿下を監禁したのもラグラスが勝手にした事だ。イザベラが夜遊びしてどこの誰とも分からぬ子を孕んだのも乳母とマリーが止めなかったからだ。傀儡くぐつに仕立てるのに小賢しくては困ると言ったが、ゲオルグをあれほどの愚か者にしたのはドロテーアだ。ワシの所為では無い」

 大きな声ではないが、それは周囲にいた者の耳にはっきりと聞こえる。その中に連れ出されようとしていたゲオルグがいて、彼はおもむろに立ち止まる。兵士が歩くように促すが、その肩は震えている。

「……ふざけんな!」

 突然、ゲオルグが暴れ出す。慌てて止めるが、両手を束縛されたままの状態で側に居た兵士の剣を奪い取ると、そのままグスタフに突き刺す。突然の事に避けることが出来ず、刃は彼の体を貫いていた。

「……医者を……医者を呼べ!」

 エドワルドが叫び、慌てて何名かが部屋の外へ駆け出す。そして血塗られた剣を更に振り回していたゲオルグは、駆けつけた竜騎士によって昏倒させられ、兵士に引きずられるようにして連れ出されていった。

 そんな中、ウォルフとマリーリアがグスタフの下へ駆け寄る。2人は汚れるのも構わずに止血を施すが、流れる血の量からもう手遅れなのは明白だった。

「……ワシは……ワシは……」

「しゃべらないでください。医師がすぐに来ます」

 ほどなくして医者が現れるが、もう手の施しようが無いらしく首を静かに振った。

「お父……様」

 彼の事をそう呼ぶのはいつ以来だろうか。マリーリアがそう呼びかけると、グスタフは驚いた様に目を見開く。そしてほんの少しだけどこか懐かしむ様な穏やかな表情を浮かべる。

「……マルモア……離宮」

 それだけ言い残すと、グスタフは静かに目を閉じた。医師が死亡を確認して静かに首を振る。マリーリアは震える手で彼の手を胸で組んだ、

 強引なやり口に皆反感を抱いていたが、あっけない最後にその場にいた全員が瞑目し、グスタフの冥福を祈った。

 グスタフの死亡が確認された後、エドワルドはその場にいた全員に箝口令を強いた。今までグスタフが権力を振りかざして自分の都合のいいように政を操ってきたのは隠しようのない事実だが、それでもドロテーアが口走った内容は皇家の威信を踏みにじるものだった。幸いにも彼等は皆、エドワルドの方針に同意し、グスタフがゲオルグに刺殺された事も含めて口外しないと誓ってくれた。後日表向きにはグスタフは病死したと公表することになるだろう。

「この場を清めるには時間がかかります。殿下、準備が整いますまで少しお休みになって下さい」

 そう進言したのはサントリナ公だった。隣に座るソフィアも心配そうにしているが、やはりリューグナーの言葉に踊らされたのが後ろめたいのだろう、話しかけるのを躊躇ためらっている様子だった。

「しかし……」

「遠方で幽閉されていたブロワディ卿とグラナト殿がまだ到着しておりません。今後の事は彼等を交えた方が宜しいかと存じます」

 ブランドル公がそう言い添えると、エドワルドも反論できない。集まった他の重鎮達や竜騎士も同意するので、エドワルドも2人が到着するまで待つことを了承した。

「分かった。だが、グスタフが行った人事と法令を白紙撤回し、兄上が国主代行在任時のものまで戻す作業は始めてくれ。但し、先ほど父上が出した勅令は有効とする」

 大変な作業になる事は間違いないのだが、エドワルドがそう命じると一同は了承して頭を下げた。

「恐れながら申し上げます。私は勉強に役立てようと、その記録を全て残しております。必要でしたらすぐにお持ち致しますが……」

「本当か?」

 遠慮がちに申し出たウォルフに詰め寄ったのはサントリナ公だった。この法律や人事を元に戻す作業の大変さを知っている彼は思わずウォルフに詰め寄っていた。

「は、はい」

「直ちに持ってきてくれ」

「か、かしこまりました」

 面食らいながらも、彼は一同に頭を下げると、部屋を出て行く。どこか嬉しそうなのは、自分がエドワルドに、ひいては国の役に立てるからなのかもしれない。その後ろ姿を見送ると、エドワルドも周囲に勧められて合議の間を退出した。





 エドワルドは疲れた体を引きずるようにして自分の部屋に戻ってきた。そして力が抜けたようにソファへ座り込む。

「……」

 今回の一件のみならず、グスタフのしてきた事は許される事では無く、恨まれて当然ともいえる。そして犯した罪は重く、極刑に値するのは明らかだった。

 だが、そうだとしても、あのような形で死なせるのは咎人とがびとといえども許される事では無い。それに彼には聞き出さねばならない事も山の様にあったのだ。

 目の前であのような事が起きてしまい、自分の至らなさにエドワルドは後悔していた。人払いをし、ソファに座ったままがっくりと肩を落とす。

「エドワルド」

 そこへ戸を叩く音がしてセシーリアが入って来た。戸口を守る若い竜騎士には火急な用が無い限りは誰も入れるなと言明していたのだが、彼女相手には強く言えなかったようだ。

「義姉上……」

「ひどい顔色よ。少し休みなさい」

 彼女は湯気の立つ杯の乗ったお盆を手にしていた。そしてそっとその杯をエドワルドの前に置く。

「今は休むわけにはいきません」

「無理は禁物よ。休める時に休んでおかないと、かえって皆に迷惑がかかるわ。信頼して任せた案件は、失敗しない限りは口をはさむものでは無いでしょう?」

「……」

 エドワルドは言葉に詰まる。それはハルベルトが彼に常々言って聞かせた言葉でもあったからだ。

「グスタフがあのような形で亡くなったのは残念な事ではあるけれど、自業自得とも言えるでしょう。貴方が後ろめたく思う事は無いと私は思うのだけど?」

 穏やかな表情で言い含められると、不思議な事に少しだけ肩の荷が軽くなった気がする。

「サントリナ公とブランドル公に後は任せて置いて大丈夫だから、今はそれを飲んで体を休めなさい」

 器の中身はお湯で割った果実酒だった。エドワルドはその心遣いに感謝して口をつける。アルコールを口にするのは随分と久しぶりだった。それがもたらす熱が体中に染み渡る。

「……義姉上」

「何かしら?」

「遅くなりましたが、正装をありがとうございました」

「役に立って良かったわ」

 ソファに座り、自分を見上げるエドワルドの姿を見て、セシーリアは笑みを浮かべる。その姿はかつての夫の姿と重なる。ああ、あの人もこんな風に自分の事を見上げた事があったと不意に目頭が熱くなってくる。

「義姉上?」

「……いえ、大丈夫。さあ、飲んだのなら少し休みなさい。眠れないなら子守唄でも歌いましょうか?」

 エドワルドに気を使わせまいと、セシーリアは冗談でごまかす。

「いえ、お手を煩わせる必要はありません。少し、休ませてもらいます」

「あら、素直ね」

 エドワルドも少しおどけて返し、器の中身を飲み干すと立ち上がって寝室に向かう。

「義姉上も無理なさらずに休んでください。多分、手をお借りする事になると思います」

「分かったわ」

 グスタフが勝手に人員の配置を変えた事によって本宮の特に北棟は随分と荒れていた。本宮の主のように君臨していたグスタフが失脚して死亡し、死んだと思われていたエドワルドが帰って来た事によって本宮内はまだ混乱の只中にあった。

 当面は政と妖魔の対策に奔走することになるエドワルドに代わり、彼女には本宮を纏めてもらう必要があった。更には皇家の養女として迎える事になったマリーリアの事も頼まなくてはならない。

 だが彼女は、皇女として大人しくしているよりも竜騎士として討伐に関わっていたいだろうから、後方支援としてアスターの補佐に付ける方が良いかもしれない。

「エドワルド?」

 立ったまま考え込んでしまったエドワルドにセシーリアが声をかける。

「ああ、すみません。休みます」

 エドワルドは我に返ると改めて義姉に断りを入れて寝室に行く。セシーリアは頭を下げてそれを見送った。

「兄上……私に勤まるでしょうか?」

 エドワルドは解いた正装を椅子に並べて掛けた。不手際でグスタフを死なせてしまい、前途は多難を予感させる。エドワルドは寝台に腰を掛けると深く息を吐き、左腕に巻きつけている組み紐に触れる。

「フロリエ……コリン……済まない」

 本当は何もかも投げ出して未だ行方不明の愛する家族を探しに行きたい。だが、国民の生活が双肩に伸し掛かる己の立場がそれを許してはくれない。体の自由は取り戻したものの、別の物で新たに束縛された彼は、苦い思いにさいなめられていた。






天罰……ですかね。

悪役ですが、冥福を祈ります。

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