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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
86/156

35 砂上の楼閣1

流血を伴う暴力シーンがあります。予めご了承ください。

 助け出されて3日経っていた。ヒースやアスターが各方面に働きかけて準備を整え、今、エドワルドは皇都に向かう船の中にいる。今日の夕刻には最終寄港地に着き、明日はいよいよ飛竜で皇都へ向かう予定となっている。

 だが彼は、相変わらず寝台に横になったまま天井を見上げていた。寝ているのもそろそろ飽きてきたのだが、バセットが許してくれないのだ。せめて書物や報告書を読ませてもらえればいいのだが、とにかく体力を温存しろと言われて寝ているしかできない。辛うじて窓の外を眺められるので、外の景色をぼんやりと眺めていた。

「殿下、失礼いたします」

 そこへアスターが書類を持って現れた。グランシアード同様、ファルクレインもまだ本調子とは言えず、以前のように長距離を飛ぶことがまだ出来ない。その2頭にフレイムロードとカーマインを加えた4頭はリーガスやケビンといった竜騎士達が引率し、寄港先の竜舎で休みながら皇都を目指している。

 その為、アスターはマリーリアと共に護衛を兼ねてこの船に乗っていた。他にはアルメリアとユリウス、エルフレート、そして無理やりついて来たバセットとオルティスが乗っており、ロベリアの有力者が手配した船員によって船は操られていた。

 そして忘れてはいけないのが、牢に改装した船倉へ押し込められているゲオルグ。ラグラスの罪は反逆罪ではっきりしており、どうあがこうとも極刑は免れない。だが、ゲオルグの場合は皇家に属している事もあって審議をしてから刑が決まる。その為に一旦皇都へ連れて行くことになり、厳重な監視を付けた上で船に乗せたのだ。

 身柄を拘束された最初の頃は抵抗し、牢の中で暴れたり喚いたりしていたが、誰も見向きもしないので諦めたらしく、船に乗せられてからは随分と大人しくなった。食事には未だに不満を訴えているらしいが、拒否した所で自分の食事が無くなるのを学習したらしく、不平を言う割には残さず食べきっているらしい。

「どうした?」

「お体に障らなければですが、こちらの書簡にご署名を頂きたいのですが」

「問題ない」

 エドワルドはこれで退屈から解放されると安堵し、ゆっくりと体を起こして傍らに用意してあったガウンに袖を通した。アスターは書類を一旦傍らのテーブルに置くと、エドワルドの背中にクッションを宛がい、寝台の上でも使えるテーブルをすぐに用意する。

「フォルビアの解放と殿下のご存命を通達する書簡なのですが、我々の署名だけでは信じて頂けない方もいらっしゃるので、直筆のご署名をお願いいたします」

「分かった」

 差し出された書簡は、ラグラスの主張が偽りであり、彼に囚われていたエドワルドを第3騎士団が中心となって解放した事を伝える内容となっていた。エドワルドは一通り目を通すと、用意された10通余りの手紙全てにサインをしていった。

「お疲れ様でした」

 アスターがサインを済ませた書簡を受け取ると、それを見計らったかのようにマリーリアがお茶を持って現れる。

「お茶を飲まれますか?」

「ああ、もらおう」

 フロリエやオリガに手ほどきを受け、ルバーブ村にいる間はエルデネートにも指導を受けたマリーリアのお茶はエドワルドも唸らせるほどの味わいだった。救出されてからも寝てばかりだったので、本当に久しぶりにエドワルドはお茶を堪能たんのうする事になる。

「腕を上げたな。おかわりを貰えるか?」

「はい……」

 褒められたマリーリアは嬉しそうにエドワルドにおかわりのお茶を淹れる。エドワルドが満足そうに2杯目のお茶に口をつけていると、マリーリアは横から無言で出された茶器にも阿吽あうんの呼吸でお茶を注いだ。2人のその雰囲気にエドワルドの悪戯心が沸き起こる。

「そういえばアスター、お前、花嫁姿のマリーリアを強引にさらったと聞いたが?」

「ぐっ……げほっ、げほっ」

 お茶を飲みかけていたアスターは思いっきりむせて咳き込み、マリーリアは顔が赤くなるのをごまかすように彼の背中をさする。

「だ、誰からそんな話を……」

 何時かは耳に入るかもしれないと思ってはいたが、こんなに早く、しかも唐突に切り出されてアスターは思いっきり動揺していた。エドワルドが臥せっている事もあって、関わった竜騎士達はそんな事を漏らす余裕は無かったはずである。だとすれば……。

「バセットだ」

「……あの爺さん」

 あっさり出てきた犯人の名にアスターは拳を強く握る。きっと背鰭に尾鰭も付けて面白おかしく吹聴ふいちょうしたに違いない。

「私は嬉しいのだよ。いつも自分の事は二の次だったお前が、そこまで思える相手に巡り合えた事に。しかも、相手は妹のようにすら思う女性だ。で、もう組み紐は交わしたのか?」

「……まだです」

 興味津々のエドワルドに対し、アスターは憮然として答える。

「そんな事をしている場合ではないのは殿下もご存知かと思いますが?」

「こんな時だからこそだろう?」

 見るとエドワルドはもう笑っておらず、真っ直ぐアスターを見ていた。

「私が皇都に戻ればワールウェイド公の更迭は避けられない。その後、誰が後を継ぐかで揉める事になるだろう」

「確かにそうですが……」

「私は責任の追及を恐れて誰もなりたがらないと読んでいる。混乱が続けば最悪の場合、フォルビアの二の舞になりかねない」

 エドワルドの中では帰還後復権する事は既に決定事項となっている。その帰還後の事も既に考えている彼の姿勢に2人はただ感服するばかりだ。

「政治的手腕にも優れたお前とワールウェイド家の血を引くマリーリアが結婚すればそれで全て解決する」

「殿下……」

「私は狡いのかもしれない。親友のお前の結婚を喜ぶ以前に、政に利用しようとしている。今後の事を考えるとどうしても、な……。だが、嬉しいのは本当だぞ。早く公表して式を挙げてしまえ」

 エドワルドはため息をつくが、それでも柔和な笑みを浮かべて2人に早く籍を入れるように催促する。

「……」

 アスターとマリーリアは困惑したように互いの顔を見合す。だが、何かを確かめ合うようにうなずき合うと、アスターが古ぼけた日記の様な物を取りだす。

「殿下、お疲れでなければもう少しお付き合いいただけますか?」

「どうした?」

 2人の様子を見れば、エドワルドが望んでいた様な慶事に纏わる物ではなさそうだが、このタイミングで切り出すと言う事は全くの無関係ではないのだろう。

正直、もう寝ているのは苦痛で仕方が無かった彼は、アスターの要望に一も二も無く応じた。

「この日記と手記に目を通して頂きたいのです」

「これは……随分と古いな」

 エドワルドは差し出された日記とそれに挟んであった数枚の紙を受け取る。細かい字でびっしりと埋められたその手記と日記を手に取り、怪訝そうに2人を振り仰ぐ。

「その手記はマリーリアの生母が残したもので、日記は彼女の姉でマリーリアの伯母にあたる女性の物です」

「全てに目を通すとなるとかなり時間がかかりそうだが?」

「殿下に預かって頂いて、お時間のある時に読んでください」

 どちらもマリーリアには大切な物の筈である。エドワルドは確認の為に彼女を見ると、マリーリアは小さく頷いた。

「良いのか?」

「はい」

「分かった、預かろう」

 もっと2人には話を聞きたいが、アスターが書簡を持ち込んでから随分と時間が経っている。そろそろバセットが休むようにと煩く言ってくる頃合いだった。

 アスターもマリーリアもそれが分かっているので、エドワルドが返事をすると後片付けを始める。

「先程の件は早急に結果を出すように」

 部屋を退出しようとする2人にエドワルドはそう言って念を押した。2人は曖昧あいまいな返事でごまかすようにして部屋を退出したのだった。





「何故、早く知らせなかった?」

 本宮の宰相執務室。グスタフは目の前に這いつくばる2人に怒声を浴びせた。1人は女官服姿のドロテーア、もう1人はアルメリアの警護をしていた隊長だった。

 体調不良を理由にアルメリアがいつまでも帰ってこない事に苛立ち、神殿に幾度も催促の使いをやってようやく一行が帰って来たのがつい先ほどだった。だが、肝心の姫君の姿が無い。

 そこで今回の責任者だった2人を問い詰め、アルメリアが何日も前にユリウスと共に逃走した事を知ったのだ。神殿側がそれに助力し、彼らは拘束されていたが、今朝になってようやく解放されたのだと説明した。

「も……申し訳……ありません」

 這いつくばるドロテーアをグスタフは足蹴にする。

「何の為にそなたをつけたと思っている? 姫から目を離すなと厳命したはずだぞ!」

 幾度も幾度もドロテーアを蹴りつけ、彼女は鼻や口から血を流していた。それでもグスタフの怒りは治まらない。自分の誘いを生意気にも蹴った平民上がりのルークが2カ月も前に牢から逃げていたのにその報告すら届いておらず、姫の逃亡に手を貸していたことがその怒りに拍車をかけていた。

 あと少しでこの国は我が手中に……。わが世の春を謳歌していたはずが、急に足元が崩れて奈落の底へ突き落された気がしていた。

「もういい! 沙汰さたがあるまでお前は謹慎しておれ」

「ど、どうか御慈悲を……」

 流れ出る血で床が汚れるのも構わず、ドロテーアはグスタフに縋ろうとする。

「ええい、近寄るな!」

 蹴り上げた足はドロテーアの顔をまともにとらえ、グシャッと嫌な音とともに彼女はひっくり返った。どうやら鼻骨が折れてしまったようだ。彼女はそのまま泡を吹いて失神してしまう。

「片付けろ」

 グスタフが冷たく言い捨てると、控えていた侍官が彼女を引きずるように連れ出し、血で汚れた床を何事も無かった様に片付ける。

「貴様は今一度チャンスを与える。兵を率い、ブランドル家へ向かえ。姫を連れ戻すまでは帰って来るな」

「はっ」

 最後のチャンスを与えられた隊長はグスタフに深々と頭を下げて執務室を後にした。

「何とかしなければ……何か策は有るはずだ」

 グスタフは落ち着きなく部屋の中を歩き回る。ゲオルグが皇都へ戻り次第、形ばかりの国主選定会議が開かれる。そして既に即位式と同時に婚礼をあげると公表し、礎の里からも高位の神官を招いている。

 しかも昨夜、一足先にフォルビアからウォルフが戻り、当初の予定通り今日の昼にゲオルグが帰って来ると報告があった。既に選定会議の招集もしており、もはや猶予は無い。

「仕方ない、あの2人を利用しよう」

 アルメリアには一刻も早く戻ってもらわねばならない。本当は使いたくない手だが、この際はやむを得ない。呼び鈴を鳴らして侍官を呼び出す。

「陛下とセシーリア妃をここへお連れしろ」

「は、はい」

 グスタフの命令に動揺しながらもその侍官は従う。あの2人を人質に取れば、あの小娘も戻って来るしかないだろう。民衆に悪い印象を与えかねないが、今は手段を選んでいる暇は無かった。

 彼は机に向かうと、大急ぎでペンを走らせ、脅迫まがいの手紙を書き上げる。内容が内容だけに個性のない文面になるのは仕方がない。手紙の封蝋をタランテラの国章で型押しして仕上げた。

 するとそこへ先程の侍官がノックも無しに執務室に飛び込んでくる。

「さ、宰相閣下! 大変です、陛下がおられません!」

「何?」

 病が悪化したアロンは部屋どころか寝台からも動けない状態のはずである。しかも住居となっている北棟はグスタフの私兵で警備を固め、不審な人物は近寄ることも出来ないはずだった。

「お付きの女官もセシーリア妃も姿がありません」

「な……警備兵は何をしていたのだ?」

「それが……彼等にも分からないと……」

 侍官の答えにグスタフは廊下を飛び出していた。そのまま北棟に向かうと、警備の兵士達が慌てふためいて国主の行方を捜していた。

「さ、宰相閣下」

 グスタフの姿を見て彼等は明らかに動揺する。そんな彼等も目に入らず、グスタフは真っ直ぐアロンの居室に向かう。

「どう言う事だ……」

 アロンの居室はもぬけの殻だった。いつもの様に暖炉に火はくべられ、寝台を使用した後は残っている。既に隠れられそうな場所は探したらしく、戸は全て開け放たれ、部屋は散乱しているのだが肝心の部屋の主の姿が無いのだ。

「今朝、朝食をお持ちした時にはおられたのです。ですが、先ほど開けて見たら……」

 今日の警備担当の兵士が床に這いつくばる様にして弁明するが、それは唖然とするグスタフの耳には届いていなかった。

「た……大変です!」

 そこへまた別の知らせが届く。

「飛竜の大編隊が皇都に向かっております! そ、その数は100騎を超え、中に……その、亡くなられたはずのエドワルド殿下がおられるとの情報が……」

「な……」

 届いた報告にグスタフは今度こそ言葉を失った。




 皇都は朝から浮足立っていた。いつからか今日の昼頃に大事件が起こると噂が広まっていたのだ。その噂を信じる者と信じない者は半々だったが、住民達はどこか落ち着かない様子で今日の日を迎えていた。

「何が起こるのかしら……」

「きっとデマだよ」

「何も起こらないんだったらこんな噂は広まらないわ」

 そこかしこでそんな会話が交わされていた。

「あれ……」

 広場にいた1人が南の空を指さした。つられて近くにいた人々も空を見上げてポカンとなる。

「飛竜があんなにたくさん……」

 ここ2カ月ほどは皇都の上空でも一度に何頭もの飛竜を見る事は稀であった。それなのに今、皇都を目指して飛んでくる飛竜の数は数十騎に及ぶだろう。それだけでは無かった。東からも北からも飛竜の群れが近づいている。

 噂を信じた者も信じていない者も、窓から身を乗り出したり、外に出たりしてその光景を眺める。

「あれはもしかして……」

 人々はやがて、南から来る一団の中にひときわ大きな飛竜の姿を見つける。この国において、その飛竜を知らない者はいない。住民達は期待の籠った熱い視線をその騎手に向ける。

 一行が騎手の姿までもがはっきり分かるまで皇都に近づくと、ひときわ大きな黒い飛竜の騎士は、住民達の期待に応えるかのように、被っていた騎竜帽を脱ぎ去った。

 酒屋のマルク一家も、小物店の女主のハンナも、ビルケ商会の隠居も、市場の一角で宝飾品店を営む店主も、子供も、大人も、年寄りも皆その姿を目にした。秋の陽光を受けてキラキラと輝くプラチナブロンドを持つ竜騎士の姿を。

「エ、エドワルド殿下だ!」

「生きておられた!」

 住民達から喝采が沸き起こる。そしてそれに応えるように彼は上げた右手を振り下ろした。

 エドワルドの合図に応え、そのスピードに定評のある飛竜が速度を上げて一気に本宮を目指す。中でも一際早い暗緑色の小柄の飛竜は本宮の上空から急降下する。

「あれは……」

「雷光の騎士だ!」

 住民達の興奮は最高潮に達していた。その熱気を総身に受け、竜騎士達は本宮を目指す。




「何故だ!何故だ!」

 報告を受け、一連の様子を北棟の上層から見ていたグスタフは怒りで手近にあった物を全て床に叩きつけていた。やがて、こんな事をしている場合ではないと我に返り、その場にいた私兵を引き連れて竜騎士達が降り立とうとしている着場に急いで向かった。



リーガスとジーン愛の劇場?6


第6話 愛の結晶


 殿下の救出に成功した。しかし、バカ皇子どもから受けた暴行により、思った以上に殿下の体は弱っておられる。しかも殿下だけでなく、復帰したばかりのアスター卿も受けた傷の後遺症とかで寝込んでしまわれた。

 仕方なく事後処理は我々が行ったのだが、なかなか仕事がはかどらない。結局、総督府で待っておられる姫君に報告出来たのは夜明け前だった。

「そうですか、良かった……」

 ユリウス卿に付き添われてお出ましになられた姫君は不安気にしておられたが、報告を聞いて安堵の表情を浮かべる。同席した総督殿もクレスト卿も同様にほっとした表情を浮かべていた。

 だが……先程から気になっているのだが、妻のジーンの姿が見えない。自らアルメリア姫の護衛を申し出て総督府に残ったはずなのだが……。

「リーガス卿、ジーン卿の事が気になりますか?」

 どうやら彼女を気にかけているのがバレバレだったようだ。

「気分が優れないらしいので、休ませました」

「え?」




 気が動転し、気がつけば挨拶もそこそこに姫様の御前を辞去して妻の部屋に向かっていた。

「ジーン!」

「……リーガス?」

 寝台で横になっていた妻は目をこすりながら体を起こした。

「ジーン、気分が悪いって……クララかヘイルに診てもらったのか?」

 いつも元気な彼女が寝こむなんて、何か悪い病気じゃないのかと心配になってしまう。

「うん……」

「ジーン」

 寝台に腰かけて体を起こした彼女を抱きしめる。すると彼女は、気持ちを落ち着けるためか一番のお気に入りである私の二の腕の筋肉に手を這わせる。

「あのね……」

 何を告げられるのか、私は覚悟を決めて彼女の言葉に耳を傾ける。

「出来ちゃったの」

「は?」

「赤ちゃん」

「……」

 それこそ予想外の答えに私は頭の中が真っ白になった。



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