表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
84/156

33 フォルビア解放劇1

流血沙汰にはなりませんが、暴力シーンがあります。予めご了承ください。

視点が小刻みに変わるので、読みにくかったらごめんなさい。

 ロベリア総督府の着場にはズラリと飛竜と竜騎士が並んで待機していた。第3騎士団所属の竜騎士の他にブランドル家や元第1騎士団に所属していた者、中にははるばるサントリナ家から駆けつけてくれた者もいて総勢で24騎の大部隊となった。

「皆さん、遠路駆けつけて下さって感謝します。卑劣なラグラスの手により、叔父上が処刑されようとしています。しかも、酒席の余興などと有り得ない理由によってです。彼等の暴虐を暴く為にどうか皆さんの力を貸してください」

 整列する竜騎士達にアルメリアが声をかけると、彼等は勇ましい掛け声とともに剣を掲げる。2人の所業を耳にした彼等はいきどおっており、更にはこの2カ月余り抑圧されてきた恨みもある。彼等の士気は熟練した指揮官であるヒースでも制御するのが大変なくらいに上がっていた。

「この2ヶ月間の不当な扱いに我らは耐えてきた。だが、それ以上に理不尽な扱いを受けられた殿下が最高の舞台を整えて下さった。あの2人が決して得ることが出来ない真の忠義を見せつけてやろうじゃないか」

「おぉー!」

 ヒースの檄に一層の歓声が上がる。既に日は傾き、満ちた月が昇り始めている。後から届いた情報では、月が中天に差し掛かる頃に処刑は行われる。これから3つの部隊に別れ、それぞれ割り振られた進路で城に向かえばちょうどいい頃合いとなるだろう。

「全員騎乗、配置につけ!」

 ヒースの号令一下、竜騎士達はパートナーの背にまたがる。

「留守を頼みます」

総督府で待機するアルメリアと竜騎士達にヒースは頭を下げると、自身も相棒のオニキスの背にまたがる。そして先頭を切って飛び出すと、その後に続いて飛竜達が次々と飛び立っていく。

「どうか、ご無事で……」

 アルメリアは最後の一頭が見えなくなるまでその場で見送った。




「私も行くわ」

「……無理だろう?」

「でも……」

 惚れた相手に潤んだ瞳で見上げられると、さすがのアスターも強くは言えない。だが、今の状態の彼女をフォルビア城襲撃に連れて行くのは無理がありそうだった。

「動くのも辛いだろう?」

「大丈夫。戦闘は貴方達に任せて私は参加しないから。カーマインから絶対に降りないから、見張りだけでもさせて」

「……」

 午後の日差しが降り注ぐ寝台の中で2人は実に恋人らしい時間を過ごしているのだが、寝物語にするには少々物騒な内容だった。

 襲撃の後始末を他の竜騎士が引き受けてくれたので、アスターは早々にマリーリアを連れて山荘に引き上げた。

 互いに思いを通じ合えたからか、2人は山荘に着くなり沸き起こる高揚感に煽られるようにして寝室になだれ込んでいた。ところが少々度が過ぎたらしく、気付けば初めてだったマリーリアは足腰に力が入らない状態になっていたのだ。

 慌てたアスターは甲斐甲斐しく彼女の世話をし、そこでようやく互いに離れていた間の話をすることが出来た。そして当然、今夜予定されているフォルビア城襲撃の話になる。

「もう、信じられない。平気でそんな事が出来るなんて……」

 ラグラスとゲオルグの計画を知り、マリーリアは怒りをあらわにするのだが、少し体が動く度に腰を押さえてうめいている。アスターは笑いたいのをこらえながら彼女の体を優しくさする。

「全くだ。だが、これで奴らを排除できる」

「そうね」

「君と、君の家族の名誉も回復させよう」

「……聞いたの?リカルド従兄さんから」

「ああ。驚いたが納得できた。君はその受け継いでいる血に相応しい待遇を受けるべきだ」

「……」

 マリーリアはアスターに抱きつく。泣いているのかその背中が小刻みに震えている。

「とにかく今夜の襲撃が成功しなければ意味がない。殿下をお助けして、それから頃合いを見計らってあの方に相談しよう。いいな?」

 マリーリアは小さくうなずいた。アスターは彼女が落ち着くまでその背中を優しく撫で続けた。そして、窓から入る光が赤く染まるまで2人は甘い時間を過ごしたのだった。



「大丈夫か?」

「ええ」

 日が沈み、辺りが暗くなる頃、支度を整えた2人は待たせていた飛竜にまたがった。少し休んだおかげでマリーリアも動けるようになっていたが、それでもその原因となったアスターは心配げに彼女に手を貸した。

「行こうか。みんなが待ってる」

「はい。絶対にあの方を助けましょう」

「ああ」

 2人は決意を固めてうなずき合うと、飛竜を飛び立たせ、集合場所となっているワールウェイド領の外れに向かう。その2頭の飛竜を登り始めた月が照らしていた。




「いよいよ始まるな」

 フォルビア城下にある宿屋の部屋で、暗くなった窓の外を眺めながらアレスは呟く。小竜を使ってマーデ村に滞在する竜騎士達の動向を調べていた彼は、今夜、竜騎士達が城を襲撃する情報を得ていた。彼等が思っていたよりも速い展開となったが、暗躍した成果を見届ける為、近隣での情報収集を取りやめて宿屋の部屋にこもっていたのだ。

 彼等の最も大きな成果はリューグナーの身柄の確保だろう。マーデ村行きの物資が正神殿に届くとレイドが聞いていたので、酔いつぶれ、更に薬を投与して深く眠らせたリューグナーを入れた木箱をその物資に紛れ込ませておいたのだ。

 ちなみに彼等の報復として副作用が強い睡眠薬を選んでおいたのはここだけの話である。起きた時には酷い頭痛がしていたらしいので、それで留飲を下げた。

 公的に潜入しているレイドはフォルビア城下の警備状況と騎馬兵が効率よく城に到達できる経路を調べ上げていた。皇都から来た賓客が滞在しているために城の警備が今まで以上に厳しくなっていたが、アレスが連れて来た小竜のおかげで必要な情報は集まった。

 エヴィルの紹介状を持っているガスパルとパットは正神殿に雇われる形で盗賊の捜索に参加している。レイドを加えた3人は、この一件が解決した後も春までこちらに留まり、著しく減った竜騎士の数を補う為に討伐に参加することに決めていた。

 スパークはリューグナーが言っていた薬草園を探っている。今日あたり戻ってくると言っていたが、余計な厄介事を避けるためにも止めておくように使いを出している。

 アレスはマルクスと共にリラ湖周辺でラグラスに不利な情報を流して回った。フレア達が世話になったペラルゴ村の様子も探り、その穏やかな暮らしぶりから彼等が不利益をこうむった様子もなかったので一先ず安堵した。

「若、我々も何かした方が良いのでは?」

 マルクスが声をかけて来るが、アレスはゆっくりと首を振った。

「止めておいた方が良いな。俺達は部外者だ。下手にウロウロしていたらラグラスの手先となっている傭兵に勘違いされて捕えられるぞ。スパークにも今日はこっちに戻って来るなと使いを出した」

「なんだか歯がゆいです」

 その気持ちはアレスも一緒だった。ラグラスが捕えられ、エドワルドが無事に助け出されたと報告すれば、姉のフレアは喜ぶだろう。例え直ぐに会う事がかなわなくても、無事でいる事を知らせられれば、それだけで出産を控えている彼女の精神的な負担が随分と楽になる。

 だが、そのどちらかでも欠けていれば、フレアが出産してブレシッド公国内へ避難するまではタランテラ側へ公表しないとミハエルやアリシアと話し合って決めていた。もちろん、当事者であるフレアやオリガにも伝えている。彼女達をがっかりさせない為にも竜騎士達には頑張ってもらわなければならなかった。

 そこへ小竜が一匹戻ってきた。スパークに伝文を運んでもらった小竜で、彼の返事を運んでくれている。

「北の方でも竜騎士が集まって出撃準備を整えているらしい。中心的役割を果たしているのは、あの雷光の騎士殿という話だ」

 オリガに一目ぼれしたマルクスは、ラトリを出立する日に彼女に告白したが、結婚を約束した相手がいると断られていた。ティムから雷光の騎士と異名を持つ竜騎士がオリガの恋人だと聞かされ、密かに闘志を燃やしている。

「お手並み拝見ですね」

「そうだな」

 今回は余計な混乱を避ける為に傍観者の立場に徹すると決めていた。アレスは内心の焦燥感を抑え、伝文を運んできた小竜を労わりながら再び窓の外に目を向けた。





 エドワルドは1人、その時を待っていた。あれ以来用心をしているのかここへは姿を現していないが、ウォルフは彼の要望に応え、温かな食事と痛み止めをきちんと用意してくれた。

 ただ、添えられた手紙には彼の要望が通った事と、月が中天に差し掛かる頃に行われる事になったと記されていた。既に竜騎士達にも伝えてあると言う。時間的な目安がはっきりしているので、竜騎士達も突入のタイミングを取りやすいだろう。

 体力温存の為、体に出来るだけ負担がかからないように横になったまま瞑目する。痛み止めを飲んではいるが完全には抑えられず、脇腹に鈍い痛みが残っている。それを紛らわすかのように左手首に巻いた組み紐に触れる。

「私に力を貸してくれ、フロリエ」

 囚われていた間、心の支えとなってくれた組み紐は元の色が分からなくなるくらい変色して擦り切れている。彼は愛する妻子に思いをはせながら夜に供えて目を閉じた。

 人の近づく気配でエドワルドは目を覚ました。既に辺りは真っ暗となっており、僅かに月の光が差し込んでいる。寝台に体を起こして身構えていると、扉の外から事務的な会話が聞こえ、軋んだ音と共に扉が開いた。入ってきたのは盆を手にしたウォルフだった。

「お加減はいかがですか?」

 寝台に近寄り、粗末なテーブルに盆を置くと、彼は小声で話しかけてくる。

「あまり良くないな。来て大丈夫なのか?」

「大丈夫です。昼間から呑んで騒いでいますから、私が抜けたところで誰も気づいていません。どうぞ、温かいうちに召し上がって下さい」

 彼が持ってきたお盆の上には湯気が立つ深皿が乗っていて、いい匂いが漂っている。野菜と肉の煮込みに薄焼きのパンが添えられていて、エドワルドは盆を受け取ると早速口に運ぶ。

 口の中も少し切れていてみるのだが、それでも温かい料理は嬉しかった。野菜も肉も口の中でとろける程柔らかく煮込んであり、それにパンを浸しながらエドワルドは完食した。

「殿下、こちらが痛み止めです。あまり強いと睡眠薬の効果の方が高くなるので、眠くならないギリギリの物を用意しました」

「そうか。ありがとう」

 ウォルフから丸薬を受け取ると、エドワルドは水と共に飲みこんだ。

「落ち着かないか?」

「何だか緊張してしまって……竜騎士方は来られるでしょうか?」

 ウォルフは落ち着かない様子で扉の外を気にしてみたり、僅かに空が見える窓を振り仰いだりしている。逆に刑場に連れ出される予定のエドワルドの方が落ち着いていた。

「来るさ。ルークは飛び込んでくるだろう」

「信頼しておられるのですか?」

「当然だろう」

 不敵な笑みを浮かべるエドワルドの姿が妙に眩しく感じる。ゲオルグだけでなくグスタフもここまで部下を信用する姿を彼は見た事が無かった。彼の下に優秀と言われる人材が集まるのはこの差なのかもしれない。

「私はこれで下がります。どうか……うまくいきますように」

「ありがとう。君も気を付けてくれ。もし竜騎士達に捕えられたら、名乗りなさい。すぐに解放するように周知させる」

「わ、分かりました。ありがとうございます」

 作戦のその後の事まで考えているエドワルドに、ゲオルグとの差をまざまざと見せつけられる気がした。彼の下では何をするにしても全て自分の仕事なのだが、何よりも楽しいことを優先させるためにその計画通りに出来た例はなかった。

 ウォルフは盆を手にすると、エドワルドに頭を下げて独房を後にした。




 宴もたけなわとなった頃、本日の趣向の準備が整ったと促され、ゲオルグはほろ酔い気分でテラスに出た。ここから一段低くなった中庭で、あの憎らしい叔父の処刑が行われるのだ。刑場となる中庭には篝火が焚かれ、周囲にはラグラスの私兵達が物々しく警備している。

 ゲオルグはラグラスにあてがわれた若い女性の腰を抱き、用意された席に着いた。薄物一枚纏っただけの彼女は身じろぎして嫌がるそぶりを見せているが、そんなものお構いなしで引き寄せて自分の隣に座らせる。

 ラグラスも同様に女性を侍らせて自分の席に付き、ゲオルグの側近となった2人の取り巻きは彼等の後に控えた。

「……ウォルフはどこいった?」

「そう言えばいないな」

 ようやくウォルフの姿がない事に気付き、ゲオルグは辺りを見渡す。するとようやくウォルフが姿を現した。

「申し訳ありません。料理の皿をひっくり返してしまい、服が汚れたので着替えておりました」

 自分を探していた様子に気づき、彼は適当に言い繕った。ゲオルグもそれを信じた様で、彼の失態を笑っている。これから行われる処刑の方に意識が向いているので気にも留めていない。それよりも血が流れ、集められた女達が騒ぐのも楽しいし、何よりも目障りなあの叔父がいなくなるのだ。彼は実に上機嫌だった。

「ラグラス様」

 ラグラスの側近のダドリーが上司に何かを耳打ちする。ウォルフは自分が竜騎士達に情報を漏らした事がばれたのではないかと冷や汗をかきながら耳をそばだてる。

「……花嫁……車……。……隻眼の……」

 断片的な会話から聞こえた内容を推測すると、どうやらラグラスの花嫁となる予定だったマリーリア嬢が何者かに連れ去られたらしい。主犯は隻眼の男らしいが、彼の記憶の中には該当する竜騎士はいない。一体、誰だろうか?

「捜索しろ」

 端的に命じるのが聞こえた。これで少しだが城の警備が薄くなる。おそらく、そこまで計算されているのだろう。竜騎士達の用意周到な計画にウォルフはだんだんと首を絞められていくような錯覚を感じる。

「始めようぜ」

 ゲオルグがまだダドリーと話をしているラグラスを急かす。彼も細かいことは部下に任せ、席に着くと別の部下に罪人を連れて来る様に命じた。

 ほどなくして、髪や顔を隠すように、頭へ布をかぶせられた男が中庭に連れ出された。1人で立つことも出来ない様子で、屈強な男が両脇から腕を抱えて引きずるようにしている。ウォルフは思わず握っている拳に力が入る。

「くくく……。何とも情けない姿だな、おい」

「この間はついつい力が入りましたからねぇ」

「まだ動けるようですな。もう少し痛めつけても良かったですね」

 ゲオルグが男の姿を笑うと、側近2人も同調して笑う。ラグラスは満足そうな笑みを浮かべると、処刑人が待つ中庭の中央に連れて来る様に命じる。あとちょっとで着くという時に男はつまずいてその場に倒れる。

「無様だな。くくく……」

「立たせてひざまずかせろ」

 ラグラスの命令に従い、屈強な男2人が両脇から立たせようとする。だが、今までの弱弱しい様子が一転して彼はその2人の足を薙ぎ払い、鳩尾に蹴りを入れて昏倒させた。

「な……」

 一瞬何が起きたか分からなかった。気付けば、連れて来られた男は被せられた布をむしり取っていた。少しくすんではいるが月光を受けてそのプラチナブロンドが輝いている。その男……エドワルドは射抜くような目で特等席にふんぞり返っている彼等を睨みつけていた。

「まさか……」

「エドワルド殿下?」

「どうして……」

 彼が生きている事実を知っているラグラスの部下はホンの一握りだった。何も知らされていない兵士達は浮足立ち、その場は騒然となっている。

「何をしている。俺様に逆らった罪人を捕えろ」

 ラグラスが命じると、中でもラグラスに忠実な兵士達が武器を手に襲い掛かってくる。エドワルドはその場に片膝をつくと、左手を地面につける。

「大母ダナシアよ、我に力を」

 その瞬間に彼の内包する気の力が放たれ、その衝撃で兵士達は吹き飛ばされる。

「な……」

 気付けば兵士の半分が倒れ、呻いている。一瞬の出来事にラグラスもゲオルグも呆然として立ち尽くす。酔いも冷め、その表情に怒気が帯びる。

「この……野郎」

「悪あがきしやがって」

 吐き捨てるように悪態をつく2人をエドワルドは不敵な笑みを浮かべて見上げる。

「悪あがきと言われようが、お前達の好きにさせてなるものか」

「お前達、殺れ!」

 ゲオルグは背後に控えていた取り巻きに命じた。2人は命じられるまま武器を手に中庭に降りるとエドワルドに斬りかかる。しかし、結界に阻まれて武器ははじかれた。

 骨折している箇所の鈍い痛みに滝のように汗は滴り、地面についた手が震える。それでも彼は来てくれる仲間を信じて結界を張り続けた。

 騒ぎを聞きつけて新手の兵士が中庭に集まり、更に侍らせていた女性達が悲鳴を上げて逃げ惑うので混迷さに一層の拍車がかかる。そこへ慌てた様子の兵士が現れ、ラグラスに報告する。

「ひ……飛竜の大編隊が城を目指しています! 数は……30騎を超えます」

「な、何だと……」

 狼狽する彼等にエドワルドは笑いが止まらなかった。

「くっ……く、くっ……。そこまで来ているなら、防御結界を張った私の竜力に気付かない竜騎士はいない。彼等はお前達が私を処刑しようとする現場を目の当たりにする事になる」

「な……」

 エドワルドの言葉に彼等は動揺を隠せない。取り巻き達は明らかに狼狽し、攻撃の手を止める。

「貸せ!」

 自棄を起こしたのか、単にエドワルドの言葉が理解できなかったのか、ゲオルグは中庭に飛び出すと、取り巻き達の手から武器を取り上げてエドワルドに斬りかかる。2度ほど結界で弾いたが、彼の気力も既に限界だった。一瞬意識が遠のく。

「死ね!」

 ここぞとばかりにゲオルグが斬りかかるが、ザザーッという羽音がすると同時に何者かが彼を打ちのめしていた。

「相変わらず剣の使い方がなっていませんね。ハルベルト殿下の下で何を学ばれたんですか?」

 昏倒したゲオルグを隻眼の男が足蹴にしていた。そしてもう一人、はちみつ色の髪をした若者が手にした訓練用の棒で取り巻きの2人を瞬く間に昏倒させる。

「お……お前達は!」

 ラグラスは2人が何者かに気付き、言葉を失う。1人は遠く皇都の牢獄に囚われていたはずだ。そしてもう1人はこの世にもいないはずである。この場に駆けつける事など不可能なはずの2人が現れ、彼はひどく狼狽する。

「アスター……」

 それはエドワルドも同じだった。ルークの事は聞いていたが、アスターは本当にそう思い込んでいたので、目の前にいる姿が信じられなかった。

「遅くなって申し訳ありません」

 少し遅れてトーマスが、そして更にリーガスとキリアンが中庭に降り立つと彼等はエドワルドを中心に守る様にして身構える。そこでようやくアスターは膝をついたままのエドワルドの体を支えて立たせた。

「どうぞ、ご命令を。我らは殿下の命に従います」

 上空では飛竜達も同意して咆哮する。更には大きな黒い飛竜がその場にいた兵士達が逃げ出すほどの勢いで無理やり中庭に着地し、怒りを顕に咆哮する。普段飛竜と接触する機会がほとんどない兵士達はそれだけですくみ上り、中には腰を抜かす者もいる。

「グランシアード!」

 久しぶりに会うパートナーにエドワルドは胸が一杯になった。竜騎士になってからこれだけ長期間離れていたことは無い。アスターに支えられながら飛竜に近づき、差し出された前足に体を預ける。そして唖然として立ち尽くすラグラスをしっかりと見据える。

「全軍に命じる。ラグラスとゲオルグを捕え、フォルビア城を制圧せよ。但し、無抵抗な者には傷をつけるな」

「かしこまりました」

 エドワルドの命令にその場にいた竜騎士達が応え、真っ先にキリアンとルークがラグラスに肉薄する。そして狼狽する彼の頬にキリアンの拳が、腹にはルークの蹴りが入り、壁に体を打ち付けた彼はそのまま昏倒した。

 エドワルドの命令は飛竜を通じて間近に迫っていた本隊にも伝えられ、竜騎士達のときの声と飛竜の咆哮が重なって辺りに響き渡る。その場にいた兵士のほとんどはすっかり戦意を喪失し、立ち向かってくるものはごくわずかだった。

「騎馬兵団が城門を突破しました。ヒース卿率いる本体も到着します。ケビン卿からの伝言で船の制圧は完了したとの事です」

 上空からマリーリアが状況を報告する。その声は今までの抑圧から解放されて活き活きとしている。

 やがて中庭には次々と竜騎士達が降り立ち、城門を突破した騎馬兵団達もなだれ込んでくる。彼等は昏倒しているゲオルグやラグラスを初め、既に戦意を喪失している兵士達を手際よく拘束していく。

「殿下、遅くなって申し訳ありません」

 ヒースは一通りの指示を終えると、エドワルドの前に跪く。彼の後には這いつくばる様にして頭を下げるフォルビアの竜騎士達の姿もある。

「いや、危険を冒してまで良く来てくれた。感謝する」

 エドワルドは居並ぶ竜騎士達を前にして胸が熱くなった。第3騎士団やフォルビアの竜騎士は予想の範囲内だったが、それ以外からも危険を冒して多くの竜騎士が集まっていたことに驚く。そしてこらえきれなくなり涙が溢れてくる。

「すまん……」

 エドワルドは落ち着くまで体を支えるアスターの肩に縋る。彼も彼の心情を察して無言で肩を提供した。



 ラグラスとゲオルグが捕えられたことにより、フォルビア城はその後すぐに竜騎士達によって完全に制圧された。



本編に載せきれなかったフォルビア城襲撃のウラ話


月が高くなる頃に護衛も御者もいない状態でワールウェイド家の騎獣車だけが街に到着。

不審に思った門番が車の扉を開けると、前話でアスターとマリーリアの再会を邪魔して、騎獣に蹴られた護衛が縛り上げられた状態で放置されていた。ちなみに傷の手当は済み。

他の護衛達は少し遅れて荷車で運ばれて来たらしい。


エルデネートはベルント率いるルバーブ村自警団と共に村へ帰還。エドワルドの事は心配だが、もう会わないと決めたので、襲撃に参加した竜騎士達にも口止めして別れた。


船の襲撃は見張りの兵士、数名を倒して終了。船員達は街へ繰り出していたので、船の制圧はあっけない程早く終わってしまった。


襲撃に参加した騎獣兵達のほとんどは、南部での盗賊捜索後のどさくさに紛れて集結。


アスターは翌日、頭痛でダウン。恋人マリーリアに看病されて寝込んでいた。事後処理はヒースが殆ど1人でこなす羽目に……。


キリアンは翌日、「一発殴ってやった」とディアナに報告。

ちなみに彼女は、ロベリア総督府で竜騎士達の胃袋を支える食堂で働けることになった。


アルメリアの元に報告が届いたのは明け方になってから。姫君は眠れぬ夜をジーンと共に過ごし、ユリウスは1人寂しく部屋の外で警護していた。


アレスは小竜を駆使して高みの見物。翌日には2人の部下を皇都に向かわせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ