29 想いは1つ1
飛竜の背で受ける風は冷たく、アルメリアは騎乗前に羽織った外套の前をもう一度しっかりと合わせた。それでも中に着ているのは薄い巫女服なので、体温は逃げていく一方だった。
「寒いですか?」
「……はい」
心配げなユリウスの問いにアルメリアは小さくうなずいた。すると彼は彼女を引き寄せ、自分の体に密着させる。じんわりと体温が伝わって来て温かい。更に彼は自分が着ていた外套も脱いで彼女に着せかけた。
「ユリウス様がお風邪を召されます」
「この位じゃ、風邪をひかないよ」
彼はそう答えると、またフレイムロードに意識を集中させた。会いたくてたまらなかった相手がいるのに、アルメリアは何から話していいのか分からずにそのまま押し黙る。
「もうすぐ着きます」
先を行くルークの言葉に顔を上げると、煌々とかがり火が焚かれた砦が見えてくる。冬の最中にルークが救ったパルトラム砦だった。
砦の危機を救ってくれたルークに感謝し、グスタフの圧力をものともせずに、彼等は喜んで竜騎士達に力を貸してくれている。現在ここは、ロベリア方面と皇都方面からの情報の中継地点として活用されていた。
「アルメリア様」
着場に降り立った飛竜の背からユリウスが降ろしてくれていると、屋内から1人の女性が飛び出してきた。
「まあ、ゲルダ、ゲルダなのね」
彼女はアルメリアに付けられていた女官だった。グスタフによって配置換えされた後、本宮を辞して実家に帰っていたのだが、ブランドル公が計らって彼女の為に呼び寄せていたのだ。
歳も近く、姉妹のように仲の良かった2人は抱き合って再会を喜ぶ。
「さ、中に入りましょう」
飛竜達を休ませる手配を済ませたユリウスがアルメリアに手を差し伸べる。彼女がその手を取って顔を上げると、砦を預かる責任者だけでなく、そこに集まった多くの兵士が彼女に臣下の礼をとっていた。
独裁者と化しているグスタフに反し、こうしてアルメリアを彼等の監視下の元から救出する手助けをしてくれたことに涙が溢れそうだった。
「助けて下さって感謝いたします。皆さん」
「我らは当然の事を致したまでです。さ、少しむさ苦しゅうございますが、お寒いですから中へお入りください」
兵士を代表して責任者が答える。アルメリアはその勧めに従って中に入ろうとするが、寒さで体が強張っていたのかうまく歩けずによろけてしまう。すると、すかさずユリウスが彼女の華奢きゃしゃな体を軽々と抱き上げた。
「ユ、ユリウス様?」
「慣れない飛竜での移動で体が強張っておられるのでしょう。お部屋までお連れ致します」
突然の事にアルメリアは狼狽うろたえたが、ユリウスはさっさと歩き始める。その微笑ましい光景に、その場にいた全員の顔が思わず綻んでしまう。
「は、恥ずかしいですから降ろして下さい」
「姫に怪我をさせては一大事ですから……」
若い恋人同士の他愛もない(?)会話が遠ざかっていくのを聞きながら、ルークは一つため息をついてエアリアルの頭を撫でる。
「オリガ……」
ついこぼれ出た彼女の名前に飛竜は心配そうにパートナーの顔を覗き込む。未だ行方不明の恋人の事を思うと、何をしていてもつい溜息が零れてしまう。摺り寄せてくる飛竜の頭を撫でながら、ルークはまた一つため息をつく。
やがて2人の会話も聞こえなくなり、ルークは気を取り直すと飛竜の頭をもう一度撫で、休息をとる為に砦の中へ入っていった。
湯あみをし、ゲルダが軽くマッサージを施してくれたおかげで、寒さと緊張で凝り固まっていたアルメリアの体が解れていく。用意されていたシンプルなドレスに身を包み、年相応の化粧をして髪を結いあげれば、その身分に相応しい気品に満ち溢れた女性となる。
「お似合いでございます」
鏡に映るアルメリアの姿をゲルダは満足げに眺める。この後、ブランドル家、サントリナ家を始めとした反ワールウェイド派の主だった人々が集まり、現状の報告と今後の動向の確認が行われる。華美である必要は無いが、集まった一同の士気を上げる為にもそれなりの格好は必要だった。
用意されていた部屋で軽く食事を済ませ、少し寛いでいるとユリウスが知らせに来た。彼も湯を使って身だしなみを整え、頬のかすり傷も治療を済ませている。
「参りましょう」
「はい」
向かった先は普段兵士達が食事をしている食堂だった。そこには既に人が集まっていて、アルメリアの姿を見ると大きなどよめきが起きる。そしてそれが収まると一様にその場で跪いた。
ブランドル家からは当主自ら足を運んでいた。サントリナ家からは次期当主に指名されている長男のオスカー。他にも幾つか名の知れた貴族の当主かそれに準ずるものがおり、彼等に交じって遠方へ左遷された元第1騎士団所属の上級竜騎士の姿もある。思った以上に多くの人が集まっていて、アルメリアは胸が熱くなってくる。
アルメリアは設けられた上座の席に案内されるが、すぐに座らずに一同に立つよう促す。そして逆に彼女は頭を下げた。
「皆さん、集まって下さって感謝します。今日、こうして彼等の監視の元から逃れることが出来ました。重ねてお礼申し上げます。ただ、祖父も母も依然として彼等の監視下にあります。この状況を打破する為、どうか皆さんのお力をお貸しください」
戸惑う彼等に彼女が訴えると、その凛としたたたずまいに気圧されたのか、一同は再び跪いた。
「アルメリア様、我々はタランテイル皇家に仕える臣でございます。
昨年の不祥事により、ゲオルグ殿下の継承権は、はく奪されていたにもかかわらずそれを解消させ、異を唱える者を強引にねじ伏せる。更には皇女様との婚姻を強引に推し進めるワールウェイド公の専横には目に余るものがございます。我らは喜んで皇女様の手となり足となって働きましょう」
代表してオスカーが応える。ユリウスの父、ブランドル公も力強くうなずき、賛同する声が上がる。
「ありがとう。どうか、現在の状況を教えてください」
アルメリアはその場が静まると席に着き、そして一同にも席に着く様に促す。そして反ワールウェイド勢力による決起の会合が始まった。
サントリナ家、ブランドル家を中心とした皇都で活動してきた彼等は、監視下にある国主やセシーリアに連絡を取る方法を模索し、一方で貴族や竜騎士の協力者を集めていった。
その結果、どうにか外の情報を伝えるのに成功したのが半月ほど前で、その第一報が、エドワルドが生きているかもしれないと言うロベリアからの情報だった。それは、少なからず彼等に希望を与えた。
そして外部との連絡が取れるようになると、既にゲオルグとの結婚が確定したものとして準備を進められていたアルメリアの為に、セシーリアはどうにか娘を脱出させたいと考え、今回の策が練られたのだった。
「祈りを捧げる神殿を皇都の大神殿ではなく、霊廟神殿となったのもお母様が交渉してくださったからなのですか?」
監視下にあっては母親との会話もままならず、最後にもらった手紙にも逃げ出す手順と指示しか書かれていなかった。アルメリアは母親のこの尽力に胸が熱くなる。
「左様でございます。ワールウェイド公も皇都の外に出すのを渋っていたようですが、自分達に有利な状況なのに安心したのでしょう。一つくらいは皇家の希望を聞いてもいいだろうと判断したようです。
フォルビア正神殿のロイス神官長が、真実を記した親書を大神殿に送られたことでご協力いただけたのも大きかったようです。かの神殿の神官長も快くご協力して下さりました」
おそらくこの交渉も並大抵のものでは無かったのだろう。それをおくびにも出さずにさらりと報告するブランドル公にアルメリアは感謝した。
「皇女様は急病のため、かの神殿で静養中となっております。当面はそれで脱出された事実をごまかせるでしょう」
「ですが……ドロテーアと兵士達は私が自由となった事を知っているはず……」
アルメリアはドロテーアが自分達にではなく、あくまでグスタフに忠実な事を身を以て知っていた。彼女から受けた心無い言葉と仕打ちの数々を思い出し、思わず身震いをする。それを机の下で手を握ってくれているユリウスが力づけた。
「既に拘束する手筈を整えております。ご心配なく」
「そうですか……」
ユリウスの返答にアルメリアは少しほっとする。もし、自分が逃げた事が分かれば、グスタフは彼女の母親に危害を加える事に躊躇しないだろう。もしかしたら祖父にも……そう思うとここにこうしている事の方が罪に思えてしまうのだ。
「とにかく、フォルビアへ視察に行ったゲオルグ殿下が戻ってきたら、ワールウェイド公は何が何でも国主選定会議を開こうとするだろう。それだけは全力で阻止するつもりだ」
「左様。出来るだけ時間稼ぎをするつもりだ。一刻も早くエドワルド殿下の救出を……といいたいのだが、フォルビアの状況はどうなっているのか、改めて教えて頂けるだろうか、ルーク卿」
ブランドル公の言葉にオスカーが同意し、末席に陣取っていたルークに一同の注目が集まる。今まで黙って話を聞いていたルークは居住まいを正すと、フォルビアの状況を簡潔に説明する。
「叔父上が生きておられるのは本当なのですね?」
「はい。つい先日、リューグナーを捕えました。彼はラグラスに囚われた殿下の治療をしたと証言しております」
ルークは捕えたリューグナーを尋問した内容に加え、エヴィルから帰還したエルフレートの証言と盗賊捜索を理由にフォルビア南部へ兵を集結させている事を報告する。
一同はエドワルドがまだ生きているという事実に色めき立ち、更にはフロリエもコリンシアもまだ生きている可能性が有ることに安堵する。
一方で息子の帰還にブランドル公は少し複雑な表情を浮かべている。エルフレートの帰還は嬉しいはずだ。だが、ハルベルトを筆頭に多くの同胞を失った事実に喜びを表に出すのは躊躇われたのだろう。
「ラグラスは5日後にゲオルグ殿下を招いて認証式を行い、大々的な宴を開く予定です。エドワルド殿下が捕らわれているという具体的な場所も判明いたしましたので、その日を狙って城に潜入し、救出する計画です。2日後には具体的な打ち合わせを西砦で開く予定です」
皇都にも新しく判明した事実を早く伝えようと、ヒースの頼みでルークがエアリアルを駆ってこちらまでやってきたのは4日前。この砦に着いた時にちょうどアルメリア救出作戦の会議中だったので、ルークも助力を申し出たのだ。
あの森の中に張り巡らされた罠は、野外活動に手慣れたルークが監修していた。行きだけでなく、帰り道にも地味に体力を消耗する仕掛けが施されており、足止め以上の効果はあるはずだ。
「そうですか。それでこちらに……。本当に感謝します」
「いえ……当然の事です」
アルメリアが謝意を示すと、ルークは淡々と答える。
「リューグナーが母に使用した薬物と海賊共が使用した薬は同じものなのでしょうか?」
オスカーが呟く。それはこの場に集まった人達のみならず、ロベリアの竜騎士達の疑惑でもあった。
「この件でリューグナーを随分問い詰めたのですが、海賊達への関与までは分からない様です。奴を匿った黒服の男達が怪しいのですが、はっきりとした繋がりを断定できるまでの情報は得られていません」
「そうですか……」
オスカーは落胆して項垂れる。ソフィアはリューグナーが偽名を使い、精神安定剤と偽って思考を鈍らせる薬を使われていた。なかなか会ってくれようとはしない母親に不審を抱き、彼は父親の了承を得て彼女がこもる部屋へ力ずくで押し入ったのだ。
ソフィアはオスカーの事もわからず、薬の禁断症状による幻覚で意味不明な言葉を口走っていた。早急に信頼できる医者を呼び、適切な治療を受けたおかげですぐに正気を取り戻した。使用した期間が短く、量もそれほど多く使用していなかったのでこの程度で済んだのだろう。エルフレートほど酷くはないが、それでも未だに眩暈等の後遺症に苦しめられている。
「リューグナーへの尋問はまだ続けられております。新しい情報があれば追って報告させていただきます」
現時点で分かっているのはここまでだ。ルークはそう言って報告を締めくくった。後はグスタフの主張を怪しみながらも、権力に逆らえずにいる地方の様子が各地に左遷された竜騎士から報告される。
グスタフやゲオルグに忠誠を誓っているのは一握りにすぎない。エドワルドを救出……いや、現状でもアルメリアが真実を明かせば、情勢は大きく変わってくるにちがいない。
粗方の報告が終わり、アルメリアは最後に何かの書状を取り出した。
「これは、祖父の書状です。ゲオルグに与えている国主代行の任を解き、叔父上が存命なら叔父上に、そうで無ければ私にその任を与えると書かれています」
アルメリアは書状を広げて一同に公開する。それは弱弱しいながらもアロン直筆のサインがあり、公式の文書として効力のある書状だった。
持ち出すのが不可能だと思われたそれをセシーリアは国主付きの女官から預かり、ハルベルトの遺品である竜騎士正装の上着の裏地の中に縫い込んで隠していた。本宮出立の直前に立ち寄ったアロンの部屋で読んだ手紙にそのことが記されており、先ほど部屋で寛いでいる間に取り出していたのだった。
「どうか、これが叔父上の手に届く様にご助力ください」
アルメリアが頭を下げると、その場に集まった全員が力強くそれに応じたのだった。
翌日の夕刻、旅に供えて十分に休息したルークとユリウスはアルメリアを伴ってロベリアに向かった。当初アルメリアは砦に残る予定だったのだが、彼女の存在はあちらでも協力を惜しむ有力者への説得に効力があると判断して同行する事となった。ルークは渋っていたが、彼女の強い要望に折れて同行を認めたのだ。
具体的な策を練る会議に間に合わせるため、頻繁に休憩をとれない厳しい行程だったが、アルメリアは一切弱音を口にすることなく従った。2人を背中に乗せたフレイムロードも良く頑張り、当初の計画からそれ程遅れることなくロベリアの西の砦に一行は着いた。
「アルメリア様」
「よく、ご無事で……」
彼女の到着に第3騎士団の竜騎士達も砦に常駐する騎馬兵達も驚きながらも歓迎した。グスタフの監視の元、不自由な生活を強いられている事は知っていても、皆、何もできずに歯がゆい思いをしていたのだ。その彼女がこうして自由の身になった事を彼等は我が事のように喜んだ。
一行はすぐに会議の場となる砦の執務室に案内される。そこには既にヒースを筆頭に主だった竜騎士が集まっていた。彼等が部屋に入ると、1人の若者がいきなりアルメリアの前で膝をつく。
「申し訳ありません!」
「兄……上」
「エルフレート卿」
2人の記憶に残る姿よりも随分とやつれたエルフレートにアルメリアもユリウスもその場で固まる。だが、アルメリアはすぐに彼に近づき声をかける。
「顔を上げてください、エルフレート卿。貴方の責ではありません」
「私は護衛隊長を任されながら、ハルベルト殿下をお守りすることが出来ませんでした。部下の大多数を失い、生き残った者もまだ体調が優れない状態です。タランテラに混乱をもたらした全ての責は私にあります」
跪き、項垂れたままのエルフレートは心なしか震えている。アルメリアはそんな彼の肩にそっと手を置く。
「お体はもう大丈夫なのですか?」
「……はい。傷の方はもう痛みもありません」
「エルフレート卿、そして皆も聞いて下さい。これはお祖父様の言葉です」
彼女がそう言って一同を見渡すと、集まった竜騎士達はその場で直利不動となる。
「此度の事は、グスタフの欲望に気付きながらも彼を抑える事が出来なかった自分にある。誰も責めてはならない。誰も咎めてはならない。愚かな自分に代わり、どうかこの国を正しい道へ戻してほしいと」
国主からの勅命ともとれる言葉に竜騎士達は深々と頭を下げた。中には体を震わせて嗚咽を堪えている者もいる。
「エルフレート卿、自分を責めてはなりません。後悔が残るかもしれませんが、それでも今は大隊長としての貴方の力をこの国の為に貸してください」
「……は、はい」
アルメリアの要請にエルフレートは震える声で応えた。
「皇女様があちらの監視下から逃れた事はワールウェイド公の耳にはまだ入っていないのか?」
「ええ。神殿側の協力を得られたので、アルメリア様は静養をなさっている事になっています。数日はごまかせるでしょうから、その間に殿下を救出して欲しいと言われました」
ヒースの問いに、ルークが応える。ユリウスも同意して大きく頷いた。
「そうか」
「ゲオルグ殿下の乗った船は、今朝フォルビアに着いた。今夜は城で休み、明日グロリア様の墓参に訪れる予定だが、どうやらご本人は参られずに側近が代わりに来るらしい」
ヒースの視線を受け、リーガスが応える。どうやらゲオルグは、立ち寄った各地で歓待を受けながら優雅な船旅を楽しんだようだ。
ちなみにこの情報は城の近辺を探っていたレイドからもたらされていた。今回彼はこの会議には同席せず、借りの契約者となっているフォルビア正神殿に一旦戻っている。
「その側近が誰かわかりますか?」
「多分、文官のウォルフ・ディ・ミムラスだ」
「ウォルフ……」
ユリウスの真剣な表情にリーガスは気圧されながら答える。何か考え込んでいる彼に一同は怪訝そうな視線を向ける。
「知り合いか?」
「幼馴染なんです。彼の父親が私の父と同期で、幼い頃は互いの家を良く行き来しました。ですが、彼は竜騎士の資質が低かったこともあり、家督は弟が継ぐことに決まってからは会ってもらえなくなりました。いつの間にかゲオルグ殿下の取り巻きになっていて驚いたんですが……」
ユリウスは強く唇を噛む。この2ヶ月の間、彼は個人的にウォルフに連絡を取ろうとしていたのだが、全く相手にされなかった。ゲオルグに従ってフォルビアに行くと言う情報を得たので、こちらでなら会えるだろうとルークについて来たのだ。
「本当に説得できるのか?」
「彼なら分かってもらえるはずだ」
ウォルフを説得して仲間にしようとしているのを知っているルークが懐疑的な視線をユリウスに向ける。確かに無謀とも思えるのだが、彼の人となりを知っているユリウスには自信があった。きっと、真実を知れば、彼は味方になってくれるはずだった。
「私も同行いたします」
「アルメリア様?」
「危険です」
竜騎士達は口々に反対するが、彼女は既に決心していた。
「私が話せば、彼も説得に応じてくれるでしょう」
「ですが……」
ヒースは慌てて止めようとするが、アルメリアは頑として譲らない。
「多くの人々が、グスタフやラグラスの言葉を鵜呑みにし、そして真実を知る機会を奪われております。そのまやかしを打ち砕くには、やはり皇家の人間の言葉が必要なのだと思っております。私はその真実を広める為にこちらへ参りました」
「姫様……」
「ヒース卿、私もこちらへお連れする事を最初は反対しましたが、頑なな心を動かすには彼女自身の言葉が有効だと考え、同意しました。お願いです、明日、神殿に来たウォルフに2人で会う許可を下さい」
ユリウスは立ち上がると元の上官に頭を下げる。
「……せめてもう1人連れて行け。ルーク、同行してくれ」
「わかりました」
ヒースは半ばあきらめたようにため息をつくと、ウォルフとの面会を許可した。その場で神殿側に協力を要請する書状をしたため、ユリウスに渡す。
「大事な時期だ。失敗だけはするなよ」
「分かっています」
ユリウスは肝に銘じて書状を受け取った。
その後は、盗賊の探索はフォルビア側から与えられた期限が過ぎて空振りに終わり、城壁を守る兵士達に警戒を強化する様に通達して終わった事が伝えられてこの夜の情報交換は終わった。
「お父様……」
アルメリアは用意された部屋に入って1人になると、どこか張りつめていたものが切れたのか涙が溢れてくる。どうにも耐えきれなくなった彼女は寝台に伏して泣き始める。それでも周囲に気を使わせないよう声を殺し、そして泣き疲れた彼女はそのまま寝入ったのだった。




