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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
76/156

25 カギとなるのは1

 タランテラへバラバラに潜入した聖域神殿騎士団の一行は、フォルビアの城下町にある酒場で合流していた。

 この場にいるのはアレスを含めて6人。最初にエヴィルの使者の護衛として入国したレイド、エヴィルで推薦状もらって入国したガスパルとパット。エヴィルでの予定変更の連絡を受け、ダニーの指示で後から入国したスパークとマルクスという顔ぶれだった。

 テーブルに並べられた料理と酒をつまみながらそれぞれ集めてきた情報を交換し、今後の方針を定めていくのだ。

 宿屋と兼業するどこにでもある酒場だが、舌が肥えた彼等でも満足できるほど料理も酒も申し分ない。昔、傭兵をしていたディエゴがよく利用し、信用のおける酒場をいくつか紹介してもらったのだが、ここでは特に女将さんに気に入られていたらしい。ディエゴの名前を出した途端に女将さんがすっ飛んできて、直々に応対し、更には一番上等な部屋を格安で泊めてもらえることになったのだ。

「料理も酒も悪くないな」

「若、良くこんな所を見つけましたね」

 話を始めようとしたが、体が資本の彼等は腹ごしらえが先とばかりに、皿に山と積まれた料理を平らげるのに夢中だった。

「……ディエゴ兄さんの紹介だ」

 そんな彼らを呆れながらも、アレスも負けじと手と口を動かしている。彼等と行動する時は、遠慮していると自分の分が無くなってしまう。骨付きのあぶり肉を頬張り、それをエールで流し込んだ。

「あー、あの人はホントにいろんな伝手を持ってるからなぁ」

 ディエゴと顔見知りのスパークはアレスの言葉に納得する。かくいう彼もタルカナなどで羽を伸ばす際に、いろんな店を彼から紹介してもらっていた。

「で、村の方は若のご親戚が手を貸して下さるから心配ないとして、我らはどう動きましょうか?」

「ダニーは何て言って送り出したんだ?」

「後は若に任せるだって」

「……」

 珍しくやる気を見せたダニーだったが、アレスが動いたのを確認した時点でもう興味を無くしたようだ。確かに現地に行かないと細かい事まで分からないだろうが、それにしても早すぎる。

「盗賊の件、フォルビアからは期限付きで城壁の外を探索する許可はもらいましたが、それ以上の協力は拒否されました。ロベリアからはいくらか協力を得られましたが、おそらくあの一帯全てを探索するのは難しいでしょう」

 困ったアレスを見かね、先ずはエヴィルからの紹介で公にタランテラ入りしていたレイドが口を開いた。

「だろうな。奴等も竜騎士が飛び回る中をのこのこ出てくるような真似はしないだろうし……。向こうも俺達も奴等ばかりにかまっている暇もない。ある程度の探索をしたら引き上げるしかないだろうな」

「そうですね。多分城壁での検分を強化するで終わりそうです」

「それが無難なところだろう」

 アレスはレイドからの報告に頷くと、残っていたエールを飲み干す。普段はワインを好んで飲む彼だが、ブレシッドで育った為に舌が肥えていて選り好みが激しい。その為、国外で酒を飲むときはエールを選ぶようにしていた。

「それにしても、あの男はおかしい。こちらは急用だと言っているのに1日待たせ、結局、城に入るのも拒否した」

 普段、血の気の多い聖域の竜騎士達の歯止め役を担っているレイドが珍しく声を荒げる。

 ロベリアにエルフレートを送り届けた翌日、クレストを案内役にエヴィルの使者の護衛としてフォルビアに向かったのだが、きちんと用向きを伝えたにもかかわらず境界で止められたのだ。ラグラスに伺いを立てると言われて1日待たされ、挙句に入城は拒否されたのだ。

「結局どうしたんだ?」

「ロベリアの西の砦で1泊させてもらい、翌日、指定されたロベリアの正神殿でダドリーという補佐役と会って話をした。使者殿もこんな事は初めてだと仰っていた」

「なんだ、それ」

 レイドの話に他の5人はただあきれるばかりだ。

「それから、『死神の手』が関わっている可能性があります。フレア様がご夫君と別れたあの村が殲滅せんめつされいてた点からしてもまず間違いないかと。それと、その村……マーデ村というのですが、子供が何人か生き残っていたそうです。

「よく無事だったなぁ」

 レイドの報告に他の面々も感心する。

「フレア様達を捜索に来た竜騎士達がその子達を偶然見つけて保護したのですが、負傷した殿下が連れ去られていくのをその子供達が見ていました」

「本当か?」

「はい。まだ生きておられる可能性があります。ロベリア勢は助け出す方策を練っていますが、情報を集めるのに苦心している状態です」

 最悪の事態は回避された。どんな状況におかれているかまだ分からないが、それでもまだ可能性があるのだ。それなら自分達の方法でしっかり情報を集めようと決意した。

「それで、その子供達はどうしたんだ?」

 2人の子供を持つ父親でもあるガスパルが口を挟む。

「一時正神殿で預かっていたそうですが、現在はロベリアの竜騎士の夫婦が引き取ったという話です」

「そうか」

 フレアはあの村が自分達の所為で全滅したと随分心を痛めていた。生き残りがいると伝えれば少しは気が休まるだろう。

「先ほどのマーデ村なんですが、ロベリアの竜騎士が神殿の協力を得て、その村を再建しつつ拠点にしているという話です。私もここでの情報収集が終わりましたら、そちらに顔を出す予定です」

 エヴィルの使者が本国から同行していた別の護衛と共に帰国した後、レイドはエルフレート共にフォルビア正神殿に移ることとなった。顔が知られていない彼ならフォルビアでも自由に動けると、ヒースに頼まれたのだ。彼としてもその方が動きやすかったので、二つ返事で引き受けたのだ。

「それにしても、あの野郎は随分好き勝手しているな」

 独裁状態のフォルビアで、あからさまにラグラスの名前を上げて非難すると後々に面倒な事になりかねない。フレアを苛めた憎くき相手ではあるが、スパークも一応自重して名前を出すのを控えた。

「具体的には?」

「方々から若い女を集めているらしい。自分の閨の相手もだが、今度来る国主候補の皇子さんに宛がって接待させると言う話だ」

「他には?」

「お約束だが税を上げたとかそれに反対する領民を捕えたとかきりがない」

 顔を顰しかめながらスパークがここへ来るまでの道中に聞いた噂の数々を披露する。総じてエドワルドが他界した事を惜しみ、そして怖くて口に出して言わないが、フレアが彼を殺したことになっている事については疑問を抱いている者が多いと言う話だ。

「当然だろうな。反乱がおきるのも時間の問題だな」

「既に親族達の間で内輪もめが始まっているらしい」

先にフォルビアに来ていたガスパルが補足する。

「それで領民に死者が出たらまたフレアが悲しむな」

 アレスが漏らした言葉に他の5人は頷く。心優しい彼女は例え罪を犯した人間でも訃報を聞くと涙を流す。それが少しの間だけでも領主となったこの地で内乱が起き、領民が命を落としたとなると……。安静が必要な彼女に聞かせる訳にはいかない。例え黙っていてもいずれ耳に入る事になる。彼女の為にもそれは回避したい事態だった。

 料理も酒も粗方あらかたなくなり、当初の予定通りガスパルは一旦聖域に戻って中間報告をし、他はまた方々に別れて情報収集しようと話がまとまりかけた時、酒場の一角で騒ぎが起きた。

「なんだ、酔っ払いか」

 一同が目を向けると、一人の男が大声で酒を寄越せとわめいている。レイドやスパークは酒場ではよくある光景ともう興味を無くしたように自分の杯に残った酒をあおっていたが、アレスはその男の顔を凝視している。

「あの男……」

「若、どうされました?」

 アレスには見覚えがあった。ラトリを出立する前、ティムに教えてもらった要注意人物の顔によく似ていたのだ。

「女将さん、ちょっと……」

 もしかしたら別人かもしれない。そこでちょうど近くを通りかかった女将さんをアレスは呼び止めた。

「何でしょう?」

「あの男は?」

「あー、リューグナー先生ですか……。すみません、お騒がせして」

 とたんに彼女の表情が曇る。

「リューグナー?」

 間違いなかった。行方不明と聞いていたが、こんなところにいたとは……。

「ええ、グロリア様……先の女大公様の専属医師だったとかでいつも威張っているんですよ」

「そんなに腕がいいのか?」

「調合した薬は確かに良く効くらしいんですけどね、あの通り、酒癖が悪くてねぇ……」

 女将さんは眉をひそめて騒いでいる男を一瞥いちべつする。周囲を見渡せば、客は1人2人と席を立ち、先程まで満席だった店内は何時の間にかアレス達とリューグナーの他には数人しかいなくなっていた。

「ここだけの話、今の大公様の弱みを握っているとか」

「ほう……」

 女将の話にスパーク達もさりげなくリューグナーの様子を窺う。早くもカギを握る人物に出会えたのだ。ぜひともその身柄を確保しておきたい。女将には呼び止めた事を詫びて仕事に戻ってもらった。

「若、奴は?」

「聞いての通り、女大公の専属医師だった奴だ。フレアの話だと、あいつ『名もなき魔薬』と関わっている」

 体調が悪かったこともあり、フレアがこの事を思い出したのはアレスがブレシッドに出かけた後だった。今、この世にあってはならない薬の存在を先ずはペドロに伝え、アレスはブレシッドから戻って来た時にアリシアやルイスと共に伝えられた。そこでティムに要注意人物としてリューグナーの顔を教えてもらったのだ。

「なっ……」

「マジ……ですか?」

 100年前に滅んだはずの薬の名前に5人は声を上げそうになってあわてて口を塞いだ。

「奴が管理を任されていた薬草庫から発見されたそうだ。先の女大公の元から追い出した後、記録にない薬物があって詳しく調べたらそれだったらしい。後日、隠れて取り戻しに来たんだ。奴の物で間違いないだろう」

「念のため聞きますが、検査結果に間違いはなかったんで?」

 遠慮がちにスパークが尋ねる。

「検査したのはロベリアのバセット軍医らしい。祖父さんの話だとこの国で五指に入る名医だ。彼の検査結果を受け、後日改めて麻薬の専門家も含めて複数の医師によって行われたそうだ。それで間違いなかったらしい」

「なるほど」

 アレスの答えに他の5人もどうやら納得したようだ。

「とりあえず、奴を捕まえて締め上げればわかることだな」

 一同は剣呑けんのんな視線をリューグナーに向けるが、とりあえずもう少し様子を見る事にした。

「……俺様のおかげで大公にぃなれたのによぉ、あの野郎、金をケチりやがって……」

 相当酔っているのか、酒杯を持つ手も危なっかしい。手近にいる客を捕まえて愚痴をこぼしているのだが、相手は嫌な顔をすると席を立ち、女将に代金を払うと店を出て行った。

「やりますか?」

「まあ、待て。先ずは紳士的に話を聞くのが先だ」

 アレスはやる気満々のスパークを制した。リューグナーの様子を見る限り酒を飲ませておだててやれば何でもしゃべってくれそうだ。その後どうするかはとりあえず情報を聞き出してからでも問題ないだろう。彼の考えに他の5人も不承不承頷いた。

 気付けば店にいるのはリューグナーとアレス達だけになっていた。リューグナーは杯が空になると、ヨロヨロと覚束ない足取りでアレス達の元へやって来る。

「酒ぇ……ないか?酒」

 倒れ込むようにして開いている席に座り込む。アレスが目配せすると、パットが新たに注文したエールを彼に渡す。

「……うめぇ……あんたらいい人だなぁ。よし、俺様が……ここの大公に……口きいてやるよ」

「へぇー、あんた偉い人なんだ?」

「おうよ。あの男は俺様のおかげで大公になれたんだからな」

「ほぉ……。まあ、飲みなよ」

 パットは言葉巧みに酒を勧める。

「……うめぇ……まあ、聞いてくれよ……」

 リューグナーの愚痴が始まる。スパークはさりげなく入り口に陣取ると他の客を締め出し、女将さんや店の従業員にはうまく言って席を外してもらった。彼等だけになるとアレスは念のために連れて来ていた小竜を1匹呼び出しておいた。

 パットは聞き役に徹しながらも要所要所で話の方向を誘導し、うまく話を聞き出していく。呂律ろれつのまわらない口調で語った彼の話と、僅かに小竜で読み取れた彼の記憶を照合すると、彼が一連の事件に深くかかわっているのは確かだった。

 要約すると、皇都でソフィアに取り入ってフレアの悪い噂を広めて歩き、そしてラグラスに捕われ、負傷したエドワルドの治療にもあたっている。更には『名もなき魔薬』だけでなく人の思考を鈍らせる薬の調合も行い、これは皇都でソフィアにも使ったと自慢げに披露していた。

 人の思考を鈍らせる薬は海賊達に捕われたエルフレートにも使われている。出所が同じとはまだ断言できないが、それでも時期を同じくして判明した事実に無関係とは言い切れない。更にそれらの元になる薬草をフォルビアの北、ワールウェイド領との境で大量に栽培されている事実も見逃す事はできなかった。

 しかし、彼等にとってもっと重要だったのは、この男の罪が全てフレアの所為にすり替えられていた事実だった。事あるごとに自分の手を煩わせ、更にはコリンシアが病になった時には自分の薬に難癖をつけたフレアは天罰を受けたのだと言い放った時にはさすがに殴りつけてやろうかと全員が思った。

「こいつをどうしますか?」

 苦々しい表情でスパークが机に突っ伏して眠ってしまったリューグナーを指す。他の仲間もフレアの苦しみの原因を作った相手をどう痛めつけようか思案している。

「ちょっと待て」

 皆、やる気満々だが、アレスは何かに気付いて彼を制する。実は彼は呼び出した1匹以外にも野生の小竜を連れてきており、念のためこの宿の周囲に配置していた。その小竜達がこの宿の様子を伺っている不審な男達を発見したのだ。狙いは自分達だろうかと一瞬緊張が走る。

「そういやさっき、こいつは上を脅して金をせしめてきたと言ったな」

「そうだったな」

 アレス達を士官希望の傭兵とでも思ったのか、しきりに自分は上に顔が利くことを自慢していた。特にラグラスの弱みを握っている事を強調し、いくらでも金をせしめることが出来ると胸を張っていたのだ。度を越した要求でもしたのであれば、不要と判断されたとしても納得できる。

 だが、この男が持っている情報は貴重なものだ。向こうがいらないと言うのなら、こちらでもらい受ければいい。

「こいつの知っている情報、ロベリアの竜騎士達も知りだろうから知らせてやろう」

「構いませんが、外の連中はどうしますか?」

「ここで始末してしまうと後が厄介だ。とりあえず騙されてもらおう」

 アレスはにやりと笑うと、一同を集めてとっさに思い付いた計画を伝える。

「それは……」

「面白そうですな」

 その内容に一同は人の悪い笑みを浮かべる。彼等は手早く簡単な打ち合わせをし、必要な小物を揃えると、アレスとレイドを残して他の4人は順次バラバラに店を出て行った。




 夜が更けた頃、酒瓶を抱えた酔っ払いが酒場を出て来た。千鳥足の男は路地を右へ左へふらつきながら歩いていく。見ていてかなり危なっかしいのだが、それでも住処がある城へと歩を進めていく。

 その様子を物陰から伺っていた男達は静かにその後を追う。彼らは上司からその男の抹殺を命じられていた。武術の心得もない相手に5人も差し向けたのは、確実に仕留める為と死体の回収が必要だったからだ。やがて酒場が立ち並ぶ区画から離れ、人通りのない川沿いの道に出る。

 息を殺して後を追っていた男達はここぞとばかりに斬りかかった。

「あっ」

 偶然にも相手は何かにつまずいて転び、最初の一撃はかわされてしまう。そして最悪なことに彼らの存在に気付いてしまった。

「ひいいぃぃぃぃ!」

 酔いがめたのか、奇声を上げて死に物狂いで逃げていく。男達は舌打ちをすると、その後を追う。やがて小さな橋の中ほどで追いついて斬りつけた。手ごたえはあった。よろめいた相手は後ろへ倒れ、欄干らんかんを超えて派手な水音と共に川へ落ちる。今年は例年よりも雨が多く、水かさが増していて流れが速い。あっという間にその姿は流れに飲み込まれた。

「誰か川に落ちたぞ!」

 誰かが水音を聞きつけたのだろう。男達は死体の回収を諦めて人が集まる前にその場を離れた。




 現場から少し離れた下流。川の中からぬぅっと手が伸びると、小舟を係留する桟橋に立っていたスパークとパットがその手を引っ張る。

 引っ張り上げられたのはガスパルだった。急流に流されたように見せながら泳いだ彼は、体力を消耗したらしく桟橋に座り込んで咳き込んでいる。

 実は先ほど、酒場の様子を伺っていた男達の目的を探る為、リューグナーの服装を真似、彼の帽子をかぶったガスパルは酔っ払いのふりをして店を出た。やはり彼が目的だったらしく、人通りのない場所に来たところで男達は襲ってきた。

 ガスパルは初撃を転ぶふりして躱わし、逃げ惑うふりをしながら橋の上に移動し、斬りつけられたように見せかけて川に飛び込んだのだ。ちなみに最年長の彼が体を張ったのは、彼が一番リューグナーに体格が似ていたからだ。

「いやー、相変わらずお見事。役者も顔負けの名演技」

「もたもたしている場合じゃないだろう。急がないと人が来る」

 茶化すように手を叩いているスパークを尻目に、パットはずぶぬれのガスパルに乾いた布を差し出す。彼はそれで手早く体をふくと、積み上げられた木箱の陰で斬りつけられてボロと化したシャツを脱ぎ、続けて体に括りつけていた革袋を外した。ちなみにこの革袋が手応えの正体で、中には血糊の代わりに赤い染料が入っていた。相手が竜騎士であれば見抜かれていたかもしれないが、ごまかされてくれたらしい。

「どうにか、うまくいったみたいだな」

 大役を果たしたガスパルは用意してあった服に着替えてほっと息をつく。いい頃合いにマルクスが声を上げてくれたので、人目に付くのを恐れた男達は早々に立ち去ってくれた。今頃アレスが追わせた小竜によってその行先は判明しているだろう。それはフォルビアの城で間違いないはずだ。

 後は宿屋で酔いつぶれている男をロベリアの竜騎士達の元へ送り届けるだけだった。




 日頃の不満をダドリーにぶちまけ、半ば脅す様に金をせしめたリューグナーは上機嫌でなじみの酒場へ繰り出した。

 ラグラスが使っている傭兵に欠かせない薬を作っているのは自分だし、世間に知られてはいけない囚われのエドワルドを治療したのも自分だ。これだけ貢献しているのだから、感謝するのは当然だし、目に見える形でするのが最善だろう。

 それでも相手は首を縦に振らなかったが、このままでは悪酔いしてどこで何をしゃべるか分からないぞと暗に脅しをかけると、ようやく幾許かの金を寄越してきたのだ。

 この手を使えば今後いくらでも金を融通してもらえる。ラグラスの弱みを握っている自分はひょっとして奴より偉いのではないかと思えた。

 ちょうど酒場で出会った士官希望の若者達に自分の偉大さを誇示すると、彼等は取り入ろうとうまい酒を奢ってくれた。自分を称える心地いい言葉にうまい酒。リューグナーは満ち足りた気持ちで眠りについたはずだった。




「おい、起きろ」

 リューグナーは二日酔いでガンガンと痛む頭を押さえながら目を覚ました。彼を起こそうとしている相手は容赦なく体を揺するので、頭痛に拍車がかかる。

「う……ん……酒、くれぇ……」

「甘えるな」

 冷たい答えと共に、大量の水が容赦なくかけられる。ようやく酔いがさめてリューグナーは飛び起きた。

「何しやがる!」

 勢いよく体を起こすが、目の前に居並ぶ面々を見て固まる。

「目が覚めたか?」

「あ……な……に」

 彼の正面に仁王立ちしているのはリーガスだった。その隣には桶を構えたルークがいて、その隣には空の桶を持ったキリアンが立っている。ルークとは反対側のリーガスの横には腕を組んだジーンが立っていて、オルティスにハンス、トーマスもその後ろにいる。

「まだちゃんと目が覚めていないみたいね」

「もう一杯かけましょうか?」

「やってくれ」

「了解」

 ルークは遠慮なく桶の水をリューグナーにかけた。

「うわっ」

 季節は既に秋。濡れた衣服は冷えて容赦なく体温を奪っていく。だが、体の震えはその所為ばかりでは無かった。

「さて、目が覚めた様だから話を聞かせてもらおうか」

 リューグナーはニヤリと笑うリーガスの顔が妖魔よりも恐ろしく感じた。




 ラグラスによって愛する妻と子の死を知らされたエドワルドは、絶望感で生きる気力を失いかけていた。

 いつからか治療に来ていたリューグナーも、気まぐれに訪れて優越感に浸っていた親族達も顔を見せなくなり、外部からの情報が完全に遮断された。孤独な2ヶ月近い監禁生活にさすがの彼も疲弊ひへいし、限界が近づいていた。

 そんなある日、彼は夢を見た。

「フロリエ……コリン……」

 愛しい2人が笑いかけている。他にも苦楽を共にしてきた部下達の姿が次々と浮かんでくる。それは、彼を励ましている様にも見える。

「夢……か……」

 彼等に手を伸ばしたところで目が覚めた。不思議と喪失感よりも温かいもので心が満たされている。

「まだ……死ぬわけにはいかない……」

 真っ暗な部屋の中、エドワルドは再び生きる気力を取り戻した。その姿を天窓から1匹の小竜がのぞき込んでいた。


神殿騎士団始動w

しょっぱなからいい仕事しています。

さて、リューグナーの命運は……。

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