22 時が来るまで2
アスターは最後まで抵抗を試みたが、その翌日に起こった頭痛の発作で薬を飲み、眠り込んでいる間に部屋を移されていた。
「何てことだ……」
目が覚めてみると、女性向けの香が漂う部屋の寝台に寝かされていて彼は途方に暮れた。外からは鐘の音が鳴り響いており、鎮魂の儀が始まったことを村中に伝えている。アスターは溜息を一つつくと、短い間だったが部下としてよく働いてくれた竜騎士達の冥福と、主であるエドワルドとその家族の無事を静かに祈った。
しばらくして喪服姿のマリーリアが部屋に戻ってきた。本当に泣いたらしく、目は赤くなっている。
「終わったわ」
「……」
アスターは了承もなく部屋を移されたことに腹を立て、答えなかった。横になったままプイッとそっぽを向く。
「ルーク卿がいらしたわ」
「ルークが?」
皇都で囚われているはずの弟分の名前を聞いて思わず振り向いてしまう。彼女は喪服には不似合いな、布に包まれた長い棒状の物を手にしていた。
「これをあなたにと手渡してそのまま出ていかれたわ。真相をお話しする間も無かった」
「……」
マリーリアは楽に体を起こしていられるようにアスターの背中に枕を当ててくれる。彼が落ち着いたところで改めてその棒状の物を手渡す。
「これは……」
布を外してみると、中から出てきたのは自分の長剣だった。しっくり手になじむ感触は、昨年の夏至祭にハルベルトから賜った物で、今となっては彼の形見になってしまった。なくしてしまったと思っていたが、ルークはそれを見つけ、手入れまでしてくれている。
これを見つけたということは、あの現場を彼が目にしているということである。きっと、何が起こったか理解し、ヒースに報告してくれているに違いない。有能な指揮官である親友の彼なら何らかの手も打っている事だろう。更にルークが自由の身でいるということ自体が、アスターに希望をもたらした。
「早く良くならなければ……」
与えられた部屋に文句を言っている場合ではなかった。とにかく傷を治し、動けるようになって看病が必要なくなればいいのだ。その時はそう思って自分を納得させたのだった。
日中、アスターは落ちた筋力を回復する鍛錬に時間を費やしていた。本当は外を歩いたほうが手っ取り早く体力をつけられるのだが、死人となっている彼が歩き回っていたらそれこそ村中が大騒ぎである。今は部屋の中で出来る事を地道にコツコツとするしかなかった。
そこへ部屋の戸を叩く音がする。アスターはあわてて衝立の陰に隠れ、マリーリアは用心しながら戸を開ける。
「お茶のご用意をしてまいりました」
現れたのは、昨年までエドワルドの恋人だったエルデネートである。秋にエドワルドと別れた後、ロベリアを出て皇都に向かった事は知っていた。その後はもう関わるなとエドワルドから厳命されていたので消息を追うことはしなかったが、気になっていたのは確かだった。
アスターが寝込んでいる間、時折マリーリアに代わって彼女も看病をしてくれていた。今はマリーリアの紹介でリカルドの娘の家庭教師をしていると言う。エドワルドと彼女が別れた時、マリーリアは彼女を友人だと言って彼に文句を言ってきた。行く当てのない彼女にマリーリアが落ち着き先を世話するのは自然な流れだと納得したのだった。
「ありがとう」
マリーリアはほほ笑んで彼女を部屋の中へ招き入れる。戸が閉まるとアスターもほっとして緊張を解いた。彼女もアスターの存命を知る一人だった。
「こちらが今、届きました」
エルデネートは盆を机に置くと、盆と茶器の間から小さく折りたたんだ手紙を取り出した。現在、リカルドは所用でワールウェイド城に出かけている。そちらでの様子を娘にあてた手紙の中にまぎれさせて送ってきてくれているのだ。
「ありがとう」
アスターは手紙を受け取ると、早速目を通し始める。その間にエルデネートとマリーリアはお茶の準備を整える。
「!」
手紙を読んでいたアスターの表情がこわばり、手紙を持つ手が震えている。彼のそんな様子に女性2人も動きが止まる。
「アスター卿、一体……」
彼は答える代りに手紙をマリーリアに差し出した。彼女もその手紙に目を通すうちに顔が青ざめてくる。
「フロリエ様とコリンシア様が亡くなられたって……」
「まさか……」
エルデネートもマリーリアから手紙を受け取って目を通すが、彼女も手紙を読み終えるころには蒼白になっている。
「ラグラスの発表だからどこまで信用していいか分からないが、紋章を手に入れたというのが引っ掛かる」
「ええ」
しばらくしてからようやく絞り出すような声でアスターが自分の考えを誰ともなしに言う。他の2人はうなずくしかできない。
「とにかく、リカルド殿が帰ってきてからもう一度詳細をうかがおう」
「そ、そうですわね」
2人はアスターの考えにぎこちなく同意して、冷めたお茶を淹れなおした。いつもなら和やかな時間になるはずだが、終始無言で3人はお茶を口に運んだ。
皇都本宮の北棟の私室でアルメリアは刺繍針を持つ手を止めて一つため息をついた。普通ならばすぐに出来る意匠なのだが、今は遅々として進まない。
『此度の不祥事により、ブランドル家との婚約は解消となりました。皇女様はゲオルグ殿下に嫁いで頂きます』
数日前、グスタフにより一方的に告げられた内容が彼女の心に重くのしかかっている。拒否をすれば母の命は無いぞと暗に脅しが含められており、アルメリアはうなずかざるを得なかった。
子供の頃から我儘で乱暴なゲオルグが苦手だった。その素行の悪さから度々ハルベルトから注意を受けていた彼は、それを「お前の父親の所為で」と逆恨みされて何かと嫌がらせを受けてきたのだ。それを幾度かユリウスに助けられたこともあり、そのうちに彼に淡い恋心を抱くようになっていた。そして彼女の望みどおり、彼との縁談が正式に決まった時は本当に嬉しかったのに……。
「ふう……」
また一つため息が漏れる。父親だけでなく、叔父のエドワルドも他界し、頼れる人は皆いなくなってしまった。
予定されているゲオルグのフォルビア視察とグロリアの墓参が済めば国主選定会議が開かれる。そして、正式にゲオルグが国主に選ばれれば、即位と同時に婚礼を行うと告げられた。既に決定事項として準備が着々と進められている。
アルメリア自身、皇家の花嫁の風習となっている神殿で祈りを捧げる為に、5日後には皇家の墓がある神殿に10日程の予定で籠る事になっている。喪が明けぬうちに行われる事に眉をひそめる物もいるが、最早、今のワールウェイド公に異論を唱える事ができる者は本宮にはいなかった。
「お父様……」
アルメリアの目から涙が溢れていた。父親が他界したのをまだ彼女は信じられなかった。彼が礎の里から帰れば、彼女の成人の儀を行う予定だった。グロリアの喪中という事で、当初の予定よりも規模を小さくし、内輪だけでささやかな祝いの席を設けるつもりだった。
叔父のエドワルド一家も招き、少しぎくしゃくしていたソフィアとの関係が元通りになればと淡い期待もしていたのだ。それなのに……。
「皇女様、母君のセシーリア様がお見えでございます」
グスタフによって彼女専属となった女官のドロテーアに感情の無い声をかけられてアルメリアは我に返った。そっと涙を拭って刺繍の道具を片付ける。
「すぐ参ります」
目の腫れぼったさはどうしようもないが、それでもアルメリアは背筋を伸ばして母親に会いに行く。
現在、ハルベルトの喪中を理由に本宮の北棟は完全に隔離されていた。北棟から出る事も許されず、セシーリアもアルメリアも友人どころか家族に会うにも一々宰相となったグスタフの許可が必要になった。
祖父のアロンに至っては、病状の悪化を理由に一切の面会を拒否されている。北棟に軟禁されてからはセシーリアもアルメリアも彼に会えない日々が続いているが、アロン付きの古参の女官がそれとなく様子を知らせてくれていた。
「お母様……」
応接室に母の姿があった。思わず側に駆け寄って抱きついていた。不安な日々を過ごす彼女は母の姿に安堵して治まった涙が再び溢れてくる。
「アルメリア……」
セシーリアは娘を優しく抱きしめ、泣き出した彼女の頭を撫でる。そんな親子の様子に何の感慨も持たず、ドロテーアは黙々とお茶の支度をすると扉の脇に控える。その様子をセシーリアはそっと目で追って確認すると、涙を流す娘を励ますそぶりをしながらその耳元にそっと囁く。
「エドワルドが生きているかもしれません」
その内容にアルメリアはわずかに身じろぎする。
「動かずに聞いて。負傷したあの方が連れ去られる所を見た者がいます。あちらからの話では、神殿からの帰りに一家は何者かに襲撃され、4人を逃がす時間稼ぎをエドワルドはしたそうです」
その話を聞きながら母に縋る手が震える。希望がまだある……。
「助け出すのは容易ではありませんが、まだ、諦めるには早いわ」
母の言葉にアルメリアは小さくうなずいた。そのまましばらくアルメリアが落ち着くのを待つかのようにセシーリアは娘の背中を抱いていた。
2人を……特にアルメリアを見張る様に付けられたドロテーアは無表情で親子の様子を観察している。セシーリアは頃合いを見計らうと、彼女に濡らした布を持ってくるように命じ、2人はようやくお茶が用意された席に着く。そして用意された布でアルメリアは泣いて腫れぼったくなった目元を冷やし、ようやく本来の要件に移る。
「5日後、祈りを捧げる為に神殿に移ると聞きました。こちらを……あの人の墓前に手向けて欲しいのです」
セシーリアが持って来させたのはハルベルトが現役時代に着用していた竜騎士正装だった。故人に思いをはせて生前の愛用品を墓前に手向けるのは珍しいことでは無い。現状ではセシーリアが出向くことはかなわないので、婚前の祈りを捧げる為に神殿に籠る娘にそれを託した形となる。
「分かりました、お母様」
アルメリアは久しぶりに見る父親の装束に胸が熱くなりそうだったが、母親から神妙にそれを受け取った。
そしてその後は当たり障りのない会話をし、親子で過ごす束の間の穏やかな時間を過ごしたのだった。
葬儀と鎮魂の儀の違い
その場に遺体があるかないかですね。
こういった時代ですから、遠方だとなかなか葬儀に参列できない事もあり、そういった人が近くの神殿で葬儀と同じ手順で故人の冥福を祈るのが鎮魂の儀。
国主とか領主とか有名な竜騎士とかが亡くなられた時に地方で良く執り行われる。(グロリアの葬儀の時も各地で行われていた)
今回はハルベルトの冥福を祈る事も含まれていたので、身分が上の彼に合わせて鎮魂の儀としたとルバーブ村では解釈されていました。
と、辻褄合わせをしておくw




