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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
71/156

21 時が来るまで1

「おはよう、カーマイン」

 夜明けとともに起きて、朝一番にカーマインの世話をするのがマリーリアの日課だった。ルバーブ村の村長の館の敷地内にある離れに彼女は住んでいて、カーマイン専用の竜舎が隣接している。

 マリーリアは入念にブラシをかけてやり、この時期にいつも用意されている瓜を水と共にカーマインに与える。その間に下僕が竜舎の掃除をしてカーマインの寝藁を取り換えてくれる。

「ちょっと運動していらっしゃい」

 マリーリアは食事を終えたカーマインを外へ連れ出し、運動を兼ねた散歩に行かせる。前日は雨で放してやらなかったので、飛竜は嬉しそうに大空に飛び立った。あの日と同じように……。




 あの嵐の翌日、あの日もマリーリアは同じようにカーマインを散歩に出した。霧雨の中を飛び立ったカーマインを見送り、自分も鍛錬をしようとしたところで出かけたばかりの飛竜が切羽詰った思念を送ってきたのだ。何事かと空を見上げると、戻ってくるカーマインの側に見覚えのある飛竜が何かを抱えて飛んでくる。

「ファルクレイン?」

 それは紛れもなく、タランテラで知らない者はいないほど高名な竜騎士の相棒だった。飛竜もその俊敏さで名が知られているが、いつもの風と一体となるような機敏さは無く、その羽ばたきは今にも墜落しそうなほど弱弱しい。

「ファルクレイン!」

 カーマインが離れの前にある中庭へファルクレインを誘導する。飛竜はやっとと言った様子でどうにか着地に成功するが、彼は体中に傷を負っていた。その大半は酷い火傷で、翼の皮膜ひまくもボロボロである。

「一体……」

 騒ぎを聞きつけて館の中から従兄や使用人達が出てくる。誰もが傷ついた飛竜を見て驚愕する。

「嘘……」

 マリーリアはうずくまってしまったファルクレインに近寄り、ギョッとする。飛竜は大事そうに血まみれの人間を抱えていた。それは紛れもなくその飛竜の騎手、アスターだった。

 その後は本当に大騒ぎとなった。村長をしているだけあって従兄の行動は素早く、アスターがかろうじて生きていることを確認すると、使用人達に指示をして彼を母屋の客間へ運ばせる。村で唯一の医者である義弟を呼びに行かせ、傷ついている飛竜の手当を下僕達に指示する。

「しっかりしなさい、マリーリア」

 従兄に肩をつかまれて彼女はようやく我に返った。とにかく何が起きたのか、今ファルクレインから聞き出せるのは彼女しかいないのだ。マリーリアは気を取り直すとまだ意識があるファルクレインにカーマインを通じて何が起こったのか尋ねてみる。そして乱れがちな彼の思念から、館になだれ込んでくる兵士と、炎の中に取り残された人と飛竜の姿を読み取ったのだった。

「館が……」

 あの美しかった館が焼け落ちる場面を目の当たりにし、マリーリアの眼からは思わず涙が溢れていた。

「では……殿下は? フロリエ様とコリン様は?」

 分からないといった思念と共にファルクレインの意識が途絶えた。傷ついた体でアスターを抱えてここまで飛んできたのだ。体はもう限界だったのかもしれない。

「ファルクレイン!」

 マリーリアは慌ててすがりついたが、いつもカーマインの世話をしてくれる下僕の一人が彼女を安心させるようにうなずく。どうやら気を失っただけのようだ。カーマインの竜舎にいつもより大目に寝藁を用意し、そこへファルクレインを休ませる。かわいそうだが、カーマインはしばらくの間、竜舎の隅の方で休ませるしかない。

 一方の竜騎士は瀕死の重傷だった。特に左肩と顔に受けた傷がひどく、回復したとしてもおそらく左目は光を失ってしまっているだろう。飛竜の手当てが一通り済んだ後、マリーリアが母屋に入ると、従兄が医師からそんな説明を受けていた。

「フォルビアで一体何が……」

 エドワルドと共に行動し、並はずれた武技を身に着けている彼が瀕死の重傷を負っているのだ。内情に詳しくない者でもフォルビアで何かが起こった事を容易に想像できた。そうなると、彼が仕えていたエドワルドと彼の家族の安否が気にかかる。

 マリーリアの気持ちも汲んで、従兄はすぐに何が起こっているのか調べるためにフォルビアへ人を送りこんだ。そして事実関係の確認の為に皇都とワールウェイド城へも使者を送ったのだ。




 アスターは5日間生死の境をさまよい、その間、マリーリアはつきっきりで看病をした。

「……お逃げ下さい……殿下……」

 彼はしきりに譫言うわごとでそう訴え、右手を差し伸べる。マリーリアはその手をそっと握った。

「アスター卿……」

 その呼び声に反応したのか、ピクリとまぶたが動いて彼は右目を開けた。

「……殿下」

「アスター卿」

 マリーリアの呼びかけに一瞬怪訝そうな表情となるが、ぼやけていた視界がはっきりとしてきたのだろう、手を握ってくれている相手がマリーリアであることに気付く。

「ここは……」

「ルバーブ村よ。ファルクレインが傷ついたあなたを運んできたの」

「……」

 混濁した記憶がはっきりとしてくると、アスターはハッとした表情となって体を起こそうとする。

「アスター卿?」

「行かねば……殿下が……」

 アスターは止めようとするマリーリアの手を振り払い、体を起こそうとするが力が入らない。それでもなお、歯を食いしばって体を起こそうとする。

「無理だわ、アスター卿。横になって」

 マリーリアは必死に起き上がろうとする彼を止める。

「行かないと……。殿下やフロリエ様が危ない……」

 マリーリアも負傷している相手に遠慮があり、寝台から身を乗り出した彼を力で留めることが出来ずに2人はもつれるようにして床に転がる。

「う……」

 アスターはマリーリアにのしかかるようにして倒れ込み、全身に走った激痛に思わずうめく。思った以上に体を動かすことが出来ない。幸いにしてマリーリアの体がクッションとなって強打せずに済んだ。

「だ……大丈夫?」

 マリーリアは慌てて体を起こし、のしかかったままのアスターを一度床に座らせてから寝台へ彼の体を持ち上げる。

「何故……」

「これだけの怪我をしているのよ、当たり前だわ。どこへ行こうというの?」

「フォルビアへ戻らなければ…。殿下がラグラスの兵に襲われた」

 彼はなおも必死に動こうとするが、マリーリアは内心の動揺を抑えながらそれを押し留める。

「だからって一人で動くこともできないのにどうするつもり? ファルクレインだって怪我をして飛べないのよ?」

「それでも行く」

「冗談じゃないわ! もうだめかもしれないと医者に言われたのに助かったのよ? それでも行くというのなら、私を倒してから行きなさいよ!」

「マリーリア……」

 マリーリアの剣幕にアスターは圧倒されて黙り込み、寝かしつけようとする彼女に大人しく従った。

「マリーリアの言う通りですぞ、アスター卿」

 気付けば戸口に村長のリカルドが立っている。先ほどのやり取りをずっと見ていたらしく、口元に笑みを浮かべている。

「従兄さん」

「リカルド殿……」

 マリーリアは驚いたように従兄をふり仰ぎ、アスターはもはや動く気力も無くなったようで、呆然としてルバーブ村の長の顔を見ている。

「今、フォルビアに送った部下が最初の知らせを持ってきました。フロリエ・ディア・フォルビアを先代女大公グロリア様と夫であるエドワルド殿下の殺害容疑で新大公ラグラスの名で手配されているとのことです」

「な……」

「嘘……」

 正に寝耳に水と言ったその知らせにアスターもマリーリアも言葉を失う。先に我に返ったアスターはやはり寝ていられないとばかりに再び体を起こそうとする。

「やはり行かないと……」

「無理をしてはいかん。貴公一人で何が出来るというのだ?」

「私は真実を知っている。ラグラスの好きにさせるわけにはいかない」

 アスターはエドワルド夫妻の危機を知り、いてもたってもいられなくなる。それをリカルドは手で制し、自分は寝台の脇にあった椅子に腰かける。

「ラグラス一人がそう申しているのであれば、貴公の証言でくつがえせるだろうが、此度は皇都で大殿も加担しておられる。きっと揉み消されてしまうであろう」

「ワールウェイド公が? それでもサントリナ公やブランドル公、それにハルベルト殿下は私の言葉に耳を傾けて下さるはず。その様な横暴を決してお許しにはならない筈です」

 アスターの答えにリカルドもマリーリアも沈痛な面持ちとなる。

「ハルベルト殿下は1ヶ月も前にお亡くなりになられた」

「な……」

 ハルベルトが他界しているのが紛れもない事実と聞かされ、アスターはその場で凍りつく。

「私も知らせを聞いたのは10日ほど前の事だわ。せめて葬儀に出席したいと願い出たのだけど、その時には既にゲオルグ殿下が喪主を務められて葬儀が終わっていたの」

「嘘だろう……」

 一番の身内であるエドワルドにハルベルトの死が隠ぺいされ、更には彼を無視して葬儀も終わらせていたのだ。アスターはいきどおりを感じずにはいられなかった。

「サントリナ公はご領地に戻っておられて不在。ハルベルト殿下が亡くなられた折に同行した護衛を率いていたのがブランドル家のご子息と言うことで、その責任を問われてブランドル公は謹慎を言い渡された。その隙に大殿は国権を掌握してしまわれた」

「……」

 アスターはもはや返す言葉がなかった。

「竜騎士は大殿の許可がなくては飛ぶことを許されなくなった。当初反対していた竜騎士達も次々に左遷されて反抗できなくなってしまったのだよ」

「私も今はここから出ることを禁止されているの。せめてカーマインだけには窮屈な思いをさせたくなくて裏山で遊ばせてはいるけれど……」

 マリーリアも言葉をつなぐが、最後は俯いてしまう。

「どうすれば……」

 さすがのアスターも言葉を失う。

「今は情報を集めている。ロベリアの竜騎士達も黙ってはいないだろうし、貴公は傷を治すことに専念なされた方が良い」

「……」

 それでもアスターは納得がいかない様子だったが、リカルドが言う通り体が思うように動かせない状態では何もできないのも確かだった。彼本来の冷静さを取り戻し、大人しく寝台に体を預ける。

「また新しい情報が入れば伝えよう。飛竜の事も気にせずに休まれるといい」

「ファルクレインは?」

「怪我をしていますが無事ですよ」

 リカルドはそう言うと立ち上がり、後をまたマリーリアに任せて部屋を出て行った。マリーリアはそっと濡らした布でアスターの汗ばんだ顔を拭いてくれる。ぎこちない手つきだったが、それでも心地よかった。

「これを飲んで」

 痛み止めらしき薬が入った器を口元へ持ってくると、アスターは逆らわずにそれを飲み干した。後味があまり良くないが、マリーリアはすぐに水を飲ませてくれる。何か礼を言いたかったが、全身が妙にだるかった。無理に動こうとした為に傷が開き、熱が出てきているのだろう。結局その後数日間、アスターは明確な意識を保つことが出来ない状態が続いたのだった。





 窓から差し込む朝の光でアスターは目を覚ました。彼は一つ欠伸をすると、女性向けの香が焚き染められた夜具を払い、ゆっくりと寝台から体を起こした。

彼が今いるのは、女性向けの家具が並べられた広い部屋で、異様な存在感を示す大きな衝立ついたてが部屋の中央に置かれている。その衝立の陰にも仮の寝台が置いてあり、この部屋の本来の主は今、そちらで寝起きしている。時間的に日課の鍛錬をしに出かけているのだろう、衝立の向こうには人の気配がない。

「あ、お目覚めですか。おはようございます、アスター卿」

 そこへ湯気の立つ朝食の皿が乗った盆を手に、この部屋の主であるマリーリアが入ってきた。カーマインを散歩に出した後、日課の鍛錬と神殿への参拝を済ませてきたのだろう。

「ああ、おはよう……」

 アスターは勤めてそっけなく答える。マリーリアはいつもの様に、寝台の傍のテーブルに朝食の盆を置き、衝立の反対側へ行くと汗をかいた服を着替え始める。この部屋に移って20日余り、一番居心地が悪い思いがする瞬間だった。

「……」

 シュルッと衣が擦れる音とともに、衝立からのびやかな白い腕が見え隠れする。エドワルドほどでないにしても、その方面で十分な経験を積んでいるはずのアスターは顔を赤らめ、あわてて視線をそらす。このままではいつかきっと、己の理性が吹っ飛んで彼女を押し倒してしまいかねない。

「アスター卿?」

 彼の内心の葛藤を知る由もなく、着替えを終えたマリーリアが衝立の陰から出てきた。

「顔が赤いわ。熱があるの?それともいつもの頭痛?」

 精彩を欠くアスターの態度にマリーリアは慌てた様子で傍に寄り、彼の額に手を当てる。更にグッと彼女は体が密着するほど寄ってくるのではらりと彼女の髪が彼の顔にかかり、柔らかな感触が体に当たる。

「い、いや、大丈夫……」

 狼狽ろうばいしつつアスターは慌てて応える。それでもマリーリアは急いでいつもの痛み止めの用意をする。あのひどい怪我をし、彼が左目を失ってから一月たったが、時折ひどい頭痛に襲われるようになっていた。医者もお手上げのようで、頭痛の時は痛み止めを服用して治まるのを待つしかなかった。

「だ、大丈夫だから……」

 アスターの看病をしているうちに最初のぎこちなさはもう無くなり、彼が止める間もなくマリーリアはてきぱきと薬の準備を整えてしまう。

「これ飲んで横になって」

 マリーリアは薬と水をアスターに手渡し、寝台の上の乱れた上掛けを直す。そしてもう一度そっと彼の額に触れる。

「熱は無い?」

「だ、大丈夫だから。用意してもらったけど、薬も必要ないから……」

 すぐ傍にマリーリアの顔が迫る。アスターは手渡された薬を慌ててマリーリアに返した。

「そう?」

「ああ」

 ぎこちなく笑い返すと彼女はようやく薬を元に戻した。寝台に座ったままだったアスターもゆっくりと寝台から降りて用意された食卓に着く。片目での生活にも慣れ、不意に起こる頭痛を除けば、日常生活に支障ない程度に彼は回復していた。

「そろそろ本当にヤバいな……」

 アスターが大丈夫だと分かると、マリーリアは彼の食事の妨げにならないように自分の領域である衝立の向こう側で何やらし始めた。アスターは小声でそっとつぶやきながら、少し冷めたスープを口に運ぶ。そして改めてこうなった経緯を思い返す。




 負傷して10日後、彼はようやくある程度の時間起きていられるようになった。そこで改めてあの日に何が起こったのかをリカルドとマリーリアに伝え、2人からは彼が寝ている間に届いたフォルビアの様子を教えてもらった。彼はラグラスのやり様に改めて腹が立ち、再起を誓った。

「朝早い時間とはいえ、フォルビアからここへファルクレインが来る間に姿を見た者がいないとは言い切れない。さらにこのことをこの村の者は皆知っている。ラグラスの一派がここへたどり着く前にと思い、村人達にはファルクレインは助からなかったと思い込ませた。密かに裏山にある山荘に移動させ、引き続き彼の治療にあたっている」

 ファルクレインの気配を感じず、落ち着かない様子のアスターにリカルドは先ずそう言って彼を安心させた。ラグラスはあの襲撃で彼が命を落としたと信じ、アスターも館で焼け死んだと公表していた。もし彼が生きていると知られれば、ラグラスはどんな手を使ってでも彼を殺そうとするだろう。自力で動くこともできない今、とにかく彼が生きていることを伏せておかねばならないとリカルドは力説する。

「私も死んだことにした方が良いとお考えか?」

「そうですな。村人達にはそう思い込ませた方が良いでしょう。ラグラスと手を結んでいる大殿に通じている者がいないとは限りませんからな」

 澄ました表情でリカルドは答える。確かにグスタフに知られれば、ラグラスには筒抜けになってしまうだろう。

「しかしリカルド殿、どうして貴公は私にここまで肩入れしてくださるのですか?ここはワールウェイド領、本来ならばワールウェイド公に従わなければならないのでは?」

 アスターの疑問はもっともな事だった。この村はワールウェイド領にあり、リカルドはグスタフの部下と言う立場となる。グスタフが全面的にラグラスを指示しているとなれば、その反対勢力となるアスターをかくまうことは主命に反する事だった。

「少なくとも人道的な良識を失ってはいないということです」

 リカルドはそう答え、さらに続ける。

「フォルビアでラグラスがあれだけ大々的に触れを出したにもかかわらず、フロリエ様やコリンシア様が見つからないのは同様な方々が多数おられるからだと私は確信しております。どう考えても彼の主張には無理があり、実情はどうなのか、皆わかっているのでしょう」

 リカルドはマリーリアが淹れたお茶でのどを潤し、一息入れる。

「ワールウェイド公はまだこの事をご存じないのか?」

「フォルビアで何が起こっているのか問い合わせたが、貴公の事は伏せておいた。正解だったな。いると分かれば止めを刺せと命じられかねない。」

 昨年の夏至祭にゲオルグを打ちのめしたこともあって、エドワルド同様にアスターもグスタフには相当恨まれていたはずだった。身動きできないのを幸いに、嬉々としてゲオルグ自身が止めを刺しに来るかもしれない。

「ゾッとしないな」

「とりあえず鎮魂の儀でも行えば、貴公が死んだと思ってもらえるだろう」

「私のですか?」

「明言はしない。私の家族だけで内々に行い、実質は葬儀に参加できなかったハルベルト殿下と襲撃で亡くなられた護衛の方々の冥福を祈り、エドワルド殿下ご一家のご無事を祈願しようと思う」

「それでは私はここで祈らせてもらいましょう」

 なかなか食えない方だとアスターは舌をまきながら、彼の考えに感心して頷いた。

「ただ、部屋を移動して頂かなくては。この部屋で貴公の看病を行っているのは一部の村人には知られてしまっている。鎮魂の儀が済んでも、普段使わない部屋に人の気配があればすぐにばれてしまうだろう。さて、どの部屋が良いか……」

 リカルドも思案する表情となる。怪我人の療養ができ、尚且つ限られた人間だけしか出入りできない部屋となると限られてくる。そこへ今まで大人しく控えていたマリーリアが口をはさむ。

「私の部屋はどうでしょう?」

「え?」

 思わず2人とも振り向いて彼女を見ていた。

「私が住んでいる離れなら十分な広さがありますし、鎮魂の儀の後に私が悲嘆してこもっている事にしてしまえば、食事を運んでもらっても違和感はありません。何よりもカーマインが側にいますから、不審者が近づいてもすぐにわかります」

「いくらなんでもそれはまずいだろう」

 アスターはあわてて反対をする。

「他にいい方法がございますか?」

「あのなぁ、私だって男だ。間違いが起こってからでは遅い」

「それほど元気になられるまでここにおられるつもりですか?」

 マリーリアに見事切り替えされて、アスターは思わず頭を抱える。

「ククク……これはマリーリアの勝ちだな、アスター卿」

 2人のやり取りを聞いていたリカルドは思わず笑い出す。

「しかし、いくらなんでも……」

「部屋の中央に仕切りを用意させ、予備の寝台を入れれば問題なかろう」

「そうですね、従兄上。大丈夫ですわ、アスター卿は紳士ですもの」

 澄まして答えるマリーリアに恨みがましい視線を送るが、彼女は見事に無視した。


……と言う事でアスターは生きています。



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