20 打開の糸口2
「エルフレート」
「は、はい」
ヒースに促されてようやく我に返り、居住まいを正すと、エルフレートは口を開いた。
「ロベリアを出て8日目に天候が悪くなり、海峡を渡るには危険と判断した船団長が近くの港で回復を待つと判断し、殿下も了承されました。そして港に向かっている最中に海賊に襲われている商船を発見し、殿下は救助を命じられました。
我々の存在に気付いた海賊はすぐに撤退し、安否を確認するために商船に近づきました。甲板の様子が十分確認できる距離まで近づいた時に矢が放たれ、それが殿下の左胸に……」
「な……」
ヒースを始め、タランテラ側は動揺を隠せない。顔色を失いながらもヒースは先を促した。
「私はすぐに駆け寄ろうとしましたが、背後にいた文官が剣で殿下を背中から刺し貫いていました。商船からは絶えず矢が射かけられ、船長はすぐに離脱を命じました。ところが、付き従っていた護衛艦は援護どころか行く手を阻み、身動きが取れなくなったところで逃げたはずの海賊船が戻ってきて兵がなだれ込んできました。斬っても、斬っても相手はひるむことなく向かって来ました。最後の最後まで抵抗したのですが、どうにもならず……」
エルフレートは声を詰まらせ、そして何かを思い出したのか、体が小刻みに震えだす。その震えがひどくなり、傍らに立っていたエヴィルの護衛が慌ててその体を支える。
「どうした?」
ヒースも腰を浮かせるが、それを使者が制し、今まで自分が座っていた席にエルフレートを座らせる。そして護衛が何かの薬を彼に飲ませた。
「後は私共から説明してよろしいか?」
「構いませんが、一体何が?」
ぐったりと座り込むエルフレートの様子はただ事ではない。ヒースは念のためバセットを呼ぶように命じ、話の続きを待つ。
「国主会議に先駆け、我が国は横行する海賊の討伐を海軍に命じていました。討伐は成功し、何隻かの船を拿捕しました。そのうちの一隻の海賊船の船底にある倉庫から捕われていた20名を救出しました。
全員負傷しており、8名は既に亡くなっていました。加えて中には怪しげな薬が焚き染められ、正気を保っている者は1人もいませんでした。その中の1人がエルフレート卿です」
「その薬とは?」
「思考を鈍らせる効果のある、非常に中毒性の強い薬です」
答えたのは使者ではなく、護衛として控えていた竜騎士だった。いまだ帽子を目深にかぶって顔が良く分からないが、声から判断するとまだ若そうだ。それでも伝わる竜気から上級の騎士だろうと推測した。
「使者殿、話の途中で悪いが、彼は?」
「ああ、ご紹介が遅れましたな。彼は我が国で雇った傭兵のレイド卿。若いながらも腕は確かで、薬学の知識も併せ持っているので今回同行してもらいました」
「よろしくお願いします」
紹介された護衛は帽子を取り、集まった一同に頭を下げる。成人したばかりだろうか、思った以上に若い。
「雁首揃えてどうしたんじゃ?」
そこへ呼びに行ったバセットが応接間に入ってきた。怪訝そうな彼にエルフレートを診てもらうが、先ほどの薬が効いたのか落ち着きは取り戻している。更に窮屈になるが、事情を説明してこのまま彼にも付き合ってもらう事にする。
「また、厄介なものを使いおって」
バセットはエルフレートの状態を確認しながらブツブツ文句を言っている。時間がかかりそうなので、使者には話を続けてもらう。
「存命していた12名も重傷でろくな手当も受けていなかったために感染症にかかっておりました。帰港するまでに3名が亡くなり、その後も治療のかいなく2名が亡くなりました。薬の影響は思った以上に強く、回復したのは彼の他に2名だけでした」
「他は?」
「生きてはいます。しかし、寝たきりの状態で言葉も発せず、誰かに世話をしてもらわなければ生きていけない状態です」
状況からして仲間として共に戦った事もある竜騎士達なのだろう。ヒースはあまりの惨さに言葉を失う。
「量を迷ったか、わざとなのか。適量を大幅に超えて使用したのかもしれんな」
レイドからエルフレートに使用した薬を見せてもらいながらバセットが口を挟む。落ち着いたエルフレートは何か言いた気にしているが、それでも口を挟むのを我慢している様子だった。
「彼らの身元が判明したのは保護してから1ヶ月経っており、タランテラからは既に殿下と共に護衛は全滅だったと発表されていました。改めて確認したところ殿下の乗っておられた船は座礁して航行不能となっていたところを通りかかった商船に発見されたそうです。数名の文官が救助され、海賊に遭遇して抵抗した者は皆殺されたと証言し、殿下の遺体と共にその商船がタランテラまで送って行ったそうです」
「エルフレートの証言と違うな」
「そうですね。ワールウェイド公が昨年、謹慎を申し付けられていたのは我々も聞き及んでおります。それにもかかわらず、ハルベルト殿下が亡くなられて1ヶ月ほどで国政を掌握していた事に驚きました。エドワルド殿下も亡くなったと聞き及び、あまりにも彼の都合の良い様に事態が動いていることに不審感を抱きました。
そしてそれを裏付ける様に、エルフレート卿が目撃した商船と文官を救助した商船の特徴が一致したのです」
「それはどこの船ですか?」
「カルネイロ商会の金鯨号です」
使者の答えに誰もが驚くよりもやはりと思った。グスタフが商会と親密なのは周知の事実だった。
「勿論、それを指摘したところで見間違いだと一蹴されるのは目に見えております。それに他国の内情に干渉するのは許されていません。ですが、どうしてもこの件を放置できませんでした。国元で協議を重ね、密かにエルフレート卿を送り届ける方策を考えました。そして今回、このような形でお連れした次第でございます」
「ありがとうございます。仲間を助けていただいて感謝します」
エヴィルの神がかり的な対応に深く感謝してヒースが頭を下げると、居合わせた全員がそれに続く。使者とレイドは驚いたようにその光景を眺めていた。
「許される範囲で構わないのですが、助力の方策を練る為にもこちらの状況を教えて頂けないでしょうか?」
助力を得られるならば、ヒースに断る理由などない。傍らの総督を一瞥すると彼も頷いたので、恥を承知で現状を伝える。
「我々がハルベルト殿下の訃報を知ったのは皇都で葬儀が終わってからだ。しかも弟であるエドワルド殿下にも知らされていなかった」
ヒースはそう言ってこの1ヶ月あまりの出来事を簡潔に説明する。伝わっている内容と大きく異なる事実に使者も驚き、そのやり口に怒りを露わにした。
「それでは、エドワルド殿下は……」
「生きておられる。だが、救出の目途は立ってない。それに加えて奥方様と姫様の行方も未だに分かっていない。トロストに気付かれない範囲で人を送り込んではいるが、なかなかはかどっていないのが現状だ」
何しろやることが多すぎて手が回っていないのが現状だった。
「逃げ道を封じるにしても、村を丸ごと焼き払うなんてやり方があまりにも悪辣すぎます」
「不審に思いましたがここまでとは……」
まだ顔色の優れないエルフレートは初めて知り得た内情に怒りを露わにし、使者もその現状に言葉を無くす。
「先日、我が国へ『死神の手』と呼ばれる傭兵団が入ったとの情報が寄せられました。正規のフォルビア騎士団がラグラスに逆らえないと言われていても、村を襲えと命じられても実行は出来ないと断言できます。おそらく、その件はその傭兵団によるものとみております」
「『死神の手』ですと?」
使者は驚いた様子で声を上げる。エヴィルには様々な傭兵が出入りし、大きな傭兵団の中には本拠地を置いているところもある。必然的にそういった情報には詳しくなり、エヴィルからの紹介状を持つ傭兵は引く手も数多となる。逆に『死神の手』はその非道さと謎の部分も相まって、最も危険な一団と位置付けられていた。
「実態が分かっていない分、厄介な連中です。彼らが現れた国は衰退するとまで言われています」
「実態が分かっていないって……」
「特別な伝手が必要とまでは分かっております。しかし、その方法どころか構成する人員の数も分かっておりません」
これだけ危険だと認識されている彼らが一向に衰退しないのは、何か大きな後ろ盾がある証拠なのだろう。今回、タランテラでラグラスに、延いてはグスタフに雇われたという事は自ずとその後ろ盾も分かってくるだろう。
だが、これらは全て憶測である。『死神の手』がタランテラに居ることも、その彼等を雇ったのがグスタフであることもまだ憶測の領域を出ていない。それらを調べ上げるには時間が必要だった。
「正直に言いまして、時間がありません。届いたばかりの情報ですが、近々国主選定の会議が開かれます。そうなりますと、最早誰にも止められなくなります」
「団長!」
これには誰もが驚き、竜騎士達は思わず声を上げる。いきり立つ彼らをヒースは片手を上げて制した。
「ヒース卿、先程も申し上げた通り、我が国は表立っての支援が出来ません。そこで、そちらの了承を得られれば、さきほど紹介したレイド卿を残していこうと思っております」
「レイド卿を?」
使者の申し出に驚き、若い竜騎士に視線を向ける。エヴィルからの紹介と合わせ、伝わってくる竜気から実力は申し分ないだろう。確かに今の彼等には優秀な人員が必要だ。だが、どこまで信用出来るかが問題だった。
「正規の団員ではありませんから、すぐには信じて頂けないのも当然です。ですが、あなた方の不利益にはならないと、私の相棒イルシオンの翼に誓いましょう」
竜騎士ならでは誓いに、この一月余りで随分と疑り深くなってしまったと少しだけ反省したヒースは納得する。周囲を見渡すと、皆も納得している様子だった。
「分かりました。ご助力、感謝します」
ヒースは立ち上がると、先ずは使者に手を差し出す。使者もその手を取って握手を交わし、続けてレイドとも握手する。書面はまだだが、これで契約は成立した。
そこへ侍官が客間の用意が整ったと伝えに来た。タランテラ側はまだまだ協議が必要だが、遠方から来て疲れている客人には休息が必要である。
「そうですな。必要なお話を伺えましたし、今日はこれで休ませて頂きます。明日にでも障りのない程度で今後の方針をお聞かせいただければ十分です」
「レイド卿は如何されますか?」
「私は大丈夫です。皆様の邪魔にならなければ同席させて下さい」
長旅の影響はないらしい。ならば付き合ってもらおうと判断するが、この後は夜を徹しても結論を出さなければならない。おまけにこの密集状態では時間をかけてもいい案が出てくるとは限らない。
「よし、一旦休憩にする。食事を済ませ、会議室に集合。その間、各々の考えをまとめておくように」
ヒースがそう決断を下すと、全員から了承の返答がある。ヒースが頷くとあっという間に応接間から退出していく。侍官に使者の案内を頼むと、残ったのはヒースとエルフレートとレイド、バセットだけとなる。
「それにしても、良く助かったな」
「自分でもそう思います。ですが、自分が助かって良かったのか……」
ヒースがエルフレートに声をかけると彼は表情を曇らせ項垂れる。
「馬鹿野郎、そんな事を言うな。少し日数はかかるが、戻ってきた事、家族に知らせる手紙を書け」
「はい……」
「今日は無理しなくていいぞ」
「いえ、参加します。自分の罪を償うためにも、何かしら役に立たせてください」
エルフレートの返答にヒースは深くため息をつく。
「あのな、罪をどうこう言うのは後回しだ。今は救えるものを救うのが先だ。頼まれなくてもこき使うから覚悟しておけよ」
ヒースはそう言ってエルフレートの肩を叩くと皆を促して応接間を後にする。部下達にああいった手前、遅れた上に何も案を出さないわけにはいかない。バセットが2人の案内を引き受けてくれたので、ヒースは一旦自分の執務室へ移動した。
執務室には既に軽食が用意されていた。それを摘まみながら今日知り得た情報を整理していく。
まずは来月、皇都からゲオルグがフォルビアにやってくる。派手好きなラグラスの事だから盛大に歓迎するだろう。グロリアの墓参が目的だが、ラグラスも行きたがらないだろうし、ちゃんと墓参りするとは考えにくい。滞在期間中は城から出てこないとなると、かえって警護は厳重になる可能性が高い。
これが終わると国主選定会議となる。フォルビア公気取りのラグラスも出席する為に皇都に向かうはずで、そうなると城の警備も薄くなる。この時であればエドワルドを救出できるのではないだろうか? 勿論、その後は皇都に向かい、彼の存命を明かして会議を阻止しなければならない。時間との戦いになる。もう少し情報が欲しい所だった。
「団長、そろそろ会議室にお願いします」
「ああ、わかった」
侍官の呼びかける声で我に返る。思った以上に時間が経っていたらしい。ヒースはほとんど手付かずの軽食をそのままにし、慌てて会議室に向かった。
食事を終えたエルフレートがレイドと共に会議室に行くと、既に大半が集まっていた。客人扱いなのだろうか、割と上座に近い席があてがわれる。生真面目な者は近隣の仲間と意見を交換しており、それを聞き流しながら会議が始まるのを待つ。
「団長、遅いな」
誰かがポツリと言う。気付けばヒース以外は全員揃っている。ふと、彼が大隊長だった頃の事を思い出す。
「情報を整理しているんだろう。もしかしたら何か考えがまとまっているかもしれない」
エルフレートは呟いたつもりだったが、思った以上に声は届いていたらしく、注目を浴びていた。少し気恥ずかしくなり、わざとらしく咳ばらいをすると、呼びに行った方がいいかも知れないと付け加える。それを聞いたクレストが侍官を呼んでヒースを呼びに行かせていた。
「遅れてすまん」
暫くしてヒースが慌てた様に会議室に入ってきた。予想通り色々と考え込んでいたらしい。一同に謝罪を入れると、届いたばかりの情報も含めて一通り状況の説明をする。
「本当に来るんですか?」
ゲオルグがグロリアの墓参りに来ると聞き、思わず聞き返していた。怠惰なあの皇子がわざわざフォルビアまで来るとは到底信じられなかった。
「フォルビアには来るだろう。当人が来なくても、親族達の造反が噂されている現状では、ラグラスは自分の地位を確たるものにするためにも皇都からの客を歓待せざるを得ない。当の本人はともかく、周囲は他の事にかまっている余裕はないはずだ」
「城の警備が強化されてしまいますね。余計に近づきにくくなります」
クレストが眉を顰めると、ヒースも頷く。
「確かにそうだ。だが、これが終われば皇都で選定会議がある。バカ皇子を見送ったらフォルビア公気取りの奴も皇都へ向かうはずだ。そうなれば城の警備は多少なりとも緩くなる。この折に殿下を救出出来ればと考えている」
ヒースの提案に一同は考え込む。確かに『死神の手』の存在が噂され、つけ入る隙の無い現状ではそれが最善の策のような気もする。
「殿下のお体次第だが、すぐに飛竜で向かえば選定会議を阻止できる」
一番の問題はエドワルドが今、どんな状態なのか全くと言っていいほど情報が入ってこない点だ。こちらでいくら作戦を立てていても、彼の状態次第ではその通りに進めない可能性が有る。
「どうやって兵を送り込むかだが……」
「盗賊の捜索の名目で送り込めませんか?」
ヒースが思案していると、竜騎士の1人が提案してくる。
「そうだな。奴はそれどころではないと突っぱねるだろう。そこからこちらで捜索は引き受ける方向にもっていけるかもしれないな。聖域側からすこしずつ北上させよう。正神殿のご厚意で神官に同行させた奴からはまだ連絡がない。これで少しでも奥方様達の行方が分かればいいのだが……」
皆、神妙な表情でうなずいている。だが、エルフレートは懐疑的だった。着の身着のままの女性と子供が1ヶ月以上もたえられるだろうか? 後ろ向きな発言は控えた方がいいと分かっていても、つい口からこぼれ出てしまう。
「しかし、本当に……」
「お前が疑うのは仕方ない。だが、ティムがいる限り、奥方様と姫様を飢えさせることは無いとルークが断言している。俺達はそれを信じている。望みが残っているのなら、たとえ僅かでも諦めるわけにはいかないだろう?」
「……」
「あの男の思い通りにさせない」
「権力だけで俺達を縛ることは出来ない事を思い知らせてやろうぜ」
ヒースの言葉に竜騎士達が呼応する。現実問題としてそう簡単な事ではないのだが、それでもここで諦めてしまえば、この国の正義は潰えてしまう。それが分かっているからこそ、例え空元気でも声を上げずにはいられないのだろう。会議室は竜騎士特有の熱い空気に包まれる。
「レイド卿、使者殿はフォルビアにも行かれるのだろうか?」
「はい。私も護衛として同行する予定です」
レイドの返答にヒースは少しだけ考え込む。会議室が静まり返る中、徐に顔を上げる。
「クレスト、案内役として同行してくれ。こちらが兵を送り込んで捜索出来るよう、うまく交渉してくれ」
「分かりました」
ヒースの要請にクレストは快諾する。
「兵団長は捜索の人選を頼む。同意を得られ次第フォルビア南部へ向かってくれ。手の空いている竜騎士も参加。ハンスは事の次第をリーガスに伝えろ」
「了解です」
その後、細かい打ち合わせを済むと会議はお開きとなった。応接間の時同様、ヒースが会議の終了を告げると、あっという間に部屋から人が居なくなった。あまりの速さにエルフレートはまたもやポカンと見送るしかなかった。
「タランテラではこれが標準なのですか?」
「いえ、第1騎士団ではここまで速くは……」
同様に取り残されたレイドに聞かれ、エルフレートは力なく首をふる。
「前の副団長の指導の賜物だな」
苦笑しながら答えたのはヒースだった。第3騎士団の前の副団長はアスター。鬼の副団長と呼ばれていた彼は、時間に非常に厳しかった。その名残からか、何をするにしても迅速な行動が身に付いていたのだ。
「そうですか……」
先ほどの会議の中でそのアスターも他界したと聞かされていた。目の前にいる現団長は彼の親友だった。1年前、夏至祭の翌日に鍛錬場で行われた2人の試合を思い出す。鮮やかな剣劇が脳裏に蘇った。
「レイド卿、遅くまでお付き合いありがとうございます。今日はもう休んでください。部屋へ案内させます」
「ありがとうございます。では、失礼します」
待機していた侍官に案内されてレイドは会議室を出て行った。ヒースはエルフレート共にその背中を見送ると、彼を促して会議室を後にする。
「悪いが、ちょっと付き合ってくれ」
「ああ、構わない」
体は疲れていたが、なんだか目が冴えて眠れそうにもない。エルフレートはヒースの誘いに応じた。
「まあ、飲んでくれ」
移動した先はヒースの執務室だった。彼は自領で作られたエールの杯をエルフレートに差し出す。色々ありすぎて飲まなきゃやってられない心境は同じだったので、エルフレートも有り難く頂く事にした。
「ハルベルト殿下に」
2人にとって、ハルベルトは憧れの上官だった。彼の元で討伐に参加できることをずっと誇りに思い、国主となった彼に仕えるのを待ち望んでいたが、それはもう叶わない。彼らは亡き人に杯を捧げ、中身を飲み干した。
ずっと療養生活を送っていたので、酒を飲むのは久しぶりだった。たちまち酒精が回ってくる。
「あの、レイド卿は何者なんだ?」
何杯か空けたところでヒースが尋ねて来る。
「俺も知らない。ただ、詮索はしないでくれと言われている」
「そうか……」
「道中の雰囲気からしてもどこかの正規の騎士団に所属しているかもしれない」
「エヴィルのか?」
「ブランカの口ぶりからすると、違うと思う」
何分、エルフレートもエヴィルの軍関係者全員と顔を合わせたわけではないので、言い切れるほど強くは否定できない。
「ブランカって、あの?」
「ああ。命の恩人だ」
「そうか……エヴィルの姫提督に助けられたのか」
ヒースの言葉にエルフレートは目が点になる。
「え? ヒメテイトク?」
「知らなかったのか? 現外相の孫で、エヴィル史上最年少で提督になったのは有名だぞ」
「いや、だって、彼は……あれ?」
「おいおい」
ヒースの呆れた視線にも気付かず、エルフレートは頭を抱える。
「嘘、だろう……。一体、どんな顔をして会えばいいんだ?」
全てが終わったら改めて礼を言いに行こうと考えていたエルフレートは、判明した事実に打ちひしがれていた。