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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
67/156

17 恩と怨1

フロリエの記憶がほぼ戻ったと言う事で、今回からフロリエサイドの話を進める際には彼女の名前を本名のフレアと表記します。

タランテラ側ではまだ彼女の名前が判明していないので、今まで通りフロリエとなります。

紛らわしいですが、ご了承ください。



 アレスがラトリ村にある自分の家に帰ったのは真夜中を過ぎてからだった。

助けた姉のフレアを村に連れ戻ると、村の長老で医術の研鑽けんさんをしている祖父に流産の恐れがある彼女を預けた。その後はすぐに捕えた盗賊の残党を連行する為にレイドと村に待機していた他の竜騎士を連れて姉達が野営していたあの洞窟の場所まで戻り、盗賊達を即席の牢屋に閉じ込めた。

 ただ、竜騎士2人と小竜が追ったにもかかわらず、頭目とその取り巻き2名は捕えることが出来なかった。小竜達の縄張りの外へ行ってしまったうえに、下端の手下を捨て駒にして逃げおおせてしまったのだ。

 捕えた盗賊達を一通り尋問し、野営に使っていた洞窟を片付けて村に戻り、飛竜を宿舎にある竜舎に預けてから上司でもある団長に一通りの報告を済ませて帰ってきたのがこの時間だった。さすがに体は疲れていたが、姉の容体だけでなく、彼女の3人の連れの具合も気になってすぐに休む気分ではなかった。

「若……」

 母屋の玄関に入ると、診療所がある離れに続く廊下から爺やのバトスが声をかけてきた。言葉数の少ない彼の意を読むと、どうやらお帰りなさいと言ってくれているようだ。

「フレアの容体は?」

「旦那様……」

 どうやら祖父がつきっきりで処置にあたっているようだ。手が離せないところを見ると、容体はかんばしくないらしい。

「マルトは?」

 とにかくちゃんと会話が成立する相手が欲しかった。疲れていることもあってバトスの単語から全てを理解するのが面倒くさい。

「お嬢ちゃん……」

 どうやらフレアがコリンと呼んだ子供の看病をしているのだろう。すると同道していた女性はアイリーンが診て、重傷だった少年は祖父の弟子であるグルースが診ているのだろう。悲しいことに彼が全てを語らなくてもそこまで分かってしまう。

「若、お帰りなさい」

 助かったことに、そこへ2階からアイリーンが降りてきた。

「アイリーン、ちょうどよかった。どんな状況か教えてくれ」

 アレスは助かったとばかりに彼女に救いを求め、落ち着いて話を聞くのに母屋の居間へと移動する。バトスは黙って2人にお茶を用意して部屋を後にする。

「私はずっとオリガと言う女性についていました。彼女は盗賊達に襲われそうになったときに体にいくつかの擦り傷と打撲をうけています。それから頬を叩かれたのでしょう、口の中を少し切っています。ただ、あのような目にあったというのに気丈な方で、他の3人の事をたいそう気にしておいででした」

 アイリーンは疲れたような表情でバトスが淹れてくれたお茶を口にする。

「彼女が言うには、子供はコリンシアと言う名前で、フレア様のお子だそうです」

「え?」

「正確にはご夫君の連れ子ですが、本当の親子の様に互いを思いあっていると……」

「……」

 姉に子供が出来ているということは、相手がいるということだが、まさか結婚までしているとは思い至らなかった。

「あの子の世話をしたがっていたのですが、長旅で疲れているだろうし、何よりもあのような目にあったのですから、休むようにさとしました」

「そうか……」

 気丈な人だと思うが、村について気が緩めばおそらく体調を崩してしまうだろう。アイリーンもそれを懸念しているようだ。

「少年はティムと言って彼女の弟だそうです」

 状況から判断して、別行動していた彼は3人の危機に気付いてたった一人で盗賊達に立ち向かっていったようだ。不利なのは十分わかっていただろうに、それでも立ち向かっていく姿勢は見事だ。チラリとみて気付いたが、高い資質を持っている。将来、優秀な竜騎士になるのは間違いないだろう。

 アイリーンも色々と話を聞きたい衝動をぐっとこらえ、オリガを休ませるために鎮静剤を処方して彼女を眠らせたのだ。どういった経緯であの場所に来ていたのか不明だが、身の回りの物も僅かでアイリーンは急いで彼等の身の回りの品を取りそろえたらしい。そしてもう一度オリガの様子を確認して降りてきたところだったようだ。

 そこへ扉をたたく音がしてバトスが入ってきた。

「フレアの容体に変化があったのか?」

 彼は首を振るとアイリーンを見つめ、一言呟いた。

「マルト……」

 どうやら子供の看病を代わってもらいたいらしい。

「分かったわ」

 彼女も彼と付き合いが長い分、おおよその言いたいことがわかるらしい。アレスに頭を下げると席を立ち、子供が寝かされている部屋に向かった。

 次は子供の様子が聞けるのかなと思いながら、アレスはお茶のお代わりをバトスに注いでもらう。居心地のいいクッションに埋もれながら座っていると、そのまま眠ってしまいそうだった。

「帰っていたのか?」

 居間に入ってきたのは彼の母方の祖父で、この村の長老でもあるペドロだった。70を過ぎた現在でも賢者として日々医術と薬学の研鑽を重ねる毎日を過ごしている。悪い右足を引きずる様にして歩き、いつもの席に座る。

 アレスがフレアを連れ帰ってからつきっきりで処置にあたっていた彼の顔には、さすがに疲労の色が濃く浮き出ていた。バトスはそんな彼にもそっとお茶を用意する。

「祖父さん、フレアは?」

「……芳しくないな」

「やはり彼女は?」

「身ごもっておる。おそらくは3ヶ月といったところだろう」

 行方不明であった孫娘が帰ってきたのがうれしい半面、そういった事実に戸惑いを隠せない。アレスとて同じ気持ちだった。

「助かるよね?」

「今は何とも言えぬ」

 楽観はできない状況にあるようだった。

「あの……」

 声を掛けられて振り向くと、戸口にオリガが立っている。盗賊にはたかれた左ほおはまだ少し腫れ、やはり疲れが出たのか顔色が悪く、表情が冴えない。

「まだ横になっていないといかん」

 ペドロがそう声をかけ、バトスが戸口に座り込んだ彼女に手を貸して立たせる。

「いえ、大丈夫です」

 とてもそうは見えないから声をかけたのだが、彼女は頭を振って薬の影響をはらい、部屋に入ってきた。

「状況をご説明申し上げた方が良いと思いまして……」

「確かにここに至った経緯を知りたいとは思う」

「だが貴女は疲れすぎている。今は体を休め元気になられたら全てをうかがおうと思う」

 アレスとペドロが諭すようにそう言い、バトスも彼女に温和な笑みを向ける。だが、オリガも必死だった。あれから既に1月が経過している。敬愛するエドワルドの安否はもちろん、ルークや第3騎士団の人達は自分たちを心配して必死に探している事だろう。そして何よりもフレアにかけられている濡れ衣を晴らさなければならなかった。

「全てをお話しします。そうでないと、ゆっくり休むこともできません」

 結局、彼女の必死さにアレスもペドロも折れる形となった。彼女が楽に座れるようにソファのクッションを整え、バトスはもう一度3人にお茶を用意して部屋を後にした。




「私は、フォルビア女大公フロリエ様にお仕えするオリガと申します」

「フロリエってフレアの事か?」

 盗賊達から救出した時に、アレスは彼女が姉の事をそう呼んでいたことを思い出す。

「はい。1年半前、当時のロベリア総督エドワルド殿下が妖魔に襲われておられたあの方をお助けになり、先代の女大公グロリア様の元へお預けになられました。そしてご記憶の無かったあの方にグロリア様がそう名付けられたのです」

 オリガは後から伝え聞いたことも含め、フレアがグロリアの元に身を寄せることになった経緯をよどみなく語り始めた。そして正式に彼女がグロリアの話し相手に決まった時に、身の回りの世話をするために自分が選ばれたことも付け加えた。

「彼女は小竜を連れていたはずだが?」

 アレスはふと思い出したように口をはさむ。フレアがこの村に住んでいた時には、彼が手懐けた小竜を頼りに生活していた。行方不明になった時も、そういった一匹を連れていたはずだった。

「殿下や同行しておられた第3騎士団の方々のお話では、気を失われたあの方を最後まで守ろうとした小竜がいたそうです。ひどい怪我をしていて、殿下が彼女を助けると約束したとたんに力尽きたそうです」

「そうか……」

「殿下のお計らいで亡骸はロベリアの竜塚に葬られました」

「手厚く葬ってくれたのだな」

 フレアを助けたのがタランテラ皇家の人間と聞いて、アレスは少し顔をしかめていた。しかしながら、彼のこの対応には心から感謝するほど手厚いものだった。

「夏至祭で皇都に赴かれた折には、殿下はあの方の為にと小竜のルルーをあがなって参られました。フロリエ様……フレア様は大変喜ばれ、殿下に感謝しておられました。これでようやく人並みの生活ができると……。そしてこの頃から持病で外出もままならないグロリア様に代わってフレア様が近隣の視察に赴かれるようになったのです」

 オリガはお茶を飲んで一息つくと話を続ける。秋には紅斑病に倒れたコリンシアをエドワルドと2人で看病し、そして真冬の討伐の折に紫尾しびの蹴爪にかけられて重傷を負ったエドワルドをフレアが献身的に看護したことも語った。3人でいる時はとても幸せそうに見えたが、実のところフレアがひどく悩んでいる様子だったことも付け加えた。

「殿下がロベリアに戻られて半月ほどたったのち、グロリア様が持病の大きな発作を起こされて倒れられました。連絡を受けた殿下が真っ先に駆けつけられましたが、他の親族方は日が暮れてから参られました。しかもグロリア様が倒れられたのを喜んでおられたのです。お館に来られてもお祝いの様に騒がれて、それをたしなめようとしたフレア様を邪険に扱われる有様でございました」

 オリガはこの事を今でもひどく腹を立てているようで、必然的に口調が厳しいものになっている。この頃にはアレスもペドロも横から口を挟まずに彼女の話をじっと聞いていた。

「この時は持ち直されてグロリア様は助かりましたが、それでも寝台から起き上がられることが出来なくなってしまわれたのです。ロベリアより来ていただいたお医者様や家令のオルティスさんにフレア様、もちろん私や他の侍女方も交代でグロリア様の看病をいたしました。特にフレア様の献身ぶりは誰もが目を見張るものがございました。そんな中、グロリア様はフレア様を自分の養女にすると発表なさいました。おそらくこの時にはもうご自分の後を継がせる決心をなさっていたのでしょう」

 オリガは疲れたようにもう一度お茶を口にする。

「大体の事は分かった。もう休んではどうかね?」

 見かねたペドロがそう提案する。

「いえ、大丈夫です」

 オリガはそう答えると、話を続ける。フレアがグロリアの養女となり、エドワルド主催の新年祭に招かれたこと。夢のような時間を2人で共に過ごし、互いの気持ちを確かめ合って婚約したこと。そしてその夜が明けきらないうちにグロリア危篤の知らせが来たことを語った。

「お館に着いたお2人がグロリア様の元に駆けつけると、寝室に皆が集められました。皆が揃うと、呼ばれていた神官長の采配のもと、殿下とフレア様は組み紐を交わされました。そしてお2人を祝福されてグロリア様はお亡くなりになられたのでございます」

 オリガは今思い出しても悲しさが込み上げてくるのだろう。涙ぐみながらフレアが結婚した経緯を語った。そして葬儀までの間に行われた親族たちの横暴ぶりも……。

「葬儀が行われた晩に遺言状の公開が行われました。その場でフレア様がコリンシア様の成人までフォルビアの当主になることが公表されたのでございます」

「それは……御親族方も黙っていなかったのでは?」

 親族達の有様を聞いたばかりだったので、アレスは心配になって尋ねる。

「ええ……。フレア様は口にしたくないような暴言をご親族方からお受けになられました。しかしながらエドワルド殿下はしっかりと奥方様を守られ、更には皇都からは殿下の兄君であらされるハルベルト殿下がご同席しておられました。更には国の重鎮を務められるサントリナ公とブランドル公もおられたので、その場はそれで静まり、今後はご夫婦でフォルビアを共同統治することとなったのでございます」

「なるほど。国の中枢を担う人物を味方にしたのか」

 納得したようにアレスが呟いた。

「殿下は正式にロベリア総督を辞任なさると、本腰を入れてフォルビアの改革に着手されました。実権を握っていたご親族方を全員更迭し、それまでその下で実務を取り仕切っていた人たちをそれぞれの責任者に任命いたしました。

 更には今までご親族方が繰り返し行ってきた横領の事実を詳細に突き止め、全員に期日を設けて返還するように求められました。今まで奥方様をさんざん邪険に扱ってきた仕返しに少し懲らしめてやろうと思われていたのかもしれません。返還できなかった場合は財産を没収するという脅しも殿下は忘れませんでした」

 その一方で一家はフォルビアの城に居を移し、忙しいながらも幸せな日々を過ごしていたこと、皇都からは多くの祝いの品々が届けられたことを語った。

「しかしながら、殿下の姉君でサントリナ公の奥方様であるソフィア様がこのご結婚に反対なされておいででした。その事でサントリナ公とソフィア様のご夫婦仲が悪くなり、更には離婚の危機とも伝えられました。フレア様はそのことで大変心を痛めておいででした」

 心の優しい彼女らしいとアレスは思いながらオリガに先を促した。

「それで、親族たちはそのまま黙ってはいなかったのだね?」

「はい……」

 オリガは頷くと、グロリアの墓参に行った経緯と宿泊した神殿で受けたハルベルトの訃報、そして嵐の中館に戻る途中に襲撃を受けたことを語る。

「そしてリラ湖のほとりにある村で船を借りようとしたのですが、すでに村は襲撃を受けて皆……。壊されていなかった小船を一艘湖に押し出していた時に追手が現れ、殿下は奥方様やコリンシア様を私達に託し、1人で兵士達に立ち向かっていきました」

 オリガの眼からは涙があふれる。彼女はしばらく沈黙したのち再び口を開いた。船が人気のない岸に着き、とにかく道なき道を歩いて東に向かったこと、2日後の夜にようやくペラルゴ村に着き、村人たちに手厚くもてなされたことを話した。

「雨で出立を1日延ばしたのですが、その日の夕方にラグラスの部下がこの村にお触れを持ってきたのです。信じられないことにグロリア様とエドワルド殿下をフレア様が殺したと濡れ衣を着せられ、新たなフォルビア公にラグラスが選ばれたと……」

「馬鹿な……」

 アレスは思わず立ち上がる。

「アレス、座りなさい」

 さすが年の功だけあってペドロは落ち着いていた。それでも事の重大さに顔色を失っている。

「村の方々は私達が何者か知っていてもかくまってくださいました。ロベリアに使いを出し、それまで村に留まる事を進めてもくれたのです。ですが……いくら彼等がかくまってくださっても、コリンシア様の髪は目立ってしまいます。フレア様はそれを指摘したうえで累が村人たちにも及ぶことを懸念して断り、私達はさらに東を目指しました。ですが……」

 オリガは俯きながらフォルビアとロベリアの境に検問所が設けられ、厳しい検問が行われていたこと、フォルビアをこのまま出ることを断念せざるを得なかった事を語った。そして……そんな中でフレアが記憶を取り戻しつつあり、彼女の故郷を目指す経緯も話した。

「湿地にかかる前にフレア様のご懐妊を知りました。負担になるからと弟には黙っていてほしいと気を使ってくださいましたが、状況が状況なので弟にはそれとなく伝えておきました。湿地を何とか渡りきり、山に差し掛かったころには皆、疲れ果てていました。そしてご存知のようにあの場所に着いたところでコリン様がお倒れになってしまわれたのです。状況が良くなるはずもなく、どうすることもできずにあの場所で2日過ごしました。助けて頂いて本当に感謝しております」

 オリガは深々と頭を下げた。

「詳細は分かった。どのように対処するか、他の村長達とも協議して決めたいと思う。分かっていると思うが、ここは礎の里の管理下にある。あちらの許可がなければ我らは何もできぬ。他国の内政に干渉するなど到底かなわぬ」

 ペドロは優しい口調でオリガに語りかける。

「はい……。ですが、せめて私たちが無事であることをロベリアの騎士団にお伝えしたいのですが……」

「今はできない」

 アレスは冷たく言い放つ。

「アレス……」

 ペドロが孫をたしなめるが、構わず彼は続ける。

「濡れ衣とはいえ、フレアは追われる身だ。ここにいると分かれば、タランテラは引き渡しを求めてくるだろう。先に言った通りここは礎の里の管理下にある。我らが反対しても向こうが認めてしまえばそれまでだ。抵抗しようにも正規の騎士団が本気でここを攻めてくればひとたまりもない」

「内密に知らせるだけでいいのです」

「無理だろう。いくら秘密にしたって隠し通せる可能性は低い。ならば知らせないのが一番だ」

「そんな……」

 あまりにも冷たい言葉にオリガは絶句する。

「話は分かった。俺達は祖父さん達の決定に従う」

 彼はそういうと、一つ伸びをして居間を出て行ってしまう。

「……」

「もう少し言葉を選べばよいものを……」

 ペドロは一つため息をつくと、茶器に残る冷めたお茶を飲み干した。

「言葉が悪かったが、あれが言うのは本当の事だ。我らは村を守ることを一番に考える。そなた達がタランテラの事を考えるのと同じように。しかしながらそなた達姉弟にはここに至るまでにフレアが大変世話になったようだ。悪い様にはしないが、期待はしすぎぬように裁定を待ってもらえぬか?」

 長老だけあってペドロは絶望するオリガに優しく諭すように語りかける。涙ぐむ彼女はもう頷くしかできなかった。

「はい……」

「とにかく、今は体を治すことが先じゃ。他の3人の事は我らに任せ、ゆっくり休むといい」

 ペドロはそういうと、もう一度鎮静剤を用意してオリガに飲ませ、バトスを呼び出して彼女を部屋に送るように命じる。オリガは一度ペドロに頭を下げると、ふらつきながら部屋に戻っていった。

「さて、どうするか……」

 人生経験豊富な長老でも頭の痛い問題であった。




 居間を後にしたアレスは自分の部屋には戻らずに竜舎へ向かった。気持ちの整理をつけたいときは、自然とここへ足が向いてしまう。だが、真夜中もすぎ、夜明けが近い時間だというのに人の気配があった。

「ここに来るとは珍しい」

 そこにいたのは人懐っこい笑みを浮かべた中年の男であった。薄くなり始めた髪を撫でつけ、片手にワインが入った皮袋を手にした彼は、聖域神殿騎士団を束ねる団長のダニーであった。

「きっと来るだろうと思って、待っておった」

 団長はそういうと、皮袋のワインを直接飲む。

「俺にもくれ」

 アレスは横から皮袋を奪うと、相手の了承を得ないうちに喉を鳴らして皮袋の中身を飲んでいく。

「おいおい、そんなに飲むなよ」

 慌てたように彼は抗議するが、アレスは相手を軽く睨む。

「元はと言えば、これは昨年、ブレシッドの父上が俺に持たせてくれたものだ。文句を言われる筋合いはない」

「それが最後なのだよ」

 急いで皮袋を取り返すが、ほとんど残っていない。

「あーあ……」

 名残惜しそうに皮袋を逆さにしてみるが、口にできたのはほんの僅かだった。

そんな様子をしり目に、アレスは普段乗り回している飛竜の様子を覗いて見る。飛竜クルヴァスは人間達のやり取りも聞こえないようで、ぐっすりと眠っていた。

 もとはと言えばこの飛竜は彼のものでは無かった。今でも彼は竜騎士の地位をはく奪されたままで、礎の里の賢者たちはあれ以来彼には会おうともしてくれていない。本来は優秀な竜騎士である彼をこのままにしておくのは忍びないと、主を失った飛竜を養父が貸してくれたのだ。飛竜を管理するのは神殿の役目で本当は違法なのだが、アレスに対する一部の賢者達のやり方に疑問を持つ神官も多く、大目に見てくれているのだ。当然、礎の里では聖域に左遷された彼が飛竜を駆り、討伐に参加していることを知らなかった。

「ところで何か用でもあるのか?」

 アレスは年老いた飛竜に寝藁を足してやりながら上司に尋ねる。

「フレアちゃんの具合はどうだ?」

「……かんばしくないみたいだ」

 アレスは予備で置いてある乾草の山に座り込んだ。そして一つため息をつくと、オリガから聞いた話を手短に話した。

「タランテラの第3皇子とはねぇ……」

「本当に……どうしてタランテラ……」

 彼が今の境遇に陥ったのも、恋人が死んだあの一件でガウラの要請を受けたタランテラがしゃしゃり出て来た為であった。確かに彼にも落ち度はあったが、無罪が確定していたのに覆されてしまったのだ。彼だけでなく、事情を知る身近な人達は皆、タランテラを憎んでいた。

「しかしおかしいな。フレアちゃんが行方不明になったのは聖域の南東にあった集落だっただろう?どうして真北のタランテラで助けられたのだろう?」

「それは俺も疑問に思った」

 上司の疑問にアレスもうなずく。一年半前、フレアが行方不明になった時、アレスは必死でその行方を捜した。聖域はもちろん、タルカナを始めとした隣接する国々まで調べたのだ。聖域の竜騎士や自警団のみならず、ブレシッドの養父も進んで協力してくれた上に、野生の小竜達も動員して調べ上げたのだが、その行方が全く分からなかったのだ。冬の終わりで妖魔がまだ現れる時期でもあったので、今では大半の者が彼女をあきらめていた。

「こればかりは本人に聞いてみないと分からないが、失った記憶は全部戻ったのか?」

「オリガの話だとあやふやな部分もあるらしい」

「なるほど。それで、お前はどうする?」

 アレスはすぐには答えず、乾草の山に寝転がった。

「分からない。ただ、相手がタランテラの人間だっていうのが気に入らない」

 眉間に皺を寄せて不機嫌そうに彼は答える。

「手を貸してやってもいいと私は思うのだがね」

「何故?」

「考えてもごらんよ。このままだとフレアちゃんは濡れ衣を着せられたままだぞ」

「分かっている。だが、それはオリガが言っていた第3騎士団の連中がするだろう」

 アレスは不機嫌そうに答える。

「それに、命を助けてくれただけでなく、身元が分からない上に目も見えないフレアちゃんをきちんと資質を見極めて厚遇してくれた。ここで暮らしていた彼女の服装はどこにでもいる村娘と変わらないものだった。普通なら厄介者扱いだぞ」

「……俺たちだって子供を助けたぞ」

「一緒にしてはいけない。あの子はフレアちゃんの連れだった。だが、あちらの殿下にしてみればフレアちゃんは縁もゆかりもない相手だ。この差は大きいぞ」

「……」

 アレスは答えない。

「こういう時こそブレシッドの親父さん頼ってもいいのではないか?」

「多忙な方だ、厄介ごとを持ち込みたくないなぁ……」

「もし、殿下がすでに他界されていて、産まれてくるフレアちゃんの子供が男の子なら、タランテラの継承権を持つことになる…」

「フレアの子供を政治に利用するのか?」

「しようと思えばできるってことさ。ま、あの方ならそんな事は関係なしに喜んで援助してくれるだろうが」

 ダニーは無意識のうちに再び皮袋の中身を口にしようとするが、空だったのを思い出して脇に置く。

「実のところ、こいつが無くなったから補充してきてほしいのだが?」

 脇に置いた皮袋を指さすと、アレスも一気に力が抜けたらしい。

「何だよ、結局酒のためか?」

「はっはっは」

 笑ってごまかしながらダニーは立ち上がり、竜舎の出口に向かう。

「それに君だって知っているだろう?あの一件は、タランテラ皇家は直接かかわっておらず、ワールウェイド公が独断で行った事を」

 そう言い残してダニーは竜舎を出て行った。

「だからってどうしろと……」

 一人取り残されたアレスは途方に暮れてそう呟いた。

個性というか、アクの強い新キャラが登場。

それにしてもバトス、どれだけ無口なんだか……。

人物紹介2をまた近いうちにアップします。

近いうちに……。

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