16 決意を新たに
行方不明だったルークが10日ぶりにマーデ村に帰ってきた。彼は月が沈み、日の出前の暁暗を利用してエアリアルを村に降り立たせた。
「ルーク!」
まだ寝静まっている時間だが、一番大きな建物からリーガスが驚いたように飛び出してきた。相棒のジーンクレイから彼の帰還を知ったのだろう。
「すみません、連絡無しで……」
「いや、無事ならいい」
ルークは手早くエアリアルから装具を外してやり、グランシアードの療養所の隣に建てられた飛竜達の寝床へ連れて行く。元々あった船小屋を解体し、飛竜が優に5頭は休めるように建てなおされたものだった。
わざわざ訪れる者はほとんどいないが、この村は街道沿いにあり、昼間に辺りを誰も通らないわけではない。外部の人間がみれば、飛竜が何頭もこの小さな村にいる事を不審に思うはずである。だからと言って屋外の離れた場所に飛竜を放しておくわけにもいかない。外見を元あった船小屋と同じように仕立て、中は沢山の乾草が敷き詰めてあり、飛竜達が休めるようになっていた。
「いつ、こちらへ戻られたのですか?」
「3日前だ。ヒース卿が皇都側を欺くために、我々は彼に反発して勝手に行動しているように装えと言うのでね」
寝床にはジーンクレイの他にリリアナとケビンのカルヴァロがいる。リーガスはエアリアルが寝床に入ると、3頭を外へ出した。
「夜明けまで運動して来い」
なかなか昼間に外へ出してやることが出来ないので、運動不足解消の散歩は必然的にこういった時間帯にならざるを得ないのだろう。嬉々として空に舞った3頭を見送ると、2人はそっと隣の療養所を覗いて見る。グランシアードは起きていて、ルークの姿を見ると嬉しそうに鼻を摺り寄せる。
「だいぶ良くなったみたいですね」
「ああ。さすが大地の竜気を持つ飛竜だ。基礎体力がずば抜けているな」
リーガスが横から黒い飛竜の頭を撫でながら言うと、ルークはスッと目を伏せた。
「どうした?」
「ファルクレインの分も頑張ってもらわないと……」
「ルーク?」
ルークが何を言っているのかリーガスにはすぐに理解できなかった。
「中に入りましょう。何を見て来たかはここにいるみんながそろった時に話します」
ルークはそう言うと、グランシアードの頭をもう一度撫でて療養所を後にする。リーガスはロベリアから来た飛竜の世話係に後を任せ、あわててルークの後を追う。
心地よい風は既に秋の気配をまとっている。あの嵐の朝から一月以上経ってしまっているが、未だ彼らが敬愛するエドワルドを救出する目途が立たなかった。焦る気持ちばかり募るが、顔が知られている彼らはフォルビア領内では思うように活動できないのが現状だった。
「ルーク、無事だったか」
ニコル達が寝起きしていた家はすっかり竜騎士の宿舎となっていた。飛竜の気配で眠そうな目をこすりながらケビンは起きてきたが、ルークの姿を見てその眠気もどこかへ行ったようだ。聞くとフォルビア城の近くまで馬で偵察に出かけていたのだが、帰って来たのは夜中だったらしい。
子供達が共同で暮らしていた頃は、入ってすぐにある台所と続いている広い土間に数枚の敷物を敷いて小さな座卓が置いてあった。奥の寝床にしていた部屋との境には小さな板間があり、そこを小さな子は古びた木箱を利用して上り下りしていた。今は土間を半分つぶして板間を広げ、大人が10人そろってもゆうに座れるがっしりとした座卓が置いてある。ただ、奥の寝床は手を加えずに竜騎士達は夜具に包まって雑魚寝していた。ちなみに唯一の女性であるジーンは別の建物で寝起きしている。
「あり合わせだけど朝食にしましょう。話は食べながらでいいでしょ?」
ジーンがかごに盛った焼きたてのパンを座卓の真ん中に置く。その後ろから初老の男性が焼いた腸詰とゆでた卵を載せた皿を持ってきた。
「オルティスさん?」
その男性が誰かと思えばオルティスだった。いつもの装飾を抑えた丈長の服ではなく、労働者が来ているような簡素な服装だったのですぐには誰だか分らなかった。驚いた様子のルークに彼はにっこりと笑いかける。
「総督府でお客様をしているよりは、こちらで皆様のお世話をしていた方が性に合うと思いまして来たのです。」
話をしている間にジーンはパンに塗るはちみつやバター、チーズを用意し、全員が席に着いたところでオルティスは皆にお茶を淹れてくれた。グロリアやエドワルドも好んだ、彼が淹れたお茶を朝から飲めるというのはとても贅沢な気分になる。
話をしながら……のつもりだったが、結局は皆食べることを優先してしまい、情報交換が始まったのは食後のお茶を飲み始めてからだった。
「そろそろ話してもらおうか、10日間何をしていた?」
リーガスが茶器を置くとルークに尋ねる。また皇都側に捕まったのではないかと内心では心配していたらしい。
「いろいろあって、故郷で寝込んでいました」
ルークはお茶を飲みながら答える。
「省略しすぎだ」
「故郷ってアジュガに行っていたの?」
「ルバーブ村に行くって言ってなかったか?」
先輩竜騎士3人の矢継ぎ早の質問にも動じる様子もなく、ルークは皿に残っていた最後の腸詰をほおばり、お茶で流し込んだ。
「おい、ルーク!」
のんびりとした様子に寝不足気味のケビンが声を荒げる。
「ルバーブ村に行ってマリーリア卿に会ってきた。鎮魂の儀の最中で会話はしなかったけど」
「鎮魂の儀?」
3人は怪訝そうな表情を浮かべるが、ルークは淡々と話を続ける。
「あの朝、確かにファルクレインはアスター卿をあの村に連れて行っていた」
「!」
「だけど……彼は助からずに半月前に他界したらしい。ファルクレインはその前に力尽きて、ルバーブ村の裏の山に埋葬されたそうだ」
口調は淡々としているが、握りしめたルークの手が震えている。
「ルーク……」
「神殿の祈りの間へ無理に入り込んで、泣き崩れていたマリーリア卿にあの剣を渡したまでは覚えているけど、その後どうしたか記憶にない。気が付いたら実家の寝台の中だった」
ルークはそう言いながら茶器に残っていたお茶を飲み干した。するとそばに控えていたオルティスがすかさずお茶のお代わりを注いでくれる。
「ありがとう」
律儀にルークが礼を言うと、オルティスはスッと頭を下げてまた後ろに控える。
「エアリアルが覚えているでしょ?」
「それが……アジュガへ徒歩で向かっていた途中で倒れていたらしく、母さんの話だとエアリアルが俺を抱えてアジュガに連れて行ったらしい」
「え?」
「歩きで?」
先輩竜騎士3人は驚いて聞き返す。
「そうみたい。ろくに休憩もしなかったみたいで、医者は過労と診断した」
「そりゃあそうだろう……」
驚きを通り越して3人はあきれ果てているようだった。
「それで休養を取ってから戻ってきたのか?」
「そうです」
3人はどっと力が抜けたようで、これ以上はルークを追及しなかった。何よりもアスターの死に一番ショックを受けているのが彼であるのは間違いない。最後の望みも消え失せた精神的ショックで一時的に記憶が飛んでしまったのだろう。
「フォルビア城の方はどうでしたか?」
ルークが何気なくケビンに問う。
「思ったより警備が厳重で、町の中枢まで行けなかったよ。先に潜入させていた同志から情報をもらってくるのが精一杯だった」
「何かつかめましたか?」
エドワルドに関する情報が入れば今後の活動予定も変わってくる。ルークはケビンの話を聞こうと、身を乗り出してくる。
「殿下に関する情報は入らなかった。」
とたんにルークはがっかりして元の位置に座りなおす。
「ただ、朗報が一つ。どうやらフォルビアで内部分裂が起きているらしい」
「内部分裂?」
ルークは首をかしげる。
「ヘデラ夫妻とヘザーがラグラスに不満を募らせているようだ。結局、現時点でいい思いをしているのはラグラスだけだからな。他の親族たちはそれが面白くないのだろう。頻繁に集まって何やら画策しているらしい」
「欲で集まった連中だからな。遅かれ早かれこうなるだろうとはヒース卿も予測しておられた。お前が戻ってくる少し前に、ハンスをロベリアに返した。向こうでの情報も統合してどうするかはヒース卿が判断するだろう」
感心したようにリーガスはうなずく。
「具体的にはどんなことをしているのかまでは分からないみたいだけど、ひと波乱あればその隙に殿下を救出できるわね」
「案外、陰であの方が煽っておられるのかもしれないな」
ジーンの言葉にリーガスは苦笑しながら付け加える。ロベリアの総督を務めただけあって、エドワルドは武勇だけでなく、智謀にも優れていた。今回は敵の策謀にしてやられたが、囚われているのならただ大人しく捕まっているとは考えにくい。可能性があるのなら、なんでも手は打っておくだろう。
「あり得ますね」
にやりとルークが笑う。
「同志には具体的にどんな事を画策しているか探ってもらっている。近日中にもう一度行ってくるつもりだ」
つけ入る隙を見つけたことで、やる気満々の先輩にルークは何気なく尋ねる。
「他には何かありましたか?」
「無いわけじゃないけど……」
ケビンにしては歯切れが悪い。リーガスとジーンは渋い表情で彼がそれ以上言うのをやめさせようとする。
「お2人の事は、今はやめておいた方が……」
「ですが、いずれわかる事ですよ?」
ジーンとケビンはこそこそと小声で話をしている。何で気を使っているのだろうとルークは首をかしげるが、思い当たることが一つあった。
「知っていますよ」
「え?」
3人は一斉にルークに振り返る。
「フロリエ様とコリンシア様のご遺体が見つかった事ですよね?」
「あ……ああ」
あの2人が他界したということは、彼女たちに同道しているルークの恋人も一緒に他界している可能性が高い。そのことでショックを受けないようにと3人はこれでも気を使っていたようだが、当の本人は平然としている。
「来る途中に寄った町で聞きました。きっとでまかせですよ。今までもそうでした」
「だが、紋章を手に入れたと言っている」
ラグラスは城下にわざわざ現れて、紋章を見せびらかすようにして自らこの発表を行ったのだ。同時に主要な町でも彼の部下が赴いて同様の発表を行っていた。
「似たようなものなら作れるでしょう。あらかじめ用意させていたのでは?」
「ふむ……」
ルークの指摘にケビンは考え込む。
「グランシアードの記憶の中に、生き残った子供達が力を合わせて亡くなった方々を小船に乗せて水葬にする場面がありました。見つかったのは、偶然岸に漂着したそういった小船ではないでしょうか?」
「そういえばそうだったな」
黙って話を聞いていたリーガスも得心したように頷く。
「そうね。なかなか彼女達の行方がつかめないから、死んだことにして紋章の複製を作ってしまった方が皇都側にも受けはいいわね」
一緒にグランシアードの記憶を見たジーンも納得する。
「それに、彼らは子供達が生き残っていることも知らない。当然、亡くなられた方々を水葬にしたことも知らないから、船の刻印だけで判断したのだろう」
けなげなニコル達の事を思い出しながらリーガスが言う。先日の鎮魂の儀の後、子供達はジーンの父親が連れてロベリアに移っていた。母親も子供達を歓迎し、大喜びで世話をしていると聞いている。
「楽観しすぎるのはどうかと思うが、全く可能性が無くなったわけではないのだな?」
「そうです」
ルークは不敵な笑みを浮かべる。過度に期待してはならないが、可能性が無くなったわけではない。もう一度調べてみる必要はありそうだった。
気付けば夜が白々と明けようとしている。散歩に出した飛竜達が帰ってきた気配がし、それぞれの乗り手は飛竜の世話をしに席を立った。3人が出ていくと、控えていたオルティスが朝食の後片付けを始める。
「少しお休みになった方がよろしいのでは?」
ルークは寝込んだ直後だというのに、夜通し飛竜の背に乗っていたのでさすがに疲れていた。そんな彼の様子を気遣い、オルティスはそう提案する。
「そうだな」
相棒の気配を探ると、彼は既に眠っていた。ルークは立ち上がって一つ伸びをすると、寝床の用意がしてある奥の部屋へ入っていった。一休みしたらきっと船が着いたという場所を確認しに行こうと決心して……。




