14 流浪の果てに2
暴力シーンがあります。苦手な方はご遠慮ください。
前日の大雨が嘘のように、今日は雲一つない快晴だった。だが、吹き渡る風に肌寒さも感じる。夏もそろそろ終わろうとしている。
この日、聖域を守護する神殿騎士団の面々は、珍しく山脈の北方へ足を延ばしていた。騎士団といっても、タランテラの騎士団の様に揃いの装束があるわけではない。思い思いの格好に多少の防具をつけた軽装で、揃って付けているものと言えば所属を示す記章のみである。飛竜達の装具もばらばらだった。
「一休みするか」
隊長らしき黒髪の若い男が他の5人に声をかける。夜明けとともに本拠地の村を出て、山脈の西側から回ってきたので既に太陽は中天近くに上っている。
「賛成」
「異議なし」
すぐさま返答があり、一行は見晴らしのいい開けた場所を見つけて飛竜を着地させた。岩肌が露出した崖の上に降り立つと、眼下に雄大な景色が広がる。この辺りは聖域の外れとなり、地平のかなたに見える平野は既にタランテラ領であろう。この辺りに人は住んでおらず、彼らも普通の見回りでは滅多に来ることが無い場所だった。
「しかし、本当に奴らはこっちへ向かったのでしょうか?」
「あれだけ探して見つからなかったからな。北へ向かったのは間違いないだろう」
遠慮がちに一番若い竜騎士が隊長に尋ねると、彼は無表情で眼下の景色を眺めている。
聖域には礎の里に認められた10の村以外にも、住むところを追われた難民が住み着いて出来た集落が幾つかあった。更には法を犯したならず者まで住み着いており、彼等はそういった集落から略奪行為を繰り返していた。
本来なら聖域神殿騎士団には不法に滞在する難民の守護義務はないのだが、ダナシアの教えの中には竜騎士は弱者を守る義務がある。少人数の彼らには負担が大きかったが、見回りの際には足を延ばしたりして出来うる限りの事はしてきた。だが昨年、そういった難民の集落が盗賊団によって壊滅させられる事件が起きたのをきっかけに聖域神殿騎士団も本気で討伐に乗り出していた。
しかし、聖域は一国に相当する広さがあるのに対し、駐留する騎士団員は僅か28名。それぞれの村に自警組織もあるが、聖域全てが山岳地帯の為に探索に動員するのも難しい。それでも1年がかりでどうにかそういったならず者の集団を一つ一つ潰していき、ようやく3日前、彼等は最後に残った盗賊団の根城を襲撃し、その盗賊団員の半数以上を捕えることに成功した。しかし、肝心の頭目を始めとした10人ほどの盗賊に逃げられてしまい、行方を追っているのだ。
「若も休んでください」
北に視線を向けたまま動かない若者に、他の竜騎士が声をかける。
「ああ、分かった」
黒髪の若者は我に返ると、自分の飛竜のそばに腰を下ろした。飛竜の装具につけていた皮袋の水を口に含み、差し出された昼食のあぶり肉をはさんだ薄焼きのパンを手に取る。半分ほど食べた所でどこからともなく数匹の小竜が集まってきた。
「おう、来たのか。お前たちは変わりないか?」
若者は小竜たちに声を掛けながら、昼食を分けてやる。彼らは嬉しそうに頭を摺り寄せ、様々なイメージを彼に伝えてくる。ここにこうしているだけで彼等の縄張りの様子を知ることが出来るのだ。
「相変わらず好かれていますね」
他の竜騎士達はその様子を遠巻きに眺めながら昼食をとっていた。最早見慣れた光景だが、野生の小竜たちが望んで人間に近づいてくることはめったにない。だが、彼だけは特別なようで、初めての土地でも小竜の方から近寄ってきてくれるのだ。この特別な力のおかげで小竜から情報を得て、彼らは少人数でも広い聖域を守ることが出来るのだ。
「向こうにもう一匹いますね」
年若い竜騎士が離れた木の枝に止まる琥珀色の小竜を見つけた。少し怯えているようで、近寄ってこようとはしない。
「お前たちの仲間か?」
若者が小竜たちに尋ねると、不快感と否定のイメージが伝わってくる。どうやらよそ者らしく、仲間からはぐれたのだろう。
「聞きたいことがあるから、嫌がらずにそばに来ることを許してくれよ」
説得に応じた小竜たちは若者の側を一旦離れた。若者は立ち上がり、昼食の残りを持って琥珀色の小竜が止まる枝に近づいた。
「怖くないから、おいで」
小竜はしばらく首をかしげていたが、恐怖心よりも食欲が勝ったらしい。差し出された腕に飛び移ると、ものすごい勢いで彼の持つパンにかぶりつく。
「おいおい……」
「相当腹が減っているみたいですね」
「他に何かないか?」
自分の指まで食べられそうで、危機感を感じた若者は見物している部下達に尋ねる。
「集落でもらった瓜がありますが……」
中の一人が、情報を得るために立ち寄った集落でもらった甘瓜を取り出す。切り分けようとすると、琥珀色の小竜は甘瓜めがけて飛びかかった。
「うわっ」
「お、落ち着け」
今まで怯えていたのが嘘のように、琥珀色の小竜は夢中で甘瓜にかぶりついていた。相当腹が減っていたのだろう、大ぶりの瓜を瞬く間に食べきってしまった。その様子を竜騎士も野生の小竜も飛竜達ですら唖然として見ていた。
「どうやら落ち着いたか」
小竜は満足げにゲップをすると、人間達に囲まれているのも気にせずにその場で羽をつくろい始める。
「人に慣れているな」
「誰かに飼われていたのかな。何か巻き付いている」
小竜の首には何か細いものが巻き付いている。色が褪せている上に汚れているので、元の色も判別できない。
「……絹だ」
落ち着いた小竜を腕に抱き、首に巻きつけられたものをほどこうと手にしたところで、若者が驚いたような声を上げる。結び目の中には鮮やかな青い色が残っていた。
「そのぼろきれが?」
「金持ちの家に飼われていたのか?」
部下達も驚いたように、琥珀色の小竜に注目する。
「お前のご主人様はどこだ?」
若者の問いに小竜は首をかしげる。質問を理解できていないと思い、彼は言葉を変えてもう一度質問してみる。
「お前が好きな人はどこだ?」
ようやく理解できたらしく、小竜はのどをクルクルと鳴らしながら彼にイメージを伝えてくる。
「これは……」
最初に伝えてきたのは、小さな洞窟に子供が寝ている情景だった。こうしてみるだけでもその子は相当具合が悪いのがわかる。そばには男装の若い女性が付き添い、女性の弟らしきよく似た少年が水を汲んで入ってきた。子供のそばにはもう1人女性がいるらしく、熱に苦しむ子供を優しく世話する手だけが見える。彼等はどうやら旅の途中らしい。
「ここはどこだ?」
若者は小竜が伝えたイメージを自分の飛竜を経由して他の竜騎士達に伝える。彼らも子供の状態が芳しくないことにすぐに気付いた。
「若、急いだ方がいい」
「分かっている。おそらくこの近くだ」
既に全員、騎乗準備を終えている。
「お前の大好きな人を助けよう。案内してくれ」
若者が琥珀色の小竜……ルルーにそう言うと、彼は嬉しそうに一声泣いた。そして晴れ渡る空に飛び立つ。
「行くぞ」
黒髪の若者を先頭に騎士団がそれに続くと、興味を惹かれたらしい野生の小竜達もその後について飛び立った。
コリンシアが高熱に倒れて3日経った。フロリエも不調でとうとう寝込んでしまい、オリガもティムも2人の看病で疲れ果てていた。加えて前日は大雨がふり、洞窟内に雨が入り込まないようにするのが精一杯で、底をつき始めた食料を探しに行くこともできなかった。
「一体どうしたら……」
横になりながらフロリエは焦燥感に駆られていた。聖域を目指すと言い出したのは自分だったのに、娘と共に寝込んでしまい、2人には迷惑をかけてばかりで申し訳なかった。
「さ、奥方様、水を汲んでまいりましたのでお飲みになって下さい」
オリガが水の入った器を差し出す。先にコリンシアに水を飲ませると、次に食事がほとんど喉を通らず、体を起こしているのもつらい状態のフロリエにそっと手を貸して上体を起こした。
「ありがとう……オリガ」
空腹を抱えた小竜は出かけてしまっているため、彼女は手探りで器を受け取り、冷たい水を口に含む。もっとも、いたとしても今の状況では意識を集中させることが出来なかっただろう。
「ティムはどこへ行ったの?」
朝からずっと少年の声を聴いていなかったフロリエはオリガに尋ねる。
「何か食べるものを探しに行っています。あと、昨日奥方様が言っておられた騎士団が見回りに来ていないか、見晴らしが良い場所に行ってみると……」
雨で一日洞窟にいたので、フロリエは村の事などを少し2人に話して聞かせていた。この辺りはまだ聖域に入っておらず、騎士団の巡回地域からも外れているために遭遇する確率は極めて低い。そう聞かされてはいたものの、可能性が少しでもあるのなら足を延ばしてみようと思ったのかもしれない。
「そう……」
フロリエは自分の無力さにため息をついた。そして傍らでぐったりしている娘の頬に手探りで触れ、小さな命が宿っているお腹にも触れる。このような境遇になってしまい、子供達が不憫でならなかった。
「さ、横になっていてくださいませ」
フロリエから飲み終わった水の器をオリガは受け取り、それを片付けるとそっと彼女に手を貸して横になるのを手伝う。
「ありがとう」
「スープか何かお口にできるものをお作りいたしますね」
オリガはそう言いながらフロリエに夜具を掛け、隣のコリンシアの乱れた夜具も直した。
「あなたも休んだ方が……」
「大丈夫です、奥方様」
オリガはそう言ってほほ笑むと、洞窟の外に出た。残った食材はあとわずかだが、悪阻で苦しむフロリエのため、寝込んでいるコリンシアに体力をつけるために汲んで来た水を沸かしてスープを作り始めた。
しばらく作業していると、背後で人の気配がする。
「ティム?」
そう声をかけて振り向くと、そこに立っていたのは10人ほどのいかつい男達だった。
「!」
久しぶりに人に会えたのだが、素直に喜べないのは彼らがどう見てもならず者にしか見えないからだ。彼らは皆武装し、獲物を狙うぎらぎらした目でオリガを見ている。
「俺達にも分けてもらおうか」
「男と思ったら女じゃないか」
「久しぶりに楽しめそうだ」
男たちは口々にそう言いながらオリガに近寄ってくる。
「あなた達にあげる物は何もありません。お引き取り下さい」
恐怖心を抑えながらオリガは毅然とした口調で言い返す。
「気が強い姉ちゃんだ」
「そんなこと言わずに、俺たちにも分けてくれよ」
彼らは武器をちらつかせ、更にいやらしい言葉を口にしながら迫ってきた。そのただならぬ雰囲気にコリンシアが目覚め、泣き始める。
「母様……」
「大丈夫よ」
洞窟の中で、フロリエが小声で娘をなだめるが、男たちはその声をしっかり聴きつけていた。
「中にもいるのか」
「存分に楽しませてもらおう」
男たちは手が届く範囲まで近寄ってきた。オリガは自分の身と洞窟にいる2人を守るために料理用の小刀を持って身構えた。
「来ないで」
「痛い目に合う前に素直に言うことをきいた方が身のためだぞ」
そう言って数人の男がオリガに間合いを詰めてくる。オリガは懸命に小刀を振り回すが、リーダー格の男にあっけなく小刀を取り上げられてしまう。その間に他の男たちが洞窟の奥からフロリエとコリンシアを引きずり出してきた。
「やめて!」
オリガはそう叫ぶと、フロリエをつかんでいる男につかみかかるが、リーダー格の男が後ろから髪を引っ張って引き戻し、彼女を地面に組み伏せる。
「大人しくしろ」
男はなおも抵抗しようとする彼女の衣服を引き裂き、彼女の体を堪能しようとするが、急に動きが止まる。
「グッ……」
偶然だが、抵抗する為に跳ね上げたオリガの足が男の股間に直撃したのだ。
「この女……」
怒った男は思い切り彼女の頬をはたいた。地面にたたきつけられた衝撃で彼女の意識が遠のいていく。
「助けて……ルーク……」
届かないと分かっているが、それでもオリガは恋人に助けを求めていた。
ティムは朝一番で川に向かっていた。雨が降る前に仕掛けておいた魚を捕える罠を見に行ったのだ。ルルーも途中まではついて来ていたのだが、気付くと姿が見えなくなっていた。何かをみつけたのなら、ちょっと惜しいことをしたかもしれない。
「お、大漁」
竹を編んだかごを使った簡単な仕掛けだったが、それでも数匹の川魚がとれていた。ティムは何も食べずに出てきたので、河原で火を起こすと魚を2匹選んで焼き始めた。残りはきっちりと口をふさいだかごに入れて水の中に戻しておく。もう少し辺りを回り、フロリエが口にできそうな木苺か蔓グミを探してから帰りにかごを引き上げようと考えたのだ。
「フロリエ様も食べられればいいけど……」
程よく焼けた魚をほおばりながらティムはひとり呟く。フロリエはティムには懐妊の事を黙っておくようにオリガに言っていたが、彼女は湿地を抜けるころにはそれとなく弟に伝えていた。彼は悪阻で食べ物を受け付けない状態だと知り、彼女が好む果物などを出来る限り探してくるようにしていた。
「男かな……女かな……」
このような状況であったが、ティムはフロリエの懐妊をとても喜び、エドワルドとフロリエの間にできた子供ならばきっときれいな子供だろうとも夢想していた。
腹ごしらえが済み、火の後始末を終えるとティムは早速辺りの探索を開始する。以前に見つけた木苺の茂みには新たに熟した実がほとんどなく、ほんの数粒取れたばかりである。これではとても足りそうにないので、更にその先に行ってみると、足場の悪い場所に蔓グミを発見した。崩れそうな足元に気を付けながら近寄り、熟れた実を一つ口に放り込んでみる。
「これなら喜んでくれるかな」
味に満足した彼は手が届く範囲の実を取っていく。腰につるした籠に十分な量を取ると、女性陣に味わってもらうために一旦洞窟に戻ることにした。
川で魚が入った籠を回収し、意気揚々と洞窟への道を帰ってゆくが、洞窟に近づいたところで、女性の悲鳴が聞こえてきた。ただ事でない様子にティムは今夜のごちそうも投げ捨てて一目散に洞窟を目指した。
「!」
洞窟の前では信じられない光景が広がっていた。10人ほどの男たちが、オリガだけでなく洞窟で休んでいたはずのフロリエとコリンシアも抑え込もうとしていた。フロリエはコリンシアを守ろうと片手で娘をかばい、もう片方の手を振り回して男たちを遠ざけようとしている。男たちは面白そうにそれをよけながら彼女に迫っていく。一方のオリガは意識がないらしく、頭目らしき男に抑え込まれて服をはぎ取られようとしていた。
「姉ちゃんから離れろ!」
ティムはそう叫ぶと、愛用の小剣を抜いて彼らに斬りかかった。ティムの叫びに男たちは驚いたようであるが、相手が少年一人と知り、頭目らしき男がオリガにのしかかったまま部下に身振りで片付けろと命じる。
「ガキは引っ込んでいな」
嘲笑するかのようにそう言うと、男が3人ティムに向かってきた。蛮刀や大剣を持った彼らは明らかにティムを見くびっていて、遊んでやろうという感覚で斬りかかってきた。
ティムは冷静だった。持っている武器の違いを分かっていたので、まともに刃を交えようとはせず、攻撃を素早くかわしながら隙のできた相手の懐に飛び込み、利き腕を切りつけて素早く離れた。結果、向かってきた3人とも腕を抑えて蹲ることになった。
「何!?」
見た目は少年でも、第3騎士団に入団を控えていた少年は、ルークを始めとする竜騎士から剣術の基本を学んでいた。時にはエドワルドやアスターといった一流の竜騎士が相手をしてくれたこともあり、同年代の少年の中でもずば抜けて優れていたのだ。そんなことを知らない盗賊達は、見た目よりも腕が立つことに驚きつつも、今度は手加減なしで斬りかかってくる。たちまち小剣は弾き飛ばされ、俊敏な彼でもよけきれずに肩や腕に傷を負ってその場に倒れた。
「ティム!」
男に腕をつかまれた状態でフロリエが叫ぶ。ティムを倒した男たちは倒れた少年を蹴飛ばし、今度こそ女達で楽しもうと引き返してくる。フロリエの中で怒りと共に長く忘れていた力を思い出した。
「大いなる母神ダナシアよ、私に力を……」
子供を庇いながらフロリエは水平に右手を突き出した。キーンと耳につく音と共に、フロリエの腕をつかんでいた男だけでなく、オリガにのしかかっていた男も衝撃波で吹き飛ばされる。
「な……」
自分の身に何が起きたか分からず、男たちは呆然としている。フロリエは手探りでオリガのそばに寄り、気を失った彼女を抱きしめた。かろうじて凌辱されずに済んだようだ。
「舐めたマネしやがって!」
完全に男たちは逆上し、ものすごい形相で彼女達に迫る。フロリエはもう一度力を使って防御結界を張ろうとしたが、もう体力も気力も残っていない。その上、乱暴に引きずられた影響か腹部に痛みも感じる。
「母様……」
「ごめんなさい…」
もうどうすることもできなかった。彼女はすがってくる娘と意識のないオリガを抱きしめて目を閉じた。
「フロリエ様……」
ティムは残った力を振り絞って起き上がり、彼女たちを助けようと素手で男たちにつかみかかる。だが、簡単に振り払われ、倒れた彼の腹部に大剣が突き立てられる。
「うっ……」
体をひねってよけたが、刃は脇腹を傷つけ、血が流れている。止めとばかりに男はもう一度大剣を振り上げた。もう動く気力が残っていないティムは観念して目を閉じたが、その大剣が振り下ろされることは無かった。
「ぐわっ」
かすむ視界でティムが目にしたのは、たった今彼に止めを刺そうとした男が顔を押さえて地面に蹲っている姿であった。その向こうでは、フロリエにつかみかかろうとしていた男がルルーに爪をたてられ、近くに放していた老馬に蹴飛ばされていた。よく見ると辺りには見慣れない数匹の小竜が男達に襲いかかり、彼等は顔を押さえて地面転がりもがいていた。
「これは……」
ティム以上に驚いたのは盗賊達の方であった。数日前に自分たちのアジトが襲われた記憶と重なる。
「まずい……」
「奴らが来る!」
頭目はまだ地面でもがいている手下を見捨て、あわてて逃げようとするが、ザザッと音がして飛竜が急降下してくる。彼の行く手を塞ぐように、華麗に6人の竜騎士が飛び降りた。
「ここは聖域。貴様らの様な外道の立ち入りを許される場所ではない」
黒髪の若い男が頭目に長剣を突き付け、盗賊はじりじりと後退をする。女性の竜騎士はすぐにティムの元へ駆けつけ、応急処置を始める。少年は助けが来たことに安堵し、そのまま意識を失ってしまった。他の竜騎士はまだ地面でのたうちまわっている盗賊を縛りにかかる。手下の一人が身を寄せ合うようにしている女性達を人質に取ろうとするが、小竜たちが彼女たちを守るように威嚇している。
「まさか……」
黒髪の若者は女性の顔を見てハッとなり、わずかに隙が出来た。その僅かな隙に頭目は身をひるがえして逃げる。
「しまった、追ってくれ!」
若者の命令で2人の竜騎士がその後を追い、野生の小竜達が後に続く。それを確認すると若者は真っ直ぐフロリエの元へ駆け寄る。
「フレア!」
彼は娘とオリガを抱き寄せたままぐったりしているフロリエ=フレアを抱き抱える。だが、さすがに目のやり場に困るのか、半裸のオリガに自分の長衣を着せかけた。
「アレス……来てくれた」
「フレア……」
若者は思いがけない再会に声が出ない。
「コリンとみんなを助けて……」
「分かった」
アレスの返事に彼女は安堵の表情を浮かべる。既に少年の応急措置は済み、頭目に見捨てられた盗賊達も全員縛り上げられている。医術の心得がある女性の竜騎士は既に傍らにいるコリンシアとオリガの具合を診ていた。
「私……」
診察の為に触れられてオリガの意識が戻る。見慣れない人々に囲まれて驚いたように体を起こそうとするが、まだ少し眩暈がする。そして自分が服をはぎ取られている事に気づき、あわてて掛けられていた長衣で体を隠した。
「無理して動かない方が良いわ」
「……助かったの?」
頷き返してくれる女性竜騎士と縛り上げられている盗賊たちの光景を見てようやく自分が助かったことを理解する。だがすぐに不安げな表情となる。
「……フロリエ様とコリン様は?」
「ここよ……オリガ、良かった……」
首を巡らすと黒髪の若い男に抱きかかえられているフロリエの姿があった。傍らにはコリンシアも寝かせられていて、早急に運ぶ手筈が整えられている。その向こうで応急処置を終えたティムを飛竜が抱きかかえているのが見える。
「助かったのですね……」
「ええ……」
オリガのつぶやきにフレアは答えるが、彼女はお腹を押さえて苦しげな表情となる。
「フレア?」
慌てたような若者の声に、オリガはあわてて体を起こす。
「痛い……。赤ちゃん……」
「え?」
フレアの言葉をアレスはすぐには理解できなかったが、彼女の懐妊を知っているオリガは青ざめ、彼と傍らの女性に跪く。
「奥方様はご懐妊されているのです。手荒にされて……まさか……」
「な……」
オリガの言葉にアレスは呆然となる。
「若!」
医術の心得がある女性竜騎士はさすがに冷静だった。深刻な状況を理解し、アレスの肩をゆすって指示を促す。
「すまん。レイドは少年と子供を頼む。アイリーンは彼女を。俺はフレアを連れて帰る。パットは飛竜とこいつらを見張っていてくれ。増援を頼んでおく」
「了解」
我に返ったアレスはようやく部下に的確な指示を与える。そして自分の飛竜を呼び寄せると、そっとフレアを抱き上げて騎乗する。
「急ぐぞ」
既にレイドとアイリーンの準備も整っている。彼らは出せる限りのスピードで飛竜を飛ばし、本拠地の村、ラトリ村へと戻っていった。
名前はまだですが夢の中の彼、出てきました。
ルルー、久しぶりにいい仕事しています。




