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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
62/156

12 交錯する思惑2

 皇都ファーレンの北にそびえる本宮。その南棟最上階にある執務室でワールウェイド公グスタフは多数の書類に囲まれて執務の真最中であった。

 先の国主代行で第2皇子だったハルベルトが他界してもうじき2か月が経とうとしていた。その混乱に乗じ、ほとんど強引な方法で宰相の地位に着いた彼は、最初の混乱が静まる前に次々と政敵を皇都から排除し、多数の協力者を本宮に招き入れた。そして己に有利な法令を定め、障害となり得る第1騎士団の竜騎士達には家族を人質にして遠方へ左遷した。元々優秀な官吏であった彼は平常の雑事をこなしながら、驚異的な速さで己の地盤を固めたのだ。

 追い風になったのは新たなフォルビア公に不満を持つ親族達であった。少し後押しをしてやっただけで、最大の敵になるはずであった第3皇子のエドワルドを己の手を汚さずに排除できた。妻子は未だ行方不明だと聞くが、荒れた湖に小舟で乗り出したなら生きている可能性は限りなく低い。その証拠にラグラスが血眼になって探しても彼らの手がかりが一向に出てくる気配がないのだ。正式なフォルビア公就任にはエドワルドの妻が持っているというフォルビアの紋章が不可欠の為、見つからなければ不手際を理由に彼の首を飛ばし、かねてより念願だった豊かなあの領地を己の物にすることもできる。

 先日、エドワルドの片腕だったアスターが自分の所領の村で他界し、しかもマリーリアが葬儀を執り行ったという報告が届いた。彼は心底驚いたが、彼女がその後塞ぎこんで部屋に閉じこもっている事を聞き、そこで大人しくしていてくれるなら大目に見ることにした。

 残念なのは、当初彼女の伴侶にする予定だった礎の里の賢者から昨年のグスタフの失脚を理由に縁談の反故を宣告された事だ。あの姿を見る度に過去を思い出してしまう為、どこか遠くへ己の手駒として嫁がせるつもりだったのだが宛てが外れた。また、早急に相手を見繕わなければならなくなったが、幸いにも引く手は数多である。それまでの間、あのひなびた村で大人しくしていてもらえるならば、どんな理由であれ今は良しとするしかない。

 そして雷光の騎士とおだてられ、自分の誘いを断った生意気なルークもまだ檻の中である。更には新任の騎士団長では統率力に欠けるらしく、精鋭ぞろいと言われてきた第3騎士団も勝手な行動が目立つと報告されている。最早恐れるものは何もなかった。

 こうなるともう誰も彼に異を唱えることはできなかった。優秀な息子が相次いで他界した報告を受け、その精神的ショックで病状が悪化した国主を丸め込むのは簡単な事だった。意外にもアルメリア皇女は彼に最後まで食い下がったが、喪に服すという名目で母親と共に部屋で謹慎していただいた。加えて息のかかった女官を世話係につけ、外部との接触を完全に絶った。政敵を完全に排除するためにも、近いうちにブランドル家との婚約も解消させ、改めて孫のゲオルグと婚約させるつもりだった。

「もうすぐだ……」

 立ち上がって窓の外を眺める。本宮前広場を囲むようにダナシア神殿を始めとする公の施設が立ち並び、川を隔てたその向こうに居住区が広がっている。本宮に勤める者でもごく一握りの人間が目にすることが出来る光景である。

 国を動かせるような人間になりたいと、遠い昔に抱いた夢がもうじき現実のものになろうとしていた。万感の思いで彼は暮れゆく外の景色を眺めている。

『あなたは権力を握る相を持っているのよ』

 常々彼の母親が言っていた言葉であった。占いを信じた彼女が彼をワールウェイド公にするために様々な策略を巡らしてくれた。そのおかげで今の彼はあると言っても過言ではなかった。

 先のワールウェイド公にもグロリア同様に跡継ぎとなる子供がいなかった。そこで彼は一族の若者の中から見込みなありそうな者を選び出し、彼らをまとめて跡継ぎ候補として養育することに決めた。当時15歳だったグスタフも最年少ながらその中に選ばれたのだ。

 最初10人近くいた候補者たちも段階的にふるいにかけられ、5年後に残っていたのは彼と10歳年長だった彼の従兄の2人だけになっていた。従兄は当時、名の知れた竜騎士になっており、先代が大いに期待を寄せていた。一方で資質が低かったために文官の道を歩んだグスタフはなかなか名を上げる機会がなく、次代のワールウェイド公は従兄に決まったようなものだった。

「最後まであきらめてはだめよ。きっといいことがあるわ」

 意気消沈する彼に母親はそう言って励まし、一族の有力者の娘との縁談を勧められた。そしてそれからほどなくして従兄の謀反が発覚し、彼は処刑されてしまった。最後まで無実を訴え、往生際が悪いと思っていたが、後になって母と手を組んだしゅうとが証拠をねつ造したことを知った。そして最後に残った彼が跡継ぎと認められ、それから1年たたないうちに大公家の当主となったのだった。

 早くに結婚していた従兄には当時12歳と3歳の娘がいた。本来なら謀反が発覚した段階で何らかの処罰が下されるのだが、子供ということもあっておとがめなしということになった。姉の方にはすでに婚約者がいたので、彼女は婚約者の元へ身柄を預けられ、下の娘はグスタフが預かることになった。

 母親は反対していたが、心のどこかで従兄への負い目があったのかもしれない。いずれ年子で生まれた自分の娘の世話係にするからと言って彼女をなだめたのだ。

「お前は謀反人の娘だ。」

 それでもグスタフは引き取った娘にそう言い続けて育てた。




 フォルビア城の北の塔、壁も床も石がむき出しになった部屋でエドワルドは天窓から覗く月を眺めていた。そこには必要最低限の家具は備えられているが、どれをとっても古く粗末なものばかりである。彼は固い寝台に座り、壁に寄りかかって窓を見上げている。三日月の心もとない光は彼の心情をそのまま表しているようであった。

「フロリエ……コリン……」

 そのわずかな月の光を反射して彼の髪はキラキラと輝いているが、心にはその光も届かず、今にもくじけそうであった。

 リラ湖畔で追ってきたラグラスの兵士と戦い、その間に愛する妻と娘を逃がす事に成功した。しかしその後、多勢に無勢で彼は左肩と右足に矢傷を負い、疲労困憊して動けなくなったところを捕えられた。そして意識が遠のいた間にフォルビアの城のこの部屋へ監禁されたのだ。

 気が付いたエドワルドの前にラグラスは堂々と現れた。彼はつかみかかろうとしたが、受けた傷が体の自由を奪い、すぐに取り押さえられてしまった。そんな彼にラグラスはワールウェイド公の後押しで新たなフォルビア公となった事、フロリエをグロリア殺害の罪で手配していることを得意気に語った。そして去り際にハルベルトがすでに他界していることと、自分が妻に殺されたことになっていることを告げられたのだった。

「どうか無事でいてくれ……」

 彼は左腕に巻いた組み紐に触れる。戦闘での返り血と受けた傷から流れた血で変色してしまっているが、これだけが今の彼にとって唯一の心のよりどころとなっていた。

 エドワルドはよろめきながら寝台から降りて立ち上がる。

 ラグラスはすぐに彼を殺すつもりは無いらしく、傷の手当てをさせるために医者を手配していた。驚いたことにその医者は、グロリアの主治医をクビになったリューグナーだった。色々と問題はあったが、グロリアが信用するほど医者としての腕は確かなので、戦闘で受けた傷も今はほとんど痛みはない。

 ワールウェイドやラグラスだけでなく、リューグナーも加担していることが明らかになり、今回の事はエドワルドやフロリエに恨みを持つものが結託して行われたことがより明らかになった。

 だからと言ってここで大人しく死を待つつもりはなかった。今まで政治の舞台で鍛え上げた巧みな話術で、ここへ勝ち誇った表情で現れたヤーコブやダドリーにラグラスへの不信を植え付けた。それから治療の為に現れるリューグナーには外の様子をさりげなく聞き出した上で、彼の中でくすぶっているラグラスへの不満を煽っておいた。

「いつか必ず自由になる。どうかそれまで無事でいてくれ……」

 欲で結束している親族たちの横のつながりはもろいはずである。互いに不信を募らせていけば近いうちに内部分裂を起し、その期に乗じればきっと脱出することは可能であろう。

「フロリエ……コリン……」

 エドワルドは再び愛する者たちの名前をつぶやき、右の拳に力を込めた。見上げる天窓から月は見えなくなろうとしている。

「無事でいてくれ……」

 天窓から見えるのがわずかに光を放つ星だけになっても、彼はしばらくの間窓を見上げていた。




 ルークはオリガの悲鳴を聞いた気がして目を覚ました。見覚えのあるこの部屋はアジュガの実家にある自分の部屋だった。だが、いつどうやって帰ってきたのか覚えがない。夢でも見ているのかと思ったが、普通に痛覚を感じている。記憶の整理をして最後に何をしたか思い出してみる。

「!」

 ルバーブ村でアスターの鎮魂の儀……葬儀に乱入してしまったのを思い出すが、その後の記憶が定かではない。とにかくのんびり寝ている場合ではないことを思い出し、あわてて飛び起きた。

「おや、起きたかい?」

 声を掛けられて振り向くと、戸口に母親が立っている。手にした盆には湯気の立つ深皿が乗っており、いい匂いが漂ってくる。

「母さん、俺……」

「本当に驚いたよ。3日前に突然、意識のないお前を抱えたエアリアルがやってきて、あわててお医者さんを呼んで診て頂いたのよ」

「!」

 母親に言われて慌てて相棒の気を探ると、心配げな彼の意識をすぐ近くに感じる。

 憶測になるが、優秀な飛竜はどこかで倒れていたルークを見付けてここまで運んできてくれたらしい。

「俺、行かないと……」

 そう言ってルークは寝台から降りようとするが、眩暈めまいがして床に座り込んでしまう。

「ばかだねぇ、寝てなきゃダメだよ。お医者さんの話だとあと数日は安静にしていた方が良いって。過労らしいけど、無理しちゃダメよ。

 エアリアルはいい子だね。お前が休む必要があることを言ったら大人しく納屋に入っていったよ。父さんとクルトが2人で装具を外してやったから、どうにかくつろげているみたいだねぇ」

 母親は相変わらずののんびりとした口調で、息子が眠っていた間の事を説明する。そして深皿が乗った盆をテーブルに置き、床に座り込んだ息子を支えて寝台に座らせる。

「過労……」

 記憶が途切れていて、その間に何をしたかが思い出せない。多分だが、ルバーブ村からこちらに歩いて向かっていたのだろう。日付を聞き、寝込んでいた日にちを差し引くと、3日は歩き詰めだったことになる。倒れるのも当然かもしれない。

「とにかく、今は栄養を取って、ゆっくり休みなさい。」

 母親が用意した深皿には穀物の粥が入っていた。昔から風邪をひいたときに作ってくれる定番の病人食だが、彼はあまり好きではなかった。辞退しようかと思ったが、体の方がそれを許さず、お腹がなってしまう。

「ゆっくりお食べ」

 母親に監視されているので食べないわけにはいかず、まずはさじですくって一口ほおばる。鶏ガラでとっただしがよくきいていて、塩加減もちょうどいい。嫌いなものだったことも忘れて残さず食べきってしまった。

「エアリアルの事は心配いらないから、もう少し休んでいなさい」

 いくら強情のルークでも母親に言われると反発できない。飛竜の事は気がかりだが、体が言うことをきかないので仕方なく寝台に横になった。

「町長さんは何か言って来なかった?」

「心配いらないよ。お前もエアリアルもうちの子だよ。あの人が何言おうが関係ないよ」

 母親の口調から何かあった事は容易に推測できるが、聞き出すことは難しい。口で彼女に勝てたためしはないのだ。

「母さん、ごめん……」

「お前が謝るようなことでは無いだろう? いいからお休み」

 彼女はそういうと、空になった深皿を盆に載せて部屋を出て行った。考えなければならない事が山ほどあったが、腹が膨れたこともあって眠気の方が勝る。

 思えば本宮の地下牢から脱出し、ロベリアへ戻ってからというもの働き通しであった。エアリアルを休ませている間も馬で外出し、情報収集の手伝いや留守をしている飛竜の世話をしていた。グランシアードが見つかってからはその看病と近隣での情報収集に奔走ほんそうし、体を休める暇がなかったのも確かだった。彼の騎竜術全般の師匠でもあるアスターの訃報による精神的ショックも加わり、限界を超えた彼が倒れたのも無理からぬ話であった。

「オリガ……」

 行方不明の恋人が不自由な生活を送っているかもしれないと思うと、楽をすることはためらわれたが、体の方がもたなかった。ルークはそのまま深い眠りについた。



 その後2日ほどルークは寝て過ごした。その間、母親と妹が交互に食事を運んできてくれ、父親と兄は幾度か様子を見に来てくれた。ルークが倒れたことを友人たちが聞きつけて見舞いに来てくれたこともあったらしいが、家族が気を利かせてやんわりと断ってくれていたらしい。おかげでゆっくり休めた彼は、気持の整理をつけることが出来た。

「もう行くよ」

 寝込んで5日目の夜。まだ本調子とはいかないが、ルークは旅装を整えていた。実のところ医者にはまだ早いと止められていたが、誰にも告げずにここへ来ているために一刻も早く戻らねばならなかった。

「……あまり無理してはダメだよ」

 母親は心配げに彼の着替えを手伝う。竜騎士になってからというもの、彼がすることに口出しをすることはなかったが、やはり倒れた直後ということもあって心配なのだろう。ただ、現在彼がおかれている状況をかいつまんで聞いているので、無理に引き留めることはしなかった。

「大丈夫だよ」

 着替えを終えた彼は、荷物を詰めた背嚢はいのうを肩に担ぐ。そして母親と共に部屋を出て、階下へ降りていくと、居間には父親が待っていた。

「ルーク」

 父親が心配げに声をかける。

「行ってきます」

 そのまま両親に頭を下げて出ていこうとすると、父親が息子を引き留める。

「ルーク、これを持っていきなさい」

 彼が手渡したのは丈夫な布で作られた巾着だった。受け取るとずしりと重い。開けてみると中には金貨がたくさん入っていた。

「こんなに……どうしたの?」

 職人の家庭なのでそれほど貧しくはないが、これほどのお金を気軽に用意できるほど裕福ではない。ルークは心底驚いた。

「お前が今まで仕送りしてくれたお金だよ。もとはと言えばお前の物だし、何かと必要だろうから持ってお行き」

 母親がそう答えると、ルークはそのまま返そうとする。

「あれは……不意に現れても毎回、俺やエアリアルにたくさんご馳走してくれるから……」

「言っただろう? お前もエアリアルもうちの子だよ。親としては当然じゃないか。仕送りは嬉しかったけど、いずれお前の為に使おうと思って取っておいたのよ。今がその時じゃないかしら?」

 母親はそう言って改めて息子の手の中に巾着を握らせる。

「ルーク、エアリアルの準備ができた」

 裏口から兄のクルトと妹のカミラが入ってくる。

「兄さん、カミラ……」

「お弁当も用意しておいたから、後で食べてね」

「ありがとう」

 ずしりと重い巾着を懐に入れると、改めて家族に頭を下げた。そしてルークはそのまま裏口に向かうと、他の家族も心配げに後に続く。エアリアルはルークの姿を見つけると嬉しそうに頭を摺り寄せてくる。彼は飛竜の頭を軽く撫で、騎竜帽をかぶるとすぐにエアリアルの背中にまたがった。

「気を付けてね」

「きっと、皆さん無事だ。問題が無事に解決したら、祝杯を上げよう」

 両親の言葉にグッとくるものがあったが、ルークは片手を上げてあいさつすると、満天の星空の中へ飛竜を飛び立たせた。



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