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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
60/156

10 手がかりを追って2

 夜明け前にルークはマーデ村に着いた。ヒースが大々的に夜間演習を行ってくれたため、ジーンクレイとリリアナを連れていても難なく境界を超えることが出来た。それでも用心のため、通常の飛行では飛ばないような高度を維持して飛び続けた。

「ルーク、来てくれたのか」

 村に着くと、すぐにリーガスが気付いて彼を出迎えてくれる。ジーンクレイは久しぶりにパートナーと会えたのが嬉しいらしくしきりに顔を摺り寄せてくる。

「ジーンクレイ、お前も来たのか?なかなか帰れなくてごめんよ」

 リーガスは甘えてくる相棒の頭をぽんぽんと軽くたたきながら、そわそわしている様子のリリアナの頭も撫でてやる。

「ジーンはグランシアードのそばについている。後で代わるからちょっと待ってくれよ」

 彼が優しくそう声をかけると、ようやくリリアナも落ちついたようである。近くにジーンの気を感じ、それで安心したのかもしれない。

「グランシアードの様子はどうですか?」

 エアリアルから荷物を降ろしながらルークが尋ねる。リーガスはリリアナとジーンクレイの荷物を降ろしながら表情を曇らせる。

「あまりいい容体とは言えない。一昨日の朝、正神殿からもどって一通りの治療は施したが、食事をしていなかったこともあって体力がずいぶん落ちている。寝込んでいる小屋もお世辞にもきれいとは言えないし……。今、新しい療養所を小屋の隣に建てているところだ。引っ越しをどうやってするか悩んでいたが、飛竜が3頭もいればグランシアードの移動も楽にできるだろう」

 3頭の飛竜に積んでいた荷物を降ろし、2人で手分けして担ぐ。飛竜達には村はずれで休んでいるように言うと、夜風が心地よく吹く斜面に3頭はうずくまった。その様子を見届けると、リーガスはルークを促して村の中へと入っていく。

「そうですか……。小屋はすぐに出来そうですか?」

「すぐに仕上げてほしい所だけれど、もう2,3日はかかりそうだな」

 リーガスはそう言って現在の状況をルークに説明する。今、盗賊に滅ぼされたことになっているこの村は、復興するまでは正神殿が管理することをフォルビア側へ申し入れ、昼間承諾されたと知らせが来ていた。こうなれば建物を再建しようと、人が出入りしていようと不審には思われないであろう。しばらくの間、この村を彼らの活動拠点に使うことが出来そうだった。

 その説明をしている間に、2人は村の小さな広場を抜け、奥にある大きな家に向かう。復興の為に神殿から派遣された人々が休んでいるのか、焼け残った他の家にも人の気配を感じる。

「そうなると、エアリアルだけで運ぶことになりそうですね」

「え?」

「ロベリアでもいろいろありまして、2人にはすぐに戻って頂かないと……。詳しいことはヒース団長から手紙を預かっています」

「……工事を急がせるか。土台は出来上がっているからな。資材運びは飛竜達にも手伝ってもらおう」

 リーガスは渋い表情で何やら考え込んでいたが、すぐにそう結論を出した。

「俺も協力しますよ」

「頼む」

 目的の家に着くと、奥で誰か休んでいるらしく、リーガスは物音をたてないように静かに荷物を降ろした。ルークもそれに習い、音をたてないように荷を降ろし、腰の小物入れから手紙を取り出した。

「先に手紙を預けます。これです」

「分かった」

 荷物の中から手早くグランシアードに必要なものを取り出すと、2人は再び外に出て傷ついた飛竜が休んでいる小屋に向かった。土台がきれいに整えられている療養所すぐ向こう、小屋の戸口にはジーンが出て2人を待っていた。

「ルーク、貴方が来てくれるとは思わなかったわ」

 ジーンが少し驚いたように言うと、彼は少し戸惑ったように答える。

「すぐにでもフロリエ様やコリン様を捜しに飛んでいきたかったけど、俺達は目立ちすぎますから……。グランシアードの看病や世話なら役に立つと思って来ました」

「それは助かるけど、いいの?」

「リラ湖畔のどこへ着いたかもわからないし、むやみに飛び回るのもかえって危険です。だけどここでグランシアードの世話の傍ら、情報を集めるつもりです」

 ルークの答えにジーンは頷く。

「分かったわ。今、グランシアードは寝ているの。静かにね」

 ジーンはほのかな明かりがともる小屋の中へ2人を招き入れる。雑多なものが置かれ、異臭のする小屋の中で窮屈そうにグランシアードがうずくまっていた。これでもリーガスやジーン、神殿から来た世話係、子供達も加わって大掃除をしたおかげでずいぶんときれいになっていた。だが、以前の様子をしらないルークは思わず顔をしかめる。

「こんなところに……」

「これでもきれいになったほうだ。だが、とにかくゆっくり休ませるには新しい療養所が必要だ。急がせているが、人手が足りなくてはかどらない」

「そうですか……」

 ルークは荷物から薬の類の他に、彼が好む乾燥させた香草の包みをとりだした。それをそっとグランシアードのそばに置く。


グッ……


 その香りに飛竜はフッと目を開けた。

「グランシアード……」

 ルークの呼びかけに彼は頭を寄せて甘えようとする。竜騎士はいつものように頭から首を撫でようとして動きが止まる。そこにもいくつか傷があり、彼は傷に触れないように優しく撫でてやった。


グッ……


 すると3人の竜騎士の脳裏に、恐怖心と共に果敢にも兵士に立ち向かう人物の姿が映る。少し曖昧でぼやけた感じがするのは他人から読み取った記憶だからだろうか。それでもその人物のイメージは鮮烈に伝わってくる。曇天にもかかわらず、そこだけ光が差したようなプラチナブロンドと、見るものを圧倒するような華麗な剣さばきは紛れもなくエドワルドであった。だが、いかに強くとも数には勝てず、最後には傷つき、血まみれで彼は倒れた。

「!」

「これは……」

 グランシアードがニコルから読み取った記憶をそれぞれの飛竜を通じて伝えたその光景に3人は言葉もない。そしてその卑劣な手法に怒りが込み上げてくる。

「グランシアード……」

 ルークは彼の無念さも汲み取り、傷がない場所を優しく撫でた。すると、違う光景が送り込まれてくる。

 数人の子供たちが亡骸を船に乗せようとしていた。小さな子供達ばかりではなかなか難しく、何度も失敗しているのがわかる。やがて子供たちの驚いた表情が大写しになる。突然現れた大きな飛竜に驚いたのだろう。苦労している彼らを見かね、一休みのつもりで彼は降りたようだ。

 大人と子供を含めて20以上の亡骸を数隻の小船に乗せるのを手伝った。皆、刀傷を負っているのが見て取れる。そうしているうちに彼らがエドワルドの姿を目撃しているのを知ったらしい。


グッグッ……


「無理しなくていい、もう休め」

 飛竜が苦しそうにしているのに気付き、3人とも飛竜を休ませようとするが、彼は引き続き違う思念を送ってきた。

 場面は一転して林の上空を飛んでいた。時間はさかのぼるらしく、まだ弱い雨が降っていて、視界がぼやけている。彼の前には同様に傷ついたファルクレインが飛んでいた。

「ファルクレインも怪我をしているのか……」

 リーガスがつぶやく。オルティスをはじめとした館の使用人達を助けるため、飛竜達は閉じ込められたまま火をつけられた厩舎を内側から体当たりで壊し、全員が脱出するまでその屋根を支え続けたという。そしてその傷ついた体で、手分けして彼らを安全な場所まで連れて逃げたと聞いていた。

 先を行くファルクレインが何かに気付いて降下する。グランシアードもそれに続いて降下し、林の外れで彼らが見たのは血まみれの竜騎士の姿だった。顔の左半分が血にまみれているが、その人物は紛れもなくエドワルドの腹心、アスターであった。

「アスター卿!」

 ジーンはたまらず悲鳴を上げた。彼は見るからに瀕死の重傷を負っていて、ファルクレインに手を上げかけてそのまま動かなくなったのだ。その竜騎士をファルクレインは器用に抱えると、そのまま北に向かって飛び立ち、グランシアードは南西に向かって飛び立った。

「何てことだ……」

 リーガスの声は震えていた。ルークも怒りで握りしめた拳が震えている。


グッ……


 伝えたいことを全て伝えた飛竜は疲れたように再び目を閉じた。

「今はゆっくりお休み、グランシアード」

 怒りをグッとこらえると、ルークは彼にそう声をかけた。今はとにかく傷ついた飛竜を助けなければならない。

「俺がついていますから、お2人は休んできてください」

 薄暗い小屋の中にいても寝不足の2人の目の下にはくっきりと隈が出来ているのがわかる。フォルビアに潜入してからというもの、ほとんど休んでいないのだろう。

「……分かった、言葉に甘えさせてもらおう」

 少し迷ったものの、リーガスは妻を促して立ち上がった。確かに酷使した体がそろそろ限界を訴えていた。明るくなるまで休めれば、少しは体も楽になるだろう。

「ありがとう、ルーク」

 ルークの気遣いに感謝すると、2人は小屋を出て子供達が寝ているあの大きな家に向かう。すると、ジーンを見つけたリリアナが嬉しそうに寄ってくる。

「リリアナ……心配した?」

 ゴロゴロとのどをならしながらリリアナがジーンに頭を摺り寄せてくる。竜騎士にとって飛竜は何よりの癒しになる。グランシアードから伝えられた事実で落ち込んだ気持ちも幾分晴れた。ひとしきり撫でてもらって満足したのか、リリアナはほどなくして仲間の飛竜が休んでいる村外れへ戻っていく。2人はそれを見送ると、家の中へ入っていった。

「休む前に何か飲む?」

「そうだな、頼む」

 ジーンが台所でお茶を淹れている間にリーガスはルークから預かった手紙を広げる。悪くなる一方のロベリアの状況に、再び暗澹あんたんたる気持ちがのしかかってくる。

「よくない知らせ?」

 眉間にしわを寄せている夫の表情にジーンは心配そうに尋ねてくる。

「良くないな……。我々の行動を監視する為に皇都からの御指名でトロストが来ているそうだ。長く留守にしている我々がよからぬことをたくらんでいるのではないかと疑っているらしい」

「良からぬことをたくらんでいるのはどちらかしらね」

 淹れたてのお茶をリーガスに渡しながら皮肉を込めてジーンはつぶやく。

「全くだ。城へ向かった連中が何かつかんできてくれるといいが……」

「そうね……」

 2人はゆっくりとお茶を飲み干すと、リーガスはその場で夜具に包まり、ジーンは子供たちが眠る奥の部屋の端のほうに横になった。夜明けまでまだ幾分間がある。いろいろ考えたい事はあるが、疲れた体を横たえるとそのまま深い眠りについたのだった。




 自分達が思っていた以上に酷使した体は疲れていたようで、2人が目を覚ますと日はずいぶんと高く、夏の強い日差しが容赦なく降り注いでいた。あわてて2人が建設中の療養所へ行ってみると、5人の作業員に混ざってルークが汗を流して働いていた。3頭の飛竜も資材運びを手伝ったり、前足を器用に使って柱を支えたりしている。

「あ、小父さん」

 リーガスの姿を見て子供達が駆け寄ってくる。そう呼ばれることに既に慣れてしまった彼は片手を上げて応え、一番小さい女の子を肩に担いでやる。

「小父ちゃんの飛竜にさわってきた」

 女の子は嬉しそうに話しかけてくる。ここに来てからずっと忙しいものの、怖い思いをした子供達の事も2人は忘れずにかまってやるようにしていた。おかげでジーンだけでなく、いかつい外見のリーガスにもすっかり懐いていた。こうやって一日一回は皆を肩に担ぐのもすっかり習慣になってしまっている。

「そうか」

「飛竜ってみんな優しいね」

「そうだよ」

 大男が小さな女の子を肩にちょこんと乗せている姿はなんだか微笑ましい。ルークは作業の手を止めて笑いをかみ殺している。

「何か言いたそうだな、ルーク」

「いえ、その……隊長殿にも意外な一面があると思いまして……」

 やはり彼は嘘をつけない。リーガスにじろりと一睨みされて、ルークは作業を続けるふりをした。

「さあ、私たちも仕事をしないと…。みんなはグランシアードについていてあげて」

 ジーンがそう言うと、リーガスは女の子を肩からおろした。子供たちは元気良く返事して飛竜が休んでいる小屋へ走っていく。

 療養所が出来れば子供達は職人達と一緒に神殿に向かう手筈となっている。今夜2人がロベリアへ帰ってしまえば、こうしていられるのもあとわずか。惜しむ気持ちはあるものの、しなければならないことが山のようにあった。

 3頭の飛竜達の的確な手助けのおかげで、暗くなった頃にはしっかりした柱の骨組みと高い屋根は完成した。壁は後からでも構わないと判断し、飛竜が3頭いるうちに重傷の飛竜を移動させることにした。

清潔な乾草の寝床も用意され、かがり火で辺りを照らされた中をグランシアードは他の3頭や竜騎士達に助けられながら這うように移動した。

「大丈夫か?」

 ルークが声をかけると、大きな飛竜は一度彼に鼻を摺り寄せた後、すぐに乾草の上にうずくまって眠ってしまった。移動で体力を消耗し、疲れてしまったのだろう。壁の代わりに通気のいい葭簀よしずを立てかけ、彼をゆっくり休ませるために飛竜も人間もそばから離れた。

「どうにか間に合ったな……」

 リーガスがほっとしたように言う。ジーンも一つ肩の荷が下りたようで、同様にほっとした表情をしている。

「でも、まだまだですよ」

 ルークが釘を刺すように言う。確かにまだ何も解決していない。

「そうだな。俺たちはとにかく一度戻らないと……」

「ええ」

 リーガスとジーンの言葉にニコルが驚いたように尋ねる。

「小父さん、帰っちゃうの?」

「用事があるからな、それが済めばまた戻って来ようと思う」

 いかつい竜騎士は少年の頭にポンと手をのせる。

「寂しいな……」

 ぽつりとそう言った彼の頭をリーガスはかき回すように撫でた。

「それまで他の子をしっかり面倒見ていてくれよ」

 ほかの小さな子供達は、もう遅い時間ということもあって、神殿から来た神官に見守られて既に眠ってしまっている。忙しくてきちんと説明してやれないが、リーガスはそれを少年に託した。

「うん、わかった」

 頷いた彼の頭をもう一度竜騎士はポンポンと軽くたたく。2人の間に芽生えていた絆は決してか細いものでは無い様である。

 それからリーガスはジーンと共に大急ぎで出立の準備を済ませると、ルークとニコルに見送られてそれぞれの飛竜に跨った。

「ルーク、後を頼む。状況次第ではすぐには無理かもしれないが、なるだけ早くここへ戻って来ようと思う」

「はい、分かりました」

 リーガスの希望はなかなかすぐには叶えられそうにない事をルークも十分承知しているが、ここは素直に頷いた。

「グランシアードだけでなく、ここにいる間は子供達も出来ればかまってあげて。お願いよ」

 ジーンもここを離れがたく思っているのは確かであった。

「ヒース卿が演習を行ってくれていますが、お2人ともどうか気を付けて下さい」

「ああ。では、本当に後を頼む」

 いつまでも名残は惜しいが、リーガスは念を押すようにもう一度後輩の竜騎士に頼むと、軽く手を上げてジーンクレイを飛翔させた。それにジーンのリリアナが続く。

「小父さん、ありがとう。気を付けてね!」

 ニコルが2人に手を振る。彼は暗い空へ飛んで行った2頭の飛竜にいつまでも手を振り続けた。




 それから数日後、ルークはエアリアルと共に北へ向かっていた。

 ニコルを始めとする子供達は、仕事を終えた職人や派遣されていた神官と共に正神殿へ身柄を預けられ、村へは入れ替わりにヒースがフォルビアへ潜入させていたケビンやハンスといった竜騎士や騎馬兵が数名やってきた。神殿から派遣された世話係もいるし、自分が数日留守にしてもグランシアードの世話は問題ないと判断したルークは、ファルクレインが向かったという北へ向かっていた。

 フォルビア側の竜騎士に見つかる危険を冒し、むやみに飛び回るつもりは無かった。ただ、北と聞いて彼には心当たりが一つあり、それを確認しておきたかったのだ。

 フォルビアの北にはワールウェイド領があり、その境にはマリーリアが故郷と呼ぶルバーブ村があった。アスターが故郷に帰る彼女をそこまで送ったとルークはオリガから聞いていたし、討伐の折には口論ばかりしていたが、新年際が過ぎた頃には親密な様子も見せていた。もし、そこにファルクレインがいなくても、こちらの事を伝え、ワールウェイド側の新たな情報でも聞ければ大いに助かると彼は考えたのだった。

「そろそろ降りよう」

 いきなり飛竜で乗り付けては目立ってしまい、先方に迷惑がかかってしまう。ルークはフォルビアとの境を越え、村から幾分離れたところでエアリアルを降下させた。もちろん辺りを十分に警戒し、付近に竜騎士がいないことを確認した上でのことである。夜明け前で薄暗い中、ルークは地面に降りるとエアリアルに括り付けていた背嚢はいのうと長い棒状の物を降ろした。近くの沢で皮袋に水を補給し、荷物を背負う。

「後で呼ぶから遊んでおいで」

 エアリアルの首筋をたたき、飛竜を放す。この辺りには人気がないので、しばらく自由にさせていても問題はない。それによく言い聞かせているので、賢い飛竜はむやみに人前に姿を現すようなまねはしないだろう。相棒が山の中へ姿を消すと、ルークは徒歩でルバーブ村に向かって歩き始めた。

 時折休憩をとりながら歩き、太陽が高くなる頃になってようやく目的の村に着いた。自警団が組織された比較的大きな村で、門は物々しく警護されている。ロイスが用意してくれた身分証を提示すると、団員はそれを一瞥しただけですんなり中へ入れてくれた。目指すは村の奥に建つ村長の館。そこに彼女は住んでいるはずだった。

「いきなり行っても会わせてくれるかな……」

 何といっても相手は村長の血縁でしかもご領主様の娘である。一介の竜騎士ですぎない自分にすんなり会わせてもらえるか、ルークは一抹の不安を抱えながら石畳できれいに舗装された道を歩く。こういった所からもこの村がとても豊かであることがわかる。

「…嬢様もお気の毒に……」

「親しいお方だと聞いたが……」

 反対側から恰幅のいい男が2人、供を連れてやってくる。身なりからしてこの村の運営にかかわるような上流の人物のようで、葬儀に出席でもしたのか喪服をまとっている。ルークは静かに脇によけて2人が通り過ぎるのを待った。

「名のある竜騎士だというのに、惜しい事ですな」

「まことに……」

 2人は話に夢中でルークに一瞥もくれずに通り過ぎ、後ろに続くお供の男が軽く頭を下げる。

「飛竜が連れてきたときにもう助からないとレグル医師がおっしゃっておられたが……」

「それでも半月あまり……よくもったと言うべきでしょう。」

 2人の会話をそこまで聞いて、ルークはハッとなる。考えるよりも先に体が動き、2人に詰め寄っていた。

「その方はもしかしてアスター卿ですか?」

 突然、話に割り込んできた若者に2人は驚き、不審そうな眼を向けるが、ルークがあわてて身分証を提示して非礼を詫びると、鷹揚に説明をしてくれる。

「左様。半月ほど前であったか、朝方に見慣れぬ飛竜が血まみれの男を村長様の館に連れてきたのだ。嬢様がそれは驚かれて、急いでレグル医師をお呼びになられた」

「後になって村長様からその方が皇都でも名高い竜騎士のアスター卿だと説明してくださった。嬢様が昨年、ロベリアに行かれた折にたいそうお世話になったと伺っておる。その方が先日亡くなられ、今日はその鎮魂の儀式が執り行われたのだ」

 2人がかわるがわるに説明してくれるが、聞いているうちにルークの表情は凍りつき、蒼白になってくる。お供の男が慌てて気を使ってくれるが、彼は片手で制して2人に質問する。

「もう終わったのですか?」

「我らも同席させていただきたかったのだが、嬢様と村長様のご親族のみで執り行われている。まだ終わってはいないはずだ。」

 ルークは神殿の位置を教えてもらうと、機械的に礼を言って走り始めた。グランシアードの記憶を見て、アスターが受けた傷の様子は知っていたが、それでもなお心のどこかで助かっていてほしいと願っていた。今、それが完全に崩れようとしている。

「通してくれ!」

 神殿は数名の自警団が警護していて、駆け込んでくるルークを彼らは止めようとする。更にその騒ぎを聞きつけて奥から神官が出てきて、神殿の門を閉ざそうとする。

「私はルーク・ディ・ビレアだ。通してくれ!」

 名乗ったのは効果的で、彼らは驚いてわずかながら拘束しようとする手が緩む。その隙にルークは自警団達の手を振り払い、神殿の奥へと走りこむ。数名が追ってくるが、気にせず奥の霊廟に入った。

「何事だ?」

 そこには数名の男女が立っていた。誰何すいかしたのは30代と思しき長身の男性で他に男性が3人、女性が2人立っている。更にその奥に喪服を着た女性がひざまずき、黒いヴェールからわずかにプラチナブロンドがのぞいている。

「マリーリア卿……」

 ルークが声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。泣きはらした目をして焦燥しきった様子にこれ以上声をかけるのをためらってしまう。

「ルーク卿……」

 マリーリアがかすれた声で何か言いかけたところで、ルークを追ってきた神官達が霊廟に入ってくる。仕事熱心な彼らは侵入者を捕えて追い出そうとするが、先ほどの長身の男性が首を振り、手を払う仕草をして彼等を下がらせた。

「すみません、お騒がせして……」

 半分泣きそうな顔を隠すようにルークはおもむろに背中に背負ってきた長い包みを手に取ると、スッとマリーリアに差し出す。

「ルーク卿?」

「これを彼に……」

 戸惑った様子でそれを受け取った彼女にルークはそれだけ言うときびすを返して霊廟を出て行った。そしてそのまま村を走り去ったのだった。


新たな悲報に耐え切れなくなって村を飛び出すルーク……。

立ち直る事が出来るでしょうか?


リーガスとジーン愛の劇場? その5


「小父ちゃん、だっこ」

「僕もー」

「あたしが先よ」

 幼い声に惹かれて覗いて見れば、リーガスが子供達に囲まれていた。私の優しくて素敵な旦那様は子供達の求めに応じ、その美しい筋肉を駆使して代わる代わる子供を抱き上げ、その惚れ惚れする筋肉に覆われた肩に乗せてあげている。とても微笑ましい光景だ。

「高い、たかーい」

 弾んだ声を上げているのは一番小さな女の子だ。その子が喜んでいる姿を見て、我慢できなくなった男の子が私の旦那様の足元で「早く、早く」とせがんでいる。

「仕方ないな、ほらっ」

 彼はその子も片手でヒョイと抱き上げると、器用に反対側の肩に乗せる。

「小父さん、すごい!」

 これにはニコルや他の子達も驚いたようだ。尊敬の眼差しで私の旦那様を見上げている。さすが、リーガス。その隆々とした筋肉、今日も美しいわ。

「そうか?」

 子供相手でも尊敬されれば嬉しいのか、2人の子供を肩に乗せたまま彼はその場でくるりと回る。きゃあきゃあと子供達は大喜びだ。

「これでお終いな」

 リーガスはそう言って子供を2人共地面に降ろした。まだまだ遊び足りない彼等は不満そうにしているが、それを年長のニコルがなだめている。さすがはお兄ちゃん。

「あの……」

 だが、そのニコルは年少の子達を宥めると、ためらいがちにリーガスへ話しかけた。

「どうした?」

「……小父さんの腕、触っていい?」

「いいが……」

 リーガスは不思議そうに、鋼の様に固く逞しい筋肉に覆われた腕をニコルの前に惜しげもなくさらし出した。

「すごい……」

 ニコルはその硬い筋肉の感触を確かめる様に子供らしい手で撫でている。……いいなぁ。

「あたしも触りたい!」

「僕も、僕も!」

 それを見ていた他の子供達も興味をひかれて我も我もとリーガスの腕を触る。……羨ましい。

「僕も小父さんみたいに力もちになれるかな?」

「うーんと鍛えなきゃダメだぞ」

 まだニコルはリーガスの美しい筋肉をナデナデしている。あー私も触りたい。

「先ずはしっかり食べて大きくならないとな。鍛えるのはそれからだ」

 小さなうちから過剰な筋肉が付くのは好ましくない。リーガスは子供達に優しく教えてやっている。それでも未練がある様で、子供達はまだ旦那様の筋肉をナデナデ……ナデナデ……。なんだか子供達が恨めしい。

 その筋肉は私のよ~



 小屋の陰から覗いていたジーンの怨念の籠った視線に気づいたリーガスは、大いに狼狽うろたえた。


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