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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
59/156

9 手がかりを追って1

 フォルビア領へ潜入したリーガスとジーンは馬を駆って南西へ向かっていた。オルティスの替わりに館の使用人達と会ってから既に3日経っている。彼等から話を聞き、希望者をロベリアへ逃がす手はずを整えるのに思ったよりも時間がかかってしまった。

 彼等が集めてきた情報の中に、館が襲われたあの日、大きな飛竜が南西に向かって飛んでいく目撃情報があった。いまだ行方の分からないグランシアードの可能性が高く、事後承諾になるがヒースに事情を記した手紙を送って2人で確認しに行く事に決めたのだ。

 2人きりで出かけるのはめったに無い機会だが、彼等は浮かれることなく無言で馬を急がせた。

「リーガス、湖だわ」

「リラ湖か……」

 既に日は暮れており、月明かりの中彼等の行く手に湖が見えた。このまま街道はリラ湖に沿うように続いている。

「確かこの先に小さな漁村があったな。訪問するには少し遅いが、話を聞くついでに一休みさせてもらおう」

 リーガスが頭に叩き込んだ周辺地図を思い浮かべながら提案すると、ジーンも賛成する。

「そうね。そうしましょう」

 ロベリアから派遣した別働隊の報告によると、エドワルド達が襲撃された森の中を調べた結果、神殿へ向かう森の出口付近でも襲われた形跡があった。さらに詳しく調べた結果、南西へ抜ける獣道に複数の馬の足跡を発見したのだ。グランシアードらしい飛竜が向かった方角と一致するため、急いで確認する必要があった。

「村ってあれかしら?」

 しばらく進んでいくと、行く手にそれらしい影が見えてきた。小さな村らしく、雲の合間からこぼれる僅かな月の光で辛うじて建物の存在を確認できた。

「おかしいな……」

 近づくにつれて2人は異変に気付いた。いくら遅い時間とは言え、灯りはおろか人の気配も感じない。

更に近づくと、焼き払われた無残な村の有様がはっきりと見えてくる。村の前で2人は馬から降り、その有様に言葉を失った。

「夜分すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 リーガスが声をかけてみるが返事は無い。だが、村の奥の方をよく見ると、辛うじて原型を留めている家があり、僅かに明かりが漏れているのが目についた。

 2人は顔を見合すと、用心しながらゆっくりとその家に近づく。すると扉の向こうから明らかな殺気を感じ、2人が身構えたところで扉から襲撃者が現れた。

「父ちゃんの敵!」

 木の棒を持った襲撃者はリーガスに打ちかかるが、熟練の竜騎士はあっさりとそれをかわして棒を取り上げ、相手を組み伏せた。

「子供?」

 驚いたことに相手は10歳くらいの男の子だった。リーガスとジーンがあっけに取られていると、今度は小石が飛んできた。

「兄ちゃんを放せ!」

 戸口に小さな子供が5人立っていて、彼等が2人に石を投げつけている。どの子もリーガスを襲った子供よりも幼く、一番小さな子は3歳くらいかもしれない。

「おい、ぼうず。どうして俺達が父ちゃんの敵なのだ?」

「兵隊はみんなそうだ!お前達も偉い奴の命令でおいら達を殺しに来たのだろう!」

 投げられる小石を手でよけながらリーガスとジーンは顔を見合す。

「我々は竜騎士だ。竜騎士が人を……ましてや罪の無い一般人を殺す事はありえない」

「とにかく石を投げるのをやめてくれない?お兄ちゃんにも当たるわよ」

 子供たちは何かを勘違いしているようだ。とにかく2人は彼らから話を聞くために自分達に敵意が無い事を示し、攻撃をやめさせた。見知らぬ大人がやってきて怖かったのだろう、一番小さな子供は泣いてしまっている。ジーンはその子に近寄ると、膝をついてぎゅっと抱きしめた。

「怖い思いをしたのね。大丈夫よ」

「ママ……」

 子供はジーンの胸に顔をうずめ、母親を思い出したらしく更にはげしく泣き出した。つられて他の幼い子供たちも泣き始める。彼女は彼等もまとめて腕に抱きしめた。

「大人はいないのか?」

「みんな兵隊に……」

 リーガスが襲ってきた子供を放して立たせてやると、彼も涙ぐんでいる。彼もまだ親に甘えたい年頃のはずなのに、年長の彼が今まで小さな子供達を引っ張ってきたのだろう。

「とにかく話を聞かせてくれないか?」

 兵隊と聞いてリーガスもジーンもピンと来るものがあった。沸き起こる怒りを抑えつつ、2人は子供達から話を聞くために彼等が住処にしていた家の中に入れてもらった。

 おそらく村長の住まいだったらしい大きな家で彼らは一緒に生活していた。家の中はお世辞にもきれいな状態ではなかったが、子供ばかりなら仕方のない事であろう。年長の少年は小さな声でぼそぼそと2人に勘違いした詫びを言い、短くニコルと名乗った。

 子供たちを快く許した2人は馬に積んでいた荷物から携帯食料を取り出すと、子供たちにも分けてやる。彼らはよほどおなかが空いていたらしく、それをむさぼるようにして食べ始めた。ジーンは幼い子供にも食べやすいように固い干し肉や固焼きのパンを小さくちぎり、沸かしたお湯に浸して食べやすくしてやった。

「食料は残っていなかったのか?」

 子供たちの食欲に半ばあきれながらリーガスがニコルに尋ねる。

「干し魚はあったけど、小麦や塩は兵隊が持って行っちゃった……」

「そうか……」

 携帯用の食料はまだあったが、翌日に食べる分を考慮してリーガスもジーンも食べるのを控えた。最後にジーンが干した杏子を少しずつ分けると、甘いものに飢えていた子供たちは大喜びで食べたのだった。

「眠いだろうが、そろそろ話を聞かせてもらっていいかな?」

 おなかがいっぱいになった子供たちは既にうとうとしはじめている。ジーンはニコル以外の小さな子供たちを寝かしつけるために、寝台がある隣の部屋へみんなを連れて行った。ニコルも眠そうにしているが、一刻も猶予がならない事態であるのは明白だった。今夜中に話を聞いて行動に移す必要があった。

「うん……」

 少年は眠気を振り払うように頭を数回振ると、ぽつりぽつりとその日の出来事を話し始めた。

「兵隊達が来たのは夜明け前だった。父ちゃんも母ちゃんも漁の準備で一度起きたけど、雨が降っているからってまた寝床へ戻ってきて、それで僕も目が覚めた。まだ暗くて、すごい雷と土砂降りの雨だったのを覚えている」

 明け方の雷雨と聞いて、リーガスはすぐに館が襲撃された日だと分かった。あれ以来、雨は降ったことはあっても、雷が鳴ったことはない。既に10日近く経っている。

「それで?」

 子供達だけでよく生き延びたと感心しながらも、彼はニコルに先を促す。

「雷が怖くてなかなか眠れなくて、寝床に丸まっていたら、悲鳴が聞こえたんだ。盗賊かもしれないと母ちゃんが言っていたけど、外の様子を見ていた父ちゃんがあれは兵隊だと言っていた」

 少年はその光景を思い出したらしく、体を一度ブルッと震わせた。

「兵隊がこっちにも来ると言って父ちゃんは母ちゃんに僕と弟をすぐに地下の食料庫へ降ろすように言って外へ行っちゃった。蓋を閉じてすぐに外で父ちゃんが誰かと言い争う声が聞こえたけど、それはすぐに悲鳴に変わって……」

 今夜も外は蒸し暑いくらいなのだが、ニコルは体を縮めて震えている。これ以上は無理かな……とリーガスが思い始めた頃に彼は再び口を開いた。

「僕と弟が一番奥の樽の陰に隠れていたら、誰かが蓋を開けて覗き込んでいた。多分、兵隊だと思うけど……。物色しようと思っていたみたいだけど、魚の匂いで諦めたみたいだ。他の偉そうにしゃべる人に呼ばれてすぐにどこかへ行っちゃった」

「無理ならもういいぞ。応援を呼んで君たちをどこかへ保護するから」

 少年の様子を見てリーガスは声をかけるが、彼は首を振る。

「まだ、言わなきゃいけないことがある。」

「何だ?」

 少年の必死さにリーガスは浮かしかけた腰を再び下ろした。

「それからすぐに村は火事になった。きっと兵隊達が火をつけたんだ。僕たちは怖くなって妖魔が来た時の為に掘ってあるトンネルから避難小屋に逃げ込んだ。途中で泣いてるちび達を見つけて一緒に逃げたけど、後ろから兵隊が来るんじゃないかと思うと怖くて、怖くて……」

「ちょっとお飲みなさい。」

 年少の子供たちを寝かしつけたジーンが戻ってきて、少し震えている少年に水の入った器を差し出す。

「ありがとう。」

 彼はそれを飲んで一息つくと、再び口を開いた。

「辺りが明るくなった頃、避難小屋から思い切って村の様子をうかがっていたら雨でもう火は消えていた。ちび達が今度はお腹が空いたと泣き出すから僕は後を弟に任せてまた食糧庫に戻った。外の様子も気になって、怖かったけど食糧庫の窓から外を覗いてみた。

 兵隊たちもいなくなり、村は静まり返っていた。村の大人たちが何人も倒れているのが見えたけど、怖くてまだ外に出る勇気も無かった」

 ニコルはまた縮こまって震えだす。そんな彼をジーンはそっと優しく抱きしめた。

「とにかく食べるものを持って帰ろうとしていたら、誰かが村に入ってきた。また兵隊じゃないかと思って怖くて震えていたけど、入ってきたのは一人だけみたいだった。怖かったけど、もう一回外を覗いてみたら、背の高い男の人が村の惨状を見て驚いていた」

「その人の顔を見たか?」

 リーガスはもしやと思いニコルに尋ねてみる。

「その時は雨具を身に着けていてわからなかった。何人か仲間がいたらしくて、あわてた様子で村の入り口に戻って行って何か話をしていた」

「連れが何人いたか覚えていないかい?」

「……僕がいた所からは姿は見えなかった。わずかに聞こえてきた声の感じから女の人もいたみたい」

「それから?」

 尋ねるリーガスの声は震えていた。

「そこへ兵隊たちがたくさん戻ってきた。逃げろと言う男の人の声が聞こえて、空の馬が3頭か4頭、兵隊たちに向かっていった。女の人が叫ぶ声が聞こえたし、子供もいたみたいだ」

 ジーンがリーガスをふり仰ぐ。

「馬に乗った男の人が雨具を脱ぎ捨てて一人で立ち向かっていくのが見えた。たった一人で何人も何人も向かってくる兵隊を倒してすごく強かった。遠くて顔はよくわからなかったけど、見たことないようなきれいな髪をしていた。

 銀のお金を前に村長さんから見せてもらったことがあるけど、あの人の髪はお金よりもずっときれいで輝いているように見えた」

「プラチナブロンド……」

 ジーンは既に涙声だった。そんな恋人の肩を一度抱くと、リーガスは振り絞るような声で少年に尋ねる。

「その方は名乗っていなかったか?」

「とても長い名前で全部覚えていないけど、女の人がその人をエドって呼んでいた。一緒にいた子供はその人の子供だったみたい」

「殿下……」

 ジーンは手で顔を覆う。そんな彼女を気遣いながらもリーガスは少年に先を促す。

「その後、どうなった?」

「兵隊が多すぎて、あの人だけではどうにもできなくて、最後は捕まってしまった。血まみれでぐったりしているあの人を兵隊たちが連れて行くのが見えた……」

「その人は亡くなられた訳ではないのだな?」

 ニコルの顔を覗き込むようにしてリーガスが確認をする。

「うん……。後で村を物色していた兵隊たちが話しているのが聞こえて、偉い人のところへ連れて行ったと言っていた」

「そうか」

 渋い表情のままリーガスは固く拳を握りしめた。言いようのない怒りに体が震える。

「その方のお連れはどうなったか分かるか?」

「船が一艘無くなっていたから、湖に逃げたと思う。霧雨で視界が悪かったし、その時に捕まった様子は無かった」

「……そうか」

 リーガスはどうするか急いで考えを巡らす。囚われたエドワルドの安否も確かめねばならないし、湖に逃れたフロリエやコリンシアの行方も探さねばならない。それにニコル達もこのままにしておけない。ラグラスの主張と異なる貴重な目撃者である。彼らの存在を知れば、容赦なく始末されるだろう。

「小父さん、竜騎士って言ったよね?」

 小父さんと呼ばれたことに少々傷つきながらもリーガスは頷いた。

「ああ、そうだ。私も彼女もロベリアの第3騎士団所属の竜騎士だ」

「あの、飛竜がいるのだけど、彼を見てほしい」

「飛竜?」

 身を乗り出す少年に思わず彼は聞き返した。泣いていたジーンも思わず顔を上げる。

「うん。黒くて大きな飛竜がこの先の船小屋にいる。怪我をしていて動けないみたい」

「まさか……」

「グランシアード」

 元々、グランシアードの行方を追ってこちらに向かったのだ。飛竜はパートナーの気配をたどってここへたどり着いたようだ。

「案内してくれ」

「わかった」

 すぐに手燭を用意してリーガスとニコルは外に出ていく。ジーンは小さい子供達のそばについていることになった。

「あの人は小父さんとお姉さんの大事な人なの?」

 再び小父さんという言葉にショックを受けながら、リーガスは頷く。

「ああ。我々にとって唯一無二のお方だ。この国にとってもなくてはならない存在だ」

「ふうん」

 子供にはイマイチ理解できない様子である。

「その黒い飛竜はおそらくあの方の飛竜だろう」

「そっか……」

 2人はやがて村の外れにある船小屋に着いた。リーガスが開け放たれている戸口から中を覗くと、大きな黒い飛竜がうずくまっている。漁船が何艘も納められる小屋だが、少し彼には窮屈そうに見える。

「グランシアード……」

 リーガスにはすぐにその飛竜がエドワルドの相棒であることが分かった。彼は閉じていた目を開け、リーガスに気付くと首を伸ばして彼に頭を摺り寄せてきた。

「わかるか?私だ、リーガスだ」

 飛竜はリーガスに頭をなでてもらうと、辛そうに再び目を閉じた。小屋の中は異臭が漂っている。お世辞にも清潔とはいえないこの小屋の中で、飛竜の傷は化膿し、感染症をおこしているのかもしれない。子供たちばかりで生き延びるのに精一杯の状態で、飛竜にまではなかなか手が回らないのは仕方がない事である。

「ここへ来たときはまだ元気があったのだけど、昨日か一昨日からは起き上がれないみたいだ。父ちゃんたちを埋葬するのも手伝ってくれた優しい飛竜だから助けて欲しい」

「そうか……」

 リーガスは手燭を頼りに丹念にグランシアードの傷を確認する。全身いたるところに火傷の跡があり、翼の被膜も相当傷んでいる。その傷のほとんどが化膿し、ひどいところはうじがわいている。手持ちの応急処置程度の薬では到底足りるものではない。

「急がないと命にかかわるな」

 とにかく人手が必要であった。リーガスはジーンと相談するために、一旦彼女が待つ家に戻った。

「どうだった?」

 心配そうな彼女にリーガスは固い表情で答える。

「グランシアードに間違いない。だが、酷い火傷を負っていて、ほとんどが化膿している。被膜もボロボロで蛆がわいているところもある」

「何てこと……」

「俺はこれから正神殿に行ってくる。ロイス神官長なら力を貸してくれるだろう。最低限食料と薬は確保してくる。うまくいけばニコル達も保護してくれるはずだ」

 決意を込めてそうリーガスが断言すると、ジーンも頷く。

「わかったわ。私はここに残ってグランシアードにできる限りの手当てをしておく」

「そうしてくれ」

 リーガスも頷き返すと妻の肩を軽くたたいた。

「僕にも出来ることがある?」

 ニコルが2人の竜騎士をふり仰ぐ。

「今夜はもう遅いから休みなさい」

 優しくジーンが答えると、彼は残念そうな表情となる。

「私はグランシアードにかかりきりになってしまうから、小さい子達を見てあげて」

「まだ徹夜は無理だろう。とにかく今夜は休んで、朝になったらジーンを手伝ってくれ。できるだけ早く戻ってくるから」

 2人に諭されるように言われると、少年は小さく頷いた。

「それから、一つ君に頼みがある」

「何?」

 大柄なリーガスは少年の目線に合わせるようにして屈むと、真剣な表情で彼の顔を覗き込む。

「今では君が村の代表と思ってお願いする。しばらくの間、我々や我々の仲間達がこの村に逗留することを許して欲しい」

「……」

 少年は返事に困って首をかしげる。

「あの飛竜を我々だけでは看病しきれない。仲間を何人か呼ぶ必要がある。それに、今私たちはあの人を助けるための情報を集めている。フォルビアの中でその情報を持ち寄る場所が必要なのだ。この村を貸してはもらえないだろうか?」

 ニコルはしばらく考えると、大きく頷いた。

「この村、マーデ村っていうんだ。小父さん達いい人だから使っていいよ」

「ありがとう。だが、これだけは約束しよう。例え私一人でも君たちが一人前になるまで支援させてもらおう」

「私を忘れないで」

 ずっと黙って聞いていたジーンが口をはさむ。リーガスは妻に笑って頷く。

「私達だけでも……だな?」

「ええ」

 その様子にニコルもつられて笑う。リーガスは大きな手で少年の頭をなでると表情を引き締めて立ち上がる。

「じゃ、行ってくる」

「気を付けてね」

 見送ってくれるジーンとニコルに軽く手を上げると、リーガスは外に出て馬を呼び寄せた。手持ちの装具を軽く確かめると、その背にまたがり正神殿目指して夜道を急いだのだった。





 ヒースはロベリアの西砦の一室で不機嫌そうに報告書の束に目を通していた。エドワルド一家が行方不明になって既に10日経っている。彼等の行方が分からないばかりでなく、協力を要請した他の騎士団からの返答はかんばしいものが返ってこない。更には皇都から政務官を任命されたとトロストが総督府に押しかけ、ロベリア総督を初めとする高位の文官と竜騎士達の行動を監視し始めたのだ。

 リーガスとジーンの不在を隠すため、騎士団は演習という名目で総督府を離れて西砦に駐留していた。ルークも回復したエアリアルと共に、トロストに気付かれないうちにこちらへ移っていた。

「全く、どいつもこいつも……」

 皆、我が身がかわいいようで、国政の権力を一手に集めてしまったグスタフに逆らえないでいるらしい。上の立場の者は逆らえば降格されてしまうし、下にいるものはここで取り入っておけば昇格も夢ではなかった。

 一番いい例が第1騎士団の団長であったブロワディである。本宮内で最後まで抵抗した彼は資格をはく奪されて謹慎を命じられている。かなめの団長が失職した為、第1騎士団の結束は乱れ、さらには主だった竜騎士が地方の騎士団へ左遷されてしまったのだ。

 代わりに第1騎士団の要職に就いたのは、ゲオルグが形ばかりの総督を務めていたマルモア所属の第4騎士団の竜騎士達である。彼らはこの人事に大いに満足し、ゲオルグやグスタフに忠誠を誓っていると聞く。更にはワールウェイド領からも兵を呼び寄せ、本宮や皇都を物々しく警備しているらしい。

「団長、リーガス卿から手紙です」

 風を通すために開け離れたままの扉から、慌ただしくルークが室内に入ってくる。

「リーガスから?」

 予定では3日前にリーガスとジーンは帰ってくる予定だったのだが、グランシアードらしき飛竜の後を追うと連絡したきり音沙汰が無くなっていた。ヒースはルークから手紙を受け取ると、すぐに目を通し始めた。彼の不機嫌そうな表情が一変する。

「いかがされましたか?」

 思わずルークが口をはさむ。

「読んでみろ」

 ヒースはルークに手紙を渡すと、報告書の山を脇に追いやり、あわてた様子でフォルビアの地図を広げ始める。その様子をいぶかしく思いながらも、ルークは手渡された手紙に目を通し始める。

「……村が一つ滅ぼされた……殿下が兵士に連れ去られた?」

 驚きのあまりルークは声を漏らす。

「ばか、声が大きい」

「あ……すみません」

 念のため、砦にいる兵士は雑兵に至るまで身元確認を行っているが、政務官に内通しているものがいないとは限らない。届いた情報はそれだけ貴重なものであった。

「生き残った子供達はフロリエ様の無実を証明する貴重な証人だ。すぐにフォルビアの外へ連れ出すのは困難だが、一時的に神殿が保護してくださるのでひとまず安心だろう。問題なのは殿下の安否とフロリエ様、コリンシア様の行方、グランシアードの怪我の具合だな。」

 ヒースは小声で手紙の内容を確認しながら机上に置かれた地図に印をつける。

「問題の村はリラ湖畔のこの辺り。殿下はおそらくフォルビア城か、親族たちの影響が強い西部の砦か館に連れていかれたかもしれない。フロリエ様方はここから船で脱出されたのなら、どこの岸に着かれても東へ向かわれただろう。」

 軍議にも使う駒を地図上に置いていき、現状を分かりやすく再現する。

「グランシアードの怪我は酷そうだな。神殿の厩舎の係を2名、村に派遣してくれたようだが、彼等だけでは無理だろう。だからと言ってこちらから派遣するには時間がかかるな……」

 既に潜入している者もいるが、頻繁に連絡を取れない状態で命令がいつ届くか分からない。しかし、トロストにばれない様に新たにロベリアから係を呼び寄せるには時間がかかる。

 一刻を争うのはそれだけでない。大々的に手配されているフロリエ達の行方もフォルビア側より先に見つけなければならない。リラ湖畔を全て捜索するには大幅な増員が必要であった。

「私が行きましょうか?」

 困った様子のヒースにルークが名乗り出る。エアリアルも既に復調しているし、ここにはいないことになっている彼が留守にしても怪しまれる事はない。それに彼は気難しい所もあるグランシアードがエドワルド以外で心を許す数少ない人間の一人であった。

「お前が?フロリエ様の捜索に加わると思っていたが?」

 驚いたようにヒースが顔を上げる。

「確かに、今すぐに飛んでいきたい気持ちはあります。ただ、私が飛び回ると目立ってしまいますし、焦る気持ちからどこで失敗するか分かりません。グランシアードの世話と看病をしながら、あの村の近辺を中心に調べようとは思います」

「……そうしてくれるか?」

「はい」

 ヒースが少しほっとしたように頼むと、ルークは大きく頷いた。

「ただ、あれから10日以上経っています。女性と子供の足でもロベリアとの境に近づいていてもおかしくはないと思います」

「そうだな。まだフォルビアとの境界でそういったトラブルは起きていない。だが、向こうの検問はかなり厳重で、向こうからこちらへ来ようとする女性は全て念入りな身体検査が実施されていると聞く。特にコリンシア様の髪は目立つからな。帽子で隠す程度ではすぐに見つかるだろう」

 ヒースはため息をつくと、再び地図に目を向ける。ルークも同道している恋人の事を思うと、胸が締め付けられるように痛む。

 ちなみに街道から外れて来ようにも、北部の境界には切り立った崖と対妖魔用の城壁があり、南部の境界には大きな川が流れているために女性や子供ばかりでは容易に超えることが出来ない。鍛え上げられた彼等だからこそ夜陰に乗じて崖を超え、境界を行ったり来たり出来るのだ。

「検問に躊躇ちゅうちょしてどこかに留まっているのでしょうか?」

「それもあり得るな。リラ湖を船で逃げたのなら、南部へ着いた可能性もある。捜索区域をもっと南へ広げてみよう」

「そうですね」

 ルークが同意すると、ヒースは潜入させる人員を紙に書きだし始める。主だった竜騎士はフォルビア領内ではすぐにばれてしまう恐れがあり、土地勘があり、信用のおける騎馬兵の中から選び出している。

「ジーンクレイとリリアナを連れて行きましょうか?」

 ルークの提案にヒースの動きが止まる。

「あの2頭はお前達についていけないだろう?」

 水の資質を持つ2頭は感応力に優れるものの、風や炎の資質を持つ飛竜に比べると移動速度は劣ってしまう。ましてやタランテラ最速と言われるエアリアルに遅れずについて飛ぶのは不可能であろう。

「空で飛ばせば大丈夫でしょう。明日は新月です。高層域を飛べば闇にまぎれて境界を警戒するフォルビアの竜騎士にもわからないはずです。とにかく2人には戻ってきてもらわないと……」

 一番長く留守にしている2人はトロストの存在すらまだ知らないだろう。所用で一足先にこちらへ来たことになっている2人に一度会わせろとトロストからの催促が来ていた。のらりくらりとかわしてきたが、そろそろ限界である。下手をすれば向こうから出向いて来るかもしれなかった。フロリエやコリンシアが見つかった時のことを考えれば、それは避けておきたかった。

「分かった。任せる。念のため、残った我々は2日間の夜間演習でも行おう」

「ありがとうございます」

 西の砦にはヒースのほかに3名の新任の竜騎士が来ていた。こちらへは彼等に地理を覚えさせるという名目で来ており、夜間演習を行ったとしても不自然ではない。だが、演習と断っていてもフォルビア側はその動向を警戒するはずで、ルークが潜入しやすいように彼らの注意をひきつけてくれるらしい。もちろん、明日ロベリアへ戻ってくるリーガスとジーンの手助けも兼ねている。

「すぐに準備を整えます」

「少し体も休めておけよ」

 無理をしかねないルークにヒースは釘をさすのも忘れない。

「分かっております」

 彼はバツが悪そうに頭を下げると、準備を整えるために部屋を後にした。


後にリーガスとジーンはニコル達6人を養子に迎え、自分達の子と合わせ11人の子だくさん家族となりますw

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