4 悪夢の始まり1
戦闘シーン及びそれに伴う流血のシーンが有ります。苦手な方はご遠慮ください。
朝方、降り続く雨の中をルークが急ぎの知らせを持ってやってきた。慣例通り、まずはアスターに知らされ、急ぎ身支度を整えた彼はルークが待たされている部屋に向かう。
「どうした、ルーク?」
「アスター卿……」
いつになく青ざめた顔をした彼は、懐から油紙に包んだ紙を差し出した。それを開いて目を通したアスターも言葉を失う。
「嘘…だろう……」
「ヒース団長の命令でこれから皇都へ行きます」
この雷雨の中を飛び回ることが出来る飛竜は稀である。その中の一頭であるエアリアルはこの荒天をものともしないが、意外にグランシアードは雷を苦手としていた。
「……分かった。だが、無理はするな」
アスターは我に返ると、それだけ言葉をかえした。
「はい」
ルークは頭を下げると、すぐに部屋を出て行く。今は一刻を争う。アスターも急いでもたらされた知らせをエドワルドに伝えに走った。彼等が泊まる客間の扉を叩くと、オリガが出てきた。急ぎの旨を伝えると、すぐにエドワルドは寝巻きのまま起きて出てきた。
「兄上が!」
アスターが差し出した手紙を見ると、さすがのエドワルドも言葉が出ない。
「エド、どうしたの?」
声をかけられ、彼が振り向くと、オリガに手を引かれたフロリエが立っている。尋常でない様子に不安げな表情をしている。
「……兄上が亡くなられた」
「え?」
「礎の里へ向かう途中に海賊に襲われて斬られたと……」
「そんな……」
エドワルドの答えにフロリエもオリガもショックを隠しきれない。
「しかも知らせが届いて半月近く経っているのに私の所へその事実が伝えられていない。ルークが詳細を調べに先に皇都へ向かってくれた。私も行かねばならない」
「はい……」
「すぐに仕度する。館へ戻る準備をしてくれ」
「かしこまりました」
アスターは頭を下げるとすぐに準備の為に部屋を後にする。エドワルドはすぐに着替えを済ませると、もてなしてくれたロイスに挨拶をしに行く。夜明け前で就寝中だったが、彼はエドワルドの来訪と聞いてすぐに身支度を整えて出てきてくれた。
「せめて雨が止むまでお待ちになっては?」
まだ詳細が分からないのでロイスには急用としか言えなかった。昨夜ほどではないにしても雷は止んでおらず、激しい雨が降り続いているので、彼はそう言ってエドワルドを引き止めた。
「お気遣いに感謝します。しかし、急ぎますので準備が整い次第出立します」
エドワルドは、なおも引き止めようとするロイスに頭を下げ、彼の部屋を出ると客間に戻る。フロリエも起こされて眠そうにしているコリンシアも着替えを済ませ、彼が戻るのを待っていた。
「さあ、帰ろう」
「はい」
エドワルドはコリンシアを抱き上げ、フロリエはオリガに手を引いてもらって部屋を後にする。知らされた内容の深刻さに、皆の表情は硬い。無言で戸口へと向かう。
神殿の戸口にはアスターと護衛の竜騎士と騎馬兵達、そしてティムが馬の準備を整えて待っていた。更にはロイスも慌てた様子で見送りに出てきてくれる。
道が雨でぬかるんでいるので、立ち往生の恐れのある馬車は置いていく事にし、皆馬に乗って帰ることに決めた。エドワルドは自分の馬にコリンシアも乗せてフロリエの乗る馬も操り、オリガの乗る馬はアスターが操る事に決めると、神官達が用意してくれた雨具をはおり、馬にまたがる。そして一行は館を目指して馬を走らせ始めた。
夜が明け始めた頃、林の中の道を進んでいると、行く手に百騎あまりの騎馬兵が現れた。全員覆面しており、道をふさぐようにして馬を並べて動こうともしない。手前で一行は馬を止めた。
「道を開けよ」
アスターが進み出て言うが、彼等は何の反応も示さない。すると護衛の竜騎士の1人が隊長格の兵士に馬を寄せていく。
「仕事は果たした。通してもらうぞ」
だが、隊長格の男は無言で彼を切り伏せた。彼は馬の背からぬかるんだ地面にドサリと音をたてて落ちる。フロリエとオルガは悲鳴を上げ、エドワルドはとっさにコリンシアの顔を隠した。
「約束が……」
斬られた竜騎士は地面から手を伸ばすが、隊長の脇に控えていた別の兵士が槍で止めをさし、彼は絶命する。
「女と子供を捕らえよ」
感情の無い声で隊長格の男が命じる。
「!」
「何のつもりだ!」
エドワルドの問いに彼等は答えず、全員が武器を構えて徐々に間合いを詰めてくる。仲間の竜騎士の裏切りとその末路にショックを受けていた護衛達は、我に返るとエドワルドやフロリエを守るようにアスターの隣に馬を進ませ身構える。
「神殿にお戻りください。」
アスターは小声でエドワルドに伝える。迷っている暇は無い。彼は妻子を守る為、3頭の馬を神殿に向けて全力で走らせ始めた。アスターの指示で護衛が2人それに従い、少し遅れてティムもついてくる。それを合図に背後では戦闘が始まったのだろう、刃と刃がぶつかり合う音が響く。
「一体……」
「とにかく、安全な場所へ」
戸惑うフロリエにエドワルドは渋い表情のまま答える。ここまで組織だった兵士を動かせるのはフォルビアの親族達ではラグラスしかいない。一番着服額の多かった彼が素直に金を返さないかもしれないと思っていたが、ここまで強硬な手段をとるとは思っていなかった。護衛に選んだ竜騎士の内通にも気付かず、自分のうかつさにエドワルドは腹が立っていた。
馬を全力で走らせ、もう少しで林を抜けると言う所で、ヒュンという音と共に先頭を走っていた護衛の胸に矢が刺さり、彼は馬から転げ落ちる。エドワルドはとっさに馬を止めると、更に数本の矢が飛んでくる。自分に向かってきた矢を剣で払い落とすと、行く手の脇にある潅木の茂みから数十名の兵が武器を手に飛び出してきた。
「お見通しと言うわけか……」
「ここは私が……」
残った護衛が一家を守るように前に進み出る。エドワルドは寸の間迷ったが、ティムを先頭にフロリエ、オリガの順に馬を道から外れさせる。自分の馬にはコリンシアが乗っている為、無理はせずにすぐに後を追う。
あの護衛もすぐに倒されてしまったのか、背後から追いかけてくる気配がするが、迷わず獣道のような細い道をひたすら馬を急がせた。大人数で武装している為、追っ手は思うように動けないのだろう、やがて背後からの気配は感じられなくなった。一行は走り通しの馬の速度を緩めて労わりながら、やがて林の外れに出た。
「いかが致しますか?」
不安そうにティムがエドワルドに振り返る。あまり視界のいい場所に出ると、すぐに見つかる恐れがあった。素早く当たりの地図を脳裏に思い浮かべる。昨日は立ち寄らなかったが、この林から南にある湖のほとりに小さな漁村があったと記憶していた。雨で湖面は荒れているかもしれないが、船を借りて東に向かえば館へ帰れるはずだった。最悪の場合、ロベリアへ向かうという選択肢もある。ただ、同じ事を追っ手も考える恐れがある。急がねばならない。
「近くに漁村があるはずだ。そこで船を借りよう」
「はい」
弱まって霧雨状になった雨が視界を悪くしてくれたのは一行にとって幸運だった。エドワルドは記憶を頼りに、道から少し外れた位置を保ちながら湖を目指して馬を南下させる。残してきたアスターや竜騎士達が気がかりであったが、今は自分達が逃げねばならない。焦る気持ちを抑えながらひたすら湖を目指した。
やがて湖のほとりに着いた。昨夜からの雨で思った以上に湖面は荒れているが、それでも彼等は僅かな望みをかけて漁村を目指した。皆、疲れ果てていたが、霧雨に煙る湖畔に漁村らしき影を見つけると、彼等は馬の速度を上げた。
「何てことだ…」
その有様にエドワルドは天を仰ぐ。フロリエもオリガもティムも絶句していたが、すぐに祈りの言葉を口にする。コリンシアにはとても見せられず、エドワルドは長衣で彼女を包み込んだ。
村は何者かに襲撃されて焼かれていた。家は焼け落ち、簡素な衣服を着た住人達は皆、倒れ伏している。逃げ惑うところを背後から襲われたのだろう、背中には一様に刃物による切り傷を負っている。
エドワルドはコリンシアをフロリエに預けると、馬から降りて幾人かの生死を確かめてみたが、既にこと切れていた。中には老人や子供もいて放置していくことに心が痛むが、追われている彼等には時間が無かった。
「殿下、これなら使えそうです」
ほとんどの船が破壊されて使い物にならなくなっていた。その中からティムが無傷の小舟を見つける。5人も乗れば身動きも出来ないほどの小ささだが、贅沢を言っている場合ではなかった。
「急ぐぞ」
エドワルドはそう言うと、ティムと力を合わせて小船を湖へと押していく。オリガは馬に用意していた飲み水の入った皮袋などを集めて小舟にまとめて入れ、フロリエはルルーに集中して辺りを見張る。
「エド!」
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
フロリエの声と追っ手の声が重なる。小船は湖面にちょうど浮いたところだった。
「急げ。」
エドワルドはコリンシアとフロリエを抱えて小船に乗せる。そして懐から巾着を取り出すとフロリエに握らせ、彼女にそっとささやいた。
「永遠に愛している。」
「エド?」
フロリエが戸惑っている間にオリガとティムが櫂を握って座り、それを確認したエドワルドは力いっぱい小船を押した。そして馬を呼び寄せそれにひらりとまたがる。
「エド!」
「殿下?」
問いには答えず、追っ手が放つ矢を長剣で払い、迫ってくる追っ手を攪乱させるために、他の3頭の馬を真直ぐ彼らに向けて突っ込ませた。
「ティム、後を頼む」
「私が代わります」
彼はそう言って船から降りようとする。
「お前の腕では無理だ。行け」
「エド!」
「殿下!」
哀れな馬たちは既に追っ手の兵士に斬り殺されていた。兵士達は目前に迫ってきている。
「行け!」
エドワルドは鋭くそう命じると、雨具を脱ぎ捨てた。プラチナブロンドの髪がたなびくと、追っ手も一瞬ひるんだようだ。
「我が名はエドワルド・クラウス・ディ・タランテイル。腕に覚えがある者からかかってくるがいい」
そう言い放つと彼は長剣を構える。
「エド!」
「父様!」
フロリエとコリンシアが身を乗り出そうとするのをオリガは必死に止め、ティムは唇をかみ締めると櫂を操り始めた。徐々に岸が遠のき、やがて霧雨の向こうに孤軍奮闘する彼の姿は見えなくなった。
「エドー!」
声を限りにフロリエは叫んだが、虚空にむなしく響いたのみであった。
アスターは林の外れにある木の根元に倒れ込んでいた。顔に受けた傷は左目の視力を奪い、他にも体のいたるところに大小様々な傷を負っていた。もう指一本動かす気力すら残っていない。
「殿下……」
百人あまりの兵士相手に10人にも満たない数でよく持ちこたえたとは思う。だが、多勢に無勢なのは明白で、他の護衛達は次々に力尽き、彼自身も馬と剣を失い、全身傷だらけとなった。血まみれで倒れた彼を襲撃者達は死んだと思ったらしく、大して確認もしないまま、元々の目的であるエドワルドやフロリエを追って行ってしまった。それでもアスターは這うようにして後を追ったのだが、ここまでが限界だった。雨に打たれながら彼は静かに目を閉じた。
日が昇るに連れて雨は小降りになってきて、周囲は幾分明るくなっていた。それが急に暗くなる。アスターは僅かに残った力で右目を開ける。
「ファルク…レイン……」
彼の相棒の飛竜が顔を覗きこみ、心配そうな低い声でグッグッと鳴いている。館に置いてきた彼がここにいるのは驚いたが、最後に会えたのは嬉しいと思った。
「代わりに…殿下を……」
それだけ言うと、伸ばしかけた彼の手から力が抜けていく。
“彼女は悲しんでくれるだろうか?”
遠のく意識の片隅で彼が最後に思いだしたのは、皇家の色の髪を持つ女性竜騎士の姿だった。
「全く腹立たしい!」
侘しい夕食の献立に腹を立ててカトリーヌ・ディ・ヘデラは声を荒げた。つい先日まではテーブルに山海の珍味を所狭しと並べ、それを極上のワインと共に頂くのが常であった。
しかし、グロリアの遺言でどこの誰かも分からぬ小娘にフォルビア大公の地位を奪われ、当然の報酬としてもらっていた金の返還を要求されていた。更には理不尽な裁定により慰謝料まで請求されたのだ。所有していた土地も豪邸も召し上げられ、使用人も大幅に減らされた。現在2人は息子のダドリーと共に田舎にある古びた別荘で、僅かな使用人に世話されて慎ましやな生活を強いられている。
夫のヤーコブはグロリアの夫の妹の孫にあたり、カトリーヌはグロリアの夫の弟の孫にあたる。ラグラスもヘザーもカトリーヌの従姉弟だが、親族同士で結婚した自分達により当主となる権利があると信じて疑わなかったのにだ。
「おう、シケた面してるな」
そこへ何の前触れなくラグラスが姿を現した。夫妻は突然の闖入者に不機嫌な視線を向ける。
「何の用だ?」
ラグラスは図々しくも外出していて空いている息子の席に座るとテーブルに並んだ料理をつまみ、あろうことか酒まで要求してくる。
「そなたに飲ませる酒はないわ」
「相変わらずシケてんな」
いつになくラグラスは上機嫌だった。エドワルドから厳しい請求が突きつけられ、自分達以上に追い詰められている状況だったはずなのにだ。自棄になって身包み剥がされる決意でもしたのか、気味が悪い位である。
「貴様に飯を食わせる余裕などない。用が無いなら帰れ」
「そう邪険にするなよ。いい情報があるぜ」
そう言ってラグラスは懐から何かの書簡を取り出し、ヤーコブへ放り投げる。
「読んでみろ」
促されて書簡を広げて目を通してみると、とある人物の訃報を伝える内容に驚愕して固まる。そんな夫の様子を訝しみ、カトリーヌは横から書簡を奪うようにして目を通す。
「……これは、真か?」
「事実らしいぜ」
ラグラス自身もそうだったが、俄かには信じられないのだろう。その衝撃から立ち直らないうちにラグラスは2人を仲間に誘ってくる。
「手を組もうぜ」
「しかし、だからと言って我々に何の得が……」
その事実がもたらす利点がまだ思い至らないのだろう。2人は戸惑った様子で答に躊躇する。
「あったま悪ぃなぁ。ばばぁの遺言思い出してみろよ。今、あの3人に何かあったらどうなる?」
「それは……国の方に……」
そう答えたところでようやく頭が働く。フォルビアが国に返還されたらもう望みは無いと思っていたが、その書簡の内容が本当であれば話は変わってくる。新たに自分達のうちの誰かが指名してもらえるかもしれないのだ。
「ようやくわかったみてぇだな。既に準備は進めている。おめぇらはどうする?」
「しかし……大丈夫なのか?」
あの3人に何かを仕掛けるつもりなのだろうが、国内有数の竜騎士を相手にするとなると相当数の兵力が必要となる。
「その手駒も用意した。当主を俺に認めんなら乗せてやってもいいぜ」
何やら策があるらしい。自信満々のラグラスに夫妻は顔を見合わせる。
「このまま、みじめったらしい生活を押し付けられるか、俺様に協力してうまい汁を吸うか今すぐ選べ」
ラグラスを当主に据えるのは癪に触るが、それでも以前の様な優雅な生活に戻れるのであれば彼らに否応もなかった。
「分かった、その代り……」
「分かっているさ」
ヤーコブの返答にラグラスはニヤリと笑った。
サントリナ家の別荘から出て来た馬車の中で男は財布の中身を確かめていた。黄金色の輝きに自然と頬が緩む。
「ちょろいもんだ」
男はそうつぶやくと財布を懐にしまった。彼はその薬の調合の確かさで一部の貴族から重用されている医者だった。現在はローグナーと名乗っているが、本名はリューグナー……横領など複数の罪で手配されているグロリアの元専属医だった。
半年前に職を追われ、野垂れ死ぬところだったのをある人物の代理人という男に救われた。そして髭を蓄えるなどして印象を変え、この春から皇都に移り開業したのだ。
最初は代理人が紹介した患者を診ていたが、その薬の効能は人づてで広まり、短期間で貴族からも指名を受けるまでになっていた。
その筆頭がサントリナ大公婦人のソフィアで、今日も直々に以来があってその往診の帰りだった。もっとも痛めた足が回復した現在は、往診はついでとなっている。フォルビアに伝手がある事をほのめかしたところ、エドワルドの事を心配しての事だろうが、あちらの状況……正しくは新大公フロリエの人となりを知りたがったのだ。
リューグナーにとって因縁のある相手である。代理人からも彼女の不安を煽れと命じられていたので、恨みも込めて悪い噂を選んで伝えていた。すると悪い噂を言えば言うほど彼女は情報料と称して報酬を上積みしてくれる。これに味を占めたリューグナーは精神安定剤と称して思考を鈍らせる薬も渡し、暗示にかける様にフロリエを悪女に仕立て上げていった。
「……おいっ、どこに向かっているんだ?」
リューグナーは何気なく窓の外を見てギョッとする。いつも通る道を外れ、いつの間にか郊外の田舎道を走っていた。慌てて御者に声をかけるが、相手は無反応でそのまま馬車は進んでいく。やがて人家のない寂しい場所で馬車は止まった。
ガチャ
馬車の扉が開く。リューグナーが身構えていると相変わらず黒ずくめの服装をした代理人が入ってきた。
「あ、あんたか……」
安堵したリューグナーは浮かしかけた腰を座席に落ち着けた。
「潮時だ。このままフォルビアに行ってもらう」
「フォ、フォルビア?」
驚きのあまりリューグナーは座席から転げ落ちる。彼の顔は皇都ではあまり知られていないので、髭を生やす程度の変装でごまかしがきいたが、顔なじみの多いフォルビアではそうはいかない。すぐにバレて捕われてしまうのは目に見えている。
そしていくら自分が認めたくなくても、現在の当主は紛れもなくあのフロリエである。共同統治をしているエドワルドは、容赦なく自分を裁き、一切の手加減なく罰を与えるだろう。自分がやらかした事の重大さを理解しているだけに、命は助かるにしてもこの先老いるまで牢に入れられるのは間違いない。せっかく手に入れた自由と金蔓を失いたくなかった。
「サントリナ大公が気付いた。これ以上留まるとこちらの計画にも支障が出る」
「だが、フォルビアはマズイ……」
これ以上皇都に留まれない理由は分かった。だったら他の場所を用意してほしいと切実に願うが、代理人はあっさりとそれを却下した。
「心配するな。あちらに着く頃にはけりは付いている。邪魔者は排除されて新たな大公が就任している手筈となっている。貴公はあちらで例の薬を作ってくれればいい」
「ほ……本当なのか?」
邪魔者にはあのエドワルドも含むのだろう。切れ者の副官ももれなくついてくるはずなのだが、彼等をまとめて排除したのだろうか? それ以上の詮索は出来なかったが、援助をしてもらっている以上代理人の言葉には逆らえず、リューグナーはフォルビア行きに同意した。
ルークとティムの野外活動1
ルークの覚書
1日目
見送りの為にわざわざ館に来てくれていたオリガが朝ごはんだけでなくお弁当を用意してくれた。
今からお昼が楽しみだ。
昨夜は今日に備えて早く寝てしまい、オリガと過ごすことが出来なかったのが悔やまれる。だけど……この旅を終えたら休暇を貰い、一緒にアジュガへ帰省する約束だ。
へましないように気を引き締めて行こう。
日の出とともに館を出発。
街道を道なりに北西に向かい、一旦フォルビアの街を目指す。
大過なく進み、フォルビアの街に着く。今日はここで宿をとった。
2日目
宿で朝食をとってから出発。
街道に沿って北部を目指す。
昼を過ぎた頃に穀倉地帯を抜ける。いいペースだ。
最北の山岳地帯を目指す。
日が暮れる頃、麓に到着。水場を見つけたので今夜はここで野宿。
ティムもまだ余力があるみたいなので不寝番は交代でする。
エアリアルは今頃どうしてるかな。
3日目
日の出とともに出発。
山道はよく整備されていて思った以上に旅が捗る。
それにしても不思議だ。
確かにこの先には湯治場があるが、その規模に対してあまりにも道が立派過ぎる。
むしろ今まで通ってきた街道の整備の方が遅れている気がする。
昨年は気づかなかったが、この先に何かあるのだろうか?
今夜も野営。交代で不寝番をした。
オリガに早く会いたいな。
4日目
今日も日の出とともに出発。
午前中に最初の目的地、古傷に効能があると言う温泉が湧く湯治場に着く。
早めに宿を決めて食堂で昼食を摂りながら情報収集する。
陽気な食堂のおばちゃんが、色々サービスしてくれる。
ありがたいが、さすがに満腹だ。
小さな食堂だが随分と羽振りが良さそうだ。
夜になると隣のワールウェイド領から頻繁に人が来るらしい。
主に自警団員の様なガタイのいい男達なので、食べる量も飲む量も相当なのだとか。
とりあえず夜を待って出直す事にする。
5日目
頭が痛い……。
さすがに昨夜は飲み過ぎた。
こんなに飲んだのは昨年の夏至祭以来だ。
オリガが持たせてくれた薬を飲んで昼まで寝てしまった。
しかし、その甲斐があって情報が得られた。
男達はここから更に北にある施設の自警団らしい。
貴重な薬草を温泉の熱を利用した温室で育てているのだとか。
そんな話をどこかでも聞いた気がするが、今の頭では思いつかない。
彼等は自慢げに楽な仕事だと言っていた。
夕方から丸一日勤務して次の者と交代して1日休みを貰える。
給料もなかなかいいらしい。
同じ釜の飯を食った仲だといって俺も誘われたが、答えは保留にしておいた。
俺が寝ている間にティムはそこまで様子を見に行き、施設のスケッチを何枚か持ち帰ってきた。
良くできた子だよ、本当に。
明日は早朝に出発するので今夜は大人しくしておく。
あーオリガとエアリアルに会いたい。
6日目
早朝に出発する。
今度は山を下り、南東に向かう。
次の目的地は一族の重鎮、ヘデラ夫妻のおひざ元だ。
最低限の変装はしているけど、ばれないように気を引き締めて行こう。
午後になって雨が降り出したので、途中の村で一泊する事に。
ティムと2人で力仕事を手伝ったら随分感謝された。
農繁期のはずだが若者は出稼ぎに行っているらしい。
詮索しすぎない程度に話を聞くと、無理やり連れて行かれた様だ。
残念ながら何をさせられているかまでは分からなかった。
何か企んでいるなら阻止しなければ。
今夜は野宿を覚悟していたが、思いがけず屋根の下で眠ることが出来て良かった。
ここからなら一日あれば次の町に着く。
雨でも出発するから今日は早めに就寝した。
おやすみ、オリガ、エアリアル。
7日目
どうにか雨が止んでくれた。
一晩世話になった家の人たちに見送られて出発する。
道がぬかるんでいて馬が歩きにくそうだ。
とても主要な街道とは思えない。
去年も指摘したはずなのに、全く改善されていない。
帰って報告すれば、殿下はきっと改善して下さるはずだ。
夕方、目的の町に着いた。
宿は下町の方を選んだが、気を抜かないようにした方がよさそうだ。
8日目
殆ど眠れずに夜を明かした。
深夜と明け方に2度ほど物取りが侵入してきたので、至って紳士的にお引き取り願った。
ティムは余程疲れていたのか、この騒ぎにも目を覚まさなかった。
まあ、いいか。
さっさと宿を引き払い、午前中は町中を見て歩く。
残りの旅に必要な物を購いながら歩くが、相変わらず格差がひどい。
ヘデラ夫妻の館に近い一帯は清潔でよく整備されているが、一歩道を外れると崩れかけた廃墟が目立つ。
擦り切れた服を着て、力なく道端に座り込んでいる人を見かける。
元気に走り回っている子供もいるが、気を付けないとぶつかってきた拍子に懐の物をすられてしまう。実際に3回ほど狙われた。
ここの実態も殿下に報告しておこう。
一通り見て回り、必要な物も手に入れたので昼には町を出発する。
正直、町から離れてほっとした。
今夜は野宿。不寝番は交代でした。
あー……早く帰ってオリガの顔を見たいよ。
9日目
穀倉地帯に帰って来た。
一面に広がる畑に気分も良くなるが、きちんと実態も見て回らないといけない。
灌漑用の用水路の整備など、去年見て気になったところの半数は改善されている。
まだまだだけれど、良くなっている実例を見ると役に立った実感がする。
ティムも同意見の様だ。
今夜も野宿。夕食は2人で魚を獲った。
ティムに自分が食べる分は自分で獲る様に言ったところ、どうにか確保できたみたいだ。
随分疲れていたみたいなので、今夜の不寝番は引き受ける。
星がきれいだ。こんな夜にエアリアルと飛ぶのも楽しい。いつかオリガも誘って飛びたいな。
10日目
今日も早朝に出立する。
朝の内にフォルビア正神殿に到着する。
なんだか警備が物々しい。
小耳にはさんだ情報では礎の里から高位の神官が来ているらしい。
グロリア様の霊廟に向かうと、こちらは通常の範囲内だった。
今でも多くの花が供えられていて、あの方の偉大さを改めて感じた。
俺達も受付で買った香と道中で摘んできた野の花を供える。
あれから2ヶ月経ったけど、まだ信じられない。
お館のあの居間に行けば今でも会えるんじゃないかと思う。
正直、ここは顔見知りが多いので、変装をしているのがばれると後が面倒だ。
長居はせずに出立する。
今から出れば昼過ぎにはお館に着くだろう。
オリガに会えると思うと、自然と足取りも軽くなる。(馬に乗っているけどね!)
さあ、帰ろう!




