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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
48/156

46 門出は悲しみと共に2

 館を飛び立ったルークとエアリアルは、一心不乱に皇都を目指した。幸いにして天候が良かったので体力の消耗も少なく、休息も真冬ほど必要としない。今回は砦には一箇所だけ立ち寄り、他に途中にある水場で2度ほど小休止しただけであった。

 砦では軽く食事をさせてもらった後、少し休憩しただけで一時もしないうちに飛び立とうとすると、砦の責任者に無茶だと止められた。しかしルークは、早く皇都に着けばそれだけあちらでゆっくりと休めるからと言って、彼を振り切るようにしてそのまま飛び立ったのだった。

 日が沈み、辺りが真っ暗になってエアリアルの方向感覚だけで飛んでいると、皇都の灯りが見えてきた。本宮の着場に彼等が降り立つと、数名の竜騎士や竜舎の係りが飛び出してきた。逆に本宮の奥へ彼らの到着を知らせに走って行く者もいる。

「ルーク!」

 真っ先に出てきたのはユリウスだった。グロリアの危篤という知らせは、小竜の連絡網で既に本宮へ届いていた。それから間を置かずに喪章を付けたルークが来れば、どういう知らせか聞かなくても分かる。

「ユリウス、エアリアルを休ませてくれるか?」

「分かった」

 ルークの頼みを彼はこころよく引き受けてくれ、すぐに飛竜を竜舎へと連れて行ってくれる。そこへ知らせを受けたヒースが着場へ姿を現し、声をかけてきた。

「ルーク卿、良く来た。遠路疲れただろうが……」

「大丈夫です、ヒース卿。ハルベルト殿下の元へ案内お願いします」

 冬に来たばかりなのでハルベルトの執務室の場所も覚えていたが、ルークは礼儀として頭を下げて案内を乞う。

「分かった、案内しよう。こちらだ」

 ヒースはルークについてくるように身振りで示し、着場から本宮西棟を抜けて南棟へ入り、ハルベルトの執務室へと向かう。途中、何人もの竜騎士や侍官とすれ違うが、皆、ルークの姿を驚いた様に振り返った。

「ヒース卿、ルーク卿の案内ありがとうございます。ルーク卿、ハルベルト殿下がお待ちでございます。こちらへどうぞ」

 冬に訪れた時と同様に南棟に入ったところでハルベルトの補佐官、グラナトが迎えに出てくれていた。

「それでは、後はお願いします。エアリアルの世話は任せておいてくれ。ルーク卿」

「ありがとうございます」

 ヒースは2人に頭を下げると、西棟に戻って行った。ルークはヒースに礼を言って案内をしてくれるグラナトの後に続く。

「さ、こちらへ」

「はい」

 今度はグラナトに先導されてハルベルトの執務室に向かう。重厚な扉をグラナトが叩いてルークが着いた事を告げると、すぐに返事があって中へ案内される。

「失礼致します」

 執務室の奥にある、暖炉の前のソファにはハルベルトの他に2人の人物が座って待っていた。1人はソフィアの夫のサントリナ公でもう1人はユリウスの父、ブランドル公。夏至祭の折に顔を合わせ、ルークも見知った相手だった。3人は彼が入ってくると、立ち上がって迎えてくれる。

「疲れたであろう、とにかく座って休め」

 役目を果たしたグラナトが無言で頭を下げて退出すると、ハルベルトはルークをねぎらうように席を勧めてくれた。同席するにはあまりにも高貴な人達ばかりだが、ハルベルトが勧めるのを固辞する事の方が返って失礼にあたる。ルークは素直に言葉に従った。

「ありがとうございます」

 彼の席の前には既にお茶が用意されていた。喉がカラカラに渇いていた彼は勧められるままに一気に飲み干した。その様子を見たハルベルトは、手ずから次のお茶を注いでくれる。結局ルークは続けて3杯お茶を飲み、やっと落ち着いたところでハルベルトが本題を切り出してきた。

「本当に遠路良く来てくれた、ルーク卿。その喪章をつけていると言う事は、良くない知らせだな?」

「はい。本日未明にフォルビア大公グロリア様はお亡くなりになりました」

「そうか……」

 ルークが沈痛な面持ちで答えると、3人はその場でしばらくの間瞑目する。

「こちらをエドワルド殿下より預かってまいりました」

 今回、ルークが預かった手紙はハルベルト宛ての1通だけだった。時間が惜しかった事もあって、後はハルベルトから伝えてもらおうと思ったのだろう。

「ありがとう。聞きたい事もあるが、今はとにかく休め。部屋へ案内させよう」

 ハルベルトは呼び鈴で侍官を呼ぶと、ルークを客間へ案内するように命じる。彼は立ち上がると、一同に礼をしてハルベルトの執務室を後にした。

 偶然なのか、ハルベルトの計らいでそうなったのか、今回も部屋を案内してくれたのは冬に来た時と同じ侍官だった。気安い相手でルークも少しほっとする。しかも侍官だけでなく、案内された部屋も冬の折と同じ部屋だった。既に食事の支度も整っていて、ルークはありがたく腹を満たし、一息ついてから汗を流した。仮眠してから出発したとは言え、道中ろくに休息をしなかった事もあってクタクタだったルークは、そのままフカフカの寝台に潜り込むと、深い眠りについたのだった。




「ルーク卿、ハルベルト殿下がお呼びでございます」

 翌朝、ルークは侍官にそう声をかけられ、あわてて飛び起きた。気づけば随分と日が高くなっている。ロベリアの宴で前の晩はほとんど寝てなかった上に、仮眠しただけで長距離を飛んだので、体のほうは本人が思っていたよりも随分と疲れていたらしい。

「分かった、すぐ仕度する」

 ルークは急いで顔を洗うと手早く服を着替えた。姿見の前で一応身だしなみを確認すると、侍官が会議室へ案内してくれた。

「失礼いたします。ルーク卿を案内して参りました」

 侍官が扉を叩いてそう言うと、重々しく扉が開かれた。ルークは頭を下げて一歩中へ踏み込む。

「失礼致します」

 中を見渡すと、正面には国主のアロンが座っており、その左隣にハルベルトが控えていた。入り口から奥に向かって右側は5大公家の席らしく、サントリナ公とブランドル公、そして一時的に謹慎を解かれたワールウェイド公と見覚えが無い人物が座っていた。空いているのはフォルビア公の席だろうから、見覚えの無い人物はリネアリス公だろう。左側の席には隊長格の竜騎士と高位の文官らしい人物が数名座っている。

「遅参して申し訳ありません」

 ここに集まっているのは、言わばこの国を動かしている人物ばかりである。そういった人達を待たせてしまったのかと思い、ルークは慌てて謝罪の言葉を口にする。

「気にするな、ルーク卿。今、フォルビアヘ向かう手はずを大方終えたところだ」

「はっ」

 全員の視線が自分に集まり、ルークは余計に緊張してしまう。

「昨夜、あの時間に着いたのなら、向こうは早朝に出たのであろう?一日飛竜に乗っていれば、疲れていて当然だ」

「そうじゃ。さすがの雷光の騎士殿も昨夜は疲労困憊しておったからの」

 サントリナ公とブランドル公が口々に言うと、ルークは少し困惑した表情となる。彼らはどうやら、グロリアが身罷みまかってすぐにルークが館を出発したと思っているらしい。どうしたものかと思っていると、ハルベルトが声をかける。

「どうした?ルーク。何か言いたそうな顔をしているぞ。言いたい事があるなら言ってもかまわないぞ」

「よろしいのですか?」

「ああ」

 冬の折にルークの話を聞いているので、ハルベルトもどうやら彼らの勘違いに気づいている様である。どういった反応を皆が見せるか、密かに周囲を見回している。

「その……前の晩にロベリアでは新年祭がありまして、私はほとんど寝ていませんでした。ですから団長から使いを頼まれた時に仮眠してから出るように言われたので、それほど早く出たわけではありません」

 ルークの正直な告白に皆は首をかしげる。

「グロリア殿が身罷られたのは未明であったな? 一体いつ頃向こうを出たのか?」

 自身も竜騎士だったブランドル公がルークに尋ねる。

「昨日の今頃です」

 ルークの答えに一同は絶句する。

「は? 休息は取らなかったのか?」

「いえ、一度途中の砦に立ち寄って軽く食事を頂きました。あと、2度ほど水場で小休止しました」

「嘘だろ……」

 思わずブランドル公からもれた一言は、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。

「ふぉっふぉっふぉっ…。あっぱれじゃ。正に雷光の騎士じゃ」

 今まで無言で話を聞いていた国主が思わず笑い出す。昨日は確かに道中急いだが、ルークは自分が出来る事をしただけなので、何故そこまで驚かれるか不思議でならなかった。

「あ、あの……」

 どうしていいか分からずに困ってしまう。

「ルーク卿、貴公は自分が出来る事をしただけであろう?」

「は…はい、そうです」

「ならばそれで良い」

 ハルベルトの言葉にルークは少し安堵する。国主も満足そうに頷いているので、これはこれで良かったのだろうと自分を納得させた。

「用というのはルーク卿、君はロベリアへ先に帰ってエドワルドにこちらの手はずを伝えてもらおうと思っているのだ」

「はい、お任せください。発つのは早い方が宜しいですか?」

 若者らしい無鉄砲さにハルベルトは苦笑しながら彼に諭すように言う。

「そう慌てなくても良い。エドワルドの手紙では葬儀は10日後に行うとある。そなたもエアリアルも疲れているだろう? 今日はゆっくり休み、明朝発つといい」

「はい、ありがとうございます」

 ルークはそう言って深々と頭を下げた。

「それから、その折にはこちらの騎士団から2名同行させるが良いか?」

「はい」

 これは安全を考慮しての事であろう。誰が同行するかルークは少し不安になる。

「ブロワディ、人選は決まったか?」

「はっ」

 第1騎士団を束ねる団長は立ち上がって国主とハルベルトに一度頭を下げ、ルークにも軽く一礼する。つられてルークも頭を下げた。

「第1大隊隊長のヒース卿と同隊所属のユリウス卿に決定いたしました」

 ブロワディの隣でヒースがルークに軽く目配せしてくる。彼にとってこれ以上は無い人選だった。

「……ありがとうございます」

 ルークは思わず感謝の言葉が口にしていた。その様子にハルベルトは口元に笑みを浮かべていた。

「良かろう。他には何か異存のあるものは無いか?」

 どうやら誰も異存は無い様で、口を挟むものはいない。会議はこれで終了となった。集まった人達は皆、重要な役職についている者ばかりで、終わると同時に忙しそうに会議室を後にする。ルークはそういった人達の妨げにならないよう、人が少なくなるのを脇に寄って待っていた。

「ルーク卿、話がある」

 突然、声をかけられて振り向くと、グスタフが立っていた。声をかけてきたのが意外な人物でルークは驚く。

「何でございますか?」

「この夏よりわしの所領へ来るといい。部下を2人つける。俸給は今の倍出そう」

 ルークは一体何を言われているのか分からなかった。目が点になり、固まってしまう。

「え?」

「倍では気に入らぬか?支度金も用意させる」

 ようやく自分がスカウトされているのだと気づき、ルークは困ってしまった。顔を上げて見ると、グスタフの後ろで国主とハルベルト、サントリナ公とブランドル公が笑いをかみ殺して見物している。

「どうじゃ?」

 グスタフは自信満々でふんぞり返っている。ルークは呆れながらも身分の高い相手に礼を損なわない様に頭を下げる。

「申し訳ありませんが、そのお申し出はお受けする事は出来ません」

「何故だ? 俸給が足りぬか?」

 当然彼は受けると思っていたグスタフは驚くが、ルークは頭を下げたまま更に続ける。

「俸給ではありません。私は例え下端でもエドワルド殿下に、ひいては国主アロン陛下にお仕えすることを誇りに思っております」

「わしに仕えることはできぬと言うか?」

「はい」

 ルークの断固とした口調にグスタフはだんだんと険しい表情となる。

「後悔しても知らんぞ」

「今、己の意志を曲げる事の方が後悔いたします」

 大貴族相手に一歩も引かないルークにグスタフの怒りは爆発寸前であった。

「諦めよ」

「殿下、口を挟まないで頂きたい」

 そこへハルベルトが声をかけると、グスタフは彼に食って掛かる。

「だが、彼は断っているのだ。いくら俸給を上乗せしようとも、位を笠に圧力をかけようとも、彼の気持ちは揺らぐ事は無いぞ」

「さよう。その様な若者であれば、既に今頃何処かの貴族に仕えて居ろう」

「夏至祭の折には仕官の話だけでなく、養子の話も両手に余るほど来たと言う。その事ごとくを彼は断ったらしいからな」

 ハルベルトだけでなく、サントリナ公もブランドル公も口をそろえてルークを擁護してくれる。実のところ、グスタフが金に飽かして優秀な竜騎士を多数抱え込んでいるのを彼らは快く思っていなかった。その事が現在、地方に竜騎士が不足している原因の一つにもなっていた。

「……」

「彼の意思を尊重するべきではないかな?」

「不愉快だ。失礼する」

 グスタフは足音も荒く会議室を出て行った。ルークはやっと大きく息を吐き出し、緊張を解いた。

「相変わらず見事な頑固ぶりだな」

 ハルベルトが笑いながらルークに話しかけてくる。しかし、彼はグスタフを怒らせてしまった事を後悔していた。

「怒らせてしまいましたが、私はまずい断り方をしたのでしょうか?」

「気にするな。そなたが悪いわけではない」

「左様、あの様な誘い方で真の竜騎士の忠誠を得られると思う方がおかしいのだ」

 ハルベルトの言葉にブランドル公が大きく頷いている。

「雷光の騎士よ、気に病むでない。そなたはそなたの思う道を歩めば良い」

 国主の言葉にルークは恐縮して頭を下げた。

「恐れ入ります」

「しかし、アスター卿といい君といい、エドワルド殿下は良き部下に恵まれておられる。これも度量のなせる業かの」

「だからこそ、私も姉上もあれを次代の国主に望んでいるのですよ」

「……」

 サントリナ公とハルベルトの言葉を複雑な気持ちでルークは聞いていた。

「とにかく、明朝、君はヒースとユリウスと共にロベリアへ向かってくれ。我々は葬儀の前日に着く様に出発する」

「かしこまりました」

 ルークは頭を下げて会議室を後にした。ようやく解放されたルークは、空腹を覚えながらもエアリアルの様子を見に竜舎へ向かった。飛竜は彼の姿を見ると、うれしそうに頭をすり寄せてくる。

「上機嫌だな、エアリアル」

 長距離を飛んだ割に、飛竜は元気である。竜舎の係りの話では、食欲も旺盛で特に問題もないらしい。ルークはその場でしばらくの間エアリアルにブラシをかけてやっていた。

「いたいた。やっぱりここだった」

 ユリウスがルークの姿を見つけて駆け寄ってきた。背後には相変わらず護衛が控えている。

「ユリウス、昨日はありがとう」

「当然の事だよ、ルーク」

 ルークとユリウスはハイタッチをして挨拶を交わす。

「明日はよろしく頼むよ」

「君のスピードについていけるか、それが心配だよ」

「そんなに差は無いと思うけど?」

「聞いたぞ。昨日は日が高くなってから向こうを出たって。俺にはそのペースで飛ぶのは無理だよ」

「そうかな?」

 ユリウスの言葉にルークは首をかしげる。

「それで、ヒース隊長が明日の打ち合わせしながら昼食を共にしたいと言っている。まだ早いけど今から良いか?」

「ひもじくて死にそう」

 ルークはいかにもひもじそうに答えると、エアリアルのブラシ掛けを終え、手早く後片付けを済ませる。そして水場で手を洗うと、ユリウスと連れ立って食堂へ向かった。

「おう、タランテラ最速の騎士が来たな」

「何ですか?」

 食堂で待っていたヒースにいきなり言われてルークが面食らう。

「文字通りだ」

 彼は既に3人分の食事をテーブルに用意させていた。ルークとユリウスは彼に促されて席に着き、先ずは冷めない内に食事を始める。ルークは空腹だった事もあって、2人が驚くほどの量を平らげた。

「良く入るな……」

「朝食を食べ損ねたので……」

 言い訳をしながら彼は最後の一口を飲み込み、お茶で喉を潤した。

「まあ、そういう事にしておこうか」

 苦笑しつつ、ヒースは食器を端へ寄せてタランテラ国内の地図を広げる。明日の出発時間とルートをルークの意見を聞きながら簡単に確認する。

「ま、お手柔らかに頼むよ」

 簡単な打ち合わせが済むと、ヒースとユリウスは明日の準備の為に席を立ってしまい、ルークも1人でいると落ち着かないので、長居せずに自分の食器を片付けると食堂を出た。竜騎士達はロベリアへ向かう準備をしているのか、西棟全体が慌しい雰囲気に包まれている。これといってする事が無い彼は与えられた部屋に戻っていった。

 結局、午後は暇を持て余して練武場を借りて1人で鍛錬をしていた。するといつの間にか手が空いている竜騎士達が集まり、日が暮れるまで鍛錬に付き合ってくれた。そしてその後は誘われるままに夕食も彼らと同席したのだった。




 翌朝、約束した日の出前にルークが準備を整えて着場に行くと、ヒースとユリウスが既に待っていた。他にもすっかり顔なじみとなった数人の竜騎士が見送りに出ていてくれている。

「おはようございます。すみません、遅くなりました」

「今来たところだ。心配するな」

 ルークが頭を下げると、ヒースは相棒の飛竜、オニキスの装具を点検しながら答える。ユリウスも頷きながらフレイムロードの装具を確認している。

 今回のフォルビア行きに当初は外す予定だったユリウスの2人の護衛は、結局は同行することになり、彼等も準備に余念がない。彼等もスピード重視の飛竜をパートナーにしているので、昨日打ち合わせた行程に無理なくついてこれるだろう。ルークもエアリアルに朝の挨拶をすると、装具を一通り確認しておく。

「おお、揃っているな」

 そこへ数人の侍官を従えてハルベルトが着場へ現れた。彼の後ろにはアルメリアもいる。5人は整列して控え、頭を下げた。

「ヒース、これをエドワルドに渡してくれ」

 隊長格の彼が手紙を預かる。ハルベルトが促すと、アルメリアが少し恥ずかしげにユリウスに近寄る。

「あの……道中お気をつけて」

「はい。ありがとうございます」

 初々しいが、どこか他人行儀なのは相手が皇家の姫君だからだろうか、それとも単に気恥ずかしいだけなのだろうか。ユリウスはアルメリアに優しく笑いかけるとフレイムロードの側に戻る。

「では、気をつけて行くのだぞ」

「はっ」

 ハルベルトが声をかけると、フォルビアへ向かう5人は頭を下げてそれぞれの飛竜にまたがった。そしてヒースのオニキスを先頭にして5頭の飛竜が飛び立ち、南に向かったのだった。




 日が沈む頃、一行はフォルビアの館に着いた。彼らはいつもの玄関前に飛竜を降ろすが、いつもならオルティスかティムが出てくるというのに、誰も出てこない。

「おかしいな?」

 ルークが他の4人と共に玄関に向かうと、中がなにやら騒がしい。居間の前に侍女たちがおろおろとして立ち尽くし、コリンシアが泣いている。

「ルーク卿!」

 彼の姿を見て年配の侍女がすがるような目で助けを求めてくる。

「何事ですか?」

 ルークが声をかけると、彼女は震える手で室内を指差す。居間の奥、グロリアの部屋から何かを倒したり壊れたりする音がする。3人が奥へ入っていくと、年配の男女2人がグロリアの寝室を荒らしているのだ。フォルビア家の親族でも強硬に自身の権利を主張しているヘデラ夫妻であった。何やら物色している2人をフロリエとオルティスが止めようとしていた。

「お止め下さいませ」

 フロリエが夫のヤーコブに縋りつくが、彼女は振り払われて壁で体を強打し、床に倒れこんでしまう。肩に止まっていたルルーは怯えて彼女の周りを飛び回る。

「フロリエ様!」

 ルークはあわてて彼女に駆け寄って助け起こす。彼女は打った所を押さえながらどうにか立ち上がり、なおも2人を止めさせようとするが、ルークはオルティスにふらついている彼女を預けて居間へ避難させる。

「お止め下さい!」

 ルークの一喝に2人は驚いて手を止めた。しかし、竜騎士達の中にエドワルドが居ない事を確認すると、物色を再開する。

「邪魔をするな」

「元よりここはフォルビア大公家が所有する館。あのようなよそ者が住んでいること自体がおかしいのだ」

 2人は口々にそう言いながら机や戸棚を開けていき、その中から目に付いた宝飾品の類を片端から自分の懐へと入れていく。ルークはその光景にふつふつと怒りがこみあげてくる。

「あなた方には死者を悼む気持ちは無いのですか!」

「あるわけ無いでしょう。あのばあさん、人をこき使うだけで何も寄越さないのだから」

「全くだ」

 彼らの態度にルークはこぶしを握り締めて殴りかかろうとするが、それを冷静にヒースが止めた。

「ここにハルベルト殿下の命令書がある。グロリア女大公の葬儀が終わり、遺書が公表される前に彼女の遺品に手をつけたものは罰金と禁固刑に処すそうだ」

「!」

「何故だ!我が家の問題に皇家が口出すと言うのか?」

 彼らはヒースにも食って掛かる。

「この有様を見たら嫌でも口に出したくなりますよ。父が嘆きますね、5公家の品位がここまで落ちたかと」

 冷静にユリウスが言うと、彼らははっとしたように彼の顔を見る。ブランドル公の子息であることに気付いた様だ。

「何の騒ぎだ?」

 そこへエドワルドがアスターを従えてグロリアの部屋に入ってきた。その部屋の有様を見て、彼はスッと目を細める。

「何の権利があってこの部屋を荒らしておられるのですかな?」

「元々は我々フォルビア大公家の物だ。どうしようと勝手でありましょう」

 見事な開き直りで彼らは胸を張って答える。

「叔母上が亡くなられ、彼女の遺言状が公表されていない状態では、誰のものでもありません。次はどなたがフォルビア公になられるか分かりませんが、その方の権利を互いに侵している様なものですな。」

 エドワルドは怒りを抑えつつ、2人の顔を順に眺める。さすがの彼らもそう言われると強がる事が出来なくなる。

「殿下、お久しぶりでございます。陛下のご下命により、ただ今到着いたしました」

 そこへヒースとユリウスがエドワルドの前に進み出る。

「ヒース卿にユリウス卿、遠路来て頂いたのにこの様な騒ぎに巻き込んで済まなかった」

「いえ。こちらはハルベルト殿下からお預かりしました命令書になってございます。どうぞ、お目を通していただけますか?」

 ヒースはエドワルドに頭を下げると、ハルベルトから預かった書簡を差し出した。彼はすぐに封を開けて素早く目を通す。

「……女大公グロリアの葬儀及び遺書の公開までに彼女の遺品並びにフォルビアの財産を無断で着服した者は、金貨1万枚の罰金及び禁固5年の刑に処すものとする。アロン・ハロルド・ディ・タランテイル、とありますな」

 エドワルドは書簡を広げて2人に見せる。彼らは気まずそうに互いの顔を見ている。

「さて、どうされますかな?何かを探しておいでの様ですが、このまま探索をお続けになるのでしたら、2人ですから金貨を2万枚必要と致しますが?」

「……」

 彼らの顔は蒼白となる。慌てて逃げていこうとするが、既に竜騎士たちが出口をふさいでいる。

「せめて自分達がした事の後片付けをして頂きましょうか?あと、懐に入れられたものも忘れずに元に戻して下さい」

 エドワルドの言葉に2人は放心したかの様にがっくりと膝をつく。

「オルティス、監督をしてくれ。アスター、見張りを頼む」

「かしこまりました。」

オルティスとアスターが返事をすると、エドワルドは無表情で頷き、2人を残して部屋を出る。彼らを片づけが済むまで帰さないつもりだった。




「遠路疲れただろう、済まなかったな。悪いがもう少し待っていてくれ」

「殿下の所為ではありません」

 ルークと皇都から来た竜騎士達にエドワルドは改めてねぎらいの言葉をかけると、ソファで横になっているフロリエに近寄る。打った背中と腰が痛むのだろう、体を起こせないでいたが、それでもけなげにも泣いているコリンシアをなだめている。

「大丈夫か?」

「はい」

 夫が戻ってきてほっとしたのだろう、幾分か表情を緩めた。彼はそんな妻と娘を優しく抱きしめた。

「痛むのであれば、医者を呼ぼう」

「少し休んでいれば大丈夫です」

「そうか、だが無理をするな。済まなかったな、留守をしたばかりに……」

 エドワルドは夕方、別の親族から呼び出しを受けて出かけ、アスターはロベリアで騎士団の仕事を代行していた。呼び出しも大した用ではなく、嫌な予感がして急いで帰ってきたらこの有様だった。アスターもエドワルドから急用で出かける伝言を受けて急いで帰ってきたのだが間に合わず、結局館に着いたのは同時だった。

「いえ……」

 互いを気にかける様子から深い愛情を感じ、ヒースとユリウスは2人の関係に気付いたらしい。居間の隅に集まり小声でルークに話しかけてくる。

「ルーク、もしかしてお2人は?」

「今は何も言わないでくれ」

「わかった」

 2人とも皇家の内情を心得ている。自分達はその件に関しては部外者であり、沈黙を守ることに快く同意した。

 その時、エアリアルからオリガに危険が迫っている警告がルークに届く。ルークは居間から飛び出すと、全力で薬草庫を目指す。

「オリガ!」

 半裸のオリガが口を塞がれた状態で作業台に押さえつけられ、顔を引っ掻かれたラグラスがのしかかろうとしていた。彼女の服は引き裂かれ、乾燥させたハーブと共に床に散乱している。

「貴様!」

 ルークは抑えていた怒りを握りこぶしに込めてラグラスの頬に叩き込み、相手の体が浮いたところで強力な蹴りを繰り出した。ラグラスの体は壁に叩きつけられ、彼はグエッとうめいてそのまま失神する。ルークは更に腰の長剣に手をかけて間を詰めるが、それをエドワルドが止める。

「そのぐらいにしておけ。そいつを斬った所でお前の剣が穢れるだけだ」

「……」

 部屋の戸口にはヒースとユリウス、数人の侍女が集まり、中の様子を伺っている。始めてみせるルークの激しい怒りに彼らは絶句していた。

「オリガを介抱してやれ。」

 エドワルドの命令にルークは無言で頭を下げると、薬草庫の隅で体を隠すように震えているオリガに近寄る。

「ルーク……」

「大丈夫か?」

 ルークは自分の外套を脱ぐと、オリガに着せ掛けて抱きしめる。彼女はやっと安心したのか、彼の腕の中で泣き始めた。そんな彼女を彼は抱き上げ、薬草庫を出るとこの館に泊まる時にいつも使っている客間へ彼女を連れて行く。そんな2人を皆は無言で見送った。

 その後ラグラスは、竜騎士と使用人達によって縛り上げられ、そのまま彼の館へ連れて行かれることになった。最初グランシアードに行かせる予定だったが、ルークから命じられたエアリアルがラグラスに括られたロープを横からつかんで飛んでいってしまった。立木の間や崖のすれすれのところを全力で飛んでいくので、途中で意識が戻ったラグラスはあまりの恐ろしさに失禁してしまい、何とも情けない姿で城に到着したのだった。

 後に尋問して分かった事だが、彼は騒ぎに紛れてグロリアの遺言状かフォルビアの紋章の保管場所を探りに忍び込んだところをオリガに見つかり、口封じついでに体をモノにしようと薬草庫へ連れ込んだと白状した。ルークが予想より早く帰って来た事により、彼の予定が全て狂ってしまったらしい。

 一方、片づけを命じられたヘデラ夫妻は、明け方になってようやくオルティスから許しをもらった。待機させていたフォルビアの竜騎士と共に、疲労困憊した彼らは明るくなる頃にようやく帰っていったのだった。




 翌朝、オリガはルークの腕の中で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日の中、彼女はまだぐっすり眠っている彼の寝顔を眺めていた。昨日は皇都から帰ってきた上に、あの騒動があったので疲れているのだろう。彼女は彼を起こさないようにゆっくりと体を起こした。

 ずれた上掛けの隙間から竜騎士の鍛えた体が覗き、オリガは赤面して上掛けを直した。冬に受けた青銅狼の爪あとだけでなく、彼の体にはたくさんの傷跡があることを彼女は始めて知った。オリガは気持ちを静めながら昨夜のうちに用意してもらった着替えに袖を通し、いつもの仕事をする為に部屋を静かに出て行った。

家を継ぎ、国政に参加し始めた頃はグロリアの元で働いていたことを理由に挙げ、謹慎中だったのに無理に会議に出席してきたグスタフ。

元々気の優しいアロン陛下は否とは言えずに彼の参加を認めてしまったと言ったところでしょうか。

今回のスカウトを断った事により、ルークも彼に目の敵にされる事になってしまいます。

そしてエドワルド&フロリエ主人公カップルに続いてルーク&オリガ一目ぼれカップルもついに❤❤❤



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