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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
47/156

45 門出は悲しみと共に1

 気付けば夜が明けていた。いつまでも泣いていられないと、無理に気持ちを切り替えたエドワルドは、グロリアの葬儀に向けた采配を取り始めた。その方がグロリアを亡くした悲しみを紛れさせる事が出来ると思ったからだった。

 本来なら婚姻の儀式で巻かれた組み紐は、翌朝まで解かないのが慣わしだった。ただ、今その慣わしを守っていたら何も出来ない。エドワルドは紐をロイスに頼んで解いてもらい、1本は自分の左手首へ二重に巻いて留め、もう一本をフロリエの右手首へ同じように巻いた。ちなみにこうして1年共に過ごした後、お互いに腕輪を交換して改めて愛を誓うのだ。とにかくその辺りはまた後の話である。

 エドワルドはその場をバセットとマリーリアに任せ、オルティスとアスターを自分の部屋に呼んで今後の予定を話し合った。

「殿下、その前にお耳に入れておきたい事がございます」

 3人が揃うとオルティスが神妙な面持ちで話を切り出した。

「何だ?」

「次代のフォルビア公のことでございます」

「今言っていいのか?」

「はい。女大公様より生前言い付かってございます。自分が身罷みまかった後は次代の名を殿下に打ち明け、協力を求めるようにと……」

 エドワルドもそこまで聞くと、次は誰が指名されたかうすうす分かったようである。

「もしかしてフロリエか?」

「さようでございます」

 オルティスがうなずくと、エドワルドの後ろに無言で控えていたアスターも思わず息を飲んだ。一方のエドワルドは顔色一つ変えない。

「ここまでお膳立てしてくれるのには訳があるだろうと思っていたが、なるほど……」

「ご不満でございますか?」

「いや、叔母上には感謝している。2人の間で約束をしたとは言え、この結婚がすんなりいくとは思っていなかった。事後承諾になるが、皇都にはこれで納得させられる」

 エドワルドは右手で左手首に巻いた組み紐に触れた。今はこれが2人の絆となる。

「フロリエ様は既にフォルビア家の紋章を継承しておいででございます。しかしながら他の親族方が素直に認めない可能性の方が高うございます。実は、女大公様のご要望で、あの方を御養女になさった事をご親族方にはまだお伝えしておりません。遺言状の公開の折に皆様にはお伝えする様、言い付かってございます」

「分かった。ところで、良くフロリエが継承を拒まなかったな」

「コリンシア様がご成人されるまでお預り頂く形で納得いただき、紋章をお渡しいたしました。ですが当主の証と言う事は、まだお伝えいたしておりません」

 オルティスの答えにエドワルドは思わず頭を抱える。

「その辺も私にしろと言う事だな?」

「さようでございます。フォルビアは実質、あなた様に統治して頂く事になります」

「なるほど。大公家を実質取り仕切る立場となれば無理に国主にされる事も無い。叔母上も良く考え付かれたものだ……」

 エドワルドは深くため息をつくと、グロリアの知恵に感嘆する。

「女大公様はあなた様の事を大層気にかけておいででしたから……」

「そうだな。今までのご恩を全て返すつもりで一肌脱ごう」

 彼はそう言って決意を新たにしたが、気になった事をオルティスに尋ねる。

「オルティス、一つ訊いておきたいのだが、君は新しいフォルビア公に今後も仕える意思はあるか?」

「もちろんでございます。あの方はおそらく、グロリア様とはまた違う意味で、一目置かれる女大公になられると確信いたしております」

 オルティスは深々と頭を下げて答え、エドワルドも満足そうにうなずく。

「分かった、今後も頼りにさせてもらう。よろしく頼む」

「勿体なく存じます」

 改めてエドワルドが頭を下げると、彼も慌てて頭を下げた。彼と今後も協力できるのなら、館を空ける事があっても心配はない。一安心したところでようやく本題に入った。

「とにかく親族達に私が葬儀を仕切る事を納得させなければならないな」

「さようでございます」

「あちらへはもう知らせたのか?」

「あの儀式だけは誰にも邪魔をされる訳にはいきませんでしたので、ご危篤の知らせは殿下がお着きになられてから小竜で使いをやりました。身罷られた事はまだ何処へもお知らせしてございません」

 オルティスは淡々とした口調で報告し、エドワルドは満足そうに頷いた。

「親族達には私が直接知らせに行こう。その上で葬儀を仕切る事の了解を得てこよう」

「お手数をおかけ致しますが、よろしくお願いいたします」

 オルティスは深々と頭を下げた。

「後は皇都か……」

 グロリアの訃報を国主や他の大公家にも伝えなければならない。フォルビアから使者を送るのが筋であるが、今回は自分が仕切ると決めた。気の毒ではあるが、やはり一番早い彼に行ってもらうことにする。

「ルークを呼んできてくれ」

「分かりました」

 アスターはすぐに頭を下げると部屋を出て行き、その間他の細々とした事をオルティスと話し合って決めた。しばらくして扉を叩く音がしてアスターがルークを連れて戻ってきた。

「失礼致します」

 目を赤くしたルークが入ってくる。なんだかんだ言って、第3騎士団の中で彼はグロリアに一番気に入られていた。だからこそ、お抱えの侍女と付き合うことを快く許してもらえたのだ。その彼が恩義のあるグロリアの死に涙しないはずはなかった。

「呼び出して済まない。一つ頼みがある」

「私に出来る事なら何でも致します」

「皇都へ行って来てくれるか?叔母上の訃報を知らせに」

「お任せください」

 ルークの答えに躊躇ためらいは無い。

「今から手紙をしたためる。準備はアスターに任せて、お前は少し仮眠しておけ。いいな?」

「ですが……」

「いくらお前でも半日以上かかるのだろう?冬のような騒ぎは御免だぞ」

「分かりました」

 冬の一件を持ち出されると、ルークは素直にうなずくしかない。オルティスはルークを部屋に案内するために共に出て行き、アスターもルークの準備をするためにその後に続く。1人となったエドワルドは、皇都へ届ける手紙を急いで書き始めた。





 手紙を書き終えたエドワルドは、それをオルティスに預けるとフロリエの様子を見に行った。彼女はマリーリアやオリガに付き添われてグロリアの寝台の側で泣いていた。侍女と使用人が総出でグロリアに一番の晴れ着を着せて化粧を施している。最後に紅を差すのを彼女がしているのだが、なかなか上手く出来ない。オリガが手を添えてようやく済んだところだった。

「フロリエ、少し休んでおいで」

 エドワルドが焦燥しきった妻に声をかけたが、彼女は首を振った。

「いえ……」

「休んできなさい。私はこれから親族達に叔母上の訃報を知らせに行って来る。彼らが来てしまったら、休む暇はなくなるから、今のうちに休みなさい。コリンシアと一緒に」

 エドワルドは妻と娘の肩を抱いて優しく言い諭す。

「エド……」

「いいね?」

 フロリエが小さくうなずくと、エドワルドは2人の頬に軽くキスをした。オリガに2人の世話を任せ、グロリアの部屋を出て行く姿を見送ると、マリーリアが近寄ってくる。

「私に出来る事はございますか?」

「今はここにいてくれ。入れ違いにならないとは思うが、親族達が先に押しかけてきた時は彼女を守ってくれるか?」

「分かりました。お任せ下さい」

 マリーリアがうなずくと、ちょうどアスターが彼を呼びに来た。

「殿下、準備が整いました。フォルビアの城へ行かれるのなら、私も同行いたします」

「分かった、行こう」

 エドワルドはオルティスが用意してくれた喪章を自分の左胸に着けた。アスターもそれに習い、2人は親族達が住むフォルビアの城へと向かったのだった。





 日が高くなった頃、エドワルドはフォルビアの城を出て、妻が待つ館への帰路についた。彼もお供をしたアスターも表情が冴えない。原因は……言うまでも無く親族達である。

 2人が訃報を知らせにフォルビアの城へ着いた時、彼らは酒盃を交わしている最中だった。エドワルドの姿を見て、彼らは一応騒ぐのを止めたが、グロリアの死を告げるとあからさまに喜んだのだ。怒り出したいのを無理やり抑え、彼は丁重にグロリアの葬儀を取り仕切る許しを一同に求めたのだ。最初は難色を示されたが、費用をエドワルド自身が持つことと無用な手間を彼等にかけさせない事を約束してようやく許しをもらったのだった。

「本当に腹立たしいです」

 珍しくアスターが感情をあらわにしている。

「彼等が好きに出来るのも今のうちだ。葬儀が終わったら、徹底的に糾弾してやる」

 彼らが横領した金は未だに返納されてはいなかった。今日、城へ行って新たに怪しい点も幾つかあったので、正式に実権を握った暁にはそこから追求しようと心に決めていた。

「微力ながら、お力添えさせていただきます」

「頼むぞ」

「お任せ下さい」

 アスターは胸を張って答えるが、一つ気がかりな点を口にする。

「ただ、このまま大人しくフロリエ様を当主と認めるとは思えません。奥方様の警護を強化なさった方がよろしいかと思うのですが?」

「分かっている。確かにティムやフォルビア兵だけでは心もとないな。私やお前がいる時はいいが、居ない時にどうするか……」

 エドワルドにも頭の痛い問題だった。夫婦になったとは言え、四六時中彼女と一緒にいるわけにもいかない。彼にもアスターにも今はロベリアの仕事があって2人とも館を留守にする事の方が多い。ティムに第3騎士団の面々が館を訪れる度に少しずつ武術の基本を教えているが、まだまだ半人前である。フォルビアの兵士も親族相手では少々分が悪い。

「マリーリアとジーンに交代で居てもらいましょうか?」

「私情を挟みすぎないか?」

 アスターの提案にエドワルドは渋い表情となる。彼らは確かにエドワルドの部下だが、彼個人が雇っているわけではない。私用で彼らを警護に借り出せば、親族側に付け入る隙を与えかねない。

「常に居てもらうわけではありません。彼女達にルークも混ぜて、殿下や私がいない間、交代でお茶会感覚で来てもらうのです。特にジーンは予備役となりますし、リーガスが寂しい思いをするかもしれませんが、友人としてしばらくいて頂くのも不自然ではないと思います」

「なるほど」

 2人の意見がまとまった頃、館が見えてきた。いつもの玄関前に遠出の準備を整えたエアリアルが待っており、ちょうど仮眠を終えたルークが玄関から出てきたところだった。後ろには見送りの為にオルティスとオリガがついてきている。エドワルドはグランシアードを降ろして彼の背から降りると、ルークに近寄り、肩を叩く。

「すまないが、頼むぞ」

「はい」

 ルークも騎竜服に喪章を付け、薄手の外套を羽織っていた。片手に騎竜帽を持ち、腰にはオルティスに預けておいたエドワルドの手紙を入れた小物入れをつけている。グロリアの訃報を伝える心苦しさからか、いつに無く表情が硬い。

「ルーク、私とフロリエが夫婦となった事はまだ伏せておいてくれ。いいな?」

「わかりました」

 ルークはエドワルドに頭を下げると、オリガの頬に軽くキスをしてエアリアルに跨った。

「行って参ります」

 ルークは騎竜帽をかぶると、見送りの一団に頭を下げ、エアリアルを飛翔させた。彼らは始めから全力で飛ばしているのだろう、すぐにその姿は北の空に見えなくなってしまった。

「オリガ、いつもあいつを使って済まないな。」

 いつまでも空を眺めているオリガにエドワルドは声をかけるが、彼女は首を振る。

「いいえ、殿下。彼はエアリアルと空を駆け巡る事が誇りなのです。私はそんな彼の姿を見るのが好きです。少し、心配ではありますけれど……」

「職務に熱心すぎる所があるからな。」

「生真面目ですからね。こればかりは治らないでしょう」

 2頭の飛竜を厩舎へ連れて行ったアスターが口をはさむ。彼の言う事がもっともなので2人とも苦笑するしかない。心配は尽きないが、しなければならないことは山のようにある。一同は山積みの問題を片付けるために館の中へ入っていった。




 フロリエは夢の中でも泣いていた。気づけば自分はコリンシアぐらいの子供の姿になっていて、視界も小竜を通したものではなく自分の目で見たものであった。

 目の前には2つの墓標が並び、自分の隣には同じくらいの男の子が何かをこらえるように涙を流していた。

『2人ともまだ若いというのに……』

『残された子供たちが不憫ふびんですよ』

『長老様がお育てになると言うが、大丈夫だろうか……』

 大人たちの密やかな会話が聞こえてくる。

『さあさ、嬢様、若様、お家へ帰りましょう』

 年配の女の人が手を差し出してくる。彼女は首を振って嫌がったが、女性の隣に居た彼女の夫に軽々と抱きかかえられてしまう。男の子は手を引かれて素直に歩き出した。

『いや、お父様、お母様の側にいるの!』

 そう泣き叫んだが、きいてはもらえなかった。




「フロリエ、フロリエ?」

 エドワルドに揺り動かされてフロリエは目を覚ました。

「殿下……」

 少し休む為にコリンシアと共に部屋で休んでいた事を思い出し、彼女は慌てて体を起こした。彼女の手に小さな手が触れる。先に目を覚ました姫君がうなされている彼女を気遣い、父親を呼んできた様だ。

「大丈夫か?随分うなされていたが……」

「は……はい」

 エドワルドは起き上がろうとするフロリエを押し留め、背中に枕を当てて寄りかからせた。そこへオリガが温かいお茶を用意してくれる。

「どうぞ」

 オリガは先ずエドワルドにお茶を淹れて差し出し、フロリエにはお茶を淹れた器を持たせてくれる。精神が不安定な時にはルルーに意識を集中させることも難しくなる。それを知っている彼女はわざわざ持ちやすい物に入れてくれたのだ。

「ありがとう」

 オリガに礼を言って受け取ると、フロリエはお茶を一口飲んだ。以前に彼女自身が配合した、リラックス効果のあるお茶をオリガは選んでくれていた。彼女は半分ほど飲んで寝台の脇にあるテーブルに器を置く。オリガは少し冷ましたお茶をコリンシアにも用意し、そのまま静かに部屋を退出していった。

「ママ・フロリエ大丈夫?」

 コリンシアが心配そうにフロリエの顔を覗き込む。ルルーがフロリエの膝に乗ってきたので、背中をなでながらゆっくりと意識を集中させていく。心配そうに彼女を見ている父子の姿が見えてきた。

「ええ。心配かけてごめんなさい、コリン様」

 フロリエは寝台の縁に手をかけて覗き込んでいるコリンシアの頭をゆっくりとなでた。その様子を見ながらエドワルドは苦笑する。

「フロリエ、私達は夫婦になったのだぞ。つまりコリンは君の娘だ。“様”をつけて呼ぶ必要は無い。ついでに私の事も堅苦しく呼ぶなと言ったのを忘れていないか?」

「あ……ごめんなさい。」

 フロリエはその事実を思い出し、右手首に巻いた組み紐に触れる。そして、昨夜はしとねを共にした事も思い出し、真っ赤になる。

「じゃあ、コリンはママ・フロリエの事、母様と呼んでいいの?」

「ああ、そうだとも」

 嬉しそうに聞いてくるコリンシアにエドワルドは大きく頷く。

「えへへ、母様……」

 コリンシアは少し照れながらフロリエに呼びかける。

「なあに、コリン……」

 少し躊躇ためらいながらフロリエが答えると、コリンシアは嬉しそうに彼女に抱きついてきた。その頭を彼女は優しくなでる。こんな時だが、2人の様子にエドワルドは幸せな気分になる。

「気分が優れなければ、まだ休んでいるといい。親族達の了解を得て、今回の事は私が全て仕切る事になった。君は何も心配しなくていい」

「いえ、大丈夫です、エド。私も何かお手伝いする事があれば言って下さい」

 お茶を飲み干したエドワルドが立ち上がろうとすると、フロリエも寝台から体を起こす。

「今はコリンといてくれ。必要になればまた声をかけるから」

「エド……」

 彼は優しく彼女の体を寝台に戻し、優しく頬にキスをする。

「今は君の夫に任せてくれ」

 エドワルドはそう言うと、今度は唇を重ねる。そしてコリンシアには額にキスをして仕事の続きをする為に、自分の部屋へ戻っていったのだった。




 翌日、グロリアの遺体は特別に手配した棺に収められた。晴れ着を着て化粧を施された彼女は今にも動きそうでフロリエはまたもや涙を禁じえなかった。

 棺にはオルティスによって愛用の品が幾つか収められ、フロリエは彼女の為に編んだ肩掛けを添えた。コリンシアは“おばばさま、いっぱい、いっぱい、ありがとう。こりん”と書いた手紙を入れ、エドワルドは彼女が好んで飲んでいた果実酒を一本収めた。

 そしてその棺は10日後に葬儀が行われる正神殿へと移されることになり、フロリエとコリンシアもエドワルドに付き添われて神殿に同行した。グロリアが他界した事を知った、多くの領民達がそれに続いて長い葬送の列となった。

 やがて神殿に到着し、安置された棺にフロリエとコリンシアが最初に花を捧げた。2人は葬儀の当日まで毎日の様に神殿を訪れて献花を行い、悲しみに暮れる姿が多くの領民に深く印象付けられたのであった。


前話でやっと(?)夫婦になった2人。

コリンは喜ぶけど、甘い雰囲気にはまだまだ遠い……。

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