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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
46/156

44 宴の夜に3

 華やかな宴は真夜中まで続いた。エドワルドは宣言通り、フロリエの側から決して離れようとはせず、更にはアスターもマリーリアもそして客として出席していたリーガスとジーン、クレスト夫妻も彼女の為に尽くした。

 心配されたルルーへの反応も、彼が愛嬌を振りまいたおかげで周囲の態度が軟化し、特に女性客にかわいがられていた。そのおかげで序盤に起きた事件を忘れるくらいに彼女は楽しいひと時を過ごしたのだった。

 宴から戻ったフロリエはオリガに手伝ってもらって湯浴みを済ませ、早々に広い寝台に横になった。そして午前中からフロリエの支度を手伝い、その後は休む間もなく逃げだしたルルーを探したりして疲れているはずのオリガを労うと早めに下がらせた。ちなみに総督府を大冒険したルルーはくたびれきってとうに寝入ってしまっている。

 エドワルドと共に何曲も踊ったのでフロリエも体は疲れているはずなのに気分が高揚していてなかなか寝付けない。仕方なくフロリエは、眠気が来るまでと暗闇の中で今日の宴を思い起こす。しかし、礼装したエドワルドのりりしい姿に踊った時に繋いだ手のぬくもり、そして重ねた唇の感触を思い出してしまうと余計に目が冴えて眠れなくなっていた。

 エドワルドが用意してくれたこの部屋は総督府の中でも最上級の客間だった。隣は総督でもあるエドワルドの居室となっている。主寝室には浴室がついており、召使いが泊まる控えの間と次の間の3部屋で構成されていて、寝室の外にはバルコニーもあった。

 フロリエはそれを思い出すと、手探りで寝台から抜け出して手近に用意されていたショールを身にまとった。記憶を頼りに用心しながら窓に近寄り、そっと窓を開けてバルコニーに出る。

「寒い……」

 外の冷たい空気に触れて彼女はショールをきつく体に巻きつけた。風に乗ってどこからともなく音楽が聞こえてくる。総督府の宴にあわせて街中でもお祭が開かれているとエドワルドに聞いた。きっとその音楽かもしれない。

 体が冷えて来たのでそろそろ部屋に戻ろうかなと思い出した頃、隣の部屋からカタンと窓の開く音がする。

「フロリエ?」

 続けて驚いたようなエドワルドの声が聞こえる。

「殿下……」

「眠れないのか?」

「はい」

 フロリエが小さく頷くと、小さな物音がしてすぐ側に彼の気配がする。部屋は隣同士だったが、バルコニーはつながっていなかったはずだ。彼は石造りの手すりに昇り、それを渡ってきたようである。

「殿下はいかがされたのですか?」

「少し飲みすぎたから、酔い覚ましだ。フロリエ、寒そうだ。これを……」

 彼は自分の羽織っていた長衣を彼女に着せ掛ける。

「ありがとうございます。ですが、殿下がお風邪を召されます」

「こうしていればいい」

 フロリエの心配をよそに、エドワルドは彼女を抱きしめた。

「暖かい……」

「ああ」

 そのまましばらくそうしていたが、彼はそっと彼女の頬に手を添えて唇を重ねた。そしてきつく抱きしめあう。

「今宵は楽しんでもらえただろうか?」

「はい」

 エドワルドの問いにフロリエは頬を染めて答える。

「良かった。だが、一番楽しんだのは私かもしれない」

「殿下……」

「君が愛しい」

 やがて彼は何かを決意したかの様に、彼女の肩に手をかけたまま向き合った。

「フロリエ、私はこの夏に皇都へ戻る事になった。もちろん、コリンも連れて帰らねばならない。その時は君も一緒に来てくれないだろうか? コリンの母親としてだけでなく、私の妻として」

「殿下……ですが、お母様を置いては行けません。それに……私は国の中枢を担うお方の妻に相応しくありません。いくら好きでもこれだけは……」

 エドワルドの気持ちが痛いほど伝わってくるが、フロリエはうつむいて答える。そんな彼女を彼は再び抱きしめた。

「フロリエ、やっと口に出して言ってくれたね」

「あ……」

「フロリエ、慎ましいのは美徳だが、自分を卑下ひげしてはいけない。君ほどの教養をもつ女性は皇都にもなかなかいないよ。それに君は叔母上の養女になられた。つまり、この国では最高の後見を得たことになる」

「え?」

 フロリエは驚いて顔を上げる。その顔を覗き込みながらエドワルドは真剣な表情で続ける。

「私の妻に相応しいかどうかは周囲が決める事ではない。私が決める。貴女以外に考えられない。

 それから、叔母上の事を心配する気持ちも分かるが、あの方がそうなる事を一番望んでおられる。分かるだろう?」

「殿下……」

 まだ、答えに困っている様子のフロリエの前にエドワルドはひざまずく。

「フロリエ・ディア・フォルビア嬢。私、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイルは類稀なる美しい精神を持った貴女と共に、今後の人生を歩んで行く事を無上の喜びとし、如何なる困難からも貴女を守る盾であることを誓います」

「……」

「答えを頂けないだろうか?」

 エドワルドの誠意が伝わり、フロリエは胸が一杯で、すぐには答えられなかった。それでもやっとの事で小さく頷く。

「受けていただけますか?」

「はい……」

 ようやく引き出せたフロリエの答えに、エドワルドは立ち上がると感無量で彼女を抱きしめた。

「フロリエ、ありがとう」

「夢…みたい……」

 エドワルドは再びフロリエの頬に手を添えると、先ほどよりも長く唇を重ねた。一度離して、また軽く口づけをして、再びきつく抱きしめる。2人とも幸せで胸が一杯だった。

「今すぐに神殿へ駆け込みたいな」

「殿下……」

 あまりの性急さにフロリエは驚くが、エドワルドはそんな彼女に釘を刺す。

「フロリエ、私達は婚約したのだ。色気の無い呼び方は止めてくれるか?」

「エドワルド……様」

「まだ硬いな。エドと呼んでくれ」

「エド……」

 ようやく彼は満足そうに頷く。

「うん、良いな。もっと呼んでくれ」

「エド」

「ああ、フロリエ。愛している」

「愛しています、エド」

 2人はきつく抱き合ったまま、再び口付けを交わした。だが、夜風に当たりすぎた所為か、2人とも体が随分と冷えてきている。そろそろ部屋へ戻らないと、本当に風邪を引いてしまう。しかし、せっかく彼女と気持ちを通じ合えたのに、このまま分かれて部屋に戻ってしまうのはあまりにももったいなかった。

 エドワルドは素早く室内に視線を巡らせる。月光が差し込む部屋の中、広い寝台の真ん中でルルーが小竜らしからぬ寝相で寝ているのが良く分かる。仰向けで何故か片足を上げていて、夢でも見ているのかその足が小刻みに動いている。

 邪魔者はルルーだけではない。壁を隔てた向こう側にはオリガが寝ている。物音を立てればすぐに異変に気付いて起きて来るだろう。こちらの部屋へ入り込むのはまずい。残る選択肢は一つだけだった。

「フロリエ、私の部屋へ来ないか?」

 エドワルドが耳元でそっと尋ねる。彼女も何を誘われているのか分からないほど子供ではない。いつもの彼女であればここで頷くことなど無いのだが、冷めやらぬ宴の熱が迷いを消し去っていた。

「はい」

 自分でも大胆だと思いながらも頬を染めて頷く。そして己の身を愛する人にゆだねた。




 明け方、アスターは宴の後始末の監督を終えて、ようやく堅苦しい竜騎士礼装を解いた。宴の余韻でまだ気分は高揚していたが、寝酒にワインを一杯あおって仮眠をする為に寝台に潜り込む。

「アスター卿、緊急の知らせです」

 ようやく寝付こうとした時に、侍官が彼の部屋の扉を叩いて起こす。深夜に何かあった場合、まずはアスターに知らせが来て、彼からエドワルドに知らせる決まりとなっていた。緊急性を理解したアスターは、寝台から無理やり体を引きはがして扉を開けた。

「何事だ?」

「ただ今、こちらがグロリア様のお館より届きました」

 侍官が差し出したのは、小竜が運んできたらしい伝文だった。それを目にしたとたんにアスターの眠気も吹っ飛んだ。

「殿下にすぐお知らせする。飛竜の装具を整えておいてくれ」

「かしこまりました」

 アスターはそう指示を与えると、手早く衣服を改め、エドワルドの部屋に向かう。一刻を争う事態であった。エドワルドの部屋の前に着くと、軽く扉を叩いて次の間に入る。そして寝室へ続く扉を2度叩く。

「お休みのところ失礼します。殿下、火急の知らせが届いております」

「ちょ……ちょっと待て」

 エドワルドにしては珍しく狼狽した返事が返ってくる。それでもアスターは届いた知らせの重要性を優先し、いつも通り扉を開けて寝室の中へ踏み込んだ。

「あ……」

 彼の目に先ず飛び込んできたのは、月光が照らす寝台の中に長くうねるような黒髪に縁取られた白い肢体だった。彼の上司は裸身の上体を起こし、その相手をかばう様に華奢な肩を抱いている。

「し……失礼しました!」

 慌ててアスターは次の間に引き返し、後ろ手で扉を閉めた。コリンシアの生母クラウディアを除けば、今までエドワルドが私室へ女性を招き入れることは無かった。想定外の事態に遭遇し、顔が火照って自分でも赤面しているのが分かる。彼自身がそういった方面にうといわけでは無いが、さすがに気恥ずかしい。深呼吸をして気持ちを静めながら上司が出てくるのを待った。

「だから待てと言っただろう」

 扉の向こうから衣擦れの音と共にエドワルドの恨めしげな声が聞こえる。彼は衣服を改めるとすぐに寝室から出てきた。こんな時刻にアスターが来ると言う事は、緊急事態だと彼もよく理解しているからだろう。

「何事だ?」

「グロリア様のお館から先ほど届きました」

 気持ちを切り替え、アスターは伝文をエドワルドに渡す。

「叔母上が危篤きとくだと?」

「飛竜の準備はさせております」

「分かった」

「お母様が!」

 振り向くと、青ざめた顔をしたフロリエが寝室への戸口に立っている。慌ててエドワルドは彼女に近寄り、体を支えた。

 触れれば返ってくる可愛らしい反応と初めての証に、理性が吹き飛び危うく抱きつぶしてしまうところだったが、彼女の怖い保護者の顔を思い出してどうにかこらえることが出来た。それでも彼女の体への負担は大きかったらしく、1人で立つのもやっとの状態だ。

「すぐオリガを起こそう。支度をして、一緒に行こう。いいね?」

「はい……」

 エドワルドはそうフロリエに言い聞かせると、彼女を抱きかかえて隣の部屋まで送っていく。オリガも慌しい気配に気づいて目を覚まし、事情を聞いて急いでフロリエの支度に手を貸した。オリガ自身も着替えを済ませ、寝入っているルルーを起こして部屋を出ると、騎竜服に外套がいとうをまとったエドワルドが待っていた。

「行こう」

 エドワルドはフロリエを抱き上げると、半ば走るように着場に向かった。着場には既にグランシアードとファルクレインの準備は整えられており、ルークもエアリアルを連れて竜舎から出てきた。

「私も行くわ」

 マリーリアも事情を聞いたらしく、外套を片手に着場へ駆け出してくる。

「しかし、4頭は多いぞ」

 エドワルドは難色を示した。グロリアの館にあるのはきちんとした竜舎ではなく飛竜用に改良した厩舎だけである。休ませられる頭数には限りがあり、フォルビアの親族が来れば全てを収容できなくなる。

「時間が無い。ファルクレインに乗れ」

 口論している時間も惜しい。アスターはマリーリアにそう言うと、乗るように身振りで示した。エドワルドもそれ以上は何も言わず、フロリエに補助具をつけて自分もグランシアードにまたがる。ルークとオリガは既に準備が整っていた。

「ありがとうございます」

 マリーリアは急いでアスターの後ろに跨った。既にグランシアードは飛び立ち、エアリアルも飛び立とうとしている。

「しっかりつかまれ」

 アスターは一言マリーリアに言うと、続けてファルクレインを飛び立たせた。




 エドワルドは自分の前に座らせたフロリエの肩を片手で抱き、時折元気付けるように何事かささやくが、それ以外はグロリアの館に着くまで皆、無言だった。

「殿下、フロリエ様!」

 3頭の飛竜が館に着くと、オルティスが玄関から飛び出してきた。他の親族達がいる様子が無い。前回の様な騒ぎはご免だったので、エドワルドは少しほっとする。

「早くこちらへ」

 言われるまでもなく、エドワルドとフロリエは外套を脱ぎ捨てグロリアの寝室に向かう。そこには2人の医師とコリンシア、年配の侍女が控え、更に枕元にはフォルビア正神殿の神官長ロイスが立っていた。

「父様……」

 エドワルドは泣いているコリンシアを抱きしめ、フロリエと共に枕元へ近寄る。

「お母様」

「叔母上」

 2人がかがみこむようにして呼びかけると、グロリアはゆっくりと目を開けた。

「来たの……かえ?」

 あまりにも弱弱しい声に言葉が詰まる。

「心は……通じ合えたかえ?」

「はい……」

 フロリエは涙ながらに小さく頷き、エドワルドは無言でそんな彼女の肩を抱く。グロリアは満足そうに微笑んだ。

「妾の……最後の手向けを……」

 彼女がそう言うと、控えていたロイスと布をかぶせたお盆を捧げ持ったオルティスが進み出る。寝室の入り口の辺りには、いつの間にかアスターら竜騎士達とオリガを始めとした侍女や使用人達が並んで立っていた。

「一体……」

 戸惑っている間にオルティスがお盆を寝台の脇に置かれたテーブルの上に置く。かぶせてある布をロイスがめくると、金糸や銀糸を編みこんだ、2本の組み紐が乗せてあった。使用人達の間からやや抑えたどよめきがおこる。

「叔母上、まさか……」

「2人とも……手を……」

 グロリアはこの場でエドワルドとフロリエの婚姻の儀式を行おうとしているのだ。戸惑いながらもエドワルドは作法通りに左手を差し出し、フロリエはおずおずと右手をそれに重ねた。

「ダナシア様のお恵みが常にお2人と共にあることを願わん」

 ロイスが重々しく祈りの言葉を口にし、用意されていた2本の組み紐を重ねたままの2人の手に結んだ。続けて2人は涙をこらえながらロイスの言葉に従って宣誓を行い、誓いの口づけを交わした。ごく簡略化されているが、これで婚姻は成立し、2人は夫婦と認められる。

「そなた達に……末永い幸せがあらんことを……」

 グロリアは組み紐で結ばれた2人の手に、残された最後の力を振り絞って自らの手を重ねて祝福を与える。儀式を見守っている人々の間からすすり泣きが聞こえてくる。

「お母様……」

「ありがとうございます」

 2人は空いた手でグロリアの手に更に重ねる。

「おばば様」

 コリンシアが寝台を覗き込むと、グロリアは僅かに微笑んだ。そしてそのままゆっくりと目を閉じ、2人に重ねた手から力が抜けていく。

「お母様?」

「叔母上?」

 反対側の壁際に控えていたバセットが歩み出て、グロリアの手を握って脈を確かめる。やがて彼はゆっくりと首を振った。

「そんな……」

「おばば様、起きてよぉ」

 フロリエとコリンシアがグロリアにすがって泣き出し、エドワルドは呆然とその場に立ち尽くした。一部始終を見守っていた使用人達もベッドにすがって泣き出した。




 グロリア・テレーゼ・ディア・フォルビア、己の信念を貫き通した生涯をここに閉じた。


エドワルドの押しの一手に折れた感じのフロリエ。

酔った勢い(!?)で一線超えちゃいました……。

それにしてもグロリア様、最後の最後までいい仕事しています。

個人的にはルルーとタメはるくらい(どんな基準なんだろう……)にお気に入りのキャラでしたが……。

グロリア様のご冥福を祈ります。


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