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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
43/156

41 想いはいつしか2

 翌日、マリーリアとジーンは、エドワルド御用達の女性の仕立屋とたくさんの生地見本を飛竜に乗せてグロリアの館に向かった。左肩の怪我が完治したルークが既に謹慎を解かれているので、討伐の方は2人が抜けても問題は無かった。もう春がきたと錯覚させる穏やかな天気の下、2頭の飛竜は何事も無くグロリアの館へ着いた。

「お待ちいたしておりました」

 オルティスが一行を出迎え、ティムと一緒に荷物を降ろすのも手伝う。2頭の飛竜はそのままティムに引かれて厩舎へ連れて行かれ、仕立屋と竜騎士は荷物を抱えてオルティスの後に続く。いつもの居間に行くと、フロリエとオリガを初めとした侍女達が待っていた。

「では、私はこれで失礼致します」

 採寸が終わるまで、居間に男性は立ち入り禁止である。オルティスは荷物を置くと部屋から出て行った。そして早速、仕立屋と古参の侍女が采配を振るう。

「先ずは採寸致しましょう」

 今日はマリーリアのも選ぶ事になっているのをあらかじめ知らされていたので、侍女達は手分けをしてフロリエと彼女を下着姿にすると、すぐに手際よく採寸していく。そして採寸が終り、2人の着替えが済んだところで運んできた生地の見本が広げられていく。

「まあ、素敵」

「こっちもいいなぁ」

 侍女達は本来の目的を忘れてうっとりと広げられている生地を見ている。

「フロリエ様とマリーリア卿の衣装を選ぶのですよ。目的を忘れてはいけません」

 仕切っている侍女が注意する。しかし、選ばねばならない当の2人はどうしていいか分からずにぼんやりと生地を眺めていた。

「フロリエ様もマリーリア卿も好きなお色はございますか?」

 そんな様子の2人に侍女が声をかけ、仕立屋も今年の流行の意匠やデザインを色々と説明してくれる。特にフロリエは招待状を受け取ってからというもの、今までの彼女からは想像が出来ないくらい何をするにも身が入らない様子なのだ。

「赤に……してみようかな」

 前日にアスターに勧められたのを思い出し、ポツリとマリーリアが言う。

「赤でございますか?」

 急いで赤い生地が集められる。

「赤が好きですか?」

 ジーンに訊かれてマリーリアは首を振る。

「昨日、勧められたのです。アスター卿に……」

「副団長がですか?」

 エドワルドと違って女性に関して浮いた話一つ聞かない男である。ジーンは彼がそんな事を言ったのが、ちょっと意外な気がした。

 一口に赤と言っても無地のものから細かい模様の入ったもの、グラデーションが入ったものと様々である。集めた赤い生地を一つ一つ彼女にあててどれが似合うか試してみる。

「まあ、本当に赤がお似合いでございます。御髪おぐしも生えますし、中途半端な色よりは真紅になさった方がよろしいかと」

 侍女が手にした真紅の繻子しゅす織の生地は、一見無地に見えるが特殊な織り方をしているらしく、光の反射で模様が浮き出て見える。

「こういったレースを使っても映えます」

 仕立屋は持ってきたレースを取り出すと、生地に添えてみる。

「素敵」

 マリーリアよりも侍女達が盛り上がっている。

「マリーリア卿、こちらでお決めしてよろしいですか?」

 訊かれて彼女は頷いた。

「デザインは良く分からないのでお任せいたします」

「かしこまりました」

 仕立屋は覚書と一緒にその真紅の生地を他と混ざらないように分けておいた。

「さあ、フロリエ様、後はあなた様のでございますよ」

「……」

 フロリエは心ここにあらずといった感じで目の前の生地をながめている。

「フロリエ様?」

 オリガが心配して声をかける。

「ごめんなさい。本当にどうして良いか……」

 彼女は途方にくれている様子で、座り込んでいる。

「フロリエさんは淡い色の方がお似合いでは?」

 その様子をながめていたジーンが横から提案してくる。

「そうですわね」

 侍女達は淡い色合いのこれはと思う生地を集めてきた。クリーム色や淡い若草色、水色、薄い紅色やすみれ色、フロリエの前にいくつも積み重ねられる。

「これはというのがございますか?」

 フロリエは困ってしまって首を振る。すると侍女達が目に付いたものを彼女の体に当ててみる。

「クリーム色もいいけど、この淡い紅色もすてきねぇ」

「でも、マリーリア卿が真紅になさったから似た印象にならないかしら?」

 口々に感想を述べ合っていると、グロリアの寝室から彼女に付き添っていたバセットが出てくる。

「フロリエ嬢が決めかねていらっしゃる様なら、自分が決めると女大公様が仰せになっています」

「お母様が?」

「是非、女大公様のご意見も訊いてみましょう」

 侍女達は候補に挙がった生地を持つと、フロリエをうながしてグロリアの寝室へ入っていった。

 いつもは薄暗くしてあるのだが、今日はカーテンを開けてある。グロリアは気分がいいらしく、寝台に体を起こして待っていた。

「騒がしくして申し訳ありません」

 グロリアの側によると、フロリエは頭を下げる。

「衣装を選ぶというのは楽しいもの。妾も聞いていて心が躍るようじゃ。どれ、どの色で迷っておるのじゃ?」

 侍女たちが淡い紅色の生地とクリーム色の生地を幾つか差し出す。彼女はそれらを手に取り、薄紅色のグラデーションがかかったものを選ぶ。薄く軽やかな生地で、ふんわりとした肌触りである。

「せっかくの晴れの日じゃ。少し華やかにしてみてはどうじゃ?」

「マリーリア卿のドレスは真紅にお決めになりましたが……」

 そっとその場を仕切っていた侍女が口を挟む。

「着る者が異なれば印象は変わろう。またデザインも違ったものにするのであろう?」

「もちろんでございます」

 グロリアの問いに部屋の入り口に控えていた仕立屋は頭を下げた。

「では、これに致そう。良いな?フロリエ」

「はい」

 すっかり途方に暮れていたフロリエに反対する理由は無かった。仕立屋はグロリアが選んだ生地も覚書を添えて別にし、その場を片付け始める。侍女達もその手伝いをしているので、その間にフロリエはオルティスを呼んでお茶の支度を頼んだ。

 荷物は早々にまとめられて侍女達の手によって運び出された。特にすることのなくなったマリーリアとジーンはソファに座っておしゃべりを始める。

「ジーン卿はドレスを着ないのですか?」

「警備を兼ねますから、私は竜騎士礼装で出ます。本当のところ、堅苦しいのは苦手なのです。お2人の晴れ姿を観賞させて頂きます」

 ジーンは気楽なものだから楽しそうにしている。

「私も苦手です。夏至祭はソフィア様に言われて仕方なく出席致しましたが……」

 仕立屋も勧められて席に着くが、彼女は一同に断わりを入れると何かを思いついたらしく熱心にデザイン画を描き始めた。

 2人は気になってちょっとのぞき込んでみると、どうやら先にフロリエの衣装のイメージが湧いたようだ。スカート部分がふんわりとしたデザインは清楚でいて可愛いらしい。きっと彼女によく似合うだろう。

 オルティスがお茶を用意して現れ、フロリエと3人の客に差し出す。仕立屋はデザイン画に夢中になっているので、竜騎士2人はおしゃべりを再開する。

「団長と踊られてましたね」

「ええ。困った事に私をからかって楽しんでおられるのです。初めて本宮に上がった時からそうなのです」

 フロリエはぼんやりと2人の竜騎士の話を聞いていた。するとパタパタと軽やかな足音がして、コリンシアが勢い良く居間に入ってきた。

「御用は終わったの?」

 今日のフロリエの衣装選びには侍女達が総出で参加していた。その為、コリンシアは部屋でクララに相手をしてもらって遊んでいたのだが、オリガが終わったと声をかけてくれたので居間に降りて来たようだ。いつもならお行儀が悪いとすかさずフロリエが注意するのだが、彼女はまだどこか上の空である。

「コリンシア姫、お待たせして申し訳ありませんでした」

 マリーリアが笑いかけると、コリンシアは彼女の元へ駆け寄る。それでもフロリエはぼんやりと宙を見つめている。

「最近ね、ママ・フロリエおかしいの。どうしちゃったのかな?」

「お疲れでも出たのでしょう」

 ジーンが声を落として答える。

「前にもね、父様があんな風にぼんやりしていた事があったよ」

「殿下がですか?」

「うん。その時おばば様がね、コイワズライだって言ったの。ママ・フロリエもそのお病気かな?」

 真剣に心配しているコリンシアに対し、竜騎士2人は驚きを隠せない。

恋煩こいわずらいですか?」

「あの、殿下が?」

 思わず2人は顔を見合わせる。あのエドワルドが恋煩いとは到底信じられない。

「あの、コリンシア様、その病気がどんなご病気かご存知ですか?」

「珍しい病気だっておばば様言っていた。ママ・フロリエ大丈夫かな?」

 本気で心配しているコリンシアに2人は苦笑するしかない。

「大丈夫ですよ。そっとして差し上げてくださいませ」

「そういえば、父様の時もおばば様がそう言った」

 コリンシアはグロリアの言葉を思い出して頷いた。

「さあ、そろそろ帰らないと」

 話が一段落したところで2人の竜騎士は仕立屋も促して立ち上がった。日が暮れる前に総督府へ戻っておかねばならない。ようやくフロリエも我に返って一行を見送りに外へ出る。

「仮縫いの折にまた来ます」

 2人はそれぞれの飛竜にまたがると、仕立屋を連れて総督府へと帰っていった。




 その夜フロリエはグロリアに付き添っていた。昼間には元気そうに振舞っていたが、やはり目を離す事が出来ない状態である。彼女はグロリアが眠る寝台脇の椅子に座り、母の為に肩掛けを編んでいた。夜遅いこともあってルルーは眠ってしまっているが、これなら手探りでも出来る。一心不乱に編んでいると、声をかけられる。

「フロリエ、起きていたのかえ?」

「お母様、お目覚めでございましたか。気づかずにすみませんでした。……何か飲まれますか?」

 フロリエは編み物を片付けると、立ち上がった。

「よい……。ルルーは寝ておるのか?」

「はい」

「ならば無理はせずとも良い。少し話がしたい。聞いてくれるか?」

「あまりご無理は……」

「大丈夫じゃ」

 グロリアはフロリエが椅子に座ると彼女の手を握り、昔話を始めた。

「もう大昔の話じゃ。妾がまだ10代の頃、いしずえの里へ大母補候補として留学しておった頃の事じゃ。妾には仲の良い友達が居っての、共に過ごした2年という短い間にかけがえの無い素晴らしい思い出を残したのじゃ」

 グロリアはここで一度言葉を切り、フロリエの手を握り直す。

「今でもその姿は目に焼きついて居る。丈成す見事な黒髪に凛としたたたずまいを持つ美しい少女でしたよ。それでいて当時の大母補候補の中でも特に頭が良くて、次代の大母は間違いないとまで言われていたのじゃ。彼女が褒められると、親友の私もとても鼻が高かったのを覚えておる」

 遠い昔の思い出をグロリアは目を細めて語る。フロリエは彼女に手を握られながら、その話を聞き入っていた。

「ところが彼女の実家で変事があって、彼女は国に帰らねばならなくなってしまった。跡継ぎであった姉君が亡くなり、彼女が跡を継いで国を治めなければならなくなってしまったのじゃ。妾達は泣きながら別れを惜しんだものじゃ……」

 フロリエはそっと立ち上がると、まだほんのり暖かい湯冷ましを用意してグロリアに飲ませる。彼女はほんの数口飲んで喉を潤す。

「その後は手紙でやり取りしておったのじゃが、突然彼女から文が途絶えてしまった。不安に思っておったところ、彼女が幽閉されている事を知ったのじゃ」

「何故でございますか?」

 フロリエが心配そうに尋ねる。

「権力を握っていたい姉の夫だった男に結婚を迫られたのじゃ。普通ならそうなるのも自然の運びとなるが、彼女は何か思うことがあって断ったのかもしれぬ。それ故、その男によって姉君が産んだ子供と共に幽閉され、更には勝手に婚姻が成立した事を公表されてしまったのじゃ。やがて男に反抗する者達が決起して内乱が起こった。しばらくして彼女は子供と共に救い出されたが、今度は反乱の旗印となってしまったのじゃ」

「まあ……」

「外部の者達からは国民を巻き込んだ夫婦喧嘩とも言われて随分責められたようじゃ。更に困った事に、神殿に結婚の無効を訴えたのじゃが、認められなかった」

 ここでグロリアは言葉をきり、フロリエに頼んでもう一度湯冷ましを口に含んだ。

「結局、国を2分した内乱は10年近く続いた。その間に彼女は傭兵を束ねていた男と愛し合い、子供まで成した。妾は手紙で将来の騒乱の種をまいたようなものだとたしなめたが、受け入れてもらえず、その他の些細な事も積み重ねてとうとう彼女とは連絡も取らなくなってしまったのじゃ。内乱は彼女の義兄と恋人が相打ちとなって終結したと後から人づてに聞いた」

 彼女の頬に涙が流れる。

「そのお方は今……」

「30年ほど前に他界したと聞いた。後を継いだのは姉の子供だったそうじゃ。その彼が妾に彼女の最後の手紙を送ってくれた」

 グロリアは少し疲れたように一度目を閉じた。

「今夜はこのくらいになさって、もうお休みになった方が……」

 フロリエが心配して声をかけるが、彼女は首を振って続ける。

「妾が言った事はもっともであると。だが、あの時彼を愛さなかった方が後悔したであろう。彼と過ごした時間が何よりも幸せだったと手紙にはつづられていた。正直、自分はそこまで幸せと言い切れる時を過ごせたか疑問に思った。フォルビアに嫁いだものの、子を成すことも出来ず、後継に望んだ娘も早世してしまった」

「お母様……」

「死にかけても身内に心配されるどころか喜ぶ者が多い。わびしいものじゃ」

「……」

 フロリエはどう声をかけていいか分からなかったが、グロリアの方が彼女に笑いかける。

「じゃが、最後の最後にそなたの様な優しい娘を持つことが出来た。これもダナシア様のお導きかもしれぬ」

「お母様……」

 フロリエは涙を流していた。

「そなたも、悔いの無い道を歩むのじゃ。わかったの?」

「はい……」

 やはりグロリアは疲れたらしく、再び目を閉じるとそのまま深い眠りについた。フロリエは乱れた上掛けをかけ直し、そのまま朝まで彼女に付き添ったのだった。




 やがて春らしい日が続くようになり、春分を間近に控えたこの日、仮縫いの為に再びマリーリアとジーンが仕立屋を連れてグロリアの館へやってきた。靴や宝飾品といった小物を依頼したビルケ商会も時間を合わせて来てくれたので、それらも合わせて荷物を居間に運び込む。早速試着を始めるので、荷物運びを終えたオルティス達男性陣は早々に部屋から追い出された。

「さあ、どんな衣装が出来上がったのかしら?」

 当の2人よりも侍女達が楽しそうにしている。先ずはマリーリアが箱を開けた。中には真紅のドレスが納まっている。彼女は恐る恐る手にとり、震える手でそれに袖を通した。

「綺麗……」

 袖やスカート部分のふくらみを抑え、裾の方には金糸や銀糸でバラの刺繍が施されている。一番の特徴は腰の辺りにつけられた、一輪のバラを思わせる大振りな花飾りだった。中心よりやや左側につけられ、そこから裾まで大きくスリットさせて内側のレースが少し見えるように工夫されていた。更には袖と襟に豪奢なレースが縫いつけられて、豪華な衣装に仕上がっていた。

 ビルケ商会はドレスの雰囲気に合わせた小物を数種類用意しており、侍女達はその中から最も合うものを選び出し、それも一緒に身に付けてみる。

「いかがですか、マリーリア卿?」

「信じられないわ」

 今日の為に居間へ持ち込まれた大きな姿見の前で彼女は自分の姿に驚いている。ドレスももちろんだが、吟味された小物の類も素晴らしい。特に髪飾りはドレス同様に赤いバラをイメージして作られていて、彼女のプラチナブロンドによく映えている。

「さ、フロリエ様も……」

 侍女に促されてフロリエも自分のドレスを箱から出し、袖を通してみる。彼女のドレスはマリーリアのものとは対照的に袖もスカート部分もふくらみを持たせて全体的にふんわりとした印象となっている。

 色合いも生地のグラデーションを生かして胸元部分は濃い目で、スカートの裾へ行くほど色が薄くなるように作られていた。胸元にもスカートにも真珠をあしらった花飾りとリボンで飾られていて、かわいいといった雰囲気に仕上がっている。小物の類も清楚さを強調し、宝飾品も真珠を多用したものを選んだ。

「お似合いですよ、フロリエ様」

 侍女達はため息交じりでフロリエを賞賛する。

「なんだか夢の様……」

 ルルーを腕に抱いて姿見に映った自分の姿を信じられない様子で見ている。そこへオルティスが呼ばれて居間に入ってきた。彼は手に大きな箱を抱えている。

「いかがでございますか?苦しい様な所、逆にゆるすぎる様な所、お気に召さない点がございましたら承ります」

 仕立屋は丁寧に頭を下げて伺いを立ててくる。マリーリアもフロリエも出来栄えに満足していたので、首を横に振った。

「素晴らしいです」

「ありがとうございます」

 2人は口々に喜びの声を上げる。今日はコリンシアもこの場にいて、ドレス姿の2人を嬉しそうに見ている。

「ママ・フロリエ綺麗」

「ありがとうございます、コリン様」

 彼女はコリンシアに頭を下げて優雅にお辞儀をした。

「女大公様もご覧になりたいと仰せでございましたから、どうぞこちらへ……」

 先日、場を取り仕切った年配の侍女が2人をグロリアの寝室の方へ案内する。今日も彼女は体を起こして2人が入ってくるのをわくわくして待っていた。

「おお、2人とも見違えたようではないか」

 グロリアは2人の姿を見てうれしそうに目を細めた。

「エドワルドも喜ぶであろう。じゃが、宝飾品はそれでは寂しいの」

 グロリアの意見にフロリエとマリーリアは困惑して顔を見合わせる。彼女達としては十分すぎる物を用意してもらっているのだが、これ以上となると想像すらつかない。

「妾の物をどれでも使うと良い。オルティス、準備は?」

「整えてございます」

 グロリアが言うと、オルティスが先ほど抱えてきた箱を寝室へ持ってくる。それを寝台脇に置かれたテーブルに置くと、中身を取り出す。宝石箱が幾つかと、ビロードの袋に入った宝飾品が多数出てきた。

「グロリア様、しかし……」

「良いのじゃ。気に入ればそのまま持って行くがいい。フロリエもじゃ」

 遠慮している間に、オルティスが次々と中身を広げていく。ルビーを始めとした色とりどりの宝石をあしらった物、南洋の大粒の真珠を使ったものや、金や銀を細かく加工したものもある。

 さすが5大公家の所蔵品である。マリーリアもフロリエも恐れ多くて触れることも出来ない。1人コリンシアが物珍しそうにその宝飾品を手にとってながめている。

「先ずはマリーリアじゃ。これはどうかえ?」

 グロリアはコリンシアが手にしていたルビーの首飾りを指して問う。ビルケ商会が用意したのも一点物で素晴らしい品だが、グロリアの物は使われている石も細工も段違いだった。まさに国宝級ともいえる逸品だった。

「おお、これじゃ。どうじゃ、似合わぬか?」

 侍女達がマリーリアに付けていた首飾りを取り換えると、ドレスが一層際立って見える。

「良くお似合いですよ、マリーリア卿」

「衣装が引き立ちますね」

 皆が口々に褒めるが、つけられた本人は緊張して顔が強張っていた。

「その髪飾りは見事じゃの」

 マリーリアの髪を彩る髪飾りは名工の作品で、グロリアの首飾りにも引けは取らないほどその存在感が際立っている。これにはグロリアも満足した様子でこれを手配した商会の担当者を大いにねぎらった。

「いい具合じゃ。これでマリーリアは問題無しじゃ。フロリエはどうするかの」

 グロリアはご機嫌でマリーリアの姿を眺めていたが、今度はフロリエに視線を移して思案する表情となった。考えた挙句、彼女が指差したのは、人の目玉ほどもある大粒のダイヤを中心にあしらった真珠の首飾りだった。真珠は3段重ねで首にフィットするつくりとなっている。

 元々付けていたのも真珠の首飾りだったが、粒の大きさも一回りは違う。やはりこちらも国宝級とも言える品で、ビルケ商会の担当者も脱帽していた。

「凄い……」

 見るからに高価な宝石である。フロリエは首につけてもらうと固まって動けなくなる。更に同じデザインの耳飾りも用意されて、固まったままの彼女につけてみる。衣装に映えてとてもよく似合い、グロリアも満足そうに頷く。

「なかなか似合うの」

 そうなってくると、今度は髪飾りが貧相に見えてくる。今は仮に彼女の長い髪を結い上げて商会が用意した真珠を使った髪飾りを付けている。先ほどまで付けていた首飾りにはよく合っていたのだが、このままだと格の違いが丸わかりだった。

「いい物がある」

 グロリアはオルティスに命じ、別の箱を用意させる。中に収められていたのは金のティアラだった。中央にはフロリエが今つけているのと同じ大きさのダイヤがはめられ、小さな真珠がちりばめられている。その美しさに一同は息をのむ。

「これをつけてみよ」

 グロリアに命じられ、当日はフロリエの身支度を任されているオリガが恐る恐るそれを手に取り、フロリエの頭に飾った。一同はその姿に息をのむ。コリンシアは1人はしゃいだ声を上げている。

「ママ・フロリエ凄い、綺麗!」

「これで決まりじゃ」

 これで全てが決まったので、グロリアの体を気遣い、早々に残りの宝飾品を片付ける。その様子をコリンシアが名残惜しそうに見ていると、グロリアは何かをコリンシアに手渡した。

「コリンにはこれをあげよう」

 手渡されたのは小さな箱だった。表面には螺鈿らでんで花やちょうが描かれている。その美しさにコリンシアは感嘆の声を上げる。

「わぁ、おばば様、ありがとう」

 喜ぶコリンシアの姿にグロリアは目を細め、優しく頭を撫でた。いつもであればすぐに中身を開けるのだが、グロリアを気遣ってかお礼を言うとフロリエ達と一緒に部屋を出て行った。

 グロリアの部屋を出て居間に戻ったマリーリアとフロリエは、装飾品を身につけたまま、改めて姿見の前に立つ。

「当日は殿方の視線が釘付けになりそうですね」

 ジーンの楽しそうな言葉に2人は少し頬を染める。

「さ、そろそろ着替えましょうか?」

 年配の侍女がそう声をかけてきたので、オルティスは気を利かせて居間を出て行く。マリーリアとフロリエは侍女達に手伝ってもらって装飾品を外し、ドレスを脱いで元の服に着替えた。

 2人が着替えている間、コリンシアはソファに腰かけ、やっともらった箱を開けてみる。中に入っていたのは髪を留める金製のピンだった。ピンの頭にはそれぞれ色の異なる小粒の宝石が付けられており、実に色鮮やかだ。嬉しくてたまらない姫君は、喜び勇んでフロリエに報告する。

「おばば様にもらった箱の中、こんなにきれいなのが入ってたの」

「良かったですね、コリン様」

 嬉しそうなコリンシアの様子に、高価な宝飾品を外してホッとしたフロリエもマリーリアもつられて顔がほころぶ。あまりにも嬉しそうにしていたので、フロリエはコリンシアの髪を軽く結って青い宝石のピンで彩った。

「コリンもきれい?」

「きれいですよ」

 髪を結うとちょっと大人になった気分になるらしく、コリンシアは嬉しそうに姿見に映る自分を見ていた。だが、急に眉根を寄せて大人しくなる。

「おばば様もう寝ちゃったかな?」

 どうやらピンを譲ってくれたグロリアにも見て欲しいらしい。その意を汲んだ侍女長がグロリアの部屋へ伺いに行き、戻ってくるとそっと手招きしてくれる。コリンシアはパッと笑顔になると、小走りでグロリアの部屋へ入って行く。

「やはり女の子ですね。ああいった物がお好きなのは……」

 ジーンが言うと、他の2人も頷く。そこへオルティスがお茶を用意して現れ、フロリエと客人達にお茶を出す。高価な宝飾品を身につけて、緊張して喉が渇いた2人は、入れたてのお茶で早速喉を潤した。

「おばば様が綺麗だって言って下さった」

 グロリアの部屋から戻ってきたコリンシアは、うれしそうにその場でターンをして見せるので、3人は拍手を小さな姫君に贈った。

「さあ、そろそろ戻りましょうか?」

 気付けばもう日が傾きかけている。いつまでもロベリアを留守にできない竜騎士2人はそう言って立ち上がる。外に出ると2頭の飛竜はティムによって装具を調えられ、運び出されていた荷物も既に積んであった。

「それでは失礼致します」

 フロリエや見送りに出てくれた一同に頭を下げると、先に仕立屋をカーマイン乗せた後に2人は飛竜にまたがって総督府へと帰っていった。




 その日、フロリエはまた夢を見ていた。

『きれいです、お姉様』

 目の前に花嫁姿の女性が立っていた。赤みがかった栗色の髪を結い上げたその人は、幸せそうに微笑んでいる。

『ありがとう』

『いいなぁ』

 自分は憧れを込めて彼女を見ていた。

『きっとあなたにもすてきな男性が現れて、こんな日が訪れますよ』

 彼女は微笑んで頬に触れた。式が始まる刻限が迫ったと、侍女らしき人物が呼びに来た。

『さ、行きましょうか』

 花嫁衣裳の彼女は立ち上がり、戸口に向かう。自分はその彼女のヴェールをささげ持っていた。幸せな暖かな気持ちで満ちた瞬間だった。



すっかり娯楽となっているフロリエの衣装選び。今回はマリーリアの分もあったので、グロリアも随分と張り切った模様。さり気なく家宝のティアラをフロリエに譲っています。


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