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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
41/156

39 冬の皇都へ2

 彼が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。自分がどこにいるか分からずに一瞬辺りを見回したが、本宮に来ている事を思い出し、慌てて起きだす。

「お目覚めでございますか?ルーク卿」

 次の間に控えていたらしい侍官が物音を聞きつけて寝室に入ってきた。

「おはようございます。寝すぎてしまった」

「良くお休みでしたので、起きるまでそっとしておくようにと、ハルベルト殿下のご命令でございます。医師をすぐお呼びしますので、そのままお待ちくださいませ」

 侍官は慌てて着替えようとしているルークにお茶を用意すると、頭を下げて退出する。ルークは大きく息を吐くと、お茶を用意してくれたテーブルに着く。良く寝たおかげでそれほど傷は痛まないし、疲れも充分取れた。エアリアルの様子はどうだろうかと思念をたどろうとするが、竜舎まで距離がある上に他に多くの飛竜がいるので良く分からない。あきらめて後で様子を見に行くことに決めた。そこへ扉を叩く音がして医師を案内して先ほどの侍官が戻ってきた。

「お加減はいかがですかな?」

「はい、もうそれほど痛みも感じません」

「そうですか」

 医師はそれだけ言うと、ルークの肩に巻かれた包帯を取り、傷を確認する。そして消毒をし直し、再び薬の付いた宛て布をして包帯を巻く。

「夜にもう一度薬を替えて下さい。明朝また診察致します」

「夜明け前に出る予定ですけど?」

「かまいません」

 医師は当然といった様子で答える。彼が後に知った事だが、この医師は皇家の専属で、国内有数の高名な医師だった。

「ありがとうございます」

「痛み止めと化膿止めを合わせた薬を調合しました。食後にこちらを2粒お飲み下さい」

 医師は紙に包んだ小さな丸薬を取り出した。

「はい」

 ルークの返事に満足げにうなずくと、彼は荷物をまとめて席を立った。そして軽く頭を下げて部屋を後にした。

「ルーク卿、ハルベルト殿下が昼食をご一緒したいと仰せでございます」

 医師を見送った侍官が戻ってくると、頭を下げてそう言ってくる。

「う……分かった」

 それを断る勇気は彼にはない。仕方なく身支度を始めると、左腕に負担がかからないように侍官が手伝ってくれる。

「すみません」

 ついつい頭を下げると、彼は笑って「これが仕事でございますから」と答えた。洗顔を済ませ、用意の整った彼は、侍官の案内で応接間の一つに案内される。そこへは既にハルベルトとソフィアが待っていた。

「お待たせして申し訳ありません」

「良いのじゃ。怪我をしたそうじゃが、どんな具合か?」

 ソフィアが親切に尋ねてくる。

「はい、よく休ませて頂いたおかげでほとんど痛みません」

「それは良かった。叔母上の事もエドワルドの事もハルベルトから聞いた。良くロベリアから知らせに来てくれた」

 彼女は感激しているらしく、ルークの手を握って離そうとしない。その間に女官達がテーブルに食事を並べていく。食欲をそそる良い匂いがあたりに立ち込めている。

「姉上、続きは食事を済ませてからにしましょう。彼が困っていますよ」

「確かにそうじゃ。失礼した」

 ソフィアが手を離してくれたので、ルークはほっとするとハルベルトに勧められて空いている席に座った。給仕の係りのものが皿にスープをなみなみと注ぎ、彼の好みのパンをいくつも取ってくれる。

「頂きます」

 ルークはダナシアへ祈りの言葉をささげた後に律儀に頭を下げて食事を始めた。朝食も食べずに眠っていたので、自分が思っている以上に空腹だったらしい。出される料理を次々と平らげていく。

「よぉ食べるの」

「あ……すみません」

 ソフィアが感心したように言い、ルークははたと気が付いて手を止める。その様子にハルベルトは苦笑して言う。

「竜騎士は体が資本だ。しっかり食べなさい」

「は……はい」

 そう言われると逆に食べ辛くなるが、次々とおいしそうな料理が運ばれてきて手が出てしまう。結局、満足するまで食べてしまった。

「明日はいつ頃出る予定だ?」

「夜明け前には出ようかと思っております」

「そうか……。父上の返事は今日中に預かっておこう」

 食後のお茶を飲みながらハルベルトが尋ねてくる。ルークは思い出したようにエドワルドからの手紙を取り出すと、一旦立ち上がってソフィアに渡した。

「遅くなりましたが、団長から預かってまいりました」

「そうか。妾も今日中に返事を書くことにしよう」

「ありがとうございます」

 ルークは頭を下げると再び席に戻る。

「夜明け前に出て、向こうに着くのはどの位だ?夜中は過ぎるだろう?」

「そうですねぇ……昨日も夜明け前に向こうを出たので、昨夜付いた時間くらいには着くかと。風の影響で多少前後しますが」

「え?」

 ルークの答えにハルベルトは驚く。

「休憩はするのであろう?」

「はい。昨日も途中で3回取りました」

「雷光の騎士の名は伊達じゃないな」

「そうですか?」

 ハルベルトの驚きようにルークは逆にきょとんとしている。

「それほど速いのかえ?」

「春や秋の気候がいい時期なら可能でしょうが、この時期にこのスピードで飛べる竜騎士はそうはいないでしょう」

「ヒース隊長やユリウスなら可能でしょう?」

「ならば聞いてみるといい」

「はあ……」

 その後はしばらくロベリアでの話を……特にルークの恋人について話をさせられ、大いに冷やかされて昼食は終了した。ルークは2人に丁寧に頭を下げると、与えられた部屋に戻った。





 ルークは少し休憩をしてからエアリアルの様子を見に竜舎に向かった。飛竜はル彼の姿を見ると、機嫌よく喉を鳴らす。頭をなでてやりながら、世話をしてくれている係員から話を聞くと、数箇所に凍傷が出来てしまっていたらしい。治療を施し、食欲も旺盛おうせいなので心配は無さそうだった。

「ルーク、ここにいたのか?」

 声をかけられて振り向くと、ユリウスが立っていた。

「ユリウス、昨日はありがとう」

「それはこっちの台詞だよ。今夜食事を一緒にしないか? ヒ―ス隊長も是非同席したいと言っておられる」

「分かった」

 ユリウスも自分の飛竜の調子を見に来たようで、2人はしばらく飛竜の世話をしながら近況を話し合った。紫尾の女王を竜騎士7人で退治した話は彼も驚いた様子だった。

「嘘だろう?」

「本当だって。ものすごく大変だった。俺は尾で払われて脇腹痛めたし」

「第3騎士団は精鋭ぞろいだとは聞いていたが、凄いな」

「副団長の指示が的確だからね」

 自分の所属する騎士団がめられるのはやはり嬉しく、ルークは鼻が高かった。飛竜の世話が終わると、ユリウスに誘われて第1騎士団の休憩室に行く。数人の竜騎士が談笑していたが、2人の姿を見て近寄ってくる。

「ルーク卿だろう?昨日は助かった、傷はどうだ?」

 ユリウスの話では彼らも同じ隊の仲間で、昨夜の討伐に参加していたらしい。

「はい、大丈夫です」

 ルークが答えると、彼らは笑って彼にも席を勧め、いつの間にかユリウスがお茶を用意して差し出してくれる。

「彼女がれてくれたものには及ばないだろうが……」

「止めてくれよ」

 ルークが照れる様子に一同は大笑いする。ひとしきり笑った後に互いの近況を話し合っていると、自然に情報交換の場になっていく。妖魔たちの弱点や発生状況、ルークにはいい勉強になる。

「もう少し情報が入ればいいのだが……」

 年長の竜騎士がつぶやくと、皆頷いている。

「領主達がもう少し融通を利かせてくれると助かりますね、確かに」

「せめて自領から境界付近に逃げた妖魔は討伐してくれると助かるのだが……」

 逆にこちらが同様のことをした場合、騎士団が責められるのだ。たまったものではない。そう言ってたまには愚痴ぐちをこぼしながら会話が弾む。

「おう、ここにいたか」

 しばらく話をしていると、ヒ―スが顔を出す。ルークの顔を見るとにこやかに話しかけてくる。

「もうじき夕食だが、一緒でかまわないな?」

「はい」

 ルークには何の異存も無かった。誘われるままに騎士団の食堂へ向かうと、ユリウスはともかく他の竜騎士たちもついてきた。ちょうど夕食時だったこともあり、そこには他の隊の竜騎士もいて、ルークの側は人だかりが出来てしまう。

「そんなに珍しいかな?」

「いろんな噂が流れているからね」

「え?」

 なんだか聞くのも怖い。そうしている内に目の前にはボリュームを重視した食事が並べられる。定番の薄焼きパンにチーズ、ゆでた馬鈴薯に具がたっぷり入ったシチュー。分厚く切ったますを焼いたものにあぶり肉は2種類もある。一応祈りをささげてルークは食事を始める。

「明日はいつ頃出る予定だ?」

 ヒースは肉をほおばりながら尋ねてくる。

「夜明け前を予定しています。寝坊しなければですが……」

 あの寝台はあまりにも心地よすぎる。唯一の心配はそれだった。

「まあ、この時期だからな。あまり無理はするな」

「はい。肝に命じます」

 ルークは神妙に答える。

「おお、にぎやかだな」

 そこへ現れたのは何とハルベルトだった。驚きのあまり一同起立して直立不動となる。

「そう驚くこともあるまい。私も2年前までは竜騎士だったからな。まあ、座れ。私にももらえるか?」

 ハルベルトはそう言ってルークの側に座り込む。竜騎士の1人が慌ててハルベルトにも食事を用意した。確かにそうであるが、彼が突然現れれば驚くのも当然だろう。

「それはそうと、ヒースとユリウスに聞いてみたか?」

「何ですか?」

 2人は首をかしげている。

「これから聞いてみようかと……」

「彼は昨日、夜明け前に向こうを出てあの時間にこちらに着いたらしいのだが、そなた達2人にもそれは可能だろうと言っている。出来るか?」

「え?」

 食堂内は静まり返る。

「出来るだろう?ユリウス。風しだいで時間は多少前後するだろうけど」

 当然のように言われてユリウスは答えに詰まる。

「無理だな」

 即答したのはヒースである。

「春や秋ならともかく、この時期には無理だ」

「私も無理です」

 ユリウスもようやく答える。

「え?」

 逆にルークが驚く。

「私たちだけでは無いだろう、タランテラの竜騎士でそれが出来るのは君くらいではないか?まさに雷光の騎士だ」

 ヒースがそう言うと、食堂に集まった竜騎士たちは皆、頷いている。この瞬間にまた、ルークの伝説が一つ増えた。

「どうして?」

 1人腑に落ちないのがルークである。まだ彼は首をかしげている。

「まあ、何にせよ得意な分野があるということは良い事ではないか?またそなたの場合はそれでおごり高ぶる事も無い。すばらしい事だ」

「自分はまだまだでありますから」

 ハルベルトが褒め称えるが、ルークは恐縮して頭を下げる。

「こういった所がルークだな」

 ユリウスが言った締めの一言に皆納得してしまう。その後は特別にワインを皆に振舞われた。ただ、討伐の要請がいつあるか分からないので、酔いつぶれるわけにはいかず、皆一杯ずつである。それを味わいながらまた皆で話が盛り上がる。ルークは惜しまれながらも朝が早い事を理由に、早目に用意されている部屋へと引き上げた。

 寝る前に湯浴みを済ませ、また侍官に来てもらって薬を取り替えるのを手伝ってもらう。そして明日に備えてふかふかの寝台に潜り込んだのだった。




 翌朝、ルークは早目に起きだし、洗顔と着替えを済ませた。そこへ滞在中に世話をしてくれた侍官が朝食を運んできてくれる。あたたかいスープにパンと腸詰ちょうづめ林檎りんごも添えられていた。いくら寝起きで食欲が無くても、今日は一日飛竜に乗るので食べておかないと体が持たない。ルークはしっかり食べておく事にした。朝食が終わる頃、医師が傷の診察に来た。すっかり忘れていたくらいに傷は痛まなくなっている。

「寒さに当たると悪化する事もありますからな。あちらに戻られたらもう一度医師に診て頂いた方がよろしいですな」

 彼はそういうと薬を替えて包帯を巻き直してくれる。更には道中に替える薬と痛み止めを余分に渡してくれる。

「道中お気を付けなされ」

「ありがとうございます」

 ルークが頭を下げて礼を言うと、医師も軽く会釈をして部屋を出て行った。

 全て準備を整え、荷物と外套がいとう、防寒具の類を手にルークは部屋を出た。ハルベルトに昨夜、出発前に竜騎士の控え室で待つよう言われていた。行ってみると、ヒースとユリウスを始め、数人の竜騎士が待っていた。

「朝早いのにわざわざ悪いな」

「見送りぐらいはさせてくれ」

 ユリウスが笑って応じる。そこへハルベルトが現れる。

「おはようルーク、体調はどうだ?」

「大丈夫です」

「そうか。無理をせずに気をつけて帰ってくれ。それからこれが持ち帰ってもらうものだ」

 ハルベルトは幾つかの手紙を差し出す。国主アロンとハルベルト、ソフィアにアルメリアまでがエドワルドとグロリアにそれぞれ宛てて手紙を書いているので、行きよりも預かる手紙の数が多くなった。それでもルークは腰につけた小物入れにそれらを丁寧にしまう。

「では、これで失礼します。お世話になりました」

 一同に頭を下げると、ルークは外套を着込み、防寒具を身につけた。

「それは、編んでもらったのか?」

 ルークの防寒具を見てユリウスが冷やかす。群青の地色にルークの髪の色と似た黄色い帯の中にエアリアルが飛んでいるのだ。明らかに彼専用のデザインである。

「まあな。もったいなくて討伐に使えない」

 のろけた答えに皆が笑う。着場に出ると、既にエアリアルが準備を整えて待っていた。

「帰ろう、エアリアル」

 ルークは彼の頭をなでて挨拶すると、身軽に飛竜の背に乗った。

「気をつけて帰れよ」

「無理するなよ」

 皆が口々に声をかけてくれる。ルークはそれに手を上げて答えると、暁闇ぎょうあんの中ロベリアへ向けて飛び立った。





 アジュガの街には日が高くなった頃着いた。今日は予告していたので家族全員が家に揃っていて、彼とエアリアルの為にいろいろと用意してくれていた。先ずはエアリアルの為にだしをとった後の鶏ガラを用意してくれた。彼はうれしそうに良く煮て軟らかくなったそれを骨ごとバリバリ噛み砕いて食べていた。

 そして家族揃ってお茶を飲み、ルークは焼きたての林檎りんごのパイを味わった。そして道中で食べられるようにお弁当を持たせてくれた上に、温石おんじゃくも用意してくれていた。家族の心づくしに感謝しながら、彼はそれらを受け取った。

「今度は彼女を連れておいで」

 母親の言葉に赤面しながら、ルークは再びロベリアに向けて飛び立ったのだった。




 行きと同様、途中にある砦で2度休憩し、日がとっぷり暮れた頃にルークはロベリアに到着した。彼は真っ先に上司に報告しにエドワルドの執務室へ行く。

「ただ今戻りました」

「お帰り。わざわざ行かせて悪かったな」

「いえ。これが私の仕事だと思っています」

 ルークはそう答えると、腰の小物入れから手紙を取り出す。

「こちらが団長宛の手紙で、残りがグロリア様宛です。お館まで持って行きましょうか?」

「いや、お前は疲れきっている。ゆっくり休むといい。明朝私が持っていこう」

「わかりました」

 ルークはそう答えると、手紙をエドワルド宛とグロリア宛に分けて上司に渡す。彼は用が済んだと思い、頭を下げて執務室を出て行こうとする。

「ちょっと待て、ルーク」

 彼の所作をずっと観察していたエドワルドは何かに気づいたようで彼を呼び止める。

「何でしょうか?」

 エドワルドの机の側に戻ってきたルークの左肩を彼は何気ない仕草でポンと叩く。

「うっ」

 ルークは思わず肩を押さえてうずくまる。所作しょさだけで彼が負傷している事にエドワルドは気づいていたようである。

「それはどうした?」

「これは……その……」

 上司ににらまれ、しどろもどろで青銅狼の爪にかけられたことを白状する。

「このばか者が!」

 エドワルドの一喝にルークは首をすくめる。そこへアスターが何事かと顔を出す。

「いかがしましたか?」

「ヘイルを呼べ」

「はっ」

 説明も無しに命じられたが、アスターはすぐに医師を呼びに行く。

「そこへ座れ」

 うずくまったままのルークにエドワルドは椅子に座るように命じると、彼はよろよろと立ち上がって椅子に座る。叩かれた所為もあるが、先ほどから傷がズキズキと痛んでいた。

「このまま黙っているつもりだったか?」

「いえ……。どう切り出していいか分からなかったので、医師に診てもらってから報告しようと思っていました」

 ルークが嘘をつけない性格なのをエドワルドは良く知っていたので、それは信じてやる事にした。だが、大事な役目をになっている途中に余計な事をした上、怪我をしたのは許せなかった。

「分かっているな?しばらく謹慎だぞ」

「はい」

 ルークが返事をしたところへアスターがヘイルを伴い執務室へ戻ってきた。

「いかがされましたか?」

「そいつの左肩を診てくれ」

 不機嫌そうにエドワルドが命じると、すぐにルークの服はぎ取られ、包帯も外される。あらわになった傷を見て、エドワルドもアスターも顔をしかめる。

「よくこの傷で帰ってきましたなぁ。処置は完璧ですが、寒さに長時間さらされた上にあちらから帰ってきた疲労があります。今夜はおそらく熱が出るでしょう。しばらくは大人しくなさって下さい」

 ヘイルはそう言いながら傷口に新しく薬を貼り付けて包帯を巻いていく。

「痛み止めはお持ちですか?」

「はい」

「無くなりましたらまた申し出てください」

 ヘイルはルークにそう言うと、彼の上司2人に頭を下げて執務室を後にした。

「全くお前は……」

 呆れたようにアスターが言うと、衣服を直していたルークは首をすくめる。

「私が良いと言うまで部屋で謹慎していろ。分かったな?」

「はい」

「とにかく部屋で休め」

「分かりました」

 ルークは椅子から立ち上がると、上司2人に頭を下げて部屋を出た。確かに彼はくたくただった。部屋に戻ると、着替えもせずにそのまま寝台に倒れこんでいた。

 ヘイルの言葉通り、その夜、彼は熱を出した。体のだるさにまかせて眠っていると、彼はいつの間にか夢を見ていた。それはオリガと2人でアジュガへ向かう、幸せな夢だった。




 ルークが幸せな夢を見ている頃、エドワルドは彼が持ち帰った手紙に目を通していた。父、アロンからも、アルメリアからも彼の体を気にかける内容で、一日も早く完治することを祈ると締められていた。

 一方ソフィアは体を気にかけるだけでなく、マリーリアとの仲は進展したかも気になっている様子だった。彼もだが彼女もその気は無いというのに、苦笑するしかない。その一方で助けてくれたフロリエに感謝以上の気持ちを持つなと釘を刺さしてあった。

「もう手遅れですよ、姉上」

 頭を冷やすために側を離れたにもかかわらず、彼女への想いは膨らんでいく一方だった。どうなるかまだ分からないが、それでも皇都に戻ればひと悶着もんちゃくあるのは確実で、それを思うと今から気が重くなる。

 最後にハルベルトの手紙を開く。先ずはエドワルドの体を気にかける文章が並んでいた。その後は少しばかり無理をしたルークをあまり責めるなとも書き連ねてある。そして最後にフロリエについて書き添えてあった。

『最後に、そなたの命を救ったフロリエ嬢についてだが、何ら進展していないのが現状である。これだけ探して手がかりが得られないと言う事は、我が国に籍を置く者ではないと考えるのが妥当だろう。

 来年は国主会議が開かれるから、その折にでも話を持ち出せば新たな情報が得られるかもしれない。気の長い話で申し訳ない。

 遅くなったが、叔母上の事くれぐれもよろしく頼む。』

 手紙は最後にそう締めくくられていた。彼は読み終えると、一つため息をつく。結局はまだ何も分かっていないのだ。残念に思う一方でほっとしている部分もある。もし、身元が判明し、彼女に婚約者や伴侶がいた場合、自分はどうするのだろうか? そう悩みながらも彼女の事が恋しくてたまらなかった。彼女の姿を見、鈴を転がしたような声を聞き、そしてあの優しい手にいつまでも触れていたかった。

「フロリエ……」

 彼の手には彼女からもらった防寒具が握られている。ルーク同様もったいなくて使っていなかった。彼はそうしてしばらくの間愛しい女性に思いをはせていた。


ロベリアに帰ってきたルーク。やはり無茶を怒られてしまいました。

しばらく謹慎という名目で傷の治療に専念することになりました。


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