38 冬の皇都へ1
グロリアが倒れた翌日の早朝、ルークは皇都へ向かって飛び立っていた。昨夜グロリアの館から戻ったエドワルドから彼女の書状を届けて欲しいと頼まれ、ルークはすぐに飛び出そうとしたのだが、エドワルドは苦笑して止めた。
「いくら急ぐと言ってもそなたの安全が最優先だ。今から休んで明朝出発しろ」
確かに皇都へ行くには一日がかりである。天候が悪いこの時期に飛ぶのは飛竜も乗り手も体力を消耗するので、万全の態勢で出発する必要はあった。ルークは納得して夜明け前まで仮眠をして休養をとった。そして自分にもエアリアルにも厳重な防寒対策をし、エドワルドから書状を預かって出発したのだった。
「大丈夫か?エアリアル」
今日は風がかなり強い。心配して尋ねると、飛竜からは“問題ない”という思念が帰ってきた。ルークは飛竜の首をポンポンと叩いてねぎらい、一路皇都を目指す。
ルークは途中にある砦で2度休憩をし、太陽が傾き始める頃アジュガの町に着いた。ここまで来れば皇都まであと少しだが、それでも無理は禁物だった。ルークだけでなく、エアリアルも寒さで落ちた体力を回復させる必要があった。
「ただいま、ちょっと休ませて……」
エアリアルを裏の納屋で休ませてからルークは表に回って家の中に入った。
「ルーク!」
台所にいた母親が驚いたように近寄ってくる。妹は驚きのあまり声も出ない。
「皇都へ使いの途中なんだけど、何か食べる物無い?」
外套と防寒具を脱ぎながらひもじそうに尋ねる。そしてそれらを部屋の隅にかけると、赤々と燃えている居間の暖炉の前に座り込む。
「ルーク兄さん、いつも急に来るから……」
「カミラ、そんな事は言ってはいけないよ。ひと走りして父さんとクルトにルークが帰った事を知らせておいで。ルーク、もっと火の側に寄りなさい」
母親は娘をたしなめると、檸檬の絞り汁と蜂蜜をお湯でわったものをすぐに作ってくれる。彼はありがたくそれを受け取ると、うれしそうに口をつける。カミラは自分の外套を取ると、早速父親の仕事場へと出かけていった。
「エアリアルは納屋に入れたのかい?」
「うん。彼にも何か無いかな?」
ルークは飲み物が入った器を握るようにして手を温めている。
「そうねぇ、とりあえず茹でたての馬鈴薯はあるけど」
「それでいい」
ルークはカップの中身を飲み干すと、外套を手にする。
「もう少し座っていなさい」
母親は厚切りにしたハムと半熟の卵をのせた薄焼きのパンと、あつあつの根菜のスープを出してくれる。
「エアリアルにも用意してあげるから、それを食べていなさい」
「はーい、頂きます」
ルークは早速パンにかぶりつく。その様子を満足そうに母親は眺めると、エアリアルの為にゆでた馬鈴薯をいくつか桶に入れ、そこへルークにも出した根菜のスープを惜しげもなく注ぎ込む。
「いいの?」
「心配しなくていいよ。また作るから大丈夫」
母親はそういうと、新たに水を張った鍋をかまどの火にかけた。
「ありがとう」
そこへバタバタと音がして父親達が帰ってきた。
「ルーク!」
「父さん」
パンをほおばりかけた彼は慌ててそれを一旦皿に戻した。
「皇都へ行く途中らしいな?」
「ああ。ちょっと休憩したらすぐ出る」
「そうか」
父親はそう答えると、食事の続きをするように促す。この時期に竜騎士が任地を離れてまで使いに出ることの緊急性を彼ら家族も良く心得ていた。話したいことは山ほどあるが、時間を無駄にする事はできない。
「クルト、納屋にエアリアルがいるそうだから、これを持っていっておやり」
「分かった」
馬鈴薯とスープが入った桶をクルトは母親から預かると、納屋へ向かった。ルークはエアリアルに思念を送り、クルトから食べ物をもらうように伝える。しばらくすると、エアリアルから満足げな思念が帰ってくる。
「母さん、エアリアルが喜んでいる」
「そうかい?それは良かった」
母親は新たなスープ作りを始めている。ルークも出された食事を平らげ、カミラが淹れてくれたお茶を啜る。
「あっという間だったよ」
クルトが空の桶を持って帰ってきた。
「ありがとう、兄さん」
桶を片付けると、彼も居間のソファに座って、妹が淹れたお茶を口にする。
「この冬は怪我をしなかったかい?」
母親は台所から心配そうに尋ねる。
「冬至の前に紫尾の女王と戦ってわき腹を痛めたぐらいかな」
うそをつけない息子はサラッと答える。
「もういいのかい?」
「ああ。何日か休ませてもらったからすぐに治ったよ」
お茶を飲み干すと、ルークは立ち上がった。
「もう行かないと」
居心地がいいのでいつまでもいてしまいそうだが、大事な役目を任されている身である。食事も済んで体も温まり、少し休憩も出来た。彼は部屋の隅にかけておいた外套に袖を通し、防寒具を手に取る。
「ルーク、これを持ってお行き」
母親が何やら持ってきた。手編みの防寒具だった。
「前のがもうだめになっただろうから……。おや、新しいのを買ったのかい?」
今ルークが手にしているのは秋にオリガからもらった防寒具である。討伐に使うにはもったいなく、使いで出る時に愛用していた。
「いや、これは……」
「あっ、兄さん彼女が出来たでしょ?」
「うっ……」
やはり嘘がつけない彼はあっさり白状する。
「そう。彼女からもらった」
「ほぉ……良かったじゃないか」
未だ彼女がいない兄にも冷やかされ、ルークは真っ赤になる。
「そんな愛のこもったものをもらっているなら、これはいらないねぇ」
「いえ、お母様の愛もください」
意地悪そうに母親が言うと、慌ててルークがおねだりする。その様子にみんな笑い、つられてルーク自身も笑ってしまう。
「仕方ないわね。大事に使いなさい」
「ありがとうございます」
ルークは頭を下げて母親の愛が詰まった防寒具を受け取った。
「帰りも寄るのか?」
「その予定。皇都に今夜着いて、一日はエアリアルを休ませる必要があるだろうから、明後日の午前中に寄ると思う。天候しだいでは出発が延びるかもしれない」
準備が整ったルークに父親が尋ね、家から出て行こうとした彼は一旦足を止めて答える。
「そうか。帰りにも必ず寄りなさい」
「分かった」
ルークが裏口に出ると、みんな後からついてくる。日が沈もうとしているらしく、辺りは薄暗くなっている。納屋で休ませていたエアリアルを出すと、装具と防寒具を再度点検する。
「気をつけてね」
飛竜にまたがったルークに母親が声をかける。
「ありがとう」
彼は家族に手を振ると、エアリアルを飛び立たせ、皇都へと再び向かったのだった。
皇都まであとわずかという所で、ルークは妖魔の気配に気づいた。使いの最中なので余計な事はしなくていいのだが、ふと、気になってエアリアルの高度を下げさせる。
彼の記憶ではこの辺りにあったのは騎馬兵が100人程度駐留している小さな砦だったはずだ。気配だけでわかるのは、30頭あまりの青銅狼の襲撃に、騎馬兵団のみで応戦し、不利な状況なのが伝わってくる。竜騎士が来れば問題ない数だが、その肝心の竜騎士の到着が遅れているのだろう。100人にも満たない数の騎馬兵では分が悪く、案の定、防衛線が乱れている。
「まずいな」
このままでは総崩れとなって甚大な被害が出てしまうだろう。ルークはエアリアルに命じて砦に向かう。今日の彼は防寒を重視して防具となるものを一切身につけていない。更に弓矢も持ってきていないので、武器は腰に下げた長剣一本である。防具なしで闘うしかないが、このまま黙って通過する事が彼にはできなかった。
「行くよ」
ルークの合図でエアリアルを妖魔の只中に急降下させ、地面すれすれで制動をかける。思ったとおり急に現れた飛竜に妖魔は驚いて慌てふためいた。ルークはその隙に長剣を片手に飛竜から飛び降り、続けて2頭切り伏せる。
「竜騎士は必ず来る! もうひと踏ん張りだ!」
声は届いていないかもしれない。それでもルークはそう叫ぶと、仄かな燐光を放つ長剣を掲げる。それを騎馬兵達は目にしたのか、砦からドッと歓声が沸き、まるで息を吹き返したかのような活気を感じる。
ルークは長剣を構え直すと3頭目に立ち向かっていく。しかし、妖魔も態勢を立て直していて、ルークに向かってきた。長時間寒さにさらされた体はこわばっていて思うように動けない。攻撃をよけるタイミングがわずかに遅く、左肩を爪にかけられる。
「くっ……」
厚着のおかげでひどい怪我にはなっていない。ルークは気合を入れなおすとエアリアルが妖魔をひきつけている間に切り伏せ、3頭目もどうにか倒した。
その間に砦は完全に息を吹き返し、鬨の声が上がっている。騎馬兵達はエアリアルの加勢もあって城壁内に入り込んでいた妖魔達を外へ追い帰すほど力を取り戻していた。これ以上単独での浄化は得策ではないと判断し、ルークはエアリアルを呼び寄せ、その背に跨ると彼らの手助けに徹する。
やがて、エアリアルが空に向かって飛竜式の挨拶をすると、第1騎士団所属の竜騎士が現れ、妖魔は瞬く間に駆逐されていった。
「ルーク、ルークか?」
エアリアルを地上に降ろし、後始末の間休憩させてもらおうと砦に足を向けると、聞き覚えのある声に呼び止められる。振り向くと、フレイムロードの背から降りたユリウスが近づいてくる。相変わらず後ろには護衛の竜騎士がいる。
「ユリウス、君か?」
「何故君がこんなところへ?」
「皇都への使いの途中だ」
「そうか。聞きたいことはあるが、あちらにヒ―ス隊長もいる。行こう」
「分かった」
2人は連れだって事後処理をしている竜騎士達の元へ向かう。そこには砦の責任者も兼ねる騎馬兵団の隊長の姿もあった。
「雷光の騎士殿?何故今頃こちらへ?」
竜騎士を率いていたヒースは、ユリウスと共に現れたルークにひどく驚いた。そして彼の言葉に隊長はひどく驚き、そしてその場に跪いた。
「ら……雷光の騎士殿でしたか。先程は本当にありがとうございました」
気付くと周囲にいた騎馬兵達が跪いている。ヒースやユリウスといった竜騎士達はもちろん、当のルークも面食らって戸惑う。
「どういう事だ?」
ヒースはルークに説明を求める視線を向けると、彼はバツが悪そうに視線を逸らす。だが、無言を貫くには相手が悪いので、ごく端的に事実を告げる。
「皇都へ使いに行く途中でしたが、楽観できる状況ではなかったので、加勢しました」
「ヒース卿、雷光の騎士殿が加勢して下さらなかったら、この砦は壊滅しておりました」
隊長の言葉に跪いたままの騎馬兵達は口々に同意するが、ルークは苦笑するしかなかった。
「……誇張がすぎますよ」
「事実です」
断言する隊長にヒースは頷くが、視線を逸らしたままの若い竜騎士の姿を見て眉を顰める。
「そうか……。しかし、無理をしたな」
辺りは松明に照らされて、ルークの左肩が爪にかけられて出血しているのが見て取れる。ヒースが合図すると、その場でルークは外套をはだけさせられ、騎士の1人が香油を振りかけて浄化し、手早く止血をしてくれる。
「ありがとうございます。厚着のおかげでそれほどひどくありません」
「まあいい。ユリウス、彼に同行して先に本宮へ戻れ」
ヒースは苦笑するとユリウスに命じる。応援の騎馬兵団がまだ到着しておらず、残った彼らは事後処理を行わねばならなかった。
「分かりました。行こう、ルーク」
「ああ。では、失礼します」
ルークは律儀に頭を下げると、エアリアルを呼び寄せて跨る。ユリウスが先導するようにフレイムロードを先に飛び立たせ、それにエアリアルが続いた。そして当然のように護衛の竜騎士がその後に続く。
「そういえばユリウス、お前あの話ばらしただろう?」
「な……何のことかな?」
ルークは自分の失敗が皇都で知れわたっている事を思い出して恨みがましく問いただす。
「とぼけるなよ。うちに新たに来た2人も知っていた。噂になっているそうじゃないか」
「は……ははは。でも、私がしゃべらなくてもハルベルト殿下とヒース隊長はご存知だったぞ」
「え?」
ルークは頭の中が真っ白になった。上官2人は先にそれぞれの身近な人間にばらしていたらしい。
「まあ、落ち込むなよ。今はその話をする奴はいないから」
「本当だろうな?」
「ああ。君がかわいい恋人とよろしくやっていることを羨ましがっているよ」
「う……」
ユリウスは他人事のようで完全に彼をからかって面白がっている。そうしている内にかがり火で照らされた本宮が見えてきた。2頭の飛竜はすべるように着場へ降り立った。
「ロベリアからの使いを案内してきた。エアリアルを先に休ませてやってくれ」
すぐさま竜舎の係員にユリウスは指示を与え、侍官の1人が急いで使者が来た事を奥へ知らせに走っていく。ルークは自分の荷物を降ろし、エアリアルをねぎらうように頭をなでてから係員に彼を預けた。
「お願いします」
ルークは外套と防寒具を脱ぐとユリウスの案内で本宮の奥へと向かう。着場がある西棟を抜け、政府の中心となる南棟の上層へ向かう階段の途中で、迎えに来てくれたらしい初老の文官と出会う。記章からかなり高位の文官らしい。
「ハルベルト殿下の補佐官をしております、グラナトと申します。殿下のご命令でルーク卿をお迎えに上がりました」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれるので、ルークもつられて頭を下げる。グラナトは後ろに控えさせていた侍官にルークの荷物を預かるよう指示し、先にたって案内してくれる。
「また後で」
迎えが来たので案内の必要がなくなったユリウスとはここで別れる。ルークも彼に手を上げて挨拶すると、グラナトの後に慌ててついて行った。
ルークが案内されたのは本宮の南棟にあるハルベルトの執務室だった。彼が部屋に入ってくると、ハルベルトは立ち上がって迎えてくれた。
「よく、ロベリアから来てくれた。聞きたいことは山ほどあるが、先ずはこちらに座って休め。肩をどうした?」
彼はルークに暖炉脇の椅子を勧め、侍官が暖かいお茶を用意してくれる。正直、体が冷え切っていたルークはその心遣いが嬉しかった。
「妖魔討伐に行き合いました。手を出さないつもりでしたが、砦の防衛線が危ういのに気づき、降りてしまいました。幸いにしてすぐにヒース隊が到着したので被害は最小限に抑えられたようです」
「医師をすぐ呼べ。手当てが先だ」
「それほどひどい傷ではありませんから……」
ルークは止めようとしたが、ハルベルトの命令ですぐに医師が駆けつけてきた。その場で有無を言わせず服を剥ぎ取られ、傷が露になる。
「この傷がひどく無いだと?寒さで痛みが麻痺していただけだろう?無茶にもほどがある」
ハルベルトが顔をしかめて言うと、ルークは何も言えずうなだれる。医師はなれた手つきで傷を清め、患部に薬を当ててくれる。そして包帯を巻き、手当てが終了する。
「後ほど痛み止めを調合してお届けにあがります」
「そうしてやってくれ」
恭しく医師がそう申し出て頭を下げると、ハルベルトも同意する。着ていた物に再び袖を通そうとしたところで、侍官が恭しく真新しい服と外套を差し出してくれる。何もかも至れり尽くせりである。
「遠慮はいらぬ」
「何から何まですみません……」
ルークは恐縮して下官から服を受け取り、袖を通した。その侍官は血のにじんだ彼の服を引き取り、医師と共に静かに退出していく。執務室にはハルベルトとルークだけになり、ハルベルトはルークの向かいに座って話を切り出してきた。
「先ずは用件を聞こう。今回、この時期にわざわざ来たのはどういった事か?」
「女大公様の書状を預かってまいりました。陛下にお届けして欲しいと仰せになられています」
ルークは腰帯につけた小物入れから、グロリアの書状を取り出した。
「叔母上は、どんなご様子だ?」
グロリアが倒れたという知らせは既に皇都に届いていた。公表はされていないものの、一部の貴族の間には既に広まっているようである。
「昨夜、意識が戻られたと団長から伺いました。しかしながらまだ予断を許さない状況にあるようです」
「そうか……。手紙は父上宛だったな?」
「はい」
「グラナト!」
ハルベルトは次の間に控えている補佐官を呼んだ。彼はすぐに執務室へ入ってくる。
「父上にお伺いを立ててきてくれ」
「かしこまりました」
忠実な彼は頭を下げるとすぐに執務室を後にする。
「それはそうと、エドワルドの具合もどうなのだ?紫尾にやられたと聞いたが?」
「はい。団長も一時は重篤な状態にありましたが、今は回復されて飛竜にも乗っておられます。昨日は討伐に同行され、指揮をお取りになられました」
打てば響くようなルークの答えにハルベルトも満足する。
「団長から殿下へあてた手紙も預かっておりますが、今、お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「エドワルドから? では預かろう」
ルークは同じ小物入れからエドワルドからハルベルトへあてた手紙を取り出し、彼に渡す。他にも国主である父に宛てた私信とソフィアに宛てた手紙も預かっていた。待ち時間を利用し、早速ハルベルトは手紙に目を通す。
「ほう……エドワルドはフロリエ嬢に助けられたのか」
「はい。バセット医師によりますと、彼女の的確な指示の元に処置が施されたことにより、団長の命は助かったそうです」
「そうか。ますますその女性に会ってみたくなった」
そこへ扉を叩く音がして、グラナトが執務室に入ってきた。
「陛下はすぐにお会いになるそうです」
「そうか。ではルーク、案内しよう」
ハルベルトに促されてルークは立ち上がり、案内されて本宮の北棟にある国主アロンの部屋へ向かう。この時ルークは気分が高揚していて傷の痛みを全く気にしていなかった。やがて部屋の前に着くと、ハルベルトが扉を静かに叩いた。先ず出てきたのは常に側近くで彼の世話をしている、年配の女官であった。一行の姿を見ると、すぐに脇にどけて部屋へ招き入れてくれる。驚いたことにルークは国主の寝室へ通されたのだ。
「遠路、よぉ来たのぉ」
寝台に体を起こしたアロンはルークの姿を見て目を細める。彼は促されて寝台の側により、跪いた。
「お休みのところ申し訳ございません」
「よいよい。書状を預かろう」
アロンに促されて先ずはグロリアからの書状を渡し、もう一通エドワルドからの手紙を取り出す。
「こちらは団長からお預かりした手紙でございます」
そう言ってルークが差し出すと、アロンは嬉しそうに手紙を受け取る。
「あれはもう元気になったのか?」
「はい」
ルークは深く頭を下げる。
「もうグランシアードに乗って飛び回っているそうです」
ハルベルトが緊張しているルークに替わって答えてくれる。
「そうか、そうか。ところで叔母上はどんなご様子だ?」
ルークは言葉に詰まった。すると横からまたもやハルベルトが助け舟を出してくれる。
「一命は取り留めたそうです、父上」
「そうか……。あの方もお年を召されておるからのぉ」
国主は少し心配そうな表情となる。
「父上、叔母上もですが、我々はあなたの体調も心配です。今日はもうお休みになられて、明日、手紙をお読みください」
「分かった、そう致そう」
自分の体調を慮る息子にアロンもうなずく。ルークも長居するのは良くないと思っていたので、一度深々と頭を下げると、ハルベルトと共にアロンの部屋を退出する。
「ルーク、部屋を用意させているから、今日はそちらで休め」
「ありがとうございます」
一旦、執務室へ戻りながらハルベルトが言うと、ルークは深々と頭を下げた。
「とにかく、その傷もあることだし、明日は一日体を休めるように」
「は……はい。ソフィア様へも手紙を預かっているので、お屋敷へ伺いたいのですが……」
遠慮がちにルークが言うと、ハルベルトは笑いながら答える。
「心配しなくても、姉上なら明日も本宮へ来るであろう。私と同様、叔母上の事は気がかりであったから、新しい情報があれば知らせろと言われておる。そなたが来ていると分かれば直に会いに来るであろう」
「そ……そうですか」
パワフルなソフィアを思い出し、ルークは少しうろたえる。
「はっはっはっ。私も同席するから心配致すな」
それはそれで恐れ多いような気がする。2人が皇家の居住区域である北棟を出たところでハルベルトは侍官の1人にルークを部屋へ案内するように命じた。彼はまだ仕事があるようで、ルークに軽く手を上げると、再び執務室へ戻ったのだった。
「あの……本当にここ?」
案内された部屋を見て、ルークは思わず侍官に尋ねた。彼が案内されたのは、浴室が付いた二間続きの部屋だった。寝室に置かれた広くてゆったりした寝台は、ふかふかで体が埋まってしまいそうである。
「はい、こちらにお泊り頂くように承っております。御用がございましたら呼び鈴でお呼び下さいませ」
侍官は丁寧に頭を下げるので、ルークは恐縮してしまう。
「は……はぁ」
部屋には既に彼の為に食事の準備が整えられ、医師が替えの薬と痛み止めを用意してくれていた。お風呂もいつでも入れるように準備が整えられている。
「後で薬を替える時に手伝って頂けますか?」
「かしこまりました。その時はお呼び下さい」
「ありがとうございます」
侍官は頭を下げて部屋を出て行くと、広い部屋に1人取り残された気分である。それでも空腹を覚えていたので、早速用意された食事に手をつける。豪華なのだが、1人だとなんだか侘しい。それでもどうにか腹を満たし、一息ついてから湯を浴びた。侍官を呼んで傷に薬を当てるのを手伝ってもらい、着替えに袖を通した頃にはもう限界だった。寝台に潜り込むと、そのまま深い眠りに着いたのだった。
ちょっと無茶をしたルーク。
案の定、あとで上司に叱られます。
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