35 責任の在りか3
エドワルドが倒れた後、フロリエは半狂乱で彼に縋って泣いた。バセットがそんな彼女に鎮静剤を与えて眠らせ、オルティスが急いで整えた別の客間に彼女を休ませた。
縛り上げたラグラスをフォルビアの騎士団に預けるとアスターはすぐに戻ってきたので、バセットはオリガにフロリエを任せると、2人がかりで気を失ったエドワルドを寝室に運び、すぐに開いた傷口の手当てを施したのだった。幸いにも傷口はそれほど開いてはおらず、命に係わるような事態にはならなかった。
「もっと早く来てくれればとも思うが、まだあのタイミングで良かったと言わざるを得ないの」
一連の報告を受け、自身の持病をバセットに診察してもらいながらグロリアは呟く。
「左様ですな……。しかし、肝が冷えましたぞ」
館に着く早々、ファルクレイン経由でグランシアードからフロリエとエドワルドの状況を聞き、アスターは説明もそこそこに2階へと駆け上がった。ただならぬ様子にバセットとオルティスも後を追い、それに丁度コリンシアの部屋から出てきたオリガも加わってフロリエの部屋に駆け込んだのだ。
「お体に随分とご負担がかかっておられるようですな。ご無理は禁物です」
エドワルドの処置を終え、バセットはグロリアの診察をしていた。本当は2日後が往診の予定だったのだが、アスターがエドワルドに急用ができたため、一緒に来たのだ。
用というのはリューグナーが薬草庫に保管していた薬の件である。記録にも残していないその薬草は当初、ハーブの一種だと思われていた。総督府に持ち帰り、バセットが詳しく調べたところ、使用が禁止されている薬の原料だと分かったのだ。
それは、竜騎士としての力を一時的に高める作用があった。一般の兵士でも竜騎士並に能力を高める事が可能だと言われている夢のような薬だが、その分大きすぎるリスクを背負う事となる。一度使うとやめられなくなり、しかも使う毎に10年寿命を減らすとまで言われている代物だった。それはもう100年くらい前に神殿からのお達しで使用を禁止された薬物だった。
「そうしたいのは山々じゃがの、状況がそうはさせてくれぬのじゃ」
「……確かにそうですが、休める時にしっかりお休みになって下さい」
バセットも渋い表情で調合した薬をグロリアに渡す。夏から続いた元副総督がらみの事件や秋のコリンシアの大病、そしてこの度のエドワルドの負傷と立て続けに起こった悪い事件は少なからずグロリアの健康を蝕んでいた。加えて信頼していたリューグナーの裏切りが多大な影響を及ぼしている。
「あれも昔は真面目に励んでいたというのに……」
グロリアはため息をつく。リューグナーは前任のグロリアの専属医の弟子の1人だった。若いながらも腕は確かだったので、彼の師匠が老齢を理由に引退した折、後事を託されたのだ。
グロリアの病を治したいと熱意を込めて語っていた若者を彼女は好ましく思い、様々な面で優遇してやったように思う。どこでどう間違ったのか……それとも自分の目は節穴だったのか……苦い思いが込み上げてくる。
「悪い方向へ考えるのも良くありませんぞ」
「……わかっておる」
グロリアはいつものように憎まれ口を叩こうとしたが、出てきた言葉は思ったよりも弱弱しいものとなってしまった。バツが悪そうに顔を顰めると、彼女は席を立つ。
「フロリエの様子でも見てから休むと致そう」
「ご無理をなさいませんよう……」
バセットはフロリエの休む部屋までグロリアに付き添って送ると、自身は再び寝込んでしまったエドワルドの様子を見に、彼の部屋へと向かった。
フロリエは夢を見ていた。どこか懐かしさを覚える景色の中、泣いている自分の肩を自分と同じ年頃の若者が抱いてくれていた。
『どうして……泣く?』
そう困った様に言われても無性に悲しかった。
『俺はもういい。ここへ戻れたから』
言葉とは裏腹に寂しそうな口調だった。けれども顔を思い出せない。彼は一体誰だろう……。
「気が付いたかえ?」
フロリエが目を覚ますと、驚いた事にグロリアが側についてくれていた。
「女大公様……」
慌ててフロリエは体を起こそうとする」
「まだ横になっていなさい」
「殿下は如何されましたか?」
グロリアが起きようとする彼女を押しとどめるが、フロリエはエドワルドの事が気が気ではなかった。
「バセットがついておる。心配いたすな。それよりも妾はそなたが心配じゃ」
「私は……私は大丈夫です」
枕元にいるルルーが心配そうにすり寄ってくる。彼はラグラスに振り払われた時に足と羽を痛めていた。バセットに薬を塗ってもらったらしく、軟膏の匂いがする。フロリエは彼にも助けられたことを思い出し、お礼を言いながら優しく頭を撫でた。彼は嬉しそうにクルクルと喉を鳴らす。
「ラグラスは我が一族に名を連ねる者。妾が代わってお詫び申し上げる」
グロリアがそう頭を下げると、フロリエは慌てて彼女をとめる。
「女大公様の所為ではありません。どうか、頭を上げて下さい」
「あのような者を重用しておった妾の手落ちじゃ。怖い思いをさせたの。本当に申し訳ない」
グロリアはフロリエの手を握りしめる。確かにエドワルドが来てくれなければ、あの男に彼女は手籠めにされていた。今更ながらに寒気がする。
「殿下は大丈夫でしょうか?」
「そなたは優しいの。確かにちょっとだけ傷が開いたようじゃが、命に別状はない。また2、3日バセットが居てくれると言うから、そなたはゆっくりと休みなさい」
「ですが……」
言いよどむフロリエにグロリアは微笑みかける。
「そなたはいつも他人の事ばかりを心配しておる。じゃがの、今は自分の為に休みなさい。ルルーも随分と疲れておるから一緒に休ませておやり」
グロリアの言う事も尤もだった。いつもは彼女が目を覚ませば元気に動き回る小竜が動こうとはしない。余程受けた傷が痛むのだろう。フロリエは素直に頷くと、起こしかけた体を寝台に横たえた。
「そうじゃ。何も心配せずに今はゆっくり休みなさい」
グロリアが優しく声をかけてくれる。バセットが飲ませた鎮静剤の効果がまだ残っているらしく、彼女は素直に目を閉じた。そして、今度は夢も見無い程深い眠りについたのだった。
無理をして動き、傷を悪化させたエドワルドはまた熱を出していた。襲われた翌日になってその事を知ったフロリエは、周囲が止めるのも聞かずに泣きながら彼の看病をしていた。発熱の為に額に浮かぶ汗を濡れた布でそっと拭き、一度すすいで絞ってからまた彼の額にのせる。
ひんやりした心地いい感触に府とエドワルドは目を覚ました。側に目を泣き腫らした彼女がいるのに驚く。
「フロリエ……大丈夫か?」
「殿下、すみません。私の所為で……」
「君の所為じゃない」
エドワルドは左手を動かすと、ぎこちなく彼女の涙を拭う。それでも涙は後から後から流れ出て来て限が無い。すると今度はどうにか体を起こそうとするので、フロリエは慌てて彼の体を支え、背中に枕をあてる。
「無理をなされては……」
「大丈夫だ」
少し傷に響いたらしく、枕に体を預けると彼は大きく息を吐いた。
「どうぞ」
フロリエは杯に水を注いでエドワルドに渡す。彼は左手で受け取ると、それを飲み干した。
「ありがとう」
彼は礼を言って杯を彼女に返した。彼女はそれを脇のテーブルに戻すと、ずり落ちていた布を拾って水をはった桶に入れる。
「本当に、昨日はすみませんでした」
フロリエは俯く。エドワルドはそんな彼女を左腕で引き寄せると胸に抱く。
「君が謝る事ではない。危急を知って矢も楯もたまらず飛び出した。後は無我夢中だった」
「……殿下」
彼女は驚いて腕の中で固まっている。その華奢な体を抱きしめながら、彼女を助けられた事に安堵する。そして、自分の中に芽生えていた彼女に対する感情を改めて認識したのだ。
「どうしてこんなに体が動かないのか自分に腹立たしかった」
「……殿下……」
「何か起こるたびに守ってやると言いながら、君には怖い思いばかりさせている。申し訳ない」
「そんな…こと……殿下の所為じゃ……」
フロリエは首を降り、何かを言いかけたが言葉にならず、エドワルドの胸に縋って泣き出した。彼は彼女が落ち着くまで、ずっと自由がきく左腕で抱きしめていた。
秋までエルデネートに愛を囁いていたと言うのに、自分でも勝手な男だとは思う。けれども今はこの女性にずっと側にいて欲しい。コリンシアの為にだけでなく、自分の為にもいて欲しいと彼はこの時改めて思ったのだった。
ラグラスがフロリエを襲おうとした事件から3日経ち、ようやく体調が安定したエドワルドの希望で事件の経過報告が行われる事となった。
エドワルドの寝室には、グロリアやアスター、バセット、オルティスとフォルビアの竜騎士が2名とエドワルドが任命した執政官、そして何故かフロリエも呼ばれていた。広いと思っていた寝室もこれだけの人数が揃うと何だか狭く感じるが、エドワルドがまだ動くこともできないので仕方がない。
「私は席を外した方が良いのでは……」
エドワルドが寝ている寝台のすぐ脇に用意された椅子に2人は並んで腰掛けているのだが、集まった面々に気後れしてフロリエがグロリアにそっと申し出ると、彼女は静かに首を振った。
「当事者でもあるそなたにも聞いて欲しいのじゃ。思う事を口にして構わぬ」
「でも……」
「私が同席させて欲しいと言ったのだ、フロリエ」
躊躇うフロリエに横からエドワルドが口を挟む。彼は背に枕を当てて僅かに体を起こし、負傷した右肩を隠すように寝間着を羽織っている。顔色も幾分よくなり、事件が起きる直前までの調子を取り戻しつつあった。
「殿下……」
「話を聞いているだけでもいい。いてくれ」
「……はい」
エドワルドにまで言われては断りきれず、フロリエは仕方なく頷いた。
エドワルドの体調を考慮し、報告は短時間で済むように簡潔に行われる予定だった。先ずはアスターからリューグナーが専属医をクビになった経緯を説明し、加えて無断で薬草庫に保管していた薬草が禁止薬物の原料だった事を説明する。薬についてはバセットが補足して説明した。
「既にタランテラ全土にリューグナーの人相書きを送って彼の捕縛に協力を仰いでいます」
あの日以来、リューグナーの消息は分からなくなっていた。ラグラスの従者に紛れて館に来た彼は、不正に複製した通用口のカギを使って館の中に入り込み、真っ先に薬草庫に向かった。彼はこちらのカギも複製しており、その薬草を回収する為に侵入した事が分かっている。
だが、目当てのものが無くなっており、焦った彼はフロリエを問い詰めるために彼女の部屋に侵入。事情を知ったラグラスは一旦帰るふりをして引き返し、リューグナーの手引きでフロリエの部屋に入り込んだのだろう。
リューグナーは逃走し、ラグラスもあれ以来酒浸りの日々が続いていてまともに会話もできない状況の為、この辺りはまだ憶測でしかない。
「少々手間取りましたが、屋敷のカギを全て付け替えました。あと、母屋周辺の立木で足掛かりになりそうなものは全て伐採致すことになりました」
景観が悪くなるのを少し気にしながらオルティスは報告を終えた。
最後にフォルビアの竜騎士達が、リューグナーは北に向かったまでは分かったものの、その後の足取りが掴めないと報告した。手引きした者がいる……それはその場にいた全員の一致した意見だった。
「しかし、あの薬草、彼はどうやって手に入れたのでしょうか?」
バセットが首を傾げる。礎の里が禁止しているために、裏で取引された薬なのは間違いない。当然値が張り、彼が不当に稼いでいた小遣い程度で買えるような代物ではない。
「あの男の調合の腕は確かだ。それを知って依頼した者がいるのだろう」
今まで報告に耳を傾けていたエドワルドが口を開く。何しろ聖域からも依頼が来るほどだ。その腕前はお墨付きである。
薬草庫の薬草を不正に持ち出した以外にも、グロリアの動向を親族達に漏らして金をもらっていたことも分かっているので、報酬に目がくらんで引き受けた可能性は高い。
「依頼した者が逃走の手助けをしたとみて間違いないでしょう」
「その線で調べてみてくれ」
「かしこまりました」
アスターが返答すると、エドワルドは疲れたのか大きく息を吐き出す。
「お疲れになられたのでしたら、この辺りで終わりますが……」
そんな様子の彼を見て、執政官が遠慮がちに声をかける。
「そうだな。大体の経緯はわかった。リューグナーの身柄の確保を最優先してくれ」
「全力を尽くします」
力強く返答すると、執政官は一同に礼をして竜騎士達と共に寝室を出ていく。長く総督府を留守にできないアスターも、今日は向こうへ帰る予定になっていたバセットと共にすぐに部屋を出て行った。当然、彼等を見送るのが仕事となるオルティスもその後に続く。
「妾も戻ると致そう」
終始無言だったグロリアも席を立つと寝室を後にする。部屋にはエドワルドとフロリエだけになった。
「横になられますか?」
疲れた様子のエドワルドにフロリエはそっと尋ねる。
「そうだな。その前に水をもらえるか?」
フロリエはすぐに立ち上がると、彼の要求に応えるために水差しを手に取り、杯に水を注ぐ。それを差し出すと彼はそれを飲み干した。
「さっ、横になって下さいませ」
杯を片付けると、フロリエは慣れた手つきでエドワルドが横たえるのを手伝う。上掛けを直すと、彼が静かに眠れるように部屋を退出しようとする。
「フロリエ」
「はい?」
「もう少し、いてくれないか?」
エドワルドの要求に少し戸惑いを見せたが、彼女は頷くと先程まで座っていた椅子に座る。
「お休みになるのに邪魔になりませんか?」
「いや……」
むしろ心地いいと口に出すのは気恥ずかしい。代わりに左手を伸ばすとそっと彼女の手に触れる。
「殿下?」
彼女は戸惑った様子だったが、そっと包み込むように握り返してくれる。その感触が心地良く、報告の疲れもあってそのまま瞼が重くなってくる。
「お休みなさいませ」
静かな優しい声に導かれるようにエドワルドは眠りに落ちた。
「くそつ!」
リューグナーは空になった杯をテーブルに叩きつけるように置いた。グロリアの館から追い出されて5日。フォルビア城下の街中にある場末の酒場で彼は飲んだくれている。そのみすぼらしい姿は先日までグロリアの専属医としてその尊敬を一身に集めていたのが嘘のようだ。
夏には自信のあった薬の調合の腕前を見込まれて礎の里から直々に仕事の依頼が来た。グロリアにはまだ話していなかったが、その出来栄えに満足した相手から今よりも好待遇の職場に誘われていたのだ。このままだとその話も流れてしまう。
没落したわが身を嘆き、こんな境遇に追い込んだグロリアを始めとした館の人々を恨んだ。それは逆恨みに過ぎないのに。
「おうおう、名医殿は荒れているねえ」
軽い口調で声をかけられ、顏を上げると旧知の人物が立っていた。自称、次代のフォルビア大公ラグラス。若い頃は生真面目だったリューグナーに様々な遊びを教えた張本人だった。
「やっときたか」
不機嫌そうなリューグナーには構わず、ラグラスは自分も酒を頼むと彼の向かいに腰掛ける。
「で、何の用だ?」
「私を女大公の館に連れて行ってくれ」
「連れて行くも何も堂々と帰れるだろう?」
運ばれてきた酒に早速口をつけたラグラスは不思議そうに相手の顔を眺める。
「……追い出された」
「は?」
ボソリと返ってきた言葉を理解すると、ラグラスは腹を抱えて笑い出す。
「追い出された? お前が?」
「笑い事じゃない」
お気楽に笑い転げるラグラスにイラツとしながらも話を続ける。
「時間が無くてあれを持ち出せなかったんだ」
「あれって、あれか?」
「そうだ」
重々しく頷くとようやく事の重大さに気付いたらしい。あれとは名前すら忘れられた禁止薬物の原料となる薬草だった。神殿がどんな理由でそんなものを作っているかまでは知らないが、公にしていいものではないことぐらいは理解している。
今回、新しい仕事の契約金の一部として、調合した残りの薬草をもらい受け、管理を任されていた薬草庫にそれを隠しておいたのだ。詳しく調べないとそうとは気づかれないとはいえ、万が一のこともある。早急に回収しなければならない。
「だから回収しに行くのを手伝ってくれ」
「やなこった」
リューグナーを先方へ推挙してくれたのはラグラスだが、既に他人ごとだ。酒を飲み終えると、必死に頼み込んでいるリューグナーを尻目にさっさと席を立つ。
「頼れるのはあんただけなんだ」
「俺様は関係ない」
「とっておきの情報教えてやるから」
とっておきという言葉に興味を魅かれたのか、ラグラスは足を止める。
「つまんねぇ話じゃねぇだろうな?」
「私だって今後がかかっている。助けてもらうのに嘘はつかない」
リューグナーのいつにない真剣な表情にラグラスも考えを改めたのか席に座り直した。
「教えろ」
身を乗り出してきた彼の耳元でリューグナーはエドワルドが討伐中に怪我をして瀕死の重傷を負ったと伝える。
「本当か?」
「ああ。ロベリアに運べばいいものを女大公の所へ連れて来たものだから無断で外出していたのがバレた。それで追い出されたんだ」
「ババァの所か……。だがなぁ、あそこはババァとガキしか居ねぇからつまらねぇんだよな」
「若い女ならいるぞ」
「何?」
リューグナーの呟きにラグラスは身を乗り出す。予想通りの反応にほくそ笑む。
「美人か?」
「2人とも地味だが、見てくれは悪くない」
「……」
リューグナーの答えにラグラスはしばし考えこむ。やがて考えがまとまったのか、1人で納得したように頷いている。
「いいだろう。お前の言う事が本当だと確認出来たら連れて行ってやる」
「本当か?」
「連れて行くだけだ。後は自分で何とかしろ」
「それは大丈夫だ」
リューグナーは密かに館の鍵をいくつか複製していた。いちいちオルティスに借りに行くのが面倒だっただけなのだが、こんな事で役に立つとは思っていなかった。
「そうと決まれば早速情報収集だ。いくぞ」
ラグラスの機嫌はいいらしく、彼はリューグナーの酒代まで支払った。そして2人は連れ立って店を後にした。
「くそっ!」
10日ほど前と同じようにリューグナーはテーブルに杯を叩きつけるように置いた。2日前、ラグラスに同行してグロリアの館にあの薬草を回収しに行ったのだが、失敗に終わったのだ。
あれがそうだと気付くものは稀だ。そう思った彼が疑ったのはグロリアの客人扱いになっているフロリエだ。得体の知れない彼女は妙なところで薬物に詳しい。今回負傷したエドワルドが助かったのも彼女のおかげだと、あの館で噂されているのを陰で聞いた。
とにかく問いたださなければならない。エドワルドへの対抗心か、彼女に興味を抱いたラグラスと共に部屋に忍び込み、戻ってきたところを問い詰める。何も知らないと言い張るが、きっと知らないふりをしているに違いない。怖い目に遭えば大人しく従うだろうとラグラスが乱暴するのを手伝っていると、まだ絶対に動けないと思っていたエドワルドが助けに入った。
辛うじて逃げ出すことが出来たが、すっかりお尋ね者にされてしまった。あの女が大人しく白状しないからこうなったのだ。そもそもあの女が善人ぶって余計な知識を領民達に教えなければ、薬を持ち出す事もなかったし、それがバレて館を追い出される事もなかったのだ。全てはあの女が悪い。どす黒い感情が渦巻いてくる。
「女将、もう一杯だ!」
横柄な態度で酒を催促すると、酒場の女将は迷惑そうな態度で冷たく言い放つ。
「もう店じまいだよ」
「もう一杯いいだろ?」
「だったら今までの代金を払っておくれ」
「う……」
グロリアの館から追い出されてからは全部ツケで飲んでいた。一向に払う気配のないリューグナーに女将は痺れを切らしたのだろう。
「ま、また今度……」
リューグナーは詰め寄る女将から方々の体で逃げだした。暗い裏通りを走って逃げるが、ここの所の不摂生がたたってすぐに息が上がり、路地の片隅に座り込む。
「……あの女の所為だ」
身を寄せていたラグラスの家からも追い出された彼には頼るところもない。手配されている身では神殿にも身を寄せることもできない。こんなみじめな境遇に追い込んだフロリエに益々恨みを募らせる。
暫くその場に座り込んでいると、足音が近づいてくる。やがて、彼の前に黒っぽい服装をした3人の男が現れた。
「貴公がリューグナー医師で間違いないですかな?」
「……そう……だが」
「我らの主の命でお迎えに参りました」
「しかし……」
「手配書の事は心配いりません。ご同行下さい」
拒否を許さない雰囲気を感じ取り、リューグナーはのろのろと立ち上がる。相手が何者か分からないが、この状況から助かるのであれば願ってもない。しかも手配書の事も気にしなくていいのだ。
「では、参りましょう」
男達に周囲を固められるようにして連れて行かれる。そして……リューグナーの消息はプツリと途絶えた。
薬草の名前について、前々回から書こうと思っていたのに忘れていました。
今更ですけど、全て創作です。
ただ、甘草という漢方薬は実在します。効能まではおぼせていませんが、作中ではあまくさと読ませてその名の通り、ステビアみたいな甘味料という設定にしています。
金紋蔓は当初、黄金をこがねと読ませて黄金蔓にしていたんですが、黄金蔓はポトスの別名と判明し、急遽名前をかえました。何となく、イメージが違ったので……
それにしてもエドワルド、フロリエに甘えてますね。
子供みたいです。




