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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
32/156

30 初雪が降る前に 2

 秋が深まるにつれて、竜騎士だけでなく兵団の動きは慌ただしさを増してくる。夏の間休眠していた妖魔が初雪と共に目覚め、立ち込める霧と共に村や町を襲い始めるからだ。

 特に大陸の北の端となるタランテラではその期間が長く、正規の竜騎士だけでは手が足りず、傭兵まで雇う事も珍しくない。いつ襲来するか分からない妖魔との戦いに備え、その対策と準備に余念が無かった。

 ロベリア州は東西に長い形をしていて、総督府以外に騎獣兵団の駐留する砦が東西南北に計4つあった。昨年は人員の都合で一番遠い東の砦にだけ3名の竜騎士を配備していたが、今年は増員できたこともあって西の砦にも3名駐留させることにした。

 この振り分けにエドワルドとアスターは少々悩んだものの、東にはクレストを小隊長としてキリアンとトーマス、西にはリーガスを小隊長としてケビンとハンスを駐留させることに決まった。特に移動が速いアスターとルークはそれぞれの砦から要請があれば応援に行く役回りを与えられた。マリーリアの名前もあがったが、討伐の経験がないために外された。当面は伝令などが主な役回りとなるだろう。

「マリーリア、使いを頼む」

 秋晴れののどかな昼下がりだった。マリーリアがジーンやゴルトと共に武術訓練をしていると、アスターが練武場に姿を現した。

「これをグロリア様の館におられる、エドワルド殿下に届けて欲しい。急ぎの書類だからすぐに目を通して頂いて、返事をもらってきてくれ」

「分かりました」

 マリーリアはアスターから書簡筒を預かると、衣服を改めに一旦部屋に戻る。騎竜服に急いで着替え、外套を羽織ってカーマインの元に向かう。グロリアの館に行くのは久しぶりだが、カーマインは飛べるのが純粋に嬉しいらしく、嬉々として大空に飛び立った。

 あれだけもめた護衛の話だが、エドワルドが館から通うようになったこともあり、マリーリアは護衛から外されていた。今では彼にお供して往復するルークとジーンが館に駐留するようになり、これから冬の間はエドワルドが兵団から抜擢した数名が館の警護にあたる事に決まっている。




 忙しいにもかかわらず、エドワルドが総督府に不在の理由は、今日がコリンシアの誕生日で、彼女がプレゼントよりも一緒に過ごすことを望んだからだった。後は春まで総督府に移って仕事に専念するつもりで我儘を通させてもらい、この日まではとグロリアの館に滞在していたのだ。ちなみにこの時、ルークは東の砦へ使いに出ていて留守だった。

 石造りのグロリアの館が見えてきて、その玄関先へカーマインを着地させると、厩舎の方からティムが姿を現し、続けて玄関からオルティスが出てきた。

「これはマリーリア卿、お勤めご苦労様です」

 書簡筒を手にカーマインから降りたマリーリアをオルティスが出迎えてくれる。

「使いを頼まれたのですが、殿下はどちらに?」

「只今、姫様と庭を散策しておられます。ご案内いたしましょうか?」

「はい、お願いします」

 2人が会話をしている間に、手際のいいティムはカーマインを厩舎へ連れて行く。あまり面識のない相手のはずだが、飛竜は彼に大人しく従い、お水が欲しいと訴えている。マリーリアはティムに彼女の要望を伝えると、少年は「わかりました」と笑顔で応えた。

「彼はいい素質を持っていますね」

「ええ。将来有望で、殿下も気にかけておいでです」

 オルティスがマリーリアに少年の話をしながら庭の方へと案内してくれる。やがて池の向こう、すっかり葉が落ちた落葉樹林の中を3人の人影が歩いてくるのが見えた。

 一番目立つプラチナブロンドの髪の背が高い男性はエドワルドで、その隣にはコリンシアいて手を繋いで歩いている。紅斑病こうはんびょうもすっかりよくなり、時折父親に何か話しかけながら歩くさまは元気そのものだ。そしてその一歩下がったところに、肩に小竜をのせた女性が歩いていて、フロリエという女性だと思い出す。その3人の姿はなんだか幸せな家族を見ているようだ。

「姫様はすっかりお元気になられたようですね」

「はい。フロリエ様の献身けんしん的な看病のおかげです。殿下も女大公様もそれはそれは感謝なされておいででした」

 マリーリアの問いにオルティスは嬉しそうに答える。やはりコリンシアの元気な声が聞こえないと、館の中は寂しく感じるらしい。

「父様、ママ・フロリエ、見て、綺麗な葉っぱ!」

 コリンシアの弾んだ声が聞こえる。病から回復してからコリンシアは、よりフロリエを頼るようになり、近頃では彼女の事をそう呼ぶようになっていた。

 姫君は真っ赤に色づいた落ち葉を握り、2人に嬉しそうに見せている。やがて吹き溜まりでたくさん落ち葉が集まっているところを見つけ、彼女は思いっきりその中に飛び込んでいく。

「わーい!」

「コリン様、危ないですよ」

 フロリエが止めるのも聞かず、コリンシアは積もった落ち葉の上に転がる。楽しそうな姫君の様子に、フロリエの肩にとまっていた小竜も我慢しきれなくなってパタパタと落ち葉の方へ飛んでいく。

 エドワルドは苦笑してその様子を眺めていた。普段、マリーリアが総督府で見かける厳しい表情とは異なり、くつろいだ様子で優しげな笑みを浮かべている。エルデネートが言っていた、エドワルドが心安らぐ場所というのはここだとマリーリアは直感した。

「コリン様」

 フロリエは手で探るような仕草をしながらコリンシアに近づく。

「フロリエ、私に捕まれ。ルルー、戻って来い」

 エドワルドは彼女に手を貸して遊んでいるコリンシアの元へ導く。小竜は仕方ないといった風に落ち葉の山からヒョコヒョコ出てくると飛び上がり、フロリエの肩に収まった。彼女はようやくコリンシアを立たせると髪の毛や外套についた落ち葉やごみを手で丁寧に払っていく。

「殿下」

 ようやく3人に近づき、マリーリアはエドワルドに声をかける。

「マリーリア、急用か?」

「はい」

 マリーリアが来た事をグランシアードから聞いていたのだろう、それ程驚きもせずに振り向いた彼の顔はいつもの厳しい表情に戻っていた。

 マリーリアは跪いてアスターから預かった書簡筒を差し出す。

「お寛ぎの所、申し訳ありません。アスター卿からすぐに目を通して頂き、返事を頂くように言われました」

「仕方ないな。中に入ろう」

 エドワルドはため息をつくと書簡筒を受け取る。そして一同を促して館の方へ足を向ける。コリンシアはフロリエに手を引かれて歩くが、残念そうに何度も先ほどの落ち葉の山を振り返る。

「それでは、少し早いですがおやつにしましょうか? オリガがコリン様の為に焼いているお菓子がきっと出来上がっていますよ」

 フロリエは少しかがんでコリンシアに目線を合わせる。この申し出に小さな姫君も喜んで従う。

「うん、そうする」

「では、お館に戻りましたら、手を洗ってうがいをしましょう」

「はい」

 この女性はなかなか子供の扱いを心得ているとマリーリアは感心する。だが、まるで本当の親子のような彼らの邪魔をするのは何となく躊躇ためらわれ、マリーリアは彼等から少し離れて後に続いた。




 館に着くとエドワルドは書簡筒を持ってすぐに自室に上がってしまい、マリーリアは一足先に居間へと通された。相変わらずそこでグロリアは書類に目を通しており、彼女の姿を見て少し意外だったのか目を見張る。

「マリーリアか。珍しいの、そなたが使いで来るとは」

「お久しぶりでございます、女大公様。ルーク卿が外出中でしたので、本日は私が言いつかりました」

「そうかえ。時間があるのならお茶を飲んでいくといい」

「はい、ありがとうございます」

 オルティスがお茶を用意していると、手洗いとうがいを済ませたコリンシアがフロリエを伴って居間に姿を現した。コリンシアがフロリエと並んで座ると、グロリアも書類を片付け、オルティスは4人にお茶を淹れる。そこへ甘い匂いと共にオリガが数種類の焼き菓子をのせた皿を手に居間へ入ってきた。

「わあ、おいしそう」

「まだありますよ」

 オリガは皿をテーブルに置くと、後からオルティスがふんわりとしたシフォンケーキをのせた皿を持って来る。今日が誕生日の姫君の為にオリガが特別に焼いたシフォンケーキを見て、コリンシアは歓声をあげる。

「さあ、コリン様、お好きな物からどうぞ。マリーリア卿もどうぞ召し上がって下さい」

 フロリエはオリガが切り分けたシフォンケーキを先ずはコリンシアの前に置き、他にも彼女が望む焼き菓子も取り分ける。肩にとまる小竜が、落ち着きなくしきりに鼻をならすので、フロリエは肩からおろして彼にもお菓子を取り分けてやる。

「いただきまーす」

 コリンシアは早速シフォンケーキにフォークを刺し、一口頬張る。満面の笑みがその美味しさを物語り、グロリアもフロリエも笑みを浮かべて姫君の様子を見守っている。

「どうぞ」

 オリガがマリーリアにもシフォンケーキが取り分けてくれる。彼女は礼を言って皿を受け取り、早速一口食べてみると、生地に混ぜ込まれた紅茶葉の香りがふわりと広がる。

 気が付くと小竜が目の前にやってきて、じっと彼女を見上げていた。物欲しげな表情についケーキを一切れ差し出すと、彼はカプリとかじりついてほとんど丸のみした。

「この小竜は貴女の愛玩用ですか?」

 小竜の頭を撫でながらフロリエを見ると、彼女は姫君の世話をオリガに任せ、上品な仕草で茶器を口に運んでいた。

「そうですね。そうとも言えますが、彼がいるおかげで人並みな生活が出来ております」

 フロリエが呼ぶと小竜は一声鳴いて彼女の元に戻り、肩に収まる。そんなルルーの頭を彼女はいとおしそうに撫でている。

「おや、マリーリアは知らなかったのかえ? フロリエは目が見えぬ。じゃが、その者の目を通じて周囲を見る事が出来るのじゃ」

 自分からは言い難そうにしているフロリエに代わり、グロリアが横から説明をしてくれる。

「……同調術を?」

「殿下はそう仰せでした。自分では特に意識をしておりませんが……」

 マリーリアの驚きにフロリエは気恥ずかしそうに答える。

「無意識にですか……」

 その資質の高さにマリーリアは息を飲む。当の本人はただ困った様に微笑み、肩にとまる小竜の頭を優しく撫でる。

 そこへ慌ただしい足音と共にエドワルドが居間に姿を現す。騎竜服に着替え、外套がいとうを手にしていることから出かけるつもりなのだろう。

「全く仕事が進んでいない。ちょっとロベリアに行ってきます。マリーリア、行くぞ」

「はい」

 マリーリアも慌てて席を立つ。オルティスが差し出した外套を受け取り、その後に続こうとする。

「父様……」

 先程までご機嫌だったコリンシアが涙声で父親にしがみつく。

「すまないがちょっと行ってくる。夕方には戻るから、フロリエと遊んで待っていなさい」

「お約束したのに……」

「ごめん。春になったらまた一日休みをとるから、その時にまた遊ぼう。いいね?」

 すがりついてくる娘を抱きしめ、エドワルドは彼女の額に軽くキスした。そこへフロリエが近づき、代わりにコリンシアを抱きしめる。

「姫様、申し訳ありません」

 半泣きのコリンシアを見ていられず、マリーリアは腰をかがめて彼女の頭を撫でた。

「コリン様、お外へお見送りに行きましょう」

「……はい」

 泣きじゃくるコリンシアの手を引いて、フロリエはエドワルドとマリーリアの後に続く。

 外には既にティムが装具を整えた2頭の飛竜を連れ出していた。エドワルドとマリーリアはそれぞれの飛竜の首を叩き、その背に跨る。

「行ってくる」

 エドワルドが軽く手を上げてグランシアードを飛び立たせる。マリーリアも見送りに出てきた一同に軽く頭を下げてそれに続いた。コリンシアはフロリエにしがみついたまま、手を振ることも無くそれを見送ったのだった。




 結局、仕事を終えたエドワルドがルークをお供にグロリアの館に戻ってきたのは日が沈んだ後だった。夕食となるお祝いのご馳走を食べずに我慢して待っていたコリンシアは怒っていたが、プレゼントに持ち帰った人形を見て機嫌を直した。

 別れ際に泣いていたコリンシアが可哀そうで、マリーリアがエドワルドに申し出てプレゼントを選んできたのだ。ルークは使いの途中で見つけた、この時期には珍しい花を渡し、グロリアからは新しい絵本、フロリエからは手編みの肩掛けなど、みんなからプレゼントをもらって大いに喜び、機嫌を直したのだった。




 翌朝、玄関先には装具を整えたグランシアードとエアリアルが待っていた。今日ロベリアに行ってしまえば、しばらくこちらへ来る事が出来ない。準備を整えたエドワルドとルークは、居間にいるグロリアに挨拶する。

「それでは叔母上、しばらく来る事が出来ませんが、コリンを頼みます」

 エドワルドは丁寧に頭を下げる。

「危険を伴うのは仕方のない事ですが、十分に気を付けるのですよ」

「はい、ありがとうございます」

「雷光の騎士殿も気を付けるのじゃ。技に溺れてはならぬ。良いな?」

 グロリアは後に控えるルークにも声をかける。

「ご忠告、痛み入ります」

 ルークはそう返答し、頭を下げた。そして2人は居間を辞去し、外套に袖を通すと玄関ホールに出る。そこにはコリンシアとフロリエ、オリガが待っていた。

「父様、これね、コリンがお手紙書いたの。後で読んで」

 コリンシアが居間から出てきた父親に駆け寄り、小さく畳んだ紙を渡す。

「お手紙書いてくれたのか? ありがとう、後でゆっくり読ませてもらうよ」

 エドワルドは手紙を受け取ると娘を抱き上げ、頬にキスする。コリンシアも父親の頬にキスを返した。

「殿下、どうかお気を付けて……。つたない技でございますが、よろしければお使いくださいませ」

 娘を降ろしたエドワルドが近づくと、フロリエは頭を下げて細めの糸で筒状に編んだ防寒具を差し出す。鼻から下と耳まで覆うこの手の防寒具は、冬場も飛竜の背に乗る竜騎士には欠かせないものだった。彼が受け取ったそれは黒の地に白で縁取られた群青色の縞模様が入っている。凝った模様にできなかったのは、ルルーを通した色合わせではこれが限界だったからだろう。

「グランシアードの黒にタランテラの誇り高き群青か。ありがとう、フロリエ。大事に使わせてもらうよ」

 エドワルドは笑顔で防寒具を受け取った。その隣ではルークがオリガから防寒具を受け取っていた。

「使ってもらえると嬉しいのだけど……」

 彼女が取り出したのは、群青の地に淡い黄色の帯が下の方に入っていて、その帯の中に深い緑色で飛竜のシルエットが続き模様で入っていた。ルークは感動で手が震える。

「ありがとう、オリガ。嬉しいよ」

 彼がその場で防寒具を頭から被ってつけてみると、オリガはめくれたところを直す。今日は騎竜服に外套を着ているが、討伐の装具には良く合いそうな色合いだった。

「気を付けてね」

「ああ」

 つけた防寒具をそのまま首にずらして襟巻にし、オルガに手を上げるとルークはエドワルドと共に外へ出た。2人は装具を整えたティムに手を上げて挨拶すると、騎竜帽をかぶりそれぞれの飛竜に跨る。玄関からは見送りの為にオルティスと女性達も出てくる。

「行ってくる」

 エドワルドは短くそう言うと、グランシアードを飛び立たせる。ルークも軽く頭を下げると後に続いた。

 夜が明けたばかりの空に2頭の飛竜が飛んでいく。一同は見えなくなるまでその姿を見送ったのだった。



鼻から下、そして耳まで覆う防寒具は竜騎士の必需品。

比較的簡単に編めるため、家族や恋人からの定番の贈り物となっている。


ちなみにこの冬の各竜騎士の防寒具は……

エドワルドはフロリエから贈られた黒と群青のストライプ。

ルークは恋人のオリガから贈られたエアリアルの続き模様。

リーガスは新妻の力作、ショッキングピンクの地にでっかいハート入り。

クレストもゴルトも奥さんの手編み。

ケビンやキリアン、新人のトーマスも恋人から贈られ、ハンスは母の愛がたっぷり詰まっている。


アスターは……市販品。高級品だけど。

「……機能を果たしていれば十分だ」

そう自分を納得させ、今日もアスターはストイックに自らを鍛えるのだった。

何故かトーマスやハンス、ルークが強引に付き合わされていた。

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