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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
3/156

1 不可解な遭難者1

念のため、R15指定させていただきます。

あと、長い話になりそうです。

 雪をかぶった木々上に、傾きかけた日の光がキラキラと降り注いでいる。その森の上を5騎の飛竜が低空で飛んでいく。

 群青に染め上げられた皮の胴着に金属製の胸当て、かぶとに手甲……皆、揃いの装具に身を包み、防寒用に鼻から下を隠すマスクと外套を身に着けている。さらには飛竜にも防寒具と凝った装具が付けられていた。

 特に先頭の一回り大きな飛竜を操る騎手は、他の4人よりも装具に美しい装飾が施され、外套にも毛皮や豪奢な縫い取りがあしらわれている。

「どうやら異常は無いようだな」

 飛竜は首の付け根にあるこぶに触れ、乗り手の思念を伝えて操る。騎乗中の会話は騎手の思念を飛竜が他の飛竜に伝え、それをそれぞれの騎手に伝えてくれる為、先頭の騎手の呟きは他の4人にもすぐに伝わっている。

「そのようですね。しかし、わざわざ総督閣下自らが偵察に出られなくてもよろしかったのではないですか?」

 先頭の大きな飛竜のすぐ後ろに続く、緑がかった飛竜にまたがる騎手がすぐに応じる。身分が高い相手にもかかわらず、そういった意見をはっきりと言えるということは、総督とはかなり親しい間柄のようだ。

「そう言うな、アスター。珍しく晴れたのだ、いい気分転換になる」

 春分が近いとはいえ、大陸の最北の国タランテラでは、この時期にこれほど穏やかに晴れる日は稀な事だった。

 冬の妖魔討伐期もそろそろ終わりを迎えるが、地表にまとわりつくような霧が完全に晴れるまではまだまだ油断は出来ない。こういった視界のいい日に上空から偵察をし、妖魔の巣を見つける事ができれば、今季だけでなく来季の討伐が楽になるのは確かだった。

 誰からともなく始めた偵察だが、総督閣下は執務の息抜きと称して無理やりついて来ていた。他の3人は既に何を言っても無駄だとあきらめているらしい。

「この先の湖から南に回って戻ろう」

 総督の提案に他の4人も応じる。しかし、森林地帯を過ぎ、凍てついた湖まで来たところで和やかな雰囲気は一転する。

「この気配は…」

 先に気付いたのは先頭の総督だった。すぐに他の4人も気付く。

「あそこです!」

 一番若い騎手が霧に包まれた湖のほとりを指す。数頭の狼が今まさに人に襲いかかろうとしていた。それもただの狼ではない。飛竜に匹敵する大きさのそれは間違いなく妖魔の一種、青銅狼だった。

「アスター、ルーク、先に行け!」

 総督の命令に2人はいち早く反応し、飛竜の速度をグンと上げると、真っ先に狼の群れに立ち向かっていく。その間に他の3人は、神殿で聖別された特殊な香油を塗り込めた矢を弓につがえ、突然現れた竜騎士に慌てふためく狼の群れに放つ。矢が刺さった狼は苦しそうにもがき始め、先行した2人が飛竜の背から長槍で止めをさすと、狼は炎に包まれ跡形もなく消え去った。竜騎士の力を込めた武器で倒されると、妖魔はこうして霧散するのだ。

「グランシアード、頼むぞ!」

 総督は襲われかけていた人物と青銅狼達の間に飛竜を着地させると、長剣を手に地面に降り立つ。彼の言葉に飛竜は、心得たと言わんばかりに背後の人物を守るように身構える。こうしておけば、乱戦の最中に狼が襲ってきても、飛竜が背後の人物を守ってくれる。総督は抜身の長剣に力を込め、淡い燐光で包まれた刃をかざして狼に立ち向かった。



 10頭にも満たない青銅狼は、5人の竜騎士にとってそれ程苦戦する相手ではなかった。狼達は瞬く間に数を減らしていき、矢を受けてもがいていた最後の1頭を総督が自ら止めを刺して浄化した。

「もう大丈夫だ」

 総督は長剣を鞘に納め、飛竜が背後にかくまうようにして守っていた人物に近寄る。大木を背に、何かを腕に抱えて立ちすくんでいたのは20歳くらいの若い女性だった。

 ここは第一種警戒区域に定められ、妖魔が現れる期間は一般人の立ち入りを禁止されている区域だった。しかもこの辺りには村も無く、夏場に放牧地として利用される地域。

 その為、妖魔に襲われる危険を犯してこの地に足を踏み入れるのは、密輸など、法に触れる行為を生業にする輩に限られてくる。当然、そういった輩は竜騎士達の姿を見れば警戒するか、戦闘のどさくさに紛れて逃げてしまうのだが、目の前の女性は立ち竦んで動こうともしない。そういった輩に敏感な飛竜達も警戒するそぶりを見せないので、違法行為に手を染める人間ではなさそうだった。

「……」

 長い間逃げ回っていたのか、身に着けている皮の外套もスカートも汚れて破けている上、長い黒髪ももつれたように絡まっている。何故、このような場所にいるのか疑問は尽きないが、とにかく安全な場所に連れて行くのが先だった。

 総督は冑と防寒用のマスクを外した。まばゆい程のプラチナブロンドの髪が肩にかかり、秀麗な顔立ちが露わになる。女性を安心させるために声をかけたのだが、彼女はなおも動こうともしない。

「妖魔は全て倒した。安心してほしい」


バチッ!


 彼が女性に手を差し出そうとしたところで、目に見えない何かに阻まれる。

「防御結界!」

 後ろに控えていた竜騎士達が驚きの声を上げる。向き、不向きもあるが、竜騎士の力……竜気で結界を作るのは訓練を受けた竜騎士でも難しいとされる高等技術だ。一般の村娘ができる技では無かった。

「もう心配いらない」

 それでも動じずに彼は女性に声をかけ、手甲を受けた手を結界の外側にかざして意識を集中する。竜気の流れを変えて強引に結界を解くと、彼女は力尽きたようにその場にくずおれた。

「力が暴走したか。それにしても……」

 総督は気を失った女性を抱き留めると、大木を背に一度地面に座らせる。そして彼女に着せ掛けようと、自分の毛皮がついた豪奢な外套を脱いだ。すると、彼女の腕の中から何かが飛び出してくる。


クッ……クワァァァ!


 そこには人の腕に抱えられるほどの小さな竜が、まるで主を守るかのように翼を広げ口を開けて威嚇していた。だが、その翼はボロボロで、体中に傷を負っている。

「小竜?」

 馴らして伝文を運ばせる事も出来る小型の飛竜は、小竜と呼ばれて広く利用されている。愛玩として飼われることもあるのだが、この小竜の行動から推察すると、この女性とは強い絆で結ばれているのがうかがい知れた。

「殿下」

 総督は近づいて来ようとする4人を手で制し、その小竜の前に片膝をつく。そして、静かに諭すように語りかける。

「そなた、主を守ろうとしているのか? 私はタランテラ皇国第3皇子にてロベリア総督、エドワルド・クラウス・ディ・タランテイル。このままではそなたもそなたの主も危うい。決して危害は加えぬと約束する。安全なところへ運ばせてほしい」

 どうやら彼の誠意が通じたらしく、小竜は威嚇をやめて大人しくなる。エドワルドは改めて女性に外套を着せ掛けて抱き上げた。

「そなたも治療しよう。おいで」

 彼は小竜に手を差し伸べたが、傷ついた小竜はその場にパタリと倒れる。控えていたアスターが小竜を抱き上げたが、すでに息絶えていた。彼が首を振ると、竜騎士達はその場で瞑目する。忠誠心があついこの小竜は、最後の最後まで主を守ろうとしたのだ。

「主が助かって安心したのだろうか? アスター、その小さな勇者は竜塚で弔ってやろう」

「かしこまりました」

 アスターは懐から手巾を取り出すと、小竜の亡骸を包んでやった。

「私はこの女性を叔母上の館に連れて行く。アスター、お前達はもう少しこの辺りを探索してくれ。他にも妖魔がいたら厄介だ」

 エドワルドは女性を抱えたまま、自分の愛竜にまたがる。状況からして総督府へ連れて行くのが筋ではあるが、防御結界を張れるほどの力を持つ、この若い女性を連れて行くのは何となく躊躇われた。

 エドワルドの大叔母、グロリアの館ならば医者が常駐している。ついでに預けっぱなしになっている娘に会える。例え、お小言が漏れなくついてきたとしてもその方が良さそうに思えた。

「了解。ルーク、殿下にお供しろ」

 エドワルドの副官であるアスターは一番若い竜騎士に同行を命じる。矛を抱えた彼は頭を下げると自分の小柄な飛竜にまたがり、早くも大叔母の住む館へ向かうために飛竜を上昇させたエドワルドに続く。

 日は既に大きく傾きかけている。上空からの目視による探索は暗くなってしまうと難しくなる。アスターは他の2人と協力し、辺りが暗くなるまで近辺の探索を続けた。




 タランテラ皇国の5大公の一つ、フォルビア家の女当主グロリアは、エドワルドの父の叔母にあたる。一見すると、品のいい老婦人に見えるこの女性は、実にはっきりとものを言う人であった。筋の通らない事があると、例え相手が国主だろうと意見を言うので少々煙たがられている存在だった。

 そのグロリアが歳を理由に国政から退き、ロベリアとの境界に近い、自領の屋敷に隠棲したのは10年前の事だった。現在、国政で多大な影響力をもつワールウェイド家の当主は、その知らせを聞いた時にバンザイ三唱をしたとも言われている。他にもほっと胸を撫で下ろした者は少なくないだろう。しかしながらグロリアは、フォルビア家の当主の座を10年経った今でも誰にも譲ろうとしていなかった。

「そなたはどうしてこう、厄介ごとばかりを持ち込むのじゃ?」

 眉間にしわを寄せ、グロリアは向かいに座って夕食をとっているエドワルドに小言を始める。彼は口を動かしながら、内心「さあ、来たぞ」と身構える。

 タイミングは確かに悪かった。気を失った女性を抱えてこの館に着いた時にはすでに日が沈み、グロリアも娘のコリンシアも夕食をちょうど終えたところだった。

 急いで女性の為に部屋を整えてもらい、グロリアの専属医師を呼んでもらった。そして急遽、エドワルドとルークの為に夕食を用意してもらったのだ。

 いつもならば夕食後は赤々と燃える暖炉の傍で読書をしてくつろぐのだが、長年の慣習を乱された女大公様は大層不機嫌だった。逆に娘は父親に会えたのが嬉しいらしく、先ほどからエドワルドの左腕にしがみついて離れない。

 御年5歳になるコリンシア姫は、父親譲りのプラチナブロンドの髪とサファイアを思わせる青い瞳の持ち主で、今がかわいい盛りである。しかしながらいかに鍛えた竜騎士であっても、左腕に子供をぶら下げたままでは食事もままならない。一度は子供を外したのだが、今度は背中から首にしがみついてきたので、仕方なく左腕に戻ってもらっていた。

「そのう……そんなに持ち込んでいますでしょうか?」

 ためらいがちに彼は反論を試みる。

「その小姫のおかげで妾は気の休まる暇も無い」

 グロリアは眉間のしわを一層深め、この数日間に起きたコリンシア姫の武勇伝を次々と披露していく。室内で毬を蹴って遊び、グロリアが大事にしていた壺を割ったのを始め、残したのがバレないように嫌いな野菜をクッションの下に隠してつぶしてしまったり、使用人が暖炉の掃除をして集めた灰が入ったバケツを蹴飛ばして部屋中を灰だらけにしたりときりが無い。父親のエドワルドは内心冷や汗をかきながら話を聞いていた。

「父親ならば、人任せにせずにもっと厳しく躾なさい」

 彼がこの館に来るのは1ヶ月ぶりであった。しかも前回は討伐の帰りにほんの一時寄っただけである。

 総督としての仕事だけでなく、ロベリアに駐留する騎士団の団長を兼ねる彼は多忙を極める。しかも妖魔討伐の為に出撃する今の時期は、この館に来る機会が極端に少なくなるのだ。子育てを人任せにしていると言われても仕方ない状態だった。

「申し訳ございません、叔母上」

 今の彼に出来るのは、その場で彼の大叔母に謝る事だけだった。とりあえず父親らしいことをしてみようと、食事が終わった彼は娘を膝に抱き上げてじっと娘の顔を覗き込む。

「叔母上や皆にきちんと謝ったのか、コリン?」

「うん、ちゃんと許してもらったよ」

 小さな姫君は極上の笑顔で無邪気に答える。これをされると皆弱く、誰もが許してしまうのだ。

 エドワルドの妻はコリンシアを産んですぐに他界してしまい、父親をはじめ乳母や周囲の者は可愛そうと思ってしまい、この姫君を甘やかしていた。彼女自身もそれを知っており、例え怒られても最終的には自分の思い通りになるのが分かっているので、悪戯を繰り返していた。加えて昨年、グロリアと気が合わない乳母が体調不良を理由に辞めてしまい、ますます手が付けられなくなってしまっていた。

「ところで、今日連れてきた娘はどうしたのです? 何もここへ連れて来なくても良かったのではありませんか?」

 保護した女性を連れて来た時、グロリアはあまりにも彼女がみすぼらしい恰好をしていたので眉をひそめていた。今はグロリア専属の医師とこの館の侍女が治療と世話をしてくれているが、ただ治療をするだけならば総督府でも良かったはずだと彼女は言っているのだ。

「普通の娘ならば私もそうしましたが……」

「どう違うのです?」

 歯切れの悪い答えに鋭く切り返される。

「妖魔に襲われていた彼女は防御結界を張って身を守っていました。訓練を積んだ竜騎士でも難しい技です。その事から少なくとも彼女の身近に竜騎士がいると思い、粗略には扱えないと判断しました。叔母上にはご迷惑をおかけするとは思いましたが、こちらに連れてきてしまいました」

 エドワルドの言葉にグロリアはじっと耳を傾けていたが、仕方ないと思ったらしく、ため息とともに一つ頷く。

「連れてきてしまったものは仕方ありません。あの者が目を覚まし、身元が分かったらすぐに送り届けてあげなさい」

「ありがとうございます」

 エドワルドは感謝してグロリアに頭を下げる。

 気付けば遊び疲れたらしいコリンシアは、父親の腕の中でうとうとしている。部屋で休ませようと思ったところへグロリア専属のリューグナー医師が診察結果を報告しにやってきた。

「ご苦労だった。すまなかったな、急に呼び出して」

 エドワルドが声をかけるとリューグナーは軽く頭を下げて報告をし始める。

「殿下のご推察通り、失神したのは力の暴走により竜気を使い果たしたものと思われます。外傷と致しましては頭部を強打した痕がありました。また、手足には擦り傷と凍傷が数か所ありますが、いずれも軽症で処置は済ませておきました。頭を打っておりますので、意識が戻りましても数日は安静が必要かと思われます」

「わかった、ありがとう。下がってくれていい」

 エドワルドがねぎらいの言葉をかけると、リューグナーは頭を下げて静かに部屋を出て行った。

「お聞きの通り、数日預かって頂く事になりそうです。申し訳ありません」

 再び身内だけになると、エドワルドはすまなそうにグロリアに頭を下げる。

「仕方ありません。具合が悪い者を放り出す訳には参りません。ただし、リューグナーの許可が出たらすぐに送り届けるのですよ」

 グロリアは決して冷たい人間ではない。道理が通らないことが嫌いなだけである。都で煙たがれるこの大叔母の事をエドワルドは子供の頃から良く知っており、こうして娘を預けるほど頼りにしている。グロリアはグロリアでこうして頼りにしてくれるエドワルドの事を気に入っており、口では面倒だと言ってもあれこれと手を貸してやっていた。今回の事も迷惑そうにしながらも、こうして頼りにして来てくれたことを嬉しく思っていた。

「わかっています。今夜はこちらで休ませて下さい。明朝、あの女性が目を覚まし、身元が分かりましたら、まずはご家族にこちらで保護している事を伝えましょう。おそらく心配して探しているでしょうから」

「そうして下さいな」

 エドワルドの腕の中で、いつの間にかコリンシアはぐっすりと寝入ってしまっていた。今はただ、女性が目を覚ますのを待つしかないので、彼はグロリアに断わって娘を休ませる為に席を立った。使用人を呼んで部屋へ連れて行かせても良かったが、彼にとってこうして娘と居られるのは貴重な時間だった。一緒に寝るのも悪くないと思い、いつもの部屋へ娘を連れて行ったのだった。

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[良い点] 何年経っても、相変わらず定期的に読みにしてしまいますっっっ 近年のライトノベル読んでいても、未だにこちらの作品が紙ベースにならない不思議を常々思いながらも、また今日から一周しに行きます。…
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