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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
19/156

17 故郷に錦を

 離宮に向かう一行を着場で見送った後、ルークは馬を借りに厩舎に向かったところでユリウスに呼び止められた。皇女との婚約が公表されたからか、彼の後ろには警護らしき騎士が2人控えている。

「ルーク卿、殿下はお帰りになったのでは?」

「ああ。今、お見送りしたところだ。俺……私は休暇を頂いた」

 ルークはそう言って実家に帰る前に城下で土産を買いに行くところなのだと説明する。

「私には畏まらなくていいよ。皇都は初めてかい?」

「ああ」

「私で良ければ案内しようか?」

 ユリウスの申し出にルークは躊躇した。確かに皇都は初めてなので、案内してくれる人物がいるとすごく助かるが、それを彼に頼んでいいのだろうか?

「私も休暇を頂いたんだ。家に帰るつもりだったからちょうどいい」

 ルークの葛藤を見抜いたユリウスはそう言葉を添える。

「いいのかな? 本当に?」

「もちろん」

 ユリウスは快諾し、2人は連れだって城を出た。当然のようについてくる護衛がいるのは少し窮屈だったが……。




夏至祭が終わり、露店の数は減ったものの、ロベリアとは比べ物にならないほど街はにぎわっていた。

 報奨金で懐が豊かだったので、先ずはユリウスが案内してくれた酒屋でいつもよりは値の張る蒸留酒とワインを選んだ。更にそこで紹介してもらった革職人の店で父親の為に革製の前掛けと兄と自分用に凝った細工の腰帯を選ぶ。そこまでは順調だったのだが、母親や妹、そして絶対忘れてはいけないオリガへの土産は見当もつかなかった。

「うちの母が贔屓にしている店を紹介しようか?」

 大公夫人の御用達と聞いて財布の中身が心配になったが、参考にはなるだろうとその店に案内してもらった。だが、高級品を扱う店ばかりが並ぶ一角に足を踏み入れると、場違いな気がして不安が募ってくる。

「ここだよ」

 案内されたのは小物を扱う店だった。レースやフリルをふんだんに使ったものが並ぶ店は、金のあるなしに関わらず男は入り難い店のはずだが、ユリウスは慣れた足取りで店の中に入っていく。ルークも彼に手招きされて後に続き、護衛の騎士は外で待機した。

「ハンナ、いるかい?」

 ユリウスが声をかけると、母親と同年代と思しき女店主が奥から出てきた。彼女の服にもふんだんにレースが使われているのだが、恐ろしいことにそれが非常に似合っている。

「まあ、ユリウス様。よくおいで下さりました」

 ユリウスの姿を見て、彼女は嬉しそうに挨拶をする。

「今日は奥様の御用でございますか?」

「違うよ。彼の買い物に付き合ってきたんだ」

 ユリウスはそう言ってルークを紹介する。

「これはようこそ」

 大事なお得意様の連れだからだろうか、簡素な騎士服姿のルークにも店主は丁寧に挨拶してくれる。

「こ、こんにちは」

 店の雰囲気に圧倒されながらもルークは店主に挨拶を返した。

「彼はすごい奴でね、今年の飛竜レースの一番手だよ」

「ユ…ユリウス…」

 ルークは焦ってユリウスを止めようとするが、彼はルークの肩をがっちり掴み、「いいから任せろ」と言って店主に彼をアピールする。

「まあ! 見ましたわ。凄かったですわね、この方があの時の……」

「そうだよ。おまけにアロン陛下から雷光の騎士という二つ名まで頂いた」

「お近付きになれて嬉しゅうございますわ」

 店主のハンナはルークの手をとり、しっかりと握りしめる。

「は…はい……。それは、どうも……」

 彼女の乙女なオーラにどうしていいか分からず、ルークは固まってしまう。

「それでね、ハンナ。彼はこれから親御さんに会いに行くらしい。お土産を持っていきたいらしいから、何かお勧めしてくれないか?」

「まあ、素晴らしいですわ! ちょっとお待ちになって」

 ハンナは鼻歌を歌いながら一旦店の奥に姿を消し、すぐに何かが入った箱を持って出てきた。中央の空いたテーブルの上に箱を置くと、中からレース編みのショールを取り出した。

「これは熟練の職人が3年かけて編み上げたものですわ」

 おそらくはこの店で最高級の品だろう。繊細で緻密な模様は綺麗だが、値段を聞くのも恐ろしい。

「ハンナ、これは本当に素晴らしい品だけど、彼自身としては普段にも使えるような物の方がいいんじゃないかな?」

 すっかり固まってしまっているルークに代わり、ユリウスが助け舟を出してくれる。

「そ、そうですわね」

 ハンナもユリウスの言葉に納得し、最高級品はすぐに片づけてくれた。代わりに店頭に並べているショールの中から手ごろな値段の物を持って来ると、一枚一枚模様がよく見えるように広げてくれる。どれも素晴らしいものだったが、母親が好きな芙蓉の花柄と緻密なつる草模様とで悩む。

「芙蓉にしようかな……」

 つる草模様も捨てがたかったが、結局は母親の好みを優先させた。

「後は妹さんのだっけ?」

「うーん、どうしよう」

 やはりルークは悩んでしまう。ハンナは若い女性に人気のある手袋やレースの付け襟、数種類のハンカチを広げて見せてくれる。

「田舎だからな……ハンカチが一番実用的かな……」

「おしゃれを楽しみたいお年頃でございましょう? こういった付け襟も喜ばれますよ」

「そう?」

 助けを求めるようにユリウスを見るが、彼は肩を竦める。結局、勧められるままに妹にはレースの付け襟を選んだ。

「もう一つ……」

 そうつぶやきながらルークは並べられた小物を眺める。並べられたハンカチの中に、先程迷ったつる草のデザインを見つけてそれを手に取る。同じデザインの手袋もあった。

「この2つもお願いします」

「付け襟とご一緒に包みますか?」

「いえ、別にしてください」

「かしこまりました」

 店主は選んだ品を預かって店の奥に行く。高級品に相応しく、丁寧に包装してくれるらしい。

「何だい?」

 土産を選び終えて一息つくが、ふと、ユリウスの視線を感じてルークが振り向く。

「妹さんのとはわざわざ別に? じゃあ、あの手袋は誰のかな?」

「う……」

 思いっきり狼狽えてしまい、嘘がつけない自分を呪った。

「妹さんは1人だと言っていたよね? じゃあ、恋人かな?」

「いや……その……」

「雷光の騎士殿も隅に置けないな」

 ユリウスは意地の悪い表情を浮かべながら彼の脇腹を肘でぐりぐりしてくる。

「そ……そんな訳ではなくて、本当に…まだ…その……」

 ルークはしどろもどろでどうにかごまかそうとするが、ユリウスの追及は続き、彼の片思いを白状させられる。

「あはは。ルークらしいな。向こうに帰ったら、あれを渡して告白か?」

「う……自信は無いけど……」

「お守りまでくれたんだろ? 絶対、向こうも気があるよ」

「そ、そうかな……」

 顔が真っ赤になっているルークをユリウスは実に楽しそうに眺めている。

 そこへ店主が包装した商品を持って現れる。ルークは懐から財布を取り出し、代金を支払った。今日の買い物でもらった褒賞の半分を使ってしまったが、元々は家族の為に使おうと思っていたので惜しくはない。後いくらかは仕送りとして家においてくるつもりだった。

「妹さんと片思いの彼女にリボンをサービスしておきました。頑張ってくださいね」

 店主がにっこりと笑って包みを差し出し、ルークは更に顔を赤くした。

「あ、ありがとうございます」

 かろうじて礼を言い、包みを受け取る。

 土産選びに時間がかかったので、もうそろそろ出発しないと実家のあるアジュガの町に着く頃には日が暮れてしまう。彼は改めて店主に礼を言うと、店を後にした。

「ユリウス、本当に助かった。ありがとう」

「どういたしまして。告白、頑張れよ」

「や、やめてくれ」

 買った品物を背嚢に入れようとしていたルークは手を滑らせそうになる。

「では、これで失礼するよ」

「ああ、ありがとう」

 どうにか無事に荷物をまとめ終えたルークはユリウスと握手をして別れた。事前に城への最短ルートを教えてもらっていたルークは、大急ぎで城へと戻り、一息つく間も惜しんでエアリアルと共に故郷の町へと向かったのだった。





 ルークの故郷、アジュガの町は山間にあり、200年ほど前までは砦として使われていた。霧を防ぐ城壁と共に新たな砦が築かれ、砦の機能が移転してしまい、小さな町だけが残ったのだ。今では町の外れに残った城壁の土台だけが名残となっている。

 ルークがアジュガに着いたのは夕暮れ時だった。家々の煙突から煙が立ち上り、いい匂いが漂ってくる。彼はしばらく上空でその光景を眺めてから街外れにある家の裏手にある草地にエアリアルを着地させた。

 荷物を降ろしていると、目ざとい町の子供達が数人、エアリアルを見にやってきた。昔は彼もそうだったが、竜騎士は憧れの存在だ。手を振ってくる子供達に手を振り返しながら、表に回って玄関の戸を開ける。

「ただいま」

「おや、ルーク」

「ルーク兄さん」

 台所では母親と妹が夕飯の支度をしている最中だった。

「帰ってくるなら一言言ってくれればいいのに」

 妹が口をとがらせる。ルークは土産の入った背嚢を居間のテーブルの上に置く。

「そう言うなよ、カミラ。寄れるかもしれないとは言っておいただろう?」

「それはそうだけど……」

「俺も今朝、言い渡されたんだ」

「まさか、あんた、クビになったわけじゃ……」

「違うよ、母さん」

 見当違いの心配をする母親に苦笑しながらルークは背嚢はいのうの中身を探り、先ずはワインのボトルを取り出す。

「先に町長さんに挨拶してくる。話は後で」

「そうだね。エアリアルは後ろかい?」

「ああ」

 ルークはワインのボトルを手にまた外に出る。この町の町長は悪い人ではないのだが、未だにルークを竜騎士とは認めてくれず、帰ってくるたびに何かと口を挟んでくる。エアリアルをパートナーにして最初に里帰りをした時に、遊びで来た者に着場も竜舎も使わせられないと言って彼を町に入れてくれなかった。次からは手土産を持参するようにしたところ、何も言われなくなったので、ここへ泊りに来た時には欠かさないようにしている。

 かといって町長が竜舎を使わせてくれるわけでもなく、今はルークの両親が、近所の人にも協力してもらって改装した裏の物置小屋をエアリアル専用の竜舎にしていた。小柄なエアリアルだから入ってくつろげるのだが、グランシアードなら尾の先か頭がはみ出てしまうだろう。エアリアルはルークにとって大切なパートナーだからここに来た時でも寛いでほしかったので、初めてこの手作りの竜舎を見た時には感激したのだ。

「おや、ルーク」

「お帰り、里帰りかい?」

 小さな町なので、皆、顔見知りである。町の人々はすれ違う度に声をかけてくれる。

「はい、これから町長さんに挨拶をしてきます」

「本当にあの人も仕様がない人だねぇ」

「きっと、ルークが偉くなるのが気に入らないんだよ」

 皆、事情を知っているので呆れている。ルークは苦笑いしつつ、町の中央にある広場に面した大きな家を尋ねる。砦が移転する前はここが中枢となっていて、その名残として着場と竜舎はここに併設されている。皇都からの使者は丁重にもてなすらしいのだが、ルークの事はいつまでたっても認めたくはないらしい。

 無駄に大きい家にはこれでもかと装飾品が置かれている。グロリアの館の中を見慣れた彼にとって、それは悪趣味の塊にしか見えない。

 生憎と町長は留守だったが、出てきた執事に形通りのあいさつをして手土産を渡し、ついでに明日は上司も立ち寄る予定と言付けを頼んだ。竜舎を使わせてもらえないかと尋ねてみたが、自分では返答しかねると冷たくあしらわれる。それならいいですとあっさりと引き下がっておいて、一応の義理を果たした。

 立ち寄るのがエドワルドだとわかれば、あの町長ならきっとお近付きになろうとするはずだった。そういった輩のあしらいにはなれているだろうが、姫君もいるし、折角立ち寄って下さるのに嫌な思いだけはしてほしくなかった。竜舎は使わずに済んでかえって良かったかもしれない。いっそのこと明日まで町長が留守にしてくれればいいのだが……。

 ルークが家に戻ると、子供達がまだエアリアルを遠巻きに見ていた。やはりまだ少し怖いらしく、飛竜が顔を向けたり体を動かしたりする度に子供達はビクビクしている。その中で10歳くらいの男の子が1人、勇気を出してエアリアルに近づく。手に甘瓜を持っていて、それをあげようとしているらしい。その様子に気づいたエアリアルが顔を近づけると、子供は驚いてしりもちをついてしまう。

「大丈夫かい?」

 突然声をかけられて子供達は皆びっくりしている。ルークはしりもちをついた子供を立たせてやり、転がった甘瓜を拾って手渡す。

「瓜をくれるつもりだったのかい?」

「う……うん」

 勝手な事をしたと思い、怒られると思って子供は俯いている。ルークは子供の前にしゃがんで目線を合わせた。

「お家の人はこれを持ってきたのを知ってる?」

「うん」

「じゃあエアリアル、折角だから頂こう」

 そうルークが声をかけると、エアリアルは子供に向けて口を開ける。子供はパッと笑顔になり、手に持っていた甘瓜をエアリアルの口に入れる。飛竜はシャクシャクと音を立てて甘瓜を丸ごと食べた。

「おいしいらしい。どうもありがとう。彼らはね、ここを撫でると喜ぶよ」

 まだ口をもぐもぐさせているエアリアルの頭を撫でてみせると、甘瓜をくれた子供は恐る恐る手を伸ばして頭を触る。すると、エアリアルの方から頭を摺り寄せてくる。

「彼はありがとうと言っているよ」

「わぁ……」

 子供はすっかり慣れたらしく、嬉しそうに頭を撫でる。遠巻きに見ていた他の子供たちもだんだん近づいてきて、触っていいかと聞いてくる。

「いいよ」

 子供たちは順番にエアリアルの頭を撫でていく。

「僕も瓜を持って来るから食べさせていい?」

 1人がルークに尋ねると、他の子も自分ももらってくると言い出した。

「よく見てごらん、もう日が落ちてしまったよ。家の人が心配するから、今日はもうお帰り。明日の昼頃までいるから、また明日おいで」

 日が沈んで辺りは急速に暗くなる。子供達は残念がるが、遠くから子供を呼ぶ声が聞こえてくる。ルークは通りまで彼らを送ってやり、それぞれが家に帰ったのを確認してからエアリアルを家の裏にある手作りの竜舎へと連れて行った。装具を全て外してやると、用意してある寝藁の上に寝転がる。お休みの挨拶代わりに頭を撫でてやってから家に入った。

「改めてただ今」

「おう、おかえり」

 父親と兄も仕事を終えて帰っていた。食事の支度はほぼ終わっているようなので、早速お土産を披露する。先ずは父親から一人一人に手渡していき、最後に蒸留酒をテーブルに置く。

「高かっただろうに、お金は大丈夫かい?」

 お土産をもらった喜びよりも、母親はそちらが心配らしい。どれを見ても高価なものと分かったのだろう。逆に急に帰ってきたルークに文句を言ったカミラは上品なレースの付け襟に大はしゃぎしている。おまけで付けてくれたリボンも相当気に入った様子だった。父と兄は個人的にもらったものよりも蒸留酒の方が気になるらしい。

「大丈夫。それより腹減った。食べながら話すよ」

 ルークは台所の隅にあった手洗い用の水桶で手を洗うと、さっさと食卓の自分の席に着く。家族もお土産を片づけると席に着き、ダナシアに祈りをささげて食事を始めた。

 母親は急いでルークの好きなものを追加で作ってくれていた。懐かしい母の味を堪能しながら、皇都で過ごした夏至祭の話をする。飛竜レースで一番手になった事をすぐには信じてもらえなかったが、頂いた記章を見せてようやく信じてもらえた。昇進して敬称まで許される身になった事を彼らは一様に喜んでくれる。ついでに明日、エドワルドが挨拶に立ち寄ると言うと、彼らは驚いた様子だったが、一番の目的はコリンシアの休憩と聞いて納得してくれた。

 食事が終わる頃、ルークが里帰りしている事を知った幼馴染が次々と尋ねてくる。皆、酒や肴を手にして来るので、ビレア家で宴会が始まってしまう。

 ルークはみんなから促されるままにロベリアでの生活や騎士団の仲間の事、そして皇都の夏至祭での話をしていく。城で行われた舞踏会の煌びやかな様子は妹をはじめとした女性陣がうっとりとして耳を傾けていた。飛竜レースで一番手になった事はやはりなかなか信じてはもらえなかったが、話は尽きず、夜が更けるまでビレア家の明かりが消える事は無かった。




 翌朝ルークは、エアリアルが餌を催促する声で目覚めた。仮眠する程度しか寝ていないが、久しぶりの実家と言う事もあって気分は悪くない。急いで着替えて階下へ降りると、母親が朝食の支度をしていた。

「おはよう、母さん」

「おはよう、ルーク。エアリアルのご飯はこれでいいかい?」

 母親が指差した先には、とれたての野菜が入った桶が置いてある。早いうちに起きだして畑でとってきてくれたのだろう。

「何よりのご馳走だよ」

 ルークは桶を片手に裏口から外に出る。既に何人かの子供達がエアリアルを見に集まっていた。昨日瓜をくれた子供がひときわ大きく手を振っている。

「おはよう」

 ルークが声をかけるとみんな手を振ってくれる。竜舎の柵を開けてエアリアルを出してやり、井戸で水を汲んで飲ませてやる。母親が用意してくれた野菜をあげ始めると、瓜やすももを手にした子供達が寄ってくる。

「母ちゃんが飛竜に持って行ってやりなって。あげていい?」

「そうか、ありがとう」

 ルークは子供達に礼を言うと、順番にそれらをもらいながらエアリアルを触らせる。子供達が持ってきた物と桶の野菜でエアリアルはお腹がいっぱいになったらしく、ゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らす。ルークは桶を片づけ、専用のブラシで彼の全身をこすって朝のお手入れを終了する。

「ちょっと、散歩してこい」

 ちょうど朝食の準備が出来たと妹が呼びに来たので、ルークはエアリアルを散歩に行かせる。力強く地を蹴り、優雅に羽ばたいて飛竜が空に舞うと、子供達は歓声を上げる。昼過ぎには他に4頭の飛竜がここに来る。町の人達はどんな反応を示すか楽しみでもあり、怖くもあった。




 家族5人で朝食をとった後、ルークが荷物をまとめていると、父親が何かが入った袋を持ってきた。

「この間言っていた金具を作ってみた。試しに使ってみてくれ」

 袋の中には飛竜の装具を止める金具が入っていた。一般的なものだとつけたり外したりが手間なので、親子で知恵を出し合い改良を重ねてきたのだ。

「ありがとう、使ってみるよ」

 ルークはありがたく受け取って背嚢に片付けた。更には母親が新調した着替え一式を出してきたので、荷物は来た時と変わらない量になった。

 予定ではエドワルド達が来るのは昼過ぎになるので、ルークは昼まで基礎的な鍛錬をして過ごした。途中、自警団に所属する友人も加わって鍛錬に励んだが、竜騎士とは基礎体力が根本的に違い、彼らは早々に音をあげる羽目になる。

 昨夜のうちに上司が来る事を伝え、念のために彼等には警護を頼んでいた。彼らと休憩しながら打ち合わせをし、散歩から帰ったエアリアルの世話をするともう太陽は真上に昇っていた。家族と軽く昼食を済ませ、来客を迎える準備の仕上げを行う。

「なんだかドキドキしてきた」

 妹はお土産の付け襟を余所行きのワンピースに付け、レースのリボンを軽く結った髪に飾っている。お土産が早速役に立ったと嬉しそうにしているが、尋ねてくる相手が皇家の人間と聞いて緊張しているようだ。それは他の家族も同様で、一張羅いっちょうらに着替えた彼らは先ほどから落ち着きなく立ったり座ったりしている。

「気さくな方だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 暑いので上着と長衣は脱いで腕にかけたままだったが、竜騎士正装に着替えたルークが居間に行くと、落ち着かない様子の家族が目に留まる。緊張を解こうと明るく声をかけるが、彼らは一様にその姿をポカンと眺めている。

「ルーク……だよな?」

「兄さん?」

 ルークは不思議そうに首をかしげていたが、家族の前で竜騎士正装になるのは初めてだと思い至る。

「変かなぁ?」

「いや……驚いた。そうしていると、本当に竜騎士様なんだなぁ」

「何だよ……」

 感慨深げに頷く家族にルークは憮然とする。その様子に他の家族はたまらず笑い出し、先程までの緊張が嘘のようにとけていた。

「エアリアルの準備をしてくる」

 ルークは肩を竦めると、荷物を手に裏口から表に出る。コリンシアの休憩が済めばすぐに出立出来るように、エアリアルの装具を整えて荷物を載せる。

「騎士様、かっこいい!」

 ルークの姿を見て子供が声をかけてくるので手を振ると歓声が上がる。今朝よりも頭数が増えているし、大人も混ざっている。なんだか見世物になった気分だった。

 裏の草地に飛竜が4頭降りれば窮屈かもしれないが、少しの間だけ我慢してもらうしかない。水飲み用の桶を父が用意してくれたので、それに水を張っていると、エアリアルが空に向かってゴッゴウと一声鳴いた。仲間の飛竜に対する挨拶である。

 ルークは急いで脱いでいた上着を着て長衣を羽織る。竜騎士の正装した姿を見て集まった人たちから大きなどよめきが起こる。そんなに違うだろうか? と自問自答しながら北の方角に目を向けていると、山の向こうから見覚えのある飛竜が飛んでくる。

 先頭はファルクレイン。次にグランシアード、ジーンのリリアナが続いて殿しんがりはリーガスのジーンクレイだ。エアリアルを通じて草地に降りてもらうよう伝えると、4頭の飛竜は優雅に着地した。

「よくおいで下さいました」

 ルークが竜騎士の敬礼をする。

「押しかけてすまないな」

 竜騎士正装姿のエドワルドがグランシアードの背から降り、騎竜帽を脱ぐ。陽光を受けてキラキラと輝くプラチナブロンドが露わになると、遠巻きに眺めている町の人達から大きなどよめきが起きる。他の3人も正装しており、城ではあまり感じなかったが、並んで立つと壮観である。

「いえ、大丈夫です。姫様もお疲れでしょう、母がお菓子を用意してくれています」

「ほんと?」

 グランシアードの背から降ろしてもらったコリンシアは目を輝かせてルークを見上げる。

「こちらです」

 飛竜達が用意された桶の水を飲み始めたので、ルークは休んでもらおうと一行を家へと案内する。家の前では家族が出迎えていたが、さすがにエドワルドを前にすると固まってしまっている。

「ルークが所属する第3騎士団を率いております、エドワルド・クラウスと申します」

「は、はい、お話はかねがね…む、息子から聞いて……伺っております」

 返答する父親の声は完全に裏返っている。ルークはすかさずエドワルドに家族を、家族にも上司を手短に紹介し、中で休んで頂こうと提案する。両親もそれにはぎこちなくうなずき、家の中に一行を招き入れた。

 ガチガチに緊張した一家を救ったのはコリンシアだった。母親が作った干し果物入りの焼き菓子を出したところ、子供らしい声を上げて喜び、おいしそうにほおばり始めた。彼女の仕草一つ一つがかわいらしく、ルークの家族もそれを見て少し緊張が解けた様子だった。

「既にお聞き及びと思いますが、ルークは今年の飛竜レースで1位帰着となり、晴れて上級竜騎士となりました。敬称を持つことを許され、我が父アロンから『雷光の騎士』の称号まで与えられました。

 我が団の名声も上がり、私も誇りに思います。今しばらく、貴重な戦力である彼の身を我が団で預からせていただく事をお許しください」

「む、息子がですか?」

 出されたお茶を優雅に飲みながら放たれた言葉に、ルークの家族は動揺し、ルーク自身はバツが悪そうにしている。

「ルーク、話はしなかったのか?」

「飛竜レースの話はしました。称号の件はあまりにも恥ずかしくて言ってません」

 後ろで控えるアスターがルークを睨むと、彼は正直に白状する。

「お前らしいな」

 ルークの答えにエドワルドもアスターも苦笑する。




 コリンシアがお菓子を食べて満足し、適度な休憩がとれたので出立しようと席を立つ。外に出ると相変わらず家の周りに人が集まっていて、エドワルドの姿に歓声が上がる。だが、その歓声が怒号に代わり、人垣の間から恰幅のいい男が使用人らしき男を従えて現れる。そしてルークや彼の家族に一瞥することも無く、エドワルドの前に進み出て頭を下げる。

「アジュガの町長をしております、クラインと申します。この様な田舎町にようこそお立ち寄り下さいました。町民を代表して歓迎致します。よろしければ拙宅にて、歓迎の宴などを開きます故、どうぞお立ち寄り下さいませ」

「なんだ、あの男は?」

 不快気にリーガスがルークに尋ねる。

「町長さん。根は悪い人じゃないんだけど、竜騎士になった俺の事が気に入らないんだ。権力には弱い人で、こうなるのが分かっていたから、団長自身が来ることまでは言わないでおいた」

「賢明だが、隠しおおせるものではあるまい?」

「昨日は留守だと聞いていたんだけどね」

 どうやらルークは居留守を使われたようだ。リーガスとルークが小声で会話を交わしている間にも町長の奏上は続く。エドワルドもこういった人種を数多く見てきているので、内心呆れながらも表面的な笑みは崩さずに対応する。ルークに対する仕打ちも知っていたので、この場を利用してここでしっかりと釘を刺しておこうと思い立つ。

「町長殿、今日はルーク卿のご両親へ挨拶しに寄ったのだ。これから任地に戻らねばならぬ故、お気持ちだけ頂戴致します」

「この様な狭い場所では休憩もままならなかったでございましょう。どうぞ、我が家にておくつろぎくださいませ」

 人の話を聞いているのかいないのか、なおもしつこく誘おうとする町長にルークは怒りを覚える。実家を虚仮にされたようで何か言い返そうとするのをアスターが止める。

「心のこもったもてなしというのは、人の心も十分に満足させられる。ルークのご家族には十分なもてなしを頂き、お礼申し上げる」

 エドワルドはルークの両親に頭を下げ、2人は恐縮して固まってしまう。

「宴は向こうに帰ってから開こう。ルークの上級騎士、昇進の祝いをな」

 エドワルドが冷ややかな視線を送っただけで、町長は固まって動けなくなる。そんな町長にはもう用はないとばかりに一行は飛竜が待つ草地に移動する。

「では、これで失礼いたします」

 エドワルドは再度ルークの両親に頭を下げると、娘を連れてグランシアードに向かう。コリンシアはお土産に余った焼き菓子をもらって上機嫌で2人に手を振った。

「そういえばルーク、ハルベルト殿下から伝言だ」

 アスターも会釈してそれに続こうとするが、ふと何かを思い出したように弟分を振り返る。

「はい、何でしょう?」

「君をいつでも歓迎する。エアリアルの羽を休めるときは上層の竜舎を遠慮なく使いなさい、ルーク・ディ・ビレア」

 今、無理に伝えなくても良さそうな内容だが、問題はその内容である。城の上層の竜舎は身分が高い竜騎士専用で、まだ役職の無い彼が使えるというのは異例だった。しかも敬称を付けて呼ぶことにより、町長よりも彼の身分が上である事を町中の者に知らしめたのだ。

「え?」

「ハルベルト殿下は君の事が大層お気に召したそうだ。来年のアルメリア皇女の成人の儀にも来てほしいと仰せになられた」

 そう付け加えると、スタスタとファルクレインの元に戻っていく。

「置いていくぞ」

 リーガスの言葉で我に返ると、もう皆騎乗している。慌てて家族に挨拶をする。

「では、行ってきます」

「気を付けてね」

「お前は、我が家の誇りだ」

 父も母も上司達の優しい対応に感無量となって涙している。ルークは家族全員と抱擁を交わすと、身軽にエアリアルに飛び乗る。準備が整った合図を送ると、来た時の順通りにファルクレインから飛び立っていく。

 最後に家族と町の住人達に手を振ると、ジーンクレイに続いてエアリアルも飛び立ち、大声援を背に受けて故郷の町を後にした。

 盛り上がる町民とは裏腹に、町長は1人、呆然と立ち尽くす。どうやら彼の自尊心は見事に打ち砕かれたようだ。



 飛竜や竜騎士には色々な規制があります。

 大きな街はもちろん、例え小さな村でもよほどの事情がない限りは人の住む集落の中に飛竜を降ろす事は禁じられているのもその一つ。

 体が大きい上に翼を広げると数メートルになる飛竜はその場にいるだけで邪魔になるし、動けば何かを破壊する恐れがあります。さらには離着陸の度に起こる風は住民に被害を与えかねないとも言われ、専用の着場を設けるか、人が住む集落の外に飛竜は降りるように定められています。

 飛竜や竜騎士に関する規制は神殿からの通達なので、国際法扱いです。様々な制約があるからこそ、竜騎士は様々な恩恵が与えられています。

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