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群青の空の下で  作者: 花 影
第1章 群青の騎士団と謎の佳人
16/156

14 フォルビア正神殿


 規則的な車輪の音に耳を傾けながら、オリガは馬車に揺られていた。彼女の隣にはフロリエが座り、2人の正面にグロリアが腰かけていた。先程までは、グロリアが語る子供の頃のエドワルドの武勇伝に耳を傾けていたのだが、話が一段落したこともあって車の中には規則的な車輪の音しか聞こえてこない。

 鳥のさえずりに誘われてオリガはふと窓の外に目を向ける。馬車の周りには数人の兵士が護衛としてついており、それを目にした領民たちがあわてて道を譲っているのが見えた。物々しい警備と車に付けられたフォルビアの紋章……きっと彼らは女大公が外出しているのは珍しいと噂しているにちがいない。そう言われてもおかしくないほど、グロリアが館の外へ出るのはまれなことだった。

「女大公様、お疲れではありませんか?」

 会話が途絶え、フロリエがグロリアを気遣って声をかけると、オリガと同様に外を眺めていた女大公は向かいに座るフロリエに視線を移す。

「心配いらぬ。外の景色を眺めていたのじゃ」

「お珍しいものでもございましたか?」

「なに、外出が久しぶりじゃからの、年甲斐もなく浮かれておるのじゃ。これではコリンと同じじゃの」

 小さな姫君は、皇都に出立する数日前から嬉しさのあまり何も手に着かず、終いには女大公様から久々にお小言をもらっていた。

「これではもうコリンを叱れないの」

「私が黙っておりますから大丈夫です」

 苦笑するグロリアにフロリエは内緒話をするように小声で答え、「では、そうしてもらおうかの」と2人は楽しげに話をしている。

 今日の外出が決まった折、大騒ぎして決めたフロリエの衣装は、新緑の季節に合わせた緑の絹地に裾の方に金糸や銀糸でつる草の刺しゅうを施されたドレスだった。髪も金糸を織り交ぜた明るい緑のリボンで軽く結い、草花をモチーフにした髪飾りをつけている。そのほかの装飾品も華美ではないものを選び、慎ましやかな彼女に良く似合っている。

 一方のグロリアはレンガ色の落ち着いた色合いのドレスだった。こちらにも金糸や銀糸を使って刺しゅうが施され、彼女の威厳を際立たせている。

 オリガは会話を交わす2人を眺めながらそっとため息をついた。これだけ女大公にも小さな姫君にも望まれ頼りにされているにもかかわらず、未だにフロリエをうとんじる者が館の中にいる事実に彼女は心が痛んでいた。

 特にこの春から行儀見習いで奉公に来ている若い3人の侍女達は、エドワルドから贈られたフロリエの素晴らしい衣装の数々に羨望の眼差しを向けながらも、彼女への待遇に不満を抱いていた。

『あの人は姫様と遊んでばかりいるのに、どうして私達が働かないといけないのよ! もう我慢できない!』

『知ってる? あの人、殿下の同情を誘うために本当は嘘ついているって』

『嘘~』

『本当は娼館から逃げた娼妓なんじゃないかって疑われているらしいわよ』

『信じられない』

『じゃあ、私達であの人の嘘を暴いてやりましょうよ』

『賛成』

 館への奉公を許されるのはこの地方でも裕福な家の娘ばかりだ。プライドばかりが高く、相手の事を知ろうともしないでいる。彼女達の陰口を耳にしたのは偶然だったが、その激昂ぶりに聞いているだけで恐ろしくなった。いつか敬愛するフロリエの身に危害が及ぶのではないかと、オリガは恐れた。

「……オリガ?」

「どうしたの?気分が悪いの?」

 気付けば楽しく会話を交わしていたグロリアとフロリエが、顔を覗き込んでいた。話しかけられたらしく、返事がないのを不調と思われたようだ。

「す、すみません、考え事をしておりました」

 慌てて謝罪するが、2人はなおも心配そうに尋ねる。

「顔色が悪いようじゃ。酔うたか?」

「馬車を止めていただいて、少し休みましょうか?」

 フロリエがそっと手を握って包み込んでくる。それだけで不思議と不安が安らいでくる。

「大丈夫です」

 2人はなおも気をかけてくれるが、どうにか不調ではない事を納得してもらい、そのまま目的地に向かってもらう。

 オリガは聞いたことを弟のティムにしか相談していない。実際に何かされたわけではなく、ただオリガが話を聞いただけだ。証拠もないのに騒げば自分が逆に責められるだろう。結局は気にかけて様子を見ておこうと2人の間で話が決まっていた。




 途中立ち寄った村で昼食をとり、昼過ぎになってようやく目的のフォルビア正神殿に到着した。女大公グロリアのお出ましとあり、神官長ロイスが自ら出迎え、そして居合わせた人々の注目を浴びながら、彼女達は主殿に参拝した。グロリアの体調を気遣い、今夜は神殿に泊まる予定になっているのだが、多忙な神官長は今夜の晩餐と明朝の会談ぐらいしか会う時間がとれないと断り、案内を女神官に任せるとすぐに仕事に戻ってしまった。

「晩餐の時間までまだ時間がある。そなた達は神殿内を案内してもらうといい」

 一行は神殿に隣接された居住棟にある客室の中でも、特別な客に用意される最上級の部屋に案内されていた。さすがに疲れたのか、グロリアは客間に通されると煌びやかな訪問着を脱ぎ、ゆったりとした衣服に着替えてくつろいている。彼女は空いたこの時間に少し体を休めたいらしく、フロリエとオリガにはこのままここに居ても退屈だろうからと神殿内の見学を勧めてくれたのだ。

「お傍に控えて居た方がよろしいのでは?」

「あの子たちがおるから大丈夫だ」

 伴った侍女はオリガだけなので、神殿側が気を利かせて見習いの女神官をつけてくれていた。10代半ばらしい2人の見習い女神官は、女大公の御前とあって少し緊張した面持ちで控えている。2人は顔を見合すと、少しだけ年長の少女がグロリアの世話に残り、年下の少女が神殿内の案内をしてくれることになった。




 案内してくれたのは敷地の一角に作られたハーブ園だった。それ程広くはないが、数種類のハーブが整然と植えられ、辺りにはその優しい香りが漂っている。通路もきちんと整備されていて、オリガに手を引かれながらフロリエは散策を楽しんでいた。

「いい香り」

 ちょうど花も見ごろで、オリガはフロリエの為にどこにどんな花が咲いているか、事細かに口で説明する。フロリエは風が運んでくる香りを楽しみながら、オリガの説明を元にどんな光景が広がっているかを脳裏に思い浮かべる。

「よく手入れされていますね」

「ここは、私達見習いの女神官がお世話をいたしております」

 2人がハーブ園を褒めると、イリスと名乗った少女は嬉しそうに顔をほころばせる。

「大変ではありませんか?」

「これもダナシア様にお仕えする務めになりますから」

 妖魔の討伐で使われる香油は各神殿で聖別して作られる。それにはハーブが不可欠で各神殿で微妙に配合が異なってくる。ここのハーブはその香油作りに使われているのだと彼女は説明する。

「大事なお勤めですわね」

「はい」

 美しい客人に褒められ、イリスは誇らしげに胸を張る。

 ハーブ園をすぐには去り難く、散策を続けていた3人は庭の端にあったベンチで一休みしていた。通路が整備されているとはいえ、フロリエは今日の衣装に合わせた踵が高めの靴を履いていた。屋外を歩くには少々不向きで、気を利かせたオリガが彼女をベンチに誘ったのだ。

「あら、あちらには温室があるのね」

 ハーブ園の境となっている植込みの向こうにオリガは温室の屋根が見えるのに気付いた。

「温かい地域の植物を植えているのですか?」

 フロリエがイリスに問うと、彼女は少し困った様な表情を浮かべる。

「あの温室では希少な薬草が育てられているそうです」

「薬草ですか?」

「はい。詳しくは知りませんが、神官長様が研究に必要だからと偉い方に頼まれて育てているそうです」

「中には入れませんの?」

「常に鍵がかけられていまして、専任の方が管理されていると伺っています」

 余程希少なものなのだろうか、その厳重さに話を聞いた2人は驚く。

「あの辺りは元々薬草園になっていまして、私達の様な見習いが入る事を許されていない区画になります。温室の話も先輩達の噂で知りました」

 神殿にも色々と事情があるらしい。イリスが困っている様子なので、2人は温室についてはそれ以上の詮索は控える事にした。




 散策に時間を費やしたので、そろそろ部屋に戻ろうかと話をしていると、植込みの向こうからゴソゴソ音が聞こえる。

「何?」

 今日はグロリアが宿泊することもあって、特に客間があるこの居住棟はいつも以上に警備が厳しく、不審者の侵入はありえないはずであった。オリガは恐怖に耐えながらフロリエを背に庇うようにして立つ。

「大丈夫よ、オリガ」

 何かに気づいたらしく、ふっと笑みを浮かべてフロリエは何かが潜む植込みに近づいていく。オリガはあわてて止めようとするが、彼女は見えていないとはとても思えない足取りで茂みの傍に近寄るとしゃがみ込む。

「出ていらっしゃい」

 優しく声をかけるとゴソゴソと茂みの中から一抱えほどの大きさの飛竜がよたよたと出てきた。

「幼竜?」

 赤褐色の幼竜はしゃがみ込んだフロリエの膝に乗り、クウクウと甘えた声を出すので、彼女は優しく話しかけながら、幼い飛竜の頭を撫でてやる。オリガとイリスもようやく緊張を解いて、しゃがみ込んだフロリエの傍に寄る。

「どこから迷い込んだのかしら?」

「飛竜の養育所が隣にありますから、そこからだと思います」

 幼竜はフロリエの腕の中で機嫌よく喉を鳴らしている。飛竜は初対面の人間にすぐには懐かないと言われているが、その事実をあっさり裏切る光景を目にしてイリスは目を丸くしている。

「連れて行ってあげましょう」

 フロリエは幼竜を抱き上げて立ち上がる。飛竜は国の宝である。このまま放置することはできないので、他の2人にもそれは異存がなかった。




 3人が養育所へ行くと、幼竜が1頭行方不明になって大騒ぎしていたところだった。担当の神官たちが大慌てで捜索しているところへ幼竜を抱いたフロリエが現れ、一同は安堵と驚愕を持って迎えられたのだ。

「ハーブ園にいたのですか? よくあんなところまで……」

 責任者の神官はフロリエやオリガの話を聞いてほっと息を吐いた。例え幼竜一頭でも不始末から何かあれば、彼の首が危ないのだ。無事に戻ってきた幼竜をフロリエから受け取ろうとするが、幼い飛竜はしっかりと彼女にしがみつき、更には尾を彼女の腕に巻きつけている。

「おうちに帰ってきたのよ?」

 フロリエは飛竜の顔を覗き込むようにしているが、一向に離れる気配がない。とりあえず幼竜の保育部屋まで連れて行くことになり、彼の案内で養育所の奥へと足を踏み入れる。


クウクウ……キィキィ……


 そこにはこの春に卵から孵った10頭余りの幼竜がいた。掃除が行き届いた清潔な床に藁が敷かれ、色んな色の飛竜の子供がコロコロと遊んでいた。神官の話では、迷子になった幼竜はグランシアードの仔らしい。

「さあ、みんなの所へ行きましょうね」

 フロリエは幼竜を抱いたまま床にしゃがむと藁の上に降ろそうとするが、やはりなかなか離れない。そうしている間に他の幼竜が寄ってきて、いつの間にかフロリエは囲まれていた。

「これはまた……珍しいことですね」

 腕に抱いていた幼竜だけでなく、近寄ってきた他の幼竜までもが彼女の膝の上によじ登り、甘えた声を出し始めた。フロリエは困惑しながらも寄ってきた幼竜達の頭を撫でてやり、歌うように声をかけている。その場にいた担当の神官達はその光景に絶句する。

「あの方は特別な祝福を授かっているのかもしれませんね」

 責任者の神官はしみじみとつぶやく。長く飛竜に携わってきた彼でもここまで懐かれる事は無く、初対面でそれをやってのけた彼女に畏敬の念を抱いたようである。

 さすがに客人にいつまでもここにいてもらうわけにはいかず、担当の神官たちは奥の手でフロリエから幼竜たちを引きはがすことにした。少し早いが彼らに食事を用意したのだ。

 食べやすく固い皮と種を取り除いた甘瓜と柔らかくなるまで茹でてほぐした鶏肉を出してくると、食欲旺盛な幼竜達は我先にとそれに群がる。

「今のうちです」

 幼い飛竜が離れてほっとしているフロリエに、責任者の神官は手を貸して立たせ、保育部屋の外へと連れ出してくれる。空を飛ぶ生き物らしく一頭一頭の体重はそれほど重くないのだが、何頭も群がって体に昇ってくるとさすがに重い。甘えてくる幼竜は可愛いのだが、ようやく解放されて安堵したのが正直な気持ちだった。

「見つけてくださってありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、助かりました」

 改めて責任者の神官はフロリエに礼を言うが、フロリエは逆に幼竜達から解放してくれた事に礼を言う。

「女大公様が心配なさっております。そろそろ戻りましょう」

 気付けば日が大きく傾き始め、神官長との晩餐の時間が迫っていた。フロリエも同席することになっているが、汗をかいたり床に跪いたりした衣服は改めなければならない。

「そうですわね。行きましょう」

 フロリエは神官たちに優雅に挨拶をすると、オリガに手をとられてあてがわれている客間に急いで戻ったのだった。




「はっはっは」

 フォルビア神殿の神官長、ロイスは幼竜の一件を聞いて楽しげに笑った。

 結局、フロリエは約束の刻限に遅れてしまい、正直に理由を伝えて待たせた無作法を2人に謝罪した。しかし、その顛末を既に知らされていたらしく、ロイスもグロリアも快く許してくれたのだ。

「それにしても、類稀たぐいまれな力をお持ちのようだ。あの幼竜達が離れたがらないとは……。話はある程度女大公様や殿下にお聞きしておりましたが、よもやここまでとは思いもせなんだ」

 フロリエの身元を探すために、エドワルドは神殿にも手紙を出して協力を仰いでいた。ロイスは防御結界が出来るなどといささか誇張が過ぎると思っていたのだが、実際に彼女に会ってそれが誇張ではない事をはっきりと認識したようだ。

「あれは虚言など口にはせぬ。何ぞ彼女に繋がるような話は知らぬか?」

「そうですなぁ……。確かに大母補に匹敵する力をお持ちのようですが、タランテラ皇国内ではその様な女性の存在を耳にはしておりませんな。例え……こう言っては大変失礼ではありますが……盲目の身でありましても、これ程の力がございましたら少なくとも神殿に何らかの情報が持ち込まれているはずでございます。過去の資料を調べさせましたが、そのような記録は残されてございません。この方のご出身は他国に間違いないでしょう」

 ロイスは人の良さそうな笑みをフロリエに向けるが、気付いていない彼女は首をかしげて2人の会話に耳を傾けている。

「他国の者となれば、そなたの方が伝手も多かろう? もう少し調べてみてはもらえぬか?」

「時間がかかるやもしれませんぞ?」

 フロリエを救出したエドワルドが神殿側に彼女の身元の調査を依頼して3月あまり経っている。国内の調査だけでもそれだけかかっているのだ。大陸全土となると答えを得るのに年単位の時間が必要になるかもしれない。

「かまわぬ。エドワルドも別口で依頼してくるといっておるし、例え何年かかろうとも、その間にこの子に不自由はさせぬ。妾がダナシア様の元に召されても、後はエドワルドが引き継いでくれよう」

「女大公様、そのような寂しいことを仰せにならないでくださいませ」

 フロリエは真剣な表情でグロリアに懇願する。

「ほんにそなたは優しいのう。このままでは色々と心配がある故、そうすぐには逝ったりせぬよ。じゃが、妾ももう年じゃ。いつまでもこのままとは言い切れぬのが歯痒い」

 安心させるように隣の席のフロリエの頭をグロリアは優しくなでた。彼女は今にも泣きだしそうな顔をしている。

「そこまで思ってくれる者がいると言うのは嬉しいのう」

 グロリアがしみじみと呟くと、ロイスは互いにいたわりあう2人の姿を見て満足げに頷いた。

 その後は会話が途切れ、少ししんみりした空気が漂う中、その日の晩餐は終了した。




 翌日も朝から天気に恵まれていた。ロイス神官長との会談はグロリアだけが行うことになっており、朝食を終えたフロリエは、昨日のハーブ園に再び足を向けていた。イリスは所用を言いつかっていたので、今日の散策はオリガと2人だけだった。

「女大公様の連れというのはそなたか?」

 突然に声をかけられ、オリガがフロリエの代わりに振り向くと、50前後の立派な身なりをした男性が立っていた。背も高いが横幅も随分とあり、なんだか威圧感がある。随分と横柄な態度をとるが、きっと女大公やエドワルドと言った己よりも上の身分の者に対しては手のひらを返したような態度をとるのだろう。

「どちら様でございますか?」

「わしの事は知らずともよい。質問に答えよ」

 あまりの横柄さにオリガは腹が立った。何か言い返そうとしたが、フロリエがスッと前に進み出て彼女を抑える。

「確かに私が女大公様のお供をしております」

「そうか、それならちょうどよい。女大公様の元まで案内せよ」

 ふんぞり返って命令するこの男は一体何を考えているのだろう。オリガは本気で腹を立てたが、フロリエはいたって冷静に対処する。

「できません」

「何?」

「どのようなご用件か存じませぬが、女大公様にお会いなさりたいのなら正規の手続きを踏んでご面会を申し込んで下さいませ。私にはそのような権限がございません」

 相手に臆することなくフロリエは答える。彼女の毅然きぜんとした態度に男は狼狽うろたえたが、顔を真っ赤にして怒りを露わにすると、彼女の腕を強くつかむ。

「下賤の女は目上の者に対して口のきき方も知らないようだな。わしに黙って従え!」

 男は癇癪かんしゃくをおこし、そのままフロリエを引きずって建物の中に入っていこうとする。オリガはそれを止めようとしたが突き飛ばされて地面に倒れ、フロリエは抵抗しようとして足を踏ん張ったものの、かかとの高い靴を履いていたために足首をひねってしまう。そしてそのまま男に引きずられていく。

「お待ちなさいな」

 どこからか穏やかな声がかけられる。

「邪魔をするな」

「トロスト殿、その様な事をなさっても、女大公様は決してあなた様に会おうとはなさいません。かえってご不興を買ってしまわれますよ」

 姿を現した女性は地面に倒れたオリガを助け起こし、フロリエの腕をつかんだままのトロストと呼ばれた男に近寄る。

「そなたには関係ない。わしは是が非とも女大公様に会わねばならぬのだ」

「黙って見過ごすわけにはいきません。この方は殿下のお客様なのです。この方の身に何かあれば、あの方は黙ってはいないでしょう」

 栗色の髪の美しい女性はほれぼれするほどの見事なプロポーションをしている。笑顔を絶やさずに男の傍まで来ると、フロリエから手を離させて足を痛めて座り込んでいる彼女を支えて立たせる。我に返ったオリガが慌てて駆け寄る。

「わしを脅すのか? 愛人ごときが笑わせてくれる」

「少し頭を冷やした方がよろしいのではなくて? 殿下に対して女大公様の影響力がいかに強くても、内政の事まで口には出されないでしょう。ましてやこのような方法で面会しても、決して女大公様の口添えはいただけません」

 男は憎々しげに女性を睨む。だが、兵士達が慌ただしく近づいてくる気配がすると、一度ジロリとフロリエを睨み付け、彼は元来た神殿外部へと通じる道へと姿を消した。

「もう大丈夫ですよ」

 女性は柔らかな笑みを2人に向ける。

「ありがとうございました」

「何とお礼を申し上げて良いか……」

 フロリエとオリガは彼女に深々と頭を下げる。

「間に合って良うございました。足を痛めたのではないですか? 手を貸しますからとにかく中に入りましょう」

 彼女はそう言うと、オリガを促してフロリエの体を支えて建物の中に入る。騒ぎを聞きつけた神官達が駆けつけ、彼女を医務室へと連れて行ってくれる。

「あの、お名前を……」

 神官に事情を説明し、すぐに立ち去ろうとする女性にフロリエはあわてて声をかけた。

「エルデネートと申します、フロリエ様」

 彼女は優雅にお辞儀をし、『お大事に』と言い残してその場を去った。

 フロリエはその名前を聞いたことがあった。……エドワルドの恋人。何故だか胸がチクリと痛んだ。


神殿の役割は多岐にわたります。

人々の信仰のよりどころになるだけでなく、飛竜の繁殖に討伐に不可欠な香油の精製もその一つ。

大陸は大母を頂点とした一つの組織となっていて、基本的に国家間の紛争は禁止されています。もし国家間でもめ事があった場合は高位の神官がその仲裁に当たります。


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