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群青の空の下で  作者: 花 影
第3章 ダナシアの祝福
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おまけ 首座様のゆかいな仲間たち全集

1 部下 次席補佐官


 フカフカの絨毯じゅうたんに落ち着いた色合いのカーテン。重厚でどっしりとした机に豪奢ごうしゃなソファセット……プルメリア連合王国首座に相応しい立派な執務室なのだが、現在はとても残念な状態となっている。

 常に磨き上げられてピカピカな筈の机の上は、書類のみならずペンやインク壺、ペーパーナイフといった雑多なもので溢れ、机の表面も見えない。置ききれない書類は机の周りの床にも散乱し、それらに混ざって脱ぎ散らかした服や靴も転がっている。

 ソファセットのテーブルには空いたワインのボトルとグラス、酒肴が乗っていたとみられる空になった皿が放置されている。

 そんな残念な状況を作った部屋の主はソファに長身を横たえて仮眠の最中だった。

「全くこの人は……」

 世間では公正明大で英明な統治者だとか、最強の番だとか、最も仕えたい主ナンバーワンだとか様々な美麗字句で称えられるミハイルだが、今の彼の姿を見れば誰もが幻滅するに違いない。

 着ている服はよれよれで、アリシアが出かけてから剃っていないのか、端正なはずの顔は無精ひげに覆われている。仕事に関しては非の打ちどころがないのだが、私生活においては超がつくほど無能だった。

「さて、どこから手をつけましょうか……」

 アリシアに後事を託された次席補佐官は、今更ながらに後悔して深いため息をつく。

「あら、早いのね」

 かけられた声に驚いて振り向くと、若い女性……ルデラック家に嫁いだミハイルの長女が立っている。

「これは……シーナ様」

「おはよう……あらあら、相変わらずね」

 部屋の惨状に苦笑し、シーナは床に散乱したものを器用によけながらソファに近寄ると、部屋の主を起こす。

「ミハイル~、朝よ~」

 アリシアを真似た声色にミハエルは飛び起きた。

「ア、アリシア?……シーナ……」

 状況が把握できずに彼は目をしばたかせる。

「はい、着替えは用意させてますから、湯浴みして髭を剃ってきてください。それから、朝食をちゃんと食べて下さいね。その間にここを片付けますから。それから……」

「分かった、わかった」

 なおも言い募ろうとするシーナから逃げるようにミハイルは執務室を出ていく。

「全く……アリシアにどんどん似て来るな……」

 彼の呟きに補佐官は苦笑する。

「さあ、始めるわよ」

 シーナは繊細なレースで飾られたドレスの袖をまくると、行動を開始した。補佐官はようやく仕事が出来るとほっとしたが、アリシアに劣らない人使いの荒さにやはり留守を任されたことに後悔したのだった。




2 娘婿その1 ルデラック公王


 可愛い妹の為、ソレルを留守にしたアリシアの代わりに父の補佐官を引き受けたはいいが、忙しさにかまけて何日も夫と顔を合わさずにいたのがいけなかったらしい。仕事の最中に押しかけて来たディエゴにルデラックの公邸へ半ば拉致されるように連れ戻されていた。

 もうどの位経っているのだろうか? シーナがだるい体を無理やり寝台から起こすと、自分でも恥ずかしくなるほど全身にちりばめられた赤い痕が目に飛び込んでくる。何か羽織る物を探すが何もなく、彼女はため息をつくと仕方なしに上掛けにくるまって再び寝台に体を横たえた。

 そこへ盆を手にしたディエゴが入って来る。

「おはよう、シーナ。今日も綺麗だよ」

「ディエゴ……」

 上掛けから顔だけ出して恨めしげに見上げるが、妙に上機嫌で肌艶のいい彼は気にもとめていない様子だ。彼女から上掛けを剥ぎ取ると優しく体を起こし、魔法の様に部屋着を取り出して彼女に着せかけた。

「もう……やめてって言ったのに……」

「君があまりにも可愛くて我慢できかなかったんだよ」

 悪びれる風も無く応えると、ディエゴは妻の額に口づけた。そして彼女に飲み物を飲ませたり、食事をさせたりと甲斐甲斐しく世話をする。だが、それだけでは飽き足らず、悪戯な手は彼女の肌をさりげなく撫でていく。

「ディエゴ」

 とがめるように夫を睨みつけるが、彼は見事に受け流す。そしてさっさと盆を片付けると寝台に座った彼女の隣に座り込む。

「怒った顔も可愛いよ」

「ディエゴ」

「シーナ可愛い……」

「私、怒っているのよ」

 妻の怒りなどどこ吹く風でディエゴはマイペースに彼女に触れて来る。シーナは夫の手から逃げようとするのだが、何分、まだ体が言う事をきかない。がっしりと肩を掴まれたかと思えば、そのまま押し倒されていた。

「やっぱり我慢できない」

「ちょっと、待って、ディエゴ!」

 シーナは抗議するが、彼は手際よく妻の体から部屋着を剥ぎ取っていた。

「ディエゴ、私、子供達の世話をしなきゃ……。仕事も……」

「ふーん、まだそんな事言う余裕があるんだ。じゃ、遠慮なく」

 自分も服を脱ぎ捨てると、ディエゴは妻の唇を塞ぎ、彼女を組み伏せていた。抵抗空しく、そのまま美味しく頂かれてしまったのだった。


 結局、シーナが仕事に復帰できたのはそれから5日後。その時になってようやくタランテラの状況が変わり、アレスが報告に来ていたことを彼女は知った。

 しかもその間、彼女に代わって夫が父親の補佐をしながらルデラックの膨大な仕事をこなしていたらしい。

 有能だけど、どこか残念なディエゴだった。




3 旧友 ダーバ先代国主


 新年の春分節が過ぎ、ようやくお祭り気分が抜けた頃、ソレルに招かれざる客がやってきた。今は自由気ままに隠居暮らしを謳歌おうかしている、隣国ダーバの先代国主だった。 仕事が忙しすぎて手が離せないミハイルは、突然現れた賓客を仕方なしに自分の執務室へ招き入れた。

「私が協力を仰いだのは現国主の君の息子だったはずだが?」

「アイツは忙しいからな。代わりに暇なワシが来た」

 胸を張る旧友の答えにミハイルは疑わしげな視線を送る。

「面倒な事を嫌うお前が自ら進み出て来るとは思えないんだが?」

「ブレシッドの美酒が飲めるのなら話は別だよ。うん。それにだ、今まで辛酸を舐めさせられてきた奴に復讐できるんだ。こんな美味しい場面を見逃す手は無いだろう?」

 どうやら隣国の先代国主様はブレシッド産のワインが目当てでやって来たらしい。だが、そのもっともらしい理由にミハイルは容易くうなずくような真似はしなかった。

「浮気がばれたか?」

「な……何の事かな?」

 彼は否定するが、思いっきり目が泳いでいる。

「この半年余りの間に2人……いや、3人か。若い女官との噂を聞いている」

「……」

「その他に元部下の若妻や騎士団長の娘とも噂になっているな」

 ミハイルが知り得た情報を披露すると、気の毒な位顔色が悪くなっていく。

「奥方に追い出されたか、それとも怖くて逃げだしてきたか……。おそらく後者だな」

 昔から見目麗しい女性を見ると社交辞令代わりに口説いてきた先代国主様は、ミハイルの推理にだらだらと冷や汗を流している。結婚した当初は大人しく夫に逆らえなかった奥方だったが、年を経るごとにしたたかになり、今では完全に夫を尻に敷いていた。それでも浮気を止めないのは、もう一種の病気としか言いようがない。

「息子にかくまってもらおうとして、こちらの協力要請をききつけたって所か。坊やは知っているのか?」

「も、もちろん」

 図星だったらしく、冷や汗を流しながらもコクコクとうなずいている。

「ま、そう言う事なら役に立ってもらおう。先ずはガウラを説得したい。手を貸せ」

「分かった」

 居場所が確保できるのなら彼に否応は無かった。しかもブレシッド産のワインを毎日飲めるのならこれ以上の贅沢は無い。

だが、目の前のご褒美につられ、ミハイルに良いようにこき使われ、今までにない位働かされた先代国主様だった。




4 長女 ルデラック公妃


「はぁ……」

 シーナは執務室の惨状を目の当たりにして深いため息をついた。悪阻つわりがひどくて父の補佐を離れる時に、ここでの飲食を禁じたりして綺麗に保たれていた部屋が無残な有様となっていたからだ。安定期に入った今も無理は出来ないので、ほんの数日ルデラックの公邸で休んだだけだったのにだ。

 机に積み上げられた書類は一部が崩れて床に散乱し、中には転がったペンで汚れてしまっているのもある。更にはワインのボトルが転がり、零れた中身で絨毯に染みが出来ていた。

 10日ほど前からダーバの先代国主が中央宮に滞在し、なし崩し的にそれらの約束事が破られていったらしい。まだ目で確認してはいないが、女官の話では奥のミハイルの居室の方は服や小物が散乱してそちらもひどい有様と報告を受けていた。

「で、お父様は?」

 慌ただしく出立したのは知っているが、傍らにいる次席補佐官ですら明確な行き先を聞いていないらしい。目立ち始めたお腹を気にかけながらシーナが彼を見上げると、次席補佐官は恐縮したように頭を下げる。

「それが……一時ほど前に聖域から使いが来まして、その報告を受けられたとたんに飛び出して行かれました」

「その使いはどちらに?」

「陛下が連れて行かれました」

 シーナは再び溜息をついた。聖域がらみならばきっとタランテラの状況が変わったのだろう。だとすると向かったのは北方。ガウラを経由してタランテラを目指したにちがいない。

「こちらに滞在しておられたダーバの先代様と昨日来られた里の賢者様もご一緒で、それから……ご夫君のディエゴ様を道案内に連れて行かれました」

「……間違いなくタランテラに向かったわね」

 シーナは三度溜息をついた。出かけてしまったのは仕方ない。それだけ緊急性が高かったのだろう。だが、せめて一言伝言を残していってほしかった。

「陛下付きの侍官の話では、ブレシッドから取り寄せていた年代物のワインも持っていかれたと……」

「全く……。ピクニックに行く子供じゃないんだから……」

 エドワルドが無類のワイン付きだと知り、杯を酌み交わすのを楽しみにしていたミハイルはブレシッドから年代物のワインを取り寄せていた。そして暇を見つけては持参する銘柄を吟味していたのだ。

「その……如何致しますか?」

 恐る恐る次席補佐官が問うと、シーナはもう一度ため息をつく。

「この中で特に急ぐ物はルデラックの執務室に運んで。それから、各公王方に事情を説明した上で助力を仰いで下さい」

 プルメリアのトップとそれを支える首席補佐官、更には次代の首座とも噂されるディエゴも国を空ける異常事態となってしまった。身重のシーナ1人ではとても切り盛りできる状態では無い。ここはやはり経験豊富な他の公王の力を借りるしかないだろう。

「ここは如何致しますか?」

「このまま残しておいて。お母様に見て頂いて、後で叱っていただきます」

「かしこまりました」

 おそらく、その説教の矛先は後事を託された自分にも向けられるかもしれない。次席補佐官は徐々に痛み出した胃痛に耐えながら頭を下げると、その場を後にする。

「やっぱり、私じゃお父様のお世話は無理」

 あのマイペースな父を御する母はやはり偉大だと実感したシーナだった。




5 娘婿その2 タランテラ国主代行


 微睡まどろみから覚めたエドワルドは、傍らの温もりを確かめるとほっと安堵の息を漏らした。義父を始めとした賓客達の計らいで、前日に正式な妻となった愛しい女性は彼の腕の中でぐっすりと眠っていた。

「……フレア」

 つい数日前に知り得た妻の本名を呟き幸せをかみしめる。頬に口づけるが、起きる気配はない。故郷の村で静養も兼ねて過ごしていたのに、何日も旅してタランテラへ戻ってきた。そして休む間もなくラグラスやベルクの捕縛に立ち会い、それに伴う会合にも出席したのだ。しかも夜は赤子の世話もきちんとしている。本人は口に出して言わないが、やはり疲れているのだろう。

 しかも初夜となる昨夜は周囲が気をきかせて2人きりにしてくれた。無理をさせるつもりは無かったのだが、彼女を妻とするあまりの嬉しさに歯止めがきかなかったのだ。

「フレア」

 エドワルドはその頬にもう一度口づける。1年近い間、度重なる不幸と試練に見舞われた為に、この幸せが夢ではないかと思ってしまう事がある。疑り深い性格になってしまったと自分でも思う。それでも、愛しい家族の存在を感じていないと安心して眠れないのだ。

 まだ起き出すには早い。彼女をゆっくり休ませる為にももう少しこうしていよう。その存在を確かめる様に、もう一度彼女を腕の中に抱きこんでエドワルドは目を閉じた。




6 妻 ブレシッド公妃兼、首席補佐官


 執務室の惨状を目にしたアリシアから表情が消えた。ただ呆れたのか、沸き起こる怒りを抑えているのか。だが、先程まで妻にデレていたミハイルが、その気配をいち早く感じとってその場から逃げ出そうとしている所から見ると、どうやら後者が正しいようだ。

「ミハイル、何処へ行くのかしら?」

 ギクリとして恐る恐る振りかえる。夫を見上げるアリシアは口元に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。

「し、仕事をしてこようかと……」

「執務室はここですわ」

「そうだ、留守中の報告を聞くんだった」

「ミハイル」

 この場を逃れる名案を浮かんだとばかりにミハイルはその場を後にしようとする。だが、地を這うような声で呼び止められ、当のミハイルだけでなく側に控えていた文官や護衛の武官までもが凍りついた。

「報告は後ほど聞きましょう。それよりもまずは、私が留守中の事をあなたから伺いたいわ」

 夫を見上げるアリシアは笑みを浮かべているが、やはり目は笑っていない。良くできた家臣達は、これから起こる事を予測して潮が引くようにその場を去っていく。

「じっくりと聞かせていただきましょうか」

 その恐ろしさに硬直したミハイルは、ただ頷くしかできなかった。

 大陸で最も有名な首座様が愛してやまない女性は、この世で最も怒らせてはいけない女性だった。




更におまけ 彼等のその後


アリシアが帰国後、次席補佐官は胃痛でダウン。一月ほど休暇を与えられた。翌年、ミハイルが引退後も首席補佐官として後任に仕える事になる。


この翌年にミハイルが首座を引退し、ディエゴが後継を進められるが、「そんなもの引き受けたらシーナを愛でる暇がなくなる!」と言って固辞。結局各公王のまとめ役をしていたリグレの公王が首座となる。


ダーバの隠居は持ち帰ったタランテラの土産物(サントリナの磁器や北部の直轄領で作られる銀器など)を先に国元へ送り、ほとぼりが冷めるのを待ったが、それくらいではごまかされなかった模様。帰国後は待ち構えていた奥方に捕まり、随分と責められたらしい。


シーナは秋口に男児を出産。やんちゃに成長した3男坊は後にタランテラに留学。エルヴィン達と一緒にルークに預けられる。ちなみに更に2年後には双子の女の子が誕生。ディエゴが溺愛する対象が増えた。


賓客が帰国後、周囲の勧めでフォルビアで蜜月を過ごす事になったエドワルドとフレア。当初から予定されていたロベリアやフォルビア、ワールウェイド領の視察に湖畔の村での慰霊祭なども夫婦で出席した。ちなみに皇都への帰還の折には多くの市民に出迎えられた。


ミハイルが首座を引退すると同時にアリシアも首席補佐官を辞任。その後はブレシッドでのんびりと夫婦で過ごすが、大母補候補の教育はその後もしばらくの間続けた。



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