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群青の空の下で  作者: 花 影
第3章 ダナシアの祝福
151/156

24 永遠に

 即位式を数日後に控え、本宮には国の内外から多くの招待客が集まっていた。国賓としては既にガウラの王太子とタルカナの王子がタランテラ入りしている。他の国からの使節も続々と到着しており、この日は見届け役となる賢者が到着する事になっていた。

 礎の里に敬意を払い、エドワルドとフレアは出迎える為に正装に身を包み、着場で重鎮達と揃ってその到着を待つ。やがて、南の空に数騎の飛竜が姿を現し、黒い飛竜を先頭に8頭が着場に降り立った。

「パラクインスか?」

 降り立った黒い飛竜はパラクインスで、しかもその背から降りた騎手はアレスだった。そして次の瞬間、フレアは驚きのあまりその場に凍りついた。

「お祖父様?」

「え?」

 フレアの呟きに傍らにいたエドワルドは思わず二度見する。アレスに手助けしてもらいながら飛竜の背から降り立ったのはくクーズ山聖域神殿の神官長を務める賢者ペドロだった。足の悪い彼は、アレスに支えられながら出迎えの為に整列している一同の元へ歩いてくる。

「お祖父様」

 作法も何もかもなげうって、フレアは駆け寄ってその手を取っていた。今まで模範的な作法を崩す事など無かった彼女の行動に驚いた周囲はざわつく。

「元気そうじゃの」

「お祖父様……」

 感無量の彼女は言葉が続かない。そこへエドワルドが歩み寄り、ペドロに竜騎士の礼をとって頭を下げる。

「遠路ようこそお越しくださいました、賢者殿。タランテラ国主代行を務めておりますエドワルド・クラウスと申します」

「この度はご即位の儀、おめでとうございます。礎の里より見届け役として参りました、クーズ山聖域神殿の長をしております、ペドロと申します」

 ペドロも丁寧に挨拶を返すと、彼の体を支えているアレスも一緒に頭を下げる。その胸には無事に上級騎士に復帰できた証となる記章が誇らしげに輝いていた。

「お疲れでありましょう。フレア、賢者殿を客間に案内してくれるか?」

「はい」

 積もる話もあるだろう。エドワルドの気配りにフレアは感謝し、ペドロの手を取って歩く。足の悪い賢者の為にすぐさま輿が用意され、フレアもそれに付き添って南棟の客間に向かった。




「うわ~」

 2人を見送ったところで、いきなり騒ぎが起こる。何事かと振り返ると、パラクインスが見習い竜騎士の襟首をくわえて持ち上げていた。どうにか振りほどこうともがいているその見習い竜騎士はティムだった。

「パラクインス、離せ!」

 慌てたアレスが黒い飛竜に鋭く命じる。だが、飛竜は少年の襟首をくわえたままイヤイヤと首を振り、その都度彼の体は左右に揺さぶられて目を白黒させていた。周囲にいた竜騎士が助けようとしていたのだが、アレスが発した大陸で最も有名な飛竜の名前に衝撃を受けて固まっている。

「我儘が過ぎるぞ」

 アレスが飛竜に近づき、半ば脅す様に声をかけるといかにも渋々と言った様子で少年を解放した。お仕置きとして眉間を小突くと、キュウゥゥゥと情けない声を上げる。

「大丈夫か? ティム」

「す、すみません」

 客人に助け起こされ、ティムはフラフラしながら立ち上がる。すると、アレスに怒られて反省していたはずのパラクインスは自分の尾をティムの体に巻き付けていた。

「あ、こら!」

 もう一度怒るが、パラクインスはティムの体に巻き付けた尾を解こうともしないで、ティムにクウクウと甘えた声をだして頭を擦り付けている。

「一体どうしたんだ、パラクインスは?」

 エドワルドやアスター等、竜騎士達も集まるが、飛竜はかたくなな態度を崩そうとはしない。

「それがですね……どうも、コイツはティムのブラッシングが忘れられないらしくて……」

 心底困った様子のアレスの説明によると、パラクインスはある日突然、一頭だけで聖域にやってきた。後からきたプルメリアの竜騎士の説明によると、係員のブラッシングが気に入らないらしく飛び出してきたらしい。飛竜の思考を読むと、聖域に来ればティムがいると勘違いしたらしい。

「母上と相談して、とりあえず今回はこちらまでつれてきました。係員を同行させていますので、彼の……タランテラの技術を学ばせてはいただけないでしょうか?」

 アレスの申し出にエドワルドは思わず傍らにいたアスターと顔を見合わせる。

「それは構わないが……」

 確かに、ティムと彼の師匠になるルークの2人は多く飛竜から懐かれている。気難しいグランシアードさえ彼らの世話は喜んで受けている。だが、多く竜騎士や係員がルークの助言をもらっているが、彼らと同等とはいかないのが現状だった。

 そうしている間にもティムはパラクインスに締め付けられて苦しそうにしている。早めに解放してもらわないと、少年の体の方がもちそうにない。

「ティム、とにかく相手をしてやれ。ルーク、ちょっと手伝ってやってくれ」

 彼女も国賓と言って過言ではないだろう。丁重にもてなせば大人しくなるだろうとエドワルドは判断し、義理の兄弟(予定)にパラクインスの世話を命じる。

 ルークが声をかけるとパラクインスは不思議なくらいに大人しくなり、命じられるままティムを解放する。安堵した少年は思わずその場にへたり込み、再び客人に手を借りて立ち上がった。

「悪いが、頼むよ」

「はい、任せてください」

 アレスが苦笑して頼むと、快諾した少年は義兄(予定)と共にパラクインスを宥めながら竜舎へ連れて行った。

 だが、この時のもてなしに味を占めた彼女が毎年来るようになるとは夢にも思わず、アレスもエドワルドもちょっと後悔するのはまた後の話である。




 パラクインスがようやく竜舎に落ち着いたころ、南棟の客間に案内されたペドロはフレアの淹れたお茶で旅の疲れを癒していた。

「でも、おじい様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」

 年齢の事もあり、いくら孫が心配だからと言っても聖域からペドロが出てくるとは思ってもいなかった。フレアの疑問に老賢者は少しばかり顔を顰める。

「ふむ……里の方の混乱が長引きそうでの……。せっかくの即位式。高位の者を送ろうとしたのだが、野心のあるものは少しでも上を狙い、心あるものはそういった輩を押さえるので手一杯の状態。動けるものが居なかったというのが正しいな」

「それでおじい様が?」

「まあ、そんなところじゃ」

 フレアを気遣い名こそ出さなかったが、ベルクの失脚により彼に関わっていた多くの神官が粛清の対象となっていた。中には彼の伯父、老ベルクも含まれており、その空いた席の争奪戦が激化していた。ベルクを排除できても似たような輩が後釜になってしまえば改革した意味がなくなる。当代を中心に人選は慎重に進められているのだが、この事態が収まるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「それに……慣れない土地でどうしておるか気がかりだったからのう……」

 ペドロの言葉にフレアは項垂れる。反対を押し切って聖域を飛び出してしまい、改めて心配かけていたのだと反省した。もちろん、内乱終結後にお詫びの言葉も添えた手紙をアレスに託し、その後再訪してくれたルイスにもこちらでの暮らしぶりを書き連ねた手紙を頼んでいた。それでもやはり完全には安心させることが出来なかったのだろう。

「じゃが、随分と大切にしていただいておるようで安堵いたした」

 着場から客間に至る間を垣間見ただけではあったが、フレアに対する女官や護衛の態度から彼女が大切に扱われているか感じ取ることが出来たらしい。そして何よりも当の本人が幸せそうであり、ここでの生活がいかに充実しているかがうかがえる。内包する力故に彼女が諦めていた全てがここには揃っている。ペドロは孫娘が淹れてくれたお茶を飲みながら安堵の息を吐いた。

「ええ。過分なほどに皆さん良くして頂いております」

 幸せそうに微笑むフレアの姿が眩しく感じる。ペドロは満足げに頷くと、孫娘が注いでくれたお代わりのお茶に口を付けた。

 やがて知らせを受けたコリンシアとエルヴィンを抱いたオリガが訪れ、更には所用を済ませたアレスも顔を出した。即位式の準備で忙しい日々を過ごしていたフレアだったが、久しぶりに会えた家族と穏やかな時間を過ごせた。




 その翌日、エドワルドは緊張した面持ちでペドロとの会談に臨んでいた。しかも先方の希望で他に誰も交えず、2人きりでの会談となる。国主代行の地位についてから大陸有数の重鎮と顔を合わせてきたが、春の終わりにミハイルと初めて顔を合わせた時よりも今日は緊張しているかもしれない。

 ペドロは礎の里を代表してきているのだが、彼の体を気遣ったアレスが全ての雑事を引き受けてくれていた。彼のおかげでペドロのすることは即位式当日の立ち合いとその後の宴、後は大神殿の神官長との面会と国主となるエドワルドとの会談だけだった。会談は当初、フレアやアレスも同席する予定だったのだが、ペドロの希望で余人を交えず、2人だけで行うことになったのだ。

「昨日は挨拶だけで失礼いたしました」

「いや、こちらも無理を言って申し訳ない」

 アレスは当代や大賢者といった里の代表の親書だけでなく、ミハイルからの個人的なものも含めてプルメリア各公王やダーバ国主からの親書も一手に引き受けていた。昨日の出迎えの後にエドワルドはアレスとの時間を予め作っていたので、その折に彼宛の大量の親書を受け取り、一緒に里を含めた大陸南部の情勢も聞いている。今日の話題は本当に個人的な内容になるのだろう。

「先ずは、フレアを救ってくれたこと、改めてお礼申し上げる」

 椅子に座ったままだったが、ペドロは背筋を伸ばすとその場で深々と頭を下げた。今までもミハイルやアリシア、アレスなど、フレアの親族に同じ理由で頭を下げられていたエドワルドは、半ばあきらめの境地で「当然のことをしたまでです」と返した。

 逆に返して言えば、それだけ彼らが彼女の事を大切に守ってきた証でもあり、エドワルドは婚姻という形でその役目を引き継ぐことになったのだ。今では認めてもらえたと思うことにしてその礼を受けるようになっていた。

「こちらこそ、コリンシアがお世話になりました」

 ラトリで過ごした日々は、姫君にとって忘れられない体験の連続だったらしく、タランテラに帰還して数か月たった今でも話題によく上る。彼女の話ぶりから村の人達に随分と良くして頂いたのが伝わってきた。

「来年は国主会議もありますし、その折にでも寄らせていただけたらと思います」

「そうして下され」

 老ベルクを筆頭にカルネイロ家が里の主権を握りこんでいた今までは、自分たちの意見に反するものを聖域に追いやり、蔑ろにする傾向にあった。その為に聖域に入るのも随分と制限がかけられていたのだが、ベルク共々老ベルクも失脚した今ではその制限も緩やかなものとなっていた。

 もちろん、聖なる山を奉る場所である。誰もかれもが入れるわけではないが、世話になった礼をするくらいなら許容の範囲内。ましてや、家族に会いに行くのは誰にも咎められる事などない。国主会議に子供を同伴することはできないが、会議の期間中は妻を里帰りさせて一緒に子供を預ければいいとエドワルドは考えていた。

「それともう一つ、薬草園へのお力添え、感謝いたします」

 ベルクの欲望の為に生み出された薬草園が健全なものに生まれ変わったのも、ペドロが種子を厳選し、弟子を派遣してくれたからでもある。この北の大地では初めて扱うものが多いが、グルースのおかげで大きな問題は起こっていないと報告を受けていた。

「これこそ本来あるべき里の姿と思っております。里の中で研鑽され、生み出されたものは公表を惜しむべきではありません。まして薬学は人の命にもかかわるもの。大陸で共有すべき知識でございます」

 ペドロのこの考えこそ、本来ダナシアが里に与えた役割だった。だが、里の規模が大きくなるにつれ、運営には多額のお金が必要になってくる。それを捻出できるものが里の内部で力を持つようになり、やがてその理念はいびつに歪められてしまったのだ。ペドロはそれを正そうとして疎まれ、聖域に追いやられてしまったのだ。

「その大義名分を果たしたつもりですが、やはり孫娘はかわいいもの。よく見知ったものが居れば心強いと思い、人材不足を理由にグルースを送り出したのも確かです。あれは偏屈だが腕は確か。そしてあの子ならばその偏屈の御し方も心得ておる。

 そういった打算と遠い北の地で育った薬草の薬効の変化も確認したいという研究者の好奇心も混ざっております。純粋な厚意ではない分、そこまで感謝されると恐縮でございます」

 神妙に耳を傾けるエドワルドに、ペドロは表情を緩めてそう付け加えた。

「それで役に立つのでしたら結構なことではないでしょうか?」

「そう言っていただけると有難い」

 エドワルドの反応にペドロはホッとした様子だったが、すぐに表情を引き締めると本題に入った。

「アレスからも話は聞いているとは思いますが、現在ベルクはダムート島に収監されております。自由になろうと看守の買収を試みたようですが、現状でそれになびくものは皆無です」

 ペドロの言う通り、エドワルドは前日のうちに里の情勢と共に聞いていた。シュザンナの宣告通り、ベルクはダムート島にある牢獄にたった一人で収監されている。全ての罪が暴かれて量刑が確定するまでの措置だったはずなのだが、罪状があまりにも多すぎて全てを調べ上げるにはまだ時間がかかる。そこで判明している罪状だけで協議した結果、いずれも悪辣なために終身刑が確定していた。

 牢獄は飛竜に乗らないと行くことが出来ない断崖絶壁の上にあり、数日に一度看守の交代と共に必要最低限の物資を与えられるだけの生活を送っている。今まで贅沢三昧な生活を送っていた彼には酷な環境のはずなのだが、それでも音を上げることなく執念で生き延びているらしい。生き延びることで一縷いちるの望みにかけているのかもしれないが、それは徒労に終わるだろう。

「カルネイロ商会の解体は各国の協力の元、順調に進んでおります。不正に関わった主だったものは既に捕らえておりますので、組織としての機能は失われております。あと、想定されるのは単発的な復讐です。過度な警戒は必要ありませんが、用心を怠りませぬようお気をつけなされ」

「ご忠告、痛み入ります」

 真っ先に狙われるのはエドワルド自身かベルクが執着していたフレアだろう。最大の懸念は『死神の手』と呼ばれる傭兵団の復活だが、それももう心配は無くなった。オットーの取り調べで内乱の初手となるエドワルド襲撃でその数は半減し、更にその残りはラトリ襲撃に向かわせた為に、全員命を落とすか捕われている。その維持に『名もなき魔薬』が不可欠だったことも合わせると、壊滅したとみていいだろう。

 残るは組織の末端で使われていた者達だが、危険を冒してまでベルクに忠義だてするとも思えない。それでもエドワルドは万が一に備え、特にフレアの身近に仕える者は信用出来る者で固めている。安全の為だけでなく、フレアが心安く生活できるようにととられた措置でもある。

「フレアもアレスもあの者に随分と傷つけられてきた。賢者と呼ばれる身でありながら、自ら手にかけようと幾度思ったことか……」

 ペドロは握りしめた手を震わせ、言葉を続ける。

「正直、ダムート島に乗り込みたい気持ちはあります。しかし、この国に来て昨日あの子と一緒に過ごしているうちにその暗い気持ちも霧散しました。驚いたことに、内気だったあの子がもうこの地になじみ、生き生きとしているのです。前を向いて歩き出したあの子を見ていると、あの者はもう既に制裁を受けているのだからそれでいいではないかとも思えてくるのです。この年になって、復讐のむなしさを教えられるとは私もまだ修養が足りません」

 ペドロの懺悔にも似た告白にエドワルドは思わず息をのんだ。前日に出迎えた時には温和な印象を受けたのだが、賢者とも思えないほど激しい負の感情を顕わにする彼にかける言葉が見つからない。だが、本音を吐露したところで少し気持ちが落ち着いたのか、居住まいを正して本来の温和な表情に戻る。この辺りの切り替えはやはり年の功なのだろう。

「あの子は私の宝です。慣れぬ地に送り出すのは不安がありました。夏に訪れたルイス卿にも話を聞いて半信半疑だったのですが、しかし、実際にこの国を訪れて殿下を始めとした皆様と接して杞憂に終わりました」

「既に彼女はこの国にとって無くてはならない存在になっています。できるだけ居心地良くしてもらおうと、皆も頑張ってくれています」

 セシーリアとソフィアが率先してフレアの世話を焼いていた。2人が相手だとエドワルドすら逆らえないので、彼女は最強の味方を手に入れているのだ。

「それを聞いて安堵いたしました」

 ペドロはここでいったん姿勢を正し、改めてエドワルドに向き直る。

「殿下……いえ、もう陛下と呼ばせていただきます。フレアの事、どうかよろしくお願いします」

「私にとっても大切な女性です。全力で守っていきます」

「頼みます」

 これでエドワルドはフレアを今まで守ってきた家族全員から認められて後を任されたことになる。がっちりと交わされた握手はその為の神聖な儀式のように思えた。




 荘厳な音楽が流れる中、エドワルドはゆっくりと大広間の中央を歩いている。今までよりも豪華な装飾が施された礼装に美しい文様の毛皮をあしらった長衣をまとい、凝った装飾の金の冠がプラチナブロンドに映えている。

 いずれもこの日の為に1年も前から当人の知らないところで準備が進められていたものだった。本日の即位式の主役、エドワルドが上座へと歩を進める姿を、その準備にかかわったセシーリアとアルメリア、そしてサントリナ公夫妻とブランドル公夫妻は感無量といった様子で見守っている。

 もちろん彼等だけではない。共に生死をかけて戦ってきたアスターやヒースといった竜騎士達にグラナトら文官達も目を潤ませている者もいる。彼らの一年越しの念願がたった今、叶おうとしているのだ。

 エドワルドはゆっくりと、上座の前で待つ見届け役のペドロとエドワルドを国主と定めた5大公家の当主全員の前に進み出る。

「エドワルド・クラウス・ディ・タランテイルをタランテラ皇国国主として認める」

 選定会議同様、5大公家の代表としてサントリナ公が宣言してエドワルドに国主を示す記章を付け、それを見届けたペドロがエドワルドを祝福する。

「エドワルド陛下の御代にダナシアの数多の恵みがあらんことを願う」

 祝福が終わると、一同に促されてエドワルドは一段高くなっている玉座の前に立って広間を見渡す。その堂々としたたたずまいに誰もが思わず見惚れていた。

「内乱は終結したが、国は未だ復興の最中にある。まずは国力の回復に努め、ただ、豊かなだけではなく、国民の誰もが己に誇りを持って生きていける国づくりを目指す」

 エドワルドの宣言に大きな歓声が上がる。エドワルドは片手でそれを制すると、5大公家の当主に並んで立っている妻を呼ぶ。

「フォルビア公、フレア・ローザ。皇妃として共に歩んでくれるか?」

「はい。陛下の理念を陰ながらお支えしたいと思います」

 つつましくフレアが答えると、エドワルドはそっと手を差し出す。フレアがその手を取ると、玉座の隣、皇妃の席に誘い、2人揃って着席する。そんな2人に家臣一同が揃って頭を下げる。これで一連の儀式が終了し、正式にエドワルドがタランテラ皇国の国主となった。




 本宮前広場に面した露台の大扉が開かれる。朝方まで雨が降り、今日はあいにくの空模様で普段と比べていくばくか肌寒いのだが、広場には新たな国主の姿を一目見ようと多くの民衆が集まっていた。

 まずは安全確認の為にワールウェイド公夫妻が出て行き、続けてユリウスがアルメリアとセシーリアを警護するように続く。そして最後にエルヴィンを抱いたフレアとコリンシアを伴いエドワルドが姿を現した。フレアもエルヴィンもこうして民衆の前に姿を現すのは初めての事で、彼らの期待も最高潮となる。

 民衆に応えるように手を振れば、その歓声はさらに大きくなった。すると驚いたエルヴィンが泣き出してしまい、フレアはコリンシアと一緒にそれをあやして宥め、その様子をエドワルドが見守る。

 しかし、エルヴィンはなかなか泣き止まず、フレアは仕方なく控えていたフロックス婦人に息子を預けた。まだ泣いている息子の額に口づけてから夫人を下がらせ、一緒に見送ったコリンシアと笑顔で見合わせてから再び手を振る。その母親らしい姿に一同はすぐに魅了されていた。

 すると、雲の切れ間から光がさして露台を照らす。プラチナブロンドがそれを反射してキラキラと輝き、まるで一家が祝福を受けているように見える。

「ダナシア様の祝福だ」

「ダナシア様が陛下を祝福してくださっている」

 民衆がどよめき、やがてそれは警護の兵士も混ざって喝采に代わっていく。それはなかなか収まらず、一家が本宮に戻ってしまってもしばらく止むことはなかった。そしてこの日の出来事は民衆によって後々にまで語り継がれ、一家は幸せの象徴として尊敬を集めることになる。


穏やかな日常


 もうじき1歳の誕生日を迎えるタランテラ皇家の嫡子、エルヴィン・ディ・タランテイルの最もお気に入りの玩具は、母フレアの視力となっている小竜ルルーの尻尾だった。

 今日も誘うようにフルフルと揺れる尻尾を目掛けて高速ハイハイで近寄っていくが、寸でのところで小竜は飛び立ってしまい、そのままゴチンと壁に激突する。

「……う……う……う……ん、ギャー!」

 長い溜めの後、大泣きしだしたエルヴィンは、乳母のユリアーナに抱き上げられるが、一向に泣き止む気配がない。その場にいたオリガやアルメリアもこぞって宥めたが効果はなく、結局、生母フレアの腕に収まったところで落ち着いた。

 高い場所へ避難していたルルーを呼び寄せたフレアは指をしゃぶっている息子の涙をぬぐい、ぶつけた箇所を優しく撫でる。子供達が怪我をしないように育児室の床も壁も柔らかい素材を使用しているので、幸いこぶにはなっていない。痛かったというよりは突然の衝撃にびっくりしたのだろう。

 泣き止んだエルヴィンの目の前にはまた大好きな玩具がフルフルと揺れている。日を追うごとにエルヴィンの握る力も強くなっており、加減を知らないまま好き勝手をすればルルーの方が怪我をする。フレアはそっと息子を床に降ろすが、まだ抱っこしてもらいたいエルヴィンは再びぐずりだす。

「おお、にぎやかだな」

 そこへエドワルドが姿を現す。討伐から戻り、真っすぐにここへ顔を出したらしく軍装のままだった。

「エド……お帰りなさい」

「ただいま」

 総指揮官の彼が戦闘に加わることは無いと分かっていても、討伐は危険を伴う。無事に帰ってきた夫の姿に安堵したフレアは直ぐに夫の元に駆け寄る。エドワルドもそれが分かっているので、こうして帰還してすぐに来てくれたのだろう。

「怪我はない?」

「私は指揮だけだからな」

 エドワルドは安心させるように妻を軽く抱きしめると、その頬に口づける。その場にいた女性陣は漂う甘い雰囲気に直視できなくなり、目を逸らす。すると、まだまだ母親に甘えたいエルヴィンが抗議するように手足をばたつかせてむずかりだす。

「エルヴィン、おいで」

 エドワルドはその場にしゃがむと息子に声をかける。エルヴィンはパッと顔を上げると、くるりと腹ばいになる。そのまま這ってくるのかと思ったら、おもむろにその場で立ち上がった。

「おぉ」

 数日前からこうして何もないところで立ち上がれるようになっているのだが、仕事の忙しいエドワルドはその瞬間を目にしたことは無かった。息子の勇姿を目の当たりにし、思わず顔が綻ぶ。欲を言うとこのまま一歩二歩でも歩いてくれると嬉しいのだが……。

「まぁー」

 呼んだ父親ではなく母親に向けて手を伸ばし、両親だけでなくその場にいる大人全員が見守る中、エルヴィンはその場で初めての一歩を踏み出す。しかし、思わず上がった歓声に驚いて尻餅をつくと、その後は這って母親の元にたどり着いた。

「すごいぞ、エルヴィン」

「よく頑張ったわ」

 国主夫妻は親バカ全開で息子を褒めちぎる。代わる代わる抱き上げ、そのプニプニの頬に口づけた。だが、当の本人はルルーの尻尾に夢中で、どうにかして掴もうと奮闘している。

「また……お仕事ですの?」

 討伐だけではなく国主としての仕事もあるエドワルドは多忙を極める。妖魔が最も頻発する時期は過ぎたが、それでも彼が本来の住まいである北棟に帰って来られるのは数日に一度だった。妻としては彼の体を気遣って少し休んでほしいと思うだけでなく、もう少し一緒に居たいと言う願いもあった。

「火急の案件が起こらなければ明朝まで休める」

「本当?」

 エドワルドの答えにフレアは顔を綻ばせる。妻を溺愛するエドワルドはその反応に気を良くして彼女を抱き寄せるとその額に口づけた。

「では、行こうか?」

 コリンシアの午後の勉強もそろそろ終わる。そうすれば今夜は久しぶりに一家団欒の時間を過ごせる。まずは北棟に戻って軍装を解くのが先だ。エドワルドは息子を腕に抱いた妻を促して保育室を後にした。

そんな微笑ましい主一家をユリアーナを始めとした女性陣は頭を下げて見送った。


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