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群青の空の下で  作者: 花 影
第3章 ダナシアの祝福
144/156

17 家族の肖像1

あの夫婦のお話です。

「こんな汚らわしい娘を認めるなんて、大殿はどうかしておられる! 我が、ワールウェイド家が恥をかくだけじゃ!」

 故郷の村から強制的に連れてこられた城の玄関先で、恰幅の良い女性に指を突きつけられながらののしられた。幼いマリーリアは泣きたいのを通り越して怒りを覚えていた。こんなところに来たくて来たのではない。自分は無理やり連れてこられたのだと言い返したかった。

「とにかく、私は認めませんからね!」

 言いたいことを言うと、女性はきびすを返して城の中へと入っていく。彼女は当時のワールウェイド公婦人。政務で忙しい夫に代わり、城の一切を取り仕切っている存在だった。当然、彼女に認められなかった幼いマリーリアは邪険に扱われることになる。当主が娘と認めたと言うのにあてがわれたのは使用人の部屋。かつて彼女の母親が使っていた部屋だった。

 それでも彼女にとっては幸いだったかもしれない。夫人と顔を合わせなくて済んだので、始終罵られることは避けられた。更には竜騎士見習いとして第1騎士団に配属となり、本宮西棟に宿舎があてがわれたので、無理にワールウェイド家に帰る必要がなくなった。

 当主の伝手でパートナーが手に入り、一方でまじめに職務をこなしたおかげで無事に竜騎士になれた。これで自活する道が開けたと内心喜んでいたが、彼女の苦難はこれで終わったわけではなかった。

「お前の母親が犯した罪を償いなさい」

 一方的な要求を突き付けられたのは、竜騎士になった彼女を当主が夜会などで誇らしげに連れまわすのが一段落した頃だった。使いが現れ、連れて行かれたワールウェイドの公邸で夫人から一方的に賠償金を請求された。

 最初は拒んだが、ルバーブ村の従兄たちの存在をちらつかされれば要求を呑むしか道はなかった。結局給与は毎回半分持っていかれた。しかも身内で何か祝い事があるとそのたびに追加で請求され、手元にほとんど残らない時もあった。

 いくら竜騎士が優遇されているとはいっても大公家の夫人にとって彼女の給与など微々たるものだろう。まだ前線で戦う事はないので命がけとまでは言えないが、それでも真面目に勤めて得たお金だった。それが子供の玩具など他愛もないものに変わってしまうのはなんともやるせない気分になる。元より贅沢などしない性分ではあるが、それでも日々の暮らしは苦しかった。

 そんな最中にルバーブ村の伯母が他界し、彼女が遺したものから自分の本当の父親が当主ではないことを知った。更には与えられたパートナーが不正に流用した繁殖用だったことが分かった。パートナーを失いたくない一心で、当主から持ち掛けられた賭けに乗ったが、もはや絶望しかなかった……。




「マリー、マリー」

 体をゆすられてマリーリアは目を覚ました。目を開けると心配げな表情で覗き込んでいる夫の姿が目に入る。

「アスター……」

 マリーリアが目を瞬かせると涙が一滴こぼれ、アスターはそれを指でぬぐう。そして妻の体を労わるように抱きしめた。

「随分、うなされていた。大丈夫か?」

「……昔の夢を見てしまって……」

「そうか……」

 彼女がそんな夢を見た心当たりがあったアスターはそう答えると無言で抱きしめる腕に力を込めた。マリーリアはそのぬくもりに安堵して夫に体を摺り寄せる。

 内乱の首謀者だった先のワールウェイド公グスタフの死後、その夫人は一族共々謹慎を言い渡されていた。そこで大人しくしていれば多少の自由と贅沢は許されていたのだが、彼女はエドワルド側に味方したマリーリアが許せなかったらしい。一矢報いようと、従兄にあたるマルモアの神官長と共謀し、お腹に卵を抱えていたカーマインに毒を盛ろうとしたのだ。

 グランシアードの活躍により、カーマインは事なきを得た。首謀者もすぐに割り出され、従兄共々捕まった夫人は牢に入れられた。彼女はそれでも反省するどころかマリーリアへの恨みを募らせるばかり。そしてマリーリアがワールウェイド公に就任すると知った彼女は、怒りのあまり周囲に当たり散らし、そしてその最中に急にばたりと倒れた。

 一命はとりとめたが体の自由がきかなくなり、娘たちに交代で看病してもらっていた。その彼女が亡くなったと知らせが来たのだ。おそらく、その名を聞いたマリーリアが無意識に過去を思い出してしまったのだろう。

「飲むか?」

 妻が落ち着いたところでアスターは寝酒用に置いていたワインを杯に注ぐ。マリーリアは礼を言ってそれを受け取り、口を付けた。空になった杯を妻から受け取ると、アスターは自分も一杯飲んでから妻のもとに戻る。

「眠れそうか?」

 その問いにマリーリアは首を振る。アスターは安心させるように彼女を再び抱きしめ、その額に口づけた。その腕の中が心地よく、強靭な体に身をゆだねていたのだが、もぞもぞと夜着の中に潜り込んできた手が素肌を撫でている。

「アスター?」

 そのハシバミ色の目が細められ、口元が意地悪く弧を描いている。いやな予感がしたマリーリアは慌てて体を離そうとするが、ちょっと遅かった。そのまま寝台に押さえつけられる。

「眠れないんだろう?」

「そ、そうだけど……」

「朝まで付き合うよ」

 ちょっと待ってと止める間もなく唇をふさがれる。そして宣言通り、マリーリアは夫においしく頂かれたのだった。




「全く……」

 翌朝、マリーリアはぶつぶつと文句を言いながらカーマインに装具を取り付けていた。こちらは寝不足に加えて足腰に力が入らなくてフラフラしているというのに、傍らでは夫のアスターが上機嫌で相棒のファルクレインに装具を付けている。

 即位式を10日後に控えて特に忙しい日々が続いているというのに、いつもと変わらないその姿がなんだか腹立たしい。

「はぁ……」

「どうした?」

 思わずため息をこぼすと、先に装具を付け終えたアスターが寄ってくる。一応、気にはかけてくれているらしい。

「辛いのなら今日は止めておくか?」

「大丈夫、行きます」

 ムキになって答えると、彼は笑いをかみ殺して手伝ってくれる。有り難いのだが、時折腰のあたりを撫でまわすのは止めて欲しい。

「済んだぞ、行こう」

 恨めしく見上げる視線を彼はまったく気にせずに飛竜達を連れ出す。マリーリアはもう一度深いため息をつくと夫の後を追った。




 内乱中にフレアとコリンシアを守るという手柄を立てたティムは、エドワルドにより特別に即位式へ招かれていた。そしてその褒賞として優先的に飛竜が与えられることになっていた。フォルビア正神殿には彼と合う仔竜が見つからず、皇都に出てきたついでにマルモアでも見てみることになったのだ。ルークに連れられ早目に皇都入りし、今日は1泊の予定でマルモア正神殿へ出かけることになっていた。

 当初はカーマインとファルクレインの仔竜を預けているアスターとマリーリアが視察を兼ねて同行することになっていた。しかし、久しぶりに会えたティムと一緒にいたいコリンシアが同行を強く希望したために、護衛としてルークと彼の部下が加わり、更に身の回りの世話役としてオリガがついてくるのは当然の成り行きだった。

「あ、アスター、マリーリア、おはよう!」

 着場に着くと、既に準備を整えて待っていたコリンシアが駆け寄ってくる。ルークとオリガが甘い雰囲気を漂わせながら会話を交わしているのを、準備を終えた他の面々が生暖かく見守っていた。

「おはようございます、姫様。お待たせしてすみませんでした」

 マリーリアがしゃがんで迎えると、姫君は勢いよく抱き付いてくる。朝まで貪られた体では力が入らず、危うくひっくり返りそうになるが、背後で夫が支えてくれたのでどうにか踏ん張れた。

「あれ、マリーリア、ここ赤くなっているよ。虫に刺されたの?」

 コリンシアが触れたのは耳の後ろ……姿見では見えない場所だった。姫君の指摘にマリーリアは大いに焦った。

「そ、そうです、姫様。質の悪いのがおりまして……」

 苦し紛れの言い訳に、赤い痕を付けた張本人は笑いをこらえている。素知らぬ顔する夫にマリーリアは一睨みするが、毎度のことながら彼には全く堪えていない。

 周囲の大人もその正体が分かっているので、生暖かい視線をワールウェイド公夫妻に送っていた。ただ、思春期真っただ中のティムには刺激が強すぎたようで、可哀そうに熟れたリンゴのように顔が真っ赤になっていた。

「あのね、母様もよく虫に刺されているの。夜の間に刺されるんだって。今日もね、朝の御挨拶に行ったら肩とか首が赤くなってたの」

 無邪気な姫様の話にどう返していいかわからず、相槌をうってどうにかやり過ごす。ただ、こんな時には大抵見送りに来る彼女の姿がないのに疑問を抱いて聞いてみると、少し疲れが出たので休んでいるとのこと。しかし、コリンシアから聞いた朝の様子からすると、彼女もどうやら自分と同じような状態らしい。

 あと2~3日もすれば各国からの客が到着する。そうなれば今以上に忙しくなって私的な時間も取れなくなる。そう考えた夫たちは、今の内にと妻との時間を堪能したのだろう。

「全く、困った人達だ」

「ん?」

 マリーリアの呆れたつぶやきに、何も知らない姫君は無邪気に首をかしげていた。




 グスタフの死亡後も不当な圧力をかけていたベルクが失脚し、不正の温床となっていたマルモア正神殿は、礎の里が介入して人員を大幅に入れ替えしたおかげでようやくあるべき姿へともどっていた。

 アスターとマリーリアは国主制定会議終了後に改めてマルモアを視察し、安全を確認してからファルクレインとカーマインの仔竜達を預けていた。

 実はマリーリアが皇都を出立し、内乱が終結して戻ってくるまでおよそ1月の間、カーマインに会う事ができなかった。仔竜が幼すぎたため、母竜と引き離す事が出来なかったので止む無く置いていったのだが、人間側の都合など理解できない飛竜はものすごく拗ねていた。それをどうにかなだめすかして機嫌を取り、仔竜の巣立ちに漕ぎ付けていた。

 昼過ぎに神殿に到着した一行は新たに里から派遣された神官長に出迎えられ、早速仔竜の養育棟に案内される。そこには生後1年経つか経たないかの仔竜が集められており、各々好きなことをして遊んでいた。

「カーマインとファルクレインの赤ちゃんはどれかな?」

 姫君が興味津々でマリーリアに尋ねている。だが、余計な先入観抜きでティムには選んでもらった方がいいと夫婦で話し合っていたので、その答えは少し待っていてもらっていた。

 しかし、その気遣いは無用だった。少年はすぐに何かに引かれるように一頭の仔竜の元へ歩み寄る。仔竜もティムの事が気になるのか、よたよたと歩いてくるが、バランスを崩してそのまま前のめりに転びそうになる。側にいたティムはとっさに腕を伸ばして仔竜を抱きとめた。だが、仔竜と言っても少年とほぼ変わらない大きさまで育っているので、受け止めた勢いでティムは尻餅をつく。

「くすぐったいよ」

 どうやらその仔竜で決まりらしい。仔竜が体を摺り寄せてくるのがくすぐったいらしく、お返しとばかりにティムは床に座り込んだまま飛竜が好む首回りを手で軽く掻いてやる。すると仔竜は嬉しそうにクルクルと喉を鳴らしていた。

「あの仔がカーマインの仔です、姫様」

 早々に黙っている必要はなくなったので、マリーリアが先ほどの質問に答えている。するとコリンシアは目を輝かせて喜んでいた。

 パートナーの仔であれば自分の仔にも似た感情を抱いてしまうもので、仔竜が良きパートナーを得たことは自分の事のように嬉しい。アスターも自然と少年達に向ける眼差しが柔らかいものになる。

 ふと、マリーリアと目が合う。だが、今朝の事をまだ怒っているのかすぐに目を逸らされた。確かにあれはやりすぎだったと自分でも思うが、どうも最近自制がきかない。平和になり、誰憚ることなく妻を愛せるようになったのが大きい。それに……豊かな感情が戻った彼女をついからかってしまいたくなるのだ。

 今思い出してもはらわたが煮えくり返りそうになるのだが、その昔、グスタフや夫人から受けた仕打ちの所為で一時の彼女は全ての感情を失ってしまっていた。ハルベルトが気付いて彼女を保護し、もっともらしい理由をつけてロベリアに送り出したのだと後から知った。

 エドワルドを始めとした第3騎士団の面々に加えてグロリアや館の女性陣達の尽力により、あの地で過ごした1年間で彼女は驚くほど速くに感情を取り戻した。それはもう、アスターが目を離せなくなるくらいに。

「さて……どうやって許しを請うかな」

 最初から怒らせる真似をしなければ良いのだが、全く懲りてない彼は仲直りする過程を楽しんでいるらしい。その呟きを耳にしたルークは処置なしとばかりに肩をすくめた。



別タイトル「類は友を呼ぶ?」


意地っ張り夫婦に関する話をあれこれ詰め込んでいたら長くなってしまいました。


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