15 叶わぬ恋に2
前話の続きです
ギィン!
修練場に刃と刃が交わる音が響く。第1騎士団の竜騎士だけでなく、ルイスに同道したブレシッドの竜騎士や文官等多くの見物人が見守る中、エドワルドとルイスは供に愛用の長剣を使って手合わせをしていた。試合を始めてもうどれくらい経っているのか、優秀な竜騎士であるはずの彼等が息を弾ませ、着ているシャツは汗まみれとなっていた。
「く……」
エドワルドの一撃を長剣で受け、その重さにルイスは顔を顰める。力量はほぼ互角といえるだろう。だが、経験の差か、資質による持久力の差か、当初はルイスが押していたのが徐々にエドワルドが攻勢を強めて来ている。それでも凌いでいられるのは、真の実力が拮抗しているからだろう。
こんなに長い時間試合をするのは久しぶりだった。何年か前にブレシッドを離れるアレスと試合して以来かもしれない。長剣を握る手が限界を訴えているが、自分から申し込んだ以上、先に音を上げる訳にはいかなかった。
「……さすがは、紅蓮の公子だ」
息を弾ませながらもエドワルドが不敵な笑みを浮かべる。まだ余裕があるらしいその態度が何だか憎らしくなり、ルイスは攻勢を強める。だが、ルイスの繰り出した刃はエドワルドの長剣によってがっちりと受け止められる。そしてそのまま睨み合いが続く。
「そこまでになさって下さいませ」
静まり返った修練場に凛とした声が響き、刃を交えていた2人は驚いて飛び退く。振り返ると、そこには午後に帰って来る予定のフレアが立っていた。
「フレア?」
「ルカが来ていると聞きましたので、少し予定を早めて帰ってきました」
ニコリと2人に笑みを向ける。
「そうか。出迎えしなくて済まなかった」
「随分と白熱なさっておられたようですから、気になされないでください。ですが、周りの方々の事も気にしてあげて下さいませ」
乾いた布を差し出すフレアに言われて改めて周囲を見渡す。試合を始めたのは早朝だったが、気付けば随分と日が高くなっている。自分達が思っていた以上に時間が経っており、エドワルドに至っては午前中に予定されていた仕事が全て滞っていることになる。
更には自分達の試合を見物していた人垣が当初よりも増えているのだが、中にはエドワルドを呼びに来たものの声をかけられずにいた文官の姿もある。
「すまない……」
「ごめん……」
2人は反省して頭を下げながら布を受け取る。フレアはその姿に苦笑すると、修練場の隅にある休憩用のベンチに2人をいざなう。そこには既に果実水が用意されていて、席に着くや否や2人はそれを貪る様に飲んでいく。
いくら体を鍛えてあっても、この暑いさなかに水も飲まずに試合をし続けていれば倒れてしまう。本宮に帰りつくなり状況の説明を聞いたフレアは、修練場に直行して2人を止めたのだった。そのおかげで倒れるような事態は回避できた様だ。
「お帰りなさいませ、奥方様」
そこへユリアーナがむずかるエルヴィンを連れて修練場に現れた。試合が終わった事で見物人は第1騎士団の誘導の下、修練場から退去させられており、周囲に残っているのは当初から試合を見守っていたアスターとフレアの護衛として付いているマリーリア、そしてルイスの部下が数人だけだった。
「お手数をおかけしました。いらっしゃい、エルヴィン」
フレアはエルヴィンを受け取ると、その場であやし始める。母親だとすぐに分かったのか、現金なものでエルヴィンはすぐにご機嫌となった。
「見ない間にでっかくなったなぁ」
前日にエルヴィンと会う機会のなかったルイスは、母親の腕の中で指をしゃぶりだした赤子を見て驚く。春頃にはまだぐにゃぐにゃして頼りない感じがしていたのだが、2ヶ月余り経った今ではちょうど這いまわる前という事もあって福々しく成長し、その存在感を増している。華奢なフレアが抱いていると、重そうに見えるのだが、同じことを考えたらしいエドワルドが妻から息子を受け取ろうと手を差し出した。
「……」
いつもであればすぐに息子をゆだねるのだが、さすがに汗まみれの状態の彼に手渡すのは躊躇われたのだろう。
「エド、先に汗を流して下さいませ」
「……そうだな」
妻に指摘されてエドワルドも気づき、差し出した手を引っ込める。
「オルティスが少し早いですけど昼食の準備を整えてくれています。ルカはどうなされますか?」
「あ……じゃあ、部屋に頼むよ」
夫と客の要望に応えつつ周囲に指示を与える姿は既に本宮の女主の様である。時期国主を知らせる公的な知らせと共に寄越した私信には、皇妃となる事に躊躇いを感じていたと書かれていたが、そんな心配は微塵も感じられない。周囲の支えもあるのだろうが、彼女の本領がうまく発揮されているのだろう。
「もうすっかり皇妃が板についているな」
「……ルカ、気が早いわ。まだエドは即位もしていないのよ?」
「それでも、そう見えるのだから仕方ないだろう」
困惑するフレアを側に居たエドワルドもユリアーナも笑みを浮かべて見守っている。
「紅蓮の公子殿からお墨付きを頂いたのなら間違いないな」
「も、もう、エドまで……。そのままでは風邪を召されますから、湯あみをなさって着替えて下さいませ」
「わかった、わかった」
息子を再びユリアーナに預けると、フレアは夫の背中を押す。エドワルドは妻の慌てぶりに笑いながら応じて修練場を出て行った。
「ルカも風邪を引くから早く着替えてね」
気恥ずかしさをごまかす様に、フレアはそう言い残して慌ただしく夫の後を追っていく。
「ああ、ありがと」
ルイスは苦笑してその後ろ姿を見送る。夏とはいえこの修練場には涼やかな風が吹いている。ブレシッドやソレルと同じ感覚でいたらきっと風邪をひいてしまうだろう。ルイスも忠告通り、着替えをするべく宛がわれている客室へと足を向けた。
「フレア!」
その知らせを聞き、ルイスは手掛けていた仕事を放りだしてフレアの部屋に押しかけた。とにかく頭が真っ白になり、周囲の制止を振り切って彼女の部屋を目指したのを覚えている。
「ルカ、どうしたの?」
「どうして、君まで山に帰ってしまうんだ?」
「……アレスの罪が確定してしまい、姉の私がこのまま居すわってはお父様とお母様にご迷惑がかかります」
「親父もお袋もそんな事は思っていない!」
彼女の肩を掴む手に思わず力が入り、彼女は少しだけ顔を顰めた。
「他の方はどう思われるのでしょうか? 目の光を失い、大母補になる見込みのなくなった私がここに居る事に疑念を持たれる方もいるのです。アレスが不祥事を起こして山に返された今、留まる理由が無くなりました。お父様とお母様のお立場を悪くなさらない為にも山に戻った方が良いのです」
フレアの答えに一気に頭に血が上った。
「理由ならある。俺の伴侶になってくれ!」
「ルカ?」
色々と彼女の気を引こうと努力してきたが、不思議そうに見上げる彼女の姿に、肝心の相手には伝わっていなかった事にこの時気付いた。がっくりと力が抜けるが、ここで怯んでしまっては彼女が山に帰ってしまう。それだけはどうしても阻止したかった。
「フレア、俺の伴侶になってこのままここに居てくれ」
「……ルカ、本気なの?」
「勿論だ」
この時は当然受けてもらえると信じて疑わなかったが、固唾をのんで彼女の返答を待つ。
「ごめんなさい、それは出来ないわ」
「フレア?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。そしてその返答を理解すると、どす黒い気持ちが沸き起こってくる。
「今まで幾度か聞かれた事は有ったけど、ルカとは家族以上の気持ちになった事が無いの」
「……これからでもいいんだ。一緒にいてくれ」
「出来ないわ。それでは、貴方を不幸にしてしまうわ」
「フレア!」
「ごめんなさい、ルカ」
「……いや、謝らなくていい」
謝られた瞬間に沸き起こっていた暗い感情が一気に噴き出した。そのままフレアを抱き上げると自室に向かう。
「ルカ? ちょっとまって」
狼狽するフレアをよそに彼女を自室に連れ込み扉に鍵をかける。そして彼女を寝台に押し倒した。
「ルカ、泣いているの?」
「……え?」
気付くと自分は涙を流し、押さえつけた彼女にポタポタと滴が落ちていた。そこで少しだけ冷静さを取り戻したが、それでも長年抑えつけていた感情は止めることが出来なかった。
「フレア、俺は……」
「ダメよ、ルカ。このまま一緒になっても、長続きしないわ」
「そんな事……」
分からないではないかと反論しかけた所へ、知らせを受けたらしい父が部屋に乱入してきて監禁未遂事件は終了した。
父には本気で殴られ、母と姉にはくどくどと小言を繰り返され、義兄のディエゴには「その気持ち、分からなくもない」と同情された。
その後は謹慎させられ、フレアの出立に見送りにも行けず、窓から遠ざかる飛竜にその名を叫ぶしかできなかった。
エドワルドとルイスが長時間に亘る試合を行った日の午後にようやくソレルからの荷が届いた。アリシアは北方へ嫁ぐ娘だけでなく、孫のコリンシアやエルヴィンの為にも様々な品を用意していたので、思った以上に大荷物となっていた。それらが無事に本宮へ運び込まれたのを確認したルイスは、これでようやく大役を果たしたことになる。
昨夜はプルメリアからの使節であるルイスを歓待しての公式な晩餐会が行われたのだが、ワールウェイド公のマリーリアも皇女のアルメリアもフレアと同道したために欠席し、国の重鎮達だけで行われた為に華やぎにかけた晩餐会になってしまっていた。
今夜はエドワルドの計らいで北棟での晩餐にルイスを招待したのだ。あの婚礼からまだ2ヶ月余りしか経っていないが、それでも話す事は山とあるはずだ。プルメリアにいる彼女の養父母へのいい土産話にもなると考えたのだろう。
実は、母親の様に理屈だけでは納得できなかったルイスは、婚礼の時はまだ胸の奥がチリチリして2人が並んでいる姿を見ている事が出来ず、後の宴も中座してしまっていた。だが今は、2人で幸せそうに並んでいる姿を見ても胸を焦がすような痛みを感じなくなっている。
タランテラに再訪し、エドワルドがフレアをどれだけ大切にしているかを聞かない日は無い。身分の上下に関わらず、2人がどれだけ国民から慕われているかが窺い知れた。そして実際に刃を交えたことで彼自身もようやく納得できたのかもしれない。案外、父はこの事を見越してタランテラ行きを命じたのかもしれない。
「ルカ、来てくれてありがとう」
「お招きありがとうございます」
紅蓮の公子の異名通り、炎を思わせる赤を基調とした竜騎士正装に身を固めたルイスは北棟の入口で出迎えてくれた次期国主夫妻に頭を下げる。その横には昼間は姿を見かける事が無かったコリンシアもいる。前日に霊廟神殿に出かけて勉強が出来なかったので、今日は午前中から家庭教師が来て勉強していたのだ。
「ありがとう、お兄ちゃん。コリンが案内するね」
ラトリでは色々とお話ししてくれたお兄ちゃんから個人的なお土産を貰い、姫君は嬉しそうに彼の手を引いて奥へと案内する。通されたのは普段から一家が食堂として使っているらしいこぢんまりとした部屋だった。フレアの好みが反映されているのか、家庭的で温かみがある雰囲気はどことなくラトリの母屋にある居間を連想させる。この事からしても彼女は随分と大事にしてもらっているのが窺える。これならばこちらでの生活を気にかけている両親にいい報告が出来るし、もちろん彼自身も安堵したのは言うまでもない。
昨夜は公式の晩餐会だったので、宮廷料理と呼ぶにふさわしい手の込んだものが出されていたが、今夜は部屋の雰囲気同様に家庭的な料理が並んでいる。ラトリに居た時と同様に行われているのだろう、ダナシアに感謝の言葉を唱えて晩餐が始まった。
「父様とお兄ちゃんの試合、見たかったな」
昼間の試合が自然と話題に上る。家庭教師が来ており、試合を見ることが出来なかったコリンシアは少し残念そうにしている。
「コリンの父上は強いね。一本取れなかったのは久しぶりだよ」
「私もだよ、ルイス卿」
全盛期には及ばないが、それでも現在のタランテラでエドワルドに敵う竜騎士はごく一握りである。今日のルイスとの試合は実際に戦ったエドワルドだけでなく、見学していた竜騎士達にとってもいい刺激になっていた。
「父様が勝ったの?」
結果を知らないコリンシアが不思議そうに父親を見上げると、エドワルドは首を振る。
「あまりにも長い時間試合をしていたから、私達の体を心配した母様に止められたんだよ。だから引き分けだ」
「そうなんだ……お兄ちゃん、強いんだね」
コリンシアの中では父親が最強に位置づけられている。目の前にいる仲のいいお兄ちゃんがその父親と同じくらい強いのだと理解すると、彼への見方がちょっとだけ変わったのだろう。
「だけど、あのまま続けていたら、きっと負けていたと思うよ」
正直、あれ以上続けていたらルイスの方が先に倒れていただろう。力は拮抗していても持久力の差を思い知らされた一戦だった。
「そのお話はそこまでにして、そろそろ居間に移動しましょう」
全然懲りていない様子の2人に少しだけ呆れながら、フレアが一同に声をかける。既に食事は済み、この後は居間で一緒に食後のお茶を頂くことになっていた。
促されるままに隣の部屋へ移動すると、こちらもまたラトリの居間の雰囲気をそのまま受け継がれていた。部屋の端に置かれた揺籠にはエルヴィンが眠っており、コリンシアが真っ先に駆け寄って中を覗き込む。フレアも息子の様子を確認すると付き添っていたユリアーナを下がらせ、自らお茶の支度を始める。その間にルイスはエドワルドに勧められてクッションのきいたソファに腰を下ろした。その自然な流れから、普段から夕食後ここで一家団らんの時間を過ごしているのだろう。元より堅苦しいのは苦手なルイスには、この家庭的なもてなしは非常にありがたかった。
やがて子供達は寝る時間となり、おやすみなさいの挨拶をして部屋を退出していった。そこですかさずエドワルドはオルティスにワインの支度を命じ、ルイスにも杯を勧める。どうやら彼は、子供達の前では飲みすぎないように自重しているのだろう。
「え、旅に出るの?」
昨夜同様、エドワルドに勧められるままに杯を重ね、酔いが回りだした頃にルイスはソレルの騎士団を辞めたことを切り出した。案の定、フレアは驚き、そしてそうさせてしまった事に責任を感じている様子である。
「フレアの所為では無いよ。ブレシッドに戻る話もぼちぼち出て来ていたしね。ちょうど良かったんだ。それに、一度あの父や母から離れてみたかったのは君も知っているだろう?」
「そうだけど……」
ルイスは幼い頃から出来が良くてもあの2人の息子だから当然と言われ、逆に出来なければあの2人の息子なのにと言われてきた。周囲に個人として見られずに歯がゆく感じていたのは間近にいたアレスとフレアが一番良く知っている。
「期間限定だし、行き先もディエゴ兄さんの伝手だ。心配いらないよ」
「ルカが強いのは知っているわ。でも、アルドヴィアンまで置いていくなんて……」
「信用ないなぁ」
ルイスが少しだけ傷ついた様に肩を竦めると、エドワルドが妻を宥める様に肩を抱く。
「十分計画を練られた上でのことなのだろう? だったら、信じて待つ方が良いのではないか?」
「それは、そうだけど……」
「決して無茶はしないと約束する。そして帰ってきたら真っ先に挨拶に来るから待っててよ」
「約束よ?」
フレアが念押しすると、ルイスはうなずく。
「では、その時にはまた手合わせを願おうか」
「次こそは決着を付けましょう」
「そうだな。それなら、私も鍛えなければならんな」
意気投合してくれたのは嬉しいが、全然懲りていない様子の2人にフレアは深いため息をついた。
天候等の影響でルイスが率いるプルメリアからの使節団が皇都を発つのはそれから2日後になった。何分、エドワルドもフレアも来月に差し迫った即位式の準備で忙しくて客人の対応ばかりはしていられない。そこで残りの滞在時間は同伴した竜騎士達と第1騎士団との合同練習に参加したり、近隣の視察をして過ごしていた。
出立の朝、本宮上層の着場にはエドワルド一家や重鎮達が見送りに出ていた。
「お兄ちゃん、これね、無事に帰れますようにって母様と作ったの」
コリンシアが近寄って来てお守りを手渡す。本当に姫君も手掛けたのだろう、ちょっとだけ縫い目にバラつきがあった。
「ありがとう、コリン姫。でも、良いのか?」
小さな姫君が竜騎士見習いをしているティムを慕っているのはルイスも知っている。彼を差し置いてお手製の品を受け取ってしまってもいいのだろうかと少しだけ不安になった。
「大丈夫よ。ティムにはもう渡してあるの」
彼の杞憂を察したフレアがこっそりと教えてくれる。それならば安心して受け取っていいのだろう。これからしばらく間、見知らぬ土地で自らを鍛え直すつもりでいる彼の心の支えになるに違いない。
「大事にするよ」
納得したルイスは改めてコリンシアに礼を言い、フレアにも頭を下げる。ついでに肩に止まっているルルーの頭を撫でてやると、小竜は気持ちよさそうに喉を鳴らした。そして改めてエドワルドや見送りに出てくれた重鎮達と握手を交わしてパートナーの背に乗る。
ビッ……
嫌な音がして見てみれば、長衣の裾を金具にひっかけてかぎ裂きが出来てしまっている。出立を前にこれは幸先が悪い。
「あ……」
「もう、またやったの?」
昔からルイスが良くやらかした失敗である。フレアが明るく窘めると、場の空気が和む。
「ゴメン、じゃあ、これを預かってくれる? 帰って来た時にまた取りに来るから」
武者修行を終えたら真っ先に挨拶に来る約束がある。それを確かなものとする為にフレアは喜んで彼が脱いだ長衣を受け取った。
「寒くない?」
「大丈夫。むしろない方が快適だ」
そう苦笑して答えると、見送りの人々に改めて詫びを言う。
「騒がせてすみません。それでは、失礼します」
騎竜帽をかぶり、目礼をする。長衣を受け取ったフレアが飛竜から離れ、夫の隣へ戻ると、国境まで随行するタランテラの竜騎士を含め、プルメリアの使節団の飛竜が次々と飛び立っていく。
ルイスはもう一度フレアに視線を向ける。以前のような狂おしいほどの感情は無いが、ほんの僅かだけ切なさが込み上げる。それでも、今なら心から2人を祝福できる。
「幸せに……」
そう呟くと、彼はアルドヴィアンを飛び立たせた。
プルメリア使節団を見送り、フレアは北棟に戻ると早速ルイスから預かった長衣を広げた。すると、何かがころりと出てくる。
「何かしら」
それは豪奢な刺繍が施された巾着だった。中には大粒の紅玉と手紙が入っている。
結婚おめでとう。
手紙には一文だけ書かれていた。彼らしい武骨な文字にフレアはフッと笑みをこぼす。きっと、渡す機会を逃し、わざと長衣を引っ掻けて回りくどい方法で手渡してきたのだ。
「ありがとう、ルカ」
フレアは手紙と巾着を胸に抱き、窓の外を見て呟いた。当面は手紙のやり取りもしないと明言しているので、お礼を言うのは帰ってきてからになる。きっと今よりもずっと逞しくなって帰って来るに違いない。彼女はその場に跪き、彼の旅の安全を願ってダナシアに祈りを捧げた。
長衣を引っ掻けてしまうのは竜騎士のあるあるの1つ。
タランテラではルークやハンスなど、若手が良くやっちゃってます。
ルークの長衣は良くオリガが繕っていて、傷が目立たないように刺繍を施してからは注意を払うようになったのだとか……。




