14 叶わぬ恋に1
プルメリア連合王国の概要おさらい
元々は大陸でもっとも古い国の1つだったが、内乱で分裂。
現在はブレシッド・ルデラック・リナリア・クロウェア・サーマル・シャスター・バビアナの7公国で構成されている。
首都はソレル
7公国はそれぞれ公王によっておさめられているが、意見の調停や対外的な問題を対処する為に公王の中から代表として首座を選定。国主と同等の地位に位置付けられている。
今思えば、出会いは最悪だった。
まだ10歳になるかならないかの子供だったが、大陸で最も有名な夫婦の嫡子として既に国の内外から山の様に縁談が持ち込まれていた。
自分の娘といずれ娶せようと、周囲の大人の方が父母の目が届かないところで熱心に勧めて来るので、辟易した自分はどこか冷めた目で他人と接するようになっていた。
そんなある日、父と母が自分と同じくらいの子供を2人連れて来た。
黒髪にエメラルドを思わせる緑色の瞳。
片方はおしとやか、もう片方は勝気な印象を受ける双子らしい姉妹。
「ルイス、今日から家族になるのよ。仲良くしてね」
母の言葉に、自分の伴侶がもう決まったのだと思い込んだ。
「どちらのご令嬢が僕の伴侶になるのですか?」
自分の思い違いに両親が唖然としている間に、小さな拳で殴り倒されていた。
「俺は男だ!」
後になって2人は父の知人の姉弟で、両親が他界したのでうちで引き取ったのだと知った。ちなみに双子では無く年子なのも後から教えられた。
予め言われていたのだが、興味がなく、聞き流していて全然覚えていなかった。
これが、フレアとアレスとの出会いだった。
「あちぃ……」
大陸最北の国から帰還して10日余り経っている。様々な事後処理が済んだルイスは今、ラトリでの命令無視の件で自室にて謹慎中だった。
自室での鍛錬も書物を読むのも飽きてしまい、寝台で横になり昼寝をしていたのだが何しろ暑い。昨年の夏の終わりから標高の高いラトリに滞在し、つい先日までは大陸の北の端に居たのだ。涼しさに慣れた体には大陸でも南方に位置するソレルの暑さは堪えた。
「ルイス卿、首座様がお呼びでございます」
「分かった」
侍官に声をかけられ、ルイスはのそりと体を起こす。暑さと過去の失態の夢でかいた汗をぬぐい、衣服を改めるとその侍官と共に父親の執務室へ向かう。
「ルイス・カルロスです。失礼いたします」
扉を叩いて名乗ると、すぐに入室の許可が下りる。扉を開けると、相変わらず書類に埋もれた机に少々疲れた表情のミハイルが付いており、傍らには筆頭補佐官としてアリシアが控えていた。アリシアの留守中には非常に残念な状態になっていたこの執務室も、今は床に塵1つ落ちていない。父親が疲れた表情を浮かべているのは、おそらく溜まっていた仕事の所為だけではないだろう。
「お呼びでしょうか?」
机の前に進み出ると、ミハイルは見覚えのある書類を差し出した。つい先日、報告書に紛れさせたソレル警備隊長の辞表である。
「これの説明をしてくれないか?」
「書いてある通りですが?」
ルイスは至って真面目に答える。
「確かにラトリでの命令違反は厳罰ものだが、現在行っている謹慎と減俸か降格が妥当なところだろう。辞める必要は無いと思うが?」
「それですと、今回行動を共にしてくれた竜騎士達も罰を受けることになります。今回の件は私の一存によるもの。全ての責任は私にありますので、職を辞すことでその責任をとりたいと思います」
淡々と答えるルイスの顔をミハイルもアリシアもしばらく無言で凝視する。何か裏があるのではないかと疑っている様だが、フレアをラトリから連れ出す決意をした時点で職を辞す覚悟を決めていたルイスは、臆することなく2人の顔を見返した。
「辞めるのを認めたとして、その後はどうするつもりか?」
ミハイルはルイスがソレルの騎士団を辞めてもブレシッドに戻ればいいと安直に考えているのではないかと懸念しているのだろう。いくら公子といえども、状況を考慮せずに決めるのはあまりにも身勝手な振舞である。
「ブレシッドには戻りません。旅に出ようかと考えています」
「旅に?」
「自らを鍛え直そうと思います」
今度はアリシアが眉をひそめる。厳しく育てたつもりはあるが、常に両親の名が付きまとう彼は本当の世間の厳しさまでは知らない。当人もそれを理解しているからこそ、この機会に言い出したのかもしれないが、それでも親としては容易く容認できるものでは無い。
「何処へ行った所で、アルドヴィアンがいればお前が私達の息子であることは隠しようがない。どこに居ても変わらない……むしろ外に出た方が気を使われて修行にはならないと思うぞ」
「アルドヴィアンは置いていくつもりです」
「何?」
息子の答えにミハイルは声を荒げる。確かにそれなら身分を隠すことが出来るが、自分のパートナーを放棄するようなもので、竜騎士としてはあるまじき行為でもある。
「アレスに預けるつもりです。礎の里の今の状態では正式に復帰できてもすぐには飛竜を手配出来るとは思えません。クルヴァスもそろそろ引退させた方が良いし、その間のつなぎに使ってもらおうと思っています」
「勝手に決められるものでは無い」
「賢者様もアレスも了承してくれています。ディエゴ兄さんもそれなら問題ないだろうと言ってくれて、大陸の南部に駐留している傭兵団を紹介してくれました」
「……」
息子は自分達の知らない間に着々と準備を進め、後は騎士団を辞めるだけという状態の様だ。決意の固さをうかがい知ることが出来るが、それでも容易に納得できるものでは無い。
「私が認めなければどうするつもりだ?」
「認めて頂くまで話を続けるつもりです」
既にソレルの騎士団長には話が通してあるらしく、ミハイルもアリシアも彼から話を聞いて辞表の存在に気付いた。後任も決められており、辞める準備は着々と進んでいる様だ。この辺の手際の良さはディエゴの得意技だ。傭兵団への紹介からも分かる通り、彼を味方に引き入れているとなると、当人の希望通り息子の辞任を認めざるを得なくなるだろう。
「……」
「そもそも、長期間留守にするつもりは有りません。先程も言った通り、アルドヴィアンを預けるのはアレスの飛竜が決まるまでです。短期間でどれだけ鍛えられるかは分かりませんが、その頃には戻ってくるつもりです」
一緒に育ったアレスもフレアも自分の道を歩む道を見つけているのに、自分は親の後を継ぎ、用意されている道をただ進むだけで良いのだろうかと長年燻らせてきていた。
今回の件で騎士団を辞める決意をした。北の竜騎士達に出会い、その信念を知り得てからは自分を見つめ直す機会にしようと旅に出る決意を固めたのだ。
もちろん、自分の立場は弁えていて、そう長くは留守に出来ないのも分かっている。ディエゴに相談したところ、素性を隠して行動してみるのもいい経験になるとアドバイスをもらったのだった。
感情を抑え、淡々と自分の考えを訴えるルイスの姿に結局はミハイルもアリシアもしまいには根負けし、いくつかの条件を付けながらも彼の願いを受け入れることになった。
最悪の出会いをしたのにもかかわらず、フレアやアレスとは無二の親友といえる間柄となっていた。
元々城の中に同じ年頃の子供は少なく、否応なしに行動を共にさせられていたおかげかもしれない。
不思議と彼等の前では素のままの自分でいられるのが心地良かったし、彼等も城の生活で困った事を遠慮なく言える相手がいて助かったのだと後から聞いた。
「ルイス・カルロスって呼びにくいよなぁ」
何時だったか、勉強の合間のおやつの時間にアレスが唐突に言い出した。
「……文句は父上に言ってくれ」
自分で付けたわけではないので、名前に文句を言われても困る。
ルイスは旧プルメリア王家の高名な王の名前で、カルロスは同じく旧プルメリア王家から排出された高名な賢者の名前だった。特にカルロスの名は頭に血が上りやすいから少しでも冷静に物事を捕えられるようになって欲しいから付けたと両親からは聞いている。
……確かに、否定できない。
「そうだなぁ……」
アレスは腕を組んで考え込む。そんな自分達のやり取りをフレアはいつもニコニコと見守っている。
この頃はまだ自分の気持ちを自覚していなかったが、彼女と一緒に居られるだけでふわふわと幸せな気持ちになれるのが心地よかった。
「ルカってどうだ?」
「なんだ、その略し方は? それなら普通にルイスと呼んでくれよ」
「え~、良いじゃないか」
アレスの提案は正直言って気に入らなかった。助けを求める様にフレアを見ると、彼女は飛び切りの笑顔で弟の意見を後押しした。
「あら、素敵ね。私達だけの呼び方にしたらどうかしら?」
「……」
彼女の笑顔に見惚れて返答を忘れているうちに、その呼び方は彼等の間で了承されてしまっていた。
まあ、彼女にそう呼ばれるのは嫌では無いが……。
「せっかく来て頂いたのに申し訳ない」
差し向かいに座ったエドワルドがルイスの杯にタランテラ産のワインを注いでくれる。
「いえ、急に来たので仕方ないです」
夏至を過ぎ、本格的な夏が来た頃にエドワルドが次期国主と決定したとの連絡を受け、その慶賀の使節としてルイスはタランテラに再訪していた。船便で送りだしたフレアの花嫁道具ももうじき皇都に到着するので、それを確認して帰るのが両親から出されたソレルの騎士団を辞職する最後の条件だった。
「フレアは明日の午後戻ってくる予定だ」
一家は昨日、アロンやハルベルトの墓参の為、霊廟神殿に揃って出向いていた。エドワルドや子供達は今日の昼頃本宮に帰って来たが、フレアはもう1日神殿に滞在して祈りを捧げる事になっていた。皇家に嫁ぐ花嫁が婚礼前に行う古いしきたりではあるが、もう婚礼どころか子供が生まれているこの2人には今更のような気もする。
「こだわらなくていいとは言ったのだが、仕来りを疎かにしてはいけないと言い張ってきかなくてな」
「フレアは言い出したら聞かないから……昔からそうだ」
エドワルドの言葉にルイスは苦笑する。一見、たおやかで御しやすいようにも見える彼女だが、自分の信念は頑なまでに譲らない。その昔、ブレシッドに居た頃に、ルイスの恋人だと周囲が勝手に思い込み、その妻の座を狙った令嬢達に理不尽な言いがかりを付けられた時でも彼女は一歩も譲ろうとしなかったし、ベルクがアレスの復位をちらつかせて迫った時でも屈する事は無かった。その芯の強さにルイスは強く惹かれたのだ。
「分かる気がするな。彼女は本当の意味で強い」
酔った勢いでルイスがフレアとの思い出話を披露すると、それにつられたようにエドワルドもフロリエと名乗っていた頃の彼女との思い出を語った。
グロリアが倒れた時には親族達の横暴さに意見した。ただ優しいだけでは無い彼女に魅力を感じたのだ。
「……フレアが子供を宿して帰って来たと知った時はショックだった。正直に言うと、何でよりによって相手がタランテラの皇子なんだとね」
「ほう……」
エドワルドはいぶかしげに彼の様子を窺う。
「だけど、貴公がきちんと彼女の本質を理解していてくれて少しほっとした」
「少しだけかい?」
エドワルドが少しだけ残念そうに問いかけると、ルイスは意地悪い笑みを浮かべる。
「ええ、少しです。厄介な事にまだ自分は納得できていないんですよ」
「ほう……それは困りましたな。では、どうすれば納得いく答えが得られますかな?」
ルイスの挑発にエドワルドも悪乗りして応える。彼も相当飲んでいるから、いい加減酔っているのかもしれない。
「もし、お時間があれば手合わせを願いたいのですが?」
ルイスが出した答えは手っ取り早い方法だった。本気で剣を交えれば相手の力量もおのずと分かってくる。もちろん、負ける気はない。
「良いだろう」
エドワルドも異論は無いらしく、快く承諾してくれた。
「どうして、公表しないんだ?」
成人した日、両親によって明かされたフレアとアレスの出生の秘密は少なからず衝撃を受けた。そして同時に今まで隠してきた彼等に腹が立った。
「理由は分かるはずだ。この事が公になれば、要らぬ騒動の元となりかねない」
「それは昔の話だろう?」
「そうとも言い切れない。私達が目を光らせている間は大人しくしているだろうが、次の世代で必ずもめる事になる。担ぎ出されるのはお前やアレスだけとは限らない。一番の標的にされるのはおそらくフレアだ」
「……」
父親に諭されてと言うよりか、フレアの名が出てようやく頭が冷えた。彼女が政治の駒に利用されると考えただけで寒気がする。だが、それでも2人の失われた地位は取り戻してやりたい。
「だったら、俺がフレアと結婚したらそんな事言う奴はいなくなるよな?」
「素敵な考えだけど、本人はなんていうかしら?」
今まで黙っていた母親が少し砕けた口調で割って入って来る。
「それは……これから……」
「この事はね、あの子達を引き取る時に賢者様とも話をしたの。あの子達の父親は争いを望まなかった。だったら、その遺志を尊重してもらえないだろうかと頼まれたの。以前にフレアにこの事を話した時も、彼女は公表を望まなかったわ」
「……」
「ルイスがあの子達の為を思って言っているのは分かるわ。だけど、優先すべきは彼等の意思じゃないかしら?」
母親に諭されてようやく自分が余計な口出しをしている事に気付いた。
「……アレスが望んだ場合は?」
「そうね、その時はフレアとも相談して決めるわ」
アレスの誕生日は半年後だった。彼にはその時にこの事を告げるのだろう。尤も、彼も地位や名声に執着する人間では無い。きっと、姉のフレアと同じ答えを出すに違いない。
「俺一人で空回りしていただけか」
「それでも彼等の為なのでしょう? 貴方が他人を思いやれる心を持っているのは嬉しい事だわ」
母親に慰められ、その夜は父の秘蔵の酒で成人を祝ってもらった。だが、それは少しだけ苦く感じた。
ブレシッド時代のフレア達の話も読みたいとリクエストを頂きました。
本当はルークの外伝の後に旅に出たルイスの話を書く予定にしているので、そちらで書いていく予定だったのですが、これだと何年先になるのか作者当人にも見当がつきません。
そこまでお待たせするのも申し訳ないので、今回この様な形で書いてみました。
実はルイスが何故フレアやアレスに「ルカ」と呼ばれているかは本編に載せようとして機会を逃したエピソード。
楽しんで頂けたら幸いです。
ちなみに、子供の頃のアレスは女の子に良く間違えられていて、成人する前までは中性的な感じだった設定。




