12 後味の悪い一日
武術試合ですので、若干の戦闘シーンがあります。
ほんとに、若干ですけど。
翌朝も本宮前広場には多くの見物人が集まっていた。武術試合もここで行われるため、飛竜レースで使われた鐘は前日のうちに撤去されていた。
今日行われる試合は、各騎士団や大公家に所属する竜騎士の代表によって行われる。午前中に準決勝までの対戦を済ませ、午後は決勝と模範試合の予定になっていた。ちなみにこの武術試合も公然と賭けが行われている。
「おはよう、エドワルド。昨夜は楽しめたかい?」
自分の席に向かうエドワルドの姿を見つけ、既に夫と並んで貴賓席についているソフィアが声をかけてくる。
「……やめてくださいと申し上げたはずです、姉上」
エドワルドは憮然として答え、ソフィアは「おや?」とした表情で目を見張る。その隣では妻に頭が上がらないサントリナ公が苦笑している。
昨夜は宴の後、部屋に戻ろうとしたところで例の若い侍官が、部屋に2人も貴婦人が押しかけてきていることを知らせてくれた。そんな中に戻る気が起こらず、更には空いている客室に泊まっても押しかけてこられる気がした彼は、アスターの宿舎に逃げ込んだのだ。
2人の美女への対応は侍官に任せたのだが、朝になって部屋にもどってみると、エドワルドの身代わりにされて弄ばれた後だった。今日は休むように言うと、彼は少しフラフラとした足取りで部屋を辞していった。どうやら初めてだったらしく、何だか悪いことをしたかもしれない。
「先方が大層乗り気で、是非にと言われて断りようがなかったのじゃ。好みの娘はいたのかえ?」
全く聞く耳持たない姉にエドワルドは眩暈を覚える。
「とにかく、全てお断りします」
きっぱり言い切ると、自分の席にさっさと向かう。そんな彼に今度はハルベルトが呼び止める。
「姉上は聞き届けそうにないか?」
「さっぱりですね」
「今夜はうちに来い。部屋を用意させておく」
「……」
「心配するな。姉上のように無理強いはせぬ」
疑いの眼差しを向けられ、ハルベルトはそう約束する。
「本当ですね?」
「もちろんだ。今度はいつ会えるかわからぬからな、ゆっくりと話がしたい」
「わかりました、ありがとうございます」
エドワルドはそう言って頭を下げると、席に着いた。
2人の間にある一番豪華な席はまだ空いたままだ。体調を考え、アロンは午後の決勝だけ顔を出す。武術試合は刺激が強すぎるため、結局コリンシアは欠席させ、アルメリアは祖父と共に登場する予定になっている。
やがて試合開始を告げる鐘が鳴り響く。今日出場する選手たちが広場の中央に整列し、国主に代わって見届け役となるハルベルトに向かって礼をする。そして彼が選手たちに激励の言葉をかけて武術試合が始まった。
「ふぅ……」
リーガスは控室の片隅でため息をついた。長く傭兵として各国を放浪していた彼にとって、戦う事自体は何の問題も無いのだが、ルールにのっとった試合は少々苦手としていた。今回も断るつもりでいたのだが……。
『今年の武術試合、お前の名前で出しておいた』
事後承諾である。涼しい顔をしてそう告げた副団長にひとしきり悪態をついたが、既に決定事項として処理されていた。怒りはおさまらなかったものの、結局は恋人のジーンに丸め込まれてここまで来てしまった。やはり彼女には敵わない。
「リーガス卿、出番です」
係官が呼びに来た。リーガスはゆっくりと立ち上がる。
「わかった」
昨日の飛竜レースでは後輩のルークが華々しく活躍して優勝した。先輩として負けるわけにはいかないよなぁ……と思いながら、気分を引き締めて試合用の長剣を手に控室を後にした。
白熱した試合は見堪えがあり、共に武術の心得がある2人は繰り広げられる好勝負に我を忘れて見入っていた。
「次はリーガスだな」
「かわいい恋人がいると噂の隊長殿か。お手並み拝見だな」
「試合は苦手だと言ってなかなか出ようとしなかったからな。今年はアスターが返事を聞く前に申請を済ませていた。腕は申し分ないから決勝まではいけるだろう」
エドワルドは傍らの小さなテーブルに置かれた紙に先ほどから熱心に書きつけている。実はこの秋に人員を増強しようと考えていて、この試合の出場者の中で見どころのありそうな選手を書き出していたのだ。もちろん彼だけでなく、他団の責任者も同じことを考えている。一方的に通る要求ではないが、交渉するにもある程度の情報は必要である。その準備は欠かせなかった。
2人が会話を交わしている間に、名前を読み上げられたリーガスと対戦相手が広場の中央に現れる。そして審判役の竜騎士の簡単な注意事項に同意すると、一礼して試合が始まった。
「失礼いたします、殿下」
そこへハルベルトの部下が少し慌てた様子で現れた。
「どうした?」
「ゲオルグ様が部屋におられません」
「……いつからだ?」
「今朝方の様です」
一昨日起こした狼藉事件により、本宮の一室でゲオルグは謹慎を命じられていた。ワールウェイド家ではサボってばかりいた勉強を一から叩き込まれることになり、早速昨日の朝から数名の教師が付けられていた。教師の方は熱心に教鞭を振るってくれたのだが、如何せん生徒の方にやる気がない。初日の授業はほとんど何もしていないに等しかった。
逃亡防止の為に部屋の扉の外には常に警備の兵士が立っていたのだが、侍官……侍女だと手籠めにされる恐れがある為……が朝食を運んだ時に姿が見当たらなくなっていたという。夏至祭で城の中が慌ただしく、その隙に乗じたのだろう。
「手引きした者がいるな」
「ああ」
2人はチラリと家族と楽しそうに談笑するグスタフを盗み見る。奥方の反対側には一番末の娘が座り、何やら話しかけられて相貌を崩している。周囲には着飾った女性が他に2人座り、その伴侶らしい男性の姿も見える。
そういった一族の席の後ろで竜騎士正装に身を包んだ女性が無表情で立っていた。プラチナブロンドが眩しい彼女は、先日サントリナ家の晩餐会で会ったマリーリア嬢だった。ふと、彼女と目が合うと、エドワルドに目礼を返してきた。
「どうしますか?」
「まあ、逃げるにしてもここに来るだろう。あいつの事だ、いくらか賭けているはずだ。後は……そうだな、復讐も考えるかもしれないな」
「……私ですか?」
「多分、私も含まれる。あと、アスターも、な」
先日の会議室では、酒屋のマルクにつかみかかったところをアスターに昏倒させられたのだ。それを許すほど度量が広い男ではない。
「大丈夫だとは思うが、一応伝えておこう」
「そうだな」
ハルベルトがうなずくと、エドワルドは手早く小さな紙に何やら書きつけると後ろを振り返り、少々顔色の悪い部下を手招きして呼ぶ。
「ルーク……大丈夫か?」
「はい」
昨夜、雷光の騎士と褒め称えられた若者は二日酔いだった。ジーンとともに貴賓席の警護を任された責任感と、先輩のリーガスが出るのに見なかったら後が怖いのとで無理やり寝台から体を引きはがしてきたらしい。
「アスターに渡してきてくれ」
「はい」
ルークが紙を受け取り、一礼してその場を離れる。アスターは昨日に引き続き、今日の武術試合で審判役にかり出されていた。もちろん旧友のヒースを初め、各騎士団のベテラン竜騎士が交代で行う。
「今話題の雷光の騎士を伝令に使うとは贅沢だな」
「今更話題になったところで、あいつの価値は変わりませんよ」
「ほう……」
「あいつは一流の竜騎士です」
口元に笑みを浮かべてエドワルドは断言した。
そこへ大きな歓声が沸き起こる。慌てて広場に目を向けると、リーガスが相手の剣を弾き飛ばし、審判に勝利を告げられたところだった。2人が話をしている間に彼の初戦は終わっていた。
「ああ、見逃してしまったな」
「まぁ、次があるか……」
2人の懸念をよそに、大きなトラブルもなく試合は進行し、午前の試合は終了した。リーガスは順当に勝ち上がり、決勝で対峙するのは、ユリウスの兄で第1騎士団の第2隊長を務めているブランドル家の次男エルフレートだった。近衛の役割も果たしているので、第1騎士団の層が厚いのは当然かもしれない。
一時休憩となり、貴賓席に隣接する広間では軽食がふるまわれている。集まった貴人達のもっぱらの話題は決勝に進んだどちらの竜騎士が勝つかだろう。彼らの予想では若干エルフレートが有利なようだ。
「お前は賭けているのか?」
「公にはできませんが」
ハルベルトの問いにエドワルドは苦笑する。ふと広間の一角を見ると、護衛として広間の隅に立っているルークが人々に取り囲まれていた。昨夜の夜会で話題をさらった雷光の騎士に、取り入ろうとでもしているのかもしれない。彼は少々困った様な表情を浮かべている。
「すっかり人気者だな」
「今まで見向きもされなかったのにな……」
「彼が増長したらどうする?」
「ありえないな。……もし、それで他者を蔑にする輩に成り下がったら、切り捨てる。私の目の前から消えてもらう」
「厳しいな」
「当然だ」
彼らの話内容を知らないルークは、年かさの貴族に差し出されたワインの杯を困った様に断っている。他にも数人、面白半分で彼に飲ませようとしている貴族の若者がいる。そろそろ止めた方がいいだろうかとエドワルドが思い始めたころ、ユリウスが間に割って入り、やんわりと彼らをたしなめた。彼の登場にルークは心底ほっとした表情を浮かべ、周囲の人だかりが無くなると、昨日のライバルに謝意を伝えている。
「いい若者ですね、彼は」
「ああ。だから安心して娘を託せる」
エドワルドも少しほっとして会話を交わしている2人の若者の様子を眺める。きっと2人はいい友情を結べるに違いない。
午後の試合開始を予告する鐘が鳴り、広間に集う人々も貴賓席のあるテラスへと移動を開始する。全員が着席した頃合いを見計らい、昨日同様に輿に乗って国主がアルメリアを伴ってテラスに姿を現す。ハルベルトとエドワルドが手を貸してアロンが席に着くまで、ずっと会場からは拍手が鳴り響いている。席に着いた国主が片手を上げ、再び鐘が鳴ると午後の試合が始まった。
リーガスは控え室で鐘が鳴るのを聞いていた。決勝に備えて昼食をとるのは止め、1人瞑目して休憩時間を過ごした。もうすぐ自分の出番である。一つ深呼吸をして再び精神統一を図る。
「リーガス卿、出番です」
「わかった」
リーガスはもう一度深呼吸をすると長剣を手に立ち上がる。控室の反対側でも同様に立ち上がった人物がいた。決勝の対戦相手となるエルフレートだろう。リーガス同様、竜騎士の修練着に胸当てをつけた彼は伸ばした金髪を皮ひもで束ねている。優しげな風貌をしているが、その内にある強い竜気をリーガスはすぐに読みとった。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
広場へ通じる扉の前で2人は短く言葉を交わし、名前を読み上げられた順に表に出た。歓声が2人を包み込む中、彼らは広場の中央に進み出た。審判役はリーガスの記憶だと確か第2騎士団の団長補佐だったはずだ。公正を期すために、その試合に出る竜騎士とは異なる所属の審判役が選ばれる。アスターとヒースは審判の控え席でこの試合を観戦し、難しい判定の場合は他の待機中の審判を交えて意見を交換することになっている。
「決勝、初め!」
2人が向かい合って礼をすると、審判から試合開始の声がかかる。2人が試合用の長剣を構えて対峙すると、場内は先ほどまでの歓声が嘘のように、しーんと静まり返った。
ガキン!
リーガスが仕掛けて刃が交差する。2人が繰り出す長剣が交わる音だけが辺りに響いていた。エドワルドだけでなく、貴賓席の一同も集まった民衆も固唾をのんで勝負の行方を見守る。
ガチッ!
やがてリーガスの手から長剣が弾き飛ばされ、喉元に剣を突き付けられていた。
「参った」
リーガスは降参し、彼は負けを認めた。
「そこまで! 勝者、エルフレート卿」
審判役の声と共に大きな歓声が沸き起こる。エルフレートがそれに応えて観客に片手を上げ、リーガスと握手を交わすと一層その歓声は大きくなった。
正式な褒賞の授与は今夜行われる舞踏会の冒頭に行われるので、その場は簡単な式典が行われて上位5名に剣が交差する意匠があしらわれた記章が贈られた。そしてハルベルトが選手達にねぎらいの言葉をかけて、一応武術試合は終了する。この後は模範試合が予定されていた。
「エルフレート卿、試合したい相手はいるか?」
これは武術試合の優勝者に尋ねるお決まりの文句だった。こういった場合、ここ何年かは指名される人物は決まっていた。
「エドワルド殿下、是非ともお手合わせ願いたい」
エルフレートが貴賓席のエドワルドに向かって膝をつく。お決まりのパターンに指名されたエドワルドは苦笑する。現在、彼はタランテラで最強の竜騎士と謳われている。対峙したいと思うのは当然かもしれない。
「やはり来たか……。わかった、お相手致そう」
エドワルドは上着を脱ぎ、特設の階段を使って広場へと降りる。場内は歓声に沸き、エドワルドはそれに応えると試合用の長剣を受け取り、エルフレートと共に広場の中央に進み出る。審判役は決勝でもした第2騎士団の団長補佐が行い、2人は作法にのっとって礼をして長剣を構えた。
結果的にエドワルドはリーガスを除く上位入賞者全員と刃を交えた。エルフレートに数合打ち合った後に剣を弾き飛ばして勝利した後、我も我もと名乗り出て来たのだ。しかも4位と5位の竜騎士は2人がかりだったにも関わらず、勝負はあっけなく終わり、エドワルドの強さが際立たせる結果となった。
「もういいだろうか?」
審判役のベテラン竜騎士達も手を上げてきそうな雰囲気を察すると、エドワルドは早々に長剣を返して自分の席に戻ろうとする。
「お待ちください、叔父上。我々にもお相手願います」
不意に声をかけられる。振り向くと、選手の控室に続く扉からゲオルグが取り巻きの若者2人を伴って現れた。
その若者達にも見覚えがある。一昨日、マルクの酒屋でゲオルグと共に狼藉を働いた若者達だった。1人足りないのは骨折で加療中だからだろう。
「そなたたちは謹慎中だ。手合せを願える立場ではない」
ハルベルトが貴賓席から立ち上がり、控える兵士たちに彼らを連れ出せと命じる。
「叔父上は黙ってください。お爺様、お願いでございます。エドワルド叔父と試合させて下さい」
「……」
もちろん、国主にもゲオルグの狼藉は伝えられていた。アロンは考えこんですぐには答えを出そうとしない。
「時間の無駄だ。すぐに部屋に戻れ」
エドワルドはそう言い捨てるとすたすたと自分の席に戻っていく。
「逃げるのですか、叔父上」
「話にならん」
「我々に負けるのが嫌なだけでしょう?」
ゲオルグがエドワルドを挑発しているのは明らかだった。場内はざわつき、このまま終われば収拾がつかなくなるだろう。
「ゲオルグの申し出、受けてもよろしいですか?」
エドワルドは不快そうに顔をしかめると、父親の傍に跪く。
「本気か?」
「条件は付けます」
彼の決断にハルベルトは驚き、場内はいつの間にか静まり返って彼らの動向に注目が集まる。
「よかろう。好きなようになさい」
国主の決定に場内は再びざわめく。
「ありがとうございます」
エドワルドはアロンに頭を下げると、立ち上がって再び階段を下りる。そして審判役として控えていた忠実な副官を呼び寄せる。
「アスター、お前が相手をしてくれ」
「かしこまりました」
突然押し付けられたにもかかわらず、アスターは何でもない事のように頭を下げて了承し、腕に付けていた審判の腕章を外した。
「な……」
納得のいかないゲオルグは声を荒げるが、エドワルドはそれを制して平然とアスターに指示を出す。
「手加減は無用だ。とことん体に覚えこませろ」
「はっ」
アスターは上着を脱いで傍らのヒースに預け、試合用の長剣ではなく訓練用の長い木の棒を手にする。ゲオルグ達が装備しているのは紛れもなく刃の付いた本物の長剣。しかも取り巻きの1人は矛を手にしている。これだけをとってもかなりのハンデがあるのは間違いない。
「私の副官に勝ったら相手をしてやろう」
不満そうなゲオルグにエドワルドは冷たい視線を送る。これが譲歩の限界だった。彼らは渋々それに従い、広場の中央で待つアスターに対峙した。
「では、始めましょう」
アスターは作法通りに頭を下げるが、その隙にゲオルグの後ろにいた2人が同時に切りかかる。場内からは野次が飛び、止めさせようとしたハルベルトを貴賓席に戻ってきたエドワルドが止める。
「心配いりません」
エドワルドの言葉に腰を浮かしかけた彼は、仕方なく腰を下ろした。
「竜騎士の心得。一つ、常に公正であれ」
アスターはそう口ずさみながら巧みなステップでその攻撃を躱す。まずは攻撃が単調な若者の長剣を棒で叩き落とし、胴を払う。そして倒れたところで腹にもう一撃加えて昏倒させる。
「一つ、鍛錬を怠る事無かれ」
体の大きな若者は矛を抱えていた。その長さを利用してむやみに振り回してくるが、アスターはそのことごとくを躱していく。その動きは華麗で、場内からはいつの間にかため息がもれる。
動き回り、相手が疲れてきたところで鋭い一撃を繰り出して矛を叩き落とし、がら空きになった胴に数回突きを入れる。最後に胴を薙ぎ払うと、若者はそのまま吹っ飛び気絶する。しかし、アスターが手にしていた木の棒も2つに折れてしまった。
「さて殿下、お相手願いましょうか」
アスターは折れた棒の先を拾い、ゲオルグに歩み寄る。驚いたことにこの暑さの中、これだけ動いて息1つ乱れていない。
「武器は替えないのか?」
「これで十分」
アスターはすまして答えると、短くなった2本の棒を双剣のように左右の手で握る。
「あいつが一番得意な得物なのに……」
エドワルドのつぶやきは誰にも聞こえていない。固唾をのんで見守る中、不意に貴賓席の端で騒ぎが起こる。
「痛い、痛い!」
不審者に気付いたマリーリアとルークが2人がかりで若い男を取り押さえていた。警護の兵士が慌てた様子で集まってくる。
良く見ると、取り押さえられた不審者は骨折して加療中と言われていたミムラス家の子息だった。左手には痛々しい包帯がまかれているが、残る右手には長い筒状の棒が握られている。どうやらそれは吹き矢のようだ。矢に痺れ薬でも塗りこんでおけば、相手の動きが鈍って容易に勝利できると考えたのだろう。彼らの自信はこれだったのかと思い、稚拙な考えに眩暈を覚える。
その騒ぎに一瞬、アスターの気が逸れる。その隙に乗じてゲオルグが斬りかかり、場内からは再び野次が飛ぶ。
「いけませんねぇ」
予期していたアスターはこれもひらりとかわす。続けて次々と繰り出される攻撃は鋭く、確かにゲオルグは他の2人よりも強い。しかし、両手に棒を握りしめたまま、そのことごとくを躱す様はまるで華麗な剣の舞を見ているようだ。場内からはため息が漏れる。
「よけてばかりじゃねぇか」
ゲオルグが挑発すると、アスターはニヤリと笑う。
「では、お言葉に甘えて」
一瞬の出来事で、ゲオルグには何が起こったか分からなかったに違いない。長剣を持つ利き手を打たれたと思った直後に、肩、胸、腹と続けて数回打たれて地面に倒れこんでいた。
「策略をめぐらしてまで勝ちたいと思う気持ちは天晴ですが、喧嘩を吹っ掛けるならもう少し相手の力量を見極めて挑んでください。殿下は私よりもお強いですよ」
そう言い残してアスターは立ち去ろうとするが、ゲオルグは根性で立ち上がる。長剣を握りなおして後ろから斬りかかるが、スッと喉元に棒が突き付けられて身動きができなくなる。
「その根性は見上げたものですが、その力をもっと別な方向に向ける事をお勧めします」
冷ややかな笑みを浮かべると、あっさりと棒で長剣を叩き落とし、今度は容赦なく腹に一撃を加え、更に首筋にも叩き込む。さすがのゲオルグも根性だけではどうにもできず、そのままその場で白目をむいて倒れた。
「それまで」
ハルベルトの声が響くと、場内からは割れんばかりの拍手が起こる。速やかにゲオルグをはじめ、気絶した3人の若者は広場から運び出された。アスターは片手を上げて歓声に応えると、淡々と国主の前に跪いた。
「この者を捕えよ」
突然、グスタフが言い出す。その場にいた全員が「は?」と思ったに違いない。
「ゲオルグ殿下に怪我を負わせた不届き物を捕えよ」
正直、皆、あきれ果てて言葉が出ない。眩暈を覚えつつハルベルトが口を開く。
「ワールウェイド公、ゲオルグには一切関わるなと命じたはずだ。アスター卿はただ、謹慎中の身でありながら無理に試合を申し込んできたゲオルグに勝ったに過ぎない。試合に怪我は付き物、彼には何の罪もない」
「しかし……」
その先をハルベルトは言わさなかった。
「3人でかかったのはハンデのうちとして認めるものの、不意打ちや吹き矢による卑怯な謀略まで仕掛けて無様に負けたのだ。ゲオルグ他3人には私が許すまで北の塔に幽閉。文のやり取りはもちろん、外界との接触を禁ずる」
「そんな……」
北の塔は身分の高い罪人を幽閉する牢である。ハルベルトの怒りにさすがのグスタフも黙り込む。
「アスター卿、よくやってくれた、礼を言う。さらには手間をかけさせてすまなかった」
「当然のことでございます」
アスターは淡々と頭を下げる。
「マリーリア卿、雷光の騎士殿、よく気付いて動いてくれた。未然に防いでくれたことに感謝する」
護衛として控えていた2人にもハルベルトは陳謝する。2人が取り押さえた若者は既に連行されていた。他の3人同様、彼も北の塔行きが確定した。だが、その前に誰の手引きで貴賓席まで入り込んだのかを聞き出さなければならない。
「恐れ入ります」
「3人とも今夜の舞踏会には出席してくれ。改めて礼がしたい」
「はい」
ハルベルトの申し出に、特にルークは返事をためらったもののここは素直に従うことにしたようだ。
「礼を申す」
国主も直々に声をかける。その様子を憎々しげに眺めていたグスタフは、足音も荒々しく会場を後にする。あわててその後を家族達が追いかけて退出していく。マリーリアは躊躇したものの、ハルベルトやエドワルドが目線だけで引き止めた。
気付けば日は傾き、一年で最も長い一日が終わろうとしている。ハルベルトは皇家を代表し、集まった観衆に改めてゲオルグの所業を詫び、彼を諌めたアスターを労った。そして改めて武術試合で優勝したエルフレートを称え、後味の悪い武術試合を締めくくった。
武術試合の話なのに、出場したリーガスの記述がほとんどありません。
ルークとかけ離れた扱いになって、可愛そうに……。
ちなみに彼は30歳。恋人のジーンは23歳の設定です。
その内、ちゃんとした人物紹介を作者自身の覚書も兼ねてアップする予定。
いつになるかわかりませんが……。
11/23 誤字を訂正しました。