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群青の空の下で  作者: 花 影
第3章 ダナシアの祝福
133/156

6 カルネイロの栄光

 神殿の総本山、礎の里は聖域を要するクーズ山脈の南端、ホリイ内海を望む僅かな土地に作られていた。中央にある大陸最大規模の大聖堂が敷地の大半を占め、その周囲に国主会議の折に各国から集まる貴賓が宿泊するための離宮が点在している。

 大聖堂の北側、少し標高の高い位置に当代大母と彼女を支える大母補の住まい、並びに専用の聖堂が建てられた男子禁制の奥の院があり、未来の大母や大母補を育てる学び舎が併設されている。港に面した南側は一般の参拝者の為の宿や店が立ち並ぶ街となっており、里を囲む城壁に着場や竜舎といった騎士団の施設があった。

 本来、賢者と言えども聖堂に隣接する宿舎に寝泊まりするのが決まりなのだが、賢者ベルク……甥が彼の名を継いでからは老ベルク賢者と呼ばれるようになった彼は国主会議の折の来賓の為にある離宮の1つに住んでいた。今までに例のない事だが、これまでの実績を並べ立て、特例として認めさせたのだ。

 更にはカルネイロの金と権力を最大限に活用してその離宮の一帯を独断で整備し、一族を住まわせ、商会の拠点も作ってしまっていた。公には別の名称がつけられているのだが、今ではその一角はカルネイロ地区と呼ばれている。

「いよいよだな」

 甥のベルクから届いた書簡に目を通しながら老ベルクはほくそ笑んだ。タルカナで行われた夜会で『名もなき魔薬』が想定よりも高く売れた成果を知らせて来ていた。まだ現物は確認していないが、今回初めてタランテラの薬草園で作られたその薬は今までとは比較にならないほど高品質に仕上がっているとある。

 タルカナの夜会で売ったのは全体の半量にも満たない。残りは甥の手紙と共に今、船便で届いたところだ。この残りは、ほぼ決まっていると言われている老ベルクの大賢者就任と甥のベルク準賢者の賢者就任を祝う夜会で売る手筈が整えられている。

「これで長年の夢がかなう」

 元々カルネイロはタルカナの田舎町にあった小さな雑貨屋だった。老ベルクの祖父が店を大きくして商会を立ち上げ、そして父親の代になってタルカナ国内で名を知られるようになったのだ。

 本来であれば兄弟の中で頭が一番良かった彼がその後を継ぐはずだった。だが、彼は父親から神官になるように言われたのだ。神殿で出世し、他国にもコネを作ればいずれカルネイロは大陸一の商会になれると思ったらしい。

 父親に逆らえなかった彼は渋々神官への道を歩んだ。元来負けず嫌いな彼は努力し、着々とその地位を上って行く。そしてその過程で偶然『名もなき魔薬』の存在を知り、苦労の末にその原種を手に入れた。

 どこで栽培をするかで悩んだが、当時の難民問題を対処していてひらめいた。帰る当てのない彼等に居住権をちらつかせて原種を栽培させ、そしておよそ10年かけて品種改良を施して質を向上させたのだ。

 竜騎士がもてはやされる風潮は今も昔も変わらない。悪いものだと知ってもなお、薬を欲しがる客は後を絶たなかった。面白い様に儲かるようになり、神官の身でありながら商会内での発言力を得ていく。更には賢者に昇格し、地位も手にした彼は商会を完全に手中に収めた。

 更には『名もなき魔薬』の副産物ともいえる思考を鈍らせる薬を活用し、後に「死神の手」と呼ばれるようになった己の意のままに動く傭兵団を作り上げた。

 増える需要に応える様に栽培させる集落を増やしてもなお供給がなかなか追いつかない。悩んでいたところタランテラに大規模な栽培施設を作る案を出したのは甥のベルクだった。親交のある大貴族と結託した彼は、神殿の療養施設を併設した薬草園としてわずか3年で作りあげたのだった。

 自身はもうじき大賢者となり、年齢も相まってそう易々と出歩くのも難しくなる。そこでその手腕に満足した彼は、薬草園を甥に任せることにした。品質は上々。多少の手違いはあったが、今頃行われているであろう審理が済めば栄誉栄華が未来永劫、約束されている。大陸全土を手中に収めるのも夢ではないのだ。

「賢者様」

 手紙と共に送られて来た報告書に粗方目を通したところで補佐役の高神官が姿を現す。

「如何した?」

「当代様のお召しでございます」

 大母のお呼びとあらばすぐに参上しなければならない。老ベルクは衣服を改めると、用意させた馬車に乗り込んだ。




 着いたのは奥の院ではなく大聖堂だった。国主会議が開かれる大広間に案内されると、そこには大母だけでなく、大賢者とシュザンナ以外の大母補と里に常駐する賢者の大半が揃っていた。

「お召しによりベルク・ディ・カルネイロ、参上いたしました」

 会議の予定は無かったはずである。疑問に思いながらも入室していつもの席に向かうが、控えていた竜騎士に行く手を阻まれ、下座に着くよう促される。これ以上は無い屈辱だが、大母の御前で騒ぎを起こすのはご法度である。グッと怒りをこらえて言われるままに席に着いた。

「これより審理を始める」

 大母の宣言に老ベルクは耳を疑う。賢者の地位にある彼が何も知らされていないのだ。しかも、審理が本当だとするなら、彼がいるのは被告が座る席だった。

「ベルク・ディ・カルネイロ、犯した罪を白状し、悔い改めるのであればダナシア様のご慈悲が賜れるだろう。嘘偽りなく証言すると誓うか?」

 宣誓の常とう句だが、彼には訴えられる覚えなどない。屈辱的な扱いに沸き起こる怒りを抑え、大母に反論する。

「何かのお間違えではありませんか? 私はこれまで真摯に勤めて参ったつもりでございます。このように訴えられる覚えはございません」

「覚えが無いと申すか?」

「はい」

 何もやましい事はいていない。自分にそう言い聞かせて胸を張ると、大母は身振りで何かを持ってくる様に指示する。やがていくつかの箱が運び込まれ、その中身を広げる。入っているのは厳重に梱包された銀器だ。それ自体は何の変哲もない。

「これは先ほど、カルネイロ商会所有の船から押収した積み荷の一部だ」

「……随分と乱暴なことをなさる」

 いつの間にそんな狼藉が行われたのか、握りしめた拳が怒りで震える。

「確かにこれ自体は普通の銀器だ。問題はこちらだ」

 大母が手に取ったのは詰め物として使われている乾燥した何かの葉だった。それが何かは知られているはずが無い。老ベルクは内心の動揺を抑えながら虚勢を張り続ける。

「単なる詰め物にしか見えませんが?」

「既に調べはついている」

 老ベルクの前に資料が積み上げられる。恐る恐る見てみると、件の薬草園に関する報告書だった。何が作られていたか、何が行われていたか、事細かな報告がなされている。それだけではない。大陸各地でカルネイロが行ってきた不正の数々が各国の国主の署名付きで報告されている。中にはお膝元であるタルカナからのものもあり、老ベルクは血の気が引いてくる。

「タランテラでの審理はすでに無効と決し、そなたの甥は既に全ての権限をはく奪した上でダムート島への送致が決まっている」

「ばかな……」

「ベルク・ディ・カルネイロ。賢者の地位を利用して行った数々の不正、目に余るものがある。甥のベルク同様、その身分をはく奪の上、ダムート島に収監とする」

「お待ちください。私はただ……」

「ただ、何だ?」

「ただ、里の為を思って……」

 今まで主に金銭面で里を支えてきたのだ。そう易々と切り捨てられるはずはない。情に訴えようと周囲を見渡すが、参加しているその他の賢者達は誰も目を合わせようとはしなかった。

「あくまで里の為と申すか?」

「勿論です。竜騎士になりたい者はいくらでもいるのです。あの薬が能力を補い、飛竜の制御を容易にすれば、竜騎士の数をいくらでも増やせるのです」

 何としても大母を思いとどまらせなければならない。老ベルクは必死に口を動かした。

「あの薬は劇薬。使えば使うほど寿命を縮めると言われておる。それでも使えと言うのか?」

「確かに、まだ改良の余地はございます。ですが、妖魔の脅威を退くことが出来るのなら彼等も本望でしょう。それに、これがもたらす収益は計り知れません。竜騎士に傾いている権力を里に集約できるのです」

「まことに、それが里の為になると思っているのか?」

「勿論です。これまで以上に里に貢献できるのは無上の喜びでございます」

 恭しく頭を下げると、大母は何か思案している。期待していいのだろうかと様子を伺っていると、彼女は一つ頷いた。

「よろしい。そこまで貢献したいと言うのならば、最後まで尽くしてもらおう」

「では……」

 期待を込めて顔を上げるが、大母の口元は意地悪に弧を描いている。

「ベルク・ディ・カルネイロ及び、カルネイロ商会の全財産を没収する。心配致すな。大陸に住まう人々の為、延いては里の為に有効に使わせて頂く。役に立てるのだ。嬉しいであろう?」

「え……」

 告げられた内容が信じられず固まる。そんな彼を竜騎士達が両脇からガッチリと拘束していた。

「ベルク・ディ・カルネイロ。ダムート島で最終的な沙汰があるまで待っておれ。甥もじきに着くであろうから寂しくなかろう」

 大母は無情にもそう宣告すると身振りで連れて行くよう命じる。老ベルクは屈強な竜騎士に拘束され、なすすべもなく広間から連れ出され、そのままダムート島へ連れて行かれたのだった。


ジーンとリーガス愛の劇場9


9 幸せの満喫方法


 空になったマリーリアの茶器にオリガはお茶のお代わりを用意し、フレアはコリンシアにお菓子を取り分けている。気の合う仲間と香り高いお茶を飲みながらおしゃべりに興じる……。1年前を思い起こさせるこの光景にジーンは深い感慨を覚えた。

 つい先日婚礼を上げたばかりのエドワルドとフレアがロベリアへ視察に訪れたのだが、男性陣が仕事に忙殺されている間、女性陣は優雅にお茶会となったのだ。

 1年前と異なっていたのは、このお茶会の会場がロベリア総督府の客間という事と、部屋の一角を占めていた大きなゆり籠だろうか。中にはポヤポヤのプラチナブロンドとふさふさの赤毛の赤子が仲良く並んで眠っていた。




「何だか幸せ……」

1日が終わり、自室のゆり籠で眠る息子を眺めながらジーンは昼間のお茶会を思い返していると、夫のリーガスが帰ってきた。

「何だ、まだ起きていたのか?」

 漂ってくる酒精から仕事ではなく飲んでいて遅くなったのだろう。それを指摘すると、ごまかす様に唇を重ねてくる。ごまかされてなるものかと二の腕をつねってみたが、強靭な筋肉には全く効果は無かった。

「アスター卿に捕まったんだ。仕方ないだろう」

 大げさに二の腕をさすりながら言い訳をしてくるが、嫌々付き合った訳ではなさそうだ。この半月で大きく事態が変わり、更には先日の婚礼からの流れで国内はお祭り騒ぎとなっている。羽目を外したくなるのも無理はないのだが……。

「反省してください」

「面目ない」

 毅然とした態度で反省を促すと、リーガスは頭を下げた。

「仕方ないからこれで許してあげるわ」

 ジーンはさっきつねった二の腕を撫でまわした。何のことは無い。せっかく平穏が戻ったのだからもうちょっとかまって欲しかったのだ。

 早めに仕事を終わらせたエドワルドがお茶会に顔を出し、ずっとフレアと甘い空気を醸し出していたのだ。新婚なのだから仕方ないのだけど、ジーンはちょっとだけ羨ましかったのだ。

「フフッ」

「何だよ」

 急に笑い出した妻をリーガスは怪訝そうに見返す。

「今頃、ワールウェイド公夫妻は口論しているかもね」

「あ……」

 ジーンの意図を察してリーガスも納得している。

「ま、いいんじゃないか? 平穏が戻って来たんだ。それぞれの方法で満喫すれば」

「そうね」

 夫の出した結論に同意すると、ジーンはまた夫の筋肉を撫でまわす。リーガスはそんな彼女を引き寄せると、今度は優しく唇を重ねた。



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