表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群青の空の下で  作者: 花 影
第3章 ダナシアの祝福
128/156

1 幸運のお守り

 婚礼に引き続き、フォルビア城へ場所を移して行われたフレアのフォルビア大公の認証式もとどこおりなく済んだ。そしてその後は当然のことながらそれを祝う宴の場が設けられた。

 多くの苦難を乗り越えて結ばれただけに、礼装を身にまとって幸せそうに並び立つエドワルドとフレアの姿を見るのは感慨深いものがある。その苦難を供にしたタランテラ側の参列者のみならず、各国の賓客達も感無量で彼等を祝福していた。ただ、複雑な心境のルイスには目の毒だったらしく、認証式が終わるとその姿はいずこかに消えていた。

 これで一連の公式行事も済み、各国の賓客も明日の午後から順次帰国の途に就く。大仕事を終えて気持ちが緩むのか、心なしか酌み交わす杯のペースが速くなるのは仕方がないのだろう。

 やがて主役の2人は席を外し、広間に残っているのはミハイルやダーバの隠居と言った各国の賓客やヒースやアスターと言った酒豪で知られる強者ばかりだ。後は酔いつぶれた者が数名、テーブルに突っ伏している。

「ふう……」

 格式張ったものでは無かったが、元よりこういった宴の席を苦手としているアレスは、会場の大広間から露台に出て着なれない礼装の襟元を緩めた。北国だけあって夜風はまだ幾分冷たい。酔いを覚ますにはちょうど良かった。

 アレスを筆頭とした聖域の竜騎士は、一足早く明日の早朝に出立する予定だった。彼に付き合い、当初からタランテラ入りしていたスパークやレイド達はもう半年以上村を空けている。独身組はまだしも、家庭を持つガスパルは早く戻りたくて仕方ないらしい。

 エルヴィンの乳母の手配も済んだようなので、村から付いて来てくれた乳母役の女性も一緒に戻れる事となった。こうしてエルヴィンも連れて戻れたのも彼女のおかげである。彼女には村に置いて来た子供の為にもとエドワルドだけでなく、ミハイルからも多額の礼金を出していた。

「アレス卿」

 声をかけられて振り向くと、先程まで酒豪な強者達に混ざって杯を傾けていたアスターが立っている。几帳面なイメージのある彼も礼装の襟元を緩めている所を見ると、相当飲んだに違いない。そういえば彼も新婚だった。もしかしたら祝い酒と称して酔っぱらった賓客達に飲まされたのかもしれない。

「何ですか?」

「少し、お付き合いいただけないでしょうか?」

「……かまいませんが」

 まだ何かあっただろうかと少し疑問に思いながらもアレスはうなずく。アスターに身振りでついて来る様に促され、露台から広間に戻ると、まだ酒盛りが続いているその場を通り抜けていく。そしてそのまま城の居住区へ足を踏み入れ、着いた先は城主の私室だった。

「え?」

 二度見して確かめるが、確かに城主の部屋で間違いなく、今日婚礼を挙げたばかりの2人の部屋である。例え一年前に組み紐の儀を済ませていても、既にエルヴィンと言う愛の結晶を得ていても、正式に婚礼を挙げたのは今日なので、今宵は紛れも無く新婚初夜となる。今宵は2人きりでゆっくり過ごしてもらう為に子供達はアリシアや正式にエルヴィンの乳母となったユリアーナが引き受け、宴も早々に退出してもらったのだ。それなのに、自分が邪魔してしまっていいのだろうか……。

「どうぞお入りください」

 内心のアレスの葛藤を知ってか知らずか、アスターは戸を開けるとアレスに中へ入る様に促す。彼は仕方なく中に足を踏み入れた。

「失礼します……」

 遠慮がちに声をかけて中に入ると、無情にも扉は背後で閉められた。振り返るとここまで案内してくれたアスターの姿も無い。

「ああ、呼び出して済まないな」

 途方に暮れていると、奥からエドワルドが姿を現す。湯を使った後らしく、髪はまだ湿り気を帯び、ゆったりとした部屋着姿だった。それがまた男のアレスでもドキリとするくらい壮絶な色気をかもし出している。

「新妻を放っておいて宜しいのですか?」

 ついつい皮肉ってしまうのは許して欲しい。相愛の女性と婚礼を挙げ、嫡子まで授かって幸せの只中にいる相手である。独り身のアレスには直視できない程眩しく感じるのだ。

「ご婦人の身支度は時間がかかるのだよ」

 エドワルドはにこやかに応え、アレスにグラスを手渡すとワインを注ぐ。ラベルを見せてもらうと、タランテラ産の5年物。ちょうど飲みごろらしい。

「ブレシッド産に慣れ親しんでいる君には物足りないかもしれないが、これもなかなかのものだよ」

「はぁ……」

 気のない返事をしながらも、グラスを揺らして香りを楽しみ、口に含んで味を確かめてみる。きりっとした味わいはアレスの好みである。もしかしたらフレアに聞いてから選んでくれたのかもしれない。

「ところで、御用は何でしょうか?」

 貴重な時間を邪魔するわけにはいかない。アレスは早々に用件を済ませようと単刀直入にお伺いを立ててみる。

「明日の早朝にお帰りになると伺った。どうしても話がしたくてね。呼び出して申し訳ない」

 エドワルドはにこやかに応えると、空になったアレスのグラスにおかわりを注いでくれる。

「それは構いませんが……」

 当人の要望ならば仕方ないが、それでもこの貴重な時間を邪魔していると思うとどうしてもいたたまれない気持ちになる。それを無理やり誤魔化ごまかす様にアレスは注がれたワインに口をつける。

「アレス、来てくれたのね」

 奥の扉が開いて部屋着姿のフレアがオリガに手を引かれて出てきた。子供達と一緒に預けているらしくルルーの姿は無い。エドワルドがすぐさま彼女の手を恭しく取ると今まで自分が座っていた席に彼女を案内して自分はその隣に座った。

 ほんの少しの間だが、互いに見つめ合うとその場の雰囲気が一気に甘ったるくなり、アレスは口直しをしようと杯の中身を一気にあおった。

「ありがとう、オリガ。後はもう大丈夫だから下がっていいわ」

「かしこまりました」

 フレアがオリガを労うと、彼女は一同に頭を下げて部屋を出て行く。ラトリ村でアリシアの指導を受けた甲斐があり、その所作は磨きがかけられ、本宮に上がっても遜色そんしょくがない程洗練されている。

 姉弟揃って既にアリシアが後見をしているが、更にサントリナ公とブランドル公の後ろ盾を貰い、今後もフレア付きの侍女として本宮北棟で働く事が正式に決まっていた。

「で、一体お話とは何でしょうか?」

 幸せオーラ全開の2人が揃い、いたたまれなさに拍車がかかる。さっさと用を済ませてしまおうとアレスが問えば、エドワルドは居住まいを正し、懐から封書を取りだしてアレスの前に置いた。

「アレス卿、これを受け取って欲しい」

「何ですか?」

 うながされて開けて見ると、中にあったのはアレスの竜騎士復位を願う嘆願書だった。署名はエドワルドだけでなく、ミハイルを筆頭に今回集まった各国の賓客に大母補のシュザンナや礎の里から来ている賢者の名もある。他にもエドワルドを支えるタランテラの重鎮達の名もあり、アレスはそれを手にしたまま固まる。

「こちらは写しだ。元は既に賢者殿に託してある」

「……どうして?」

 思いがけない展開にアレスは嘆願書の写しを握る手が震える。

「元はと言えば我が国が余計な口出しをした為に君は不遇をこうむった。先のワールウェイド公グスタフの専横を抑えきれなかった我がタランテイル家の失態でもある。幾重に詫びようとも容易に許されるものでは無い。せめてあの訴えを取り下げられないだろうかと昨日の会合で話を出してみたところ、出来なくはないが時間がかかると言われた。5年前の事案の審理をやり直すとなると、結論が出るまでに少なくともその年月と同じくらいはかかると賢者殿に言われてしまった」

 エドワルドはそこで話を切ると、自分の杯に残ったワインで喉を潤す。

「そこで義父上が君に課せられている復位の条件がうやむやになっている事を教えてくれてね。それをはっきりさせて解決した方が速いと話がまとまった」

「だけど、あれは……」

 グスタフと結託した老ベルクが独断で出した条件だった。成功するとは思っていなかったので、帰還したアレスには知らぬ存ぜぬで会おうともしなかった。その対応をしたのが当時老ベルクの補佐をしていた甥のベルクで、これがきっかけで聖域の内情と共にフレアの存在も彼に知られてしまったのだ。

「彼の独断とはいえ賢者の地位にある者が出した約定だ。義父上の話では簡易の証文と証人もいると言う。それならば違えられることは無いと賢者殿が請け負ってくださった。

 今回の事で老ベルクの勢力も衰えているだろうから、手続きの途中で余計な邪魔が入る心配ももう無い。堂々と本来の地位に戻ることが出来る」

「……」

「これが必要なのでしょう?」

 フレアが布の包みを差し出す。開けるとアレスが譲ったあの水晶のような石をはめ込んだ首飾りが入っていた。クーズ山の山頂にある聖なる貴石。持っている者に幸運をもたらしてくれると言うこの石を単独で取りに行くのが竜騎士復位の条件だった。

「この石は私にたくさんの幸福をもたらしてくれたわ。今度はアレスの番よ」

「フレア……」

 しばし呆然として手の中にある石を眺めていた。無事に持ち帰ったはいいが、門前払いをされて幸運をもたらせると言うのは嘘だと思った。捨ててしまおうかとも思ったが、あの時荒んでいた自分は見た目がきれいだからフレアに譲ったのであって、決して姉の幸せを願って譲った訳では無かった。

「今度この国に来る時は、竜騎士として堂々といらっしゃい」

「分かった」

 姉の言葉にうかつにも涙が零れそうになる。それをどうにか我慢してうなずくと、アレスはその石を再び布に包んだ。

「アレス卿、数々の援助をありがとうございました。この国を代表してお礼申し上げる」

 泣きそうなのが気恥ずかしく、アレスが挨拶もそこそこに席を立とうとすると、エドワルドが竜騎士の礼をもって深く頭を下げる。

「よして下さい、義兄上。父も伝えたとは思うが、貴方が姉を手厚く遇して下さったから、その……」

「グスタフがした事で我が国を恨んでいらしたと伺った。それでもこの国に尽力して下さった。特に冬の間に頂いた有益な情報は本当に助かった。本当にありがとう」

「……俺にとって姉は掛け替えのない存在だ。そんな姉があなたと結婚したと聞いて正直ショックを受けました。けれども彼女があなたを慕って泣き、コリンやオリガ、ティムに接して悪い人間ばかりではないと気付きました。悪いのは一握り。当初はそう割り切って動いていましたが、半年経った今は愛着すら感じます」

 アレスの言葉にエドワルドは嬉しそうに相貌を崩した。

「貴公にそう言って頂けると嬉しいものだな。先程フレアも言った様に、今度は堂々ときてゆっくり滞在して欲しい」

「はい、ありがとうございます」

 2人はしっかりと握手を交わし、フレアはそのやり取りを微笑みながら聞いていた。

「それでは、俺はこれで」

 思った以上に長く話し込んでいた。これ以上新婚の2人の邪魔をしてはいけない。アレスは2人に改めて頭を下げると、そそくさと城主の部屋を退出する。




 明かりを落とした廊下には月の光が差し込んでいた。アレスは包みを開け、月光を虹色に乱反射させる石を眺める。

「復位できるのか……」

 竜騎士の資格を取り戻せる。正直、今までも竜騎士と変わらない仕事をしてきたので、あの村にいる限りやる事は変わらないのだろう。それでもその事実はアレスの心を浮き立たせていた。

「お前のおかげなのか?」

 フレアも今の幸せを手にするまでには随分と回り道をした。もしかしたらそのためにはその回り道が必要だったのかもしれない。あの時の荒んだ気持ちではこうは思えなかっただろう。

 アレスはもう一度石を月光にかざしてみると、また丁寧に布に包んで懐にしまう。こうしてまた自分の手元に戻ってきた。この石がもたらすと言う幸運を少しは信じてみても悪くは無いと彼は思った。




 秋……エドワルドの国主就任式に訪れたアレスの胸には上級竜騎士の身分を示す記章が誇らしげに光っていた。



首座様のゆかいな仲間たち5


娘婿その2 タランテラ国主代行



 微睡まどろみから覚めたエドワルドは、傍らの温もりを確かめるとほっと安堵の息を漏らした。義父を始めとした賓客達の計らいで、前日に正式な妻となった愛しい女性は彼の腕の中でぐっすりと眠っていた。

「……フレア」

 つい数日前に知り得た妻の本名を呟き幸せをかみしめる。頬に口づけるが、起きる気配はない。故郷の村で静養も兼ねて過ごしていたのに、何日も旅してタランテラへ戻ってきた。そして休む間もなくラグラスやベルクの捕縛に立ち会い、それに伴う会合にも出席したのだ。しかも夜は赤子の世話もきちんとしている。本人は口に出して言わないが、やはり疲れているのだろう。

 しかも初夜となる昨夜は周囲が気をきかせて2人きりにしてくれた。無理をさせるつもりは無かったのだが、彼女を妻とするあまりの嬉しさに歯止めがきかなかったのだ。

「フレア」

 エドワルドはその頬にもう一度口づける。1年近い間、度重なる不幸と試練に見舞われた為に、この幸せが夢ではないかと思ってしまう事がある。疑り深い性格になってしまったと自分でも思う。それでも、愛しい家族の存在を感じていないと安心して眠れないのだ。

 まだ起き出すには早い。彼女をゆっくり休ませる為にももう少しこうしていよう。その存在を確かめる様に、もう一度彼女を腕の中に抱きこんでエドワルドは目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ