73 遠い約束
「ほ、本当ですか?」
捕縛したラグラスを城に連行してきた竜騎士からフレアとコリンシアの帰還を聞いて、オルティスは驚きを隠せなかった。更には皇子エルヴィンの誕生まで伝えられれば、歓喜しすぎてうっすらと涙すら浮かべていた。
「こ、こうしてはいられない」
周囲にいた使用人達とひとしきり喜びを分かち合っていたが、はたと我に返る。一家は今、神殿に滞在しているが、いつ城に戻ってきてもいい様に準備を整えておかなければならない。部屋だけでなく、使用人の手配……特に皇子の乳母は最重要課題である。オルティスはペンを執ると、グロリアの館にいた使用人達に猛烈な勢いで手紙を書いた。
昼頃に今後の予定を伝えにヒースが城へ一旦戻ってきた。先日までのピリピリした雰囲気は消え失せ、表情にはどことなく余裕を感じられる。
「ご一家の城への帰還は明日の午後の予定だ。夜には慰労の意味合いも込めて晩餐の席を設けたいと仰せになられているが、堅苦しい席にはしなくていいそうだ」
「分かりました」
これで1日の猶予も出来たが、することも増えた。しかし、それが少しも苦痛には感じなかった。
「ところで、準備は間に合いますか?」
「任せてくださいと言いたいところですが、乳母の手配が間に合いますかどうか……」
急きょという事もあって一時的に引き受けてくれる人はいるが、皇都まで来てくれる人はなかなか見つからない。一先ずフォルビア滞在中はその女性に頼み、皇都で別に乳母を探す事になりそうだ。
「後は皇子様付きの乳母や侍女を統括できる侍女長ですね。子育ての経験がある方が望ましいのですが、こちらも皇都で探す事になりそうです」
「そうですか……」
ヒースは何かを考えている様子だった。そういえば御子息が3人いると聞いている。彼の奥方なら何か伝手をお持ちかもしれないと期待して声をかけてみる。
「お心当たりがございますか?」
「いや、確約が出来るわけではないのだが……」
自信がないのかヒースは言葉を濁している。それでも、伝手があるのなら最大限に活用したいところだ。慣れない場所で新たな生活を始めるフレアの為に、周囲には信頼できる人材で固めておきたいのだ。
「ヒース卿の御推薦でしたら安心してお迎えできます。お声をかけてみて頂けないでしょうか?」
「わかりました」
懇願するオルティスに根負けした様子だったが、ヒースは表情を改めて話題を変える。
「これはまだ殿下には内密にしているのだが、先方のご厚意で全てに片が付いたら殿下と奥方様の御婚礼を行う事になった。アリシア妃もじきに到着されるが、皇都からサントリナ公ご夫妻が到着されてから話が進められることになる。協力をお願いしたい」
「もちろんです」
予定がどんどん増えて忙しくなるが、喜ばしい事なので全く問題はない。オルティスは年甲斐もなくワクワクした気持ちになってくる。
「また状況が変わりましたらお知らせします。それでは私はこれで」
ヒースはそう言い残すと大神殿に戻っていった。
「オルティスさん!」
ヒースと入れ違いに手紙を送った使用人達がぞくぞくと城に集まってきた。手紙を託した竜騎士達に無理を言って乗せてもらって来たらしい。彼等も喜びを隠しきれない様子で挨拶もそこそこに手紙の内容を改めて確認してきた。だが、そうは言われてもオルティスもまだ顔を合わせていない。伝え聞いた内容しか知らないのだが、それでも彼等は喜んでいた。
ありがたいことに使用人仲間の1人が乳母候補を紹介してくれた。しかも皇都まで来てもらえるらしい。まだ直接会ってみないと分からないが、それでも問題が1つ解決した。ともかく一家が戻ってくるまであまり時間はない。城の人員を総動員して迎える準備を進めていく。
内乱時にはラグラスが我が物顔で使用していた城の主寝室は、既に家具を入れ替えいつでもエドワルドが滞在できる様に整えてあった。ゆりかごと子供用の家具も手配し、子供部屋もぬかりなく準備を整える。
手間がそうかからなかったのは占拠していたラグラスが、家具こそ見栄えのいいものに変えはしたものの、大きな改装を施さなかったため、以前の姿に戻すのがそう難しくはなかった事だった。
ちなみに以前の家具が保管されていた倉庫の片隅にはいつかロベリアで贖った真似鳥の絵があった。焼失したと思っていたが、誰かが接収してそのまま倉庫に押し込んでいたのだろう。もしかしたら価値が無いと思ったのかもしれない。
その絵を見付けたオルティスは、中庭に面した私的な居間の壁にその絵をそっとかけた。それを見ていると内乱が起こる直前の幸せな光景を思い出す。
『オルティスも一緒に行けたらいいのに』
『お仕事があるのです。無理を言ってはいけませんよ』
『でも、おばば様も来てほしいと思っているよ』
ご一家が神殿に出かけられる前の日の事だ。姫君はそんなかわいい我儘を仰っていた。その時は気を使っていただいたお礼を言い、自分の代わりに花を手向けてきてほしいとお願いした。そして館に帰って来る日には彼女の好きなものを用意して待っていると約束したのを思い出す。
「1年経ってしまいましたが、晩餐には姫様のお好きなものを加えて頂きましょう」
絵を眺めながらオルティスは口元に笑みを浮かべる。今ならまだ1品増やしても問題ないだろう。最終チェックを終えた彼は、その旨を伝えに厨房へ向かった。
そしてベルクの審理が行われた日の午後、先触れから知らせを受けたオルティスは城の着場で一家の到着を待っていた。使用人も兵士も手が空いているものは一家を出迎えようと皆集まっている。
やがて南方の空に飛竜が姿を現す。一番目立つ黒い飛竜を中心に20頭近い飛竜が城を目指してくる。そして抑えきれない興奮の中、飛竜は着場に降り立った。
「オルティス! ただいま!」
飛竜から降ろされた姫君が真先に駆け寄ってくる。その後から夫に手を引かれたフォルビア公の姿があった。その肩には相変わらず琥珀色の小竜が留まっていて、何かを大事そうに抱えている。
「お帰りなさいませ」
不覚にも声が震えてしまった。そして女主の腕の中で健やかに眠る赤子の姿を見ると、涙腺が決壊していた。
「本当に、本当に良くご無事で……」
「オルティスにも皆さんにもご心配をおかけしました。只今戻りました」
「いえ、本当にようございました」
幸せそうな一家の姿に感無量となったのはオルティスだけではなかった。周囲にいた皆も目頭を押さえている。
「今朝、ベルクの弾劾も終わり、奴は持っていた権力も金も全て失った。これでタランテラから脅威は一掃された」
エドワルドがそう宣言すると大きな歓声が沸き起こる。しかし、その騒ぎで赤子は起きてしまい、むずかり出した。元気な泣き声でオルティスは我に返り、慌てて一家を城の中へ案内した。
「あら、何事かしら……」
穏やかな春の日差しが降り注ぐ昼下がり、昼寝をしている子供達を乳母に任せて城に滞在中の姑とお茶を楽しんでいたフロックス夫人ユリアーナはその気配に訝しんだ。近づいてくるのは夫の相棒となる飛竜オニキスのもの。窓の外を見ると、飛竜が3頭、ちょうど着場に降り立とうとしている所だった。
この地の領主でもある彼女の夫がこの城に来るのは別段不自然な事では無い。だが、現在彼はフォルビア総督を拝命しており、逆賊討伐のごたごたで今この国で最も忙しい人物だった。
赴任先は領地のすぐ隣だと言うのに、春先に急用で皇都に行った帰りに立ち寄るまで1年近く顔を合わせる事が無かった。その間に人見知りの次男には顔を忘れ去られ、秋に生まれた3男は生後半年でようやく父親に抱いてもらえたと言うありさま。夫の突然の帰還に彼女が戸惑うのも無理からぬことかもしれない。
「大奥様、奥様、旦那様がお戻りになられました」
「そうみたいね」
家令が主の帰宅を告げ、その後ろには少しやつれた夫の姿がある。目の前にいると言うのに夫が帰って来たのが夫人には正直信じられなかった。
「おやまあ、珍しい事。天変地異を引き起こさないでちょうだいよ」
先に声をかけたのは姑の方だった。驚いた様子で軽く目を見張り、久しぶりに会う息子に声をかける。相変わらず遠慮のない物言いに、言われた当の本人は苦笑している。
「お久しぶりです母上、いらしているとは思いませんでした。それにしても相変わらずですね」
「孫を抱きに来たのよ。あんたが忙しすぎて子供達をほったらかしだから、手助けでもしようと思ってね」
「左様……ですか……」
母親の言葉が耳に痛い。ヒースは現実逃避するように母親との会話を打ち切ると、妻に向き直っていつも通り頬に口づける。
「急に帰ってきて済まない。変わりないか?」
「ええ。何か……有りましたの?」
「ああ、ともかく落ち着いてから話そう」
良くできた家令は主が話をしている間にヒースの席を用意し、改めて3人分のお茶を用意し直している。それぞれが席に着き、お茶を飲んで一息ついてからヒースは徐に話を始めた。
「反逆者ラグラスを捕えた」
「まあ……」
朗報に2人は顔を綻ばせる。そんな彼女達にヒースはラグラスを捕えた経緯や思いがけない訪問者など、この数日のうちに起こった出来事を説明していくが、予想を遥かに上回る展開に2人共付いてこれなくなり、途中からは呆けた様子でヒースの話を聞いていた。
「ベルクの審理も先程終結した。これでタランテラは悪夢から解放される」
「おめでとうございます」
夫のこの1年間の尽力を知っているユリアーナは夫を寿ぎ、頭を下げる。これで全て終わりではないが、大きな問題が解決したのは間違いない。
「ヒースや、お前それだけを伝えにわざわざ来たのかい?」
確かに、これらの報告だけなら手紙で済む内容である。母親の鋭い指摘にヒースは苦笑する。
「実は、奥方様と姫様がご帰還された」
どう切り出そうか迷っていたのだが、もう単刀直入に言うしかない。ヒースは腹をくくり、彼女達は今までフレアの故郷の聖域に身を寄せていた事、更にはフレアがブレシッド家の養女である事実を明かした。その上で逃亡したラグラスとベルクが陰で結託していた事と、ベルクがフレアに懸想していたことを憂慮した彼女の家族の判断でこの時期まで無事であることを秘匿せざるを得なかった事も付け加えた。
「その様な後ろ盾をお持ちなら、どうして親御様の元へ行かれなかったのか?」
母親の疑問はもっともな事である。ユリアーナも首を傾げているから同意見なのだろう。
「冬の終わりに奥方様は御嫡子エルヴィン様をご出産された。逃避行の最中にご懐妊に気付かれたが、一時は母子ともに危険な状態に陥り、持ち直された後も安静が必要で身動きが取れなかったそうだ」
ヒースの答えに2人は言葉を失う。彼は改めて妻に向き直る。
「君に頼みがある。オルティス殿が乳母や世話係を手配されているが、彼女達のまとめ役として奥方様に仕えて貰えないだろうか? 目がご不自由なあの方のお側近くには本当に信用の出来る者しか置きたくないと言うのが我々の一致した考えだ。それを踏まえた上で、子育ての経験がある君が適任だと考えた」
ここでヒースは一旦言葉を切ると妻に頭を下げる。
「私は今しばらくフォルビアに留まる事になる。そうなると子供達と交わしたあの約束を果たせなくなるが、それでも君にお願いしたい」
「……決定ですの?」
「いや。殿下に打診されたわけではないし、まだこちらから申し出てもいない。君の判断に任せる」
ヒースの答えにユリアーナは考え込み、母親は黙って成り行きを見守る。
「一度お会いしてから判断しとうございます」
「……いいのか?」
「まだお受けすると決めたわけではないわよ? でも、貴方が竜騎士を続ける以上、年の半分は家にいないのだからどこに居ても変わらない気がするわ」
妻の返答にヒースは苦笑する。彼女の言うとおり、第1騎士団にいた頃でも討伐期には皇都の家に帰る事は殆どなかった。フォルビアに呼んでも放っておくことになりかねないと危惧していたヒースは、この事もあって妻に侍女長役を打診したのだ。
「奥方様にお会いして、その人となりを見極めて判断しとうございます」
「分かった」
ヒースは安堵してうなずく。妻ならあの奥方といい関係を築けるのではないかと思っていた。会ってから判断すると言うが、心の中ではほぼ決まっているのだろう。
「そうなると、早い方が良いわね……。子供達を置いていくわけにはいかないし、どうしようかしら……」
「お前はすぐにあちらに戻るのかい?」
妻が思案していると、横から母親が口を挟んでくる。
「はい。サントリナ公が到着されれば、今後について話し合いの場がもたれます。これはまだ公にしていませんが、この話し合いが済めば先方の御好意で殿下と奥方様の御婚礼も予定されています。御当人方が聞けば固辞されると思われるので、準備の方は内密に進めていますが……」
「ならばなおの事一緒にいけばいい。後の事は私が何とかしよう」
「宜しいのですか?」
「それが最善と思わぬか?」
ヒースが成人して妻を迎えるまでは、体の弱かった父親に代わり母親が領内を切り盛りしていた。父親が他界し、引継ぎが済んでしまうと田舎に引っ込んでしまったが、今でも相談役として困った時には助言を貰っている。元より領主不在が当たり前となっているので領地経営の為の人材はそろっている。加えて母親が復帰してくれるのなら領内の事は心配ないだろう。
「分かりました。それではお願いします」
ヒースは後事を母親に一任する事に決めた。それを受け、使用人達はすぐに動き始め、妻も出立準備の為に席を外す。
「父上!」
「とうしゃま!」
入れ替わりに元気な足音が聞こえて子供達が元気よく飛び込んで来た。「お行儀が悪いですよ」と祖母に叱られても気にせず、先ずは兄が座ったままのヒースの膝に乗り、よじ登ることが出来ない弟は腕にしがみついて離れない。
「悪い人捕まえたの?」
「たの?」
ヒースは苦笑しながら弟も抱え上げて膝に乗せる。そして順に抱きしめてから2人の顔を覗き込んだ。
「ああ。悪い人は捕まえてもう悪いことが出来ないように閉じ込めたよ」
「本当? 父上凄い!」
「しゅごい!」
絶賛する息子に双眸を崩す姿は日頃の彼からは想像できない姿である。部下達が見れば目を疑ったに違いない。ヒースは出かける準備を整えた妻が呼びに来るまで無邪気な子供達と過ごした。
一家がフォルビアに着く頃には辺りは暗くなっていた。出迎えてくれたオルティスに先導されて広間に向かうと、既に内輪の宴が始まっている。無礼講なので堅苦しい礼服も仕来りも無い。出席者は思い思いに集まって食事をしながらの会話を楽しんでいる。
目指す相手は一番奥。ひときわ目立つプラチナブロンドとそれに寄りそう丈成す黒髪……今宵の主役でもある2人は当然のように多くの人に囲まれていた。
「殿下、遅くなって申し訳ありません」
「何だ、泊まって来なかったのか?」
「まだやる事は沢山ありますから」
ラグラスを捕え、ベルクの糾弾も終えて大きな山を乗り越えたからだろう。数日前までの張りつめた緊張感は消え去り、エドワルドが本来持っていた穏やかな空気が蘇っている。一番大きいのは傍らにいる奥方の存在かもしれない。彼女達が帰って来た事によって、心の平安を取り戻したのだろう。
「妻と息子達です。若様の良き遊び相手になればと思い、連れて参りました」
エドワルドと面識のある妻は臆することなく挨拶を交わして末の息子を紹介する。一方、上の2人は始めての場所に沢山の人。ましてや目の前には今まで見た事も無いようなきれいな髪を持つ人物が立っている。普段のやんちゃな姿は鳴りを潜め、神妙な面持ちで促されるままに挨拶をした。
「しばらく見ない間に随分と大きくなったな」
「ええ、同感ですね」
エドワルドがヒースの息子達に会うのは3年ぶり。真ん中の子供が生まれた折に寿いでもらった時以来となる。1年ぶりに息子に会ったヒースも驚いたのだから、3年も経っていればなおの事だろう。
「フレア」
子供達と握手を交わしたエドワルドは傍らに控えていたフレアを呼ぶ。腕に赤子を抱いた彼女は、妻に挨拶を済ませると、屈んで子供達にも丁寧に挨拶をする。弟よりも小さな赤子に子供達も興味津々で覗き込む。
「かわいい」
「あーちゃんだ」
再会してからも忙しかった事もあり、こうしてじっくりとエルヴィンと対面するのは初めてかもしれない。自分の息子も髪が少ないと思っていたが、エルヴィンの髪は本当に申し訳程度にしか生えていない。それでも特徴的なプラチナブロンドは自己主張しているのが不思議だった。そして更に見比べてみると、やはり月齢の差から余計に弱弱しく感じる。
そこへティムを従えたコリンシアが姿を現す。まだ見習いにもなっていないティムはこの場に出るのを固辞しようとしたのだが、フレアやコリンシアが無事に帰還できた最大の功労者としてエドワルドに出席を命じ……許されていた。
先程まではジグムント等傭兵達が武勇伝を面白おかしく話すのを2人で聞いていたらしいのだが、気をきかせたオリガに呼ばれてここへ来たらしい。
「お姫様だ……」
結い上げたプラチナブロンドに金の髪飾りをつけ、青いシフォンのドレスを纏ったコリンの姿を見た兄弟は言葉を無くして固まった。3年前に会った時にはコリンシアを伴っていなかったので、初対面となる子供達をそれぞれに紹介すると、特に兄の方は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「今夜は仕来りも何も気にしなくていい。楽しんでくれ」
いくら無礼講とはいえ、主役であるエドワルドはヒースの家族ばかりを構ってもいられない。内乱中も陰ながら竜騎士達に援助してくれた有力者が挨拶に来たので、エドワルドはその場から離れていく。ヒースも加わりたいが、妻子を放っておくわけにもいかず思案していると、フレアがそっとユリアーナを話の輪に加え、ティムとコリンシアは子供達を誘って運ばれてきたばかりの料理をとりに連れ出してくれた。
大きなゆり籠に2人の赤子は寝かせられ、それを囲んだ女性陣は話が弾んでいる。ご馳走を取り分けてもらった子供達は傭兵達にかまってもらいながらそれらを食べていた。ヒースは彼等にも目礼して謝意を伝え、エドワルドやアスター等の話の輪に加わった。
子供達が小さい事もあり、宴を途中で辞したユリアーナと子供達は城の客間に案内された。仕事が忙しいヒースは普段、執務室で寝起きしているらしく、自分用に部屋を確保してもいなかったらしい。急遽整えてもらった部屋で子供達を寝かしつけた彼女は、ほうっと一息つくと初対面となった夫の上司の奥方を思い出す。
あの後2人の赤子を囲み、フレアとマリーリア、オリガを交えて女性だけで話に花を咲かせた。主にフレアやオリガから逃避行中の苦労話や故郷の村での暮らしぶりを、マリーリアからは冬に卵から孵った幼竜達の話を聞いた。
聞き役に徹してユリアーナはその間にフレアの人となりを判断しようと注意を傾けていたのだが、その居心地の良さからいつの間にか自分も会話に加わっていた。彼女に仕えるとなると、これから長い付き合いになるはずの他の2人とも打ち解けて話が出来たし、夫人としては何の問題も見いだせなかった。
本当は夫の頼みを聞いた時点で受けるつもりだった。ただ、気がかりなのは、子供達は父親が迎えに来てくれたのでもう一緒に暮らせると思い込んでいる点だ。この辺は子供達を悲しませないようにどうにか工夫しなければならない。
「まだ、起きていたのか?」
夜が更けた頃、ヒースが驚いた様子で部屋に入って来た。宴が終わった後に到着した皇都からの一行を出迎え、諸々の事後処理をしていたらこの時間になり、休もうとしたところでこの部屋から明かりが漏れているのに気付いて顔を出してくれたらしい。
「色々と考え事をしておりました」
我に返った彼女は立ち上がると夫を出迎え、抱擁を交わす。そして目が合うと、2人はどちらからともなく唇を重ねた。
「私、昼間のお話受けようと思います」
ユリアーナは夫の顔を見上げ、徐に口を開く。
「受けてくれるのか?」
「はい。あのお方なら安心してお仕え出来そうです」
「そうか……ありがとう」
ヒースは安堵するともう一度妻を抱きしめた。
「ただ……子供達にどう説明したらいいか……。悪い人をもう捕まえたから、貴方とずっと暮らせると思い込んでいるのよ。また離れ離れになると分かればきっと泣くんじゃないかしら」
「そうだな……。とにかく出来る限り言葉を尽くして説明するしかないな」
「ええ……」
眠っている子供達を見ながら、2人はため息をついた。
後日、夫婦は息子達に事情を説明した。真ん中の息子は少しだけごねたが、コリンシアに淡い恋心を抱いた長男は彼女と一緒に皇都に行くと知ると思いの外あっさりと承諾した。姫君にまとわりつく息子の姿に夫妻は苦笑するしかなかった。
ヒースの奥方と母親の嫁姑の関係は至って良好。
仕事の虫のヒースが殆ど家に帰ってこないので、随分と助けてもらっている。
ちなみに、ヒースの長男の初恋はコリンシアに見向きもされずに散ることになる。
おまけ アイドルの座は譲れない4
★ファイナルラウンド
今日はなんだか騒がしい。
折角お昼寝をしていたのに、うるさくって眠れないじゃない。
もう、仕方ないわねぇ。
目がすっかり冴えてしまったアタシは大きく伸びをして、いつもの窓辺に登って外を眺めた。
外を歩いている人達、なんだかみんな嬉しそう?
なんかいいことあったのかな?
「お、いた、いた」
お兄さんが忙しいときに代わりにお世話をしてくれる人がアタシを見つけてヒョイと抱き上げた。
な、何よ、いきなり?
驚いて手に爪を立てたが、何ともないらしい……。
「ああ、驚かせてごめんよ」
その人は謝りながらそのごつごつした手で撫でてくれる。……気持ちいいから、ま、いいか……。
連れて行かれたのは広いお部屋。そこには先客がいて……。
「あ、ブルーメだ!」
真っ先にアタシを見つけた女の子が駆け寄ってくる。いつも遊んでくれたあの女の子だ。
「まあ、ブルーメ、無事だったのね」
「ルークが世話をしていたそうです」
あの優しいお姉さんも、いつもおいしいご飯を用意してくれたお姉さんもいる!
お兄さんが床に降ろしてくれたので、ニャオンと一番かわいい声で鳴いて擦り寄ると、優しいお姉さんはその手で撫でてくれる。
うーん、やっぱりこの人の手が一番気持ちいい。ゴロゴロと喉を鳴らして体を摺り寄せると、抱き上げて膝にのせてくれた。
「ブルーメも大変だったのね。良かったわ、また会えて」
頭から背中にかけて優しく撫で、喉の下も擽ってくれる。もう、たまんない。
あー幸せ……。
ピシッ!
撫でられる心地良さに身を任せていると、急に何かが打ち付けられる。
痛いにゃない!
ガバッと体を起こすと、目の前に尻尾をゆらゆらと揺らしているアイツがいた。アタシの幸せなひと時を邪魔するなんて許さない!
グッ?
アイツは素知らぬ顔をして首を傾げているが、尻尾をわざと揺らして挑発してくる。ムカついたアタシは狙いを定めてアイツに飛びかかった。
フミャー!
「あらあら……」
「ルルーと仲良しだったもんね。ブルーメも嬉しいのかな?」
ドスッ!ガタン!
オンギャー!
激しい取っ組み合いをしながら床を転げまわっていると、何か硬いものにぶつかった。とたんにけたたましい泣き声が聞こえてアタシもアイツも動きが止まる。
「あぁ、びっくりしたのね。よしよし……」
いつもご飯をくれるお姉さんが人間の赤ん坊を抱き上げてあの優しいお姉さんに手渡した。そしてそのお姉さんはもうアタシには目もくれずにその赤ん坊をあやし始める。
「あ~、エルヴィンが起きちゃったじゃない。騒ぐんならお外に行って」
アタシとアイツは女の子に掴まり、部屋の外へ追い出された。
バタン
無情にも目の前で扉が閉められる。
中からはお姉さん達の楽しげな声が聞こえる。
え~ちょっと待って~。
ニィー、ニィー……
クルクルクル……
アタシもアイツも中に入れてもらおうと、甘えた声を出して扉を引っ掻いていたら、何時かの黒い服を着た男の人に見つかって、また何時かの様に難しい言葉で小言を言われた。
結局、喧嘩両成敗で勝敗はつかず。しかも第三者に横取りされて終結となった。
ちなみにファイナルラウンドはベルクの糾弾が行われた日、フォルビア正神殿から城に移動した直後のお話。エドワルドは執務でこの場にはいなかった。




