66 悪夢の終焉2
少しですが暴力シーンがあります。
暴動が起きた砦から逃れたラグラスは、僅かな手勢と共に領内の外れにある小さな神殿に身をひそめていた。祭事がある時だけ大きな神殿から神官を呼び、普段は無人となる準神殿は彼にとって格好の隠れ家だ。秋に牢を脱出した後もしばらくはこういった準神殿を転々として過ごし、ベルクとの接触の機会を伺っていたのだ。
ラグラスの手勢は一時、数百人にも及び、タランテラ側も無視できない程の勢力となっていたが、今いるのはおよそ20名。牢を脱出した時とほぼ同じ顔ぶれだった。だが、半年前と大きく違うのは、現在の状況に一人を除いて皆、楽観できる状況ではないのを良く理解している所だろう。
「これからどうなさるおつもりですか?」
幾分きつい口調でダドリーが尋ねて来るが、当のラグラスは抱えて逃げてきた酒瓶にまだ中身が残ってないか確認する方が忙しそうである。
「誰かあの男の所へ行って来い」
先日までラグラスの補佐についていたベルクの部下の事である。本当は彼が向かった小神殿まで行きたかったのだが、タランテラ側の厳重な検問所が設けられていて断念し、とりあえずこの準神殿に身を隠したのだ。
「あの男に頼って大丈夫でしょうか?」
「当たりめぇだろう。奴等だって俺様がいないと欲しいもんが手に入らなねぇんだからな」
「……分かりました」
ダドリーは渋々同意し、残っている中で最も下端の男に小神殿まで行ってくるように命じた。幸い日没も近い。1人であれば、夜陰に乗じて目的地に向かう事も可能だろう。空腹と疲れからなかなか腰を上げようとしないが、他の全員から睨まれ、仕方なく腰を上げて出て行った。
「役に立たん」
ラグラスは酒瓶を諦め悪く振ったり逆さにしたりとしているが、疾うに飲み乾されて瓶には一滴も残ってはいない。終いには腹を立てて瓶を放り投げると、疲れたようにその場に座り込んでいる面々に八つ当たりを始める。
「誰が休んでいいと言った。お前らもさっさと食うもんを徴収しに行って来い! いいか、酒も忘れんなよ」
半年前に比べて一回りも大きくなった体を揺らして手下を一喝する。座り込んでいた手下達も渋々と言った様子で出てくと、今度はその矛先がダドリーに向けられる。
「お前が奴らを甘やかすから増長するんだ。俺様の命令に黙って従うよう徹底させろ」
そして散々「役立たず」だの「能無し」だのと罵り、気が済んだところで「疲れたから寝る」と言って奥の部屋へ行ってしまう。
「……誰が能無しだ?」
ダドリーの強く握りしめた拳は怒りでブルブルと震えている。程なくして鼾が聞こえてくると、彼の怒りが頂点に達する。
「一番の役立たずはお前だろうが!」
そう彼は叫ぶと、ラグラスが寝ている隣室への扉を勢い良く開けて踏み込んだ。
マーデ村に設営された本陣で開かれた軍議の席に主だった竜騎士が集まった。エドワルドの補佐として率いてきた第1騎士団を束ねるアスターにフォルビア総督も兼ねるヒース、第3騎士団を束ねるリーガスや第2、第5、第7騎士団の団長にクレストやルークといった団長の補佐役も揃い、実に壮観な眺めだった。
その彼等が興奮を抑えきれない様子で熱い視線を送る先には、エドワルドに手を引かれて静々と進むフレアと軍議に参加するアレスとルイスの姿があった。
エドワルドの妻子の帰還に皇子の誕生といった慶事はルークによっていち早く伝えられ、フレア達はつい先ほど本陣に駐留中の竜騎士達によって熱狂的に迎えられた。ヒースはエドワルドの天幕代わりに用意していた旧村長の家で軍議を開くつもりでいたのだが、そこを彼の妻子が休める様に急遽整えたので、軍議の会場を自分の天幕に変更していた。
子供達は女性陣と共にすぐに村長の家に案内され、さすがに疲れたのかすぐに寝入ってしまっていた。そこで後をオリガや乳母役の女性に任せ、フレアは軍議に出席する事になったのだ。
「先ずは改めて紹介しよう。彼女が我妻フレア・ローザだ。こちらにいる間は叔母上によって名付けられたフロリエと名乗っていたが、この1年の間に記憶を取り戻したそうだ」
エドワルドは上座に着くと、隣に座る妻を一同に紹介した。初めて会う者もいるし、何よりも彼女が記憶を取り戻したことを知らしめておくことが必要だった。少し興奮気味のルルーを宥めつつ、「フレアと申します」と静かに頭を下げた。
「こちらにおられるのは彼女のご親族で、聖域の竜騎士方を束ねておられるアレス卿とブレシッド家のルイス卿だ。アレス卿を筆頭に聖域の竜騎士方には今までも陰ながらにご助力を下さっている。今回は彼女達の護衛の他、ラグラス捕縛にもお力を貸して頂く事となった」
2人は立ち上がり、一同に短く名乗って頭を下げた。さすがに紅蓮の公子と異名を持つルイスの名は知られているらしく、僅かながらにどよめきが起きる。それでも彼等は沸き起こる好奇心を抑えた。今は一刻も早く逃げたラグラスを捕縛するのが急務だからだ。
「現状を報告してくれ」
「かしこまりました」
先にルークが立ち上がり、砦への突入時の状況を報告する。
「暴動が起きたと知らせが来たのは昼過ぎでした。私とジグムント卿率いる傭兵団が突入して制圧は速やかに行われましたが、残念ながらラグラスは逃げた後でした。心配されていた人質ですが、ジグムント卿の報告では秋ごろから奴らの食事の世話の為に雇われていた女性でした」
「その方にお怪我は?」
フレアが心配そうに尋ねると、ルークは苦笑して応える。
「怪我も無く、乱暴に扱われた様子も無いと報告を受けています。年配の女性ですが、我々に要求を突き付けた時には鬘を被っていたようです。なかなかしたたかな女性で、食料が尽きかけても自分の分はしっかり確保していたとか。今はまだ、砦に留まってもらっています」
「そう……。ありがとう、続けて下さい」
ルークの報告にフレアは安堵する。1年前と変わらない優しい心象にエドワルド達は本当に彼女が戻って来たのだと実感して顔を綻ばせた。
しかし、未だ問題が解決していないので、すぐに気を引き締める。そして今度はヒースが立ち上がり、中央のテーブルにフォルビアの地図を広げた。それにはいくつもの紙片が止めてあり、書かれている数字からその土地に派遣した騎馬兵の数だと分かる。更には主要な街道だけでなく、畦道のような農道のどの位置を封鎖したかも記入され、砦を中心に二重三重の包囲網が完成していた。
「暴動が起こる前にはこの外苑への配置はほぼ完了しておりました。ですからここより外へは抜け出てはいません。現在はこの外苑から砦に向けて騎馬兵中心の部隊が捜索しております」
「そうか」
ヒースがフォルビア総督に着任して以来、この日が来るのを想定して練りに練ったその計画はエドワルドが今更口を挟む隙もない程緻密だった。そして覗き込んでいたアレスとルイスは「これは真似できないな」と思わず呟いていた。
「制圧した砦は現在、ジグムント卿率いる傭兵部隊とフォルビア騎士団の一部が駐留し、事後処理と管理にあたっております。現在の所、ラグラスが戻ってくる気配は無いようです。
捜索の範囲は狭められ、ラグラスの手勢はこちらとこちらにある準神殿のどちらか、或いはこの近辺にある農機具小屋に身を潜めていると予測しております。増援も来ましたので、この一帯を重点的に捜索する部隊も編成し、既に活動を開始しております。
離脱した者の話では、不摂生を重ねたラグラスは相当肥え太っているとか。長時間の移動だけでなく、木々が生い茂った森の中にあるような獣道は通るのも困難なのではないかと思われます」
「奴の手勢の総数は分かるか?」
「はっきりとした数字は分かっておりませんが、離脱者の証言によると多くても30。2ケタいるかどうかとも言われております」
ヒースの返答にエドワルドは少し考え込む。
「少人数になるとかえって発見が難しくなる。別働隊の数を増やして捜索を急がせよ。ベルク準賢者がこちらに着く前にケリを付ける」
「かしこまりました。第3大隊に要請します」
アスターが答え、視線を第3大隊の隊長に向けると、彼は頭を下げて天幕を出て行った。
「ベルク準賢者はいつごろ着くか予測がつきますか、アレス卿」
彼が率いる聖域の神殿騎士団の狙いはベルクの失脚である。当然、その動向も把握しているだろうと予測してエドワルドが尋ねると、アレスは端的に「明日だ」と答える。
「着くのは夕刻の予定だが、ラグラスが殿下を脅迫した事実を耳にしております。早まる可能性もあります」
「そうか。ならばなおの事、今夜中に決着をつけねばな」
元来、審理の申し立ては国家間の問題がこじれる前に礎の里が間に入って公平に解決する為に行われる物である。今回のラグラスの様に、言いがかりとしか言いようのない申し立てでは受理される事は無い。
それが受理されたのは、人質の解放が目的と見せかけたベルクの手腕によるものである。彼としてはラグラスには渡した金で春まで大人しくしててもらい、要求通り審理を行えればよかったのだ。結果はどうなろうとも目的の薬草園を手にする自信があったからだ。
ところがラグラスはその資金を春が来る前に使い果たしてしまった。あの小神殿をアレス達が占拠していたため、ベルクには都合の悪い情報が届かず、お目付け役まで残したのに彼の意思がラグラスに届かなくなった。
やがてラグラスは暴走を始め、目の前の欲の為に遂には自分達の切り札までも持ち出した。エドワルドに対し、はっきりと人質がいる事を明言して金品を要求したのだ。
申し立てが受理され、審理が開かれるまでは原則として双方とも武力の行使を禁じられている。望んで人質になるものなどいる筈も無く、これにより暗にラグラス側が武力の行使を認めたことになり、審理自体を無効とする事も可能だった。
審理が行われなければ薬草園の入手が難しくなる。確約された筈の昇進も危うくなる。今頃ベルクは相当焦っている筈だ。
「会議中に失礼します」
そこへレイドが肩に小竜を乗せて入って来た。それはガスパルに預けた小竜に間違いなく、アレスは一同に一言断って運んできた知らせに素早く目を通した。
「大母補様を置いて先に奴だけこちらに向かっているそうです。こちらに着くのは明朝になりますね」
「大母補様を置いて?」
「ええ。護衛もほとんど残していないようです」
準賢者と呼ばれてもてはやされているが、ベルクは高神官に過ぎず、大母補は敬うべき存在である。しかも自分の補助をするためにわざわざ足を運んでもらったにも関わらず、適当に言い繕って置き去りにしたのだ。
「アスター、至急小隊を向かわせろ」
「かしこまりました」
ベルクの執念深い行動に呆れながらも、エドワルドは直ぐに護衛として小隊を向かわせるように指示する。しかし、アレスはそれを制するとレイドに指示を与える。
「タランテラ騎士団はラグラス捕縛に専念してください。レイド、父上にこの事を伝えて大母補様の保護を頼んでくれ」
「分かりました」
レイドは頭を下げると天幕を出ていく。
「済まない。感謝する」
「いえ。それよりも今ならまだ、奴をご都合のいい場所に誘導できます」
「そうなのか?」
「はい。フォルビアの城でも正神殿でも、お望みの場所に誘導します」
アレスの提案にエドワルドはしばし考え込む。ここで全ての決着をつけてもいいが、場所がどうのと難癖をつけられそうだ。ならば文句のつけようのない場所で行えばいいだろう。
「正神殿に誘導してもらえるか? こちらが手間取っても足止めぐらいはしていただけるだろう」
「そうですね」
アレスはその場で書面をしたためると、小竜を宥めながら紙片を胴輪に挟み込んでその場で離した。小竜は天幕の中を一周すると、控えていた竜騎士が開けた入口から外に飛び立った。
すると入れ違いに今度はヒースの部下が報告に現れる。
「申し上げます。先程、ラグラスの手下を捕縛したと報告がありました」
「場所は?」
「砦の北東。下働きに扮して街道に出ようとしたところで兵士に取り押さえられました」
広げられた地図を使い、詳しい場所を差す。ヒースが目星をつけていた準神殿のすぐ北だった。
「ラグラスの居場所は分かったか?」
「まだです」
そうしている間にもラグラスの配下と見られる男達を捕縛したという報告が次々と上がってくる。数えていくと全部で20名。当初の予測から判断すると、ラグラスの下にはもうほとんど手下が残っていない計算となる。
「第3大隊はもう出たか? 別動の捜索隊をこの準神殿に集中させろ」
「もう出ました。伝令出します」
エドワルドの指示にアスターがすかさず補足していく。飛行速度の速い騎士には元々伝令の役目が与えられ、いつでも飛び立てるように準備が整えられている。エドワルドの意向が伝えられ、彼等はすぐに飛び立っていった。
「私も行きます」
こうなって来ると、ルークも大人しくしていられない。立ち上がり、直接の上司であるヒースと主君であるエドワルドに伺いを立てる。
「お前を行かせるわけにはいかない」
「どうしてですか?」
「まだ奴の命を奪う訳にはいかない。お前は奴を前にして平常心でいられるか?」
渋い表情でエドワルドに言われ、ルークは少しだけ狼狽えた。しかし、すぐに表情を引き締め、断固とした口調で答える。
「確かに、奴が相手なら私も躊躇なく剣に手をかけられます。ですが、オリガも無事と分かった今なら、冷静に対処できます」
「……」
「行かせてください、殿下。エアリアルなら奴が何処に隠れていても気づく筈です」
真っ直ぐに視線を向けられ、エドワルドはため息をつく。
「分かった、行って来い。但し、すぐに奴を見つけて連れてこい」
「ありがとうございます」
ルークは深々と頭を下げると、すぐに天幕を飛び出していった。
「宜しいのですか?」
ヒースはあからさまに顔を顰め、アスターが気遣わしげにエドワルドに尋ねてくる。砦への突入で無茶をして負傷しているのに、更にまた何かやらかすのではないかと彼等も気が気ではないのだ。
「抑圧しすぎて、知らないところで無茶されるよりは良い。それに、オリガが帰って来た。無茶しすぎて倒れるという醜態は曝さないだろう」
半ば諦めたようにエドワルドは肩を竦める。正直、今すぐ飛んで行って見つけ出し、めちゃくちゃに痛めつけたいのはエドワルドも同じだった。
「!」
次々と情報が舞い込む中、アレスとルイス、そしてフレアの3人が何かの気配に気づいて表情を強張らせた。
「御大が来たな」
「来たか~」
「……パラクインスが大喜びしてますわね」
互いに顔を見合わせる3人をタランテラ側の竜騎士達は怪訝そうに眺めている。しかし、フレアが呟いた飛竜の名を耳にすると、今度は彼等も表情を強張らせて顔を見合わせた。
「とりあえず、お前、出迎えてこい」
「俺?」
アレスがルイスの肩をポンとたたくと、彼はいかにも情けない表情を浮かべた。
「全責任を取るんだろう?」
「……分かった」
確かにラトリでそう言った記憶のあるルイスは、諦めたようにがっくりと肩を落として席を立つ。覚悟をしていたはずだが、いざとなるとさすがに足が震える。
「今度こそ顔の形変わりそうだ……」
そう呟くと、タランテラ側に席を外す旨を伝えて天幕を出て行く。その背中には何故か哀愁が漂っていた。
「殿下、審理の見届け役の代表の方がお着きになられます。こちらにお通ししても宜しいでしょうか?」
そこへ砦から高貴な客人を案内して来たらしいフォルビアの竜騎士が伺いをたててくる。どうやら客人達は少し離れたところで待機しているらしい。
「そうだな……私も出迎えた方が良いかもしれん。アスター、付き合ってくれ。ヒースはこのまま情報の分析を頼む」
「かしこまりました」
部下2人が了承すると、今度は妻に向き直る。
「君はどうする?」
館の跡からこの本陣に移動するまでの間、フレアは父親の意思に反してこちらに来た事を打ち明けていた。3人の会話から、到着した客が誰なのか察したエドワルドは、自分も顔が危ういかもしれないと内心冷や汗をかいていた。行方不明になっていた愛娘が身籠って帰って来たのだ。その相手である自分が責められるのは当然だろう。エドワルド自身も娘を持つ父親である。その心理はよく分かる。
「行きますわ。ルカ1人の所為に出来ないもの」
「……仕方ない、付き合うか」
アレスも仕方ないといった様子で席を立つ。夫と弟、2人に差し出された手を取ってフレアも立ち上がる。正直、彼女も久しぶりに会う養父にどんな顔をしてあったらいいのか分からず、怖かったのだ。
「では、行こう」
エドワルドに手を取られ、アスターとアレスに守られながら天幕を出ると、月光に飛竜の影が浮かび上がる。天幕にほど近い広場に一頭だけが着地し、残りは村の敷地の外に降り立った。
「フィルカンサス……」
威風堂々……まさにその言葉が当てはまる風格を持つ飛竜だった。その名はパートナーと共に伝説となっており、大陸中で最早知らぬ者はいないだろう。
その騎士は見事な身のこなしで背から降り、騎竜帽を外して放り投げた。エドワルドのプラチナブロンドに負けない金の輝きが月の光を跳ね返す。
幼い頃より憧れていた伝説の竜騎士が目の前にいる。しかもその人物が愛する妻の養父なのだ。エドワルドは秋に本宮でグスタフと対峙した時以上に緊張していた。それでも覚悟を決めると、彼を出迎える為に前に進み出た。
気持ち良く寝ていた所をダドリーに襲われたラグラスは、相手を力いっぱい突き飛ばしていた。壁に激突したダドリーは運悪く頭を強打し、それきり動かなくなった。頭からは血が流れ出ているのだが、ラグラスは気にもとめず部屋から出て行く。
「全く、何しやがる……」
ブツブツ文句を言いながら部屋に転がっている酒瓶を漁る。先ほど自分が散々漁った筈なのに、未練がましく片端から中身を確かめていく。
「腹減ったなぁ……。おい、飯を持って来い!」
ラグラスの命令に返す者は無く、神殿内は静まり返っている。彼は苛立たしげに転がる酒瓶を蹴散らすと、ヨロヨロと立ち上がった。
「全く、無能者どもが……。どこ行きやがった」
覚束ない足取りでラグラスは神殿の外に出た。月明かりの中、目を凝らして見ても近くには人の姿は無く、辺りは不気味なほど静まり返っている。ラグラスはしばらくその場で座り込んでいたが、空腹に耐えきれなくなり、当てもなく歩き始めた。
「俺様を待たせるとは……」
普段であれば手下や側近にあたって発散するのだが、今は誰もおらず、空腹で苛立ちだけが募る。腹立ちまぎれに近くに落ちていた小石を蹴飛ばそうとしたのだが、日頃の不摂生により見事に空振りし、バランスを崩して尻餅をついた。更に運の悪いことに、尻餅をついたのは道の端。立ち上がろうとしたところで足をとられ、脇を流れる浅い用水路に落ちてしまった。
「ううっ……」
この辺りは長年彼がその費用をケチって来たので道も用水路も整備が遅れていた。ラグラスはもう一度立ち上がろうとするが、用水路に溜まった泥で再び足をとられて派手に転ぶ。全身に泥水を被る結果となり、余計に動きにくくなってしまった。
「くそ……」
それでももう一度立ち上がろうとするが、底に転がっていた石を踏んでまたもや転び、今度は足を痛めてしまう。
「誰か……誰かいないか……」
春になったとはいえ、夜はまだ暖房が必要である。腰から下を泥水に浸かったまま用水路から抜け出せなくなったラグラスは、ガチガチと震えながら助けを求めた。
日頃の行いが悪い所為でとうとう手下にまで見放されたラグラス。
どんどんみじめな状況に追い込まれていきます。
一方、こいつの所為で、やっと再会できたのに甘い雰囲気には程遠いフレアとエドワルド(オリガとルークも)
それでも隣同士に座った2人は、机の下で手を握りあっていた。
近くに座るアスターもアレスも見ないふり。
ただ、ルイスだけは複雑な心境だったらしい。




