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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
114/156

63 急転する事態1

 引っ越しを3日後に控え、いつもの様にフレアはエルヴィンのゆり籠の側で編み物をしていた。コリンシアの春物のショールは編み上がったので、今はおそろいで自分のショールを編んでいる。傍らではコリンシアが読書をしており、春の陽気に誘われて時折欠伸が漏れていた。

「フレア様!」

 そこへ足音を乱し、血相を変えたオリガが駈け込んでくる。来る近い将来の為、本宮の女官に相応しい所作をアリシアから叩き込まれている彼女にしては珍しいとフレアは驚いて顔を上げる。

「どうしたの?」

「今、聞いたのですが……」

 息を整える間すら惜しい様子で、途切れ途切れに彼女は聞き捨てならない内容の報告をする。

「ラグラスがフレア様や私達を捕えたと言って、殿下を脅しているそうです」

 今でもオリガを口説こうとする者はいて、そんな一人がうっかり漏らした情報だった。大人しい彼女にしては驚くほど強く相手を追及して全てを聞き出し、慌ててここへ駈け込んで来たのだ。

「そんな……」

 フレアが自失していたのは束の間の事だった。意を決して立ち上がると、祖父の部屋へと向かう。その後をオリガと何故かコリンシアが続き、ちょうどエルヴィンの様子を見に来た乳母役の女性は何事かと見送った。

「お祖父様、あの方が脅されているのは本当なの?」

「フ、フレア?」

 部屋に入るなり、いつもよりも強い口調で問いただしてくるフレアの姿にペドロは驚き、そして問われた内容を理解し返答するのに間が開いた。

 その間にフレアとオリガはペドロの執務机の前に寄り、コリンシアはそのすぐ側に駆け寄った。そしてオリガが血相を変えて母屋に駈け込んでくる姿を見かけて追いかけてきたルイスとティムまで部屋に駆けつけていた。

「それは……誰から聞いたのだ?」

「それは私が……」

 オリガがその話を聞き出した経緯を説明すると、ルイスは天を仰いで「アイツ減俸……」と呟き、ペドロも諦めたように大きく息を吐く。そして諦めの付いたペドロは全てを話すと言って女性人達に席を勧めて、重い口を開いた。

「そなたも承知しておる通り、ベルクやラグラスはそなたが自分達の手中にあると信じておる。だが砦に籠るラグラスはベルクから得た潤沢な資金を使い果たし、金策に困った挙句そなたの存在をほのめかしてフォルビアに身代金を要求したのだ」

「エドや皆様の対応は?」

「本気にはしていない様だ。君の身代わりを仕立てて脅したようだが、姫君は代用が出来ないからね。冷静に対処しているよ」

 ルイスも諦めて最新の情報を伝える。元々両親が立てる対策にまどろっこしさを感じていたので、彼女に真相を話す事で打開できると踏んだのかもしれない。

「それでも、ラグラスに囚われている方がいるのですね?」

「そうだな。フォルビアでは連日その対応に追われているみたいだ。それと、審理に先駆けて殿下はフォルビアを訪問する予定だ」

「本当に?」

「ああ」

 ルイスの返答にフレアは彼をまっすぐに見つめる。

「私を……私達をフォルビアへ連れて行って」

「危険だよ?」

「分かっております」

 オリガもコリンシアも頷く。

「仕方ないな。連れて行ってやるよ」

 ルイスが肩をすくめて答えると、フレアやオリガ、コリンシアは顔を綻ばせ、ペドロは渋い表情を浮かべる。

「本当?」

「ありがとう」

「ルイス殿下、状況を分かって言っておられますか?」

「勿論。父上と母上のやり方は安全なんだろうが慎重すぎて見ているこっちがイライラする。全責任は私が負う。フレア達をフォルビアに連れて行く」

「……」

 ルイスがそう言い切ると女性陣3人は抱き合って喜び、口を挟まないでいたティムも思わず万歳と叫んでいた。しかし、ペドロ1人だけは喜べずに頭を抱える。

「すぐに出る準備を整える。父上が気付けば絶対に連れ戻されるから、その前に聖域を出るぞ」

「はい」

 ペドロ以外の4人は声を弾ませて返事をするとすぐに部屋を出て行った。そして嬉々としてその準備に取り掛かった。




 その頃、ベルクは磁器の工房を見てみたいと言い出したシュザンナのお供でサントリナ領に来ていた。皇都でエドワルドに挨拶をした後、お茶の席で使用されていたサントリナの磁器にシュザンナが深く感銘を受け、急きょ訪問が決まったのだ。

 到着したその日は大規模な歓迎会が催され、領内の有力者が大母補の御尊顔を拝しようとこぞって参加した。華やいだことが好きなベルクもこれには満足し、大公夫妻が勧めるまましばらく滞在する事を了承した。

 その翌日からは、サントリナ家の嫡男であるオスカーを案内役に、風光明媚な観光地を訪れた。普段、礎の里の大神殿に籠って暮らしているシュザンナはことのほか喜び、その雄大な自然に目を輝かせる。

「ねえ、ねえ、あれは何?」

「あれは金冠鶴ですよ。この湿地で雛を育てております」

 湿地の畔に建てられた露台から一行は一面に広がる景色を眺めていた。タルカナに居ても王都の屋敷からほとんど出る事のなかった為、何でも物珍しくて仕方がないシュザンナが、ひときわ大きな野鳥の姿を見つけて指差した。

 オスカーは次々出される質問に笑顔で付き合う。和気あいあいとした2人の様子にお付きの人々は微笑ましく見守っている。

 一方で薬草園が気になっているベルクは10日間も観光地……特に田園地帯を巡る旅に付き合わされて飽きてしまい、苛立ちを募らせていた。

「シュザンナ様、そろそろ目的の磁器工房を見学させて頂いて、フォルビアに向かいませんか? 私も審理の準備が有りますし、いつまでもお邪魔していてはサントリナ公にもご迷惑です」

 サントリナ領について10日目。遂に痺れを切らしたベルクは、オスカーが席を外している間に切り出した。極上のスイーツに囲まれてご機嫌だったシュザンナは、きょとんとベルクを見返した。

「そうかな? ねえ、どう思う?」

 シュザンナは傍らに控えるお付きの女神官を振り仰ぐ。彼女は困ったような表情を浮かべながらも「そうですね」と答え、さらに続ける。

「お国の状況を考えれば過分な待遇を頂いたと思います。そろそろお暇して、本来のお役目に戻るべきかと思います」

「……分かった」

 シュザンナは頷くと、その後戻ってきたオスカーに自分からその旨を伝えた。彼は引き留めたが、役目がある身である事を強調すれば引き下がった。

 そして翌日、大公家直営の工房を案内され、緻密に作り上げられた人形の置物をお土産にもらうと、大母補様は大層満足してサントリナ領を出立した。





 執務中のヒースは書類に署名する手を止め、壁に掛けてある絵を眺めた。群青色の服を着た竜騎士らしい人間と画面からはみ出すくらい大きな飛竜が描かれ、その下側には子供の字で「父上とオニキス」と書かれている。この絵はヒースの7歳になる長男と4歳になる次男が描いたもので、つい先日、送られてきたものだった。

 アスターの婚礼に出席する為、急遽皇都に行った帰りに、ルークの勧めもあってヒースは所領に一泊し、ほぼ1年ぶりに家族に会っていた。長男には大喜びで抱きつかれ、人見知りの次男は遠巻きに眺められ、抱き方が悪かったのか、生後半年になる三男には大泣きされた。それでも家族そろって賑やかに夕餉ゆうげを囲み、夜には久しぶりに妻と夫婦水入らずで過ごしたのだ。

 翌朝の出立の折には、長男だけでなく次男までもヒースにすがって別れるのを嫌がってしまい、国が落ち着いたら必ずフォルビアに呼んで一緒に暮らす事を約束してなだめたのだった。

「頑張らねばな」

 家族を思い浮かべてやる気を引き出すと、ヒースは再び書類に向かう。予定よりも早まったが、今日の夜にはエドワルドがフォルビアへ到着する。更に3日後にはベルクも到着するので、今後の対応に追われ、マーデ村で行われる追悼の儀式といった行事に参加すれば、なかなか執務の時間も取れなくなる。時間の融通が出来る今のうちに終わらせておきたいところだ。

 静かな室内にはカリカリとペンの動く音だけが響いていたが、俄かに慌ただしい足音が近づいてくる。

「団長!」

 飛び込んで来たのはルーク部下のラウルだった。

「何事か?」

「例の砦で暴動が起きました」

 もたらされた報告にヒースは腰を浮かせる。

「状況は?」

「マーデ村に待機していた小隊とジグムント卿率いる傭兵団が既に突入しております。ただ、混乱に乗じてラグラスと側近には逃げられた模様」

「奴の兵力は?」

「正確な数字は把握しておりませんが、50人前後と思われます」

 ヒースは地図を取りだす。最悪の事態は常に想定していた。今回の事もあらかじめ予測し、その対応も綿密に計画を立てていた。この写しの地図にはその計画が事細かに書き込まれている。

「ラウル、このまま皇都方面に飛んでこの事を殿下に知らせろ。ルークは砦か?」

「はい。こちらへ報告するように命じられて、砦へは真っ先に突入されました」

「あいつめ……。まあいい、一刻を争う。先に行け」

「はい!」

 ラウルは敬礼すると、すぐに飛び出していく。すると知らせを聞いたのか、城に残っていた竜騎士達が続々と集まってくる。

「この計画通りに街道を封鎖しろ。奴らを絶対に町や村に近づけるな。手が足りなければフォルビア周辺に待機している各騎士団に応援を求める」

 もう執務どころでは無い。ヒースは行き着く間もなく矢継ぎ早に命令を出していく。するとそこへヒースの補佐をしている文官が恐縮したように伺いを立ててくる。

「ヒース卿、ベルク準賢者の部下の方がお目通りを願っておられるのですが、如何致しますか?」

「こんな時に……」

 サントリナ領で足止めされ、痺れを切らしたベルクが部下を先行させたと報告を受けていた。しかし、思った以上に早い到着にヒースは思わず舌打ちする。

「如何致しますか?」

 部下が来たとなると砦での暴動の件がベルクに届くのも時間の問題だろう。そうなるとフォルビアへの到着を早めてくる可能性がある。彼が来れば、あれこれ嗅ぎ回られ、挙句に何かと口出しされるに違いない。

「マーデ村に本陣を用意し、報告は全てあちらに届ける様に通達しろ。面会が終わり次第私も移動する。ラウルはもう出たか? まだならばこの事も殿下に伝える様に言え」

「はい」

 苦しい冬を共に協力し合って乗り切った仲である。彼等の間には連帯感が生まれており、ヒースの新たな命令にも躊躇ちゅうちょなく従う。そして、ヒースがベルクの部下との面談を手早く済ませる頃には、その命令は実行されており、ヒースがオニキスと共にマーデ村へと移動するだけとなっていた。




 アレスも日々届く、各方面からの報告書の山に囲まれていた。ベルクが自身の情報の拠点と信じて疑わない小神殿にいる為に、味方だけでなく、ベルク側の情報も次々と入って来る。

 先だっては情報だけでなく、ラグラスの監視役をしていたベルクの部下が現れた。今までこの小神殿がアレス達に乗っ取られている事にも気づいて無かったので、相手が疑問を持つ間も無く拘束して早速ラグラス側の内情を聞き出した。これにより、内部崩壊も時間の問題だと判断し、レイドを通じてフォルビア側にも伝えておいたのだ。

 更にはアリシアが側に居るのに全くベルクに気付かれていない事や、シュザンナがうまく芝居をしてベルクをサントリナ領に誘導し、時間稼ぎをしてくれた事も知っている。一方でベルクが長引く滞在に痺れを切らしていて、一足早く部下を薬草園へ差し向け、それをうまくスパークがあしらった事も知っている。

 情報を得るだけでは無い。ベルク側には手紙を細工し、自分達の計略が順調であるかのように思い込ませなければならない。これらの事をボロを出さない様に1人でこなすのは無理があったが、ミハイルが派遣してくれたブレシッドの諜報員達のおかげでこの計略は成功している。

「若、砦で暴動が起きました!」

 アレスが諜報員達とベルクがフォルビアに到着した際の対応を協議していると、レイドが息を切らしてやっていた。自重する事を知らないラグラスの暴虐ぶりにとうとう部下達も我慢できなくなったのだろう。

「フォルビア側の対応は?」

「マーデ村に駐留していた小隊と傭兵部隊が混乱に乗じて突入しています。ただ、ラグラスは逃げ出した後だったようです」

「逃げ足の速い奴め」

 アレスは忌々しげに舌打ちをする。

「既に非常線が張られ、奴らの動きは封じてあるようです」

「もうじき日が暮れる。それに乗じて突破する可能性は?」

「無いとは言い切れません。ですが、奴と行動を共にしている部下は50人前後ではないかと言われております。離脱者も出ていますし、竜騎士や騎馬兵相手に力ずくで突破するのは無理かと思います」

 当初、ラグラスの手勢は盗賊も含めて数百人はいたと言われていた。それから比べると随分と数を減らしているが、村や隊商を襲うには十分な数だろう。それを懸念し、今、フォルビアの南西部は竜騎士達によって封鎖されているらしい。

「パットは?」

「砦の制圧に力を貸しています」

「お前も協力しろ。また後で詳細を知らせてくれ」

「分かりました」

 レイドが飛び出して行こうとしたところへ、窓から1匹の小竜が入って来た。クワッと一声鳴くと、パタパタと飛んできてアレスの肩に止まる。

「レイド、ちょっと待て」

 アレスは一目見ただけで、その小竜がラトリに滞在しているルイスと情報をやり取りしている小竜だと気付く。また何か問題でもあったのか、それともブレシッドの養父から何か言って来たのか、胴輪に付けられた小さな書簡入れから手紙を取り出し、素早くそれに目を通していく。

「……」

「若、良くない知らせですか?」

 手紙の内容を読み進めていくアレスの顔色がみるみる青ざめていく。気になったレイドは読み終わるのを待たずに声をかけていた。

「フレアが来る」

「え?」

「姫君もちびも連れてこっちに向かっている」

「えっー!」

 何事にも動じず、常に冷静なレイドもこれには驚いたようだ。

「首座様はご存知で?」

「そんな筈ないだろう。完全にルカの独断だ。ただ、ラグラスの戯言がフレアの耳に入った。さすがに黙っていられなかったのだろう」

「……どうするんですか?」

 レイドは恐る恐るアレスの顔色をうかがう。

「もう来てるな。あの廃墟の外れで待っているとある。……予告してからだと引き返させられると思ったんだろうな。こちらに着いてからこいつを寄越したみたいだ」

 小竜には罪は無い。アレスは手紙を運んできた小竜を労い、手近にあった干し肉を分けてやる。それでも腹立たしいのか、「アイツめ、勝手な事を……」と呟いている。

「如何致しますか?」

 レイドはもう一度お伺いを立ててみる。

「……仕方ない。こうなったらこのまま義兄上に会わせよう。俺をあそこへ連れて行ってくれ」

「分かりました」

 もう砦の事はどうなっても構わない。とにかくフレアの警護の強化が急務である。アレスは手早く身支度を整えると、レイドの駆るイルシオンで館の廃墟を目指した。





 引っ越しの準備を進めていたので、出立の準備はすぐに整った。ルイスは後の叱責覚悟で同行を申し出たブレシッドの竜騎士の内、特に腕の立つ6人を選び出した。但し、うっかりと口を滑らし、オリガにラグラスの要求を教えてしまった竜騎士は武術に優れていても留守を命じられた。ルイスからミハイルにフレアをタランテラに連れて行った経緯を報告する役割を宛がわれ、彼はしょんぼりとその命に従った。

 ダニーの命令で聖域の竜騎士も2名付き、そしてオリガとティム、更には自分の赤子を親戚に預けた乳母役の女性も同行する事となった。子連れの移動に慣れているパラクインスにエルヴィンを乗せる籠をくくり付け、操竜技術を多少なりとも学んでいたフレアが操り、コリンシアが同乗する。もちろん、ルイスや他の竜騎士が彼女を補助する。

 ペドロもマルトも最後まで引き留めようとしたが、バトスは言葉少ないながらも静かに送り出してくれた。村の人々も賛否両論のようで、急な出立に戸惑いを隠せない様だが、フレアが自分から強く望んだことなので強く引き止める者はいなかった。

「ごめんなさい、お祖父様」

 フレアは最後にそう謝ってからパラクインスを飛び立たせた。頭のいい彼女は赤子が揺さぶられないように慎重に飛び立ち、総勢10騎の飛竜は北を目指した。

 幸いにもエルヴィンは飛竜での旅にもすぐ順応したらしく、道中の大半は心地よい揺れに指をしゃぶりながら眠っていた。それでもルイスは慎重を期し、特に子供達に配慮して徐々に高度を下げながら聖域を出るのに4日かけた。更にフォルビア南部に到着するまでに2日、そこから村や町を避けて飛び、7日目の夕刻に目的の館の跡に着いた。

 1年前の逃避行では聖域に着くまでに1月以上かかった。それなのにあの苦労は何だったのかと思いたくなるほどあっけなく故国に帰りつき、オリガもティムも何とも言えない表情を浮かべた。

 だが、そのもやもやとした気持ちは館の無残な姿を見て消し飛んでしまった。

「おうちが壊れてる……」

 館は火事で焼失したと聞いていた。だが、それでも館が瓦礫となり、美しく手入れされていた庭が荒れ放題になっているのを見るのは辛かった。近寄ることも出来ず、4人は呆然として敷地の外れから眺めていた。

「そろそろ日が落ちる。天幕に入った方が良い」

 タランテラに着いた報告の手紙をアレスに送ったルイスが彼女達に声をかける。ここに着くまで毎日、2人の竜騎士が先行して野営地を確保し、フレア達が着くまでに天幕を張り、夕食の支度までしてくれていた。

 今日も既に準備が整っているのだが、彼女達は変わり果てた館の光景にそれどころではない。

「ほら、ちびすけが泣いてる。フレア、彼女1人では気の毒だ」

 ルイスに声を掛けられ、ようやくフレアの耳にもエルヴィンの泣き声が届く。移動の間は寝ていても、赤子の体には負担がかかっていたのだろう。ぐずりだすとなかなか眠ってくれないのだ。

 フレアはコリンシアを促してようやく天幕の中に入った。起きてしまった事は今更代えられない。オリガもティムも諦めたように後に続く。




「代わりましょう」

おしめも取り換え、お腹も膨れたはずである。それでもエルヴィンはぐずって寝てくれない。女性陣が交互に抱いてあやし続け、ようやく寝たと思ってゆり籠に寝せるとまたぐずりだすのだ。

「眠れない……」

 コリンシアも一日飛竜の背に乗って疲れているのだ。眠りたいのだがエルヴィンが泣いていると彼女も気になって眠れなくなっている。

「少しお散歩に行きましょうか」

 フレアは諦めたようにエルヴィンを抱き上げ、女性陣の為だけに建てられた天幕を出る。

「フレア、どこへ?」

「このままだとコリンも眠れないでしょう? ちょっと歩いて来るわ」

 ルイスが慌てたように呼び止める。まだ安全が確認されていないところでフレアを一人きりにする訳にはいかない。散歩に行くのなら自分がついていきたいが、もうじき、アレスがこの場にやって来る。勝手な事をした自分の事を彼は相当怒っているはずで、責任をとると言った以上、その怒りを一身に受けるつもりでいるのにその場に自分がいないのはさすがにまずい。

「僕がお供します」

 そのやり取りを見ていたティムが名乗りでる。冬の間、時にはルイス自ら鍛えた甲斐もあり、その武技は目覚ましい上達を見せている。近隣の地理にも明るいし、任せても大丈夫だとは思うが、彼1人では心もとない

「あと2人つれていくならいい。それから、あまり遠くへは行くな」

「ありがとう」

 フレアはぐずるエルヴィンを宥めながら夜道を歩きだす。ティムが彼女を先導して足元に注意を払い、その後からルイスの部下がついていく。

 そして……それから半時ほどして超不機嫌なアレスが野営地に到着した。イルシオンから降りるなり彼は出迎えたルイスの頬に拳を叩き込み、更にフレアを散歩に行かせたと聞き、もう一撃を加える。

「顔の形変わったらどうするんだ」

「まだ足りないか?」

 続けて不毛な言い争いが始まったが、慌てた様子のティムが戻ってきてそれは中断される事となった。


ラグラスが前話で約束した報酬を支払わず、とうとう暴動が勃発。

それにしても逃げ足だけは早い……。

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