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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
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55 彼等の絆3

 深い眠りから覚醒したアスターは明かりを落とした室内でも鮮やかなプラチナブロンドを目に留めて安堵した。まだすっきりとは目覚めておらず、恋人の名前を呟いて手を伸ばしかけるが、その手は無残にも払われる。

「残念だがマリーリアではない」

 聞き覚えのある少し憮然とした声に、血の気が引いてアスターは一気に目が覚めた。

「で、で、で、殿下?」

「マリーリアでなくて悪かったな」

「い、いえ、その……」

 寝台の脇に座っていたのは、恋人のマリーリアではなくて上司のエドワルドだった。驚きのあまり寝台から転げ落ちそうになるが、辛うじて踏み留まる。

「気分は?」

「だ、大丈夫です」

 即答するアスターにエドワルドは不審な目を向けるが、薬のおかげで充分な睡眠をとれたので気分はすっきりしている。ただ、起きてすぐ目の前にエドワルドがいたので、その方が心臓に悪かった。

「……討伐は……巣はどうなりましたか?」

「済んだ。突出して負傷した奴らには厳重注意を与えた」

「そ、そうですか……」

 どうにか落ち着きを取り戻し、最初に頭をよぎったのは巣の掃討だった。自分の代わりにエドワルドが出たと聞いたのを思い出したのだ。

「……マリーリアから話は聞いた。頭痛の事、何故、黙っていた?」

「殿下にご負担をおかけしない為です」

「だからと言ってお前が倒れてしまっては意味がない。前にも忠告した筈だ」

 項垂れるアスターにエドワルドはさらに追い打ちをかける。

「こんな風に気を使われても少しも嬉しくないぞ。ブロワディだけじゃない。他の重鎮達も大隊長も皆、お前の不調を知っていた。何故、私に相談しない?」

「頭痛の事を話せば、当然原因となったこの左目の事を気に病まれます。この目の事で、これ以上殿下の気をわずらわせたくありませんでした」

「……」

 アスターの返答にしばらくの間沈黙が続く。それを先に破ったのはエドワルドだった。

「もう一度、バセットに詳しく診てもらえ。そして彼の許可が出るまでは討伐には出るな。ブロワディが完治するまでは、必要とあれば私が指揮を執る」

「な……」

「今日の事で、血気盛んな小隊長達も少しは懲りたはずだ。後は大隊長だけでもどうにかできるだろう。私は出ても指揮をするだけだ」

「ですが……」

「いいか、あの子を悲しませるな。もう少し、自分を大切にしろ」

 エドワルドはそれだけ言い残すと、話を切り上げて部屋を出て行く。何も言い返せずに取り残されたアスターはしばらくその場で呆然としていた。




 翌日、アスターはエドワルドに命じられたとおりバセットの診察を済ませ、自分の執務室に向かっていた。今の所出撃要請は無く、午後からは溜まっている書類の整理をするつもりでいた。ところがその途中でウォルフに呼び止められる。

「アスター卿、エドワルド殿下がお呼びでございます」

 すっかりエドワルド付きの侍官が板につき、毎日本宮内を走り回っているウォルフは以前に比べて随分とすっきりした体つきになっていた。痩せて精悍な顔つきとなり、エドワルドの信頼も厚いので、最近では女官からの受けもいいらしい。少し前まではゲオルグの取り巻きだった事で随分とさげすまれていたのが嘘のようである。

「殿下が?」

 今朝の朝議の場では前日の件についてはただ、決定事項を通達されたに留まり、他の重鎮達からも特に異論は出ずにあっさりと了承されていた。エドワルドの機嫌が悪く、口を挟みこめなかったのもあるだろうが、いずれこうなる事を彼等もうすうすわかっていたのだろう。

 もしかしたら、診察を受けたのを知って、昨日の話の続きになるのかもしれない。気は重かったが、呼び出しを受けて断るわけにもいかない。アスターは気が乗らないながらも大人しく従う事にした。

「失礼いたします」

 エドワルドの執務室に入ると、呼び出した当人の姿が無かった。不審に思っているとヒヤリとした空気が流れ込んでくる。見ると露台への窓が僅かながらに開いていた。

「殿下?」

 厚いとばりをめくり、窓を開けて露台に出ると、そこにエドワルドが立っていた。手すりに手をかけ、空を見上げていたのだが、アスターに気付いて振り向く。そこには今朝の不機嫌さは無く、いつもと変わらない様子にアスターはホッと胸を撫で下ろした。

「ああ、来たか」

「グランシアードが来ていたのですか?」

 気分転換と称してここで飛竜と戯れているのは周知の事実である。だが、昨日討伐に出た飛竜は疲れたらしく、室で大人しくしていたはずだ。

「いや、小さな客人を見送っていた」

 エドワルドはそう答えると、アスターを促して屋内に入る。竜騎士としてある程度の寒さには慣れてはいるが、この時期に防寒具無しで屋外に出るのは彼等でも耐えられない。屋内に戻ると窓を閉め切り、2人して暖炉の側で体を温める。そしてエドワルドはウォルフを呼んでお茶の支度をさせると、人払いを命じた。

「新たな情報が届いた」

 一切の前置き無しでエドワルドは小さく折りたたまれた紙をアスターに見せる。手渡された紙切れに書かれた小さな文字の羅列に目を通していくうちにアスターは怒りで手が震えてくる。

「こんな事が……」

 そこには薬草園で半ば監禁されていた農夫達を助けた経緯が書かれていた。元々、聖域の外れで不法に集落を形成していた彼等は、正式な居住権を交換条件にこの薬草を栽培していた。そしてあの薬草園が出来た時に、多額の報酬を約束されて連れて来られたのだ。助け出された今は神殿の竜騎士達によって保護されていると言う。だが、問題なのはその後だった。

 彼等の話では、あの薬草園でただ『名もなき魔薬』等の禁止薬物の原料となる薬草を育てていた訳ではない。『名もなき魔薬』によって能力を高められた人間が飛竜に対する支配力を強固にするために、飛竜に思考を鈍らせる薬を投与する実験も行われていた。

 手始めの実験として今まで数えきれないほどの小竜が犠牲となり、今年は遂にいずこから連れてこられた幼竜も実験台となった挙句に命を落としていた。

 カーマインの事件を知った彼等は、マルモアの正神殿がこの件に絡んでいると推測している。カーマインの表記が不明瞭で、繁殖用として登記されていないのは、彼女の産んだ卵から孵った雛をその実験に利用するためだと結論付けていた。

「これ以上驚く事は無いと思っていたが……」

「許せません……」

「全くだ。命をあまりにも軽々しく考えている」

 エドワルドはアスターから紙片を受け取ると、それを暖炉の中へ放った。それは炎に包まれてすぐに灰となる。

「正直、今度あの男に会う時に平静でいられる自信が無い」

「同感です」

「いきなり斬りかかりそうになったら止めてくれ」

「いえ、その前に私が斬りかかっているかもしれません」

 軽口のつもりが冗談では終わらない。それくらい2人は腹を立てていた。

「とにかく、無事に春を迎えなければそれも叶わない。無茶はもうやめてくれ」

「……分かっております」

 エドワルドが部屋を去ったあの後、マリーリアにも無茶をし過ぎると泣きながら責められたのだ。それもあって意地になりすぎた己の行状をアスターは猛烈に反省していた。

「……足を運ばせて済まなかった。カーマインに関わる事だったからお前にも知っていてほしかったのだ」

「いえ、知らせて頂いて感謝します。審理が終わるまでは、カーマインの周辺の警戒を怠らないようにします」

「そうしてくれ」

 カーマインの産卵予定日が迫っていた。雛は冬の終わりに孵る予定だが、少なくとも半年経たないと親からは離せないので、審理が行われる頃はまだ本宮から動かせない。狡猾な相手だけに何が起こるか分からないので、最後まで気を抜くことは出来なかった。

「大神殿にも協力を仰ごう」

「交渉は私がします」

 今までもカーマインに絡む諸事の交渉はアスターが行ってきた。それは妥当な申し出だったが、エドワルドは釘を刺すのを忘れない。

「その分、討伐に出るのを減らせ。決して無理はするな」

「分かっております」

 アスターは苦笑して頭を下げた。そして新たな仕事に早速取り掛かる為、彼はエドワルドの部屋を辞去した。




 エルフレートは執務室で一向に減る気配のない書類と格闘していた。総督のリカルドに比べると回ってくる書類の量は少ないのだが、元々こういった作業が苦手な上に、領内の問題が後を絶たない事から些細な報告が次々と上がってくるので、気を抜くとすぐに未処理の書類が山の様に積まれる状態となってしまう。

 それでも仮眠や休憩を挟みつつ、1日かけてどうにか目途を付けた頃、侍官が来客を告げる。

「エルフレート卿、フォルビアからレイド卿がお見えです」

「レイド卿が? お通ししてくれ」

 いったい何事だろうかと疑問に思いながらも、エヴィルから帰還する折に世話になった事もあってすぐに承諾する。程なくしてその侍官に案内されたレイドが執務室に現れる。

「お久しぶりです、レイド卿」

「急に押しかけてすみません。体調は如何ですか?」

「討伐期に入って忙しいのがいいのか、近頃は発作も少なくなりました」

 今でもハルベルトを守れなかった時の夢を見る。だが近頃は討伐の疲れもあって夢を見ることなく寝入ってしまい、その頻度は格段に減っていた。決して良くなっているとは言えないのかもしれないが、それでも与えられた約割を果たす事によって前向きになれていると自分では思っている。

「この時期では仕方ないのかもしれませんが、あまり無理はなされませんように」

 レイドはそう言って懐から薬が入った瓶を取り出す。定期的に服用している気持ちを落ち着かせる薬なのだが、どんな伝手を使っているのか、タランテラでは入手しにくい薬草が使われている。バセットでも再現できなかったため、こうして彼が調達してきてくれるのだ。

「ありがとうございます、助かります」

 エルフレートは感謝してそれを受け取ったが、この忙しい時期にこの為だけに来たのではないだろう相手を見据える。

「では、本題を伺いましょうか?」

「実は協力していただきたい事があります」

「いいですよ」

 あっさり了承すると相手は驚いた様子でエルフレートの顔を見返した。

「良いんですか? まだ内容も言っていませんが」

「貴公には御恩がある。お役に立てるのであれば何なりと」

 彼等が組織だって動いているのは周知の事実だが、ロイス神官長を救出した手腕から見ても相当な手練れが集まっているとみていいだろう。そんな彼等から宛てにされると言うのもなんだか誇らしくも思える。言った通り返しきれない恩があり、もちろん相手を信頼しているからこその即答だった。

「そうですか、ありがとうございます。それでは今夜、この近辺の偵察をお願いします」

 レイドが広げた地図で指し示したのはワールウェイド領南東部。ちょうど問題となっている薬草園がある辺りだ。討伐期に入る直前に査察を行ったが、ベルクから管理を任されているらしい神官が守りを固めていて、全てを見回ることが出来なかった。何かを隠しているのは明白だった。

 おそらく、彼等はその隠している何かの情報を得て、ここを制圧する決意を固めたのだろう。公にされていないが、ロイス神官長が監禁されていた小神殿を制圧した彼等の技量があれば難しい事ではないはずだ。ただ今回は小神殿の数倍の敷地がある。万全を期すためにもこうして助力を求めてきたに違いない。

「偵察だけでよろしいのですか?」

「そうですね」

「南側は如何いたしますか?」

「ルーク卿が動いて下さるそうです」

「なるほど」

 フォルビア側への根回しもぬかりないらしい。

「それでは、よろしくお願いします」

エルフレートと大まかな打ち合わせを済ませると、レイドは感謝して執務室を後にしていった。




 レイドの頼み事で執務どころではなくなったエルフレートは、リカルドにも断りを入れると急きょ1小隊を同行させて城を出立した。既に夕刻。指定された時刻にはまだ余裕があったので東側の境界をゆっくりと南下していく。

 ワールウェイド領に配属となった竜騎士達は、ブロワディの配慮でエルフレートと気心の知れた者達が集められていた。そのおかげで急な出立にもかかわらず、同行した彼らは詳細を求めることなく従い、残した他の小隊も城で妖魔の出没に備えて待機してくれている。

「この先、例の薬草園です」

 常人であれば真っ暗で何も見えないだろうが、竜騎士である彼等の目には山の中腹に幾つもの温室が立ち並んでいるのが見えていた。半ば雪に埋もれているが、規則的に立ち並ぶ建物からはまだ何の動きも見られない。

「ここでしばらく待機。周囲を警戒してくれ」

「了解」

 一行は薬草園が辛うじて見渡せる場所に飛竜を降ろし、騎乗したまま様子を伺う。フォルビア側と比べると地形が険しいために、薬草園に続いているのは獣道の様な細い山道のみだった。念のためだが近くの砦に使いを送り、騎馬兵団も待機させているので、正体不明の襲撃者から逃れ出た者を保護という名目で捕らえるのもたやすくなるだろう。

 しばらくそこで待機していると、薬草園の方でわずかに動きがあった。待機していた部下達と視線を交わすと飛竜を飛び立たせ、注意深く観察する。だが、その騒ぎはすぐに収束してしまっていた。

「エルフレート卿、如何しますか?」

「もう少し待機しよう」

 この場で不用意に薬草園を制圧した彼等と接触しては足元をすくわれる可能性もある。用心に越したことは無く、ただレイドに言われた通り、偵察している風を装って周囲を飛び続けた。

「エルフレート卿、あそこに人が」

 最も夜目が利く部下が薬草園の方角から逃げて来る人物を見付ける。距離がある上に木々が邪魔となって分かりづらいのだが、足元の悪い山道を懸命に逃げているのが見て取れる。

「騎馬兵団に知らせて向かわせろ」

「了解」

 足場が悪く、飛竜を直接降ろすことは出来ない。エルフレートはそれを考慮して兵団を待機させていたのだ。やがて知らせを受けた兵団が急行し、その人物の身柄を確保した。他に逃れた者はいない様だが、念のために警戒を続けるよう部下に命じ、エルフレートは兵団が待機していた陣に向かった。

 保護したのは神官だった。山道を下っていた理由を聞いたが、フォルビアの小神殿へ連れて行けと高圧的に命じるのみだった。どうしたものかと思案していると、レイドが彼を迎えに来た。

「フォルビア正神殿に雇われている傭兵です」

 そう説明すると、すんなり信じて彼に同行して連れて行かれた。どうやら彼が襲撃者の1人だと気付いていないらしい。

 密かに教えてもらったところによると、襲撃は成功し、この逃げ出した神官が最後の1人だったらしい。これからじっくりと話を聞き出すと、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 その内容が気になるところではあるが、今は討伐が最優先である。とにかく自分達が頼まれた仕事は終わったので、後の事は彼等に任せておけばいいと自分を納得させて帰還した。




 城に帰還したのは明け方だった。途中で放り投げた形となった書類はまた増えていたが、総督のリカルドに帰還の報告を済ませると、先に仮眠をしようとエルフレートは寝台に潜り込んだ。

 昼過ぎに目が覚め、それから再び机に向かって溜まった書類の整理を始めたところで、皇都方面で巣を発見したと知らせが入る。諸々の指示を与えて出撃し、危うい所をどうにか間に合わせた。

 女王の討伐と巣の除去。疲弊しきっていた第1騎士団に代わって事後処理を済ませ、城に帰還したのは出立から丸2日が経っていた。覚悟を決めて執務室の扉を開けると、机の上は書類であふれていた。

「……」

 ここ数日の疲れがどっと出て来る。全てを放棄したい衝動に駆られたが、それが許されるはずもなく、結局エルフレートはその後3日間、書類と格闘することとなった。




「若、起きて下さい!」

「うーん……」

 アレスは寝ていた所をスパークに叩き起こされたが、寝起きの悪い彼は毛布を体に巻きつけ、再び体を丸めて眠ってしまう。

 実の所、アレスは前日の巣の掃討に騎馬兵団に紛れて参加していた。混乱に乗じて妖魔を何頭か霧散させており、力も使ったので疲れていたのだ。しかも寝付いたばかりなので、スパークがいくら声をかけても起き出す気配がない。

「若!」

 自身もフォルビアから夜通し駆けて疲れ切っているスパークは、いい加減に腹が立ってきた。毛布を剥ぎ取り、アレスの体を無理やり引き起こして実力行使に踏み切る。

「……」

 アレスは寝台の縁に座らされていたのだが、またもやコテンと寝具の中に倒れ込む。キレたスパークは頭に拳骨を食らわせ、それでようやくアレスは目を覚ました。

「……もっと優しく起こしてくれ」

「若が起きないからでしょう」

 殴られた個所を撫でながらアレスはのそりと体を起こした。文句を言う彼にスパークは冷ややかな視線を送る。

「急用か?」

「そうでなきゃ、こんな面倒な事しない」

 聖域の竜騎士で一番寝起きの悪いアレスを起こすのは誰もが嫌がり、それはレイドの仕事になっていた。討伐等の緊急時には声を掛けただけで起きるのに、それ以外ではワザとかと思うほど起きないのだ。

「例の薬草園を制圧した」

「……そうか」

 着替えを済ませ、顔を洗って頭をすっきりさせるとようやくスパークから報告を受ける。通いで雇っている家政婦が作り置きしてくれている根菜のスープとパンで腹を満たしながら、アレスはスパークが持参した報告書に目を通していく。

「フォルビアとワールウェイドも協力してくれたのか?」

「貸しもあるし、事前に協力を求めたところ、快く引き受けてくれた」

 ベルクの息のかかる薬草園の責任者は栽培している薬草はもとより、農夫の監禁といった薬草園の内情をエドワルドに知られたくないはずである。査察もどうにかやり過ごしたが、ロイスを監禁していた小神殿が既にアレス達に制圧されている事実に気付いていなかった。

 ベルク側が情報の中継地点にも活用していた小神殿は、現在スパークとマルクスが活動の拠点に使用していた。ミハイルが送り込んでくれたブレシッドの諜報員の手伝いを得、当初は農夫だけ逃がすつもりで情報を集めていた。

 しかし、『名もなき魔薬』を作るだけでなく、それを有効に活用するために飛竜を薬物で操る実験を行っている事実が判明する。しかも既に雛竜に犠牲が出ている。とにかく早い対応が必要と結論付け、彼等だけで行動に移したのだ。

「農夫達は集落が壊滅しているのも知らなかった。それなのに言葉巧みに連れだされた彼等は家族の為に送金していた。その金も全て薬草園を仕切っていたベルクの部下が使い込んでいやがった」

「本当か?」

「ああ。遊興費に充てていたらしい。近くの湯治場の花街になじみの女がいて随分と貢いでいた。ま、そのおかげで俺も情報を得られたんだが」

 やりきれない様子でスパークは大きく息を吐いた。現状を知らされた彼等はその場で泣き崩れた。そんな彼等にかける言葉も見つからなかったのだろう。

「奴ら、絶対に許せない」

「ああ。彼等もさすがに雛竜を犠牲にするのは見ていられなかったようだ」

「その雛竜は何処どこから調達したか分かったか?」

「まだ確証はないがマルモアだ」

「となると、カーマインの一件も無関係ではなさそうだな。里での記述はどうなっているかはまだ返事は来ていないか?」

「まだだ。だが、ここまで来ると、本当に書類の擬装までやっていそうだな」

 アレスは眉間に皺を寄せて報告書を読み進める。

 小神殿にはラグラスにつけた部下からの報告も届けられていた。そこからベルクが滞在しているタルカナへ送られる手筈となっているらしい。

 ブレシッドから派遣された諜報員が来てくれたおかげで、ベルク側に情報操作も行えるようになっていた。先日はラグラスがフレア達の存在に気付き、ラトリへの襲撃計画を立てている事を掴んだ。事前にルイスへ警告を送れたので、それは未然に防ぐことが出来、今は情報操作のおかげでそれが成功したと彼等は信じ込んでいる。

「しかし、ガスパルも良くばれないなぁ」

 報告書は薬草園がらみのものからガスパルが送って来たものに変わっている。現在、ベルクの護衛としてタルカナにいる彼は、主人の信頼も厚く、側に控える事も多いらしい。

「春分節に大規模な夜会を開くらしい。その折に例の薬を分配するとある。出席者もほぼ把握しているそうだ」

「そこを押さえられるといいな」

「そうだな」

 他にも里においての賢者選出の会議にタランテラで行われる審理、ベルクがどれを優先してどう動くのかまだはっきりとは分かっていない。彼自身も迷っている所があり、後は里がどう動くかにかかっている。

「アリシア様は何か?」

「賢者選出する前に審理を行い、それでベルクの手腕量った上、満足な結果を得られれば彼を賢者に……という提案を当代様から出され、賢者方もそれでほぼ合意なさったそうだ」

「……本当に当代様は身方なのか?」

「勘違いするな、そう通達すれば奴は必ず審理の場に来なければならなくなる。そこで糾弾されるのは殿下じゃない。奴だ」

「……じゃあ、その根回しは?」

「ほぼ済んでいる。後は更なる証拠を集められればいい」

 報告書から目を逸らさずにアレスは淡々とした口調でアリシアからの手紙の概要を伝える。内容を全く見ずにただ運んできたスパークはそれでようやく納得したようだ。

「嬢様は?」

「相変わらず、我々に任せると言っている。もう少し自分達の要望を入れてもいいと思うのだが……」

 アレスがため息をつくと、スパークは肩を竦める。

「まあ、嬢様だからな。常に自分よりも他人を気に掛けられる」

「フレアの美徳だが、もう少し自分の事を優先して欲しいと思うよ」

「あー、早く嬢様に殿下を会わせてやりたいよ」

「そうだな」

 アレスは同意すると席を立つ。そして薬草園に絡む新事実を小さな紙片に細かく書き取り、いつも使いに出す小竜を呼び寄せた。

「大事な内容だ。義兄上に届けてくれ」

 小竜は一声鳴くと、寒空の中へ飛び立っていった。

寝ぼけて上司の髪に手を伸ばそうとしたアスター。

最悪の目覚めだったかもしれません。

翌日までその最悪な気分を引きずりながらも、新たな展開にそれどころじゃなくなります。

それを見越して彼を呼び出したエドワルドの判断はさすがですw




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