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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
104/156

53 彼等の絆1

 ルイスは襲ってくる黒曜ムカデを鉾でぎ払った。そして苦しみ、もがいているムカデの急所を貫いて止めを刺す。最後の妖魔が霧散し、討伐に加わっていた竜騎士達はようやく安堵の息を吐く。

「怪我した者はいないか?」

 ルイスが率いているのはブレシッド家から連れて来た若い竜騎士と案内役を兼ねる聖域の竜騎士が1人。さすがにここで故国の装束をまとう事は出来ないので、皆、飾りの少ない防具を選んで身に付けていた。

「軽傷者が一名です。既に処置を終えております」

 連れて来た竜騎士の中で、比較的経験の長い者をルイスは副官に起用していた。今まで従う側にいて先輩の言われるままに動いていたのから一転し、上司であるルイスの命令を伝え、時には彼の代わりに他の竜騎士達を纏める側になったのだ。慣れない作業に四苦八苦しながらも、彼はどうにか歳の大して違わない部下と意思の疎通を図りながらまとめ上げていた。このまま今シーズンを何とか乗り切れば、この経験は彼に……いや、遠征に来た竜騎士全員とって大きな糧となるだろう。

 今回のこの遠征はブレシッド家にとって損失ばかりで何の得も無いように思えるが、若手の竜騎士の育成に役立っているのだ。この事を見越して人選の指示を出したミハエルの采配はさすがというべきだろう。

「周囲に他の妖魔の気配は有りません」

 周囲の警戒にあたっていた竜騎士からも報告が入り、ルイスは隊を2つに分けると、怪我人がいる隊に副官を同行させて先に村へ帰らせ、自分達はもう少し周囲を探索して帰る事にした。

 そして村に帰る隊を見送ると、ルイスは近くにある集落の跡を目指す。そこは2年前、フレアが失踪した場所だった。

「本当に何もありませんね」

 集落の跡に降り立つと、部下の1人がポツリと呟く。ルイスは幾度か足を運んだが、言われなければここに集落があったとは分からない程何も残っていない。

 建物の跡は土台から壊されていた。秋に来た時にははびこっていた雑草が枯れ、虫が鳴いていていたが、冬となった今では一面に雪が積もって静まり返っている。

「ここからタランテラのロベリア領まで行くとしたらどのくらいかかる?」

「そうですねぇ……飛竜ならば早くても1日。馬であれば一月でも厳しいですね」

 案内役としてついて来た聖域の竜騎士は少し考えてから答える。実際にタランテラへ行った者は少なく、そして行った事があるものは皆、調査に駆り出されているのだ。

「フレアが助けられた日付をオリガ嬢は覚えていた。彼女がこの村で行方不明になった5日後だ。まず、馬での移動は無理。と、なると……」

「竜騎士が手を貸していると言われるのか?」

 ルイスの部下達もザワリとどよめく。

「そう考えざるを得ないだろう」

「この村を竜騎士が襲ったんですか?」

 僅かな例外を除き、竜騎士はその力を妖魔以外に向ける事が禁じられている。圧倒的な力は簡単に人を殺めることが出来るからだ。見習いの段階でそれは嫌というほど叩き込まれ、更にはそれに従えないような人間はそもそも飛竜に選ばれない。

「襲うのには加担していないだろう。何よりも飛竜が嫌がるし、力を使えば聖域の竜騎士達はすぐに気付く。ここを襲撃した連中はおそらくどこかで竜騎士と落ち合って、彼女をタランテラへ連れて行ったと考えるのが妥当だろう」

「だが、それを分かってて加担した可能性はありますよね?」

「ああ」

 硬い表情で部下が指摘すると、ルイスはうなずいた。顔すら知らない相手だろうが、自分達と同じ竜騎士を名乗る人間が卑劣な行為に手を貸したとなると、何とも言えない悔しさと怒りが込み上げてくる。

「元々フォルビア領にいた連中はレイド卿とマルクス卿が調べてくれたが特にやましい所は無かった。だが、ワールウェイド領にいた竜騎士達は新たに就任した総督との契約を拒んで出国したとアレスが言っていた。もしかしたら、彼等の中に加担した者がいるかもしれない」

 ルイスは積もった雪を踏みつけて集落の敷地を一回りする。ここはルイスだけでなく、フレアが失踪した当初はアレスも幾度か訪れていて、調べる所はもう無いはずなのに、ついつい何か残ってはいないかと探してしまうのだ。

「殿下、あまり長居しても……」

「分かっている」

 時間の無駄なのは重々承知している。それでもルイスはこの地を離れがたく、飛竜の元になかなか戻ろうとしなかった。

 その時、飛竜達が一斉に空へ向かって挨拶をする。見ると先に村へ帰した竜騎士の1人が近づいてくる。彼は飛竜が着地するとすぐにルイスの元へ駆け寄ってくる。

「どうした?」

「報告します。村への帰還途中で賊らしき一隊を発見しました。おそらくは数日前にレイド卿から報告のあったあの盗賊達ではないかと思われます。副長以下3名で警戒にあたっております」

「確かなのか?」

「飛竜達は彼等に会った記憶は無いと言っており、更に確認の為、村にも知らせを送りました」

 その一隊はラトリに繋がる山道を警戒しながら村の方角へ向かっており、副官の判断ですぐに接触するのを避け、先程軽傷を負った竜騎士を村へ知らせに行かせたらしい。

「合流するぞ」

「はっ」

 ルイスはすぐに飛竜の元に駆け寄ると、その背に跨った。そして警戒にあたっている部下と合流する為に、すぐに飛び立たせたのだった。




「グラン・マ」

 コリンシアは厩舎で乾草を食んでいる老いた馬の体を撫でた。ペラルゴ村で譲ってもらった驢馬ろばは足を痛めて死なせてしまったが、老いた牝馬はフレア達の旅を最後まで支えてくれた。最後の野営地で保護されたこの馬は竜騎士達によってラトリに運ばれ、厩舎の一角に住む場所を用意してもらっていた。

 コリンシアは暇を見て、こうして馬の様子を見に来ていた。今日はティムも一緒である。

「姫様、寒くありませんか?」

「大丈夫」

 孫娘が可愛くて仕方のないアリシアは、コリンシアの為にあれやこれやと取り揃えている。あまりにも度が過ぎるので、フレアもペドロもたしなめるのだが聞く耳を持たない。先日、遂に息子のルイスに盛大に叱られ、しゅんとなっていたがそれもたった数日で元に戻っていた。

 今コリンシアが着ているのも最高級の素材でできたコート。軽くて暖かく、洗練されたデザインはコリンシアに良く似合っていた。

「ティムは寒くないの?」

「大丈夫ですよ」

 ティムの方が余程薄着である。元々寒さに強く、先程まで竜騎士の鍛錬をしていた彼には寒くもなんともないのだが、コリンシアはそんな彼を気遣って持っていたマフラーをティムの首にかけた。

「この間ね、母様に教わって編んだの。ティムが使って」

 最初に編んだマフラーは網目がばらばらだったが、2回目に作った今回のものは幾分か上達している。ティムは少し驚いて固まったが、姫君の気持ちが嬉しくて笑みがこぼれる。

「ありがとうございます、姫様。大事に使いますね」

 そんな人間の子供達のやり取りを、馬はもしゃもしゃと乾草を食みながら眺めていた。


あー、若いっていいわね……。


 本当に馬がそう思っていたかは別として、小さなカップルが微笑ましい光景を作り出していると、その場へ慌ただしい足音と共にラトリの竜騎士が駈け込んで来た。

「お、姫さん、いた、いた。母屋で嬢様……フレア様が探しておられました。ティム、ちょっと連れて行ってやってくれ」

「はい……何かあったんですか?」

「ん~。俺の口からは言えねぇ。詳しくは向こうで聞いてくれ」

 明らかに何かあった口ぶりだが、追及する間も無く竜騎士はその場を去っていく。

「……フレア様が心配なさるから戻りましょう」

「うん」

 コリンシアも気になる様子だったが、今の自分には何もできない事を心得ている。素直にうなずくと、ティムに手を取られて厩舎を出て行った。

 その2人を老いた馬はもしゃもしゃ口を動かしながら見送った。




 捕えた盗賊達を取り調べた報告書に目を通しながら、ルイスは深くため息をついた。

 前日の討伐の後、部下が帰路の途中で見つけた怪しい一隊は、ラグラスの手下と聖域から逃げた盗賊、そしてベルクが雇ったらしい傭兵といった寄せ集めの集団だった。積雪の少ない聖域の東側を通って来たらしい彼等は、明らかに疲れ切っていた。更には竜騎士が多くいる事に驚き、動揺を隠せなかった彼等は、ルイス達ブレシッド公国の竜騎士達によってあっけなく捕えられたのだった。

 そして彼等を率いていた男達を一晩かけてじっくりと尋問した報告書が今、ルイスとアリシアの下に届けられた。それを目にしながら、完全に彼女達の存在を隠しきれなかった悔しさが沸き起こってくる。

「ここには大人数を置けませんから、早いうちにブレシッドへ移しましょう」

 同様に報告書へ目を通したアリシアは、その手配をさっさと済ませてしまう。彼等の襲撃計画を知ったレイドから知らせが来て、その知らせはミハエルにも既に使いを送っている。返答はまだだが、ブレシッド領内だったら他公国の承認は必要ない。自給自足を旨とするこの村には、招かれざる客を食わせるだけの余剰の食料は無く、さっさとその身柄を移してしまう必要があった。

「彼等には計画が成功したと思い込ませないとね」

「そうなると、まだタランテラ側に知らせない方が良いか……」

 一番知られたくない相手にフレア達の存在を知られたのだから、もう隠す必要は無い。だが、計画が順調だと思い込ませるためにも、ベルクにつけ入る隙を与えない為にも彼女達の存在を公表するのはまだ控えた方が良さそうだ。

「仕方ないわね」

「フレアは何て言ってる?」

「お任せしますと言っていたけど、少し寂しそうだったわね。オリガもそう。もう少しわがまま言ってもいいのに……」

 ため息交じりにアリシアが零すと、ルイスは肩を竦める。

「言った所でどうにもならないのが分かっているからだろう。審理はいつ行われるんだ?」

「タランテラの討伐期が終わって、その事後処理が済んでからになるわ。予定では春の終わり。準備に手間取れば初夏になる可能性もあるわね」

「そんなにかかるのか……」

「仕方ないでしょう。その頃なら産まれた赤子を動かしても大丈夫なはず。あの子達を安全な場所に移した後なら、何の心配も無くベルクを糾弾できるわ。今後どうするかタランテラと協議できるのはその後ね」

「……」

 長く交流が途絶えていた国への輿入れとなる。すんなり話がまとまればいいが、結納金や持参金と言った金に纏わる話も出てくるだろうし、互いのプライドもある。それに国力が衰えているタランテラの現状ではすぐに花嫁を迎えられない可能性もある。

 滞りなく準備が整えば輿入れは秋にも可能だろうが、話がこじれれば一体いつになるのか見当もつかない。それは彼女達にはあまりにも酷な話ではないだろうか。

「母上、もう少しどうにかならないですか?」

「あの子達の安全が最優先よ。これ以上の策は思いつかないわ」

「……」

 ルイスはため息をつく。本当に余計な事をしてくれたと、ラグラスやベルクを呪わずにはいられなかった。

「とにかく、今はアレス達が有力な証拠集めに専念できるように、貴方はここを守るのが役目ですからね。あの子達の事を思うのなら、しっかり働きなさい」

「勿論です」

 母親の叱咤激励にルイスは神妙に頷いた。




 その日の朝議は、他界したと知らせがあったロイス神官長への黙とうから始まった。エドワルドの執務室に集まった重鎮達は皆、神妙な面持ちで祈りを捧げる。誰もが好印象を抱いていた神官長を悼み、いつもより少し長い時間黙とうしていた。

「報告を聞こう」

 この時期は大抵、前日に行われた討伐の報告から始まる。冬が深まるにつれて日々激化する討伐は冬至も間近とあってその頻度も増え、規模も拡大している。一隊のみに任せられる小規模なものは稀となり、複数の大隊で出撃し、アスターかブロワディのどちらかがその全体を指揮する為に毎日の様に同行していた。

「昨夜は南の境界付近で青銅狼の群れが2つ出現しました。第2騎士団と連携できたので、被害は最小限に留められました」

 昨夜はブロワディが出撃していたが、戦闘で腰を痛めてしまい、立って歩くのも辛そうにしている。しかも突出したがる小隊がいて、それを抑えるのに随分と苦労したらしい。何でも手柄をたてれば出世が出来ると一部で噂が独り歩きしていると聞く。

「何故、そんな噂が?」

「指揮官不足の現状から、今が出世の好機だとは前々から言われております。その話がどんどん膨らんだものと思われます」

「危険だな」

「ええ。我々が出撃する折はまだ抑えが効くのですが、1大隊のみで出撃する折は制御が難しくなっていると、各大隊長が苦慮しております」

 現在の大隊長の内、半数以上がこの秋までは小隊長を務めていた。今まで同格だった仲間が出世できたのなら自分にも……と野心が芽生えるものなのだろう。

「討伐の折は上司に従う様に改めて徹底させろ」

「かしこまりました」

 エドワルドの命令ならば効力は折り紙つきである。ブロワディは感謝して頭を下げた。

 その後も討伐に関連する報告が続く。妖魔に壊された砦や橋等の修復の計画に予算、残念ながら命を落とした兵士に対する補償など、財務に関する報告は後が経たない。まとめて報告書で済ませばいいのだが、今年は予算に限りがあって、どうしても他部署の承認も必要となってくる。それらを一通り聞いて採択し、主だった議題は終了する。

「昨日、大神殿の神官長殿からご報告があって、遅くなったがマルモアの神官長の更迭が決定した。前々から神殿側が調べていた報告書と我々が提出した証拠で充分有罪と認められたそうだ。代理は大神殿から派遣され、当面は大神殿の監督下に置かれるそうだ」

 高位の神官が不祥事を起こした場合、その罪は礎の里の賢者達によって行われるのが慣例である。しかし、里から遠く離れた国ではそれもなかなか難しく、その代替としてその国にある大神殿が主体となり、各正神殿の神官長を集めた会議で裁きを決する事も認められていた。今回は後者の方法がとられ、マルモア正神殿の神官長は更迭となった。

 今回の事を礎の里に報告し、新たな神官長が任命されるのは春になってからになっている。

「では、カーマインは?」

「このままこちらで預かる事になる。ただ、カーマインを始めとした雌竜の記述にいくつか不備があるので、もう少し調査するという報告を頂いた」

 マルモアと聞いてやはり気になるのはカーマインの事である。最終的に下された決定にアスターは安堵の息を吐き、他の重鎮達も満足そうに頷いている。彼等は全員、不遇を被ってきた騎手とその相棒を気にかけていた。そして産卵を控えて神経質になっているカーマインに配慮し、現在、上級の室への立ち入りは制限されていた。

「それはようございました。念のため、警備は継続いたします」

「そうしてくれ。卵が産まれ、その卵から孵った雛を神殿に預けるまでは油断しない方が良いだろう」

「かしこまりました」

 ブロワディも了承し、これでこの朝の朝議は終了した。忙しい重鎮達はエドワルドに頭を下げると次々と執務室を後にしていった。




 アスターも続いて部屋を出ようとしたところをエドワルドが呼び止めた。

「ちょっと話がある」

「はい」

 エドワルドに呼び止められることは珍しいことでは無い。他の重鎮達が席を外し、控えていた侍官達も下がる様に命じられて執務室には2人だけになる。人払いが済むと、エドワルドは執務机の引き出しから一通の書簡を取りだした。

「お前にだけに知らせておく」

 エドワルドが取りだしたのは、極秘扱いで送られてきたヒースからの報告書だった。ロイスが死に至った詳細な報告にアスターはただ絶句するしかない。

「これは……許される事ではありません」

 グスタフの専横をタランテラでも許してしまっていたが、ベルクの所業は彼とは比べ物にならない程悪辣だった。手紙を持つ手が怒りで震える。

「欲に囚われると、こんな事も躊躇ちゅうちょなくできてしまうものなのだな」

 やりきれない思いはエドワルドも同じだが、逆にそこまで妄執するベルクに憐れみすら感じていた。

「彼等は……里の竜騎士達は以前から調査していたのでしょうか?」

「そうとは思えない。この政変がきっかけで彼等がこちらに来るようになったのは確かだろう」

「例の盗賊ですか?」

「それもきっかけの一つだろう。それだけならこちらがどんな状況だろうとこちらに押し付けて戻れば済む話だ。あちらもわざわざ討伐期に貴重な人員をこちらに残す真似はしない」

「……確かに」

 エドワルドの指摘にアスターは考え込む。

「これはあくまで憶測で何の根拠もない。むしろ、願望かもしれないから聞き流して欲しい。多分、多分だ」

 いつになく長い前置きに、エドワルドの自信の無さがうかがえる。アスターは黙ってそんな上司の言葉の続きを待った。

「フロリエとコリンが……彼等の元にいるのではないかと……。彼女達が神殿に窮状を訴え、それを調査したついでなのではないかと思うのだ。都合のいい願望だとは思う。だが、いくらティムが野営になれていようとも、彼女達を連れてタルカナまで行くのはさすがに無理がある様に思う。都合のいい解釈だが、タルカナに向かう途中で彼等に会ったのではないかと推測している」

 エドワルドの推測にアスターは考え込む。

「笑ってくれていいぞ」

 考え込んだまま反応のない副官に少し自棄になって声をかけると、アスターは首を振る。

「笑いません。そう思える根拠もあると思います」

「そう……思うか?」

「はい。先ずはまだ殿下が捕らわれておられた時に行われた大々的な盗賊探索。あのタイミングで行われたおかげで、ヒースは多くの騎馬兵をフォルビアに送り込むことが出来たから救出作戦が成功したと言っていました。そして先日の傭兵団の一件。あの、迅速な対応と破格な待遇。やはり、陰で何かが働いていたとしか言いようがないです。

 それらがフロリエ様の懇願に神殿側が応えてくれたものであるならば、納得できるのも確かです」

 アスターの返答にエドワルドは大きく息を吐いた。

「お前がそういってくれると、自信を持てる」

「大神殿の神官長のお話では、礎の里も一枚岩ではないと伺っております。確かにベルク準賢者が属する派閥は大きいですが、それに反発する勢力も確かに存在します。だからこそ、表だって動けないのではないかと思います」

「そうなると……全てが終わってからだな」

 冬が過ぎ、不条理な審理が済んで忌々しいラグラスを捕える……今のがんじがらめの状態では、エドワルドは何も出来ないのだ。

「ラグラスにもベルクにもこの国をこれ以上好き勝手にさせない。全てを終えて平和を取り戻せば、きっと彼女達は帰って来る。そう信じている」

 エドワルドの手の中には2人の髪で作ったお守りが握りしめられている。アスターも上司の言葉に頷く。

「微力ながら、お力添えをさせて下さい」

「微力では困るな」

 少し意地悪い視線をアスターに向けると、彼は目を見張って言い直す。

「では、全力で」

「半分でいい。残りはあの子の為に使ってやれ」

 誰の事か指摘されるまでも無い。マリーリアの事だ。それに気づき、少しだけアスターは狼狽うろたえる。

「忙しいのに、付き合わせてすまない。先程の話はすまないがもうしばらく公表はしないで欲しい」

「分かっております。では、私はこれで」

 エドワルドも不安のだ。だが、それを今は表に出せない。抱え込んだ不安をアスターに打ち明けた事で、己の心の整理をつけたかったのだろう。他でもない、自分を選んでくれた事に少しだけ誇らしい気持ちになり、アスターはエドワルドの私室を後にした。


ドォーン!


 西棟に向かう途中で妖魔の襲撃を知らせる太鼓の音が鳴る。アスターは急いで自分の執務室へと戻って行った。


前年の冬は恋人がおらず手作りの防寒具を貰う事が出来なかったアスター。今年こそはと思ったが、マリーリアは編み物が大の苦手……。

但し、裁縫は出来るので眼帯をいくつも作ってもらっているらしい。

普段用、討伐用、正装用。

特に普段用は生地や色を変えていくつもあり、その日の気分で使い分けている。

ちなみに、最初にもらった眼帯は宝物で大事にしまっているらしい。

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